鉄火の銘   作:属物

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第三話【ニンジャ・ストライク・ニンジャ】#2

【ニンジャ・ストライク・ニンジャ】#2

 

「「ラッシャーセッ!」」力強いアキナイ・パワーワードをBGMに、縄ノレンと赤チョウチンを潜れば、タノシイな騒々しさに包まれる。無数のメニューがショドーされた壁に囲まれた狭い空間には、鼠色スーツがぎっちりと詰め込まれている。ここはサラリマンの憩いの地、タチノミバー「グイノミ」だ。

 

タチノミは過密都市ネオサイタマで一般的なバーの形態だ。雑居ビルの1階に押し込まれた小さな店内には、調理場とカウンターを除き、細長い長方形の机が可能な限り並べられている。そして過密状態になるほどのサラリマンがその隙間を埋めている。閉所恐怖症なら発狂しかねないほどの人口密度だ。

 

椅子も鞄を置く場所もなく、僅かに肩肘を張るだけで隣のサラリマンとぶつかるほどにスペースは少ない。「先輩、もう一杯ドウゾ!」「オットット、アリガト!」しかし、狭い店内は無数の笑顔で満ちている。

 

毎日の激務に耐えるマケグミ・サラリマンにとっては、タチノミ程度苦痛にはならない。今日も精一杯働いた。その疲れをタチノミの安くて旨いサケとツマミ、そしてこの猥雑でタノシイな空気で癒して明日の活力を補給するのだ。

 

「「ラッシャー、セッ?」」だが、本日の活力補給は難しそうだ。縄ノレンをくぐった人影は、鼠色ではなく黒錆色をしていた。そしてスーツではなく、装束を着ていた。メガネではなくメンポをつけていた。つまりサラリマンでなく、ニンジャであった。

 

「ニンジャ?」「流しのコスプレビズ?」「発狂マニアックでは?」「仮装強盗!」くつろぎの空気で満ちていた店内は、今や張りつめた空気で満ちている。異様な闖入者に無数の視線が突き刺さる。「お、お客さん、そのカッコはニンジャですかい?」カウンターの店員が冗談めかして呼びかけた。

 

だが声は上擦って震え、笑みもひきつっている。それは目の前の光景が冗談だと、店員自身に言い聞かせる為であった。目の前の人影に冗談だと、頷いて欲しいという願望であった。それに答えてニンジャは重々しく頷いた。

 

「そうだ、俺はニンジャだ」「「「アイェッ!?」」」望まぬ肯定に給仕店員と客は悲鳴を上げて後ずさる。だがカウンター店員にそのスペースは無い! ニンジャは怯える店員に詰め寄る。さらに両手の指を組み合わせたニンポサインを店員に突きつける。

 

「だからニンポを使うぞ? それが嫌なら言うことを聞け、いいな?」「アッハイ」ニンポとはカトゥーンの荒唐無稽なニンジャマジックのことだ。やはりこのニンジャは発狂マニアック仮装強盗なのか? カウンター店員はいぶかしむ。ならば、カウンター下の強盗鎮圧オモチガンを突き出して一発だ。

 

だが、目の前にいるのが本物のニンジャであるという恐怖を、店員も客も捨てきれない。日本人のDNAに刻まれたニンジャの恐怖は、単なるコスプレヨタモノとして処理することを拒んでいる。(((ダメだ、コワイ!)))ついにカウンター店員は恐怖に負け、強盗鎮圧オモチガンの引き金から手を離した。

 

「では警察に連絡してこの二人を保護してもらえ」「エッ?」だが、本日の売り上げを全て奪われる覚悟をしていたカウンター店員は、想定外の言葉に目を丸くする。ニンジャ存在感に圧倒されていたが、その背中を見てみれば抱き合うような体勢で括り付けられた二人の女学生が見える。

 

(((強盗ですらないならこいつは一体? カトゥーンヒーローを気取ったニンジャマニアック?)))ヨタモノでないなら話が通じる可能性もある。しかし発狂マニアックなら何気ない一言でマインスイーパになる危険性もある。何よりニンジャが全身から発する恐ろしいアトモスフィアが下手な交渉を拒んでいた。

 

混乱で満ちるカウンター店員の前にニンポ・ハンドサインが突きつけられる。「ニンポがいいのか?」「あ、いえっ! すぐします!」頭巾の奥で暗い目が光る。脊椎を凍らせたような恐怖がカウンター店員を襲った。もしも逆らえば実際死ぬ。その恐怖は正しかった。

 

彼の目前でニンポ・ハンドサインを構えるのは、ニンジャソウルを宿すシンヤなのだ。シンヤは気絶した女学生を保護させるべく、前世の記憶を利用していた。参考にしたのはチンケなニンジャ仮装強盗を繰り返したマズダ三兄弟だ。

 

彼らはソウカイヤの支配するネオサイタマでニンジャを真似て安い犯罪を行ったが、彼らを捕らえたのはNSPDだった。つまり、ソウカイヤはニンジャを真似たモータル如きを制裁しにはこない。それが重要だ。

 

ニンジャソウルを得たシンヤが恐れているのは、ソウカイヤのニンジャスカウトだ。万に一つも「ここにニンジャがいる」と知られるわけにはいかない。安い犯罪を行うモータルだと思われれば好都合だ。

 

そんな理由でシンヤは、ニンジャ仮装した発狂マニアックを演じ、女学生の保護を狙っていたのだ。しかし、ニンジャソウルを宿す本物のニンジャが、カトゥーンヒーローの振りをして荒唐無稽なニンポで店員を脅しているとは。なんたる皮肉な喜劇的光景か! シンヤは乾いた笑いをこぼした。

 

「アイェッ!?」「ただの笑いだ。電話を急げ」カウンター店員は慌てて固定式電話からNSPDへ連絡する。「……ハイ。学生二人を保護してください。その、少々伝えがたい事でして……」怯えと困惑の入り交じった目でシンヤを見つめる店員。その前にシンヤは元ヨタモノの財布を置いた。

 

財布とシンヤの間を店員の視線が行き来する。その目に向けてシンヤは大きく頷いた。卑しい笑みを浮かべてカウンター店員が掴む。これで今月の家賃は安泰だ。「へへ……いや、うちのアルバイトが見つけたんです。そいつが辞めてしまいまして。ハイ……ハイ、では急いでください。オタッシャデー」

 

電話が終わると同時に、店員はポケットに財布を詰め込んだ。「これでいいですか?」シンヤの返答はなく、背中の二人をカウンターにもたれさせる。お下げ髪のはだけた肩はそのままだ。服装を直す必要は判っていたが、シンヤには誘惑に耐える自信はなかった。それを見る店員の目に下卑た色が映る。

 

(((いっそ警察に渡さない方が良いのでは?)))女子高生前後! そのステキな好奇心がカウンター店員の股間を強烈に刺激した。だが、興奮に上気する首を黒錆色の手が掴んだ。「エッ?」「ニンポ以上が望みか?」反射的に手の主を見る。その頭巾の奥と目があった。殺意を込めた、本物のニンジャの目。

 

「アイェェェ……ヤメテ! ヤメテ!」急性NRSに店員は下着をしめやかに濡らし、恐怖の叫び声をあげようとする。だが黒錆色の手に喉を押さられ、絞るような囁き声しかあげられない。もしも逆らえば実際死ぬ。その怪物の不興を買ってしまった。致命的な恐怖と絶望が店員のブレーカーを落とした。

 

不快そうに眉を歪めると、シンヤは気絶したカウンター店員から手を離した。カウンター店員の下劣な喜びの表情は、シンヤに誘惑に負けた未来を強く想像させたのだ。服の下に隠した、胸のオマモリ・タリズマンに手を当てイラつきを押さえる。

 

今の自分は、ニンジャマニアックの変人でなければならない。恐ろしいニンジャではないのだ。心を落ち着けたシンヤは振り向き、給仕担当の店員に声をかける。「おい、この二人を頼むぞ」「アイェッ!?」シンヤのイラついた目に見つめられ、給仕店員が小さい悲鳴を上げる。

 

その目に宙を舞った2つの財布が映った。一瞬、タチノミバーにいる全ての視線が財布へと集中した。反射的に給仕店員はそれをキャッチする。「これは?」財布元へと視線を向けてみるが、そこには誰もいない。ただ、カウンターに体重を預ける女子学生2人だけ。

 

カウンター内部を覗いてみても、股間を濡らして横たわるカウンター店員だけ。もしも財布に目を向けていなければ、黒錆色の風を見ただろう。ニンジャ動態視力の持ち主ならば、風がシンヤであることに気づけただろう。

 

しかし、財布への視線誘導により誰一人として、シンヤの退出に気づく者はなかった。「夢、だったのか?」全員の声を代弁するかの如く給仕店員は呟いた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

それから数日後、タチノミバー「グイノミ」では閑古鳥が大いに鳴いていた。発狂マニアックのニンジャ仮装強盗に襲われたという噂話が立ったからだ。強盗被害にあうなどネオサイタマではチャメシ・インシデントではあるが、どこにでもあるタチノミバーであえて被害店舗を選ぶ物好きは少なかった。

 

「ニンジャこないね」「ツマミにならねぇな」それでも多少の物好きは存在するし、人口密度の低いタチノミバーを好んで選ぶ趣味人もいたりするものだ。だから、その男もまた酔狂な客の一人だと、姿を見るまでは客も店員も思っていた。

 

「「ラッシャーッセ!」」「ドーモ、フマト……チッ、めんどくせぇ、フラグメントです」男はポケットから何かを出そうとするものの、手首から先が見えないほど袖の長いOD色トレンチコートでは難しいらしく、諦めた様子で手を垂らした。

 

異様な格好の男である。だらしなく前を開いたトレンチコートの隙間から見える「粉」「砕」の二文字がショドーされたシャツが分厚い胸板を覆っている。その上にはケンザンめいた髪型の頭が乗っかり、野太い声がクロスカタナのエンブレムを刻んだメンポから放たれていた。

 

メンポ? そう、メンポだ。ならば、フラグメントとアイサツするこの男は……そう、フラグメントはニンジャに他ならない。それもソウカイニンジャなのだ! 「まさか?」「そんな」恐怖でタチノミバーの空気が凍り付いた。

 

「ニンジャ、ニンジャナンデ! アイェェェ……」強烈なNRSフィードバックによりカウンター店員が崩れ落ちる。その股間はしめやかに濡れていた。表面上繕われていた精神がフラッシュバックで破断してしまったのだ。今の彼はカウンター裏で失禁を続けるだけの、ピスボーイめいた存在となり果てていた。

 

「お、お客さん。ご注文は?」突如カウンター裏に姿を消した同僚を心配しつつ、意を決した給仕店員が、震える愛想笑いで接客を試みる。カウンター店員と違い、彼はアトモスフィア以外のニンジャ存在を感じ取ることはなかった。それにより幸運にも店員業務を続けることが出来たのだ、今日までは。

 

店員たちの狂態を斟酌することなく、フラグメントと名乗ったニンジャは気怠げに給仕店員へ目を向ける。その視線を通して、強烈なニンジャ存在感が給仕店員へと叩きつけられた。「あー、最近ここにニンジャが来なかったか?」「アイェッ!?」

 

返答の代わりに上げた悲鳴に、フラグメントの片目が不愉快の形に歪む。フラグメントは左手で給仕店員の首を掴み、揺さぶり運動を加える。「ニンジャだよ、ニ・ン・ジャ。聞こえてますかぁ?」「アイェェェ……」だが急性NRSにより返答は不可能。舌打ちをこぼし、フラグメントは手を離した。

 

給仕店員が力なく崩れ落ちる……その前にフラグメントは右腕を一閃した! 「イヤーッ!」トレンチコートの隠れた袖口から、ケルベロスめいて残虐な三首フレイルが現れる! 「アバーッ!」顔面、胸骨、鳩尾同時破壊! 給仕店員即死! 

 

「アイェェェ!」「コワイ!」突然の残虐行為と急性NRSにタチノミバー内部はアンコシチューめいたケイオスの坩堝と化した。恐怖の圧力に押され、唯一の出入り口に客が殺到する。「イヤーッ!」だがフラグメントが給仕店員の血にまみれた三首フレイルを投げつけた! 

 

三首フレイルは空中回転しながら結合点を軸にトライアングルボーラに姿を変える! 「アバーッ!?」脱出を図っていた物好きサラリマンに、トライアングルボーラが着弾! 鎖の拘束と分銅の打撃が加えられ、三点破壊で即死する! 逃げ場を失った客は、恐怖の圧力に押しつぶされ、その場で崩れ落ちる。

 

「アイェェェ……」「タスケテ」最早、メキシコライオンに足を折られたガゼル同然だ。後は如何様に食われるのかの違いしかない。「イヤーッ!」BREEAK! その全員に聞こえるように、フラグメントは長机を三首フレイルで破壊! 「「「アイェェェ!」」」悲鳴でタチノミバーが満ちる。

 

全員の視線が自分に集まったことを確認し、フラグメントは口を開いた。「あー、ここにニンジャが来なかったか?」「「「アイェェェ……」」」大半の客は恐怖の声を上げる事しかできない。しかし勇気あるバーコードサラリマンが手を挙げた。「ハイ、先日ニンジャマニアックが店に来ました!」

 

「おー、そいつそいつ!」正解にたどり着けたのかフラグメントが楽しげに頷く。安堵の空気がタチノミバーを満たした。熱いセント・バスタブに浸かったように、怯える客たちの全身が弛緩する。「で、どんな奴だった?」「ハイ、黒い錆色の格好でした! あと……」

 

フレッシュ新入社員めいてバーコードサラリマンはハキハキと質問に答える。「よし、大体判った。もういいな!」「ハイ!」これで恐怖の時間が終わる。誰もがそう思った。それは正しかった。ただし方法が皆の想像とは異なったが。

 

「イヤーッ!」「エッ?……アバーッ!?」バーコードサラリマンは、三首フレイルに三点破壊され、永遠に恐怖から解放された! なんたる残虐行為! バーコードサラリマンにここまでされるいわれは全くない! 「イヤーッ!」「アイェェェ! アバーッ!」だが、それを嘆くものは一人もいない! 

 

「イヤーッ! イヤーッ!」「アバーッ!」「アバーッ!」フラグメントの振るう三首フレイルが次々に客をゴア死体へと変えているためだ。タチノミバーはアビインフェルノめいたジゴクへと成り果てた。残った客は恐慌状態で出入り口へと殺到! 全員が恐怖由来のカジバフォースで必死に押し合う。

 

「ドイテドイテ!」「ヤメテ! アバーッ!?」あまりの圧力に老齢サラリマン死亡! ミンチマシンめいて客の隙間から潰れた死体が押し出される! さらに恐怖に駆られた客は死体を踏みつけ、ミンチ量産! おお、ナムアミダブツ! これも古事記に記されたマッポーの一側面か! 

 

「イヤーッ!」「アバーッ!」だが、彼らの狂乱はすぐに終わりを告げた。客の全員がフラグメントの三首フレイルで皆殺しにされたからだ。「もう居ねぇか」最後の一人を殺し終え、フラグメントは殺戮現場をそのままにグイノミを後にした。ソウカイニンジャと言えどもこれほどの残酷行為は許されるのか? 

 

許されるのだ、それがラオモト=カンの得となる限りは。店内は血臭と静寂で満ちている。グイノミが笑顔で満ちる日は二度とないだろう。血にまみれたトライアングルボーラが、壊れた赤チョウチンを反射して鈍く光っていた。

 

【ニンジャ・ストライク・ニンジャ】#2終わり。#3に続く


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