鉄火の銘   作:属物

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第三話【ニンジャ・ストライク・ニンジャ】#4

【ニンジャ・ストライク・ニンジャ】#4

 

「シネッコラーッ!」フラグメントのヤクザスラングと共に、致命の速度で二首ロングフレイルが迫る。その接触半瞬前にシンヤは重心を元ガラス窓の開口部から虚空へと投げ出した。「イヤーッ!」フレイルで砕けた無数のコンクリ片が、その背中に重金属酸性雨と共に打ち付ける。

 

一瞬の浮遊感覚がシンヤを包んだ。モータルならば次の瞬間、耐酸アスファルトと熱烈な口づけを交わして、天に昇る心地を永遠に味わうこととなる。だが、ニンジャにはその一瞬で十分だ。廃ビルの三階から飛び出したシンヤは、二階の破れ窓に指先を引っかけて減速。一階の軒先を蹴り、さらに減速。

 

最後にホッピングめいた全間接衝撃吸収により無傷で着地! 「ヌゥーッ!」否、イクサのダメージは重篤だ。サンシタ・ニュービーでも容易いパルクール動作ですら、強烈な痛みを伴う。だが、ニューロンを焼く痛みのシグナルを無視して、シンヤはシャッターだらけの寂れた繁華街を駆けだした。

 

ニンジャが走る姿など見た日には、急性NRS患者で繁華街が埋まるだろうが、幸いこのシナガワ繁華街には人一人いない。それもそのはず、数ヶ月後にはウットコ建設のシナガワリボーンプロジェクトにより、解体が決定されているからだ。

 

江戸時代には道の駅として、近代に入っては歴史ある旅行者向け歓楽街として賑わっていた。だが現在、ウットコ建設出資で隣に建設されたニューシナガワに、客のほとんどを奪われたシナガワ繁華街は見る影もなく寂れ、ついには解体されることとなったのだ。

 

街灯だけに照らされた解体予定のシャッター街を、黒錆色の風が走る。「イヤーッ!」その背後から無数のトライアングルボーラが迫る。それを放つのは、廃ビル三階から飛び出して、繁華街のネオン看板上を疾走するフラグメントだ。

 

「イヤーッ!」シンヤはジグザグ走行でトライアングルボーラを回避! だがその分移動距離は増加し、消灯ネオン看板間を跳ぶフラグメントが距離を詰める。「イヤーッ! イヤーッ!」さらなるトライアングルボーラを連射だ! 

 

「イヤーッ! イヤーッ!」シンヤはトライアングルボーラをパルクール三角跳びで回避しつつ、苦痛を堪えてさらに加速。スリケンで迎撃するには質量が足らない。迎撃可能な大型スリケンを生産するには時間が足らない。しかし、回避動作を繰り返すには距離が足らない。

 

このままではジリープア(徐々に不利)だ! 無論、シンヤも無策で逃げ回っていたわけではない。目標としていた『ヤサイ800』『おいしいカキ(客を食いません)』表示のシャッターが見えた。かつてバイオ青果商店であったこの店の地下には、大型カキ冷凍倉庫が設置されている。

 

倉庫は染み入った重金属酸性雨により密閉を失って久しく、シンヤのねぐら候補からは外されている。だが探索時に、重金属酸性雨の浸食でその一部が廃棄地下下水道に接続していることを発見していた。それを通じて大規模繁華街ニューブリッジ地区へと脱出する経路も、同時に確認済みだった。

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」先手を打ってシンヤは先ほど同様に各種スリケンとクナイを連射し、フラグメントの足止めを図る。「イヤーッ!」フラグメントも再現VTRめいてスリケン迎撃を行った。

 

「イヤーッ!」その姿を背景に、低空弾道跳躍カラテパンチで『ヤサイ800』シャッターを破砕して、シンヤが店内へ飛び込んだ。「イヤーッ!」さらに腐ったバイオ木材床へとカワラ割りパンチをたたき込む。地下倉庫の天井が抜けた。後は地下倉庫から廃棄地下下水道へと逃げ込むだけ。

 

スリケン連射で稼いだ時間にはまだ余裕があるはず。しかし、ニンジャに同じ手段は通用しない! 「イヤーッ!」「グワーッ!?」背中に二首ロングフレイル打撃! シンヤは先のスリケン迎撃を元に足止め時間を計算した。だが、フラグメントのニンジャ対応力を計算していなかったのだ! ウカツ! 

 

「チョロチョロ逃げ回りやがって! イヤーッ!」血走った目で両手の二首ロングフレイルを振り回しながら、フラグメントが襲いかかる! シンヤは回避を試みるが、店内は狭い。二刀流クナイ・ソードを即席生成して迎撃! 「イヤーッ!」両手斬り付けで二首ロングフレイル先端迎撃に成功する! 

 

「イヤーッ!」即座に次の二首ロングフレイルが迫る。シンヤは再びの迎撃を試みる。だが、二首ロングフレイルが即席生成二刀流クナイ・ソードを破壊する! 強度が不足だ! シンヤの胸部と鳩尾に強烈な打撃が加えられる! 「アバーッ!」同一箇所のためダメージが倍点! 胸骨も破壊! 

 

吹き飛ばされたシンヤは、店奥の壁に叩きつけられる。「アバッ」折れた背部肋骨からの激痛に叫ぶ力すらなく崩れ落ちた。度重なるカラテダメージ、初の対ニンジャ戦闘、ニューロン負荷無視のジツ連続行使。シンヤの全身は限界を迎えつつあった。

 

「ハァーッ、ハァーッ」自分の荒い呼吸も、壁向こうから漏れるニューシナガワの喧噪も掠れて聞こえる。(((俺はここで死ぬのか?)))人を外れニンジャとなり果て、トモダチ園の皆を傷つけて、ヨタモノやヤクザとは言え何人も殺した。インガオホー。死ぬべきなのか。

 

ヒノ、オールドセンセイ、ゲンタロ、トモダチ園の皆、キヨミ。ソーマトリコールめいて脳裏を無数の顔が過ぎる。(((もう一度、もう一度会いたい!)))胸のオマモリ・タリズマンが幻の熱を発した。両目から熱い涙を流しながら、縋るように握りしめる。

 

(((死ねない、死なない、生きる、生きてやる!)))絶望を拒否し意志を振り絞り、シンヤはソウルを奮い立たせる。だが、フラグメントという名の死は目の前に迫っていた。「シネッコラーッ!」死を命じるヤクザスラングと共に三首フレイルが全力で振るわれる。ニンジャをネギトロに変える威力だ! 

 

それはつまり、廃屋の腐った壁を破壊できる威力でもある! そして、その向こうのニューシナガワへ脱出できるだけの! 「イヤーッ!」シンヤは両目から血を流し、ニューロンを焼く覚悟でジツを無理矢理発動した。クナイ・フレームワークで骨組みを、スリケン・チェーンメイルで装甲を作る。

 

可能不可能など知らない。これでフレイル打撃に耐える。耐えるのだ! 無我夢中で放ったジツはシンヤの想定を超えていた。フレイルが迫り、黒錆色の影が数倍に膨れ上がる。CRAAASH! 薄っぺらなバイオ青果商店の壁面が、粉微塵に砕けた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「ラッシャイ!」「チーズ!」「これカワイイ!」静寂と陰鬱が支配するシナガワ元繁華街から壁一つ隔て、ニューシナガワ繁華街は猥雑な活気と享楽な群衆で満ちている。ニューシナガワ入口にはウットコ建設謹製の不夜城『ニューシナガワ丘ビル』がそびえ立ち、無数のネオン光で客を引き寄せる。

 

シナガワ繁華街に蓋をした絢爛なるランドマークは、踏みにじった宿場町の存在など素知らぬ様だ。それどころかリボーンプロジェクトの美名の元、その死肉を貪ってさらなる輝きを得るだろう。歴史を舗装し伝統を踏台に、虚飾と虚栄をギラつく欲望で投影する。ネオサイタマのチャメシ・インシデントだ。

 

そのニューシナガワの片隅に小さな空き地がある。老オイラン厚化粧の剥がれ跡めいて、くっきりと目立つ汚れた空白。近く新築ビルで埋まるだろう空間からは、屍めいたシナガワ繁華街の背中が垣間見えていた。誰もが無意識に目を背けるそこに、合成ゴムマリめいた黒錆色の球体が破砕音と共に転がり出た。

 

「ナンダナンダ!」「ワッザ!?」突然の轟音と巻き上がる粉塵、転がる異様な球体に、群衆でごった返したニューシナガワがケオティックな騒々しさに満ちる。違法オイランパブ客引きやガイジン観光客が、異様な球体を遠巻きに見つめる。

 

粉塵のカーテンの奥で、球体のシルエットは空気漏れしたタイヤめいてひしゃげて潰れ、ついには形を失った。そこに居たのは、傷だらけで横たわるハイスクール生らしき少年。そう、ニンジャ装束も何もないシンヤだ。

 

シンヤが無我夢中で放ったジツは、スリケンとクナイのみならずニンジャ装束をも増幅生成し、エアバックめいてシンヤをフレイル打撃から守ったのだ。だがシンヤには最早ニンジャ装束を再生成する力はなく、砕けたスリケン・チェーンメイルを握りしめ、震えながら立ち上がるのがやっとだ。

 

「オ、オイ! アンタ、ダイジョブか?」「ウウッ」勇気とやさしみを持った客引きが空き地へと踏み入り、生まれたての子鹿めいてふらつくシンヤを心配げに揺する。シンヤが目を僅かに開くと、目尻から血涙の滴がこぼれ落ちた。「誰か手を貸してくれ!」「とにかく病院だ!」

 

客引きの行動に感化されたのか、新人サラリマンが客引きと共同でシンヤの肩を支え、若い観光客がIRC端末で救急車を手配する。無関係の人間が義憤と慈悲で、倒れる人に手を差し伸べる。なんと奥ゆかしい姿か! だが、それが彼らの寿命を縮めた。

 

粉塵の中、シンヤが転がり出た大穴からフラグメントが歩み出た。その顔は憤怒でオニめいて赤く染まっている。「アンタも怪我してるのか? 救急車はすぐに……アイェッ!?」人影に気づいた観光客が呼びかけるも、露わになったフラグメントの姿に急性NRSを発症。腰を抜かして崩れ落ちた。

 

シンヤを見つけたフラグメントはフレイルを鳴らしながら、怒りの形相で近づく。その血走った目に腰を抜かした観光客が写った。「ドケッテンダコラーッ!」「アバーッ!?」三首フレイルで観光客頭蓋炸裂! 「アイェェェッ!」その光景に義侠心も吹き飛んだのか、新人サラリマンが逃げ出す。

 

その姿がフラグメントのカンに障った。「スッゾコラーッ!」「アバーッ!?」トライアングルボーラでサラリマン内蔵破裂! 恐怖のヤクザスラングと共に、次々に死がまき散らされる。「タスケテ!」「ヤメテ!」「アバーッ!」真新しいニューシナガワは、新鮮なマグロ撲殺死体の並ぶツキジと化した。

 

「アイェェェ!」「ニンジャナンデ!」加えて怒り狂うニンジャ存在で急性NRSが集団発症! 最早アビ・インフェルノを描いたジゴク絵図だ! 逃げまどう群衆を二首ロングフレイルで吹き飛ばし、へたり込んだ人々を三首フレイルで殴り殺し、怒り狂ったフラグメントはシンヤへと近づく。

 

「アイェェェ……タスケテ」急性NRSで客引きはしめやかに失禁しながら崩れ落ちる。シンヤを支える手から力が失われた。「ウウッ」支えを失ったシンヤはタタラを踏み、ふらつきながら必死にバランスを保つ。血に染まったフレイルを掲げたフラグメントが霞む視界に写る。

 

ハラワタが煮えたぎったフラグメントは、ゴア死体どころかネギトロを通り越し、液体となるまでシンヤをフレイル殴打するだろう。(((死ね……ない、死な……ない)))アンコシチュー以上に混沌とする思考の中、シンヤは僅かな意識をかき集めて地面を踏みしめる。

 

繁華街のネオンに照らされるシンヤを影が覆った。頭上で二首ロングフレイルを回転加速させるフラグメントだ。(((生……きる、生き……て、や、る!)))オマモリ・タリズマンが発する実在しない熱が、死にかけたシンヤを突き動かした。ニンジャアドレナリンが血中に溢れ、時間が粘性を帯びる。

 

「イヤーッ!」絞り出したシャウトと共に不完全なスリケンが手から放たれた! だが、余りにも遅い。モータルですら見える投擲物が、ニンジャに当たるなどあり得ない。ネオサイタマを青空が覆う方がまだ可能性がある。カラテシャウトすらなくフレイル回転角度を調節し、生成不十分のスリケンを弾いた。

 

ガラスめいて砕け散るスリケン。それこそがシンヤの狙いだった。「グワーッ!?」片目を抑えたフラグメントの叫び声が響く! 目を押さえる手の隙間から血が流れ落ちた。何が起きたのか? ニンジャ動体視力の持ち主でも視認不可能な異常事態だ! だが、犯罪抑止監視カメラは全てを捕らえていた。

 

シンヤはまず、不完全なスリケンをモータルでも視認可能な低速で投げた。その速度故にフラグメントを含め、全ての者がそれを見た。そして即座にスリケン破片を手首のスナップのみで投げたのである。低速スリケンと完全な同一軌道で、二首ロングフレイルが破砕する瞬間に追い抜く速度とタイミングで。

 

そしてフラグメントは先に投げられた不完全な低速スリケンを目視して破壊した。それ故に低速スリケンに目を慣らしたフラグメントは、ほんの一瞬高速のスリケン破片に気付くのが遅れたのだ。加えて破砕された低速スリケンの欠片が、スリケン破片を迷彩する。

 

しかも、フレイルはニンジャ慣性力に従うため、僅かに肉体の動作に遅れる。ニンジャ動体視力の持ち主でも、いやだからこそ見抜けない多重の罠だ。それにかかったフラグメントは防御に失敗し、スリケン破片に片目を切り裂かれたのだ。シンヤの恐るべき執念が生んだ作戦の戦果である! ゴウランガ! 

 

「テェメッッッコラァァァ!」だが悲しいかな、それがシンヤの限界でもあった。片目を奪われたとは言え、フラグメントにそれ以外のダメージと呼べるダメージはない。むしろ怒りの火炎にナパームを注ぐ結果に終わった。片目以外の成果は精々、数十秒時間を稼げただけ。それがシンヤの命を救った。

 

BEEP! BEEP! 異様な電子音がフラグメントの懐から響く。これはソウカイヤ専用IRC端末の呼び出し音、それもトコロザワピラーからの緊急呼び出しを意味している! 血が上りきったフラグメントの顔から一気に血の気が引いた。

 

赤から青へと顔色を一瞬で変えたフラグメントは、シンヤとIRC端末との間で視線を前後させる。このサンシタを手早く殺して呼び出しに答えられればいいが、こいつはカラテ弱者のくせに驚くほど手こずらせる。一秒でも早く緊急呼び出しに答えなければならないのに、また時間を稼がれたらどうなるか。

 

さらにニューシナガワ繁華街にも当然、犯罪抑止監視カメラは存在している。それは、カメラを通してダイダロス=サンに現在も監視されているということだ。自分の片目を奪ったサンシタを生かしておくなど許されない。しかし、ソウカイヤ中枢からの緊急呼び出しを無視することは絶対に許されない。

 

まず殺すべきか。呼び出しに出るべきか。フラグメントの脳裏に二つの言葉が明滅する。フラグメントの思考は数秒間その二つに占められていた。ニンジャのイクサにおいて、隙と言うには大きすぎる、数秒もの時間。それは打ち据えられ弱り切ったシンヤであっても、十分以上な時間であった。

 

「イヤーッ!」これで最後だ。最後だから、後少しだけ持ってくれ! 祈るような心地で歯を食いしばり、シンヤはオマモリ・タリズマンを握りしめてジツを発動した。黒錆色の装束が膨れ上がる。だが、それは発酵不足のイーストブレッドめいて、不十分なサイズで拡大を停止した。

 

「ヌゥーッ!」全ての血液が一気に失われたような強烈な喪失感と、脳髄に煮えたぎる重油を注がれたような激烈な灼熱感が、シンヤのニューロンに襲いかかる。シンヤの集中が崩れると同時に、膨張した黒錆色の装束が形を崩し始めた。「スッゾコラーッ!」フラグメントが三首フレイルを振り上げる。

 

シンヤはそれを奇貨とした。「イヤーッ!」カラテシャウトと共にシンヤは全力回転ケリ・キック! 崩壊する装束が無数の糸屑となり、繁華街を霧めいて覆い尽くす。「テメッドコッラー!」目の前を黒錆色の霧に覆われ、フラグメントは反射的にフレイルを振り回した。

 

ニンジャのカラテで振るわれた分銅が衝撃波をまき散らす。強烈なソニックブームに吹き飛ばされ、黒錆色の霧は一瞬で消え去った、それもシンヤごと。フラグメントは血走った両目を急ぎ動かす。だが、視界にあるのは赤黒く染まった自作のゴア死体ばかり。黒錆色はどこにもない。

 

BEEP! BEEP! 未だフラグメントの懐からは緊急呼び出し音が鳴り響き続けている。これで優に数十秒は緊急呼び出しを無視した事となる。顔色が赤、白、土気色とバイオアジサイめいて絶望に変色する。震える手を懐へ差し込み、自分のIRC端末を取り出した。「……モシモシ?」

 

【ニンジャ・ストライク・ニンジャ】終わり


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