鉄火の銘   作:属物

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新ヒロイン登場!

特に関係はありませんが、作者は幼馴染ヒロインが大好きです。


第十話【レッドスレッド・イズ・ブラッドカラード】#1

【レッドスレッド・イズ・ブラッドカラード】#1

 

「ピーゥ!」誰かが口笛を鳴らした。道行く人を掠めてモノクロームの刃が歩き去る。通りすがる人々は木枯しに吹きつけられたかのように、身を斬りつける冬風めいたその後ろ姿を無意識に追った。

 

重金属酸性雨色の半透明ヘッドフォンを一番上に、12月の雪めいた灰のダウンが続く。膨らんだ上半身のシルエットに対し、下半身はヤスリがけの鋭利な細身。オブシディアンなパンツルックに、大きな白スニーカーで不安定を補う。襟元から覗く肌も透き通る白で、オサゲ・テールに束ねた髪も濡羽の黒。

 

硬質に削り出された顔立ちは触れれば切れる美しさで、表情はシャープな敵意を刻んでいる。ユーレイゴスの内向きな惰弱も、アンタイブディストの攻撃的な粗雑もない。色彩全てを置き去りにした、孤高の黒と峻烈の白。誰もが知らずに距離を置き、誰もが思わず目を離せない。まるでカタナのエッジだ。

 

無彩の原色に満ちたこの街では、息飲むほどに鮮やかなモノクロ。だからこそ下卑た欲望が真っ先に引き寄せられる。「ヘイヘイ! キマッテンジャン彼女ォ!」「マブだね! アソボ! ネ!」余人を寄せ付けぬ霊山の神獣を狙うのは、遊び半分の狩人気取りと相場が決まっている。

 

「帰って」一暼すらせず、一言で斬って捨てる。スタイルのみならず返事のセリフまで切れ味鋭い。「ンなこと言わずにサァ!」「こんなマブほっとけないジャン、ネ!」しかしよく切れる刃物ほど痛みは少ないものだ。ナンパ男達にはまるで堪えていない。

 

「お呼びじゃない、帰れって言ったの。聞こえてない?」「キミの声に聴き惚れちゃったからヨォ!」「聞いてるネ! でも聞きたくないネ!」「あらそう。でも私、耳の穴が塞がっている人間もどきを相手したくないの」

 

『ノレン押す』『オミソに釘打つ』無味に等しい塩味対応に、一人が大声を上げて凄み出した。「アッコラーッ!? ザッケンナコラーッ!? 強制前後スッゾコラーッ!?」「コイツキレやすいんだよ? アブナイからさ、とりあえず話聞いてよ! ネ!」

 

変種の良い警官・悪い警官メソッドか。願望ダダ漏れの悪意で脅しつけ、欲望見え見えの善意で搦めとりにかかる。器の底が見える手口だが、気の弱いオボコなら恐怖と勢いで押し切られるだろう。

 

しかし彼女の切れ味は口先だけではないようだ。「サヨナラ」カミソリめいた侮蔑の一瞥をくれると、そのまま二人を置き去りにする。「ナマッコラーッ!! テメッコラーッ!! ソマシャッテコラーッ!!」ヤクザスラングが一オクターブ上がった。先と違い本気の感情が含まれている。

 

「離してもらえる?」「ブッナグッゾコラーッ!!」彼女の肩を掴む手からもそれが判る。伝わる痛みに初めて侮蔑以外の表情が浮かぶ。怒りだ。「なら自主的に離させてあげる……!」「グワーッ!?」ナンパ男の小指が反り返った。

 

自主的に自分を指差す小指を抱えて後ずさる罵声ナンパ男。「ザッケンナコラーッ!」相棒の苦境に義侠心が奮い立ったのか、或いは女にコケにされたと安いメンツに火がついたのか。もう一人が伸縮ジュッテを振りかざした。鋭い刃ほど脆いもの。彼女の首など一撃で折れるに違いない。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」無論、当たればの話だが。彼女の腰が跳ねると甘口ナンパ男は空中で踊った。これはジュドーの代名詞『イポン背負い』だ! 「アバッ……」そしてストリートファイト格言に曰く『路上でジュドーはマジヤバイ』

 

重力加速度でコンクリートに叩きつけられ、甘口ナンパ男はまともに呼吸も出来ない。「ザッ、ザッケ……」「まだやる?」相方の無惨な様に罵声も喉から出てこれない。「お、覚えてろ!」トラディショナルな捨て台詞だけを残して、罵声ナンパ男は相方引き摺り逃げ去った。

 

「ワォ! 涼し!」「いいね!」「ピーゥ!」ナードやマケグミ、ギーク達から次々と投げかけられる賞賛の声。肩で風切るスカしナンパ野郎が美少女にノックアウトされる様は余程彼らの溜飲を下げたに違いない。声を上げる顔はどれもスカッと爽やか&ザマミロなルサンチマン解放感に満ちてる。

 

そのことごくに侮蔑の視線だけを投げ返すと、彼女は足早にその場を立ち去った。ベタつくナンパ男も、上っ面の称賛も、振るった暴力も、重金属雲で常に濁った空も、目を潰しそうなネオンサインも、再翻訳じみて奇妙な日本語看板も、いつも通り何もかもが疳に障る。

 

だから、いつものようにヘッドホンで耳を塞いで瞼を閉じた。たった一曲しか入ってない携帯オーディオプレーヤー。ボリュームダイアルをMAXに回して、再生ボタンを押し込む。途端に頭蓋骨を内側から揺さぶる重低音が鼓膜に叩けつけられる。

 

『死んじまえ! 死んじまえ! 皆、死んじまえばいいんだ! アーッ!? 死んじまえ! 死んじまえ! 皆、死んじまえばいいんだ! アーッ!? 死んじまえ!! 死んじまえ!! ア”ーッ!! 死んじまえ!! 死んじまえ!! ア”ーッ!! 死んじまえ!! 死んじまえ!! 死んじまえ!! 死んじまえッ!! ア”ーーーッッッ!!』

 

無数に現れたアベ一休コピーの一つ「Q-相図(ナインフェイズ)」、唯一のメジャーシングル『死んじまえ』。フォローバンドの例に漏れず、オリコンランキングの端にも乗らず、この一曲だけで彼らは解散した。音楽というには余りに稚拙で盲目的な叫びだ。売れなかったのもよくわかる。

 

だが彼女はこの無方向性の憎悪が堪らなく好きだった。何もかもが憎いこの街で、万人万象全方位に向けたこの怒りだけが、ただ一つ共感できたものだったからだ。

 

『若えの年寄り、ガキにオッサン! 金持ち貧民、カチグミマケグミ! テメェにオレも、誰も彼も! 死んじまえ! 死んじまえ! 皆、死んじまえばいいんだッ! アーッ!?』「死んじゃえば、死んじゃえば、みんな、死んじゃえばいいんだ……」

 

呟くように口ずさむ。唱えるように歌詞をなぞる。呪うようにリズムを取る。怨念の共感で満ちるこの感覚。世界を切り捨てて憎悪に耽溺する悦び。憎い憎い万物全てから切り離される一時。

 

だから歩行者と併走する異様なハイエースに気づかない。だからスモークガラス越しに向けられる粘ついた視線に気づけない。「!?」だから開いたドアから伸びる手に気づくのが遅れた。

 

いくつもの手が道連れを求める死者めいて、目を覆い、口を塞ぎ、腕を押さえ、車内へと引き摺り込む。「……ンァッ!」「グワッ!?」咄嗟に動いた顎が、口を塞ぐ手に歯を立てる。目を覆う掌がズレて薄暗い車内が目に入った。

 

「テメッコラーッ……」原色のストリートファッションに身を包んだ男が、獲物に文字通り噛み付かれ、優越感反転の憤怒に身を焦がしている。「アハハ! ザマないねー!」それをゲラゲラと嘲笑う作業服ツナギ姿は、違法糖類常用者特有の乱杭虫歯だ。

 

他にもシントーパンクスやらアンタイブディスト入墨やら、見た目だけでも真っ当な人生から程遠い人間ばかり。「!!」そして、その足元にはダクトテープとインシュロックで縛り上げられた何人もの女性が転がされている。解体と調理の時を待つだけのマグロの群れ。まるでツキジだ。

 

「このアマッ!」「ンァーッ!?」手慣れた動きでストリートファッションが違法改造スタン・ジュッテを彼女に押し付ける。ブラックベルト級ジュドーのワザマエでも身動き取れない車内では防ぎようはなかった。絶望感を感じるヒマもなく、彼女の意識は途絶えた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「ンッ……」初めは暗闇だった。続いて痛みと痺れが肉体の輪郭を示した。甘味と腐臭の入り混じった素晴らしい臭いが、薄ぼんやりとした意識を叩き起こした。そして音が耳に入ってくる。

 

「ヤメテ……ヤメテ……」「痛ぃ、痛いよぉ……」弱々しく力無い女性の声。「ヒャッハー! いいね! いいね!」「ナメッテンカコラーッ! もっと腰振れオラーッ!」興奮しきった凶暴な男たちの声。BAM! BAM! BIF! BASH! そして音源を想像したくない水っぽい物音。

 

どれもこれもタノシイとは欠片も思えない。最後に随分と遅れて、暗闇に順応した眼球が網膜に光景を投影した。それはマッポーと畜生道をコンクリートミキサーにかけてぶちまけた、悪夢そのものの光景だった。

 

下半身丸出しでクラック・カルメにかぶりついては濃縮バリキで流し込むネオンタトゥーの男。その足元ではやや虚ろな目をした女性が、白く粘つくナニカを吐き戻して痙攣している。

 

片隅では嫌がる少女を殴りつけ、パンクファッション達が危険ラムネとシャカリキのカクテルを流し込む。血圧と血糖の過剰上昇でニューロンが誤作動を起こしたらしく、激しくえづきながら失禁する少女を、男達が指差して嘲笑いながら蹴りつける。

 

逆さトリイと割れ法輪を背中に刻んだ男は、瞳孔の開いた目で違法コリ・キャンディを刻んでは煮詰めている。その蒸気を肺いっぱいに吸い込んでケラケラ笑う少女の内肘は、蜂の巣めいた注射痕で青黒く変色していた。

 

ALAS! これほどの悪徳と悪意が現実に許されるのか!? おお、ブッダ! 何故貴方は目を閉じて……否、この光景を目の当たりにすれば、ブッダが目を閉じ顔を背けるのも納得できよう。これはジゴクですらない。それ以下だ! おお、ナムアミダブツ! ナムアミダブツ! 

 

「……ッ!」アビ・インフェルノを無理矢理一室に詰め込んだかの如き風景に、思わず息を飲む。途端に獣臭と汚臭の芳しいカクテルが鼻腔へと忍び込んだ。「ゲフッ! オゴッ!」吐き気と共に女性として有るまじき声が漏れる。

 

「ん、起きた?」「ポイネー」彼女のえづく音に享楽に耽っていたジャンキーたちが濁った目を向けた。「アレ、ちょっと足りなくない?」「俺は平坦いけるぜ」「それに彼女カワイイじゃん。アリアリのアリよ」サイバネアイから注がれる下卑た視線が柔肌に突き刺さる。

 

意識を失っている間に服を奪われたのか、スポーティな白黒下着しか身にまとっていない。「ッ!」反射的に身を庇おうとする。庇えない。両腕も両足も結束バンドで固定されている。至る所で振る舞われる暴力と薬物に意識を奪われていたが、どうやら自分も次の被害者に予約されているらしい。

 

彼女の財布を漁っていたパンクスが耳障りな嬌声を上げた。「ハーイ、注目! お・な・ま・え・は……”ウトー・ユウ”ちゃん! マリエ・トモエ学園の二年生でーす!」「ワォ! マリトモのお嬢じゃん!」「スッゲ!」今や情報も肉体も外道どもの良いように丸裸だ。恐怖で歯が鳴り、怒りで歯噛みする。

 

その表情は同情の代わりに、悪漢どもの嗜虐心を二乗で刺激した。「ねーねー、この子ボスに上げるの止めよ! ヤっちゃおよ! ね!」「報告一人減らせばいいじゃん! わかりゃしないぜ!」「お前あったまイー!」自分の立場は献上品から摘み食いに変更。どちらがマシか。どちらもクソだ。

 

ユウは漏れる恐怖の声を噛み殺し、必死に歯を食いしばる。近づく汚らしい笑みを睨みつけ、近寄る汚れた手を拒む。突如この世に突き落とされ、愛しいモノ全て奪われた。それでも生きてきた。憎みながら恨みながら、のたうち回って生きてきた。その挙げ句の果てがコレ。生きジゴクの底で一巻の終わり。

 

何故、私はこんな目に遭うの? 何故、私はこんな所に居るの? ナンデ? 誰のせい? 誰の? 『私のせいですね! ゴメンナサイ!』記憶にない、しかし聞き覚えのある電子合成めいた声。(((お前が!? お前か! お前のせいか!!)))蓄え続けた憎悪に火が点いた。燃え上がる怨念で腹の底が煮えたぎる。

 

ドッ! ドッ! ドッ! ドッ! レシプロ機関めいて心臓が炸裂と収束を繰り返す。毛細血管に過剰な血が注がれて、視界全てが赤に染まる。染まらない蛍光緑の幻覚が浮き上がる。『お詫びにステキなパワを与えましょう!』緑一色に塗り潰された影絵の中、虚で描かれた三目と口がピエロの笑みを浮かべている。

 

詫びと言うコトダマからほど遠い表情で、落書きが鉄骨剥き出しの天井を指さす。『アナタが求めれば今すぐにでも!』見えないはずの曇天の向こうで、黄金の立方体がゆっくりと回っている。そこに力がある。アレがあるから、アレさえあれば。憎みながら夢見てきた。怨みながら請い願った。

 

今ならアレに手が届く。一切の確証なき、しかし絶対の確信があった。『貴女がヒロイン! 貴女が主役! 誰も止められない!』それを知る影は唄う。目に痛々しいライムグリーンが手を叩いて囃し立てる。『欲望のままに全部貪りましょう! 快楽のままに全部忘れましょう! 憤怒のままに全部憎みましょう!』

 

『皆が憎いでしょう? 周りが嫌いでしょう? 世界が恨めしいでしょう?』言うまでもない。ずっと憎んで、嫌って、恨んできた。父親気取り、自称母親、突然湧いた妹、友達と名乗る付着物。気違った倫理、勘違った文化、間違った月。ドクロの月。憎い……憎い! 嫌い! 恨めしい! 

 

『さぁ、アナタに相応しいソウルを呼ぶのです! そして相応しい名前で呼んであげましょう!』躊躇いなんか無い。躊躇う理由も無い。憎たらしい全てを踏みにじる期待に嗤いが溢れる。幻覚と同じ表情を浮かべて、ユウは肺一杯に淀んだ空気を吸う。来い、来い、来い! 

 

「来「イヤーッ!」KABOOM!! 

 

だがその声は自分の耳にすら届かずに掻き消された。予約済みのジゴクも、予定通りの末路も、確信してた期待も、何もかも吹き飛ばして鋼鉄のフスマが水平に飛んだ。誰もが爆音めいた轟音を立てて跳ね踊る鉄板を目で追った。次いでその出どころへと視線を向ける。

 

見つめる先には蛍光ボンボリの逆光に佇む、墨で塗り潰した影法師。「な、ナニサマダッテンダコラーッ!」遅まきながら反応したヤンキージャンキーが照明のスイッチを入れる。慈悲深くジゴクを隠していた闇が剥ぎ取られた。だが人影は黒錆の影のまま。まるでシルエットが闇全てを飲み干したかのよう。

 

烏羽色のジャケット、射干玉めいたブーツ、闇夜を思わせるスラックス、新月に似たグローブ。上から下まで黒一色で、センスという言葉に墨汁をぶち撒けた装いだ。街を歩けば、悪漢らのように誰もが指差し嗤うに違いない。「ウッワ! ダッサ! スッゲ! ダッサ……ァ、ィェ……!」彼の目を見るまでは。

 

それを例えるならば殺人マグロか、人喰い大蛇か、人肉食性バイオ昆虫か。それは殺意を照射する人間性絶無の器官だ。その目が廃倉庫のアビ・インフェルノを走査する。「ッ!」視線を向けられただけで、恋と錯覚する程の恐怖がユウの心臓を握り潰した。吊り橋から突き落とされたかのように鼓動が跳ねる。

 

「ドーモ、連続婦女ハイエース誘拐殺人犯の皆さん。リベン社に派遣されてます"カナコ・シンヤ"です。今日は皆さんをぶちのめしに来ました。降伏は無意味ですので抵抗してください」慇懃無礼かつ異様な台詞と共に、ひどく事務的に頭が下げられた。

 

黒い男の理解を要するアイサツに、サメめいた顔つきのサイバネチンピラが突っかかる。「アァン!? ナニサマのつもり!? オレサマ気取り!?」サイバネ置換した鋼鉄の顎が微かな回転音をたてる。舌の位置にはドリル兼用の毒針。

 

マブいスケにはZBRとバリキの前後カクテルを、シケたヤローにはケミカル毒液をぶち込む。必殺でイチコロ、何度もヤってる。「日本語不自由なワケ!? 頭ダイジョブ!? もしかしてバカ!? バカなアバーッ!?」しかし、必殺のカラテを自慢の顎に叩き込まれてイチコロは初めての経験だった。

 

「……お前等程度の頭でも判るように言ってやる」拳を引き抜かれてキリタンポめいた半死体が崩れ落ちる。へばりついた鉄と肉の合い挽きを振り捨ててシンヤはカラテを構えた。「『俺の気が晴れるよう、せいぜい無駄な抵抗して死ね』」

 

イクサの火蓋が今、切られた! 「「「ザッケンナコラーッ!」」」BLALALAM!! 黒錆色の影に無数の穴が開き、引きちぎれ、はためく……はためく? そう、それは脱ぎ捨てたコートに過ぎない! ならば本体は? 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!?」既に間合いの内に居る! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」黒錆の旋風が渦巻くと、瞬く間に幾人もの外道が宙を舞った! 

 

「ザッケンナコラーッ!」「スッゾコラーッ!」「シネッコラーッ!」遵法意識はなくとも仲間意識はあったのか、怒り狂ったヨタモノたちが襲い掛かった! ゴロツキがヤクザスラングを喚き散らし、チンピラがコンバットドラッグを注射し、サンシタが戦闘サイバネを起動させる! 

 

だがしかし! 「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」黒錆の暴風が吹き荒れる度、サイバネな悪漢が跳ね飛ぶ! 「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」黒錆の疾風が吹き抜ける度、ジャンキーな悪党が吹き飛ぶ! 「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」黒錆の烈風が吹き荒ぶ度、フリークスな悪人が弾け飛ぶ! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「「「グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ!」」ヨタモノ如き、偏に風の前の塵に同じ! 遠く異朝をとぶらへようと、これ程のまでの暴力が何処にあったのだろうか!? 縛られたままのユウは半ば呆然と人型台風一過の惨劇跡を眺める。

 

ネオンタトゥー男は潰れた股間を押さえたまま、ややうつろな目でバリキを吐き戻し痙攣してる。パンクファッション達は恐怖から逃避すべく危険錠菓を噛み砕き、ニューロン誤作動で激しくえづいて失禁中。煮え立つコリ・キャンディを頭から被った割れ法輪野郎は、熱さの余りにブレイクダンスだ。

 

それはまさに荒ぶる神の化身か、怒れる魔の顕現か。いや、『この世界』にはもっと適切な比喩がある。遥か古代より、そして歴史の裏より人類社会を支配した半神的存在(イモータル)。一度殺意をもって力を振るえば、色付きの風にしか見えぬ速度で定命者(モータル)の群をを濡れたショウジ紙より容易く打ち破る。

 

それすなわち……「ニンジャ?」「ニンジャは実在しない、いいね?」囁きがユウの呟きに応えた。振り返っても誰もいない。代わりに肩に柔らかな感触が残る。反射的に掴めば黒錆色の大布だ。掴める。手も足も出る。つまり両手が自由だと気づいた。拘束が砕かれたのだ。あの一瞬で? 気づかせもせずに? 

 

ニンジャなら出来る。ユウは確信していた。ニンジャ器用さとニンジャ筋力を用いれば造作もない。散々読み込んだのだ。そのくらいは知っている。「でも……!」ニンジャがあの台詞を知ってる筈がない。そもそも、誰もあの台詞を知る筈がない。何故なら、あれは『原作』の台詞じゃない。

 

「あれは、モーゼス=サンが、インタビューで……!」それが示す事実に声が震える。だが、返ってくるのは静寂と等しい微かな呻き声だけだ。黒錆色の風は、突如巻き起こり、全て吹き飛ばし、唐突に去った。辺りを見渡しても黒錆色で包まれた被害者と、黒錆色にぶちのめされた加害者が転がるのみ。

 

「……ッ」ユウは肩にかかる柔らかい黒錆色の布を抱き締める。微かな希望めいて、きつく、強く、縋るように。

 

【レッドスレッド・イズ・ブラッドカラード】#1おわり。#2に続く。


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