鉄火の銘   作:属物

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第七話【ザ・ブラック、ストップ・ヒズ・ランナウェイ】#3

【ザ・ブラック、ストップ・ヒズ・ランナウェイ】#3

 

シンヤが習い覚えたデントカラテはネオサイタマのカラテにしては珍しく、チョップよりもカラテパンチを主体にしている。それ故にカラテパンチの鍛錬に人一倍の時間をかける。一突き10分を5時間連続、鉄骨巻藁千本突き、コンクリ入りドラム缶破壊、吊るし鉄板割りetc.etc.

 

オールドセンセイ直接指導のトレーニングはどれもこれも頭脳指数が下がりそうな程厳しい。更にこれに加えて防御訓練も追加される。槍突きサークルガード、バットスイング挟み受け、振り子丸太パリング払い、百連続正拳耐久。シンヤはその全てを乗り越えて来た。だからこそ正当後継者と認められたのだ。

 

「ヤメテ……ヤメテ……」だがこれは初めてだった。デントカラテを鍛え始めてから、初めて乗り越えられない苦痛かもしれない。「だから言ったのに……スピタリスは、ボトルで、飲むもんじゃないって……」脳内で小さなオールドセンセイ百人がニューロン目掛けてカラテパンチを繰り返している。

 

ついでにグロス単位のマイクロセイジが内臓にカワラ割りパンチを打ち込んでいる。「俺……アルコール初めてだって、言ったのに……ナンブ=サン、ニンジャだからって……無茶だって、言ったのに……おお、ブッダ……ナンデ……」つまるところ、シンヤは二日酔いであった。

 

シンヤへのペナルティを兼ねた昨日のノミカイで、ナンブは大いにハメを外し、酒初体験のシンヤにさせてはいけない飲ませ方をダースで実行させた。サケ・ボム、ショットガン、イッキ、飲み比べ、ワンコ・サケなどなど。ニンジャ耐久力があるとしても酒には酔う。古事記にも書かれている。

 

幸いと言うべきか、不運にもと言うべきか、シンヤは酩酊しても正気を保つ性質だった。お陰でブザマを晒さずに済んだが、お陰でへべれけに酔いしれたナンブとその配下の面倒を背負うハメになった。

 

そして本日、二重に痛い頭で出社したシンヤは謹慎処分をタジモ社長から受けて、昼下がりまで会社近所の公園でブッダを呪っている訳である。こんなアホくさい理由で呪詛をかけられて、さぞかしブッダも呆れてることだろう。

 

なお、サケを止められていた筈のナンブはナンブでタジモ社長とロン先生からダブル叱責を受けて、二日酔いと併せて三重に頭を抱えている。結局、飲み代は経費で落ちなかったそうだ。その話を聞いてもシンヤは笑うに笑えなかった。笑う気にもなれない。というか笑うと頭が痛い。

 

「いやーっ!」「グワーッ!?」その痛む頭に更なる頭痛が追加された。声変わり前の甲高いシャウトが脳髄に突き刺さる。別にシンヤを狙って敵対企業の少年アッサシンがカラテ暗殺を仕掛けた訳ではない。音源の小学生男子が同年代と思わしき少年とチャンバラゲームの真っ最中なだけだ。

 

「ぐわーっ!」「グワーッ!」ボーイソプラノは濁音ですら鼓膜に突き立つように響く。アセトアルデヒドに痛めつけられたニューロンには耐えがたい周波数と音量だ。「「……?」」撃剣遊びに興じる小さな二人は、大声のたびに苦しむ妙な青年を不可思議そうに見やる。

 

頭を抱えてない方の手を振って気にすんなとジェスチャーを返した。「いやーっ!」「いやーっ!」素直な子供たちは指示の通り、何も気にせず声を張り上げてアクションを再開する。「ヌゥーッ……!」当然、苦痛も再開だ。歯を食いしばり、頭蓋内側からの殴打めいた痛みに耐える。

 

「フゥーッ、フゥーッ……おお……ああ……」しばらく世界に憎しみを振りまいていると、ニンジャ代謝力がアセトアルデヒドを皆殺し終えたのか、幾らか気分がマシになってきた。そうなれば周りも見えるし、聞こえてくる。

 

「カブト・ザ・ジャッジは悪をゆるさないぜ!」「このエージェント・クワガタがそのていどで負けるものか!」ちびっ子達が演じている内容も目に入る。どうやらヒーローのRPGを楽しんでいるらしい。聞き覚えの名前だ。確か、イーヒコやウキチが鑑賞してた。そして、アイツ……“ヒノ・セイジ”も。

 

『子供っぽい?お前は何を言ってるんだカワラマン。お前は何も判ってない。今、カブト・ザ・ジャッジは四期目だが、明確に子供だけ向けは三期のみなんだ。いや一期も十話までなら確かに子供向けと言えるだろうね。けど一期十一話「涙のセイバイ」が分水嶺になるんだよ。この話はな、カブトのメインテーマである「裁けぬ悪を裁く」に疑問を問いかけたブッダ回なんだよ。この回で成敗依頼された悪党は孤児院の経営者をやってるんだ。他の悪党と違って偽装じゃなくて、本気で子供たちを愛してるし、自分の悪行を恥じている。しかしその悪行は裁かれていない。だから依頼者はカブトに頼ったんだ。「優しいセンセイ」を庇おうとする子供たち、「家族の仇」を憎み続ける依頼者、そして自分の行いに怯えて子供たちに救いを見出した「裁かれぬ悪党」。当然答えは出ることなくカブトは苦悩する。最終的に悪党自ら首を差し出して成敗を受けるんだが、子供たちの泣き声と憎悪の目に曝されて、カブトは自分の役割に問いを投げかけるんだ。単に一話だけみても神な回だが、流して観るとここからカブトの成長が始まるのがよくわかる』『アッハイ、よくわかりました』

 

聞き流した話は随分と早口で、カラテ王子が女の子にモテる割にガールフレンドと長続きしない理由がよくわかった。「フフッ」まるで下らない、あまりに馬鹿馬鹿しい、しかし鮮やかに色づいた思い出。随分と唐突に思い出したものだ。

 

その理由も判る。記憶の主役であるカラテ王子こそが、ここ最近の悩みの種だからだ。あれからどれだけ経ったのだろうか。指折り数えれば意外なほどの時が過ぎていた。お互いに変わってしまうには十分な時間だ。実際、互いに人間を止めてニンジャになってしまった。

 

「さばけぬ悪ならおれがさばくぜ!セイバイ!」「や!ら!れ!たーっ!」物思いに耽っている間に公園のヒーローショーは佳境に入っていたようだ。丸めた新聞紙の霊刀が振るわれて、オリガミの前立てがくしゃりと潰れる。

 

きっと二人の心の内には、光り輝くカタナで邪悪なサイバネ怪人が真っ二つになる光景が映っている事だろう。だが実際に赤く輝くヒートカタナで重サイバネを真っ二つにしたら、正義の味方ではなくお尋ね者だ。

 

ヤクザと警察と殺人狂に泣き叫ぶほどに追い回されて、最期は無様にドブネズミかバイオシャコかスカベンジャーの夕飯になる。なのにアイツはそれをした。意味もなくスリケンを造っては握り潰す。CLAP!音を立てて黒い砂が手から溢れる。どのスリケンも歪んでひしゃげている。

 

結局はこんなふうにゴミ屑めいて死ぬ。なのにアイツはそれをしてしまった。よりによって、ネオサイタマを飲み干して余りある巨大ニンジャ組織“ソウカイヤ”を相手に。それは確かにアイツが望んだ通りに憧れの主人公(ヒーロー)と同じ行いだ。だがそのヒーローごっこはごっこ遊びでは済まないものだった。

 

狂人(ニンジャスレイヤー)の真似をすれば実際狂人(ニンジャキラー)。血風を纏い半神をカラテ殺す狂気の怪物に成り切って、正気であれる筈もない。『原作』の通り、アイツは既に彼岸の住人だ。どうしようもない。それに自分が関わってどうなる?……死体になる。それだけだ。

 

ソウカイヤから逃げ続けている自分では勝てはしまい。派遣されるであろうシックスゲイツを、その頂点たる6人を、それを統べるゲイトキーパー=サンを、そして全てを支配するラオモト・カンを、どうにかできるはずもない。それをするのは狂人(ニンジャスレイヤー)だけで、それを成せるのは主人公(フジキド・ケンジ)だけだ。

 

まして自分はソウカイネットに名のある身。クロスカタナの切っ先は即座に家族の喉元へと届くだろう。家族を守る。そう決めた。なのに家族を危険に晒す。自己矛盾した愚行に他ならない。ならばサブロ老人の息子マキノキ同様にする他にない。今まで通り『原作』キャラを見捨てて『原作』通りにする訳だ。

 

まるでナンセンスなノン・ジョーク。「ハハ」乾いた笑いが漏れた。誰であろうがえこひいき無し。全員のジゴク行きを暖かく見守るのだ。出港の時は旗かハンケチでも振ってやろう。実に真っ当だ。全く持って筋が通っている。行動に一貫性がある。

 

「アハハッ!」痙攣めいた嗤いが横隔膜を震わせる。おお、なんと正しいのだろう!聖人認定も貰えそうだ!誰がくれるかは知らないが!「クソッタレ」反吐が出る。CLAP!砂利めいた残骸と共に泥めいた悪罵を吐き捨てた。苛立ちと自己嫌悪で凶相が更に鋭く歪む。

 

「「アィェェェ……」」その鼓膜を震える声が揺らす。不愉快と書かれた蛇めいた眼光が出所を突き刺した。不機嫌なニンジャ圧力に曝されて、しめやかに股間を濡らす子供達。数十秒前までヒーロー気分だったのが、今や被害者市民の心地を存分に味わう羽目になってしまった。

 

加えて幼い彼らに向けられたのは敵意すら篭るニンジャの視線である。ただで済む筈もない。二人とも声も上げられず、黄色い水溜りへと崩れ落ちる。「見てください!男がベンチに座っています!ベンチに!座ってるんですよ!それも、男が!!」代わりに興奮した声を上げたのは妙齢超過の有閑マダムだ。

 

社会正義の戦士を気取って、ヒステリックな金切り声をがなり立てる。「男がベンチに座っているから!子供たちが失禁しているんです!」「ちょっとやめないか」普段なら暇を持て余したご婦人の悪趣味で済まされる事案だろう。実際、断罪中毒な女性に引き摺られてるマッポにも、やる気はまるで見えない。

 

しかし偶然にも、彼女の妄想は真実に触れていた。事実シンヤは恐るべきニンジャであり、その脅威が児童の膀胱を決壊させたのだ。となればシンヤにも責任がある訳だ。実際、子供たちには悪い事をした。なら去る前にすべきことがあるだろう。

 

「これ、ドーゾ」CHING!指で歪んだスリケン擬きを弾く。クルクルと宙に舞う四錐星のなり損ねを、誰もが思わず目で追った。曇り空から差し込む弱々しい日光がざらついた表面を照らす。それは物理法則に従い、若いマッポの手の中に収まる……かに見えた。

 

反射的に受け取ろうとしたマッポ。「え」その手に入る寸前で、黒錆色の鉄片は同色の塵へと変じた。そして塵すら消え去った。思わず出所のベンチに視線を向ける。だがそこには影も形もありはしない。

 

「え?」初めから誰も居なかったと言わんばかりの空白だけが残っている。辺りを見渡してもベンチ同様。前後の変化の一つも見えない。いや、ある。一つ、二つ。「エッ!?」少年たちの手の中には代えのズボンと下着が一組ずつ。どちらも先の鉄片と同じ色をしている。

 

「急に居なくなるなんてやましいことがあるんですよ!やましいから危険人物で犯罪者で悪党でワルモノですよ!今すぐ指名手配して捜査して逮捕して裁判して処刑してください!」「ハイ善処します。でも何処に……?」喚き散らす婦人と首を捻るマッポ。

 

その横で漸く意識を取り戻した少年たちはぎごちない足取りで公衆トイレへと歩き出した。その背中へと頭を下げると、シンヤは足早に公園を立ち去った。時刻はそろそろお昼時。腹が減るからタンキになるのだ。ソバでも手繰ろう。

 

【ザ・ブラック、ストップ・ヒズ・ランナウェイ】#3おわり。#4に続く。


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