鉄火の銘   作:属物

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第十話【レッドスレッド・イズ・ブラッドカラード】#4

【レッドスレッド・イズ・ブラッドカラード】#4

 

 

ピーゥ! 音を立てて冬の風が吹き抜けた。道行く人は斬りつける太刀風に首をすくめ襟を立てる。カタナめいた氷風と共に人型をした黒白の刃が歩行者の頬を掠め、歩き去る。鋭角の氷壁を思わせる人影に思わず振り返る人も多い。

 

「……様のつもりよ」だが等のユウの心情は透き通った純氷にはほど遠かった。「そりゃ多少は言ったかもしれないけどニンジャでいい気分のアンタと事情が違うのよなによ何様のつもりよ」ブツブツと粘ついた内心をこぼす姿は氷というよりヘドロの有様だ。

 

「そんなにこっちの家族がよくて向こうの家族なんてもう忘れたってのそりゃお幸せでいいわねそのままこっちに骨を埋めなさいよ本望でしょ私と違って楽しいんでしょ」気泡めいて次々に浮かび上がる思考と、浮遊物めいて消えてくれない雑念で、腹の底まで胸の内は濁っている。

 

だからいつもみたいに、ヘッドホンと大音量で狭い憎悪に逃げ込んだ。「死んじまえ! 死んじまえ! 皆、死んじまえばいいんだ! ア”ーッ!」これで思考は全部白く、白く、真っ白に……『いい加減にしろよ。俺はアンタの痰壷じゃないんだよ』……ならない。

 

「死んじまえ! 死んじまえ! ア”ーッ! 死んじまえ! 死んじまえ! ア”ーッ!」上滑りする稚拙な叫び声がただ鼓膜に痛いだけだ。「死んじまえ!! 死んじまえ!! 死んじまえ!! 死んじま」ブツン! 心地いいはずだった騒音に耐えかねてジャックを引き抜いた。

 

ユウは重苦しい胸の内から逃げるように足を速める。それと合わせるように車道のハイエースが急に速度を落とした。車の扉から飛び出す無数の手が記憶に瞬く。大丈夫、心配せずともマッポステーション、もとい交番は近い。そう自分へと言い聞かせる。

 

ステーションに立つマッポに向けて更に歩調を速めるユウ。不安げな顔に気づいたマッポ巡査は、安心させようと人の良い笑顔を浮かべた。「オジャマシマス! どうしましたバーッ!?」それが生真面目な彼のデスマスクになった。ハイエースのスライド扉から飛び出した鉛玉が、彼の眼球に飛び込んだのだ。

 

BLAM! BLAM! BLAM! 更なる追加の弾丸と共にハイエースから飛び出すヨタモノ達。「あれだ!」「あそこだ!」「あっちだ!」焦燥に満ちた幾つもの顔は明確にユウへと標準を定めていた。「ッ!」身に絡みつく恐怖をふりほどき、ユウは即座に身を翻す。

 

「スッゾコラーッ!」「テメッコラーッ!」「ザッケンナコラーッ!」ヤクザスラングを吠え立ててその背中を追わんとするヨタモノ達。その前に立ちはだかるのは気のいい同僚を殺され、義憤に駆られるマッポ部隊だ! 「犯罪者コラーッ!」「お縄だ!」「ちょっとやめないか!」

 

BLAM! BLAM! ZINK! ZINK! マッポ・リボルバーとチャカ・ガンが火を噴き、ドス・ダガーとショック・ジュッテが交錯する! 「アイェーッ!」「オタスケ!」「ヤメテヤメテ!」何の変哲もない一般道は、瞬く間にアビ・インフェルノ・ジゴクと化した! だがしかし! 

 

KARA―TOOM! 「「「アバーッ!?」」」唐突なジゴクはまた唐突に消え去った。横合いから戦場に投入された大型バクチクが爆破消火めいて銃火を消し去ったのだ。ヨタモノも、マッポも、市民すらもまとめて吹き飛ばした爆発物は、突如現れたサイケデリック武装救急車から撃ち込まれていた。

 

続けて下手人の原色サイバネナースは、能面顔のまま義手の砲口を唯一逃げ延びたユウへと向ける。BLAM! 十代後半の少女の足より、飛翔する有線グレネードは速い! 必死で逃げるユウはこのまま投げ捨てられたネギトロパックめいてアスファルトを塗装するのか? 

 

BAM! 炸裂した擲弾は投網めいた無数の紐をまき散らした! 非殺傷兵器ネットランチャーだ! ワイヤーが絡まっただけのユウは犠牲者の仲間入りはせずに済んだ。「ンアーッ!?」しかし兵器の使用者も非殺傷とは限らない! 機械化看護婦のウィンチが急回転し武装救急車へとユウを引きずり込む! 

 

バタム。「ンアィェーッ!」苦痛混じりの悲鳴も虚しく極彩色の扉は閉まった。原色で塗りたくられたクロームメタルの腕が力ずくでユウをストレッチャーに括り付ける。「離せ……離して!」「「「……」」」身を捩っても力を込めても、半人半機の能面看護師達はびくともしないし、ぴくりともしない。

 

慣性が移動式牢獄の急発進を告げる。行き先は不明だが終点がジゴクであるのは明白だ。しかも経由地も生きジゴクと決まっている。「皆カワイイなサイバネでしょ? いいよね!」「ニンジャナンデ!?」取り囲む異形サイバネ武装ナースの合間から姿を見せた水玉マーブルニンジャ装束がそれを告げていた。

 

「これからキミを皆とおんなじにするね? いいよね!」台詞を合図に機械化看護婦の上半身が変形する。唸る回転鋸、滑らかなドリル、放電する電極端子。処刑器具と等しい手術道具がユウに迫る。ALAS! このまま麻酔すらなしに頭蓋を開かれ、違法サイバネを埋め込まれ、機械化奴隷に成り果てるのか? 

 

「ヤメテ……ヤメテ……!」ナンデ? どうして? どうしよう? どうしようもない。救いはない。破滅しかない。絶望が視界に帳を下ろす。『ドーモ』真っ黒な世界に緑の三眼ドットパターンが灯った。『お久しぶりです。ユウ=サン』聞いた記憶がない、聞き覚えのある声。見た記憶がない、見覚えのある顔。

 

『私はクレーシャです』そして聞かされた記憶のある名前。ニューロンに巣くう転生の元凶、その一欠片だ。そうシンヤから聞いていた。『それにしてもなんというピンチ! なんとアブナイ!』その狙いも知らされた。だから甘言に乗ってはいけない。ニンジャソウルの代価に名前を奪われ手駒にされる。

 

『まさしく前門のバッファロー、後門のタイガー!』ユウの警戒など気づきもせず、或いは気にも留めず、クレーシャは馴れ馴れしくすり寄る。『それとも虎と狼の方がお好きですかね?』この世界に突き落とした原因が、奪い取った故郷の言葉で嘲笑する。ギリリと歯が鳴る音が頭蓋に響く。

 

『でもダイジョブ! 貴女にはニンジャのパワがあるんですから!』緑の三眼が嬉々と唄う。『さあ契約の続きをしましょう! ただ一言応えれば、その瞬間から貴女はニンジャです!』己が名を売り渡せ。欲しいモノを全てくれてやる。『皆が憎いでしょう? 周りが嫌いでしょう? 世界が恨めしいでしょう?』

 

ユウの脳髄が音を立てて煮えたぎる。家族を名乗る者への憎しみと、この狂った世界への怒り。「嫌よ」そして何より、汚れたこの地に引きずり込んだヤツへの怨念が、腹の底で沸騰している。「アンタに従うのは絶対にお断り。さっさと頭の中から出てって」嗤う影絵の悪魔に罵声を吐き捨てる。

 

だが01で点描された怪人はユウの憎悪をせせら笑った。『おや、お嫌ですか? じゃ、仕方ないですね。オモチャにされて苦しみ抜いて死にましょう!』ユウの顔が歪んだ。その逃げようのない絶望がクレーシャを呼んだのだ。『おや、お嫌ですか。でも、仕方ないですね。貴女には何のパワもないですから!』

 

『それとも……も・し・か・し・て』視界一杯に広がる緑が三つの目を細める。嘲笑の顔が近い。『白馬ならぬ、黒衣の王子様をお待ちですかぁ?』「ッ!?」人間離れした殺意の目、超常のカラテ。それに似合わない斜め下の服飾センス、柔らかに背を撫でる手。ユウの脳裏に黒錆色したシルエットが瞬く。

 

『でも来ますかねぇ?』異形の道化は疑問系で無意識の願いを否定する。『あれだけ言って、あれだけ言われて』善意に甘え、溜めに溜めた汚濁をぶちまけた。だから、もう限界だと返された。なのに、薄汚い羨望を悪意混じりで叩きつけた。挙げ句の果てに縁まで切った。『きっと彼は貴女を嫌ってますよ?』

 

否定の言葉は出てこなかった。『……じまえ! 死んじまえ! 皆、死んじまえばいいんだ! ア”ーッ!』耳の奥でイヤーワームががなり立てる。放射性の憎悪、無方向の憤怒、全方位の怨念。それは当然、自分自身へも向けられている。『死んじまえ! 死んじまえ! 皆、死んじまえばいいんだ! ア”ーッ!』

 

ヘビーループする万物入滅の叫びの合間から、媚びた声音で論理天魔が誘う。『好き放題に殺されますか?』予想通りの末路を辿るのか。『好き放題に殺しますか?』予定通りの隷属を選ぶのか。『やっぱり死ぬのはお嫌でしょう?』蛍光色の囁きが心臓を舐める。

 

『死んじまえ! 死んじまえ! ア”ーッ!』肌が粟立つ。『だからニンジャです』視界が回る。『死んじまえ! 死んじまえ! ア”ーッ!』鼻が焼ける。『さぁ、貴女に相応しいソウルを呼ぶのです』声が歪む。『死んじまえ! 死んじまえ! 死んじまえ! 死んじまえ!! ア”ーーーッ!!』舌が渋る。

 

回る黄金立方体から蜘蛛の糸が降りてくる。『そして相応しい名前で呼んであげましょう』タールめいた漆黒が頭蓋を圧し割り吹き上がる。『貴女は』「……わ……わたし、は」粘つく闇が絡まりながら糸を上り詰めていく。『「エラパ……」』薬物めいた多幸感と、痛みに等しい爽快感が脳髄を貫く。

 

かくして転生者ウトー・ユウは自身の名前を奪い取られ、『偉大なるお方』の邪悪なる天使ニンジャ、最後のトライハーム“エラパイド”と成り果て……「イィィィヤァァァーーーッッッ!!」……ない! シャウトが全てを! 断ち切った! 

 

KABOOM! 「「「ンアーッ!」」」突然の衝撃に、未固定什器が宙を舞い、未固定ナースが跳ね飛ぶ! 慣性の法則により車内はポップコーン釜の有様だ! CRICK! さらに金属が悲鳴を上げ天井から光が射し込む! CRACK! 武装救急車にサンルーフを力ずくで追加するは黒錆色のスリケン・バール! 

 

「イヤーッ!」シャウトと共にネオサイタマの曇天が視界一杯に広がった! サイケデリック悪夢めいた監獄車両にイオン臭の風をまとった開放感が溢れる! 即席オープンカーに仁王立ちする黒錆色の影は赤銅色の両手を滑らかに合わせた。

 

「ドーモ、ハイエース誘拐犯の親玉さん。ブラックスミスです」ブラックベルト、黒錆の装束、赤錆のメンポ、そして丁寧なアイサツ! これまさしくニンジャである! そしてアイサツをされれば、返さねばならない。「ドーモ、ブラックスミス=サン。アザーハーフ・オブ・アイボリーのピュグマリオンです」

 

両掌を重ねたブラックスミスに、マーブルニンジャ装束がオジギで応えた。そしてアイサツが終わればイクサが始まる! 「ボクの楽しみをジャマするな! バカ! バカ! 死んじゃえ! 死ね!」「「「イヤーッ!」」」開放感溢れる天井へ向けてサイバネナース達が手術武装を展開して飛び上がった! 

 

「イヤーッ!」マゼンタナースが音波振動メスで殻竹割り! 「イヤーッ!」ブラックスミスは右フックだ! 「ンアーッ!」音波振動メスがへし折れる! 「イヤーッ!」イエローナースが外科用鉤爪で臓物開き! 「イヤーッ!」ブラックスミスは左アッパーだ! 「ンアーッ!」外科用鉤爪がひん曲がる! 

 

「イヤーッ!」シアンナースが猛毒シリンジで毒液注射! 「イヤーッ!」ブラックスミスは右ストレートだ! 「ンアーッ!」猛毒シリンジが砕け散る! 「イヤーッ!」ホワイトナースがCNT縫合糸で首絞め! 「イヤーッ!」ブラックスミスは左チョップだ! 「ンアーッ!」CNT縫合糸が引き千切れる! 

 

飛びかかった全ての違法サイバネ看護婦を、ブラックスミスは瞬きの合間にたたき落とした。そのまま黒錆色の影は散歩めいた足取りでなんら気負いなく車中へと飛び降りる。なんたる半壊暴走武装救急車の上でありながら一歩も揺るがぬ不動不沈の重厚カラテか! タツジン! 

 

彼にとっては四方を囲む違法殺戮武装すら、ジャンキーヨタモノが突き出す錆ナイフと違わない。「人体改造マニアックのヘンタイか。その不出来な脳味噌を改造して真人間になったらどうだ」「お前……覚悟しろ! ガラクタとサイバネしてフリークショーに売ってやる!」

 

黒錆色はつまらなそうに鼻を鳴らした。「その前に自分がジャンクになる心配をしろ」「イヤーッ!」水玉マーブルニンジャ装束のシルエットが膨れ上がる! 装束を引き裂いて現れたのはバイオタラバーガニめいた異形の多脚! 全ての肋骨が殺人手術用具付きマニピュレーターと置換されているのだ! コワイ! 

 

人の命を救う医療器具を拷問と殺人の玩具に改造するなんたる冒涜的サイバネ武装か! さらに長大なサイバネハンドをワキワキとうごめかし、その危険性をアッピールする。「どうだ、コワイだろ! これでお前を解体して解剖して分解してしてやる!」「ハイ、コワイコワイ。あとは一杯のチャがコワイ」

 

恐怖など微塵もないブラックスミスの侮蔑の声にピュグマリオンは沸点を超えた! 「バカにして! バカハドッチダーッ! イヤーッ!」節足類めいた形状のサイバネニンジャが飛びかかった! ジゴワットAED、鉄骨切断丸鋸、人体貫通ドリル等々、嘲笑的な十二対の機械腕が交差する! 

 

交差? そう、肋骨と同じ数のメカアームは交差した。何一つ傷つけることなく、虚空を交差したのだ! ならばブラックスミスは何処に? 「ナニィーッ!?」此処に! 密着状態だ! 顔が近い! 圧倒的長さを持つ肋骨置換サイバネ。その死角はゼロ距離にこそ有ったのだ! 

 

「イヤーッ!」「アバーッ!」更なるブラックスミスのカラテパンチでピュグマリオンは水平飛行! CRAAASH! 運転席を吹き飛ばし、車外へと吹き飛んだ! 「アバッ……」『貴方改善』カンバンにめり込んで、ピュグマリオンは火花と共に停止した。「サヨナラ!」最早動くことはない。

 

「後は……」ざっと車内を見渡すが、支配が解けたのかサイバネ武装ナースは皆へたり込んでいる。また、或いはまだ襲いかかる様子はない。ブラックスミスはザンシンを解くとユウの拘束を解きにかかった。「ナンデ?」「後でな」ユウの問いかけを無視して重合金の手枷足枷を一つ一つ取り外す。

 

ニンジャのカラテで引き剥がせば楽なのだが、カラテの衝撃に人体が持たない。手間だ。クナイピックを形作り、錠前を内側から壊しにかかる。その背後、へたり込んでいた機械化看護婦の一人が腕を持ち上げた。その腕の先には手術用具を模してすらいない、非人道殺人武装ZAPガンの銃口が光る。

 

ニンジャといえども光速のエネルギー弾を食らえば只ではすまぬ。しかしブラックスミスに気づいた様子はない。気づいたのは縛られたユウだけだ。「……!」だが声は喉から出てこない。銃口の向こうから非人間的な光を宿した両目が超常の圧力で押さえつける。口を開けば死ぬのはお前だと告げている。

 

銃口の輝きが徐々に増し、殺人エナジーが高まる。機械化看護婦の口が弧月につり上がる。確実な勝利の美酒を前に、舌なめずりをせんばかりの凶相が浮かぶ。それは天高くから地べたを見下す、ドクロ月の嘲笑に酷く似ていた。大理石装束の彼女はその口をメンポで隠した。そう、彼女もまた……ニンジャなのだ! 

 

頭蓋の奥からギリリと軋む音が聞こえた。それはユウの奥歯から響いていた。腹の底から煮えたぎる熱を感じた。それはユウの胃の腑から発していた。ナンデ? どうして? どうしよう? どうしようもない。救いはない。破滅しかない。これが現実だ。何かがそう告げる。

 

ふざけるな……ふざけるな! 憤怒がユウの尻を蹴り上げる。怒りが恐怖の枷を外した。「アブナイ!」ため込んだ声が外へと飛び出した。同時に機械化看護婦ニンジャが殺人光線を吐く! ZAP! ZAP! ZAP! 機械化看護婦ニンジャの視界の中でブラックスミスは真っ二つに分かれていた。

 

それはそうだろう。後ろ手に放ったスリケンが眼球を分断したのだから。「ンアーッ!?」機械化看護婦ニンジャが合成音声の悲鳴を上げる。光線は壁を焦がしただけで終わった。「ドーモ、ブラックスミスです」「ド、ドーモ、アザーハーフ・オブ・アイボリーのガラテアです。イヤーッ!」

 

アイサツからヤバレカバレの武装展開! ガラテアの追加ZAPガンが更なる光を吐く!「イヤーッ!」「アバーッ!」それより早く放ったスリケン群により、銃口は切断され、頭蓋は裁断され、心臓は破断した!当然、致命傷である!

 

しかしニンジャでも見抜けぬ不意打ち回避は如何なるカラクリか? それは意外にも単純にして明快! アイサツと事前情報からもう一人を察したブラックスミスは、あえてザンシンを解き無防備に背を晒したのだ! 無論、隠したスリケンを引き絞ったまま。そして勝利を確信したガラテアはウカツにも姿を現したのだった。

 

「ナンデ……!?」「死んだ後でな」それを理解できぬガラテアは絶対のアンブッシュをかわした理由を問うた。だが。望む答えは得られなかった。故に出来たのは断末魔を叫ぶことだけだった。「サヨナラ!」かくしてガラテアは爆発四散した。

 

「アザーハーフだし流石に三人目はないよな……」ボヤくブラックスミス、すなわちシンヤは改めてユウの手枷を外しにかかる。「イヤーッ!」クサビめいたクナイを鉄拳で打ち込み、手術台と拘束具を引き剥かず。BIF! BIF! BREAK! 最後の枷が砕けた。これでよし。これで言いたいことも言える。

 

「カネコ=サン、ゴメンナサイ」「ハイ?」だからユウは先んじて言うべきことを言った。「この間の電話で、シツレイな……ううん、貴方を侮辱してゴメンナサイ。家族を侮辱してゴメンナサイ。本当にゴメンナサイ。それとアブナイところを助けてくれて、ありがとうございます」ユウは膝に付くほど頭を垂れる。

 

長い沈黙が車内に満ちる。恐る恐る顔を上げた。「………………言わせたかった言葉を全部先に言われると、何にも言えなくなりますね」シンヤは長々と息を吐く。その顔は笑っていた。「と言うわけで、ウトー=サン。先日の電話では私もシツレイなことを言いました。ゴメンナサイ」「アッハイ」

 

「ナカヨシすべきかは後で考えますが、この件はここまでにしておきましょう」「……えっと、怒ってないの?」「ええ、怒って『ました』」過去形だ。自分の言い過ぎもある。今の真摯な謝罪もある。「いつまでも不機嫌なのはカッコ悪いんで」それに何より、キヨミと子供たちに格好を付けたいのだ。

 

ユウの呼吸が一瞬、止まった。この人はもっと怒っているものだと思っていた。この人にもっと嫌われているものだと思っていた。だから、この人がこんなに優しく笑うものだとは思っていなかった。目つきに似合わない柔らかな笑顔を見て心臓がトクンと跳ねた。

 

 

【レッドスレッド・イズ・ブラッドカラード】おわり。


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