鉄火の銘   作:属物

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第四部【双刀紋壊すべし】
プロローグ【ストライク・ザ・ホット・スティール】


【ストライク・ザ・ホット・スティール】

 

走る。急ぐ。駆ける。急ぐ。進む。急ぐ。「ハーッ! ハーッ! ハーッ!」倒けつ転びつの言葉通りに、何度も倒れ転び立ち上がりまた走り出す。高級サラリマンスーツは汗に塗れ泥に汚れ、クリーニング屋が買い替えを勧めるほどだ。

 

さらに言えば彼が走るオオヌギ・クラスター・ジャンクヤードは汚い。清潔など気にしてられない困窮層が流れ着く掃き溜めの町なのだ。ましてや今日は一段と汚い。ロケットで汲み取り便所が炸裂し、機銃でバラックが撒き散らされ、踏み潰されたトレーラーハウスが泥と一体化してる。

 

「私はオムラ・インダストリとは一切関係がありません。偶然ここに来て戦っています」汚れた町を更に汚すのは、ブッダデーモンの模造品だ。八腕四脚の鋼鉄カイジュウは欺瞞的台詞と共に破壊を撒き散らす。

 

「プロジェクトで皆さんの生活が安定します」「アィェーッ!」CLASH! 「新しい土地で心機一転です」「アィェーッ!」CLASH! 「社会のためにも即刻立ち退きましょう」「アィェーッ!」CLAAASH!! 

 

瞬く間に故郷が廃墟へと様変わりしていく。嘆く権利はない。片棒を担いだのは自分だ。それでもせめて父“サブロ”だけは救おうと、“マノキノ”はひた走っている。

 

「ハーッ! ハーッ! ハーッ!」荒い呼吸の度に喉が焼けそうになる。酸欠で霞む目を凝らし、乳酸で震える足を無理矢理に動かして前へと進む。

 

(((キャハハ!)))隣に並走するのは幼い日の幻だ。あの頃はオオヌギ中を朝から晩まで遊び回っても、息一つ切れることはなかった。廃材をオモチャにしては怒鳴り声を浴び、工房に入り込んではゲンコツを落とされ、それでも毎日が楽しくてしかなかった。

 

父が好きだった。火傷と切傷に機械油が染み込んで亀裂文様めいたゴツゴツの手が好きだった。しかめ面が大得意で笑うのが下手くそな炉焼けした顔が好きだった。唸り悩み無才を嘆き、それでも黙々とワークマンベンチに向かう背中が好きだった。

 

父のようになりたかった。母に手を引かれてオオヌギを出た後も、一心不乱に技術者を目指した。努力はオムラ重工業入社という形で実った。カチグミの中のカチグミ。けれど父の大嫌いなメガコーポだ。

 

父に認めて欲しかった。カロウシ寸前のサービス残業で積み重ねた青写真を認められ、新規プロジェクトを請け負った。新モーター計画『モータートラ』。治安を守る鋼の騎兵だ。そう信じた。これならきっと父も認めてくれる。そう信じた。

 

だが全てはご都合いい思い込みに過ぎなかった。目の前で暴れ回る歪なブッダエンゼル……『モータートラ』改め、『モータードクロ』がそれを証明している。自分が作ったのはスシを食い散らかし殺戮を吐き散らかすオモチャでしかない。父が当然認めるはずもない。

 

「哀れなガラクタめ! ならばワシを切ってみよ!」あまつさえ自身の創造物は父を手にかけようとしていた。「アラート! データ外状況な!」だがブッダの慈悲か、マーラの気紛れか。殺戮機は目前でエラー停止した。

 

やっと父の下へ辿り着いた“マノキノ”は絞り出すような声で呼びかけた。「父さん……」「フン、貴様か」アグラのまま睨む目は冷たい。「住処を瓦礫にしたこのガラクタのエンジニアが息子とはな。これも全てはワシのインガオホーよな」

 

「父さん、僕は……こんな事になるなんて知らなかったんです……ただ自分の努力を認めて欲しかった……」マノキノの目に涙が滲む。「そして、自分の創造物でこの町に、父さんに恩返しをしたかった…………父さんの技術をもっと大きな舞台で役立てて欲しかった……」

 

サブロは叱責した。「馬鹿ものが」「ごめんなさい……僕は未熟者です。どこでこんな事になったのか、わからないんです」「大馬鹿ものが……お前の馬鹿はワシの遺伝だな」

 

「え……」サブロの顔には呆れたような優しい微笑みが浮かんでいた。「間違えたなら正せばよい。未熟ならば鍛えればよい。お前はまだ若い。やり直しが効く」

 

「父さん……!」マノキノの背中を押すようにサブロは頷く。頷き返したマノキノはモータードクロへと向かう。アドミン権限で強制停止を試みるつもりだ。

 

「なにをしてるんですか!」同僚の武装サラリマンが反社行為に非難の声を上げている。もはやカイシャには戻れぬだろう。だが、やるのだ。ALAS! 余りに大きな代価ではあったが、分たれた親子の絆が、今再び結ばれようとしていた。

 

しかし……この世には御涙頂戴のメロドラマを好まない層もいる。例えばこの殺戮機械の出資者がそうだ。ピカッ! モータードクロの両眼が不吉に輝く! ピガッ! 異様なアラーム音が髑髏面から響く! 

 

「何だ!?」「イヤーッ!」なんと! エラーで停止していた筈のモータードクロがカタナを振り上げたではないか! リモートコントロールだ! 

 

停止したものと思い込んでいたサブロは反応できぬ! 数十年の人生がソーマトリコールとして脳裏を駆け抜ける! 「イヤーッ!」「アィェェェ! 危ない!」マノキノはその背中を咄嗟に突き飛ばした。致命の死線からサブロは逃れた……息子と引き換えに。

 

ソーマトリコールめいて体感時間は引き延ばされたままだ。息子の背中に向けて必殺のカタナがゆっくりと振り下ろされる。(((マノキノ!)))サブロはそれを見ているしかない。加速された時間の中では声を上げることも許されない。

 

ブッダよ! 愚かの代価に我が子の死をとっくりと眺めろと言うのか!? インガオホーと言うには余りにむごいではないか! それでもサブロは目を逸らさぬように歯を食いしばる! せめて息子の最期の姿をその目に焼き付けんとする! 

 

だから見えた。

「イヤーッ!」紅蓮の彗星が慈悲なき鋼腕を撃ち抜く様が! 

「イヤーッ!」黒錆色の流星群がカタナを押し除ける様が! 

「イヤーッ!」赤黒の暴風が稼働天魔像を吹き飛ばす様が! 

 

「ピガーッ!?」「アィェーッ!?」そして愛する子がデス・オムカエの手から逃れる様が! 延ばされた一瞬が元のフレームレートへと戻る。「マノキノ!」ソーマトリコールの反作用か不確かな足取りでサブロは息子に駆け寄る。

 

「と、父さん! ご無事で!?」「馬鹿もん! お前の方こそ!」互いの無事を喜び合い、親子は硬く抱き合った。「ニンジャソウル検知、あなたはニンジャです?」しかしまだモータードクロは止まっていない! 安心にはまだ早いか!? 

 

否! モータードクロに立ちはだかる赤黒の影を見よ! その背中を見ただけで殺戮機械への恐怖は霧散した。「「「アィェェェ……」」」殺戮者がそれ以上の恐怖をもたらしたからだ。放たれるキリングオーラに泡を吹き崩れ落ちる武装サラリマンたち。

 

「ドーモ、モータードクロ=サン。はじめまして」だが、マノキノはその背中に父の背を重ねた。確かにそれは家族を、その亡霊を背負う父親の背中であった。その名は……! 

 

「“ニンジャスレイヤー”です」

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

「ドーモ、モータードクロ=サン。はじめまして。ニンジャスレイヤーです」「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。あなたは、ニンジャです。わたしはモータードクロ、です」

 

単調で異様なアイサツと同時に顔面が音を立てて変形する! メンポめいたマスクを帯びたその顔は、おお! 憤怒の形相と化しているではないか! 

 

「ニンジャソウルの検知……話の通りだな」ニンジャスレイヤーは油断なくジュー・ジツを構える。視界の端に親子を担いだ紅蓮と黒錆の影が写る。巻き込む心配はない。存分にカラテを振るうとしよう。

 

「スクラップの何処にバイオニューロンが詰まっているか、ネジクギに至るまで分解して確かめてくれよう」殺戮者の容赦なき舌鋒に憤るが如く、異形の機械は八肢を蠢かせる。「モータードクロで! 戦います!」そして、カラテを構えた。

 

「……!?」突如、邪悪メカニズムが別種のアトモスフィアをまとった。構えたカラテから滲み出でる殺気は機械のものではない。オムラ製の無邪気な悪意が、まるで異なる明確な殺意へと転じたかのよう。

 

ニンジャ第六感がモータードクロの背後にイマジナリの影を映す。「あれは」キーボードの前でホームポジションを構えたニンジャの姿が透かし見えた。その顔はオボロだが、爛々と殺意が燃える目だけがくっきりと浮かび上がる。

 

「まずはこのガラクタを、次はオヌシをスクラップにしてくれる」操縦者が誰かは知らぬが安全圏から弱い者いじめに興じる手合いに違いはない。RC電波越しの殺意に、ニンジャスレイヤーは圧倒的憎悪を投げ返す。

 

それがイクサの鏑矢となった! 「イヤーッ!」四脚を虫めいて動かし、獲物へと殺到する! ハンマーと斧を振り上げて、サスマタにナギナタを振りかざす! どれか一つでも人体をネギトロにするには十分以上だ! しかもそれが四つ! 

 

「イヤーッ!」赤黒の影が地を這うように距離を詰める! 懐に入れば長柄武器は恐るに足らず! しかし残りの四腕を見よ! カタナ、ツルギ、ジュッテ、カマ! 全てが近接武装ではないか! 恐れを知らぬニンジャスレイヤーに恐るべき殺戮器械が襲いかかる! 

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」DING! 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」DONG! 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」DING! 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」DONG! 

驚異なるカラテフックの連打と脅威なる四刃の斬線が交錯する! その数合計11発/秒! 

 

「「イヤーッ!」」SCREECH! 圧倒的カラテ衝突により、双方がドリフト走行めいて地を滑る! ニンジャスレイヤーに被弾なし! しかしモータードクロも装甲にて重篤なダメージなし! ゴジュッポ・ヒャッポ! 

 

「へぇ、モータードクロってのはけっこう強いんだ」「たしかに強い……過ぎるくらいだ」それを眺める紅蓮と黒錆の影二つ。サブロ・マノキノ親子は安全圏まで輸送済みだ。更にオオヌギ住民の避難誘導も終え、“インディペンデント”と“ブラックスミス”は予備兵力として待機に入っていた。

 

「これならオムラ販促ムービーのロボ特撮にも期待が持てるね」鉄風と血風の正面衝突を眺めるインディペンデントは、チャコーラ片手にワサビコーンでも摘みそうな様子だ。我らが殺戮者の勝利を確信して完全に見物モードに入っている。

 

「バイオニューロンじゃあれ程のカラテはできない筈だ」一方、ブラックスミスは苦虫をツマミに苦汁を飲んだ顔をしている。『知識』によれば綱渡りながらも死神は苦戦なく勝っている。だが目前のチョーチョー・ハッシはそれを否定していた。「遠隔操縦か……? でも、誰が? ナンデ?」

 

 

───

 

 

その答えはオオヌギ・クラスター・ジャンクヤードから遠く、とある機密料亭ビルの大型プレゼンテーションルームにあった。キーボードの前でホームポジションを構えるニンジャが一人、巨大スクリーンの逆光を浴びている。

 

「ニンジャスレイヤー=サンを社会秩序で殺さんと動いた私が、社会秩序管理兵器で彼を殺すことになるとはなんたる皮肉。まるでフォーチュンロープか」

 

そのスーツは紺色であり、そのメンポはミラーめいている。そう、モータードクロにありえないカラテを振るわせたのは、この場にいるはずのない“ゲイトキーパー”であった! 

 

……ニンジャスレイヤーを社会敵とする為、NSPD腐敗上層部とのコネ作りを狙うゲイトキーパー。ラオモト=カンの鞄持ちとしてプレゼンテーションに参加した彼は、ラオモト=カンの指示によりモータードクロを遠隔操縦する羽目となったのだ。

 

モータードクロの勝ち目が薄いことはゲイトキーパーは百も承知だ。『知識』によればサブロ・マノキノ親子を守りながらも、ニンジャスレイヤーは被弾なく勝利している。ゲイトキーパー自身が操ろうとも厳しい戦いとなろう。

 

だが……それでも帝王ラオモト=カンの指示は絶対である。如何なる命令であろうとも完璧に果たすのが配下の義務なのだ! 「成せばなる! 成せばなるのだ! イーヤヤヤヤヤヤァッ!」SSDDSDSASAP! SSDDSDSP! 恐るべき速度でコマンドがタイプされた! 

 

 

───

 

 

「イヤヤヤヤヤヤーッ!」濁流めいて注ぎ込まれるコマンドに従い、モータードクロと八つの得物が鉄の嵐めいて吹き荒れる! それは舞い踊るドラゴンか、或いは乱れ狂うタイガーか! 餓えた狼であろうとも尾を巻いて後退りする程の迫力だ! 

 

だがドラゴンもタイガーもニンジャに与えられる異名の一つに過ぎぬ! 「イヤヤヤヤヤヤーッ!」殺戮者はサスマタを殴る! ジュッテを弾く! カマを踏む! ツルギを蹴る! 斧を逸らす! カタナを受ける! ナギナタを掴む! ハンマーを避ける! 惨殺暴風域の最中でありながら無傷である! ゴウランガ! 

 

「ゼンメツ・アクション・モード強制展開」ならば更なる剣林弾雨をもって殺すまで! 「ゼンメツだ!」八腕から機関砲の銃口が! 「ゼンメツだ!」胸鉄板が開いてミニガン複数門が! 「ゼンメツだ!」背面鋼鉄カーゴが変形し無反動砲二門が! 「ゼンメツだ!」スシ投入口からも可動ガンが! 

 

「ホノオ!」BLALALA-TOOM!! スピーカーが叫ぶコトダマの通りモータードクロは火を噴いた! 無数の砲火銃火の大火災がニンジャスレイヤーに襲い来る! 

 

「手動入力が行っています。降伏勧告は全滅後に再開です」しかもその全てがゲイトキーパーの手で細やかに容赦なく制御されているのだ! それは自我を持った破局噴火そのもの! この精密なる大火力の前には殺人マグロもネギトロすら残らぬ! ナムアミダブツ! 

 

「イヤーッ!」()()ニンジャスレイヤーは決断的に前へ出た! 横殴りの豪雨弾雨に刻まれながらもモータードクロ目掛けて走る! 走る! 走る!! 「アラート! データ外状況な!」圧倒的狂気を前にバイオニューロンがエラーの悲鳴を上げたのは当然であろう。

 

「直ちに離れてください。危険です。直ちに離れてください」だがそれこそが最適解。密着状態に至ったニンジャスレイヤーを撃てる銃口は無い! ただ一つの例外たる可動ガンは……「イヤーッ!」「ピガーッ!」CLASH! ……今、無くなった! もはや止めようも無い! 

 

そしてゼロ距離は素手の距離、すなわちカラテの距離なのだ! 「イヤーッ!」「ピガーッ!」「イヤーッ!」「ピガーッ!」「イヤーッ!」「ピガーッ!」「イヤーッ!」「ピガーッ!」鋼鉄のブッダデーモンが矩形波で泣き叫んだ! 

 

 

───

 

 

「ヌゥーッ!」ダメージノイズで乱れるスクリーンに歯噛みするゲイトキーパー。回避を封じんと砲火の網を広げたのが仇となったか? 遠隔操縦のカラテ対応遅延を考慮に入れ損ねたか? 否、過ちは一つ。全ニンジャ殺戮に邁進するニンジャ殺す者(ニンジャスレイヤー)の狂気を見誤ったことだ! 

 

「イクサの勘を失っていたか。なんたるブザマ……だが!」帝王の前でこれ以上の失態は見せられぬ! 「イヤーッ!」総会六門を統べる怜悧なる頭脳がキーボードが霞ませる! 高速タイプされる必勝必滅の策が、ニンジャスレイヤーに襲い掛かろうとしていた! 

 

 

───

 

 

「ピガーッ! ゼンメツだ!」モータードクロ肩部の無反動砲が煙を吹いた! 噴煙をかき分け現れるのは恐るべきミサイル『馬』だ! この感傷的な名のミサイル弾頭は、バイオバンブー発展構造分子により極めて硬い! そして青ざめた『馬』は放たれた……「!?」……上空目掛けて! 

 

「カラテ・アクション・モード一部移行な!」訝しむニンジャスレイヤーにモータードクロが重質量ヤクザキックを繰り出す! 「カラテ!」「イヤーッ!」その足は二本! カラテ最適化されたデザインに変形したのだ! 

 

しかもカラテだけではない! 「ゼンメツだ!」BLATATATA! 本来のカラテ・アクション・モードなら脱落する六腕が鉛弾の幕を張る! 弾幕で推し包み、カラテで押し潰すつもりか!? 

 

「イヤーッ!」「ピガーッ!」その程度の浅知恵で殺せるニンジャスレイヤーではない! 「カラテ!」「イヤーッ!」ましてや八腕がそのままでカラテ最適化は不十分! 「イヤーッ!」「ピガーッ!」殺戮者のカラテ相手に堪えるのがやっとだ! 

 

……そう、堪えるのならそれで十分。それこそがゲイトキーパーの算じた秘策、その一手なのだ! 「あれは!?」SWOOSH! そして王手は鋭角の宙返りを終え、直上から急降下に入った! 表面の『馬』ミンチョ体がネオン光を照り返す! 

 

風を切り急降下爆撃するミサイル『馬』。当たればニンジャであろうと一溜まりもない。しかもカラテで粘られ弾幕で包まれ、脱出の時間も隙もない。モータードクロも巻き添えだが所詮は機械だ。未来のソウカイヤの悪夢(ベイン・オブ・ソウカイヤ)を葬れるなら費用対効果極めて大と言えよう。

 

「モータードクロは硬くて強い。ニンジャより頑丈なロボットです」「ヌゥーッ!」もはや逃げ場は無く、防ぎようも無い。これがショーギならばタナカメイジンでも投了を選んだであろう絶体絶命状況。だがこれはイクサである。イクサに投了はなく、絶対もなく……そして一人でもない! 

 

「イヤーッ!」シャウトと共に幾本もの黒錆の鎖が絡みつく! クナイ・アンカーを打ち込んだ同色の影に、縄めいた筋肉が浮かび上がった。「イィィィ……」WHIIIZZ! 噴流の悲鳴を上げる『馬』ミサイルをスリケン・チェーンが容赦なく引き摺り回す! 

 

有線『馬』ミサイルは公転軌道する衛星めいて複雑な多重円を描く。右へ、左へ、そして上へ。ドクロの月と『馬』ミサイルが重なる。「……ィィィ今だ!」「応!」そこに紅蓮の影が跳んだ! 背負う拳は鮮やかな同色のカトンを纏う! 

 

「イヤーッ!」カタパルトめいて放たれた弾道跳びカラテパンチが、『馬』ミサイルのノズルを噴射ガスごと撃ち抜いた! 弾頭はニンジャを貫通する硬度でも、ロケットエンジンはその限りにあらず! ましてや内部に注がれた超自然の業火に耐えられる筈もない! 

 

BTOOM! 当然、爆発である! そして爆発の圧力とカラテパンチの衝撃力が加わえられ、バイオバンブー発展分子構造体は弾丸と化した! 「ピガーッ!?」ミニガンをへし折り超硬度『馬』弾頭がスシ投入口にめり込む! 

 

それを見逃すニンジャスレイヤーでは無い! センコめいて光る目が名も顔も知らぬ操縦者を照準する! 「ガラクタの影に隠れ、アイサツも機械任せの臆病者。オヌシが縋るジョルリ人形の末路を見るがいい!」「ピ、ピガガ」

 

既にその腕は弓引くがごとく耳の後ろへ引き絞られている! おお、ここから繰り出される決断的なあの技は! 「次は! オヌシの番だ! イィィィヤァァァーーーッッッ!!」「ピガガガーッ!?」チャドー奥義『ジキ・ツキ』に他ならない! 

 

しかもその標的は『馬』弾頭が突き刺さるスシ投入口だ! 内部カラテ貫通に『馬』弾頭ソウル反応爆発が追加! KARA-TOOM! 「ピガガガガガ!」パーティゲーム器械めいて首が吹き飛んだ! 

 

投げ出されたモータードクロの頭部がクルクルと宙を舞う。「サヨ……ナラ……」異常電流に焼け焦げたバイオニューロンが最期に映すのは、嘲笑うドクロ月だけだった。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

みしり。床が鳴った。オーガニック畳に額がめり込む。みしり。頭蓋が鳴った。後頭部に高級革靴がめり込む。ぼきり。鼻軟骨が鳴った。へし折れた鼻から血が溢れた。

 

「ゲイトキーパー=サン、ワシはお前になんと命じた?」「モータードクロでニンジャスレイヤー=サンを殺せとの命を賜りました」「ほう、よくわかっておるな。で、結果は?」「我が不徳にて果、た、せ……ず」み し り。

 

圧力が精神的にも物理的にも増した。「無能めが。シックスゲイツ創設者も落ちたものよ」「……申し訳ようもありませぬ。ただこの命にて詫びる所存でございます」ドゲザのままゲイトキーパーはケジメ用懐刀を抜く。

 

エンハスメントはない。苦痛に満ちたセプクでせめて帝王の無聊を慰める為だ。「ますますの無能が。貴様の死に様ごときがワシの悦びとなると思ったか」みしり。だが、その腕は動かない。帝王のカラテである。僅かな体重移動で全身の動きを封じたのだ。

 

「貴様をシックスゲイツ名誉構成員から解任する」「ハイ」「シックスゲイツ総括管理はダークニンジャ=サンに任せる」「ハイ」「前線勤務だ。死んでワシに尽くせ」「ハイヨロコンデー!」圧が消える。タイムイズマネー。役立たずに使う時間はない。帝王はすぐさま次のビジネスへ向かった。

 

その姿が消えるまで、ゲイトキーパーは血に顔を沈め続けた。「……」鼻血溜まりからゲイトキーパーが顔を起こす。ひん曲がった鼻を無理やり戻し、顔中にへばりついた血を拭う。

 

「…………」失禁して失神したオムラ社員からリモコンを取り上げる。ピボッ! スダレ状に切り裂かれたスクリーンが光った。ラオモトの怒りで刻まれた銀幕にコマ送りの映像が映る。

 

憤怒と憎悪に満ちたニンジャスレイヤーの目。月と炎を背負って構えるインディペンデントの拳。夕闇と混じり『馬』ミサイルを引き回すブラックスミスの鎖。暗い紫を宿した瞳がそれをじっと見つめる。

 

「……………………隠し持っていたにしては大き過ぎる。その場で用意したにしては頑丈にすぎる。ジツの産物か?」唐突に思考がこぼれた。垂れ流すような早口だ。「カラテ粒子発光はない。粒子形成物ではないな。ジツで変性させた物質あたりだろう」

 

思索を回す。ひたすらに回す。「それを素材に即興で用具を組み立て運用する。先日の映像記録とも合致するな。仮にDIY・ジツと呼ぼう」そうしなければ弾けてしまう。血が出る程に握りしめた拳が、意図せずに溢れるエンハスメント光がそれを示している。

 

「DIY・ジツでサポートに徹し、ニンジャスレイヤー=サンとニンジャキラー=サンの影に隠れるつもりか」だがその目論見は失敗した。アンブッシュでアイサツを避けようと、『知っている』ゲイトキーパーからすれば、隠蔽は甘く偽装は半端でしかない。

 

そう、ゲイトキーパーは未来を、『原作知識』を、Twitter小説『ニンジャスレイヤー』を知っている。加えてもう一つ。「だが三忍目の男(ザ・サードマン)よ、お前は知らない。私を知らない。()()()()()()と知らないのだ」自らが持つアドバンテージを今、知った。

 

「ゴアイサツサマ生命」そして狩人気取りを狩るのは驚くほど容易いものだ。ゲイトキーパーは暗く輝くトンファーを抜き放った。キリングオーラが暗紫の光となって立ち上る。生存者が全員気絶していたのは幸運だった。今のゲイトキーパーを直視すれば心停止者の数は倍に増えていただろう。

 

「その時までブッダを気取り、モンキーを掌で転がしていると思い込むがいい」ソウカイヤに浴びせた汚辱の罪を、帝王に向けた侮辱の代価を知る時がいずれ来る。「そして、時きたらば……肉に! 骨に! 魂に! 然るべきケジメを刻んでやろう! イヤーッ!」

 

ZING! 暗紫の残光が虚空に交差した。帝王のカタナ傷と合わさり、ボロ切れとなったスクリーンが舞い落ちる。エンハスメント・ジツとトンファー・ジツの恐るべき絶技。それはタタミ五枚の距離を超えて裏の白壁にすら筋違紋を刻んだ。

 

プロジェクターが映す三忍目の男(ザ・サードマン)……ブラックスミスの影絵と、壁に印されたⅩ字が重なる。レティクルめいたクロスカタナの刻印は、その心臓に照準を合わせていた。

 

【ストライク・ザ・ホット・スティール】おわり


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