鉄火の銘   作:属物

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第十二話【ニンジャ・ヒーロー】#3

【ニンジャ・ヒーロー】#3

 

 

「ねぇ何してるの?」「お祈りしてるのさ」横から子供が怪訝そうな顔を差し込んだ。セイジは慰霊碑前に供えたセンコ・スタンドと花束を指さした。子供はよく判ってない顔で磨かれた慰霊碑を見上げる。

 

「なにかあったの?」「去年、事件があって沢山人が亡くなったんだ。それで弔いに慰霊碑が建てられたんだよ」「ふーん」判らないし面白くもない。黒錆色の清掃用具をいじる子供の顔にはそう書いてある。

 

物寂しい話だ。だが関わりない人間にとってはそんなものだろう。マルノウチ・スゴイタカイビルでの惨劇から一年少々、巨大都市ネオサイタマは既にそれを忘れ去ろうとしている。全てはショッギョムッジョか。

 

それでもセンコ・スタンドに敷かれた灰には、誰かが供えたインセンスの跡が残っていた。忘れられない者もいる。忘れていない者もいる。亡き人の魂に安らぎあれと祈る人は、まだいるのだ。

 

そして今手を合わせているセイジとシンヤもそうだ。「何してるの! 行くわよ!」「はーい」親に呼ばれて走り去る子供の声を背に、二人は静かに黙祷を続ける。

 

ピボッ。『YCNAN:BOMB1~2_B1F_A6EXIT』電子音が静寂な祈りを中断した。“ナンシー・リー”からの爆弾発見の連絡だ。「行くか」「おう」最後に慰霊碑へ一礼すると二人は歩き出す。

 

その後ろで、インセンスの香りを漂わせた煙が風に溶けていった。

 

───

 

チチッ! 地下駐車場の隅をバイオドブネズミが走り抜ける。マルノウチ・スゴイタカイビルでは定期防除を欠かさないが、それでもどこからか湧くように害獣は現れるものだ。

 

チィッ! 「ジャマッテンダコラーッ!」バイオドブネズミを蹴り飛ばす影もまたその一つだ。Homo non sapiens(賢くない人)の一種で、名前は『殺忍』テロリスト。

 

「なぁこれどこ置く?」「柱だろ、知らんけど」危険を想像する能力に欠けるが、危険をばらまくことに長ける、極めて危険な動物だ。今も爆発物を仕掛けてこのビルを吹き飛ばす準備をしている。

 

「モシモシ、ちょっといいですか」なのでこうして定期防除の他に、抜き打ちの害獣調査が必要となるのだ。警備員姿の人影が不審な清掃業者を見咎めて声をかける。

 

「入館許可書を見せていただけますか?」「あー、ダイジョブですよ。ダイジョブです」「何がダイジョブかお伺いしても? 今日のスケジュールには清掃作業は入っていな」BLAM! 

 

突然の発砲! BLAM! BLAM! BLAM! さらに連射だ! 「オイ、殺したらまずいんじゃ……」「ルッセーゾッ! 騙すより黙らす方が速えだろが!」オソマツな偽装を鑑みれば強ち間違いともいえない話ではある。

 

「確かにオマエの言うとおりだね」「え?」警備服を着た影も同じ感想を抱いたようだ。撃たれたはずの影が平然と動き出す。軍用バルクのAA防弾装備か? 重サイバネのクローム胸郭か? 

 

否! 警備服には傷も焦げも一つもない! そもそも弾が当たっていないのだ! ならば放たれた四発の銃弾は何処に? 「イヤーッ!」「アバーッ!?」此処に! 警備服を着た影の手から摘み取られた弾丸が投げ返される! 

 

SMACK! 倍する威力で返却された元弾丸は、射手の頭蓋を上下に分断してコンクリに突き立った。「「ザッケンナコラーッ!」」敵と理解したテロリスト達は即座に交戦に体勢に入る。

 

「スッゾオラ……アィェ」ただし突き立ったモノを見たテロリストは除く。それを目の当たりにしたテロリストは正気度ロールを強制された。何故ならばそれは最早弾丸ではなく、炎を纏った……スリケンだったのだ! 

 

それだけではない! 見よ! 警備服の影は最早警備服ではない! 紅蓮のニンジャ装束だ! メンポもしている! 「ニンジャ!?」「ニンジャナンデ!?」そう、間違いなく! あからさまに! ニンジャなのだ! 

 

「アィ「イヤーッ!」アバーッ!」恐怖の絶叫は即座に断末魔へと響きを変えた! 「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」断末魔の多重合唱が首と共に飛び交う! 

 

「アィェーッ! オタスケ! アィェェェッ!」偶然にも逃げ延びたテロリストは助けを求め、泣き叫んで地下駐車場を走り回る。NRS(ニンジャリアリティショック)で霞んだ記憶を辿り、別チームの居所を必死に探す。

 

「オタスケ! ニンジャ! ニン、ジャ……が……」幸運にもそれはすぐに見つかった。ランドマークを目の当たりにしたからだ。不運にも彼はすぐに見つかった。ランドマークを目の当たりにしたからだ。

 

「アィェー……」目前の光景に彼の正気は股間から全て流れ出た。湯気の立つ黄色い水溜まりに映るのは、整然と立ち並ぶ黒錆色の卒塔婆。そしてその全てに突き立った、ツェペシュめいたケバブ葬列である! ナムアミダブツ! 

 

「アー……ババババババーーーッッッ!!」ランドマークの圧倒的残虐性アッピールを前に彼の精神は崩れ落ちた。けれど創造主は容赦なく卒塔婆列に迎え入れる。短くも長いジゴクの中で、発狂したテロリストの中には、ただ恐怖だけが満ちていた。

 

「『オバケの真似して遊んでる、お前をオバケは喰いに来る』、か」ケバブとなった故テロリストを嘲るように、哀れむように、警備員に扮していたニンジャ……セイジが口ずさむ。

 

「なんだそりゃ」「オペラ・ジョルリの一節さ。知らないの? 教養的じゃないね」ランドマークの作り手……シンヤはオペラなんてハイソな趣味からはほど遠い。戯曲なんぞ言われても死体を担ぐ肩をすくめるだけだ。

 

「カネモチ=サンはご教養がお有りでいらっしゃるようで」「そうだよ。だからMr.カケソバは崇め奉ってひれ伏すといい」バカなやりとりをしながらも二人は痕跡を瞬く間に片づけていく。

 

作業が終わればそこにはなにもない。ランドマークも死体も爆弾も、最初から存在しなかったと思えるほどだ。「これで全員ですか?」『感知範囲ではね』作業を終えた二人はナンシーへ通信を繋ぐ。

 

「これでテロは防がれた……とは考えにくいですね」頭数も武装も爆弾も何もかも足りなさすぎる。オクモツ・ヒルズのテロより少ない程だ。まだ何かを隠しているのは間違いない。

 

『ええ、以前のテロ以上にウィルスを使う気でしょうね』「UNIXが爆発したのはそれですか」セイジの記憶を辿れば、オクモツ・ヒルズのテロでもレジUNIXが爆弾と化していた。

 

ローグウィッチからウィルスさえ用意できれば、インフラに等しいUNIX群が全て爆発物に変わってしまうのだ。「ウィルスの探知はできますか?」逆に言えばウィルスさえ防げればテロは悉く頓挫する。

 

『SCANしてるけど余程のウィッチよ。パターンが多すぎる上、全部新作』「厳しい、ですか」『……ベストは尽くすわ』不可能の婉曲的な表現。通信越しの声からも悔しさが滲んでいた。

 

「なら、僕らもベストを尽くしますよ」それを打ち消すようにセイジは強い声を張った。「ナンシー=サンはUNIXの爆発を止める。僕らはテロリストの蛮行を止める。それで被害は止まります」

 

『アリガト。弱気になっちゃダメね』「ええ! これから人を助けて、悪党を倒して、ヒーローになるんです。胸を張っていきましょう」セイジは胸を叩き快活に笑う。整った顔立ちと相まってまるでフィクションの勇者だ。

 

その背中を悪童めいてシンヤが叩く。「おう、随分とキアイ入ってるじゃないかカラテ王子」「キアイ入れろって言ったのはお前だろ、カワラマン」

 

シンヤは確かにそう言った。セイジが再び自警活動(ヴィジランテ)をすると、そう言ったからだ。それをもう一度思い返し、シンヤは先日の記憶をかみしめた。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

TELLL! TELLL! 「ハイ、モシモシ。カナコ・シンヤです」『やぁ、カワラマン。僕だ。手を借せよ』「承った。で、内容はなんだ? カラテ王子」『そりゃもちろん』電話向こうで声がふてぶてしく笑う。『悪党退治さ』

 

「……悪党退治、か」『言いたいことがあるって声だね』「そりゃ山ほどある。が、その前に。何が要るんだ?」『ハッカーとシンクタンク』とにかく情報が足りないのが痛い。加えて情報の精査ができてない。

 

つまり、何処で何時テロが起きるかの確証がないのだ。これではテロを止めようがない。「判った。俺の伝手とコネで用意してみる」『アリガト、な』「何せ弊社はコネコムだからな」「へえ、笑えるね」つまらないジョークで二人はひとしきり笑う。

 

『で、支払いは?』「代金は要らん。代わりに質問に答えろ、セイジ=サン」続けてのシンヤの……ブラックスミスの声音は打って変わって真剣そのものだ。返答如何ではまた殴り倒しにいくと告げている。

 

「お前は何でまた悪党退治なんて始めた? ヒーローごっこでカッコつけたいのか? テロリストを殴って賞賛を浴びたいのか? それとも……()()()ニンジャスレイヤー=サンからお褒めに与りたいのか?」

 

『…………ッ』腹の底の柔らかい部分を爪で抉られた気がした。だが、それを判らないで口にするような奴じゃない。聞かなければならないことだから言ったのだ。ならば答えねば、そして応えねばならない。

 

「人様の台詞だが、望みを言え」臓腑の奥底、容赦なく爪で抉られて血が吹き出すそこに手を突っ込む。何故そうする? 何がしたい? 何のために? 答えはもう決まっていた。

 

『全部だ』「全部……か。本気か?」『ああ、本気さ』カラテを学ぶ理由、カラテを鍛える理由、カラテを振るう理由。オールドセンセイの問いに返した言葉を告げる。血のように紅い火が胸の内で燃え上がる。心臓の鼓動とともに体中に巡る。全細胞に火が点いていく。

 

『カッコつけたい、誉められたい。認められたい、暴れたい。人助けたい、役に立ちたい。正義ぶりたい。ヒーローに、なりたい。全部本気だ』バウッ! バウッ! 溢れる感情が火の粉となって爆ぜる。『だから僕は……殴りに行く』

 

電話向こうから笑い声。嘲りではなく、受け入れの声だ。「なるほど、本気だな。とんだヨクバリなこった」『知らなかったのかい? 僕はヨクバリで、ワガママで、エゴイストで、イケメンなのさ』「最後以外はよーく知ってるよ」

 

聞くべき問いを聞き、聴くべき答えは聞いた。『じゃあ頼むよ、シンヤ=サン』「ハイ、ヨロコンデー。お前もキアイいれてけよ、カラテ王子」『オタッシャデー』「オタッシャデー」

 

───

 

「オタッシャデー」IRC端末の電源を切り、シンヤはゆっくりと振り向いた。「と言うわけでして。えー、そのー、セイジ=サンは、テロの犯人ではないと、ご理解いただけた、でしょうか?」

 

『ええ、間違いなさそうね』ピボッ。IRCディスプレイの蛍光緑が返答をタイプする。「そのようだな」その隣の影も僅かに頷いた。これで一安心だ。シンヤから安堵の息が漏れる。

 

「では、ご参加をお願いしても?」『ビジネスなら代価を提示して欲しいわね』「そうですね。ニンジャ一人分の労働力はいかがでしょうか?」驚きを示すように次のタイプまで僅かな間が空いた。

 

『……カイシャと契約済みではなくて?』「現状を考えますと今しばらく休職しまして、そちらに専念する必要がございますようで」冗談めかした装飾語だらけのビジネス謙譲文だが、内容は本音だ。

 

シンヤが親指で指す先にはプロ市民活動のポスターがはためいている。人影の視線がカタナの鋭さを帯びた。『ラオモト=サンの力をネオサイタマ市議会に!』『強い人間が強い政治』『即断即決な一刀両断』『無駄がない公共』

 

ラオモト=カン政界進出のための下準備だろう。『原作』第一部終盤が近づいているのだ。ソウカイ・シンジケートの脅威は知っている。『原作』知識を失う恐怖もある。

 

だが動かないという選択肢はもはやない。「それで、いかがしますか?」『私としてはありがたいわね』ディスプレイの文字列がもう一人に返答を促す。

 

ハンチング帽を被り、バッファロー革のコートに身を包んだ人影……”フジキド・ケンジ”は目を閉じた。「よかろう」

 

『じゃあ詳細を詰めましょうか』IRCディスプレイ向こうのナンシー・リーがテロリストの行動予測表を上げる。三人は闇の中で作戦を組み立てていった。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

「PING! PING!」バイオスズメを思わせるPING音が、過去に戻っていた思考を現実に戻す。「PING! PING!」ナンシーはコケシツェペリンを模したエージェントプログラムからスキャン結果を受け取った。

 

コトダマ空間では全てが観測者の定義に基づいた形を取る。マルノウチスゴイタカイビル内のUNIX群は幾何学立体で作られた3D街路図に、ビルを練り歩く来客のIRC端末は飛び交う小鳥に。

 

「これで20種め。また新種ね……」そしてナンシーが探し求めるウイルスは、UNIX幾何学立体に差し込まれた挿し木の形を取っていた。恐らくトロイ型の論理爆弾だ。

 

すぐさまダルマ型解析関数に飲ませて、エージェントプログラムのブラックリストに追加する。電子伝書鳩がウイルス構造式を送り届けるのも見ずに、ナンシーはパターンの解析を急いだ。

 

敵はハッカーとウィッチのタッグ。ハッカーの腕前は確かだが奥ゆかしさが足りない。痕跡を丁寧に消しているが、こうも頻繁に進入を繰り返せば自ずから足跡が浮かび上がってくる。

 

「問題はウィッチの方」コードロジストをタイプ速度で計れはしないが、間違いなくヤバイ級ハッカーに匹敵する。最低でも2ダース弱の新作ウイルス、しかも共通構造が見つからない程多彩な類型を用意してきた。

 

総当たりでビル中のUNIXをスキャニングしてるがどう考えても時間が足りない。一刻も早くウイルスの共通パターンを見つけて全文検索をかける必要がある。

 

「違う……これでもない。これなら……違う」解体し、並べ替え、組み直し、つなぎ合わせる。パターン解析はリドル(謎かけ)に似ている。一瞬の閃きがなければ、ひたすらに可能性のある解法を当てはめていくしかない。

 

逆を言えば不可能に思えた難題を、時に思考の閃きが驚くほど容易く解きほどいてしまうものでもある。「これなら……ブルズアイ! エウレーカって処ね」ギャバーン! 電子ジングルと共に一連なりの文字列が漉し取られる。

 

間違いない。起動コードだ。これを押さえれば全ウイルスを不活性化させられる。全文検索開始と同時にワクチンプログラムを組み上げる。過剰集中で時間感覚がモチめいて延び、ニューロンが音を当てて発火する。間に合うか。間に合わせる。

 

余計な機能は全て捨てる。不活性化だけに特化させたウイルス特効薬だ。完成したそれを一斉送信プログラムに装填する。「送、信……!」ナンシーの細い指が論理エンターキーを押した。

 

───

 

「時間だ、やれ」「ハイ……ヨロコンデー……」溢れる血と涙と洟と涎でグチャグチャの顔。滴る血と涙と洟と涎でグチャグチャのキーボード。割れた奥歯が音を立てて落ちる。ヨシノの震える指が物理エンターキーを押した。

 

───

 

『C:\>_msg_marunouchi/server:100.000.50_"桜の樹の下には屍体が埋まっている"』MSGコマンドの風がコトダマ空間を吹き抜けた。同時にナンシーの視界に満開の桜前線が産まれた。

 

「間に合わなかったの……!?」風を受けた挿し木が伸び上がり、UNIXのモノリスを引き裂いて無数に花開く。それは薄紅色の霞か雲か。破滅の花吹雪が吹き荒れる。

 

「いえ、痛み分けってところね」だが花霞は思いの外薄い。目に見える範囲でも成長し損なった挿し木が半数以上だ。強制オーバーフローで爆発したUNIXは少なくないだろうが、被害は半分以下に抑えられた。

 

「後はお三方に任せるわ」過剰集中と過剰連続作業に過剰ザゼンドープで痛めつけられたニューロンを休ませるため、ナンシーはコトダマ空間からログアウトした。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

KABOOM! 「アィェーッ!?」突如響きわたる爆発音、そして続いての野太い悲鳴。「UNIX爆弾!」「テロだ!」恐怖をあおり立てるTVプログラムのおかげで、それが何を意味するかを誰もが知っていた。

 

「ナンデここに!?」「オタスケ!」KABOOM! KABOOM! KABOOM! 連続して爆発するUNIXから人々は逃げまどう。幸いにも爆発したUNIXは少なく、巻き込まれた人の数も少ない。

 

だが、恐怖に煽られた群衆は時として爆弾以上の危険物となる。「ドイタドイタ!」「ママーッ!」「マーちゃん!」右往左往する人の群に巻き込まれ親子が離れ離れに! 

 

「アブナイ!」更に子供は人間津波の圧力に押され、爆発跡から吹き抜けから放り出される! このまま重力の包容を受けてエントランス噴水のゴアオブジェとなってしまうのか!? 

 

「イヤーッ!」そうはならない! 黒錆色のロープが子供に絡みつきベクトル180度反転! 安全な床で着地! 無傷である! 「ママーッ!」「マーちゃん!」子供は母の抱擁を受けて安堵の涙を流す。

 

「向こうの係員に従って安全な場所へ移動してください」「アリガトゴザイマス!」「構いませんから、急いで!」子供を助けた黒一色の英雄は誇るより先に、奥ゆかしく避難先へと誘導する。

 

「アリガトゴザイマス!」母親は器用にも真っ黒な男に頭を下げつつ子供を抱きしめつつ避難を始める。それを見た数人が続き、つられて他の客も後に続く。後はビル係員に任せればダイジョブだろう。

 

「救助隊だ!」「レスキューが来た!」その声に真っ黒い男は禍々しい目を訝しげに歪めた。保険会社のカチグミ顧客専用救出部隊でも到着にはまだ早いはず。ならばフル装備で瓦礫を押しのけるあの人影達は? 

 

「遅いぞキミィ! カチグミの私が保険会社にいったい幾ら払ってやっ「スッゾコラレンジャーッ!」アバーッ!?」当然この事態を引き起こした『殺忍』テロリストである! 

 

BLATATATA! 「「「ザッケンナコラレンジャーッ!」」」「アバーッ!」「アババーッ!」「アバーッ!?」しかも一糸乱れぬ射撃と統制のとれたGIヤクザスラング! 中身はクローンヤクザに間違いない! 

 

「アィェーッ!」「シネッコラレンジ「イヤーッ!」アバーッ!?」ならばなおのこと皆殺しにする必要有りだ! 異形のスリケントマホークが装甲ごとGIクローンヤクザテロリストを分断する! 当然即死! 

 

「クローンヤクザ投入とはなりふり構わない真似に出たな。イヤーッ!」スリケントマホークを叩きつけた黒い男の全身が黒錆色に霞む。吹き抜けから飛び降りたナンセンスな黒装束は、着地より早く恐るべきニンジャ装束へと転じた! 

 

「「「ザッケンナコラレンジャーッ!」」」無数の筒先が黒錆色へと向けられる。注意と殺意を巧く集められたようだ。赤錆色のメンポで口を覆い、赤銅色のガントレットを構える。

 

「「「スッゾコラレンジャーッ!」」」BLATATATA! BLATATATA! BLATATATA! GIヤクザスラングと共に幾多の銃口から数多の銃火が花開いた! 

 

CRACK! CRACK! CRACKLE! だが鉛弾が血の花を咲かすことはない! 黒錆色の風を捉えられずに、火花の徒花を散らすばかり! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!」代わりに咲くのはバイオ血液のしだれ柳! 新鮮な緑と酸化の赤が入り交じり、エントランスはまるで死人花の草原だ! 

 

完全武装ヤクザ兵士軍団を瞬く間にゴア風景に塗り替える、これがニンジャのカラテなのだ! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」ZINK! そしてニンジャのカラテに対抗するのは、同じニンジャのカラテこそがふさわしい! 

 

赤銅色の拳で弾き飛ばしたのは、アーミー仕様のサバイバルクナイ・ダートだ。都市迷彩のクローンヤクザを引き連れて、軍用ニンジャ装束に身を包み、色鮮やかな特殊部隊ワッペンを誇らしげに見せつける。

 

「ドーモ、初めまして」ついに姿を現した。「ソウカイヤの“レンジャー”です」此度の黒幕、諸悪の根元。「我が軍の作戦行動を阻害する敵兵めが」奴こそがソウカイ・ニンジャだ。

 

「ドーモ、レンジャー=サン」黒錆色の影も応えて答える。「俺はブラックスミスです」両手を合わせ殺意で笑う。「軍隊ごっこがお好きなようで」かかってこいと指先を扇ぐ。

 

「ごっこ、だと?」「今はもうない過去の部隊をことさらに誇る。未練がましいごっこ遊びでなきゃなんだ? コス・プレイか?」ブラックスミスが指さす先は、レンジャーの肩に縫いつけられた特殊部隊ワッペンだ。

 

ワッペンには三叉槍をくわえたガーゴイルが反り上がり、『シャチホコ』『殺すから勝つ』のオスモウ金字がNSCGのイニシャルを包んでいる。

 

それは悪名高きNSCG(ネオサイタマ湾岸警備隊)の中でも、恐怖と畏怖を一身に集めた命知らずの切り込み部隊”鯱鉾”(シャチホコ)の紋章。何せ元隊長から直に見せてもらったから間違いない。

 

「湾岸警備隊栄光と伝統のシャチホコ隊を侮辱するかキサマァーッ!」「心配するな、侮辱してるのはお前だ」「キサマァーッ!!」どちらの意味にもとれる台詞に対し、レンジャーはどちらの意味でもキレた。

 

「軍法会議で銃殺刑としてやる!」「それ命令違反の扱いだろ。設定ブレブレだな」「クチゴタエスルナーッ! 状況開始せよ!」「それは演習用の台詞」対照的なテンションの中、イクサの幕が上がる! 

 

「「「スッゾコラレンジャーッ!」」」BLATATATA! なんたる先ほどとは比べものにならぬ程の決断的かつ徹底的な勢子猟めいたマンハント指揮か! 言動はお粗末でも部隊指揮官としては一流である!

 

「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」しかしニンジャハントは一筋縄ではいかぬもの! ブラックスミスが反撃の異形スリケン群を投げ返す! 

 

「標的をネギトロにせよ!」「「「シネッコラレンジャーッ!」」」BLATATATA! KABOOM! それに応じてレンジャー指揮下GIクローンヤクザ軍が鉛と火薬の十字砲火を降らせる! 

 

「ホノオッ!」「「「ザッケンナオラレンジャーッ!」」」BLATATATA! KARA─TOOM「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」

 

弾丸とスリケンとクナイ・ダートが飛び交い、首と死体とバイオ血液が吹き飛ぶ! 吹き抜け直下のエントランスは、競り最高潮のツキジめいた熱気と殺意の最中にあった! 

 

───

 

静かだった。

 

聞こえるのは火勢の衰えた、弱々しい小火の音。そして怯えすくむ人々の潜めた息の音だけだ。砕けた窓から病んだ夕日が差し込み、転がる無数の『殺忍』テロリストと二つの影を照らす。

 

夕闇にギラつく銀の鎧武者が両手を会わせた。「ドーモ、ソウカイヤのモーフィンです」水銀の鎧に周囲の影が歪んで映る。『殺忍』メンポ。赤黒のフェイク装束。対峙する己の姿。

 

全てが嘲るように揺らいでいる。ブラックベルトを締め直し、セイジはそれを真っ直ぐに見据えた。紅蓮の影は小揺るぎすらしない。

 

「ドーモ、モーフィン=サン」

 

紅蓮の装束、黒鋼のブレーサー、無字のメンポ。殺戮者(スレイヤー)でも、殺人鬼(キラー)でも、理想像(ヒーロー)でもない。ただのニンジャがイクサの荒野に独り立つ。その名は。

 

「インディペンデントです」

 

 

【ニンジャ・ヒーロー】#3おわり。#4に続く。


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