鉄火の銘   作:属物

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第九話【オソバ・ラプソディ・イン・ミソカ】#2

【オソバ・ラプソディ・イン・ミソカ】#2

 

「シンヤ=サン、こんな所でドシタンス? それもNSTVの人と」「オソバを探してたんですよ。まるで見つかりませんが」ソバ捜索。つまり……転売屋退治! これは自分と同じではないか! ダイモンは確信した。破壊活動だけのアナキストは真の仲間ではなかった。ソバを愛する真の仲間はここにいたのだ! 

 

「でも見つけたじゃないスか!」真の仲間を! ダイモンはガラス玉めいて煌めく目で頷いた。「見付けはしましたが……」代替品のうどんを。シンヤは困惑した顔を傾げた。「少々足りないんです」配布してたうどん粉では依頼分に不足だ。「そうッスね!」確かに真の仲間も一人だけではパーティに不足だ。

 

「問題はオソバの在処ッス」「それさえ判ればいいんですが、さっぱりです」かみ合っているようでかみ合ってない。でもちょっぴりかみ合っている、綱渡りめいた会話が続く。「そういや、転売屋っぽい……きっと転売屋……絶対転売屋に違いない奴が逃げるのを俺、見たッスよ!」「転売屋ですか?」

 

「転売屋ッス! 脚気予備軍うどん屋とヤクザと一緒に逃げてたから間違いないッス!」確かにあの場には青白い顔の四つ子ヤクザがいた。同じヤクザスーツに身を包み、同じヤクザ柄ネクタイを締め、同じタイミングで痰を吐く。どう考えてもクローンヤクザだ。それが、無料うどん炊き出しの護衛をしてる。

 

違和感がジャーナリストの本能を刺激する。「ダイモン=サン、ドーモ、ナンシーです。その転売屋はどんな格好だったか覚えてますか?」「え、えっと」パンツスーツ越しの豊満がダイモンの本能を刺激する。熱を帯びる腰を引きつつ、ニューロンを刺激して記憶を絞り出す。

 

「なんてか、その、サラリマンぽくなくて……地味でした」「地味、ね。アリガト」人間性を抑圧するネオサイタマではパンキッシュな格好での抵抗自我表現が主流だ。逆に個性排除のカイシャ宗教的統一ユニフォームでパーツ一体感を示す者も多い。そのどちらでもない地味なスタイルを敢えて選ぶ。

 

大通りを歩くニンジャ装束めいた違和感。偽装の臭いが立ち上るようだ。「手がかりですか?」「ジャーナリストの勘がそう囁くのよ」ナンシーの顔に危険な笑みが浮かぶ。シンヤは残りのうどん汁を煽るとPVCお椀をゴミ箱に突っ込む。「なら、探しに行きますか」浮かべる表情は同じ獰猛な色合いだ。

 

しかしそれを見るダイモンの表情はまるで異なる。「ダイモン=サンはどうされます?」「……ンデ」「ダイモン=サン?」「ナンデそんなん食ってんスか!?」怒れる視線の先にはゴミ箱内の合成樹脂ドンブリ。炊き出しで頂いたうどんの器だ。確かにソバシェフの目前で食べるには少々礼を逸している。

 

「あー、これはシツレイでしたね。スミマセン」なのでシンヤは素直に頭を下げた。が、しかし。「この糖尿未病! 信じてたのに! ヒドイ!」ダイモンの怒りは収まる様子を見せない。「うどんにソウルを売ったんスか! ソバへの愛を裏切ったんスか! 真の仲間だったのに!」真の仲間? シンヤはいぶかしんだ。

 

「コーゾ先輩の教え子の癖して、それでもソバシェフの端くれのつもりッスか!?」「いや俺はソバシェフじゃな「言い訳なんて聞きたくないッス! 弁解は罪悪って知らないンスか! 見損なったッス! この二八ソバ! 小麦粉喰い! アメリケン粉!」それは悪態なのか? シンヤはいぶかしんだ。

 

悔しみの涙を滲ませ、怒りで肩を震わせる姿は同胞に裏切られた信者そのもの。しかしシンヤに異教徒扱いされるいわれはない。「もういい! 俺一人で全部やる! 転売屋を殴って、オソバを奪い返して、イチノマタを繁盛させる!」困惑するシンヤにダイモンは指を突きつける。麺棒を握る手に涙がしたたる。

 

「アンタは一人でうどんこねて茹でて啜ってろ! うどん人が!」恐らくは罵詈雑言と思しき台詞を吐き捨てて、ダイモンは路地裏を後にした。「……随分とソバ愛の激しい人ね」「愛が過ぎて憎しみに至ってますよ、あれは」可能な限りナンシーはおくゆかしい言葉を選んだ。シンヤは特に選ばなかった。

 

「それで()()()()()の方はどうしたんですか?」「途中で『まさかソウカイヤでは……?』って一人で調査に行ってしまったわ」これはソウカイヤに違いない。これはソウカイヤの仕業だ! お”の”れ”ソ”ウ”カ”イ”ヤ”!! シンヤの脳裏に三段構文を濁点で叫ぶ赤黒の影が浮かぶ。

 

「ホントにソウカイヤの仕業なんですかねぇ? カネモチの仕業の方がありそうですけど」財力アッピールの為だけに江戸中のソバを買い占めて見せたという『前世』のお江戸カネモチ逸話が思い出される。なお、当のカネモチは放蕩が過ぎて後に没落したそうだ。インガオホー。

 

「なら余計にソウカイヤが首を突っ込むでしょうね」ソバ買い占めには大金が動く。それに札束を積まれても義理人情で首を横に振る問屋もいる。そうなればヤクザの出番だ。さらにソバ不足の狂乱ぶりを鑑みればインサイダーも想像できる。なにせソウカイヤのフロント企業はネコソギ・ファンドなのだ。

 

「ソバが買い占められてもソウカイヤ。マグロが市場から消えてもソウカイヤ。何かあるとソウカイヤ。何処を見てもソウカイヤ……ですか」実際、ラオモト・カンは一部最終章でネオサイタマ市長選に出馬する。下手をすればネオサイタマの顔がソウカイヤになっただろう。裏社会では既にそうだ。

 

「そうならないための私たちよ。とりあえず、その地味な人とやらを探してみましょう」「イエス、カーチャン。電脳戦は疎いんでお願いします」「……その軽口、誰に習ったの?」「元湾岸警備隊の方が同僚でして」渋い顔の白皙が路地裏の闇に溶け、笑う蛇の目が後を追って影に消えた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

地味な格好の男が歩いている。意図的なその姿は無個性を主張して、平凡をアッピールしているのだろう。しかしその行動は背景エキストラには程遠い。視線と首をせわしなく動かし、バイオミケネコの影一つに飛び上がっては後退り。私は怪しいものですと辺りに名刺を配り歩くが如くだ。

 

だから同じく怪しい動きを繰り返す素人でも尾行できてしまう。「ピピーピピー」口笛を吹きつつダイモンは男をやり過ごす。電柱に隠れて首を出す。道の角から片目で覗く。路地裏から睨んで後を追う。自然に、自然に。ナチュラルかつオーガニックな。自分に言い聞かせるが、こちらもあからさまに怪しい。

 

だが自分の怪しさなどには気づいていられない。誤アンブッシュすること4回、官憲に追いかけられること2回、ヤクザ(注:四つ児でない)に銃撃されること1回。その果てに偶然にも闇オソバを高値で売りさばく邪悪な転売屋を殴り倒し、やっとPOPした手がかりなのだ。

 

だからブローカーと思しき男の一挙一動にダイモンは目を凝らす。だから視野の狭まった彼は気づけない。怪しい男を追う怪しいダイモンに迫る怪しい青黒い影に! 「イヤーッ!」「グワーッ!?」影がシャウトを放ち、青黒い風が吹き荒れる! 

 

色付きの風がダイモンを吹き飛ばし、怪しい男の目前で止まった。「ドーモ、”ダークマーケット”です。何かお探しですか? 転売屋のお方」「ニンジャナンデ!? アイェーッ!」怪しい男はNRS(ニンジャリアティショック)に失禁しながら崩れ落ちる。そう、青黒の影は……ニンジャだったのだ! 

 

「ナンデとはナンデ? 貴方はソウカイヤの品を横流したのだ。ニンジャが制裁に来るのは当然です」「アィェェェ……」そして驚くべき事実が明らかになった。やはりオソバ買い占め事件はソウカイヤの仕業だったのだ! おのれソウカイヤ!! 

 

「ではインタビューです」邪悪な喜悦に満ちた声と共に両手に握られるのはマグロ解体用具めいた邪悪な拷問用具! 「オソバの横流し先を全て吐いてもらいましょう」「全部吐きます! だからオタスケ!」「ダメです」即座に白旗を上げた転売屋だが、ダークマーケットは即座に死刑宣告を下す。

 

「ナンデ!?」「ナンデとはナンデ? 貴方はソウカイヤを嘗めたのだ。見せしめに苦しんで死ぬのは当然です」「アィェーッ!」「そして私は拷問が趣味です」「アィェーッ!!」恐るべき宣言に転売屋は更なる絶望の声と尿を漏らす! 気絶を装い息を潜めるダイモンもしめやかに失禁! 

 

アンモニア臭に気付いたのかダークマーケットの残虐な視線がダイモンへと動いた。「ああ、そこの方。貴方も当然インタビューします。そして殺します」「ナンデ!?」「ナンデとはナンデ? 貴方はソウカイヤの名前を知った。二度と口にできないようバイオキンギョの餌にするのは当然です」

 

拷問処刑被害者を増やすために敢えてソウカイヤの名を口にしたのだ。ダークマーケットの拷問の悦びに輝く目がそう告げている。なんたる非道か! しかしカラテ満ちるニンジャを相手に、貧弱なモータルの非難が何の意味を持とうか。暴力をもってニンジャの望み通りの方向へと首を振らされるだけだ。

 

故にニンジャの非道に抗う手段はただ一つ。「イヤーッ!」「グワーッ!?」同じニンジャのカラテあるのみ! ダークマーケットが黒錆色をしたアンブッシュに跳ね飛ぶ! 怪しい男を追う怪しいダイモンを襲う怪しい青黒いニンジャを怪しい黒錆色の影が殴り飛ばしたのだ! 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」黒錆色は跳ね飛ぶダークマーケットをカワラ割りパンチで地面に縫い止める! ハヤイ! 「ドーモ、ダークマーケット=サン。ブラックスミスです。貴方にインタビューします。そして当然殺します」マウントポジションからの容赦なきアイサツだ! 

 

イクサに臨むニンジャにとってアイサツは神聖不可侵な行為。マウントポジションを取られててもアイサツは返さねばならぬ。「ド、ドーモ、ブラックスミス=サン。ダークマーケットです。ナンデ!? 私をソウカイヤと知っての狼藉ですか!?」「ナンデとはナンデ? 当然、ソウカイヤと知っての狼藉です」

 

「狂人め! イヤーッ!」ダークマーケットが弓なりに跳ねる! なんたる被マウント姿勢でありながら背筋腹筋を総動員した驚くべきワンインチパンチか! だが、しかし! 「イヤーッ!」「ナニィーッ!?」拳は虚空を打った! ブラックスミスのシルエットが一直線に! 打点を軸に垂直に回避だ! タツジン! 

 

「イヤーッ!」そして重力加速度を得た恐るべき膝蹴りが振り下ろされる! 「アバーッ!」ダークマーケット股間急降下爆砕! 想像を拒否する程の苦痛に泡を吹いて白目を剥く! 「イヤーッ!」その隙に両手両足を異形スリケンが刺し貫き固定する! もはやダークマーケットはまな板の上のウナギに等しい! 

 

「ではインタビューだ」「わ、私は口が堅いです! 何を聞かれても話しません! 交渉がお得ですよ!」「かまわない。アンタの痛覚神経に聞く」両手に握られるは工具と医療器具の混血児めいた異形の拷問器具! 「アィェーッ! アバーッ! アィェバーッ!? アバィェーッ! アィェェェーーーッッッ!!」」」

 

―――

 

「で、そこの廃ソーメン工場が隠れ家兼買い占めソバの保管庫だと」「ハイ、殺さないで」「ダークマーケット=サン以外にニンジャは?」「“イントラレンス”=サンがいます、殺さないで」「能力とかわかるか?」「わかりません、殺さないで」「他に特徴は?」「貴族趣味でした、殺さないで」

 

「名前以外は実質情報なし、か」「ゴメンナサイ、殺さないで」BIFF! BIFF! 不満げに呟くブラックスミスに、更なるドゲザをすべく転売屋は叩頭を繰り返す。うざったそうに片手を振って止めたブラックスミスはダイモンへと向き直った。正体を知らぬが故に表情には恐怖と困惑が混じり合っている。

 

「あー、ソバ探しは止めて店に帰りなさい。貴方がオジャマです」「そ、そういう訳にはいかないッス!」「オジャマです。い い ね ?」「アィェェェ……」ニンジャ圧力で締め上げても、悲鳴こそ上げるものの首を縦に振りはしない。そもそもダークマーケット拷問死爆発四散を目の当たりにしてなおコレだ。

 

いっそ拳骨で頭蓋を上下させるべきか。だが加減には自信がない。実際ダークマーケット=サンを拷問死爆発四散させたのだ。『ダイモン=サンの安全のためにダイモン=サンを殴り殺しました』では、コーゾ先生への言い訳のしようもない。「ウーム」穏便なアイデアを捻り出そうと唸るブラックスミス。

 

それを見つめるダイモンの瞳は、恐怖の中でも見当違いの熱意に赤々と燃え上がっていた。フィクションの筈であったニンジャがこうして現代のネオサイタマに現れ、ソバを求め、探し、独り占め、奪い合っている。つまりオソバとは……! ニンジャとは……! 

 

おお、なんたる神聖にして深遠なる麺類なのか! 何故人はソバを打ち、買い占め、求め、すするのか。何故モリソバとザルソバは違うのか。「そうか、こんなに簡単なことだったんスね……!」ダイモンの脳内におひとり様専用の真実が音を立てて組み上がっていく! 

 

そして、その目には自分が進むべき光輝く私道が映る! 一人プレイの世界観が導くままにダイモンは朗々と唄い上げた。「ソバシェフはソバを打つもの! ソバがないからうどんを打つようではソバシェフじゃあないッス! だから俺はソバを探しに行くッス!」これは格言なのか? ブラックスミスはいぶかしんだ。

 

「何があっても俺は行くッスよ!」ダイモンの目に漏電ネオンサインめいて直視し難い光が弾ける。夏場の室外機より熱い瞳にブラックスミスは胡乱な視線を返した。殴り倒せば殺しかねず、締め上げても断固拒否。縛り上げたらヨタモノの餌食、放置すればソバ十字軍(総勢1名)が殴り込みをかけるだろう。

 

目の届く範囲にいるほうがマシか。「……お好きにどうぞ」「好きにしまッス!」ブラックスミスは長い息を吐くとノタノタ歩き出した。「さぁ! 一緒にソバとイチノマタを救うッス!」駄犬めいて周回軌道するダイモンを意識から追いやる。それには努力を要した。「さぁ! さぁ! さぁ!」極めて要した。

 

【オソバ・ラプソディ・イン・ミソカ】#2おわり。#3に続く。


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