鉄火の銘   作:属物

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両方の意味で随分と長くなってしまいました。
そのくせまだ区切りもついてません。
それでもよろしければお読みください。


※ 注意な ※

本作はニンジャスレイヤーの二次創作であり、
他作品を貶める意図は一切ございません。
本作に出てくるキャラクターに何らかの既視感を覚えたとしても
モデルとなったキャラクターとは無関係です。

※ ご了承ください ※



第七話【ザ・ブラック、ストップ・ヒズ・ランナウェイ】#1

【ザ・ブラック、ストップ・ヒズ・ランナウェイ】#1

 

 

「アタシ、体温何度あるのかなぁ?」「そりゃ俺のハートが燃える温度さ」歯が浮きそうな台詞を吐いて首筋に歯を立てる。高純度違法糖類めいて白く、甘い。(((ネズミはコレでも舐めてな!)))トラウマめいて蘇る声。頭からぶちまけられた廃糖蜜は苦くて渋く、それでも当時の自分には驚くほど甘かった。

 

「ハハッ」「どったの、王様?」それも今では心地よい記憶だ。それは治りきった傷痕に爪を立てるのに似ている。笑いながら廃糖蜜をぶっかけてくれたウサギ野郎は、ビート畑の下で幸せな肥料になっている。ウサギ野郎の死体で育ったバイオテンサイ糖は勝利と成功の味がした。

 

そう、自分は勝利者であり成功者だ。壁には螺鈿細工の円三つで描いたシルエットと、『ネ』『ズ』『ミ』の神秘的カタカナ。クランの象徴が豪奢な額縁で飾られている。下らない迷信に縋るヤクザの真似なぞゴメンだが、これだけは別だ。

 

自分達のシンボルにドゲザして床にキスをするヤクザ共。ハーフガイジンだのネズミだのと散々にコケにしてくれたヤクザの、媚びと屈辱に歪んだあの顔。たまらない。塩辛いスイスチーズを齧り、飽和砂糖溶液のバリキフィズを煽る。塩味から甘味へ。あまりの落差に脳髄が蕩ける。

 

「あー……いい……いー気分だ……お前も楽しめよ」「ンッ……」口移してやれば女の顔も黒蜜アイスクリームめいて溶けていく。コイツの名前は何だったか。思い出せない。どうでもいい。「ハハッ!」誰にせよ、何にせよ、この『悪夢と麻薬の王国』では全てが自分のモノなのだから。

 

KNOCK! KNOCK! KNOCK! 「王様! 起きてますか!? スンマセン!」「アァン?」さあお楽しみと服に手をかけた瞬間、ドアが打ち鳴らされた。青筋がこめかみに走る。「起きてください! 王様! 大変です! スンマセン!」ドラッグに酔った頭に響く甲高い声。城の管理を預けてる副官の声だ。

 

「ガァガァガァガァうるせえなアヒル野郎! 俺の楽しみを邪魔できるたぁ随分偉くなったもんだな、エェッ!?」彫刻だらけの分厚いドアを蹴り開ける。バスローブ姿の王様を見て、真っ青な顔した水兵の副官はドゲザ水準で頭を下げた。

 

「アイエッ!? スンマセン! でも王様、大変なんです! 魚取り連中とかが大挙してやって来まして!」「それくらいてめえで判断出来んだろうが! つまり北京ダックにされてぇんだな!?」漁師の反抗はたまにある。そしてその度にマグロかネズミの餌にして恐怖のタガを締め直して来た。いつものことだ。

 

そしてコイツはいつものこともできない無能で、無能を幹部に置くつもりは無い。ホワイトアッシュの後頭部に銃口を当てる。(((コイツはそこまで無能か?)))しかし、引き金を絞る1秒前にふと気付いた。集ると騒ぐしか脳のない配下の中で、珍しくモノを考えられる脳味噌が有ったから側に置いたのだ。

 

つまり、コイツの頭では判断しかねる事だから話を持ってきたのだ。それもお楽しみ中の自分を叩き起こして、怒りを買って脳漿をぶち撒ける覚悟をしてまでだ。「……オイ、アヒル野郎、詳細に話せ。何が、あった?」

 

「いつもみたいに魚取り屋の連中が陳情に来たんです。いい加減、見せしめに吊るそうとイヌの野郎が出張ったら、見ない顔のジジイにヒザぶち抜かれたんですわ! ありゃ傭兵です!」想像外に強硬な下民の態度を耳にして、王様は長い前歯をきしりと鳴らした。

 

「連中、チャカ・ガン持ち出したんだな?」「そうです! 魚取り屋の連中、戦争に来たんですよ! 王様、兵隊集めますか!? 全員ネズミのエサにしちまいましょうぜ!」興奮したセリフで更に興奮したのか、副官は両手振り回して金切り声を張り上げる。

 

「オイ」その目を王様の視線が射抜いた。捕食者を前にした家禽めいて副官は停止した。動作も声も呼吸すら止めた。可能なら心臓まで止めただろう。怒れる暴君を前にしてなお、感情を垂れ流す勇気は無かった。

 

「……兵隊集めてチャカ・ガン持たせろ」「ハイ」「何割エサにするかは俺が決める」「ハイ!」「俺の指示なく動いた奴は漁師とまとめてエサにしろ」「ハイヨロコンデー!!」

 

ーーー

 

『大きな漁り』『網は今日も一杯』『船に乗り切らない』『祝い』『オトコ』煤けた無数の大漁旗が曇天にたなびく。漁の成功を祈る誇りの旗は、大海原ではなく場違いな地上で軍旗めいて振られていた。

 

目前の城塞を鑑みれば『軍旗』という言葉はあながち間違いでもないだろう。ましてや、今ここで懸命に振り広げられる祝い旗は、自らの所属を示して敵に己を見せつける為のものなのだ。紛れもなくそれは、彼ら……舞浜漁人組合(マイアマ・フィッシャーマンズ・ギルド)のイクサ旗であった。

 

そしてイクサのお相手は、かつては白亜であった架空中世欧州城から次々と姿を表して来る。『キューソー虎を食らう』『ジバシリ』『ペスト振る舞う』次々と立ち上がるノボリ。スチームパンクス、カウボーイスタイル、ストリームラインモダン。外観にはまるで統一性が無い。統一されているのは二つだけ。

 

その顔にべったりと張り付いた表情。暴力の快楽、弱者への侮蔑、権威への敵愾心を各々の好みでブレンドした反社会的な顔つきが一つ。そしてもう一つはアクセサリーで、タトゥーで、プリントで刻まれたシンボル『三つ丸ネズミ紋』だ。

 

その姿を見た漁師達の顔が強張る。無理もない。憎き怨敵、舞浜溝鼠王国談合(マイアマ・ドブネズミ・キングダム・クラン)が目の前にいるのだ。連中はオリエンタル・タノシイランド跡地を根城に、暴力・ドラッグ・ギャンブルが溢れる『悪夢と麻薬の国』を作り上げ、十年前から今に至るまでマイアマを含むウラヤス一帯を支配した。

 

中でもフィッシャーマンズ・クランは過酷残酷かつ持続可能性を無視した過剰漁業を強要され、幾人ものカロウシと共に豊かなるウラヤスの海は尽く死に絶えた。保証? あるはずがない。

 

代わりに与えられるのは、実行不可能なノルマと当然の未達成に対する粛清だけだった。だがそれも今日で終わりだ。コネコムより日給15000(税込み、一人頭)で借り受けた戦闘要員の力でクランを叩き出し、この地と海を住民の手に取り戻すのだ! 

 

「お客様は随分と平和的だの」「……ですね」息巻く漁師たちをコネコム武装派遣社員“ナンブ”は冷めた目で見ていた。隣に立つコネコム特殊案件対応要員“カナコ・シンヤ”も普段より陰気に同意する。

 

相手は損得で思考する暗黒メガコーポでも、メンツを重んじるヤクザでもない。伝統と権威を唾棄しヤクザプロトコルすら無視する、感情原理の危険極まりない犯罪組織『半グレー集団』の一つだ。ムカついただけで和平条約越しに大使を射殺するような連中が、追い出すだけで済む筈もない。

 

しかしそれを判断するのは客だ。コネコムは客の望みに従ってクランを排除するのみ。「イタイ……イタイよぉ……」だからこちらの暴力を見せつける為に、殺しに来たクラン構成員を敢えて生かして見せた。

 

「ほれ。飼主が来たぞ、犬っころ。コンジョ見せい」「グワーッ!?」血と関節液の溢れる風穴を踏みつけると、倒れ伏したクラン構成員は野原に飛び出した犬のように転がった。「「「ナメッテンノカコラーッ!」」」ナンブの不遜な態度に、クラン構成員が激昂する。

 

「コワイ!」「おおブッダ!」「ほぅ」「……」慄く漁師達に対してナンブとその配下、そしてシンヤは眉根一つ動かさない。「「「ザッケンチャースイテッゾコラーッ!」」」無数に重なるヤクザスラングは言葉の意味すら失って、飢えたケダモノの唸り声に似ていた。

 

そしてケダモノの群は(アルファ)に従うものだ。「通せ」「王様!?」「キングだ!」三つ丸ネズミ紋を付けたアウトロー達が驚くほど従順に道を作る。群の主に恐怖と暴力で骨の髄まで躾けられているのだ。

 

「ホーホーホー、魚取り野郎共が舐めたマネしてくれたじゃねぇか」水兵服の副官を引き連れて姿を現したのは、『貧相』の一言に尽きる黒い小男だった。手足は落書きめいてひょろ長いのに、手首足首の先だけがマンガめいて大きい。間延びした鼻面と唇にかかる前歯はクラン名の理由を判り易く示している。

 

「なぁぁぁるほど。魚取り屋がキツネ宜しく、タイガーの尻に縋って粋がってる訳か。ハハッ! 随分と情けない海の男もいたもんだ!」だが恐怖と暴力にのみ従う半グレー集団を率いる大ボスが、単なる貧弱矮躯の混血児である筈がない。まとうアトモスフィアと浮かべる表情がそれを告げている。

 

「「「ギャハハハッ!」」」追従の嗤いが辺りに響くが、苦虫を噛み潰した漁師達からは反論の声はない。かつては暴虐に立ち向かう意思と誇りある海の男達がいた。そしてそんな漢ほどクランに目を付けられて残虐に殺された。残っているのは勇気を出せなかった者達だけだ。

 

「お、俺たちが情けなかろうが臆病であろうが関係ない! アンタらにはこの土地から出て行ってもらう!」だがしかし、散って逝った同胞のためにもここで膝を屈するつもりはない。出せないなら振り絞ってでも勇気を出すのだ。

 

「出て行く? アー、なんて言った? 出、て、行、く? 俺が? 俺の国から? ハハッ! ノンジョーク!」クランの王様は大きな耳に手を当てて、まるで理解できないと挑発する。「マイアミは俺の王国で、ウラヤスは俺の国土だ」

 

「お前らテナントが言うべき言葉はな、『何でも差し出しますから住まわせてください』だ」冗談めいたサイズと色合いの大口径が、背中から魔法めいて滑らかに抜き放たれた。矮躯に似合わないカラフルな象撃ち拳銃をどこからともなく取り出して突きつける。

 

その姿はカトゥーンそのものだ。ただし、このコミックキャラクターは笑いながら人を殺す。「とりあえず下らない冗談聞かされた損害賠償からだ。死ね」『BLAM!』「アィッ!?」唐突ともいえるタイミングで怯える声より早くトリガーは引かれた。

 

超音速の鉛弾は、オルカに突貫されたサメよりゴアな死体を作るだろう……発射されればだが。「ハハッ! ジョークだよ、ジョーク。だから笑えよ、居候」「「「ヒャハハハッ!」」」代わりに銃口から飛び出したのは『BLAM!』の旗だ。冗談めかして存在しない硝煙を吹くと、ジョークの旗が翻る。

 

「ウウウ……」恐怖を弄ばれて漁師のなけなしの勇気は尽きた。力なく顔を伏せて弱々しく唸るばかり。王様は満足げにニタニタと笑う。後は少々痛みを与えてやるだけで泣きながらドタ靴にキスをするだろう。自然物な原住民はこう有るべきだ。

 

しかし家主を追い出せると調子に乗ったのはいただけない。「ええっと、それでそっちの傭兵さんはまだ居座るのかい? 雇い主は随分とヤルキ無くしちまったようだがねぇ?」その原因を目の前で踏み潰して、立場を判らせてやる必要がある。

 

「契約して金貰ってる以上、やる事はやらんといかんでのう」つまり帰る気なし。王様はネズミ車より良く回る頭を急転させる。帰社する傭兵の背中を撃って漁師に見せつけるプランは変更だ。煽って攻めた処を頭数で押し潰す。間引きも兼ねてアブハチトラズだ。

 

「ハハッ! 魚取り屋の財布如きで命掛けるとは随分安い人生だなぁオイ! 何のためにその年までムダに生きてんだ? クソの製造かい?」「「「アハハハッ!」」」白々と嗤う王様に媚びた嘲笑が後を追う。しかしナンブの笑みは無数の嘲の中でも掻き消される事なく黒々と浮き立っていた。

 

「何を言うとる若いの。安いからいいんじゃろうが」「アァン?」「実際安い命を地球より重いとありがたがって何になる?」二束三文の命を張って、幾百幾千の死体を重ね、値万億の戦争に挑む。これこそ戦争屋の生き様。

 

「外れりゃ死ぬバクチに賭けて、当たりゃ死ぬイクサに費やす。これが人生の使い道ってものよ」ナンブが浮かべる左右非対称の笑みは、牙を剥いたタイガーによく似ていた。

 

「……ヘッ、ムダに生きてるだけあって言い訳だけは上手いもんだ」本物のウォーモンガーを目の当たりにしてか、周囲からのへつらいの追笑は聞こえなかった。

 

「オイオイオイオイ、傭兵居るって報告聞いてたけどよ、傭兵気取りの気色悪い勘違いオタナードが居るなんてビックリだぜ。牛の尻にへばりついた金魚の糞になれば、自分が強いと思えるのかい?」「……」代わりに冷えた空気を察した副官が場を温めるべく、黙りこくるシンヤを甲高い声でなじりだす。

 

「ナァナァナァナァ、なんか言えないの? 頭が足りなさ過ぎて、お口チャックの開け方忘れちゃったの? 見てろよ、お喋りはこうやるんだ。お口を開けて、息を吐いて、喉を震わせる。ほらリピートアフターミー! 『僕、バカでーす!』」「……静かにしろ」

 

立て板に汚水を垂れ流すかのような副官の揶揄に、イラついた表情のシンヤはただ一言だけを返した。あくまで現場指揮官はナンブだ。勝手な真似は出来ない。KILLコマンドが出力されるまでは殺意を押さえ込んで耐えるのみ。

 

「オヤオヤオヤオヤ? お喋りできるようになったのか! ウジ虫がハエになる大進歩! クソの山に顔突っ込んでいいぞ! 嬉しいな!」「「「ワースゴーイ! オジョーズ!」」」息もつかせぬダックスピークに有象無象のネズミ達が調子を取り戻す。合いの手お囃子を入れてリズミカルなダズンズは加速する。

 

「じゃあお次はカッコだな。カッコ悪くて仕方ねえ。どこまでダサいカッコしてんだ。陰力出し過ぎ斥力出てる。コケシマートもワゴンじゃなくてゴミ箱入れる。そんなの着てたら友達無くすぞ?」「……黙れよ」

 

ニンジャになるより随分前、望まぬ転生者であるシンヤは放射性の憎悪と全方位の憤怒をただひたすらに堪えていた。最終的に溜めに溜め込まれたカンニンブクロは大爆発し、イジメ・リンチに参加してたヤンク全員が病院に叩き込まれた。当人すら気づいていないが、今のシンヤは当時によく似ていた。

 

「いかんな」シンヤの変化に気づいたのか、ナンブの眉根にシワが寄る。ここ最近のシンヤは酷く塞ぎ込んだアトモスフィアを纏っていた。仕事に私情を持ち込む訳でも、感情で仕事を損なう訳でもなかったから、近くノミカイにでも誘ってグチの一つ二つ聞いてやろうと考えてた。

 

どうやらそのヒマはなさそうだ。今のシンヤは信管を差し込んで点火したバクチクめいている。そして導火線に火の点いたカンニンブクロへとニトロとガソリンを振りかけて遊べばどうなるか。

 

「そんなカッコの友達なんて、友達やるのが辛過ぎる。俺友達なら友達辞める。お前にから友達扱い辛過ぎる。辛くてキモくてカワイソ過ぎる。魚糞お黙りキモナードオバーッ!?」「グヮグヮグヮグヮ煩えせえんだよ鍋具材! ネギと一緒に刻んで煮込んで殺すぞコラーッ!」

 

口中に差し込まれたチョップ突きがキンキン声のギャングスタ・ラップを強制中断! 「黙れねぇ言うんなら俺が黙らせてやるよ! イヤーッ!」「グワーッ!?」そして中断は永遠になった。鉤手が顎ごと舌を抉り取る! 

 

「コヒューッ! コヒューッ!」絶叫の代わりに血が吹き上がる! エンマ・ニンジャより容赦ないミュート処置に副官は無声ブレイキンを躍り狂う! 「アイェーッ!」服従する上司の狂えるB-ボーイングを目の当たりにして、膝を抜かれたクラン構成員は腰を抜かして恐怖の声を上げた! 

 

【ザ・ブラック、ストップ・ヒズ・ランナウェイ】#1おわり。#2に続く。


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