鉄火の銘   作:属物

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エピローグ【ゲート、ゲート、フォース・ウォール・ゲイト】

【ゲート、ゲート、フォース・ウォール・ゲイト】

 

 

「……以上になります。ドーモ、ご静聴アリガトございました」紺スーツの影は帝王を拝むように手を合わせて頭を下げた。洗練された所作一つ一つから、匂い立つようなソンケイが現れている。

 

「ふむ」帝王はそれを一瞥すらしない。帝王へ差し出されるもの全てに完璧は当然だからだ。帝王は不遜にて不動だ。部下の一挙一動に揺れ動くような卑小な器ではない。

 

「詳細な資料はこちらになります」「黒字では、あるな」むしろ声音には不満の色さえ見える。『殺忍』テロリストを使ったアブハチトラズの計画は全て果たした。だが完璧ではなかったのだ。

 

政界出馬準備の社会不安定化、インサイダーによる利益確保、害虫への意趣返しと駆除、それ以外。裏表の狙い全てを果たせなかった事実に、ケジメを思うほどに恥を覚える。だが帝王は何も命じなかった。ならば忠を尽くして完璧を差し出すのみ。

 

「資料はソウカイネットに回しておけ」「ハイヨロコンデー」影は高台に積んだ電子マキモノをしめやかに受け取る。同時に黒曜石の鎧姿に視線を走らせた。オブシディアンの彫像めいてただそこに在る。

 

納めてあれば奥ゆかしく美しく不動。一度抜かれれば望みを完璧に果たす。それは己の役割以外一切を捨てた、カタナの機能美そのものだ。正しく虚無の刃と言えよう……今は。

 

疑念を腹の底に沈め、ホロディスプレイを操る背中へと最敬礼で頭を下げる。帝王は呼吸同然に全てを支配し、混沌のネオサイマタに秩序と安寧をもたらす。

 

絶対王者”ラオモト=カン”に仕える歓びを”ゲイトキーパー”は今一度噛みしめた。

 

───

 

黒、黒、黒、灰、白、黒、黒、赤、青、黒、緑。クローンヤクザの七三分けと、色とりどりのニンジャ頭巾がズラリと並ぶ。「ゲイトキーパー=サン。ラオモト=サンへのご報告、オッカレサマッシターッ!」

 

「「「オッカレサマッシターッ!」」」“チャーマン”の合図で全員の腰が90度に曲がった。「うむ」ゲイトキーパーは片手を上げて最敬礼に応える。

 

「ささ、ゲイトキーパー=サン。お疲れでしょうから高級スシと特製オンセンを用意しておきました」タイコ持ちかコショウめいて滑らかにチャーマンが擦り寄る。

 

「食事は後でする予定だ」「ではオイランなどいかがでしょうか。キョート貴族の血を引く生娘を用意しておりますよ」「まだ仕事が残っているのでね」ゲイトキーパーの眉根が僅かに寄った。

 

気づいているのかいないのか、へつらった笑みのチャーマンは揉み手を続ける。「それはシツレイいたしました。仕事が終わり次第すぐにお楽しみいただけるよう用意してお待ちして……ニシテッダコラーッ!?」

 

ゴマするチャーマンは目を剥いて怒鳴り散らした。視線の先には他の者同様に深々と下げた後頭部がある。「シツレイッテノガワッカッネーノカオラーッ!」だが遠い。部屋の奥から動かずに頭を下げている。これはスコシ・シツレイだ。

 

「スンマセン! ゲイトキーパー=サン! スンマセン!」「構わんよ」「今すぐドゲザさせてケジメさせてセプクさせますんで!」「要らんよ」「コイッテノガワッカッネーノカドラーッ!」ゲイトキーパーの静止も気づかずにチャーマンは怒鳴りつける。

 

だが視線の先のニュービーは最敬礼のまま動こうとしない。いや、僅かに腰を落とし脚を開いた。カラテの動きだ。「ニシテッダコラーッ! スッゾコラーッ!」それには気づいたチャーマンは肩を怒らせ殺意をみなぎらせた。

 

濃紫を帯びる手がその肩を掴んだ。みしり。「私は構わんと、要らんと言ったんだ。い い ね ?」「アィッハイ!」悲鳴と肯定を一言で返したチャーマンを後目にゲイトキーパーは部屋に踏み入った。

 

「ゲイトキーパー=サン! スンマセン!」ニュービーは即座に最敬礼から明確なカラテの体勢に移る。これはスゴイ・シツレイといえよう。「テメッコラ……ハイ、スンマセン」「それでいい」爆発しかけたチャーマンを制しつつ、ゲイトキーパーは鷹揚に頷いた。

 

「チバ=サンは奥か?」「ハイ。帝王学を学ばれておられやす」(((そういえばゲイトキーパー=サン肝煎りのニュービーがチバ=サンの護衛についたとか……)))チャーマンはやり取りの意味に気づいた。背中に冷たい脂汗が流れる。

 

「隣にいると気が散ると仰られまして……」「なら一緒に学べば良いだろう」つまりこうだ。チバ=サンの護衛をアイサツを理由に引き剥がそうとした。しかもスゴイ・シツレイ覚悟で仕事を果たそうとする護衛を、推薦したゲイトキーパー=サンの目前で叱りつけて。

 

「いえ、その、オレ、学が……無いもんで。スンマセン」「冗談だ」「……スンマセン」赤・青・白・土気色。チャーマンの顔色が次々に切り替わる。ラオモト=サンの片腕の判断に、単なるアンダーカードがケチをつけた訳だ。出世の階段から転がり落ちる光景が脳裏に広がる。

 

「だが、お前は護衛だ。『何が有ろうと』常にお側で盾矛とならねばならん。勉強中だからと距離をとるのは関心できん」「……スンマセン。ホント、スンマセン……!」その階段の上に立つのは目前のニュービーだ。噂話を聞いた時と同様に、妬心でチャーマンの腹の底がチリチリと焦げる。

 

「もっと! チバ=サンのお側に置いていただけるよう! いっそう精進しやす! ご指導アリガトゴザイヤス!」再び深く最敬礼する刈り上げの頭に、チャーマンの緑の目線が突き刺さる。それを見たゲイトキーパーは敢えて余計な一言を吐いた。

 

()()()()()()()()()()、“オニヤス”=サン。ハゲミナサイヨ!」「ハイ! ヨロコンデー!」チャーマンの目が更なる嫉妬の緑に燃え上がった。これでいい。帝王の子とその護衛に要るのは、日和見の味方気取りではない。明白な敵だ。敵の存在は北風めいて子獅子を鍛え上げる。

 

ましてや帝王は並び立たぬもの。『情報』通りにならずとも、いずれ帝王の子は帝王に挑むだろう。ましてや『情報』通りともなれば、孤立無援の最中で信頼すべき配下を見出し、信服させ、統べねばならぬ。

 

無論、『情報』の未来予想図なぞトンファーで粉微塵に打ち砕いて見せよう。だが万に一つ、億に一つはあり得る。ゼロではないのだ。十全の対策を打ったにも関わらず、今回もまた殺戮者が生き延びたように。

 

「原因を調べ上げ、次の手を打たねばならんな」誰にも聞こえない言葉と居並ぶ最敬礼を残して、ゲイトキーパーはその場を後にした。

 

────

 

スコスコスコスコルコピー。自動読みとり装置が電子マキモノのデータを読み上げる。ヴィーム。ダダダダダッ! 加熱するUNIXの冷却ファンが唸りをあげ、吸い上げた情報をインパクトドットが紙に打つ。

 

かつて”ダイダロス”の居城であったセキュリティ室はほぼ無人だが思いの外騒がしい。ゲイトキーパーはアルゴノミクスチェアに腰掛けたまま、無音でありながら一番の騒音源を見上げる。そこには……おお、ブッダ! 

 

『私は何処に!? 此処に誰が!? 彼が其処で!? 彼処に君だ!?』『ワタクシは誰!? ワタシは誰!? アタシは誰!? アタイは誰!? アは誰!?』『……サトウスズキタナカヤマダホンダカワサキヤマグチイシカワ……』

 

無数のCRTディスプレイを埋め尽くすのは更なる無数の文字列だ。音一つない圧倒的ノイズの濁流が思考を拒む。ペケロッパカルティストの脳内でももう少し整っているだろう。発狂マニアックのニューロンから抽出でもしたのか? 

 

無数のCRTに繋がれた無数のケーブルから出所をたどる。それは宙に浮かぶたった一つの人影に収束する。だが、人影と呼ぶならば二重の意味で過去形を使うべきだろう。そこには……おお、ナムアミダ・ブッダ! 

 

足下の体液だまりで無数のバイオマゴットが蠢く。乱雑に巻かれたニンジャ装束は、にじんだ溶解蛋白液で黄色く腐りかけ。デスマスクが苦悶か涅槃かは見て取れない。目も鼻も口も耳も顔も首も全て、LANケーブルが突き刺さって吊しているのだ。

 

……ダイダロス死後、高度な情報戦闘力が必須の論理セキュリティ担当は空席となった。しかも後を埋める筈の候補者は既に死体。唯一条件を満たすのは多忙なゲイトキーパーしかいない。

 

そこで故ニンジャを再利用する『モッタイナイ計画』をリー先生に依頼し、生まれたのがこのハングドマンだった。つまり、余りに冒涜的なこれは……元ニンジャで、ゾンビーで、中央演算装置なのだ! ナムアミダブツ! 

 

「”ゴンベモン”、読みとりデータを表示しろ」ピボッ。『ヨネツ計画結果報告』手元のCRTディスプレイに文字が流れる。無名という名前の死体UNIXは、上司の指示に迅速に応えた。素直で二心のないゾンビーは生前とは大違いだ。

 

『い:社会不安定化工作……達成率87%

ろ:インサイダー利益収集……達成率86%

は:”ニンジャスレイヤー”ネガティブキャンペーン……達成率67%

に:ニンジャスレイヤー殺害……達成率0%』

 

()()()()目的は帝王に報告したとおりだ。ニンジャスレイヤー殺害以外は概ね達成した。全て達成できなかったことは恥辱だが今は置いておく。『ほ:計画阻害者についての調査……達成率22%』考えるべきはもう一つの目的と結果だ。

 

「詳細を出せ」ピボッ! 不鮮明な三つの影が画面に示される。『い:推定ニンジャスレイヤー……確率94%』一つは”ライダー”を踏み潰す赤黒。『ろ:推定ニンジャスレイヤー……確率48%』もう一つは”モーフィン”を焼き挽く紅蓮。

 

『は:不明ニンジャ(アンノウン)……照合対象なし。対象可能性1:ブラックソーン、2:ブラックエッジ、3:ブラックストーン、4:ブラックス……』そして最後は”レンジャー”を殴り砕く黒錆だった。

 

ゲイトキーパーは訝しげに三つの画像を見つめ、懐から出した冊子と見比べる。「ニンジャスレイヤーはいい。そのための計画だ」それは言うなれば観測気球。高く上げれば誰もがそれを見る。そんなものはない筈と『情報』を知る人間もまた。

 

「……だが資料によれば”()()()()()()()”の出現はまだだ。何が原因で早まった?」ニンジャキラー。今、この世でその名前を知る者は恐らく一人しかいない。今現在では存在すらしない、おそらく今後も生まれることのない名前だ。

 

だが、確かにゲイトキーパーはそれを口にした。「そもそも何故共闘できる? 信奉者らしく靴を舐めたか? いや、”フジキド・ケンジ”も”ナラク”も許すとは思えん」それだけではない。こぼれた言葉はニンジャスレイヤーの正体を正確に言い当てている。

 

「一部時点なら確実に殺す筈だ。やはり『情報』が間違っているのか? すべては狂人の戯れ言なのか?」狂人の戯れ言めいた台詞を発し、漆塗りPC机に置いた冊子のページを捲る。

 

『GK』『殺』『無印』『シヨン』『物理』『+』『@NJSLYR』一見意味不明なタイトルが目次に並ぶ。だがそれは知るものにとっては恐るべき意味を示す。

 

「それとも、お前が『ニンジャスレイヤー』の知識を与えたのか? お前が共闘を仕組んだのか?」”ウォーロック”の死骸から得た情報は、驚くべき真実を現した。それは”トライハーム”からもたらされた見えない壁の向こう側。第四の壁に門が開く。

 

三忍目の男(ザ・サードマン)……お前は、誰だ?」()()()()()()()『ニンジャスレイヤー』を知ったゲイトキーパーは、名前一つ知らない黒錆色の影に問いかけた。

 

【ゲート、ゲート、フォース・ウォール・ゲイト】おわり。

 


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