鉄火の銘   作:属物

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ここのところ右(シリアス)に傾きがちだったので左(リラックス)に傾けます


第九話【オソバ・ラプソディ・イン・ミソカ】#1

【オソバ・ラプソディ・イン・ミソカ】#1

 

一見すれば粗雑に、注視すると驚くほど丁寧に整えられた枯山水。島を象る岩の上にザゼンする影があった。分厚い雲越しのぼやけた陽光を浴びて、なお黒い錆色が突如目を見開く。「イヤーッ!」音圧だけで余人をなぎ倒すほどの絶叫と共に影が宙返る! 白波めいた白砂が着地と同時に逆円錐に吹き飛ぶ! 

 

それは着地の衝撃ではなく、次なる一撃の踏み込みだ! 「イヤーッ!」目前の島岩に立つ木人が一瞬、震え、歪み、爆ぜる! 何が起きた!? カラテパンチに取り残されたカラテ衝撃が木人を内部から打ち砕いたのだ! なんたる打拳どころか引き手すら見えぬ超自然の領域に足を踏み入れた超常的カラテパンチか! 

 

そして打ち手の姿も見えぬ! 「イヤーッ!」上空だ! 再びのツカハラで宙を舞う! 次なる木人前に着地! 「イヤーッ!」パンチ! CRASH! 木人撃砕! 「イヤーッ!」跳躍! 着地! 「イヤーッ!」パンチ! CRASH! 木人粉砕! 「イヤーッ!」跳躍! 着地! 「イヤーッ!」パンチ! CRASH! 木人破砕! 

 

瞬く間に四体のリサイクルDIY木人がゴミに還った! タツジン! これほどのカラテ、とうてい人間業ではない! そう、彼はニンジャ”ブラックスミス”だ! 「フゥー」だがザンシンを決める彼の顔には不服の色が濃い。それもその筈、ニンジャにとって木人連続破壊程度ベイビーサブミッションでしかない。

 

本来の狙いであるセイケンツキを行えたのは初撃のみだ。他の木人三体は単に殴り砕いてしまっている。「一歩前進、か」それでもほんの数週間前に負った頸椎折損を鑑みれば十二分と言えよう。首に埋め込まれたファインセトモノの位置を撫でる。リハビリは良好だ。後は再びカラテを積み重ねていくのみ。

 

「おぅ、シンヤ=サン。キヨミ=サンがお呼びじゃぞ」「掃除の後で行きますよ」鍛錬を終えたブラックスミス……”カナコ・シンヤ”に声をかけるのは、枯山水の作り手であるダイトク・テンプルの住職だ。「ワシがやっておこう。随分とコワイ顔をしておったぞ」いつも飄々泰然とした破戒僧のしかめ面。

 

「……判りました、お願いします」胸騒ぎを覚えたシンヤはテンプル内へと飛ぶように跳んだ。「イヤーッ!」流れる連続側転で居間へと飛び込む。子供達へは『廊下で走らない・遊ばない・回らない』と教えているが今日の処はカンベンだ。居間のテーブルにはトモダチ園の中心”トモノ・キヨミ”の姿。

 

「キヨ姉、何かあったの?」「シンちゃん……」その顔にインセクツ・オーメンがお告げを下した。ろくでもないことが起きた。無数の想像が脳裏に瞬く。住職にジアゲ、コーゾと廃業自殺、オタロが公害病、エミで交通事故、ウキチからドラッグ、イーヒコをイジメリンチ、アキコへ悪い男、キヨミに彼氏。

 

深く吸い、長く吐く。人様の台詞だが、後悔は死んでからすればいい。「私、町中を探し回ったの」「うん」「けど、どうしても見つからなかった」「うん」「ご近所中にも声をかけたけど誰も何処にあるか知らないって」「うん」「問屋の人だっていつ入るか判らないそうなの……」「うん……うん?」

 

何かおかしい。「このままじゃ、毎食どころか週末にも出せなくなっちゃう……!」何がおかしい? 「それどころか、ミソカの年越し用だって用意できないかもしれないわ!」キヨ姉がおかしい。「どうしよう、シンちゃん……オソバがないの!!」いや、平常運転だ。震えるキヨミの肩にそっと手を置いた。

 

「キヨ姉、心配しないで。ダイジョブだよ」「シンちゃん……!」シンヤは二度の人生で最も優しく微笑んだ。小春日和めいた笑みにキヨミの顔に温度が戻る。「今年の年越しはスシにしよう」「シンちゃん……?」そのまま表情が凍り付いた。「ダイジョブさ、ちゃんとしたスシを頼むよ」「シンちゃん?」

 

「ホント!?」「スシ? スシなの!?」「スシ!」家庭の一大事と聞き耳立ててた子供達が居間に飛び込んでくる。スシとくればトモダチ園の一大事だ。何せソバ抜きの飯が食える。「おう、スシだとも」「シン……ちゃん?」先日のワガママで家族には迷惑をかけた。納得してくれたとは言え、詫びはしたい。

 

「やった! 俺大トロ食べたい!」「あたし、イクラ・キャビアがいい!」「オーガニック・タラバーカニは?」自信満々の長兄の姿に子供達の期待はバブル地価めいて勢いよく膨らむ。「ハハハ、無茶言うなよ。どれか一つだけだぞ?」「「「ワー! スゴーイ!」」」そしてバブルは唐突に弾ける。

 

「シ ン ち ゃ ん ?」

 

「「「アィェェェ……!」」」その声にインセクツ・オーメンがお告げを下した。ろくでもないことが起きた。実際、子供達全員の表情が市場崩壊している。場のテンションはブラックチューズデイより高速で墜落した。正直キヨミの方に顔を向けたくない。きっと表情だけでセプクを願う羽目になる。

 

TELLLLLL! TELLLLLL! 「おっとでんわがなっている。これはでなくてはならない」棒読みを通り越して丸太を丸飲みする口調でぎこちなくその場を後にする。その背中にトリカブトの蜜めいて致死性の甘い声が投げかけられた。「……シンちゃん、後でじっくりお話しましょ?」

 

「きっとしごとだろう。これはでかけなくてはならない」「仕事が終わるまで待ってるわね」「さきにねてていいよ」「待ってるわね」「ねてて」「待ってる」シンヤは背後の圧力から電話へと逃げ込んだ。「ハイ、モシモシ。トモダチ園です。お電話ありがとうございます。ホントにありがとうございます」

 

「モシモシ! その声はシンヤ=クンかね? 私はコーゾだよ!」「ハイ、シンヤです。急にどうしたんですか?」「大変なことになったんだ! シンヤ=クンにお願いがあるんだ!」「ハイ、なんでしょう?」「オソバが何処にも無いんだよ! なんとか探してくれないかい!?」「ハイ……なんですって?」

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

ダイモンは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の転売屋を除かなければならぬと決意した。ダイモンには経済がわからぬ。ダイモンはイチノマタの新人ソバシェフである。カエシを煮詰め、麺を茹でて暮らして来た。けれどもソバに対しては人一倍に敏感であった。

 

ある日、ダイモンはショーユの買い出しに市へと歩いていたが、町の様子を怪しく思った。店に帰ると先輩をつかまえて、何かあったのか、昨年末は『年越す』『長生き』など書かれたPVCノボリが乱立してたはずですが、などと質問した。先輩はあたりをはばかる低声で、わずか答えた。

 

「ソバが無いんだよ」「なんで無いんスか?」「カネモチが買い占めてるってウワサだよ」「たくさん買い占めてるんスか?」「うん。はじめは問屋を、それから粉屋を、それから小売を、それから農家を」「ビックリ! 狂人スか!?」「狂人じゃなくてさ、転売とか実際計画あるみたいなんだよね」

 

聞いてダイモンは激怒した。「転売屋ッスね! スッゾコラーッ!」ダイモンは単純な男であった。手近な麺棒を握り締め、店を飛び出した。諸悪の根源ということにした転売屋をボーで殴り倒せば、大量のソバとゴールドがドロップし、イチノマタが大繁盛するのだ。フィクションの悪影響だ! 

 

犯人を探して街を練り歩くダイモン。()()を知った目には街の全てが()()()見えてくる。『オソバ:時価』『中華ソバ始めました』『今年はほうとうです』そこかしこの広告は邪悪なテンバイヤーの爪痕だ。「今日はスシドスエ?」「タコス食いてぇ!」ソバを諦める群衆はダフ屋の片棒を担ぐ共犯者だ。

 

『ここはおうどんです』『ソバ要らず』『たくさん食べて、どうぞ』そして何よりオソバをディスる大罪人は、一刻も早くスレイすべき転売屋の一員である。そうに違いない。俺は詳しいからわかるんだ! おかしな目つきのダイモンは麺棒を構えて、浮浪者向け炊き出しをしてるうどん教徒の背後から近づく。

 

「まだあるよ! おうどんあるよ!」「うどん食べてお腹いっぱい! 明日からうどんでお腹いっぱい!」しかし、うどんアッピール炊き出しに忙しい彼らは、危険人物の接近に気付けない。しかもダイモンに歩調を合わせる同じ目つきの無政府主義者が3人。アナキストA、B、Cが仲間にくわわった! 

 

麺棒、ゲバ棒、鉄棒、金棒。思い思いの鈍器を振り上げ、四人は恐るべきアンブッシュを仕掛ける! 「え……アィェーッ!?」が、炊き出しを啜ってた浮浪者に気付かれ先手ならず! 「ナンコラーッ!?」「テメッコラーッ!」気づいたうどん教徒がおそいかかった! 

 

「この田舎ソバモンが! ザッケンナコラーッ!」うどん教徒Aはうどん生地を振り回してこうげき! コシの強いうどん生地がアナキストBの側頭部に直撃した! 「スッゾコラーッ!」「グワーッ!?」ブラックジャックめいて衝撃が浸透する! アナキストBに大ダメージ! アナキストBはこんらんしている! 

 

「ドブ色汁ショーユ野郎が! アッコラーッ!」うどん教徒Bはこね鉢を投げつけてこうげき! 重厚なフェイク漆器がアナキストCの額に衝突! 「シネッコラーッ!」「グワーッ!?」暴徒投石めいて脳味噌が揺れる! アナキストCに大ダメージ! アナキストCはこんらんしている! 

 

「スッゾコラー糖尿病転売屋!」「悪い政府だ! アンタイするぞ!」すぐさまダイモン達もたたかうを選択! 「ソバで首くくるぞコラーッ!」「グワーッ!」ダイモンのこうげき! うどん教徒Aはひるんだ! 「腐敗政府癒着企業コラーッ!」「グワーッ!」アナキストAのこうげき! うどん教徒Bはひるんだ! 

 

「ナンダナンダ!?」「ドシタドシタ!?」突如わき起こったオソバ・アナキストVS神聖うどん軍団の大乱闘を一目見ようと、暇人どもが黒集りの山を作る。「ヤッチマエー!」「そこだ! ウィーピピ!」オソバ不足で気が立ってるのか、止めに入る者は誰一人いない。危険な興奮は高まるばかり。

 

「ザッケンナコラー部長!」「スッゾコラーお客様!」しまいには加速する暴動に飛び入り参加者すら出始める始末だ。「オオ、テリブル! なんと言うことでしょう! ネオサイタマのオソバ不足は遂に臨界点を迎えた模様です!」ゴシップの臭いをかぎつけて、カメラを担いだ野次馬もやってきた。

 

「道行く人にも伺ってみましょう。貴方はこの状況をどう思われますか?」「パスタでも食べればいいんじゃないですかね」金髪碧眼のNSTVリポーターは、一人配給のうどんを啜る男にマイクを突きつける。知ったこっちゃないと目つきとセンスの悪い男はうどんぶりから顔も上げない。

 

ブロンドらしいリポーターは気にも留めずにオウム返した。「パスタ、つまり小麦麺! うどんを食べるべきと!」「別にスシでもいいと思いますよ」「スシ、つまり江戸文化! ソバを食べるべきと!」ハウリングめいたやりとりに男の目つきが呆れと不快に歪む。

 

「どっちでもいいって意味ですよ」「つまり、現代的無関心が生み出した光景であると!」「とりあえず結論に飛びつくの止めたらどうです?」「つまり、短絡的に答えを求めるデジタル二元論の現代病であると! 暴動の原因は社会にあり、つまり政権交代が必要なのです! ではインタビューを終わります!」

 

モキュメンタリーの価値を再認識させてくれるインタビューが終わり、暴動も佳境に近づいてきた。「アッコラー脚気江戸患者!」「グワーッ!」「スッゾコラーッやり甲斐搾取ピンハネ企業!」「グワーッ!」人数の差が効いたのか、ケンカの趨勢はオソバ・アナキスト連合軍に傾いている。

 

このまま囲んでボーで叩いて決着か? そうはならない! 「センセイ、ドーゾ! お願いします!」うどん教徒Aはなかまをよんだ! 「ザッケンナコラーッ!」「ザッケンナコラーッ!」「ザッケンナコラーッ!」「ザッケンナコラーッ!」青ざめたヤクザA、B、C、Dがあらわれた! 全員同じ顔! まるで四つ子だ! 

 

アナキストBのこうげき! 「愚民化バラマキ無責任コーポコラーッ!」「スッゾコラーッ!」「アバーッ!」ヤクザAのはんげき! アナキストBはたおれた! アナキストAのこうげき! 「資金洗浄偽善活動法人コラーッ!」「スッゾコラーッ!」「アバーッ!」ヤクザBのはんげき! アナキストAはたおれた! 

 

「アィェーッ!」アナキストCはにげだした! 「ザッケンナコラーッ!」しかしまわりこまれてしまった! 「スッゾコラーッ!」「アバーッ!」ヤクザCのこうげき! アナキストCはたおれた! 「アィェーッ!」ダイモンはにげだした! 「ザッケンナコラーッ!」しかしまわりこまれてしまった! 

 

「ザッケンナコラーッ!」「ザッケンナコラーッ!」「ザッケンナコラーッ!」「ザッケンナコラーッ!」「アィェェェ……」恐るべきヤクザA、B、C、Dに囲まれてダイモンはロウソク・ビフォア・ウィンドウの運命にあった! このまま囲んでボーで叩いて決着か!? 

 

「スッゾコラーッ!」「グワーッ!」ヤクザAのこうげき! ダイモンはひるんだ! 「スッゾコラーッ!」「ゲボーッ!」Bのこうげき! ダイモンははいた! 「スッゾコラーッ!」「アバーッ!」Cのこうげき! ダイモンはたおれた! 「スッゾコラーッ!」「アババーッ!」Dのこうげき! ダイモンはけいれんした! 

 

その時である! 「コラーッ! それはよくない」「ちょっとやめないか」甲高いサイレンと共に真っ赤な回転灯が接近する! NSPDのパトカーがおっとり刀で駆けつけたのだ! ヤクザA、B、C、Dは手を止めて青ざめた顔を見合わせた。

 

「「「どうします?」」」そのまま血の気のない4つの顔は雇い主の方へと向けられる。雇い主は更なる雇い主を思い浮かべて、ヤクザたちより顔を青くした。「警察は困る! 撤収するぞ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」指示に従い、ヤクザとうどん教徒とプラス一名は逃げ出した。

 

「俺は無関係だ!」「署で聞きます」「カラテの授業があるの!」「署で聞きます」「オタスケ!」「署で聞きます」逃げ損ねた一般暴徒の言い訳も事実も無視して機械的に手錠を掛けていく死んだマグロ目のマッポ達。悲鳴を背後にダイモンは路地裏へと這々の体で逃げ込む。

 

「で、アレはジャーナリズムなんですか?」「『黄色』を頭につけるならね」そこには見覚えのある先客がいた。コーカソイドのNSTVリポーターと、彼女にレポートされてた不審な目つきの男だ。知り合いなのか気さくに話すその姿に、ダイモンは見覚えがあった。

 

「アンタ、コーゾ先輩の……?」「ん? 貴方はイチノマタで……」先日、イチノマタを訪ねて来た、“トモノ・コーゾ”先輩の客だった筈。始めてのバベルソバに四苦八苦してた記憶がある。「あら、お知り合い?」「ハイ! ダイモンです!」「ドーモ、カナコ・シンヤです。コーゾ先生からお話はかねがね」

 

【オソバ・ラプソディ・イン・ミソカ】#1おわり。#2に続く。


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