鉄火の銘   作:属物

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第八話【ファイア・アンド・アイアン・ヘッドオン・コリジョン】#4

【ファイア・アンド・アイアン・ヘッドオン・コリジョン】#4

 

知ってる天井だ。何度となく殴り倒されては、或いは疲労困憊で崩れ落ちては、この天井を眺めた。尤も面積の半分がネオサイタマの曇天というのは初めてだが。何にせよいつまでも寝転がっててはセンセイにどやされる。何も考えずに身を起こそうとする。立てない。

 

指先はピクリとも動かない。そもそも指先の存在すら判らない。唯一感覚のある首を動かそうとする。これまた動かない。「オハヨ、シンヤ=サン。いい夢見れたか? 首は固定済みだよ」聴き飽きる程に聴き慣れたいつもの声。記憶がコダマする。

 

……「いい加減に目ぇ覚ませ! セイジーッ!」返答は無かった。代わりにカラテの構えで応えた。半壊した紅蓮の影が、鮮やかに色づいた記憶と重なる。噛み締めた歯がぎりりと軋んだ。もう鼻血も出ないと泣き叫ぶニューロンに喝を入れる。あと一発、あと一発だ! 打て、撃て、射て、討て! 

 

「「イィィィヤァァァ───ッッッ!!!」」シャウトと共に意識が飛ぶ。コンマ単位で明滅する視界の中、全力の拳をぶつけ合った。ドドッォォォオオオンッ!! 衝撃波の二重奏。紅蓮の炎が、黒錆の鎧が爆ぜる。赤黒に染まる世界の中、見飽きる程に見慣れた顔を見えて、安堵と共に意識を手放した。「オハヨ……

 

……セイジ=サン。特に夢は見なかったよ」「そいつはアテが外れたね。鼻で笑える夢でも見てるもんだと思ったんだが」小馬鹿にした声は胸中の安堵を上手に隠していた。「ぬかせ。なら殴り倒したお前を足蹴にしてる夢でも見るさ」山ほど殴り合ったせいなのか、それでも不思議と判ってしまう。

 

「それこそ夢だろ? ああ、だから夢に見るんだね。好きなだけ夢見てなよ」「成る程、実際ぶちのめされたお前らしい口だ」判るからこそ馬鹿みたいに意地を張り合って、益体もない話を交わす。「面白いこと言うね。最後に立ってたのは僕だってのにさ」心配なんて要らないと、いつもみたいに笑って見せる。

 

「そりゃトドメさして言える話だろ。パンチ一つ打てないラグの差でよく言うぜ」いつも通りの下らないじゃれ合い。万金に等しい時間。あれで多分最後になった。そう思ってた。「えぇっと、コンマ数秒差で勝ち名乗り上げてたのは何処のどいつだっけ?」「俺は目の前のフェイスマンしか知らないね」

 

「奇遇だねえ、僕も目前のイディオット以外覚えがないんだ」だと言うのに。ああ。「審判に『一秒でも勝ちは勝ちだから僕の勝ちです』って散々抗議してたよな」「突っ立ったまま気絶してた癖に『でも最後に立ってた俺の勝ちだから』ってゴネてたのはよーく覚えてるよ」その続きがここにあった。

 

「「ヤンノカコラ……」」視線だけで殺してやると目力を全開にして睨み合う。「「プッ」」そして二人同時に吹き出した。「ハハハッ!」「アッハッハッ!」笑うだけでありとあらゆる部位が痛む。全身の重傷に激痛が響く。気にもならない。ぶっ倒れるまで殴り合った昔のように、大声を上げて笑い合った。

 

一頻り笑い合えば残るのは爽快な静寂。傷に火照った身体には真冬の冷気も心地よい。「……ヤングセンセイは?」「屋根の残ってる場所で寝かせてるよ。呼んだ医者が診てる」「そりゃチョージョー」到着時点で重体で、更にニンジャのイクサに巻き込まれたのだ。出来れば病院に担ぎ込みたいところだ。

 

「お前も要るかい?」「いや、かかりつけの処に行くさ。代わりにタクシー呼んでくれ。代金はお前持ちでな」「ワガママ言うなら自分で払えよな」軽い冗談と気やすいやり取りの中、不意のコトダマがセイジの胸を刺した。「つべこべ言わずに出しな。それでチャラにしてやる」冗談で隠してた心中が溢れかけた。

 

「……最高級のハイヤーにするかい?」「暖房効いてるやつな」「常夏より暑くしてやるよ」視界の外だったのはブッダの慈悲か。上手く誤魔化せただろうか。あまり自信は無かった。「「………………」」BGMを遠い街の喧騒に、先よりも重くしめやかな無音が響く。

 

「……なぁ、カワラマン。今更、ナンデ来たんだよ」酷く淡々としたセイジの呟きが沈黙を破った。シンヤの視界から顔は見えない。「お前はずっと居なかったじゃないか」だが平板で無表情な声音は、逆説的に混沌とした胸の内を明白に示している。

 

「センセイが倒れた時も、危篤の時も。僕が死にかけた時も、独りの時も」棒読みめいて単調な声に震えるような響きが混じる。吐き出す言葉が抑えきれない熱を帯びる。「家族皆が殺された時も、お前は居なかったじゃないか……!」別れた後の話と出会う前の話だ。どちらも物理的に無理がある。

 

無茶苦茶を言ってる自覚はあった。けれど止まらなかった。「居なかったくせに、今更、なんだよ……今更なんだよ!」それが本音だからだ。喀血めいた悪罵を吐き捨てた後は、肺炎めいた息苦しさと痛みが残った。「……………………悪い、熱くなった」それと後悔と自己嫌悪の鉄錆めいた味も。

 

爽やかだった冬の夜風が気づけば身を切り裂くように冷たく感じる。軽やかに空気を包んでいた沈黙も今や深海の重圧を纏っていた。「……ああ、そうだな」望んでない肯定の返答は後味を更に苦くした。反吐の臭いが腹の底から漂うようだ。

 

「悪いって言ってるだろ……!」もうこんな話をしたくない。こんな己を見せたくない。だからもう終わりだ。終わりにしてくれ。「確かに俺は居なかったよ。お前の言うどれの時も居なかった」言外の哀願をシンヤは無視して言葉を続けた。「だから! 悪りぃって! 言っ……

 

 

 

 

「だから、俺はここに来たんだ。だから、今ここに居るんだ」

 

 

 

 

手遅れだとしても、今更だとしても、行く。助けに行く。そう決めたのだ。だからシンヤは走って、戦って、そして成したのだ。「ナンデ……」「ナンダ、まぁ、その、友達、だしな」ぶっきらぼうな台詞と共に見えもしないセイジの顔から視線を逸らす。火照る顔は傷のせいだ。そう言うことにした。

 

途端に笑い声が弾けた。「クククッ、ハハハッ! アッハッハッハッ! バカだ、バカワラマンだ!」腹を抱えて笑いこけているのだろう。床を叩く音まで聞こえる。「それだけで、ヒッヒッヒッ! ここまで来たのかよ! それだけで、ヒヒヒッ、ここまでしたのかよ……今更だってのに、ヒヒッ……」

 

涙のように溢れた笑い声は、いつしか微笑みめいた嗚咽に姿を変えていた。「シンヤ=サン……ヒッ、お前……ズズッ……バカだよ……ズッ……スゴイ・バカだ……ヒヒッ」家族が殺され、センセイが死んで知った。神はいない。ブッダもいない。ヒーローだっていなかった。でも友はいる。ここにいるのだ。

 

「バカハドッチダ、バカラテ王子。お前に言われたかねえや」鼻を鳴らしてシンヤは応える。文句を言われる筋合いはない。「逆だったら絶対来るくせによ」「ああ、そうだな」きっとそうだ。親友(バカヤロウ)がどうするかなんて、お互いよく知っている。

 

「シンヤ=サン。アリガト、な」「おう、次にやるときは事前に連絡寄越せ。ソッコーで足腰立たなくなるまでブン殴ってやる」「そのときは熨斗付きのオリガミメールで果たし状を進呈するよ」二人してもう一度笑い合う。何のてらいもなく、わだかまりもなく。ただ、晴れやかに、笑った。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「じゃあ、オタッシャデー」「ああ、オタッシャデー」トリイと一体化したタクシーの扉が閉まった。親友の顔が見えなくなり、『サンド・タクシー』の鏡文字が顔に影を落とす。後部座席で寝ころんだまま行き先を告げた。「ハイ、ヨロコンデー」横殴りに流れるネオンをガラス窓越しに眺める。

 

道路標識を見る限り、ドージョーからキロ単位で離れた。もう、いいだろう。「ドーモ、お久しぶりです。”イチロー・モリタ”=サン。探偵からタクシー運転手に転職されたので?」運転手がバックミラーの位置を合わせた。後部座席が、そして後部座席から見えるよう調整する。寝たままのシンヤにも見えた。

 

伊達メガネから覗く死んだマグロの目。制帽下の赤黒ニンジャ頭巾、そして『忍殺』二文字が()()()()されたメンポ。本物の死神がそこにいた。「ドーモ、ブラックスミス=サン。”ニンジャスレイヤー”です。探偵業をした覚えはない」「そうですね、スミマセン」頭は下げられないので文字通りに目礼する。

 

「オヌシに聞きたいことがある」「ハイ」モータルとしてアイサツをして、ニンジャとして返された。つまりこうだ。「赤黒の発狂マニアックが暴れ回っていると聞いた。しかもそれはニンジャだとも聞いた。オヌシは何か知っているか?」死神との質疑応答。虚偽を口にすれば死ぬ。気に食わぬ返答でも死ぬ。

 

「……ええ、知ってます。ついさっきまでそいつと殴り合ってました」「今は?」間髪入れずに足りない言葉を突かれる。意図的に言葉を省いた。DKK(ダークカラテカルマ)がD1上昇。死線に一歩近づく。「ぶちのめしましたので、もう出てくることはありません」当然の事実めいて告げる。声が震えないよう声帯を意志力で制した。モータルならそれだけで信じる説得力だ。

 

「それを信じる根拠は?」だから当然ニンジャスレイヤーは説得できない。「ありません」だから敢えて説得をしない。代わりに出せる担保を示す。「なので、そいつがまた出てきたら首を取ってきますんで……」これが俺の人生だと太く笑った。「……ニンジャの首()()でご勘弁願えないですかね?」

 

「……だいたいわかった」返答でない返答で質疑応答は終了した。これで話が終わりか、或いは人生が終わりか。直に判る。最後かもしれない満月は雲間からデス・オムカエ気取りで嗤ってる。ドクロ月に向けて太々しく笑い返す。悔いは死ぬほど有る。だから最期まで抗って、笑って、家に帰ろう。

 

「家族はいいのか」不意の問いかけ。質疑応答は終わってなかったらしい。問いに飛び出す前のあれやこれやを思い出す。「その家族に『迷惑なら背負わせろ』って言われましたので」キヨミと子供達からのエール、住職のオセッキョにコーゾとの会話、そしてナンブのお叱りとノミカイ。酒はもうやめよう。

 

「そうか」ニンジャスレイヤーは視線をバックミラーから戻す。赤白緑の季節広告がネオンに混じっている。12月24日はもう近い。あれはいつのクリスマスイブだったか。少しでも家族の生活を楽にしたくて、家族団らんを諦めて残業に費やした。徹夜明けの帰宅後、その事を当の家族に責められた。

 

家族のために働いているからだと言い訳する自分を、『私たちを言い訳にしないで』と身重の妻が叱り飛ばした。そして『私たちの為に苦労してるというなら、一緒に背負わせてほしい』と続けた。だから次の年からずっと、クリスマスの前夜は家族三人で過ごしてきた。去年まで毎年だった。今年は……。

 

「そこ右に曲がってください」無意識が言葉に従いハンドルを切る。数秒前からの空白が圧縮データパケットめいて脳裏に展開する。「で、どうされます?」断頭台の上にいる筈のシンヤは図太く決断を促した。許容ならそれでよし。処刑なら、指一本動かせない体と焼き切れ掛けたニューロンで戦うまで。

 

ちょうど一直線上にお誂え向きの廃ビルが突っ立っている。名前まで『オフク武人ビル』と示唆的だ。サンド・タクシーはジゴク行きのキャノンボール棺桶と化すか、否か。「……次は左です」アクセルがゆるみ、タクシーは指示の通りにT字路を曲がった。どうやら処刑ではないようだ。長く息を吐く。

 

「オヌシはこれからどうする」「まずは治療して帰宅してお礼して……」まず自分と家族のことを済ませる。それが終わったらすべきことをする。「あと友達と迷惑かけた方にワビ入れですかね」「そうか」「欲しい菓子折りとかあります?」「ない」酷く端的な返答に肩をすくませようとする。できない。

 

「じゃこっちで適当に選びますよ」「好きにしろ」「好きにします」イクサに臨む身だから、日持ちがしてカロリーが高く食べやすい方がいい。高級ハンディ・ヨーカンにしよう。詫び状のオリガミメールは書きたがる奴に書かせて連名でいいか。送り先はナンシー=サンにすればいいだろう。

 

考えているうちに目的地であるロン先生の診療所に着いた。「ドーゾ」「ドーモ」シンヤを米俵めいて担ぎ上げ、ニンジャスレイヤー……フジキドが戸口に立つ。目を離した隙に着替えたらしく、残っているのは死んだマグロの目だけだ。これならカロウシ直前の単なるマケグミタクシー運転手にしか見えない。

 

DING-DONG! 来客を告げるベルが鳴り、軽い足音の後、扉が開いた。「ドーモ、ロン先生……ィッ!?」シンヤの喉が妙な音を立てた。それに頓着せずフジキドはナース姿の女性へと担ぎ上げた身柄を手渡ず。「ドーゾ」「ドーモ、アリガトゴザイマス」「ドーモ。おお、酷い怪我だ! 直ぐに診よう!」

 

軽く診察したロン先生はすぐさま治療室へとって返した。「ではオタッシャデー」「あの、その、チョット!? モリタ=サン!?」アイサツを残してフジキドはタクシーに乗り込んだ。現状を問い正すべく振り返ろうとするが、当然身体は動かない。顔はシンヤを抱き上げたナース姿の女性へと向いたままだ。

 

そうなれば当然、一等近しく、最も親しく、誰より愛しい家族”トモノ・キヨミ”の顔が目に入る。それも涙の滴を一杯に湛えたしかめ面だ。ナンデここに居るのとか、その格好はカワイイけどナンデとか、ナンシー=サンなんてことしてくれたのとか、無数の言葉が口の中でグチャグチャに潰れて混ざる。

 

「ねぇ、シンちゃん」「ハイ」ようやく出てきたのは脊髄反射的な相槌だけだった。「アイサツは?」唐突な事態に再起動中の脳髄が数秒かけて言葉を咀嚼した。ああ、一番大事なことを忘れていた。家族へ向けるに相応しい表情を浮かべる。「うん、ただいま」「おかえりなさい」涙と共に微笑みが零れた。

 

【ファイア・アンド・アイアン・ヘッドオン・コリジョン】おわり。


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