鉄火の銘   作:属物

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第十二話【ニンジャ・ヒーロー】#1

【ニンジャ・ヒーロー】#1

 

 

「イヤーッ!」夕方の中層向けコケシモールに場違いな声が突如響いた。それはカラテ・ヒーローショーのシャウトでも、新作映画PV主人公の雄叫びでもなかった。それは甲高い悲鳴だった。

 

「アバーッ!」また悲鳴が上がる。肺腑の底から絞り出した断末魔だ。KABOOM! 「アィェッ!?」さらに爆発音が追加で鳴り響く。

 

金切り声、絶叫、爆音。「ナンダナンダ!?」「ドシタドシタ!?」比較的安全安心な筈の中間層向けモールでの異常事態。何が起きているのか判らない。不安が感染症めいて伝播していく。

 

不安は疑心を生み、疑心は暴動を起こす。このままではパニックが危険だ。「直ちに危険はありません! カチグミのお客様は非常用エレベーターに案内します!」すぐさま高年収コケシモール店員が避難誘導に取りかかる。

 

しかしパニックより先に危険がやってきた。「マケグミのお客様はその場で待機「ヒャッハーッ!」アバーッ!?」「ンアーッ……」先の悲鳴の主を引きずって、悲鳴の元凶達が現れたのだ。

 

「「「アィェェェーッ!?」」」その姿にパニックが遅れて到着する。ヌンチャク、シュリケン、赤黒い装束、ブラックベルト。そして『殺』! 『忍』! 恐怖の二文字が描かれたメンポ! 

 

「「「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」」」それはまるで……ニンジャだったのだ! 

 

「おれたちゃニンジャだ!」「カネモチ殺す! カチグミ殺す!」「正義のニンジャ団だぞ!」「カネモチとカチグミは全員立て!」無論、外観だけの偽物だ。本物がいるはずもない。

 

「ヒャハッハーッ!」「ニンポするぞ!」「ピストル・ニンポ! バンバン!」「アィェェェ……」だがDNAに刻まれた恐怖が否定を否定する。

 

「カチグミだな!? 財布出せ! 金出せ! 全部出せ! 出さないと撃つぞ!」BLAM! BLAM! BLAM! 「グワーッ!」それに偽物でも危険に変わりはない。発狂マニアック集団でも人殺しはできるのだ。

 

「誰か!」「オタスケ!」突然のジゴクに助けを喚ぶ声が幾つも響く。だが担当の武装警備員は現れない。突如爆発したUNIXと合い挽き肉になって、監視室の壁にへばりついている。

 

「ナンデ!? ナンデ助けこないの!?」「ヒャッハーッ! ストライク!」「グワーッ!」別部署の武装警備員は急いでいるが、これまた突然起動したオフィス用殺人トラップに阻まれ、未だ到着ならずだ。

 

『貧乏すればワルモノになる』コトワザにあるように追いつめられれば善人でも奥ゆかしさを投げ捨てるもの。「モウイヤダー!」「アィェーッ!」被害者たちは他人を押し退け逃げだそうとする。

 

「ナンデ!? ナンデ開かないの!?」だが、なぜか唐突にエレベーターは沈黙し、シャッターは自主的に幕を下ろした。「ヒャッハーッ! 逃げちゃダメだぜーッ!」「アィェーッ!」乱取りボーナスステージはまだまだ続く。

 

「イヤッハーッ! 君カネモチだけどカワイイだね!」「ヤーッ! トイレで正義前後するぞ! ハーッ!」「アィェェェ! イヤです! ヤメテ!」そんなアビ・インフェルノの片隅で、不運な高級オーエルが偽ニンジャに襲われている。

 

「ナンデ!? ナンデこんな目に遭うの! アィェェェ!」恋人を友人に寝取られ、仕事では同僚のミスを押しつけられ、心機一転のショッピングでこの大事件。なんたる不幸か! 

 

「ンァッ……ヤメテ、ヤメテ……」半開きのトイレからは前後運動されているややうつろな目の未来予想図が見える。このまま連れ込まれてファックアンドサヨナラされてしまうのか? 「誰か! タスケテ! オネガイします!」救いを求めるが、助けは見えない。

 

「おい」だが、声がかけられた。視線の先には太陽灯で焼き上げられたシミ一つない小麦色の肌。オーガニックコットンのパンツをイナセに履いて、キョート友禅染のジャケットを小粋に羽織る。カラテ・ヒーローショーの紙袋が玉に傷か。

 

「貴方! タスケテ! オネガイします!」「……!」突然現れたカチグミの白騎士にオーエルは縋りつく。しがみつかれたカチグミ青年は一瞬ひどく微妙な顔をした。「……おい、そのメンポはどうしたんだ?」が、すぐに偽ニンジャたちへ向き直る。

 

「こいつカネモチだよな?」「きっとカチグミだよな?」偽ニンジャは答えようともせずに互いに頷きあう。問いかけに答えないのはカナリ・シツレイだ。「「なら殺そうぜ!」」そして殺人はさらにシツレイだ! 

 

「ヒャッハーッ!」違法ショックヌンチャクが振り下ろされる! 当たれば感電死だ! 「ヒャッハーッ!」グラインダー改造ジュッテが振り下ろされる! 当たればネギトロ死だ! 

 

……それはどちらも当たれば話だ。「イヤーッ!」「「グワーッ!?」」カチグミ青年が霞み、殺人武装がすり抜け、偽ニンジャが吹き飛んだ! 

 

「僕は質問してるんだぞ。答えろよ」バウッ! バウッ! それは如何なるサイバネか。青年が拳を握り直す度に小爆発が飛び散る。「「アィェェェ……!」」理解の埒外な驚異を味わい、今度は偽ニンジャが恐怖の声を上げる番となった。

 

「もう一度聞くぞ、そのメンポはどうやって手に入れた?」「ハ、ハイ! ここを襲う仕事で支給品にもらいました!」「だから出所とか何も知りません!」無関係を必死にアッピールする偽ニンジャたち。だが、それを相手が信じるかは別問題だ。

 

バウッ! バウッ! 小爆発が飛び散る。開いた手に紅蓮がくすぶる。「……顔を焼けば、もっと詳しく喋るかな?」「俺たち依頼されただけなんです!」「依頼人の顔も知らないんです!」だからヤメテてくれと必死に縋る。

 

だが獲物の悲鳴に顎を緩める肉食獣はいない。青年は紅蓮の炎を帯びた手を『殺忍』メンポへとゆっくりと近づける。「ヤメテ! ヤメテ! ヤメテ!」「アーッ! アーッ! アーッ!」

 

「ドシタドシタ?」「ナンダナンダ?」幸運にも、あるいは不幸にも泣き叫ぶ声に反応したのか他の偽ニンジャが集まってきた。だが彼らに仲間意識などない。「あっ、カチグミじゃん!」「的当てやろうぜ!」「一位があのオーエル前後で!」あるのは捕食者の優越感と破壊の快楽だけだ。

 

「俺いっちばーん! イヤッハーッ!」WHIZ! 誤射など気にもせずシュリケンボーガンが風切り音を立てる。「え」だがシュリケンが人肉に突き立つ音はしない。「エッ?」CRACK! するのはシュリケンが握り砕かれる音だけ。

 

青年の目が赤くひかった。恐怖の化身を前に冷感が背筋を走る。「アィェッ!?」青年が手を振るうと紅い残像が宙を走る。「イヤーッ!」「アバーッ!?」それは偽ニンジャの頭を真っ赤に染め上げた。

 

「「「アィェェェ!」」」BLAM! BLAM! BLAM! 恐怖に駆られるままに残りの偽ニンジャは引き金を引く。「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「アバーッ!」「アババーッ!」「アバッ!」だが目前の『恐怖』に刈られるのは彼らの方だ。

 

「「アィェェェ……」」「いい加減話す気になったかい?」インタビュー予定の偽ニンジャはしめやかに失禁した。歩を進める青年から必死に距離をとる。黄色い一筆書きを残しながら後ずさる姿は実際情けない。

 

だが彼らを責めるのは酷だろう。遺伝子に刻まれた恐怖を前にして抵抗できる人間はまずいない。「「アィェェェ! オタスケ!」」「ヨタモノ2発見!」「あ」BLALALAM! 「「アバーッ!」」「あーあ」彼らのようにパニックを起こして死ぬのが殆どだ。

 

「ヨタモノ2射殺!」「カチグミ2救助!」騎兵隊に無法者が助けを求めた所で、蜂の巣にされるのが当然であろう。BLALALAM! BLALALAM! 「アバーッ!」「アババーッ!」彼ら同様に偽ニンジャ達は押っ取り刀で駆けつけた武装警備員に次々に射殺されていく。

 

「ハァ……」その光景にため息を漏らすと、青年は死体からはぎ取った『殺忍』メンポを紙袋に放り込む。「あ、あの!」その背に熱っぽい声がかけられた。吊り橋効果と新しい恋の予感に、オーエルの心臓が高鳴る。

 

「貴方のお名前は!?」「あー、そのー、えー、ゴンベ・ドゥです」偽名オブ偽名。答える気ゼロだ。予感だけで破れた恋にオーエルの膝が折れる。せっかくのカチグミでカネモチでイケメンでタフガイでジェントルなのに手応え皆無。なんたる不幸か! 

 

「アー、ダイジョブですか?」「ダイジョブです!」だがオーエルは再び立ち上がった。未来はまだ明るい。夢がある。何せこの世にはカチグミでカネモチでイケメンでタフガイでジェントルという奇跡が実在すると知ったのだ。なんたる幸運か! 

 

「なら良かった。じゃあこれで」「あの!」立ち去ろうとする青年に力強い声が届いた。「アリガトゴザイマシタ!」「……………………いえ」深くオジギしたオーエルには彼の顔に浮かぶ表情は見えなかった。

 

コケシモールを離れ、彼は足早に道を行く。その手には紙袋から取り出した『殺忍』メンポが握られている。バウッ! バウッ! 握り直した拳から火の粉が舞った。胸の内で紅い熾火が燻る。

 

「放っておく訳には、いかないな」紅蓮の火を宿す目で、カチグミ青年……”ヒノ・セイジ”はそう呟いた。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

「ウーム」ハイソなマーブル壁に場違いなコルクボード。それを眺めてセイジは唸った。ニュース・スクラップのピン留めとタコ糸で紡がれた蜘蛛の巣は何も答えてはくれない。

 

探偵コミックスの流儀でやってみたが、そうそう上手くはいかなかった。「また、まだ、ヒーロー気取り……か」そして上手くいかないとネガティブが顔を出す。

 

疲れているんだ。ライムと天然塩を溶かしたオーガニック炭酸で、ワ・サンボンの打ち菓子を流し込む。ソーダの刺激とナチュラル糖の甘みがリラックスをもたらしてくれる。

 

「ムーウ」黒豹めいたセクシーな背筋が伸びる。カチグミ向けの高級チェアは軋み一つ立てずに優しく包み込んだ。柔らかな間接照明に照らされる高い天井をぼんやりと眺める。

 

「整理しよう」『殺忍』メンポとそれをシンボルにするテロリスト群。何のために? 何故『殺忍』をシンボルに? ハッカーがいれば良かったが、バカな自分のせいで頼る先はない。親友に縋り付くのは……もう少し後だ。

 

それでもニュースをつなぎ合わせ、IRCの噂話を積み重ねた。テロに泣かされたのは社会弱者向け福祉と大企業の末端だ。手の届きやすい標的と憎みやすい相手。それ以外に共通項も関係もなかった。

 

何もおかしくない。「……それだけ?」だが何か引っかかる。背を起こしてコルクボードを睨みつける。『事件の犯人は利益を得るものだ』参考にした探偵コミックスで、プライベート・アイはこう言っていた。

 

被害者ではなく、受益者を探せ。新たな視点に従い、スクラップを並べ替え、糸を張り直す。「ブッダ、ブルズアイだ!」そこには騙し絵めいて見えなかった光景がくっきりと浮かんでいた。

 

テロ被害後に業績を伸ばした会社はどれも『ネコソギファンド』から出資を受けていたのだ! 『クリーンな経営』『社会の支え』が謳い文句の新興投資メガコーポだが、出資先の暗黒企業群をみる限り、建前と本音は随分と離れているらしい。

 

それだけではない。「確かここに……」かつてセイジは理想像(ヒーロー)気取りで私刑を振るっていた。狂気と妄想に逃げ込み、他人を踏みにじった苦く後ろめたい過去。

 

その始まりであるニンジャ”フリント”が残した資料に名前を見た覚えがあったのだ。資料を引きずり出し、束ねた紙をめくる。「これだ」程なくして探していた文は見つかった。

 

『ネコソギファンド:ソウカイ・シンジケートと何らかの関係性。フロント企業の一つか?』ソウカイ・シンジケート。かつて自分が憧れ、形だけを真似た『彼』と敵対している大規模ニンジャ組織だ。

 

だが、それと『殺忍』テロリストと何の関係が? 『殺忍』テロリスト……『殺忍』……『忍殺』……「ああ、そうか」死神を示す二文字をひっくり返し、暴虐をまき散らすテロリストのシンボルに貶める。

 

つまりこれは、ニンジャを殺すニンジャを引きずり出すための挑発行為だったのだ! 「………………」バウッ! バウッ! そしてこれは自分が犯した罪業の再現行為でもあったのだ! 

 

ぎりりと歯が鳴った。空気が歪むほどのアトモスフィアを帯びてセイジは居間を後にした。バウッ! バウッ! 重苦しい沈黙の代わりに、爆ぜる火の粉が雄弁に内心を物語る。

 

照明もつけない薄暗がりの中、セイジは無言で自室の秘密扉を開く。そこには血の色をしたニンジャ装束と歪んだメンポが埃を被っている。どちらも状態は酷い。

 

特にメンポは顔につけ難いほどに歪み、読みとるのがやっとなほど表面の文字は酷く掠れている。セイジの指先が埃まみれの痕跡をなぞった。

 

『忍』……『殺』……。指の跡はかつて描かれた文字を現した。歪んだメンポを握りしめる。手の中で紅い輝きがジリジリと鳴き、埃と共に文字の跡が、消えた。

 

それをポケットにねじ込むとセイジは部屋を後にした。赤黒の装束は暗闇に溶けて消えた。

 

 

【ニンジャ・ヒーロー】#1おわり。#2に続く。


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