鉄火の銘   作:属物

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第十二話【ニンジャ・ヒーロー】#2

【ニンジャ・ヒーロー】#2

 

ネオサイタマはケオスの土地だ。ドブが香るスラム街の真横に高級美麗タワーが立ち並び、昨日開いた店舗が店じまいする横では江戸時代から変わらぬシュラインが鎮守の森にくるまれてる。

 

このオクモツ・ヒルズもネオサイタマらしい混沌の子供だ。ミキ建築の再開発地区の一部を、袂を分かったミキ・ビルディングが札束を積んで奪い取り、突貫工事で仕上げた複合施設。

 

宗家のモリ・テンプルを挽き潰して建つ虚栄の巨城には、『歴史を愛してます』『長年が誇り』の欺瞞的アドバールが浮かび、分社モリ・テンプルとミキ建設本社を見下している。

 

しかしその全てが客にとってはどうでもいいことだ。重要なのは過剰広告で刺激された物欲を満たせるか、セレブリティ・スノビズムな高意識優越感を味わえるか。

 

どうでもよくないと考えるのは、チャ・カフェで一人思案に耽るセイジくらいのものだろう。「ねぇ、君一人?」「いえ、人を待ってます」さわやかな笑顔で逆ナンパを断り、買い物客の流れを眺める。

 

「ハンサムだよね」「きっとカチグミだよ」「誘ってみようよ」(((何も見つからなかったな……)))チラチラと向けられるお熱い視線を無視し、セイジは中断した思案を再開する。

 

このオクモツ・ヒルズを建築したミキ・ビルディングだが、元会社のミキ建設を裏切って元副社長が設立した会社だ。結果ミキ建設は多大な赤字を算出し、融資の代価としてネコソギファンドの配下に下った。

 

両社長は実の兄弟でもあり、それだけに恨みは深い。だからこそ『殺忍』テロリストに都合良く襲われてもなんらおかしくはない。テロリストの動きからして次に狙われる可能性は最も高い。

 

(((そう思ったんだけど)))探せるだけ探したが『殺忍』テロで頻用されるUNIX爆弾も見つからず、ヒルズ私設武装戦力も十分以上。これではテロを実施した処で返り討ちに逢うのがオチだ。

 

しょせんは素人考えだったか。まぁテロが起きないならそれでいい。「少しいいですか?」「私たちここ来るの初めてなんです」「案内をオネガイできませんか?」気分転換だ。少し遊んでいこう。

 

「ハイ、ヨロコンデー」「「「ヤッタ!」」」優しげなイケメンカネモチへの声かけに成功して少女ら三人は大興奮だ。案内を口実にこのままお近づきになって、あわよくばセレブ世界へ足を踏み入れるのだ。

 

だが、その願いは叶わない。KARAーTOOM! 「「「アィェッ!?」」」突如爆発音が響きわたる。火を噴いたのはヒルズ私設武装戦力の詰め所だ。「火グワーッ!?」戦闘服を着た火達磨が飛び出したから間違いない。

 

BTOOM! BTOOM! BTOOM! 「「「アィェーッ!」」」ついで各店舗のレジUNIXが連鎖爆発する。当然チャ・カフェのレジスターもだ。「イヤーッ!」BTOOM! それをセイジはいち早く蹴り上げたテーブルで受け止めた。

 

「君ら怪我は?」「あ、ありません」「わ、私も。で、でも友達が」「だ、ダイジョブ。こ、腰抜かしただけ」「隠れてて! イヤーッ!」少女らの安否を確認するやセイジは飛び出した。

 

何とも幸運にも予想通りにテロが起きた。最悪の気分だ。胸の内で紅い怒りが熾火めいて燻る。バウッ! バウッ! 怒りは握り開く拳から火花となって飛び出した。

 

「アィェーッ!」「ヒャッハーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」飛び出した『殺忍』テロリストを弾き跳ばし、セイジは被害の中心へ向かって駆けた。

 

───

 

紅蓮の風がジゴクを吹き抜ける。燃えさかる店舗、泣き濡れる被害者、転がる死体。目を覆わんばかりの光景が色付きの風となって流れ去る。

 

そしてセイジはエントランスへと飛び込んだ。「!!」そこには……おお、ブッダ! 死体、死体、死体、死体、死体、死体だ! カネモチ、カチグミ、サラリマン、ペット。老若男女ありとあらゆる死体で満ちている! 

 

それはまるでツキジ……ですらない! 足のもげた死体、服を剥がれた死体、顔を削られた死体。損壊した死体、弄ばれた死体、辱められた死体! まともな死体は一つもないのだ! 

 

ALAS! ブッダよ! アミダ・ブッダよ! 今一時目を覚まし、四苦八苦に悶えた彼らに安らかなる死後を与えたまえ! ナムアミダブツ! ナムアミダブツ! ナムアミダ・ブッダ!! 

 

「…………」アビ・インフェルノ・ジゴクを見るセイジの顔に浮かぶのは、ノウ・オメーンめいたフラットな無表情だ。血走った目と血が滲む拳だけが、内なる感情を現している。

 

踏み出した足下に何かが触れた。当然死体だ。それも幼い少年の死体だ。その苦痛と恐怖に満ちたデスマスクには、『殺忍』の二文字がナイフで刻印されている。

 

赤熱する指先で頬に焼き印した『忍殺』の二文字が、少年の顔と重なる。それはかつて自分が傷つけた被害者のパロディか。「ザッケンナ……」バウッ! バウッ! ボウッ! 両腕が紅色の炎をまとった。

 

「ザッケンナコラ…………!」胸の奥底で火の粉が噴き上がる。それは両手から立ち上る炎めいて燃える、紅蓮の怒りだ。

 

「ザッッッケンナコラーーーッッッ!!!」溢れた紅蓮はジェット噴流めいた推進力へと転じた! 燃えさかる残影をたなびかせ、深紅の熱風が吹きすさぶ! 真っ赤な暴風が向かう先は、テロリストの悪意の地! 

 

「アィェーッ!」「ヒャッハーッ!」哀れな小動物を守ろうとするペットショップ店員の目前で放火せんとする『殺忍』テロリスト! なんたる非道か! 「正義火葬だヒャッハーッ! 「イヤーッ!」アバーッ!?」紅蓮の風がテロリスト焼却! バイオペットの目前で人間松明! 

 

「アィーッ!」「ヒャッハッ!」妻だけでも逃がそうとする老紳士に鉛弾を打ち込み、連れ添いにまで向ける銃口を『殺忍』テロリスト! なんたる非道か! 「正義私刑だヒャッハ「イヤーッ!」アバーッ!?」紅蓮の風がテロリスト貫通! 老夫婦の目前で風通し良好! 

 

「アィッ!」「ヒャハッ!」崩れ落ちた父親に縋りつく幼児を踏みしだき、耐えられぬほどの重量を加える『殺忍』テロリスト! なんたる非道か! 「正義駆除だヒャ「イヤーッ!」アバーッ!?」紅蓮の風がテロリスト粉砕! 親子の目前で床面再塗装! 

 

「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「イヤーッ!」「アバーッ!?」紅い暴風が瞬く間にテロリストを吹き飛ばす! 燃え盛るカラテ業風を前にして、三下テロリストはロウソク・ビフォア・ウィンドの運命にあった! 

 

「アレヤッベ! アレヤッベェよ!」「アレなんだよ!? アレどーすんだ!?」「アレ出せ! アレ!」吹きすさぶ紅い火炎旋風に慌てふためくテロリストたちは、IRC端末を操作する。ガション、ガション。機械音を響かせてアビインフェルノの下手人が姿を現した。

 

赤黒の逆間接が支える鋼鉄の巨体に、バイオスモトリすら容易くネギトロするガトリング。そう、これこそオムラ・インダストリが誇る治安維持殺戮ロボニンジャ”モーターヤブ”……ではない! 

 

鉄腕が握る格闘器械は圧制の象徴たる電磁サスマタではなく、ヤクザ性の体言たる電磁ロング・ドス・ダガー! 「「「正義スッゾコラー悪党!」」」発する音声も無感情な合成音声ではなく、無慈悲なるヤクザテロリストスラングだ! 

 

「「「悪漢ザッケンナコラー粛正!」」」そしてヤクザテロリストスラングを発するのは、鉄のボディから突き出たクローンヤクザヘッドなのだ! そう、これこそ悪夢と狂気のコラボレーション”モーターヤクザ”である! 

 

「ヤッチマエーッ!」IRCから下された抽象的な指示に従いチャカ・ガトリングが唸りをあげる! 「「「断罪スッゾコラー悪人!」」」BLATATATA! BLATATATA! BLATATATA! 三重の砲火網が紅の影に覆い被さった! 

 

二機が弾幕で逃げ場を奪い、もう一機が飽和火力で押しつぶす。なんたるヤクザの冷酷と機械の無情を併せ持った異形混血児の怜悧なる殺戮タクティクスか! エントランスの犠牲者たちはこうして効率よく鏖殺されのだろう。

 

だがしかし! 「イヤーッ!」それは無辜にして無力なモータル相手の話だ! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」燃えさかるカラテで弾雨をかき分け、紅の影はキルゾーンを突破した! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「ピグワーッ!?」「ピグワーッ!」「ピグワーッ!!」さらに返礼とばかりに両腕を振るうと、燃える鉄片が無防備なヤクザヘッドに突き刺さる! 弱点むき出しとはなんたる粗雑! しかし違法改修でメーカー保証外だ! 

 

「ヤ、ヤレー! ヤるんだよーっ!」圧倒的カラテを前に恐慌状態のテロリストは粗雑な指示を下した。「「「悪逆ザッケンナコラー懲悪!」」」忠実なるクローンヤクザヘッドは愚直にも無謀な命令に従うのみだ。

 

「刺殺スッゾコラー悪者!」腰だめに構えた電磁ロング・ドス・ダガーが迫る! 前面にペイントされた『殺忍』メンポ絵図が、紅い影を嘲り笑うようだ。「イヤーッ!」「ピアバーッ!?」弾道跳躍カラテパンチでヤクザヘッドが四散! 当然即死! 

 

「撲殺スッゾコラー悪玉!」風切り振り上げられたチャカガトリングが迫る! 側面にショドーされた『慈悲がない』『殺すべき』の文字が、紅い影を嘲り笑うようだ。「イヤーッ!」「ピアバーッ!」対空チョップ突きでヤクザヘッドが分断! 当然即死! 

 

「轢殺スッゾコラー悪役!」軋み音と共に突き出された鳥足ヤクザキックが迫る! 粗雑に塗りたくった赤黒のペンキが、紅い影を嘲り笑うようだ。「イヤーッ!」「ピアバーッ!!」二段トビゲリでヤクザヘッドが炸裂! 当然即死! 

 

「ナンデ!? ナンデ死なないんだよ!? フツー死ぬだろ!?」パニックに至ったテロリストは指示を出すことすら忘れて泣き叫ぶ。尤も、指示を受け取るべきモーターヤクザは今全て機能停止した処だ。

 

そしてテロリストの目前に立った紅い影は懐から一片の黒鋼を掴み出した。握りしめた拳から同じ色合いの炎が吹き出す。炙られた黒鋼もまた紅色に赤熱し、飴か餅めいてその形を変える。

 

そして影は黒鋼を、両手で顔に押しつけた! SIZZLE! 蒸気をまとう黒鋼は顔の形に柔らかく変形した。無『字』の黒鋼メンポに覆われた顔をゆっくりと上げる。

 

 

「「「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」」」それはまさしく……ニンジャだったのだ! 

 

 

『噂すると影が刺す』『ヤクザの真似するとヤクザがドアを叩く』幾多のコトワザに謳われるように、ニンジャを装いニンジャごっこに興じたテロリストの前に、怒れる真のニンジャが現れた! 

 

そして本物の半神的存在を前にして、偽物ができることはただ一つ。「アイェーッ! オタス「イヤーッ!」アバーッ!」恐怖に震えて死ぬことだけだ。

 

「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」

 

「イヤーッ!」「アバーッ!」最後の一人の首が飛んだ。瞬く間に全てのテロリストは死に絶えた。タイガーの威を借るコピーキャットは本物に食い尽くされ、もう一匹も残ってはいない。

 

あるのは被害者と加害者の血と屍で再塗装された大広間。そして流れ出た血液より紅い炎を纏ったニンジャだけだ。

 

ニンジャが炎を消し、メンポを外す。そこにはただのカチグミ青年がいた。彼は、セイジは血塗られたエントランスを後にした。

 

───

 

燃えさかるオモチャ店の前で声もなく泣き崩れる女性。その手には子供向けヒーローチャームが握られている。他にも幾人か絶望しきった顔の保護者たちがいる。

 

出入り口間際で炸裂炎上したレジUNIXは子供たちの逃げ場を奪った。子供たちの夢溢れるオモチャ屋は、今や火にかけられたネズミ袋に等しい。

 

絶望がまた一滴、頬を伝いしたたり落ちた。波打つ涙の水たまりに揺らめく影が映る。ブラックベルトを締めた影は、躊躇いなく火の中へと消えた。また一人、誰かの親が火の中へ飛び込んだのだろう。

 

いっそ、その方がいいのかもしれない。子供たちだけで怯えながら燻り死ぬくらいなら、共にアノヨに向かう方が愛し子の慰めになるだろう。

 

「ゴメンね……コワイだよね……直ぐに、お母さんも、そっちに逝「イヤーッ!」アィッ!?」母の悲壮な決意を突然のシャウトが吹き飛ばす! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」場違いな雄叫びが圧倒的カラテで燃焼音をかき消す! ヒーロー気取りの狂人が無根拠の過信で飛び込んだのか!? 

 

だが見よ! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」カラテシャウトが響く度、燃えさかる炎が解け崩れて消えて行くではないか! 瞬く間に猛火は下火となり、ついには小火と化す! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「ブッダ……」母の目に再び涙が滲む。それは溢れ出た絶望ではない。それは漏れ出した希望だ。「どうか」「お願い」気づけばどの親も掌を合わせ、両手を握っていた。

 

「イィィィヤァァァーーーッッッ!!!」最後のシャウトが響きわたり、最後の炎がかき消えた。期待と不安と待望と疑心。幾多の思いで沈黙が張りつめる。

 

そして……「ママ?」……希望が姿を現した。「パパ!」「お爺ちゃん!」「怖かった!」次に次に現れる小さな影! 子供たちは皆無事である! 

 

「ブッダ! オーディン! 神様! アリガトゴザイマス! アリガトゴザイマス!」「ママ、違うよ!」少年は火の消えたオモチャ店を指さす。子供たちの後に続き、火傷した親御さんを背負って小麦色のカチグミ青年が姿を現した。

 

「ああ、アリガトゴザイマス! 貴方のお陰です!」「まさにブッダのアバターだ!」「慈悲がある!」「勇敢な!」何をしたのか誰も判らない。だが子供らを救ったのは誰もが判った。

 

「ねぇねぇ、お兄ちゃんはヒーローなの?」「違うよ、カラテマンだよ! ブラックベルトしてたもん!」「違うよ、ニンジャだよ! メンポつけてたもん!」無邪気な評価に青年は苦い微笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、きっとニンジャ・ヒーローだよ! 助けてくれたもん!」その声に僅かに目を見開き、そして静かに閉じた。胸に当てた拳から紅い光が漏れる。まるで闇夜の焚き火めいた暖かな光だ。

 

青年は少年に目の高さを合わせた。「怪我はなかったかい?」「うん! ダイジョブ! アリガトゴザイマス!」勢いよく下げた頭を優しくなでる。その手は暖かかった。

 

「こちらこそ、アリガトゴザイマス」「えっ?」助けてくれたのにナンデお礼を言うんだろう。不思議そうな顔に微笑みかけると青年は歩き出した。

 

「あの! お礼を!」「今、貰いましたので」涙で滲んだ視界の中、差し込む夕日に後ろ姿が溶けていく。その背中を少年は見つめていた。子供たちも見つめていた。誰もが見つめていた。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

TELLL! TELLL! 『ハイ、モシモシ。“カナコ・シンヤ”です』「やぁ、カワラマン。僕だ。手を貸せよ」『承った。で、内容はなんだ? カラテ王子』「そりゃあもちろん」力強い声が太々しく笑う。「悪党退治さ」

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

「オイ、判っているんだろうな?」焦げたLAN端子が目立つ頭にジカタビ・ブーツが乗せられる。ジワリと股間が濡れた。だが当然だ。このブーツの主はほんの少し力を込めるだけで頭蓋骨を生卵めいて砕けるのだ。

 

「ハイ、判っております!」だから”ナブケ”はドゲザをさらに深めた。セプクを願うほどの屈辱を覚える。だが当然だ。このブーツの主こそ裏社会の最上位捕食者にして、人類の上位種なのだ。

 

「ほう、非ニンジャのクズにしては知的なことだ」そう、プレジデント椅子に腰掛け、ナブケのドゲザ頭に足を掛ける、この水銀鎧武者は……恐るべきソウカイ・ニンジャ”モーフィン”なのだ! 

 

「ハイ、アリガトゴザイマス!」「ならば何故、結果を出せない?」「ハイ、スミマセン!」モーフィンが小突くTV画面には『カチグミ英雄テロリズムから救う』『カネモチは勇気も豊か』『名乗りなく奥ゆかしい』のテロップが流れている。

 

「これがどれだけ重要な案件か判ってないようだな」「イイエ、スミマセン!」ZINK! 水銀スリケンが『殺忍』とペイントされたメンポに突き立つ。カラテ格差アッピールにナブケの股間の染みが面積を増し、部屋の隅で縮こまる小さな影の振動数が増した。

 

だが……『殺忍』メンポ? それがここにあるということは、つまり……「これはゲイトキーパー=サン直々の大正義プロジェクトだ。失敗は赦されぬ!」BAM! 

 

平手を叩きつけた壁には『殺忍』にバツをつけるがごとくクロスカタナエンブレムが重なる! なんたることか! 『殺忍』テロリズムの背後にはソウカイ・シンジゲートの影があったのだ! 

 

テロリズムの目的はその名の通り恐怖を振り撒き社会に混乱を撒き散らす事だ。『殺忍』テロリズムもまた度重なる破壊と殺戮で社会不安を醸造し、強いリーダー(ラオモト・カン)を求める世論を誘導する目的があった。

 

「だというのに貴様の無能でまるで効果が上がらんわ!」「ハィェッ!?」みしり。苛立ちを込められて頭蓋骨が軋む。股間の水溜りに加えて、打ちっぱなしコンクリに擦られた額からも血が溢れる。部屋角の小柄な人影も、恐怖で身体を更に小さくするのに必死だ。

 

ネオサイタマの群衆は目先の快楽に即応する。強いリーダーを求める空気は、都合良く現れたカチグミでカネモチでイケメンでタフガイでジェントルなヒーローに流れた。これは民衆の不安を掻き立てたソウカイヤのインガオホーとも言えよう。

 

だがソウカイヤがそんな反省をする筈もない。全ての責務は弱者にあり、全ての成果は強者のもの。弱肉強食(ラオモトが総取り)、それがソウカイヤなのだ。

 

故にソウカイニンジャのご機嫌を取るならば相応の差し出しが必要となる。「こちらをご覧ください! きっとご満足いただけます!」生体LAN端子を繋いだUNIXがブラウン管にワイヤーフレームのビルを映し出す。

 

ピボッ。シミュレーションが走る。自爆したUNIXと仕掛け爆弾が連鎖し、マルノウチで最も有名なランドマークの支柱がへし折れる。パリワオワー! 倒れた巨大建造物が望み通りの二文字を象り、ジングルと共に画面は停止した。

 

「ほう。計算上の見栄えは随分な様だが、出来はどうだか」言葉は辛辣だが幾らか機嫌は上向いたようだ。ナブケの薄い頭髪に泥をすり付けると、モーフィンは足を除けた。

 

「必ず! 必ず効果をあげて見せます!」「ラオモト=サンはほとんどブッダにして完全正義。故に一度はチャンスを与えてやる」「アリガトゴザイマス!」

 

「次に備えてハイクと命乞いを用意しておけよ。非ニンジャのクズ!」嘲笑と侮蔑と痰を吐き捨ててモーフィンは部屋から姿を消した。

 

ナブケは足音が消えてからたっぷり100数えて、やっと頭を上げた。床から引き上げたその顔は憤怒と屈辱と憎悪で煮えたぎっていた。

 

「ザッケンナコラーッ! ナメッテンノカコラーッ!」大穴のあいた『殺忍』メンポをディスプレイめがけ投げつける。プレジデント椅子を蹴り飛ばし、テーブルをひっくり返す。

 

「クソッ! クソッ! クソッ! 痒い痒いんだよコラーッ!」ガリガリと音が鳴るほど生体LAN端子を掻きむしる。常態化しているのか指先も端子周りも傷まみれで、瞬く間に血が吹き出した。

 

血塗れの指でシャカリキを鷲掴み、バリキドリンクで流し込む。さらに血塗れの生体LAN端子から1024BPMの違法メガデモを注ぎ込む。トドメにZBRモクから煌めく紫煙を肺一杯に吸い込んだ。

 

「キク……遙かにいい……!」アッパー系ドラッグとハイビート電脳麻薬のカクテルでニューロンが連鎖発火する。バチバチと音を立てて歪む視界の中、脈打つ『殺忍』マークがクロスカタナの拘束の中でのたうち回る。

 

卑屈な恐怖は薬物とスパークして、連鎖核反応めいた怒りに変換された。「オイ、ドラネコッ! テメェのウイルスは仕事したのかッ!?」「ンアッ!」怒りと興奮と衝動のまま、部屋の隅で小動物めいて怯えていた少女“ヨシノ”を蹴り飛ばす。

 

「ちゃんとした! しました! ンアッ! したから! 蹴らないで! ンアッ! ヤメテ! イタイ!」「ならなんで失敗してんだコラッ!? テメェを飼ってやってるのは慈善事業じゃねぇんだぞコラーッ! ナメッテンノカコラーッ!?」

 

「ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」「役立たずのドラネコが! 明日までに3ダースはウイルス作ってこい! できなきゃその面にドット・パターンで『バカ』をコンジョヤキ印してやっぞ!」

 

セリフと共に火の点いたZBRモクを必死で背ける顔に突きつける。「ヤメテ! ヤメテ! ヤメテ!」薄桃色したケミカル炎がどれだけ痛くて熱くて苦しいか、ヨシノは嫌というほど知っていた。

 

SHIZZLE! 「ンアーッ!」そして、どれだけイヤと叫んでも止めてくれないことも知っていた。想像通りの焦熱が、想像以上の恐怖と共に額に押し付けられる。800℃の苦痛と暴力に少女は泣いて屈することしか出来ない。

 

「ンアッ!」「さっさとウイルス作りに出てけ無駄飯食らい!」ひとしきりの動物虐待めいた児童虐待で興味を失ったのか、ナブケはヨシノを道端のタノシイ缶めいて蹴り飛した。

 

「クソがクソがクソがクソが……」血走った視線はTVニュースに釘付けられている。より正しくはそこに映るカチグミ青年の横顔に熱視線を注いでる。

 

「テメェのせいだ。全部テメェのせいだ……!」BAM! 気にくわないニュースを写すCRTへと不快感に従って漆塗りキーボードをたたきつける。憎い憎い整った顔が、嘲笑うようにゴーストで歪む。

 

抉れた傷口と焦げたLAN端子をかきむしる。どれだけ抉っても頭蓋に入り込んだ熾火が取れない。カトンで炙られたあの日から、今でもニューロンをジリジリと焼き焦がしている。

 

「殺してやる、殺してやるよ、『ニンジャスレイヤー』……いや、コピーキャット(猿真似野郎)=サンよぉ!」停止したままのシミュレーション画面には、()()()()()()()()()()()()()爆破解体で描く『殺忍』マークが浮かんでいた。

 

【ニンジャ・ヒーロー】#2おわり。#3に続く。


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