【ファイア・アンド・アイアン・ヘッドオン・コリジョン】#2
「オバッ」メンポの合間から血が滴り落ちた。『忍』『殺』が真っ赤に汚れていく。描かれた文字は吐血に滲んで、視界と共に不明瞭にボヤけている。何もかもが曖昧な中、明確なのは一つだけ。(((これは何かの間違いだ。間違いは正さなければならない)))妄執。
何故押し負けた? それはニンジャスレイヤー性が不十分だからだ。何故立ち上がれない? それはニンジャスレイヤー性が不足していたからだ。何故二人を殺せない? それはニンジャスレイヤー性に不純物があるからだ。(((ならばどうする?)))否定する。ニンジャスレイヤーを汚す全てを否定する。
「ニンジャ……スレイヤーは……間違えない……ニンジャ……スレイヤーは……誤らない……」ガラスに写る自分自身に、繰り返し繰り返しモージョーを唱える。肺腑を潰されて絞り出す声は自分にすら聞こえないほど小さい。「ニンジャスレイヤーに過誤はない……ニンジャスレイヤーに過去はない……」
意識と共に鏡像が滲む。「ニンジャスレイヤーに感情はない……ニンジャスレイヤーに感傷はない」解像度の足りない虚像を妄想が補完する。嗤うように嘲るように歪んだ『ニンジャスレイヤー』が見つめ返す。ビジョンが形を変える。同門生、家族、センセイ、友。"ヒノ・セイジ"……その構成要素。殺す。
「ニンジャスレイヤーに仲間はいない」真っ赤な顔で手作り菓子を差し出した下級生の女子、真っ青になって泣き叫ぶその顔面を左右に叩き切る。憧れだと目を輝かせた新入生、驚愕するその眼球ごと頭蓋を分断する。マンツーマンでカラテの基礎を教わった上級生、逃げ惑うその四肢を圧し折って背骨を砕く。
「ニンジャスレイヤーに家族はいない!」響きわたる絶叫の中、父から脊髄を引き抜く。ろくろ首の死に顔はオバケに相応しく歪んでいる。衣服ごと姉の胸郭を剥ぎとると、恋人にも見せない胸の内が激しく脈打っていた。握り潰して母の両目にスリケンをねじ込む。断末魔が絶えるまで枚数を増していく。
「ニンジャスレイヤーにセンセイはいない!!」諦念、悲嘆、絶望、憤怒、覚悟。あらゆる感情を煮詰めた表情で打たれるカラテパンチ。片手で受け止めて捻り壊す。膝を砕き、喉を潰し、顔面を掴み、炎。炙る。焼く。燃やす。焦がす。生きながら炭屑と果て、炭化死体は灰と散る。何一つ遺しはしない。
『斬殺』殺す度に何か流れ落ちていく。『撲殺』それは涙か、或いは血か。『焼殺』それはヒノ・セイジであるためのものだ。『刺殺』それはニンジャスレイヤーに要らないものだ。『惨殺』不純物だ。『虐殺』不要物だ。『抹殺』一片までも純化せよ。『鏖殺』一滴残らず排出せよ。
真のニンジャスレイヤーであるために! 『忍殺』二文字が歪んだ。聞こえぬ声を上げて虚像が真っ赤な嘲笑を吐いた。吹き上がる紅蓮に己が染まっていく。ニューロンの合間に、魂の亀裂に、死人花の赤が染みていく。「ああ、そうだ。真のニンジャスレイヤーに友は要らない」鏡像を真似て笑う。嗤う。嘲う。
「イャーッ!」皮膚を焦がす幻の熱感と額を内から掻き毟る超感覚が、ブラックスミスのニンジャ第六感をかき鳴らした。「イャーッ!」飛び退いたその鼻先を紅蓮のウィンドミルが掠める。一陣の火炎竜巻となって立ち上がる赤黒の影。否、最早それを黒とは呼べまい。
両腕のブレーサーは質量を得た紅蓮に食い尽くされ、黒鋼のレガースも燃え盛る真紅に塗り潰されている。吐き捨てた血すら赤々と燃え上がり、メンポの二文字すら見つけるのは困難だ。火炎に塗り潰されたシルエットには赤以外の色彩は皆無。僅かな例外は腰に巻かれたブラックベルトしかない。
「おぅおぅ随分と真っ赤になっちゃってまぁ……真似っこ言われてそんなに恥ずかしかったのかい?」返答はない。無言でカラテを構える。罵声も罵倒もない。真のニンジャスレイヤーにそんなものは不要だ。怒りも憎しみも無い。必要なのはただ一つ。殺意のみ。
ブッダに会えばブッダを殺す。家族に会えば家族を殺す。センセイに会えばセンセイを殺す。友に会えば友を殺す。そして当然ニンジャは殺す。『万忍万象一切衆殺』……それこそが純粋なる、真の、ニンジャスレイヤーなのだ! 「イャーッ!」殺す、皆殺すべし!
引き絞られた構えから放たれるは、恐るべき速さの火炎チョップ! 射線上にバイオスズメがいたならば、ケバブにされたと気づくより早くヤキトリに成り果てたに違いない! 「イヤーッ!」だが射線に居るのは串焼きを待つ家禽ではなく、素手で人間を串刺しにする猛禽めいたニンジャなのだ!
サークルガードとパリングの合わせ技で滑らかに弾き飛ばす。そしてブラックスミスはそのまま反撃の……「!?」両腕に熱感が絡みつき、背筋に冷感が走った。反射的バックフリップで距離を取る。天地がひっくり返る一瞬、腕に絡む紅蓮が両目に焼き付いた。
確かにカラテで弾いた筈だ。だが片腕の引火は事実だ。何故? 答えは即座にやってきた。「イヤーッ!」朱墨の円弧が虚空に描かれる。「イヤーッ!」熔断より早く無事な拳で殴り飛ばした。その一瞬をニンジャ動体視力は捉えていた。瞬きより短い接触のその刹那、鎌首をもたげ自ら食らいつく紅蓮の姿を!
「ヌゥーッ!」肉を食み骨を炙る火炎にジリジリと苛まれる。見つめる両目が歪んで嗤う、これが真のニンジャスレイヤーの力だと。「……ならこれが、オールドセンセイのカラテだ!」BLAM! 着弾めいた音と共に両腕のカトンが弾け散じた。ザンシンを見てようやくカラテパンチを放ったと判る速度!
「ヌゥ……!」『忍殺』メンポの上が不快感で更に歪む。ブラックスミスは痛みを無視して太々しい笑みを浮かべた。「来いよ、
「イヤーッ!」サークルガードで受ける! 当然両腕に着火する! 堪えるか? 弾くか? 前者ならばスリップダメージに責め苦しみ、後者ならば致命的なワンテンポの遅れが生じる。どちらにせよイクサの主導権を奪われて『負けを待っての犬死』に違いはない。コピーキャットの両目がせせら笑った。が、しかし!
「イヤーッ!」「グワーッ!?」『忍殺』メンポの下が驚愕に転じる! カラテパンチが顔面にめり込んだ! 更に衝撃で引火したカトンが四散する! そう、カラテパンチは本来こうやって振るうもの! カトン除去に一手が必用ならば、それをそのまま攻撃に用いればいいだけの話なのだ!
しかしコピーキャットもさるもの! はね飛ばされながらも回転ウケミでダメージは僅少! 更に只では起きぬ! 回転力をそのままブレイキンめいた高速回転ケリ・キックに転換する! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」コピーキャットは火炎旋風となって迫るブラックスミスを迎撃にかかる!
ブラックスミスは一切の躊躇無く渦巻く紅蓮に踏み込む! 途端に絶え間なく襲い来る赤! 朱! 紅! 緋! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「ヌゥーッ!」黒錆色が真っ赤に塗りつぶされる! その全てを敢えてのガードだ! だが何の為に!? 「イヤーッ!」「ヌゥーッ!?」この為に! そう、カラテパンチだ!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「ヌゥーッ!」振るわれる紅蓮に真っ正面からカラテパンチ! 正拳! 直突き! 全身に食らいつく紅蓮と共に、コピーキャットの四肢から吹き上がる炎が吹き飛ぶ! 「グワーッ!」更に回転を急停止させられたコピーキャットはハイウェイ事故車めいて予測不能に跳ね飛ぶ!
「イヤーッ!」だが予測不能はモータルの話! カラテ反作用を逆利用して更なる急速回転! 紅蓮追加! 火の玉となって上空より襲いかかる! 「イヤーッ!」対するブラックスミスの足裏から床に放射状の亀裂が走った! この踏み込みがデントカラテ流のカラテパンチの初動である! 全身のカラテが拳に収束する!
紅蓮と黒錆! 赤と黒! 赤黒の! 正面衝突だっ!! 「「イィィィヤァァァ──ーッッッ!!」」KARA-TOOM!! 炎を帯びたカラテ衝撃波が窓を、扉を、全ての開口部をこじ開けてあふれ出る! 「グワーッ!」ヤングセンセイもガラスシャワーと共に窓から排出された!
「ウゥッ!」苦痛と重傷で薄れる意識を無理矢理かき集めて、弟子二人を探す。視線の先の神聖なるデントカラテ・ドージョーは最早過去形でしか語れない。大惨事である! そして故デントカラテ・ドージョーの奥に探す赤と黒はいる。密着状態でいる!
「「イヤーッ!」」極めて顔が近い! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」そのままゼロ距離の超至近カラテの応酬が始まる! だが、しかしあれほどの破壊の中で何故この距離に在れるのか!?
天文物理学者ならばここに超新星爆発との相似形を見いだすだろう。超高密度カラテの衝突により周辺は衝撃波で崩壊。しかし中心部は逆方向性カラテの爆縮により超高カラテ圧環境でありながら疑似的な無風状態と化したのだ! なんたる余人の常識的想像を超えるニンジャのイクサに伴う超自然的現象か!
視線の先で超常のイクサは加速する! 「イヤーッ!」赤銅が振るわれる! 「イヤーッ!」紅蓮が蹴り上げる! 「イヤーッ!」赤錆が跳ね飛ぶ! 「イヤーッ!」忍殺が跳ね上がる! 「イヤーッ!」黒錆が受け止める! 「イヤーッ!」赤黒が受け流す! 「イヤーッ!」無数の二色がめまぐるしく回る!
「イヤーッ!」直線のみで描かれた真っ赤なショートアッパー! 「ヌゥーッ!」超反応首捻りで回避! 赤錆メンポが削れて燃える! 「イヤーッ!」更に振り上げた腕から振り下ろしの裏拳! 「イヤーッ!」それより早いカラテフック! 肋骨をへし折りにかかる! 「イヤーッ!」肘を下ろして即応防御!
「イヤーッ!」更にガードの腕が紅蓮を吹き出す! 裏拳にも火炎エンチャント済みだ! 「ヌゥーッ!」受け止める腕に火が付く! 殴る腕に火が着く! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「ヌゥーッ!」子細なし! 焼け付く赤銅で殴る! 殴る! 殴る! カラテ衝撃と火炎が散る!
「イヤーッ!」「グワーッ!」負けじと反撃の紅蓮が膨れ上がる! 包まれた黒錆色が赤々と燃ゆる! だが苦痛の声と共に拳が上がる! 強弓めいて引き絞られるは返礼のカラテパンチだ! 「イヤーッ!」「グワーッ!」忍殺の二文字が吹き飛び間合いが離れる! 破れた天井から差し込む月光で互いが露わとなった。
「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ」ブラックスミスは酷いザマだ。業火に曝された黒錆色の装束全てが焼け落ちている。その名に反して全身は赤く焼けただれ、黒は腰回りのボロ切れしか残っていない。両拳の赤銅色、口元の赤錆色と相まって炎より赤く染まっている。
「ゼェーッ、ゼェーッ、ゼェーッ」他方、コピーキャットも凄まじい。弾け飛んだ装束の下は内出血で片端から青黒く変色していた。肌の露出は増えたが肌色の面積はむしろ減っている。炎が吹き散らされたブレーサー、メンポと合わさり、その姿は足元の影より黒い。赤は顔中の穴から吹き出す血だけか。
双方、惨憺の有様である。だが、どちらも止まる気などない。「ハァーッ! ハァーッ! ハァーッ!」「ゼェーッ! ゼェーッ! ゼェーッ!」無理矢理に息を整え、霞む意識に喝を入れる。残る体力を絞り出し、鏡写しのカラテを構える。そして……踏み込む! 「「イヤーッ!」」二重ネガポジ反転の影が重なった!
「イヤーッ!」カトンで包まれた掌が襲い来る! それは命を摘み取り燃やし尽くす
SIZZLE! 即座に赤銅色が紅蓮に塗りつぶされる! DING! その上から黒錆色の鎖が絡みつく! CRACKLE! 隙間から炎が吹き上がる! TIGHT! ロクシャクベルトがカトンごと締め上げる! 「ヌゥーッ!」これで完全固定! 逃れられぬ! ならば逆の手だ!
「イヤーッ!」火炎で包まれた鉤手が襲いかかる! それは命を抉り取り焼き尽くす
DONG! 暗闇めいた鉄鎖が絡みつく! BANG! カトンの爆発がはじき飛ばす! CLING! 布束が無理矢理押さえ込む! SIZZLE! 押し込められた火炎が焼き焦がす! 「ヌゥーッ!」だが完全固定! 逃さぬ! 故にセイケンツキだ!
ヨコヅナのトリクミめいてがっぷり手四つに組み合う二人! 「イヤーッ!」「グワーッ!」装束が内から爆ぜる! 「イヤーッ!」「グワーッ!」カトンが肉に食らいつく! 「イヤーッ!」「グワーッ!」赤く染まった黒錆が打ち込む! 「イヤーッ!」「グワーッ!」黒に潰れた紅蓮が焼き上げる!
「イヤーッ! グワーッ! イヤーッ! グワーッ!」「グワーッ! イヤーッ! グワーッ! イヤーッ!」互いに後退一切無し! お互い損耗一切無視! 赤と黒のジゴクが貪り合う、塹壕戦線めいた血みどろのゴジュッポ・ヒャッポだ!
「イヤーッ! グワーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ! イヤーッ! グワーッ! グワーッ!」だが西部戦線異常あり! 徐々にイクサの天秤が傾き出す! 押しているのは……ブラックスミスだ! 強制固定された両腕にエナジーの逃げ場はない! セイケンツキの衝撃がカトンを吹き散らし、骨にヒビを入れる!
「イヤーッ!」「グワーッ!」激痛が尺骨に走る亀裂を知らせる。疲労骨折は間近だ。砕かれた腕ではカラテ衝撃力を受け止められない。柔らかな臓器は一瞬で挽肉に変わるだろう。死神のシックルがコピーキャットの首筋に触れる。否、死神は己である! 骨が折れると言うならば折ってしまえばいい話!
「ヌゥーッ!」コピーキャットは曲がらぬ方向に腕を曲げた! 当然骨は折れ、皮膚を突き破る! その一瞬、たった一瞬! カラテ衝撃波の逃げ場が産まれる! だがブラックスミスにタタラを踏むブザマはなし。「ヌゥッ!」腰を深く落とし反作用を受け止める! しかし、その瞬間だけはセイケンツキを放てない!
それを見逃すコピーキャットでは無い! 「イヤーッ!」「グワーッ!」故に蹴る! 「イヤーッ!」「グワーッ!」蹴り上げる! 「イヤーッ!」「グワーッ!」蹴り燃やす! 「イヤーッ!」更にコピーキャットのダメ押しだ! 蹴り上げた脚がカマめいて首に掛かる! これがデス・オムカエの大鎌なのか?
違う。コレを例えるならば断頭台の首木、或いは金床、若しくはタイガーの上顎が相応しい。ならば処刑斧は、鉄槌は、下顎は、もう片脚の……「イィィィヤァァァ──ーッッッ!!」「アバーッ!」膝である! なんたるキングタイガーの一噛みに準えるべき歴史に秘されたる古代暗黒カラテ奥義の威力か!!
CRACK! ブラックスミスの顎が構造上不可能角度まで跳ね上がり、頸椎がひび割れた悲鳴を上げる! おお、ナムアミダブツ! ブラックスミスはこれで終わりか!? 死ぬか!? 死ぬのか!? 「イィィィ……」その目を見よ! 致命打を食らおうとも宿す光は未だ死なず! 薄れゆく全身の感覚を無理矢理に束ねる!
「……ヤァァァ──ーッッッ!!」「アバーッ!?」ドッォォォン! 粉砕した腕を巻き込み、最終最後の直上セイケンツキがコピーキャットの片肺で炸裂する! 全ての肺胞が膨れて爆ぜる! 同時に砕いた腕で肺腑を圧迫! 逃げ場無きエナジーは呼吸器のミンチを噴き上げた! 廃ドージョーに血の雨が降る!
───
……ザァと飛沫いた真っ赤な雨に、両手を縛っていた黒錆色は塵となって流れ落ちる。高らかに燃え盛っていた紅蓮も幻めいて消え失せた。カラテと火炎の残熱が微かに湯気を立てるのみ。一つになった二つの影はピクリとも動かない。
不意に一固まりの輪郭が揺らいだ。上下それぞれが前後に倒れる。バタリと繰り糸を失ったジョルリ人形めいて力なく崩れ落ちた。繰り手を失ったジョルリ人形めいてどちらも動かない。
それからどれだけの時間が経ったのか。時を知るのはセンコ時計めいて燃えつきゆく木片のみ。その一欠片の火が消える瞬間、片方が僅かに動いた。月光は重金属酸性雲に遮られ、闇に塗り潰された輪郭はようと知れない。判るのは『動いている』だけ。しかも枕詞に『酷く愚鈍に』が要り用だ。
それでも影は酷く不様に立ち上がろうとし……崩れ落ちた。しかし不格好に体を持ち上げ……倒れ込んだ。けれど不器用に起き上がって……転げかけ、踏み止まった。肺を潰されようとと、首を砕かれようと、最後に立っていた者の勝ち。古くからの言い伝えに在る通り、彼こそが勝利者だ。
問題は『どちら』なのかだ。雲間から差し込む月光が死闘のチャンピオンにスポットライトを当てる。ドクロ月に照らされる影は……赤黒! ALAS! 軍配はコピーキャットに上がった!
「真、の……ニンジャ、スレイヤーに……アバッ……敗北、は……ない……オボボッ!」ビチャビチャと汚らしい音と共にコピーキャットは血と挽き肉を床にまき散らす。優勝者というには余りにブザマ。しかし、いかにブザマだろうと立っているのは彼だ。ブラックスミスは倒れ伏したまま身じろぎ一つできない。
そして勝利者はチャンピオンベルトを巻いて、優勝カップを抱くものだ。腰には既にカラテ強者を示すブラックベルトが巻かれている。ならば後はサカヅキだ。殺戮者に贈られる優勝杯は、ニンジャのドクロ杯が相応しい。不確かながらも表彰台への足取りで断頭台へと歩を進める。無論、彼が首を落とす側だ。
「真、の……ニンジャ、スレイヤーに……オボッ……感傷は……ない……要ら、ない……!」モージョーと等しい構文を謳い、呪文と変わらない真言を唱える。「真の……ニンジャスレイヤーに……ゲボッ……友達も……要らない……!」それこそが自身と請い願うように、それこそが自分と言い聞かせるように。
「真の……ニンジャスレイヤーには……何も要らない!」今度こそ首と縁と絆を叩き切らんと紅蓮を帯びた処刑剣が掲げられる。これを振り下ろせば全て終わる。惰弱で情弱なヒノ・セイジの全てが終わり、真のニンジャスレイヤーが始まるのだ。「真の、ニンジャスレイヤーには、ヒノ・セイジも要らない!」
空白。
一瞬、全ての音が消え去った。通り抜けたのはブッタエンゼルと一陣の風。狂熱が真冬の凍り付いた風に攫われる。今、自分は何を言った? 冷めたニューロンが違和感を問う。両腕に絡みつく炎が肌を焼く。何もおかしくない。熱感。いや、何かおかしい。何がおかしい? 熱感。熱い……熱い?
(((自分のカトンが?)))振り上げた腕の紅蓮に目を向ける。「え」赤が鎌首をもたげた。「アバーッ!?」飢えた茜色が飼い主の喉笛へと食らいつく! 腕から足から緋が吹き上がる! 「アババーッ!」絡みつく丹色を払う指の先までも、紅一色に塗り潰される! 視界が! 四肢が! 顔面が! 全身が! 朱に染まる!
……名前とは自分を明示し、自己を規定し、自身を記述するものである。だから名付け親は皆、願いを込めてコトダマを定める。ある父親は人の支えとなり実り豊かであれと『トチノキ』と我が子に名付けた。ある子は日の当たる場所で力強く生きてほしいと『フジオ』という名前で呼ばれた。
そして『セイジ』には、正しく己自身を治める者を志してくれと祈りが込められていた。「アーッ! アーッ! ARRRGH──ーッ!」だがもう無くなった。その名は捨て去られ、紅蓮の中に消えた。最早ここには『誰か』はいない。誰でも無い
自我無きノッペラボーの顔に残るのは己にかけたノロイの二文字。「ARRRGH……」炎で書かれた『忍殺』が嗤うように歪む。「ブッダよ、貴方はまだ……」全てを目の当たりにしたヤングセンセイは力なく崩れ落ちた。重篤な体を引きずり気力だけで這いずってきた。絶望がその気力を根こそぎ奪い去った。
今、目を閉じれば二度と開くことはないだろう。もうそれでいい。デス・オムカエが柔らかなフートンをその背にかける。ブッダも目を覚まさぬ程に永劫の眠りは安らかだ。だが……それを拒む者もいる。ヤングセンセイの光を失う目に映ったのは、轟々と燃えさかる妄火すら刺し貫かんばかりの視線。
頸椎をへし折られ、もはや指一つ動かせない。なのに、その目は焼き鈍まされるカタナめいて、湯気立つほどの熱を帯びていた。
【ファイア・アンド・アイアン・ヘッドオン・コリジョン】#2おわり。#3へ続く。