鉄火の銘   作:属物

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第八話【ファイア・アンド・アイアン・ヘッドオン・コリジョン】#1

【ファイア・アンド・アイアン・ヘッドオン・コリジョン】#1

 

CRAAASH! 質量弾頭と化したガントレットとブレーザーが正面衝突し、イクサ開始のゴングが鳴り響く! カラテ衝撃波が一瞬の球を形作り、双方が同磁極めいて弾かれた。赤と黒のネガポジ反転が、完全同期動作で回転ジャンプ。3回転半捻りで音もなく着地する。当然、どちらも無傷である。

 

モータルなら必殺の交錯もニンジャにはジャレ合いの手合わせだ。これより本番と示すように、二人は円を描いてジリジリと間合いを測る。「ヒーロー気取って弱い物いじめに耽ってた割にゃぁ、腕を落としてないみたいだな。品格は随分と落としたようが」「自ら火に飛び込む愚か者がよくよくほざく」

 

物理カラテがぶつかり合った直線の『動』に対し、今度は円弧の『静』で精神のカラテをぶつけ合う。「ニンジャスレイヤーのカラテを目の当たりにした貴様は、吐いた唾の全てを後悔しながら呑み下すだろう」「なら俺はセンセイ直伝のデントカラテで目にもの見せてやるよ」

 

「増上慢の代価は高いぞ? 悲鳴と命乞いと断末魔で喉が枯れるまで支払わせてやる」「成る程、なら袋一杯にのど飴を用意してやる。シーツと一緒に泣きながらしゃぶってろ」スリケン代わりの言葉を投げ合い、互いのカラテ制空権が少しずつ重なる。どちらも得物は徒手空拳。必殺の射程はほぼ同じだ。

 

そして、距離が……来た! 「イヤーッ!」先手は赤黒のチョップ突き! 当然、被害者を生けモツ焼きにする紅蓮付きだ! 「イヤーッ!」赤銅色が側面からパリングで払い除ける! さらに拳が鋭角に跳ねた! 顔面を狙う裏拳打ちだ! 「「イヤーッ!」」しかし、タイドー・バックフリップの顎を捉えられない! 

 

弧を描いた赤黒は蛮族の血で染められたるローマンアーチ建築の如し! そしてコピーキャットのレガートが可動鉄橋めいて跳ね上がる! 「イヤーッ!」これはジュー・ジツ奥義『サマーソルトキック』である! マケドズ・デッドリーアーチがサンズリバーの架け橋となるか!? 「イヤーッ!」否! 負けじとブラックスミスもブリッジの体勢だ! 双方被弾無し! 

 

二人はツカハラめいたタイドーアクションで即応体勢を整える。サマーソルトキックの反作用分、対応速度に差がついた。一歩早く地を踏みしめたブラックスミスの足元に放射亀裂が走る! 「イヤーッ!」デントカラテの基本にして奥義、カラテパンチだ! 「イヤーッ!」それを受けるもデントカラテ守りの基本、サークルガード! 必殺の弾道が逸れる! 

 

加えてコピーキャットの両手から紅蓮が鎌首をもたげる! この超自然の火炎は、自主的に人体に絡みついて焼き焦がす! が、しかし! 「イヤーッ!」引き手が極めてハヤイ! 接触は一瞬! 引火に足りず! ここまでお互いに無傷である。状況はゴジュッポ・ヒャッポだ。同門故にガッチリと噛み合ったカラテの交錯は、いっそ流麗ですらあった。

 

「フフフ! それほどニンジャスレイヤーの火炎がコワイか!」再び互いの距離が離れ、舌鋒鋭くコトダマの刺し合いが始まる。「ニンジャスレイヤーの炎なら泣くほどコワイね、コピーキャット=サン!」「その名でまた呼ぶかぁーっ! イヤーッ!」赤黒頭巾の下でこめかみに青筋が浮かび上がる。この度の舌戦はブラックスミスに軍配が上がった。

 

怒りのままに最短距離のカラテストレートを放つ! だがそこに赤錆のメンポは無い! 「イヤーッ!」「グワーッ!?」ダッキングから伸び上がるアッパー! 赤黒の影は回避し損ね初被弾! バックフリップでかわすには前のめりに過ぎたのだ。コトダマの投げ合いもまたイクサの一局面。心乱されたコピーキャットは手痛い一撃を貰う事となった。

 

そして当然、ブラックスミスにこれで終わりにするつもりなど無い! 「イヤーッ!」無防備な胴体へと、こちらも最短距離のカラテストレートを発射! 「グワーッ!」即被弾! ワイヤーアクションめいて水平に吹き飛ぶ! 空中で体勢を整え、平行線のタタミ痕と共に減速する。「イヤーッ!」そこに飛び掛かる黒錆色! 振り下ろされる赤銅色の鉄槌が迫る! 

 

「イヤーッ!」赤黒の両手が跳ね上がり、視界にタタミの青黄色が次々に加わる! ニンジャ伝統のアーツ、タタミ返しである! BAM! 「チィッ!」砕けるタタミ繊維片に視界を塞がれたブラックスミスはブレーキ痕を残してザンシンする。目前には立ち上がったタタミの壁。何処から来る? 

 

「イヤーッ!」正面だ! 視覚外からタタミを貫き緋色が襲い掛かる! 「グワーッ!」見えざるアンブッシュを防御し損ね、こちらも初被弾! 肩に焼け焦げた裂傷が走る! ブラックスミスは苦痛を堪えてデントカラテを構える。次は何処から来る? 右か、左か、それとも上か? 「イヤーッ!」更に正面だ! 視覚外からタタミを引き裂き紅色が襲い掛かる! 

 

「イヤーッ!」見えざるアンブッシュを殴り付けて防御! 火炎に引き裂かれたタタミが燃え尽きる。だが既にそこに赤黒の影は無し。追加でタタミが次々と立ち上がる。「ヌゥーッ……!」ブラックスミスの視界全ては乱立する長方形で覆われた。これでは赤黒の影を目で捉えられない。苦し紛れか? 

 

否! 殺戮者の十八番、眼球摘出サミングを思い出せ! 人間の情報入力は9割が視覚と神話に謳われる。ニンジャもそれは変わらない。事実、自分は意識外からの一撃で痛手を負ったではないか! すなわちこれは一流のスモトリめいた極めて巧妙なる最適ドヒョー判断に他ならない! 

 

つまりこれより闇夜にカラスを探すが如きイクサを強いられる事となる! だがそれは相手も同じこと! ニンジャ聴・嗅・触・第六感、そしてイマジナリカラテを最大に発揮せよ! 死神気取りの足音を聞け! 破滅の匂いを嗅ぎとれ! 殺意を肌で知覚せよ! 未来を読み切り、先手を奪え! つまり……カラテなのだ! 

 

戦意も新たにブラックスミスは竹林のタイガーめいて足を忍ばせる。黒錆色のシルエットは赤錆色の顎門で獲物を狙う墨絵の猛獣を思わせる。その数m先で赤黒の影は深海のオルカめいて殺意を潜めて影に隠れる。闇に塗り潰されて尚血臭漂うその色彩は、人喰いザメを戯れに貪る冥海の魔物そのものだ。

 

ソナーマンめいて耳をそば立て、犬めいて鼻を効かす。粟立つ皮膚で呼吸を感じ取り、脳内でワイヤフレームの地図を描く。相手は何処だ? 何をしている? 何時動く? ジリジリと時が焦げ付く幻聴が聞こえる。アドレナリンの幻臭が嗅覚を突き刺す。死角に見えざる幻影が立ち上がる。薄皮を幻覚が撫でさする。

 

きしり。『忍殺』メンポの下で歯が鳴った。心音が酷くうるさい。潜めた息が鼓膜に響く。平衡を保とうとするほど、ヘイキンテキが乱れるのを感じる。「……は乱さない……ニンジャスレイヤーは乱れない……」カルティストのマントラめいてモージョーを唱える。

 

「俺はニンジャスレイヤーだ……俺がニンジャスレイヤーだ……」自分が誰であるかを定義する。誰であるべきかを定義する。それは無限再生の電子ネンブツか、超辛口のメガデモか。何時しか意味は喪失し、繰り返しの呪文がコピーキャットを満たしていく。

 

意味も字面も知らぬ門前の小ボンズが唄う経文めいて、単調なリズムとメロディが精神をトランスへと導く。全てを曖昧の中に解かしゆく中、残るものは一つ。「……ニンジャは殺す! 誰でも殺す! 友でも殺す!」殺意! コピーキャットの両眼が爛々と燃え上がる! 

 

「イヤーッ!」真っ黒な影から真っ赤な目の敵意が襲い掛かる! カトン抜きのチョップ突きだ! ブラックスミスは即応! 「イヤーッ!」パリングでチョップを打ち払いカラテパンチを返礼する! 「イヤーッ!」ガードしながらバックフリップ! 打撃ならず! 「イヤーッ!」ツカハラ回転で赤黒の影は闇に消えた。

 

何故カトンを使わない? 違和感がブラックスミスの足を止めた。(((惑うならば動かぬことです。迷うならば動くべきです)))センセイの言葉が脳裏によぎる。今の自分は戸惑っている。ならば動くべきではない。「スゥー……ハァー……」ゆるりと吸い、長々と吐く。次は上か、下か、右か、左か。

 

下だ! 「イヤーッ!」真っ黒な影から真っ赤な目の殺意が襲い掛かる! カトン付きのチョップ突きだ! ブラックスミスは即応! 「イヤーッ!」ガードでチョップを受け止めカラテパンチを返礼する! 「イヤーッ!」高速スピニング回避! 打撃ならず! 「イヤーッ!」焦げ跡を残して赤黒い旋風は影に消えた。

 

何故カトンを使った? 疑問と共に絡みつく紅蓮がブラックスミスの足を止めた。(((己を整えなさい。乱れていては何も為せません)))センセイの言葉が脳裏によぎる。今の自分は心乱れている。ならば整えるべきだ。「イヤーッ!」カラテパンチでカトンを払い、迷いを払う。次は上か、下か、右か、左か。

 

上だ! 「イヤーッ!」真っ黒な影から真っ赤な影が飛び上がる! カトン付きの……タタミだ! 「!?」ブラックスミスは即応しかねる! 「トッタリ!」その背後から赤黒の影が迫る! 後ろだ! そう、敢えてのカトン無しチョップは次のカトン印象を強める為! 敢えてのテンドン行動は同じ動きに慣れさせる為! 

 

全てが……ブラフだったのだ! 「イィィィヤァァァ──ーッッッ!!」胸中に湧き上がる全てを切り捨てながら手刀を振るう。記憶に焼き付く断頭チョップが弧を描く。それは逆光に滲むあの影と同じく、ニンジャを、感傷を、友を殺す……筈だった! 「ナニィーッ!?」赤銅色のガントレットがそれを止めた! 

 

「ヌゥッ!」みしりと骨が悲鳴を上げる! だが動かぬ! 必殺のチョップを受け止め切る! 黒黒と燃ゆる憤怒の視線が、赤赤と焼ける殺意の目に突き刺さる! (((何故防げる!?)))悲鳴めいた問いが飛び出す。その返答はカラテパンチだ! 「イヤーッ!」

 

「イ、イヤーッ!」黒鋼のブレーザーを差し込み咄嗟に防いだ。防いだ……筈だった! 「グワーッ!?」黒鋼の手甲が顔面にめり込む! 衝撃が防御を通り抜けて脳を揺さぶる! (((何故防げぬ!?)))絶叫めいた疑問が飛び出す。その返答もカラテパンチだ! 「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

頬にめり込む拳の衝撃で顔面が跳ね飛ぶ! 三半規管はスマートボールの有様だ! 煮込みモチめいて粘る視界の中、容赦なき追撃が襲い掛かる! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ!」上へ! 下へ! 右へ! 左へ! 今や赤黒の頭蓋はスピードバッグと等しい! 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」(((何故!?)))「イヤーッ!」「グワーッ!」(((どうして!?)))「イヤーッ!」「グワーッ!」(((ナンデ!?)))それは神事の鈴か、頭蓋が跳ねる度に問いが鳴ってはコダマする。だがコピーキャットのここ数日を知る者ならナンセンスと返すだろう。

 

……思い返せばバードショット筆頭に身を省みぬ自滅的イクサの繰り返し。休息も治療も不十分に自傷的トレーニングを己に強いる。果ての疲労失神の挙句、ソウル合一で暴走は加速。脳内麻薬に煽られ準備皆無で突貫したのだ。タナカメイジンでもショーギ盤をひっくり返して不貞寝するレベルと言えよう。

 

一方のシンヤは先日のノミカイこそ不健康であったものの、腹八分目に飯を食い、十二分に休息を取り、三十分は風呂に入った。そして己を見つめ、家族と語らい、迷いを払い、覚悟を決めて、エゴを定めて、このイクサに臨んだ。『ゴングの前に勝つ』大陸四千年の戦争家ソン・チーもそう言っている。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」つまりこの劣勢は当然の結果に過ぎない。「イヤーッ!」「グワーッ!」しかし赤黒はそれを理解しない。「イヤーッ!」「グワーッ!」何故なら自分に目を背け、自身を省みる事なく、自己を否定し続けた。「イヤーッ!」「グワーッ!」その成れの果てが、今の姿なのだ。

 

だから現実を拒絶する。敗北を拒絶する。感傷を拒絶する。「イィィィヤァァァ──ーッッッ!!」「アバーッ!」キリ揉み回転で赤黒の影は宙を舞った。次々にタタミを跳ね上げながら『ニンジャスレイヤー』は水切り石めいて跳ぶ。対岸ならぬ向壁に衝突して漸く停止だ。力なくずり落ちる。

 

だから妄想に執着する。殺戮に執着する。否定に執着する。「ハァー……」息をもつかせぬ連打を叩き込み、ブラックスミスは長い息を吐いた。ザンシンを崩さぬまま呼吸を整える。視線の先の赤黒は糸の切れたパペットめいて動かない。「アバッ」いや、動けない。

 

ブラックスミスの息が整えば更なる追撃に入るだろう。どう見ても数呼吸で回復出来るダメージではない。勝敗は決した。第三者視点にはそう見えた。二人称でもそう思うだろう。(((ニンジャスレイヤーは勝てなければならない。それが正しい。これは間違いだ)))主観のみが拒否した。

 

【ファイア・アンド・アイアン・ヘッドオン・コリジョン】#1おわり。#2に続く。


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