鉄火の銘   作:属物

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第七話【ザ・ブラック、ストップ・ヒズ・ランナウェイ】#2

【ザ・ブラック、ストップ・ヒズ・ランナウェイ】#2

 

「「「ザッケンチャースイテッゾコラーッ!」」」怒り狂うクランの面々は合唱ヤクザスラングと共に得物を抜き放つ! 「イヤーッ!」「「アバーッ!?」」だがシンヤのカラテはそれよりも早くて速い! 

 

寝転ぶ二人が高速二連ケリ・キックを食らって宙を舞う! あまりの衝撃にくの字に折れ曲がるどころか、折り畳まれて一文字な一直線だ! なんたる威力! 人間業ではない! そう、シンヤは人間ではない! コネコム所属の企業ニンジャ“ブラックスミス”なのだ! 

 

「「オボァババーッ!」」ニンジャのカラテに人体が耐えられる筈もない! 昼飯と内臓のミンチを撒き散らながらクラン構成員は死亡! 副官も即死! 「グワーッ!?」更に人体二つ分の質量が王様に直撃する! 王様は気絶! 副官は死体! 「スッゾコラーッ!!」そして目の前には怒れるニンジャ! 

 

「ザッケンナコラー……!」だが、その目の前にカリカチュアのシルエットが立ち塞がる。チキンレッグに風船めいた胸郭が乗った姿は、現実世界に引き摺り出されたトゥーンのキャラクターそのものだ。しかもそれはただのファッション人体改造ではない。

 

ドッドッドッドッ! 両碗と置換された空気式カタパルトにピストン肺から圧縮空気が注がれる。数十トンの航空機を一秒未満で離陸速度に押し上げる圧倒的な出力。それを食らえば人体など容易くネギトロだ。事実、クランに逆らった漢気ある漁師は、この両手で挽き潰されてコマセと一緒に海に撒かれた。

 

「ヤマネコ来た!」「ペグレグ・ザ・ヒキニク!」「これで勝てる!」クランの最強が姿を現した途端に、先までの恐怖を忘れたかのような歓声が上がる。泣いた『カラス』がすぐ笑うとは言うが、『烏』合の衆を示すには相応しい表現だろう。

 

「ツブサレッチマエーッ!」「シーネッ! シーネッ!」水を得たマグロめいて、或いは弱った獲物を見つけたネズミめいて、クラン員達はインスタントな殺意を振り撒く。「「「ミ・ン・チ! ミ・ン・チ! ミ・ン・チ! ミ『DING!!』……」」」

 

調子と勢いに乗ったクラン構成員集団を拳の音一つで黙らせると、シンヤは静かに手招きした。傭兵からの挑発に対し、クラン随一の武闘派はヤクザスラングと鉄拳で応える! 「スッゾコラーッ!」WHOOSH! シリンダー圧力解放! 人体をトーフめいて四散せしめるステンレス鋼の拳がスライドで迫る! 

 

対するは赤銅色のガントレットに覆われた、生身の人間の拳! 「イヤーッ!」否! ニンジャの拳だ! CRAAASH! 故にトーフめいて四散したは……特殊鋼のサイバネである! 「グワーッ!?」理解不能の痛みがノイズパルスとなって武闘派クラン構成員のニューロンを貫いた! 

 

脆く柔らかな肉の拳が鋼鉄の塊を一方的に砕く矛盾。しかしニンジャ力学においてはこれこそが標準。本気のニンジャを以ってすれば、カラテ無き鉄屑など張り子細工と変わり無し! 「グワーッ!? グワーッ!!」「ペッ!」ロウバイして悶え苦しむサイバネ巨漢を目の前に、シンヤは反作用の血を吐き捨てる。

 

「イィィィ……」ザンシンと共に感覚の無い拳を無理矢理固める。一切の夾雑物無き殺意が視線に乗って武闘派クラン構成員に突き刺さる。それは明確な死を予告していた。「アィェェェ!?」確定した最期を前に、痛みすら忘れて恐怖の声が迸る。誰でもいい、助けてくれ! 

 

だがクラン最強の彼より強い味方は何処にもいない。いるのはギロチンの紐を握る敵だけだ。「……ヤァァァッッッ!!」そして処刑の鎌は振り下ろされる! 音も無く撃ち込まれたカラテパンチは、その破壊力をサイバネ胸腔の中に置いていった。

 

つまり超高圧空気がたっぷりと入ったボンベの並ぶサイバネ胸腔の中に、全エナジーを置き去りにしたのだ。すなわち固体化水準の超高圧空気+ニンジャカラテ衝撃波=……KARA-TOOM!! 火炎のない爆風が吹き荒れ、ミンチの雨が辺り一面に降り注ぐ! 

 

「「「アィェェェ!!」」」ニンジャの暴威と圧倒的カラテを前にして目の当たりにしたクラン構成員は片端から急性NRS(ニンジャリアリティショック)を発症したのだ! 「コワイ!」「オタスケ!」あるスチームパンクスは泣き叫んで逃げ惑う! 

 

「ザッケンナコラーッ!」「シネッコラーッ!」」あるカウボーイスタイルは狂乱してトリガーを引き続ける! 『ドラッグに溢れたネオサイタマで、ニンジャかどうかを正確に定義するのは難しいね』「じゃあどうしよう……」あるストリームラインモダンはローポリゴン幻覚に逃げ込む! 

 

「アィェェェ!」「アィーッ!」「アィェーッ!」突沸するオシルコめいて事態はケオスに支配された! 「アィー!? アイェッ! アィェェェ!」「チィッ!」「グワーッ!?」真っ先に正気を取り戻したナンブは混乱する漁師代表の頬を張って彼の脳内ケオスを叩き出す。

 

「契約に従い自衛行動に移るが宜しいか!?」「え」客先の許可を得なければヨタモノ一匹も射殺できない。サラリマンの辛いところだ。「宜しいかと聞いている!!」「アッハイ」なので無理矢理にでも許可をもぎ取る。その際、握る拳銃の銃口が漁師代表の顎下に押しつけられたのは偶然だ。偶然なのだ。

 

「許可が出たぞオサル共! 駄犬めいてネズミを取り逃がす間抜けは居るまいな!? ネズミイジメを始めよ!」「エイ! エイ! オー!」雄叫びと共に無骨なグンバイが振り下ろされる。一切の表情無き『申』フルフェイスメットが始めて言葉を発する。

 

『敵を見逃さざる』『泣き言を言わざる』『命乞いを聞かざる』恐ろしいモットーが染め抜かれたノボリが次々と立ち上がる。そして振り上げる旗に描かれたのは、眼耳口を縫い付けられた狂える猿兵士の姿! これがナンブ自ら鍛え上げたコネコム派遣サラリマン特殊部隊『オサル・プラトゥーン』だ! 

 

「ヤマザル分隊とチンパン分隊は両翼から挟んで抑えよ! ゴリラ分隊はそのまま前進して押し込め!」BLAM! BLAM! BLAM! 「アバーッ!」「アババーッ!?」「マシラ分隊は逸れモノを残らず狩れ! ヒヒ分隊は重火器準備!」BLATATATABLA!! 

 

「バカナアバーッ!?」「ヤメロー! ヤメロアバー!」「連中の巣をラットバッグに変えるぞ! ネズミ共にミノ・ダンスを踊らせてやれ!」KARA-TOOM! 「「「アバーッ!!」」」

 

オサル・プラトゥーン投入から瞬く間に状況が纏まっていく。それはまるで電磁納豆培養コングロマリット製ポリグル浄化剤の如し。濁りきったアンコシチューは今や澄み切った鮮血色に染まっていた。

 

クランの反撃は散発的かつ個人的で、大半は混乱か迷走か逃避かしている。ヤクザプロトコルも愛社研修も無い快楽と感情だけの集団は、負けイクサとなればサカイエン製激安トーフ「カルテット」より脆く崩れるのだ。

 

クランの壊滅を確認したナンブは、もう一つの問題へと向き直る。「シニサラッシェーッ!」「アバーッ!」「クタバレッテンダコラーッ!」「アバーッ!」それは怒りのままに手近なクラン員を次々に殴り殺す特殊案件対応要員の姿だった。

 

元クラン員の雑肉を撒き散らして赤銅色のガントレットをさらなる赤に染める様は、ニンジャの暴虐そのものだ。「グワーッ!?」近くのクラン員を一通り撲殺したシンヤは、気絶した亡国の王様を蹴り上げる。

 

「ナンダナンダ!?」「お前が死ぬんだ」「アィェーッ!?」文字通りに叩き起こされた王様の目前には、怒り狂った殺人マグロの目! 側近は? 近衛は? 救いを求めて辺りを見渡すが、見えるのは死体ですらないミンチ素材のペンキだけ。頼りの暴力も財力も剥ぎ取られ、裸の王様を助ける者は一人もいない。

 

「ナンデナンデ!?」「俺のカラテで」「アイェーッ!」かつて半グレー集団の暴力で理不尽に住民を踏みにじってきた王様。だが今やニンジャの暴力で理不尽に踏みにじられている。月が天にあればインガオホーと嗤っただろう。それは加害者と被害者がスライドしただけのこと。

 

理由はない。意味もない。自分がそうしてきたように、ムカついたから殺す。自分が殺して来た人間のように、それだけで殺される。それを可能にしてくれた全ての力は、更なる力の前に屈した。『悪夢と麻薬の王国』は今や『夢と幻の亡国』と化したのだ。そして亡国の王は処刑台に乗るのが最後の勤めだ。

 

BLAM! 「アバーッ!」だが、絶望の死よりいち早く慈悲深い鉛弾が王様をアノヨに送りつけた。「こっちが優先じゃ。先に死んどれ」贈り主のナンブは王様の死体をゴミめいて蹴り飛ばす。獲物を奪われたシンヤは反射的に下手人へと敵意の視線を突きつけた。

 

殺意が込もったニンジャのにらみつける。並みのモータルなら一撃必殺である。だがナンブはそれを真っ正面から真っ直ぐに睨み返した。「オイ、この場の指揮権限者は誰か。答えぃ」「……」二人の合間に見えない火花が散り、空気が捻れて潰れる。見つめる漁師も自ら息を止めていた。

 

「コタエンカァーッ!」「……ナンブ=サン、です」先に目を逸らしたのはシンヤだった。俯いたまま声を絞り出す。「ほぅ、耳は付いとるようじゃな。それでワシはオヌシにネズミを殺すよう命令を出したか?」「いいえ、出してません。待機命令だけです」

 

「なら、オヌシがネズミを殺しまわってた理由は何じゃ?」「感情です」言いたくはなかった。だが言わないわけにはいかない事だ。それは頭の冷えたシンヤにも判った。「つまり、オヌシは『仕事中だがムカついたから命令を無視してネズミ殺して回ってた』ということか?」「…………ハイ」

 

叱責か、指導か、体罰か。なんであれ甘んじて受けるべきだろう。シンヤは自身のブザマに恥入りながらそう覚悟した。「解ってはいるようじゃな。ならば今いう事はない」しかしナンブの返答はそのどれでも無かった。何故ならナンブはセンセイではなく部隊の隊長であり、なにより会社員で上司なのだ。

 

「オヌシの行動については帰還後に軍法会議……では無いな、役員会に掛ける。それまでは待機を命じる」「ハイ、ヨロコンデー」故に裁決を下すのはナンブではなく、その上。役員会であり、社長であり、コネコムである。

 

「それと! 作戦終了後に別途三時間のアルコール耐久強化訓練を命じる!」「え」そして隊長で上司のナンブの仕事は、珍しくやらかした部下から飲みニケーションで原因を聞き出す事だ。「復唱せよ!」「アッハイ。アルコール耐久強化訓練に参加します」

 

「ヨロシイ!」シンヤの反論も拒否も聞くつもりはない。なので肯定のみ聞いたナンブは再び指揮に戻った。「オサル共! 戦況を三行で知らせい!」「ハイ! ラットイナバックです! 余りネズミは皆殺しました! 放火準備できてます!」「ヨロシイ! では火ぃ点けい!」

 

「「「ホノオ!」」」BLALALAM!! 合図と共に有害なほど眩しい花火が元白亜の城へと次々に投入される。ヒツケ・ナパームとテルミット、隠し味にマグネシウムを仕込んだグレネードカクテル。その語源通りにグレナデンシロップ色の鮮やかな炎が、夜を昼にと吹き上がる。

 

「アツイ!? アツイ!! アツイ!!?」「ワータ! ウェアイズワータ!?」エレクトリカルパレードの電飾より輝かしい、人間松明のダイミョ行列が火炎旋風に躍り狂う。レイドの夜よりホットなメインホールでキャストがポップコーンめいて弾けている。

 

「救命吾!」「ヘルプ! ヘルプミー!」窓から手を振るプリンセスの髪は文字通りに燃え盛る赤色だ。観客の注目を求めて手を振り髪振り服を振る。子供向けには刺激的な格好にNGが出たようで、蜃気楼のぼかしが姿をかき消した。今はお子様にも安心なジューシー焼肉音しか聞こえない。

 

『……ザあ手を取って……と僕の世界は一つ……』変に回路が繋がったのか、スピーカーから途切れ途切れのスカムポップが流れ出す。『……ら同じキモチ……る。涙なんか無……熱い血が……てる』確かに皆、同じキモチで助けを叫んでる。全部蒸発するから涙なんか無い。吹き出すのは発火温度の熱い血。

 

クランの側はどれもこれも歌詞の通りだ。漁師の側は人それぞれ。同じ恐怖を共有してる者もいれば、涙と洟と尿を同時に流してる者もいる。燃え盛る炎に当てられて吠え猛る漁師もいれば、残虐鏖殺火刑火葬処置に凍りついて歯を鳴らす漁民もいる。

 

「おお、マシュマロとチョコレートを用意し忘れたわ。コイツはウッカリ」そしてそれを成したナンブは、胸いっぱいに人が焼ける香りを吸い込んで、満足げに笑っている。生粋のイクサ狂いからすれば焦熱生きジゴクのミノ・ダンスすら、キャンプファイアーのマイムに等しい。

 

一方のシンヤは待機命令を下されてやることを失ったまま茫漠と巨大なキャンプファイヤーを眺める。巨大な松明となった娯楽城は、一夜だけ咲いて消える紅の徒花か。その色が記憶を刺激する。燃え盛る熱が炙られるような焦燥感を引き摺り出す。無秩序なキーワードがあぶくのように弾けては消える。

 

『紅蓮の炎』『ニンジャ、ナンデ?』『フーキルド・ニンジャスレイヤー?』『デントカラテ・ドージョー』『マルノウチスゴイタカイビル』『オールドセンセイ』『ニンジャスレイヤー・シンジケート』『ヒノ=サン』『セイジ』『カラテ王子』……『ニンジャキラー』

 

「クソッタレ」自分にすら聞こえない悪態をつく。ぎしりと歯が軋った。その横顔を見てナンブは長い嘆息を吐いた。とりあえず今夜のアルコールは当社比1.5倍は必要だろう。コネコムの経費で落ちる事を、信じた事もないブッダに祈った。その背後で漁師代表はしめやかに失禁し、静かに失神していた。

 

【ザ・ブラック、ストップ・ヒズ・ランナウェイ】#2おわり。#3に続く。


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