鉄火の銘   作:属物

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第六話【キャッチアップ・イフ・ユーキャン?】#3

【キャッチアップ・イフ・ユーキャン?】#3

 

「冷えるな……」コネコム調査員の独り言は白い息と共に夜へと溶けた。施設に今日も変化は無し。この廃データセンターに目標人物がいることは確信している。懐の探偵ノートに記されたように、ペーパーカンパニーによる建物購入と突然のインフラ整備、大量の人の出入りと状況証拠は揃っている。

 

しかし、当の目標人物が姿を見せない。『赤黒のニンジャマニアック』の目撃情報がある以上、施設に籠っている訳ではない筈だ。秘密の地下通路があるのか散々調べたが、影も形も有りはしない。

 

目撃情報の結節点であるこの建物こそポイント重点と見込んだのだが、こうも空振りが続くとフェイク情報の可能性も出て来てる。実際、明確な証拠はない。しかし状況と直感はこの建物を指し示している。ならばやはりジャーナリストの勘を信じるべきだ。

 

尤も、それを信じたが為に前職は物理的にクビになりかけて、今のコネコムへと転職したのだが。しかし、そうなると問題は目標がどうやって出入りしているかだ。それさえ掴めれば目標の所在を裏付けて、レポート提出で仕事は終わり。後は報酬で熱々の懐で、熱々のそでんとサケを流し込むのだ。

 

だがしかし、その目標もその移動手段も一向に見つからない。本当にここに居るのか? 確証はない。確信はしてる。ならばどうする。再び思考がループする。(((目標はニンポ使って空でも飛んでいるのかね?)))グルグルと空転する脳味噌から益体も無い想像が飛び出した。

 

ニンジャ。お伽話と都市伝説にフィクションの悪影響を加えた空想のキャラクターだ。実際には居ない。居るはずがない。そうだ、ニンジャなんて実在しない。そんな者はいない。いない筈だ。なのに脳裏に浮かぶのは、社長から言われた余計な一言のせいに違いない

 

『この調査案件には種々のアブナイが伴う。ヨタモノ、ヤクザ、発狂マニアック……ニンジャ。報酬より自身の安全を第一にしてくれ。カラダニキヲツケテネ』コミックキャラクターに襲われる心配をする社長は、一度自我科に掛かるべきではないか。正直、知己の自我科を紹介しようか迷った程だ。

 

それともコネコム自体のネジが飛んでたりするのだろうか。なにせ『N要員』なんて企業伝説(カイシャ・ロア)まである始末だ。曰く、表沙汰に出来ない機密事項を社内処理する『無銘(Nameless)要員』だの、社内の不穏分子を捕縛研修して愛社化する『自我(Neuro)要員』だの、胡散臭い噂には枚挙に暇がない。

 

酷いのになると、武装社員では対応出来ないカイジュウ級事案に対応する『忍者(Ninja)要員』なんて発言者が発狂者か疑いたくなる代物が飛び出てくる。コネコムはネオサイタマにあるまじき優良企業ではあるが、その分の負担がニューロンに加わっている可能性がある。

 

居心地いい弊社からの転職はしたくないが、場合によっては考えておく必要があるかもしれない。そして、そんな無駄な思考を回していてもやはり状況に変化はない……否! 

 

KABOOOM! 「アイエッ!?」突然の爆発! 調査員は急ぎ双眼鏡を目に当てる。そういえば運び込まれた物品一覧に火器類があった筈。それが爆発したのか? だとしても規模が大きい。既に廃データセンターの各所から煙と炎が吹き出している。

 

(((こりゃマズイ)))このままでは目標人物を取り逃がしかねない。というか死んでもおかしくない。ここはネオサイタマ市警を呼ぶべきか。いや、間に合いそうにない。これは危険を冒しても突入するしか……。

 

「ん?」調査員が覚悟を決めようとするそのタイミングで、走る何かが見えた。いや、それは『何か』ではなく『誰か』だ。「アィェーッ! アーィェェェ!」しかも泣き叫んでる。顔中の穴という穴から汁という汁を垂れ流し、煤まみれでバンザイしながら全力疾走してる。

 

あまり関わり合いになりたくない形相だが、廃データセンターの方から来た以上、何かしら知っているのは間違いない。「アー、モシモシ? 今、宜しいですか?」「アーィェェェ!! アィー!?」まずは肩を掴んで友好的に話かけてみるが、とてもじゃないがお話にならない。

 

「ちょっと暴れるのやめないか」「アィェァーッ! アィアィアー!」逃亡者はアィェ語と呼ぶべき新言語で叫び暴れる。これでは二進も三進も行かない。よく見るとコメカミに造設された生体LAN端子が焼け焦げている。ニューロンを焼かれてフリークアウトしたハッカーなのか? 

 

「フリークアウトだ!」「アィッ!?」突如、目前のハッカーが人語を叫ぶ。生体LAN端子を掻き毟り、唾と洟を飛ばして叫び散らす。「あの野郎フリークアウトしやがった! 完全にタガが外れてやがる! とんだ発狂マニアックだ!」それはアンタだろう。調査員はツッコミを入れたい気持ちをグッと堪える。

 

「バカのクソガキをオサシミ! ナイスカッティング! アホのヤクザをバーベキュー! ナイスクッキング! でも俺をカバヤキ? ザッケンナコラーッ!」支離滅裂な叫び声をあげ、ゼンマイ人形めいてばたつくハッカー。締め直そうにも頭のネジが全部外れてる。ゼンマイが切れるまで放っておくしかなさそうだ。

 

「家のドラ猫の方が百倍マシだ! 俺はドラ猫にコンジョヤキ! すると俺の言うこと判る! カワイイ! あの野郎は俺をカトン・ニンポ! しかも言うこと判んねぇ! ケツ・ノ・アナ!」薬物中毒者の被害妄想めいた言動ではあるが、何かしらに襲われたという話は一貫してる。でも……ニンポ? 

 

「ニンジャを操縦できるなんて言ったの誰だ!? スッゾコラーッ! 俺だ!! ザッケンナコラーッ!」ニンポのオマケにニンジャと来たか。こいつはサイケ幻覚ウィルスでも流し込まれたのだろう。全部こいつの妄想か思い込みに違いない。そうだ、そうに違いない。

 

(((そうさ、ただの子供の妄想、昔話の登場人物、パルプフィクションの住人だ。いる筈がない、その筈だ、間違いない、何も間違えてない、俺は社会に詳しいから判るんだ判る判る正しいんだそんなものはいない絶対にいない!)))調査員はニンジャを否定する。偏執狂めいて徹底的に否定する。

 

「……な、なぁ! アンタは幻覚を見たんだよ。ハッカーならクスリ使うだろ? きっと変なウィルス食らったんだ。だからニンジャなんてサイケ妄想なんだ! アンタが狂ってるんだ、そうなんだよな!?」だが口から出てくるのは真実を問う言葉ではなく、狂気に全て押し付ける台詞だった。

 

「俺は狂ってるよ! みんな狂ってるよ! アンタ狂ってるよ! 全部狂ってるよ! ニンジャ狂ってるよ! ホント狂ってるよ!」そしてそれに返ってくる回答もまた狂気に浸りきっている。「アィェェェ……」「シネッコラーックソガキ! スッゾコラーッヤクザ! キルナイン・ニンジャ! キルナイン・ユー!」

 

「「アィェェェ……!」」ハウリングで襲いかかる狂乱に怯える調査員は、無意識のうちに後ずさった。自分の叫び声に混じってもう一つ、恐怖の声が聞こえる。出所は先と同じく両手を放り上げて暴走してる人影で、内容は重武装しているヤクザだ。反射的にそちらを見る。見なければよかったと後悔した。

 

「アィェバーッ!?」なにせ人影がだるま落としめいて崩れ落ちたからだ。悲鳴兼断末魔と共に、調査員の横を何が掠めて地面に突き立つ。それは人影をぶつ切りした凶器、超自然の炎を纏う四錐星。つまり……スリケンである! 「「アィェェェ!」」気がつくと調査員はハッカーと共に金切り声をあげていた。

 

そして焼き切られた死体を踏み越えて、人間を切り焼いた人外が姿を現す。燃え盛る火炎の逆光で、闇夜よりなお暗い血色の装束。なのに燃え上がる猛炎よりなお鮮やかな緋色の両目が煌煌と光る。不意にその両手から紅蓮の業火が吹き上がり、その顔を赤々と照らし出した。

 

鮮血で描かれた『忍』『殺』の二文字が闇に映る! それは正に! 紛れもなく! ニンジャそのものであった! 「ナンデ! ニンジャナンデ! アィェーッ! アーィェェェ!!」否定し続けた恐怖を前にして調査員はしめやかに失禁した。

 

一方、ハッカーはもう居ない。尿で記録された逃走経路と遠く聞こえる喚き声が現在位置を示している。調査員もその後に続こうとするが、抜けた腰が言う事を聞かない。必死に這いずるその背に影がかかった。

 

「ニンジャスレイヤーは逃さない」タタミ二十枚の距離はあった筈!? だがニンジャ運動能力を以ってすれば、それは一歩の距離と同じだ! 「違うんです! 俺はアイツらとは無関係! コネコムの社員です! コレ見てください!」「ニンジャスレイヤーには関係ない」

 

突き出して見せたコネコム社章バッチは奪い取られた。SIZZLE! 見る間に合金製バッチは水アメめいて熔け崩れた。「アィーッ!? た、タスケテください!」「ニンジャスレイヤーは助けない」残虐な超自然アッピールに股間の染みが面積を増していく。

 

必死の命乞いにも反応すらなかった。胸ぐらを掴み上げて黒鉄の拳を振り上げる。目の前でブレーザーから紅蓮が鎌首をもたげた。焚べる贄を待ちわびるように揺らめく。「アーィアーッ! アェェィー!? ァアェッ!」調査員はアィェ語で絶望感を謳い上げる。

 

……死ぬ。明らかに最期。完璧に御臨終。儚くなってアノヨ行く。自分にご不幸でデス・オムカエが来る。菊花と御先祖に見守られ安らかになる。荼毘に付されて土饅頭のフートンにくるまり、故人になってオブツダンで供養される。『元』調査員になる。つまり、死ぬ。死んだ。

 

決死通り越して確死の未来を目の当たりにして、真っ先に精神は明日を諦めた。しかし肉体だけは諦めを拒絶した。ネジの外れたゼンマイ人形めいて、無意識がジタバタと両手を動かす。当然、無意味だ。そんなことでニンジャの手を逃れられるはずもない。

 

だがブッダは不意に目を開く。暴れた拍子に懐の探偵ノートが滑り落ちた。KALAーTOOM! 爆発の風がノートをめくり上げる。ニンジャの視界の端で無数の文字が流れた。「赤黒の外観」「ヨタモノ狩に関係性?」「潜伏可能性85%」「独自ネットワーク連携ある」「カナコ=サン経過報告→確定後に」

 

「……そうか、そうだったのか」拳は振り下ろされる事なく、ゆっくりと降ろされた。蠢く火炎も不満げにその体積を減らしていく。死を免れたのか? 膀胱が空になると共に、空になった調査員のニューロンに意識の欠片が戻ってくる。

 

「お前はブラックスミス=サンの指示で俺を嗅ぎ回っていた、そうだな!?」「アィー! ブ、ブラックスミス!? 殺さないで!」死を免れたかは不明だ。しかし恐怖を免れていないのは確実だ。そして調査員の返答如何では死は舞い戻ってくるだろう。残酷な苦痛をお供につけて。

 

「そいつはカナコ・シンヤ=サンだ!」「そうです! その通りです! 殺さないで!」ニンジャの肩が震え、背が震え、喉が震え、哄笑となって溢れ出した。「ブッハーハハハッ! アハーッハハハ! ハッハッハッ! ……いいだろう、殺されないでおいてやる!」

 

「代わりにブラックスミス=サンに伝えろ! 事が終わり次第、殺しに行ってやる! カワラ割りながら震えて待っていろと!」「ハイヨロコンデー!」泣きじゃくる調査員は頚椎捻挫の勢いで首を上下する。助かった。死は免れたのだ。

 

「これがそのメッセージだ!」「アィェーッ! アーッ!? アーッ! アァーッ!」だが苦痛と恐怖は免れていなかった。赤熱する指先が調査員の頬を焼き焦がす。皮膚をキャンパスにゆっくりと一画一辺トメハネを焼き入れていく。

 

『忍』……! 『殺』……! ジゴク式ショドーで烙印は捺された。今や調査員の顔は、目前で嗤う恐怖の悍ましきカリカチュアだ。「忘れるな! 全て伝えろ! 次はお前の番だと!」精神と肉体の両方が遂に、或いはようやく限界を超え、脳髄のブレーカーを落とした。

 

「忘れるな! 全て伝えろ! 次はお前の番だと!」「全て伝えろ! 次はお前の番だと!」「全て伝えろ! 次はお前の番だと!」「次はお前の番だ!!」「次はお前の番だ!!」「次はお前の番だ!!」「次はお前の……」回転する視界の中で奇妙に歪んだ声が反響している。

 

そして、全ては闇の底に消えた。

 

【キャッチアップ・イフ・ユーキャン?】#3おわり。#4へ続く。


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