鉄火の銘   作:属物

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第九話【オソバ・ラプソディ・イン・ミソカ】#4

【オソバ・ラプソディ・イン・ミソカ】#4

 

結論から言おう。ソウカイヤの計画は無に帰した。ハッピーエンドである。

 

買い占めソバ粉のバイオアレルゲン汚染が匿名の告発によって発覚し、管理していたヨニゲ・コーポの株価は暴落。責任をとって幹部はセプクし、国外逃亡を試みた社長は射殺された。出資者のネコソギ・ファンドは、ラオモトCEOの威厳あふれる義憤アッピールで株価を10%上昇させた。

 

市場ソバ価格も株価同様に急落すると思われたが、心あるカネモチにより買い支えられ、ソフトランディングに成功した。ちなみに心あるカネモチは全くもって善意の篤志であり、IRC上に流れる「トコロテン詐欺に融資」「うどん教団違法接待」「女装男児略取誘拐」等の悪評は事実無根であるとの噂だ。

 

あの後、フジキド=サンはニンジャの首を持って直ぐに去った。シャチホコガーゴイルの口に生首がまた二つ増えるのだろう。ナンシー=サンはソウカイヤの尻尾こそ掴めなかったが、また一つ武器を手に入れたと力強く語っていた。その豊満は大きく揺れていたが、自分の鼻の下は伸びてなかったと信じたい。

 

ちなみにダイモン=サンは病院に放り込んだ。予定通りに伸してやろうとも思ったが、イントラレンス=サンへの一撃の恩がある。それにアレルギー反応で一本釣り立て新鮮マグロめいて海老反り痙攣運動してる様を見たら殴る気が失せた。多分、死んではないと思う。

 

かくしてソウカイヤの野望は打ち砕かれ、ネオサイタマには例年通りに蕎麦が出回り、イチノマタにもトモダチ園にもオソバがやってきた。つまりはハッピーエンドだ。

 

そう、ハッピーエンドだ。これでエンドなのだ。「ズルーッ! ズゾーッ! ……ウープス……ズズッ! ……ウッ…………「シンヤ兄ちゃん!」「兄ちゃん!」…………ズルルーッ!」子供たちの声援を背中に受けて、最後の一本がソバツユから口の中へと吸い込まれていく。長い長い戦いが今、終わろうとしていた。

 

「スゴイ!」「ワォ、ゼン……!」こみ上げる感情に口を押さえ、感動の涙を滲ませる子供たち。シンヤもまたこみ上げるソバに口を押さえ、生理反応の涙を滲ませる。皿の上にはソバの一切れも残っていない。長く苦しい戦いだった。脳裏にジゴクめいた記憶が蘇る。

 

一皿目、目前の皿に築かれたオソバ山脈に恐怖を覚えた。二皿目、俺はソバ処理装置なのだと自己催眠をかけた。三皿目、ソバの味がゲシュタルト崩壊を起こした。四皿目、キヨミからセプクを求められているのかと本気で思案した。五皿目、生命の危機にニンジャアドレナリンが過剰放出した。

 

そして今、最後の六皿目を終え、全てのソバを消費し尽くした。「あら、シンちゃん。オソバを一人で全部食べちゃうなんて、よっぽどお腹空いてたのね」全ての表情がソバに埋め尽くされた能面顔を、満面の笑みを咲かせるキヨミに向ける。ソバを茹でる喜びに満ちたキヨミが気づいた様子はない。

 

「でも、皆のオソバを取っちゃうのはよくな……「いいんだよ! キヨミ姉ちゃん! これでよかったんだよ!」……それならいいんだけど」子供たちはシンヤを庇った。シンヤが子供たちをオソバから庇ったからだ。彼らのオソバを買ってきたスシと交換し、ただ一人でオソバの大軍勢に立ち向かったのだ。

 

「ちょっと風に……ウプッ……当たってくる……」感覚は眼球までソバが詰まってると訴えている。たぶん事実だろう。枯山水が凍り付いた庭園に出ると、肌を切る12月の風が吹き付けてくる。「ハァーッ、ハァーッ」明日だ。明日、必ず言おう。もうオソバは止めよう、スシにしようってキヨ姉に言うんだ。

 

「スゥーッ、ハァーッ」決して果たされない誓いを胸に刻み、オソバで溺れそうな肺一杯にイオン臭い空気を吸い込む。肺胞が凍傷しそうな冷たさがとても心地いい。「スゥーッ! ハァーッ!」ニンジャ代謝力がソバの占める割合を徐々に減らしていく。この分なら眠れない夜を過ごさずに済みそうだ。

 

「ドーモ! 夜分遅くシツレイしまッス!」その耳に先日に聞き覚えた声が届いた。ダイモンだ。「ハイ、なんでしょう」「ドーモ、カナコ=サン! 先日はシツレイしましたッス!」「ドーモ、ダイモン=サン。仰る通りですね」それにしても、こんな夜更けに荷物を大八車に引いて何の用件だろうか。

 

「今日はコーゾ=サンからのお礼を届けに来たッス!」「おお、アリガトゴザイマス!」シンヤの顔がほころんだ。流石はコーゾ先生、なんとも嬉しい。依頼報酬は受け取った筈だが、個人的な心遣いという奴だろう。実に機微を弁えている。こういう大人になりたいものだ。

 

「中身は何ですか?」「当然、オソバッス!」「お帰りはあちらです」「それも石川県産の100%ソバ粉ッス!」「お引き取り願えますか?」「しかも家族全員一年分ッス!」「今すぐ帰れ。持って帰れ」「ナンデ!? オソバなんスよ!?」「オソバだからだよ! ソバは間に合ってます!」

 

帰れ帰らぬと押し問答する声を聞きつけたのか、キヨミの足音が近づいてきた。「シンちゃん、どなたかいらしてるの?」「ドーモ! 俺はダイモ「誰も来てないよ!」「でも声が聞こえたんだけど」「ナンデ邪魔「誰もいないよ!」「じゃあ今の声は?」「アイサツを「誰でもないよ!」ウッ……!?」

 

「ホントに誰もいないのね?」「ホントに誰もいないんだ! だから片づけよろしくね!」「うん、判ったわ」いぶかしみながらも足音が立ち去っていく。シンヤの口から安堵の息が漏れる。残る問題は二つ。大八車のソバ粉俵と……ピクリとも動かないダイモン。手加減はやはり苦手だ。生きているといいな。

 

(((急いでご近所に配って、残りは炊き出し用に保存。ダイモン=サンは……オールド東京湾でいいかな)))冗談半分、つまり半分本気な思考を回しながらシンヤは大八車を引き始めた。急げ、急ぐのだ! キヨミが不在に気づくまでそう時間はない! 「イヤーッ!」今はただ配れ! 配れカナコ・シンヤ! 

 

【オソバ・ラプソディ・イン・ミソカ】おわり


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