鉄火の銘   作:属物

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第十二話【ニンジャ・ヒーロー】#4

【ニンジャ・ヒーロー】#4

 

「スゥーッ! ハァーッ!」赤黒の殺戮者は特有の呼吸を繰り返す。ソウカイニンジャ”ライダー”との長く苦しい戦いを終え、痛めつけられた全身を神秘的なるチャドー呼吸で癒しているのだ。

 

……馬上カラテの達人にしてヤリ・ドーの使い手であるライダーは恐るべき相手だった。加えて専用に改造された重サイバー馬”キリン”は壁面すら駆け回る。

 

馬術に長けるライダーとの組み合わせは、正しく人馬一体と言えよう。さらに自在に操るドリル馬上鎗は装甲スモトリ戦士ですら五枚抜くほど。

 

それはギリシア神話に唱われるケンタウロスそのものだ。ブースト騎馬突撃が壁抜きで襲いかかってきた瞬間は、流石のニンジャスレイヤーも死が脳裏を過ぎった。

 

「サヨナラ!」

 

だが殺した。人馬の四肢計八本全てをへし折りダルマに変え、奪い取ったドリルランスでケバブに変え、トドメに容赦なきストンピングで合い挽き肉に変えた。人馬一体生ニューコーンミートはミュータントカラスが綺麗に片づけるだろう。

 

「ゲイトキーパーか」ライダーの臓物からえぐり出した下らぬ陰謀の黒幕。殺忍テロリズムにより社会を不安定化し、強いリーダーを求める世論を形成し、商売敵をテロリズムで処理し、インサイダー取引を図り、仇敵ニンジャスレイヤーを貶める。

 

その過程で産まれる悲劇も被害も一顧だにしない。それどころか勤しんで犠牲を増やす。外道の太鼓持ちに相応しい、ラオモト好みの手口だ。

 

「ならばラオモト=サンの連れ添いに、諸共ジゴクに叩き落としてやろう」殺意を新たにニンジャスレイヤーは駆けだした。向かう先は煙を噴くマルノウチスゴイタカイビル! 

 

───

 

「ブッダム。口先の割にはやりやがる」CRACK! CRACK! ぼやくブラックスミスの耳元を流れ弾が大挙して跳ねる。明確に狙う弾は意図的にない。空間を弾雨で満たして、行動を阻害する意図なのだ。

 

「テーッ!」「「「スッゾコラレンジャーッ!」」」BLATATATA! 更なる銃火が波濤となって襲いかかる! 「ケーッ!」「「「ヤッゾコラレンジャーッ!」」」ザッ! ザッ! ザッ! その合間を縫って分隊が次の障害物へと移動する! 

 

サンダンウチ・タクティクスで動きを止め、その隙に接近。交代で更なる飽和火力を叩きつけつつ距離を詰める。特殊部隊式のラン&ショットに死も恐れぬヤクザを加えて、ニンジャすら容易に動けぬキルゾーンを練り上げた。

 

「ハハハハッ! どんな気分だ!? 大口叩きのビックマウス!」状況を作り上げたレンジャーは勝利が確定と高笑う。事実、ブラックスミスは徐々に不利(ジリープア)だ。間隙ない火線で縛り上げられ、密度を上げる火力で首を締め上げられている。

 

「『空に唾吐くと顔に浴びる』のコトワザを知っているか?」鉛弾の嵐は突然に停止する。遂に各GIクローンヤクザ分隊は予定の火点に配置された。後は指示一つであの男すら殺す死の十字砲火が描かれるのだ。

 

「シャチホコに唾吐けば弾丸を浴びるのだ! 死んで学んでジゴクで生かせ!」アッピールを兼ねた死刑宣告を下すレンジャー。「ナルホド、覚えておこう。イヤーッ!」だが、大人しく真綿を口に詰め込まれて死ぬようなブラックスミスではない! 

 

「ヌゥッ!? テ、テーッ! テーッ!」「「「スッゾコラレンジャーッ!」」」BLATATATA! BLATATATA! BLATATATA! BLATATATA! KABOOM! KABOOM! KABOOM! 先に倍する銃火と砲火! 爆発四散どころかネギトロも残らぬ! 

 

だがその全てはことごとく空を撃った! ブラックスミスは何処に!? 「イヤーッ!」「コシャク!」空中に! 四方から火力を叩きつける殺しの間に一見逃げ場はない。だがそれは平面上の話に過ぎぬ。戦場は紙の上ではなく、三次元上にあるのだ! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ロクシャクベルトを触手足の如くに使い、黒錆色の影は吹き抜けを縦横無尽に飛び回る! 「「「スッゾコラレンジャーッ!」」」BLATATATA! 上空を舞う色付きの風をどうやって打ち落とすのか。鉛弾は空しく天井を前衛芸術に変えるだけだ。

 

「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」そして天に弾吐くGIクローンヤクザには、スリケンの報復が降り注ぐ! 位置エネルギーを伴うニンジャの裁きは、屈強なヤクザ軍団を防弾装甲ごとサシミにスライスする! 

 

「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」加えて天に弾吐くGIクローンヤクザには、テナント什器の返礼が降り注ぐ! ニンジャ腕力を伴う北欧家具のピッチングは、屈強なヤクザ軍団を防弾装甲ごとタルタルにミンチする! 

 

「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」更に天に弾吐くGIクローンヤクザには、デパート設備の報復が降り注ぐ! 重力の愛情を伴うシャンデリアのシャワーは、屈強なヤクザ軍団を防弾装甲ごとミジンにカットする! 

 

「湾岸警備隊栄光と伝統のシャチホコの復活を汚しおってキサマーッ! キサマの革を新しい隊旗にしてやる!」瞬く間に全てのGIクローンヤクザ軍団は死に絶えた。今や裸の王様ならぬ裸の将軍と化したレンジャー。だが、未だ諦めることなく軍用クナイと正式拳銃をGIカラテに構える。

 

「いや、シャチホコならこんなバカやらんだろう」それを見るブラックスミスは肩をすくめて呆れた様子を見せつけた。それを見てレンジャーは予想通りに怒り狂う。「湾岸警備隊栄光と伝統のシャチホコの何が判る!」

 

「シャチホコの戦術体系なら判る。ナンブ元隊長から聞いたぞ」曰く『切舷乗り込みからの閉鎖空間の制圧と殲滅』だそうだ。解放空間は不得手なので狙撃兵と重火器を用意するとのこと。ついでに特殊部隊式のラン&ショットは殆どやらないとも聞いた。

 

「え」つまり、シャチホコがどうこう叫んでいたレンジャーは何一つシャチホコのやり方を知らなかったという事になる。致命的な醜態を曝したレンジャーは、致命的な隙を晒して固まった。

 

「イヤーッ!」「イ、イヤーッ!」当然、見逃すブラックスミスではない! 既に懐の内である! 防御しようとする腕を掴んでそのまま鳩尾にねじ込む! 打極カラテパンチだ! 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!?」肘間接破損! 横隔膜痙攣! 最早防御できぬ! 「イヤーッ!」「アバーッ!」ドッオオオン! 否、元より防御のしようはない! セイケン・ツキのカラテ衝撃波は体内より破壊するのだ! 

 

「アバッ……シャ、シャチホコは……シャチホコは……すご「イヤーッ!」サヨナラ!」崩れ落ちたレンジャーの頭蓋をカワラ割りパンチが叩き割る。爆発四散跡には特殊部隊ワッペンだけが残っていた。あれだけ拘っていたのだ。墓標には似合いだろう。

 

そういえば、シャチホコのメンバーは全員生前葬済みの死人部隊(ゾンビーユニット)だったはず。「湾岸警備隊栄光と伝統のシャチホコらしくなれてよかったな」皮肉げに笑うと、決着がついただろう親友の元へと向かった。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

「ドーモ、ソウカイヤのモーフィンです」「ドーモ、モーフィン=サン。インディペンデントです」アイサツを終え、銀と紅のニンジャは緩やかに、そして滑らかにカラテを構える。

 

「テロの下働きに弱いものいじめ。ソウカイヤにいるとカラテと頭が足りなくなるんだね」実力伯仲、ゴジュッポ・ヒャッポ。たやすく殺せる相手ではない。「上下関係も判らぬイディオットめ。サンシタ悪党の底はよく見えるぞ」

 

アイサツだけで互いに判った。故に舌鋒鋭くコトダマをぶつけ合い、殺しの隙を探り合う。「あれ? 自己紹介はもうすんだと思うけど?」「自分の面もよく見えぬようだな。鏡の代わりに腐れ悪人のデスマスクを映してやろう」

 

手のひらの中に灯った赤が四錐星を象る。指先に滴る水銀が刃の鋭さを帯びる。「見るに耐えないその顔を映されても、僕と違って見苦しいだけだよ」「……自覚は皆無か。バカな悪役にも程がある」「バカハドッチダ? 無論、アンタさ」

 

一瞬の無音。「「イヤーッ!」」そして、カラテシャウトだ! ZINK! 相殺の音が遅れて響く! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ZINK! ZINK! ZINK! ZINK! 銀の飛礫と紅の閃光が対消滅を繰り返す! 立ち上る水銀蒸気が深紅に輝く! 

 

血とイクサのフレーバーを帯びて、鮮紅色のモク・スモッグが朦々と立ちこめる。「「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」」視界を覆い尽くす血煙めいた霧の中、見えぬ相手めがけて必殺のスリケンを狙い打つ。赤い闇の中で聞こえるのはシャウトと衝突音。

 

「イヤーッ!」それだけではない! 風切る音が燃えるスリケンを弾いて迫る! 「イヤーッ!」ブリッジ回避コンマ一秒前の頭蓋を水銀の槍が突き抜けた! なんたるタタミ十枚の距離を無視して貫くモーフィンの恐るべきチョップ突きか! 

 

「イヤーッ!」それだけではない! 風切り音が水銀蒸気を引き裂いて迫る! 「イヤーッ!」ツカハラ回避コンマ一秒前の正中線を水銀の刃が断ち切った! なんたるタタミ十枚の距離を無視して切り裂くモーフィンの恐るべき袈裟懸けチョップか! 

 

銀の鎧武者めいたモーフィンはその姿にふさわしく、スリケンの印字と、チョップ突きの大槍と、チョップの長巻を併せ持つ。一切の敵を寄せ付けず殺す、まさに名高き戦国サムライウォーリアに等しい難敵と言えよう。

 

しかしそのサムライ戦士を素手殺すためにデント・カラテは産まれたのだ! 「イヤーッ!」ツーハンデッド・ナガマキめいた水銀大手刀をサークルガード! 「イヤーッ!」引き戻される銀の鞭に併せてインディペンテントが飛び込む! 

 

そう、圧倒的射程と大威力故に戻りが遅い! 「ヌゥッ!」危険な水銀蒸気を突き抜けた先には、ザンシンを整え切れぬモーフィンの姿がある! 至近距離、すなわちデント・カラテの距離だ! 

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」コンパクトな近接カラテにて即応するモーフィン。更に水銀鎧が時に柔らかに受け流し、時に頑強に受け止める。ミズガネ・ジツの柔軟にして強固な防御が有効打を拒む。

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」それを両手に纏う紅蓮のカトンが焼き焦がし、溶かして沸かして削っていく。水銀鎧は見る間に体積を減らし足下に滴る。得手の至近カラテと、防御を削るカトン・ジツ。素手の距離ではインディペンデントが有利と言えよう。

 

だが、それで押し切れるほどシックスゲイツは甘くない! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」間合いを取るためか連続バク転で下がるモーフィン。当然インディペンデントはそれを即座に追う。追おうとした。

 

「ヌゥッ?!」文字通りに足を引っ張られ、ガクリと膝が抜ける。銀の水溜まりから延びた水銀蔦が軸足に絡んで離れない! 「イヤーッ!」足が止まった一瞬を突き、水銀のチョップ突きが襲いかかる! 

 

即座に迎撃の拳が握られる。だがモーフィンの狙いはインディペンデントの背後にあった。銀の水溜まりより、液体のクワが音もなく円弧を描く。

 

銀の蔦で足を止め、銀の槍で手を使わせ、銀のクワで首を跳ねる。水銀を足下に広げた時点で、既に三重の罠は成っていた。まさに殺しのジツだ。

 

だがそれで殺せるほどデント・カラテは弱くはない! 「イヤーッ!」踏み込みで水銀溜まりごと蔦を吹き飛ばす! 「イヤーッ!」跳躍で横斧の殺人円周から逃れる! 「イヤーッ!!」黒鋼のブレーサーで水銀チョップの槍を打ち砕く! 

 

弾道跳びカラテパンチの一手で、三段構えの策を打ち破る。これがインディペンデント、これがデント・カラテ。まさに殺しのカラテだ。

 

それを目の当たりにした水銀メンポの奥から本気の殺意が覗く。小手先小技で殺せるようなサンシタ悪漢ではなし。ならばどうする? 「全身全霊全カラテをもって殺し、大正義ラオモト=サンへ勝利を捧げん!」

 

「イヤーッ!」稼いだ距離を使っての大跳躍。モーフィンが向かう先は砕けた壁一面の大窓だ。大口叩いてブザマに遁走か? 違う。逆光の中、銀鎧の輪郭が崩れる。

 

一瞬で蜘蛛めいて広がるシルエットは、一斉に水銀の糸を伸ばし、一面に鏡面の網を張る。鎧全てを変形した水銀の弦にニンジャをつがえ、一度放たれれば階層ぶち抜きで人体をぶち抜く水銀のカラテ大弓だ。

 

西日を遮るそれを前に、インディペンデントは深く腰を落とした。『地を踏み締める。全てはそこから始まります』オールドセンセイの教えを一つ一つその身で再現する。『教えた全てを束ねなさい。それは一つに還ります』そして自らの経験と力を組み合わせる。

 

「『カラテを……己に……!』」両腕にまとう紅蓮のカトンが、その色を変えて拳に収束する。それを映す水銀の弦は引き絞られ、極限までポテンシャルエネルギーをため込む。

 

「大正義ラオモト=サンの名の下に! 死ね! ヒサツ・ワザ!!」先手を打ったのはモーフィンだ! 矯めに矯めた弾性エナジーが解放される! そこに抉り抜く回転を乗せて、切っ先は水銀を固めた足刀だ! ベイパーコーンを帯びて、銀の太矢と化したモーフィンは音速を超えた! 

 

「ウゥゥゥ……」対するインディペンデントの足下が放射状に裂ける! 踏み込みを起点に練り上げた全身のカラテで、圧縮したカトンを打ち出す。それはデント・カラテという道から踏み出した、インディペンデントの、セイジの、新たなるカラテであった! 

 

 

「WASSHOI!!」「イヤーッ!!」

 

 

強襲の水銀きりもみドリルキックと迎撃の新奥義がぶつかり合う! ……そう、ぶつかり合った筈だ。だが音はない。全ての音はモーフィンの中でだけ響いた。

 

モーフィンは聞いた。「ア」骨が燃え上がる音を聞いた。「アバ」内蔵が煮え立つ音を聞いた。「アバッ」肉が焼け焦げる音を聞いた。「アバーッ!」皮膚が爆ぜ飛ぶ音を聞いた。「アバババババーーーッ!!?」自身の死を聞いた。

 

ドッッッォォォオオオン!! それは体内に置き去りにされたカラテとカトンが炸裂する音であった。「サヨナラ!」爆発四散より早く爆発四散したモーフィンは肉片となって叫んだ。

 

再度の爆破四散は落ちる夕日より紅くインディペンデントを染め上げた。残ったのは夕日に向けて拳を突き上げ、独り立つ紅蓮のニンジャだけ。誰かのIRC端末からか、チップチューンのヒーローソングが鳴り響く。

 

生き延びた客たちは呆然とその風景を見つめる。現実感がないほどにできすぎた光景。落ちる夕日に滲むシルエットは、特撮ヒーローのラストシーンを思わせずにいられないかった。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

ママは言ってた。『貴女にもきっとパパみたいなヒーローが現れるわ』って。ママの言う通り。ホントにヒーローはやってきた。みんなを救って、テロリストをやっつけて、モーフィン=サンもやっつけた。

 

ナブケ=サンは言ってた。『お前の母親はとんだ嘘吐きだ』って。ママはウソツキだ。ヒーローはパパみたいにママを救ってくれない。だってママはずっと前にニューロンを焼かれて死んじゃった。

 

わたしだって救ってくれない。だってこれから私はヒーローにやっつけられて殺される。だってわたしは……テロリストよりたくさん人を殺したワルモノだから。

 

「ヤ……!」きっとチョップで切られて死んじゃうんだ。「イヤ……!」それはすごく痛くて苦しいんだ。「イヤー……!」けれどわたしのせいで死んだ人は、もっと痛くて苦しかったんだ。「イヤーッ!」だからヒーローはわたしを助けてくれないんだ。殺すんだ。

 

「イヤーッ!」装甲板を燃えるチョップが引き裂いてく。「イヤーッ!」装甲バンの亀裂が赤熱して広がる。「ドーモ、ナブケ=サン。インディペンデントです」紅いニンジャ(ヒーロー)がやってきた。わたし(ワルモノ)を殺しにやってきた。

 

『ドーモ、エセ『ニンジャスレイヤー』=サン。俺だよ、ナブケだよ! ヒーローごっこ楽しかった? イヒヒヒッ!』スピーカーから下品なアイサツが響く。耳障りな笑い声とハウリングが耳にウルサい。

 

CRTディスプレイが一斉に点灯した。車内がモニタで照らされてヨシノの有様が明らかになる。「………………」バウッ! バウッ! 握り直す拳に火の粉が爆ぜる。

 

『そのドラネコがUNIXを爆弾に変えて山ほど殺したテロリストなのさ! ヨカッタネ!』映し出された品性下劣極まりないAAが動く。文字列で描かれる中指が力なくうなだれるヨシノを指さした。

 

『さあ、ドラネコ殺してハッピーエンド! 死体を掲げて凱旋だ!』画面の向こうが殺せ殺せと手を叩いてははやし立てる。正義の名の下、ゴア展開をお望みだ。理想像(ヒーロー)なら、ご都合よろしく視聴者様に媚びを売れ。

 

『もしかして、人殺してて助けちゃう? 外見理由で助けちゃう?』それが無理なら手のひら返して識者面。安全圏から断罪だ。言うこと聞かない悪い子は、瑕疵をつついて壊死させろ。

 

『テロリストを! 男女差別! ヒーローなのに! ルッキズム! ヘハハハッ!』黙って殴られ膝を折れ。ひれ伏せ謝れ命乞え。無論死ぬまで殴ります。正義はいつでも我にあり。我らの味方が正義なり。

 

ナブケの嗤いが響く中、セイジはゆっくり膝を折る。「……ヒーローってのはさ、正義の味方で、弱者の味方」泣き濡れるヨシノと目線を合わせるためだ。

 

ZINK! 足首を縛る鎖を焼き切る。もう縛り付けるものはない。「そしてなにより、泣く子の味方なのさ」涙と血を流す小さな女の子を優しく抱きしめた。

 

『……流石は『ニンジャスレイヤー』気取り=サン! 言い訳と逃げ口上の巧いこと!』ナブケの声音には、微かに苛つきの色が混じっていた。

 

『ちなみにこの装甲バンにはバンザイニュークを仕込んであるよ!』苛つきを振り切るようにナブケは歯切れよく吐き捨てる。爆弾抱えて右往左往する鳥獣戯画ニメーションもキレがいい。

 

『ドラネコを見捨てればワンチャンあるかも! どんな言い訳してみせる?』命惜しさに殺して見せろ。理想像(ヒーロー)の薄っぺらさを見せて見ろ。

 

そう告げる言葉にセイジはどうでもいいと笑った。「言い訳? ないし、しないよ。必要もない。両方救うのがヒーローだからね」危機感もなければ不安もない。嘲りすらない朗らかな無関心。

 

『ソマッシャッテコラー……!』狂気を気取ったナブケの仮面にひびが入った。ニューロンを想像上のカトンが焦がす。『……舌先三寸でニュークを防げるなんてスゴーイ!』すぐさま嘲笑の仮面をかぶり直した。

 

何を言おうとボタン一つでいつでも殺せる。最後に嗤うのは自分なのだ。『ヒーロー妄想が脳味噌まで回っちゃった? 回ってたね! じゃあ放射線消毒だ!』エンターキーを押し込む。

 

『ドラネコ諸共死ねよ、自称『ニンジャスレイヤー』=サン! ヒハハハッ!』起爆コマンドが走り、バンザイニュークの爆縮レンズが点火する! した! その時! 

 

……特に何も起こらない! 『え?』「ほら、必要ない」憎い憎い紅蓮のニンジャは健在だ。『シ、シネッコラー!』すぐさま再度のパルス信号を打ち込む。するとその時! ……やはり何も起こらない! 

 

『ナンデ?』恐怖感と共に灼熱の幻痛が舞い戻る。スタンドアロンの専用回線に、起爆装置も単機能。ハッキングの可能性は事実上皆無だ。ならば起爆装置か信管に不良が!? 

 

「お探しのモノはこれね」その信管が赤銅色の手に握られて、カメラの前に突き出された。点火バクチクから引き抜かれた遠隔雷管は、コマンドに合わせて無意味な火花を瞬かせた。

 

『ナンデ!?』問いを叫ぶナブケ。見つからない場所に仕掛けたはずだ。二重三重のトラップで守ったはずだ。だが実際、黒錆色のニンジャは気づかせることすらなくニュークを無力化した。

 

「見つかった理由は後ろね」慈悲深くも黒錆色は答えた。黒錆色の後ろを見やるが何もない。ならば何の後ろに理由がある? ゆっくりと振り返る。目が有った。目が合った。血の色をした殺戮者の目が。

 

───

 

「ニンジャナンデ!?」今度の問いはナブケ自身の喉から迸った。存在しない炎が脳を煮詰める。頭蓋の中を燃えさかる虫が這いずり回る。狂気と薬物で押しとどめていた、あの日の恐怖が帰ってくる。

 

「ドーモ、ナブケ=サン。ニンジャスレイヤーです」否、目の前にいるのはそれ以上の恐怖だ。何故ならば彼が、彼こそが、まごうことなき、真のニンジャ殺戮者(ニンジャスレイヤー)なのだから! 

 

「アィェーッ! ナンデ!? オリジナルナンデ!? アィェェェ!」NRS(ニンジャスレイヤー・リアリティ・ショック)を叩きつけられ、絶叫と薬臭い小水が溢れた。中年の危機の醜態を前にして、死神は僅かに表情を歪めた。

 

「アィーッ! アィェェェ! アィェーッ!」ナブケはブザマを晒してロウバイする。故に気づかない。死神にナブケの位置とニュークの在処を伝えた『誰か』に気づかない。殺戮者が持つLANケーブルが、既にメインフレームに刺さっていることに気づかない。

 

そこから入り込んだ『誰か』は気づかせない。制圧済みの自動防衛システムに『誰か』は気づかせない。『TAKE THIS!』「アバーッ!?」破壊は微細にして完璧。直結ニューロンと運動野だけを正確に焼き切った。

 

「アッ……アッ……アッ……」ナブケは今や肉という檻に閉じこめられた囚人だ。インターネットの沃野から放逐され、唯一の持ち物たる肉体すら差し押さえられた。二度と動かない肉人形の中で、ひたすらに天井を見つめるだけ。

 

『こっちは終わったわ。そっちは?』子供を煽り、殴り、弄んだ外道の末路を無感情にガラスレンズが一瞥する。飢えて乾いて死ぬまでそのままだ。当然のザマと言えよう。

 

『こっちも済みです。当人は仕事が終わった途端、デートに飛んでいっちまいましたが』ニュークと起爆装置を全て破壊したらすぐコレだ。ブラックスミス、つまりシンヤが親指で上空を指差す。カメラが指先を追った。

 

画面の中で紅の影が壁を吹き上る。監視カメラのFPSでは捉えられないが、きっと小さな女の子をその手に抱いているのだろう。『ワォ! 夜空のデートとは洒落てるじゃない』PEEP! スピーカーが矩形波の電子口笛を吹かした。

 

『ま、女の子泣かすの大得意なヤツですから、泣き止ますのも得意でしょう』ニンジャ視力は正確に紅い風を捉えていた。その手に包まれた少女が浮かべる安堵の表情も見てとれた。「流石だな、カラテ王子のスケコマシ野郎」シンヤは軽く笑った。

 

───

 

夜風が流れる。ネオンが瞬く。視界一杯にネオサイタマが広がる。「……きれいで、おっきい」「そう、世界は広いのさ」ヨシノが漏らした言葉にインディペンデント、つまりセイジは柔らかく答える。

 

灰色のメガロシティ、無関心のディストピア、資本主義のジゴク。貪婪なるネオサイタマを著すコトダマはどれも容赦なく否定的だ。それでもイビツな生命力に溢れたこの都市を誰もが夢見て訪れる。

 

願わくばそのエネルギーがこの子の助けにならんことを。「ハハッ!」「?」そう願う自分を笑った。『願う』んじゃない、『助ける』んだ。友がそうしたように、憧れがそうしたように、自分もそうするのだ。

 

小さな手を取り、小さな体を抱き上げる。「さあ、病院に寄ったら美味しいご飯でも食べに行こう。素敵なカイセキ・レストランに連れてってあげるよ」「……うん」その肩も背も暖かくて大きい。もう不安はない。恐怖もない。安心と共に頭を預けた。

 

夜風が流れる。ネオンが瞬く。視界一杯にネオサイタマが広がる。「きれい……!」ヨシノは紅蓮のニンジャ・ヒーローに抱かれ、夜を飛んだ。

 

 

【ニンジャ・ヒーロー】おわり。


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