鉄火の銘   作:属物

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難産でした。多分次も難産です。
でも鬱展開は今回で底打ち、次でテンションV字回復の予定です。
今しばらくお待ちください。


第六話【キャッチアップ・イフ・ユーキャン?】#1

【キャッチアップ・イフ・ユーキャン?】#1

 

「もう一度言うぞ! テッポダマの仕事はモンキーでも判るくらい簡単だ! 1、マイトを巻く! 2、火ぃ点ける! 3、事務所にカチコむ! 4、手前は男になる! クランの誇りだ! 判ったな!?」「判りました! できません!」「ザッケンナコラーッ!」「アィェーッ!」

 

……自分はなにを間違えたのだろう。

 

「ニィビッテンダコラーッ! てめぇがやるんだよ! コンジョ見せろや! 臆病モンが! タマツッテノカコラーッ!」視界いっぱいの強面が高速で上下する。揺さぶられた脳味噌が頭蓋の中でスマートボールめいて反射する。慣性振動する三半規管と相まって吐き気がこみ上げてきた。

 

……代紋スカウトの誘いに乗ってカジュアルにヤクザ入りしたことなんだろうか。

 

「でもムリです! 死んじゃいます!」「ニィッテンダコラーッ! クランの名誉だ! 胸張って死ね! ヤッマエニスッソゾコラーッ!」「アィェーッ! グワーッ!」血走った強面の代わりにスタン・メリケン付きの拳骨が視界を占めた。殴られるのはヤンクとケンカで経験済みだが、電気ショック付きは始めてだ。

 

……それともシャカリキの勢いで担任を半殺して退学したことなんだろうか。

 

「オボボーッ!」「ニィッハッテンダコラーッ! テッポダマならガッツ見せろや! 笑って耐えろ!」「オボーッ!」感電した胃袋がエラーと共に昼飯を吐いた。興奮した強面から追加のボディーブローで胃液が追加される。半消化されたミート・ポンの上でエビめいたショッキングなエレクトロを踊る。

 

……やっぱりママの言いつけを破ってドラッグに手を出したことなんだろうか。

 

「ザッケンナコラーッ! ジンギ汚す気か! ナメッテンノカコラーッ!」「グワィェーッ! アィボボボーッ!」感電と物理衝撃でニューロンが誤動作し、恐怖と苦痛と吐き気が入り交じる。アンコシチューのケオスの中、脳髄の一部だけが奇妙に冷静だった。

 

場違いに正気を保ったニューロンが、浮かんだ疑問に従ってプレイバックを始める。初めてZBRを打った夜、潤んだ視界の中で空は油膜めいた玉虫色に輝いていた。シャカリキを1ダース呷った午後、ボーを振り上げた自分は暴力の神だった。スカウトに乗った昼飯時、脳裏には成功への序曲が流れていた。

 

「ゲボォッ! ゆ、許してください! 助けてください!」そして今、耳の奥に響くのは自分の悲鳴とパニック映画のBGMだ。安いモブが怪物に食われるシーンの音楽。必要なのはモンスターの恐怖感で、モブには何の価値もない。もしこの場に映画カメラがあるなら視点を外して説明描写を始めるだろう。

 

仮想のカメラを広角に切り替える。特徴のない雑居ビルの一室。オスモウバーの名目で借り上げられた部屋には、オスモウの「オ」の字も、バンザイテキーラの一瓶もない。代わりに『もっと黄金』『より高純度な百足』と言ったヤクザフォントの掛け軸が掲げられ、チャカやライフルが処狭しと置かれている。

 

誰が見ても判るようにここはヤクザ事務所だ。掛け軸やマネキネコ、ダルマといった基本的ヤクザインテリアはともかく、新興のクランらしく他は簡素な什器と雑然な武装だけしかない。しかし異彩を放つ代物が一つ。歴史有るクランでもお目にかかれない、黄金百足蒔絵のサカズキがモブ頭上の神棚に鎮座している。

 

このジンギが事の発端だ。そして事の経緯については出入り口前に立った人影が知っている。KNOC! KNOC! 扉を叩く音が響く。途端に強面も他のヤクザも皆口をつぐみ、息を潜めて扉を注視する。興奮と恐怖で顔色は赤青まだらに染まる。チャカ・ガンやヤクザライフルを握る手も小刻みに震えている。

 

「ドーモ、リファインド・ゴールデンムカデ・ヤクザクランの皆さん。ソウカイヤの”バードショット”です。ジンギを回収に来ました」つまり、ソウカイヤ提携によるクローンヤクザ大量導入に反対したリアルヤクザ達が、ゴールデンムカデ・ヤクザクラン象徴のジンギを奪って新規クランを立ち上げたのだ。

 

しかし、目算は外れてジンギだけでは正当性を確保できず、古巣のカンニンブクロはとうの昔に爆発四散。一刻も早くカチコミをかけて優位を示し、テウチに持ち込まねばノーフューチャー、という訳である。しかし今、絶望の未来が事務所のドアを叩いた。切り開く方法は一つ、殺られる前に殺るしかない。

 

「ヤッチマエーッ!」「「「シネッコラーッ!」」」BLALALALALALAM!!! 強面の号令で撃鉄は落とされた! 事務所ドアが鉛玉の豪雨に晒される! 建築設備から粗大ゴミ、そして燃えるゴミに早変わる! 「アィェーッ!」恐慌したモブは当然失禁! キョート風錦絵プリントの鯉が黄色い水を得て跳ねる! 

 

銃火が止んで硝煙の幕が上がっていく。元ドアは僅かな木片となり果てた。ドア向こうの人間などネギトロどころか血煙だろう。だがガンスモークの奥に巨銃二丁を握る人型のシルエットが浮かび上がる! しかも無傷だ! 「ブッダミット……!」まさしくこれは人間業ではない。なぜなら彼は人間ではない。

 

「返答は鉛玉か。なるほど、お前達はチキンではなくアホウドリだったようだな」自然体で立つバードショットを見れば判る。腰に巻かれたブラックガンベルト、顔を覆うハンターメンポ。これこそがドラゴンをも貪るムカデを象徴に戴いたヤクザたちが、鳥に啄まれる虫けらめいて怯え竦んでいた理由。

 

そう、バードショットは……ニンジャなのだ! 「アィーッ!」NRS(ニンジャリアリティショック)に曝されたモブは当然失禁! キョート風錦絵プリントの鯉が更に黄色い水を得て跳ねる! 恐るべき半神的存在を前に、ヤクザ集団はヤバレカバレの第二派攻撃を仕掛ける! 「ヤ、ヤッチ「イヤーッ!」だがそれよりもバードショットの動きは遙かに早い! 

 

BLA-TOOM!! 「「「アバーッ!?」」」爆発音と聞き違えるほどの轟音が雑居ビルを揺るがした。その轟音源はニンジャの両手に握られた二丁の異常巨大ショットガンだ。超高速セイケンヅキによるスラムファイヤが、その腹に抱えた万に届かんばかりの鉛球を0コンマで全て放ったのだ! 

 

それがもたらした破壊は……おお、ブッダ! かつて部屋であった一区画からはネオサイタマの陰鬱な曇天がそのままに広がっている。そこには掛け軸も、壁も、人間も、血痕すらもない。神棚を除いて跡形すら残さず全てが消し飛んだ。重苦しい天蓋を見上げるのは神棚下のモブ一人だけだ。

 

「アィー……」白痴めいた表情のモブはバードショットが回収すべきジンギの真下に位置していた。そしてこれだけの破壊をまき散らしながら、サカズキには傷どころか埃一粒すらついていない。文字通り人間業ではない。これこそがニンジャのカラテなのだ! 

 

ガラン。カイジュウ用めいた、或いはカイジュウめいた散弾銃を投げ捨てる。赤熱する銃口が残りの硝煙を吐き出した。それは未だ殺戮に飽かぬ怪物の暗喩か。「ククク……豆鉄砲を食らった鳩の顔だな。まあ豆鉄砲というには少々口径が大きいが」獲物を嗤うバードショットは得物の四連銃身散弾銃を抜く。

 

「アー」限界を超えたモブは、過剰光で焼き付いたブラウン管の様だった。ゴーストめいた真っ白な虚無だけが顔に張り付いている。「コトワザには『焼いたチキンは髄までしゃぶれ』とある」銃口でモブの顎を上げる。「アゥー?」一滴の涎が伝い落ちた。後1cmトリガーを絞れば最後の生存者は死ぬ。

 

だが、バードショットは銃口を外し肩に担いだ。「だがミヤモト・マサシは『胸元入る小鳥は飼う』とも遺している。さて、生かすべきか殺すべきか。なあ、どう思う?」そしてそのまま……トリガーを引いた!? BLAM! 鉛粒の群が背中越しに元扉へと向かう。バードショットは何を撃った!? 

 

「イヤーッ!」KILINK! いや、何を撃ち損ねた!? 赤熱する超音速の鉛弾を弾いたのは、それよりも赤い紅蓮の両腕。命を拾ったモブは運が良かったのか、いや悪かったのか。どちらにせよ、ネオサイタマをひっくり返してもこれだけ数奇な経験を持つ人間はそうはいないだろう。

 

闇より現れたのは、ミラービルが照り返すネオン光を浴びてなお暗い血色の影。人ならざる血に塗れた影は両の掌を合わせる。おお、その名は! 「ドーモ、俺はニンジャスレイヤーです」ジゴクの住人めいたアイサツと共に、メンポに描かれた『忍』『殺』の二文字が闇より浮き上がる! 

 

ーーー

 

ニンジャスレイヤー(ニンジャ殺す者)とアイサツする赤黒の影に、猟師ニンジャ装束の影が応えた。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。バードショットです。お噂はかねがね」大ラオモトの耳に届くほどにその名は知れている。それだけに得られるオナーも懸賞金も莫大だ。アブハチトラズ。知恵あるスワローめいて両得としよう。

 

「ソウカイヤの耳元で飛び回る羽虫が、自主的についばまれに来たとはな。ならば、よろこんで頂いて「……なんです」ン?」アイサツは古事記にも書かれる神聖不可侵の行為であり、言葉のぶつけ合いはカラテの一つだ。だが、赤黒のニンジャの台詞は何か違う。耳をそばだてるとよく判る。

 

「俺はニンジャスレイヤーなんですニンジャスレイヤーだから一人だニンジャスレイヤーは友達もセンセイもなくていいニンジャスレイヤーなんだから過去はない完全だニンジャスレイヤーである以上ニンジャスレイヤーなのは正しいからニンジャスレイヤーは間違ってない俺なんだ」ニンジャの……狂人! 

 

「……!?」バードショットが思わず言葉を失ったのも無理はない。ソウカイヤを狙う発狂マニアックのニンジャ殺人鬼とは聞いていたが、ここまでネジが抜けているとは。「まあいい。ダックもターキーも絞めて捌けば鳥肉よ! イヤーッ!」BLALALALAM! 気を取り直して四連銃身散弾銃を四連射! 

 

「イヤーッ!」赤黒のニンジャは避けようとすらしない。血の濁流めいて一直線にバードショットへと向かう。「狂った鶏頭は恐怖どころか痛みも理解できんか!」バイオ猛獣は鳥撃ち散弾では殺し切れぬ。更に危険なニンジャともなれば尚の事。更に打ち込む他は無し。だが弾は尽きた。ならばどうする? 

 

「こうするのよ! イヤーッ!」「ヌゥッ!」赤熱銃身で打撃! 赤黒の突進を止める! 「イヤーッ!」「ヌゥッ!」元折れ銃身を解放し鉄拳突き! 同時に排莢! 「イヤーッ!」「ヌゥッ!」四連実包スピードローダー! サミング兼弾込め! 「イヤーッ!」「ヌゥッ!」銃身を跳ね上げつつ前蹴り! 距離をとる! 

 

なんたるリロードアクションとカラテアクションの融合によるヌンチャクワークスめいたファイヤワークスか! ワザマエ! 「貴様の首はラオモト=サンに献上の後、ミューテイトカラスで鳥葬としてやろう! 喜んで死ぬがいい! イヤーッ!」BLALALALAM! 至近距離から更なる散弾四連射! 

 

「ヌゥーッ!」ガードのみでは細やかな鉛粒の群を防ぎ切れぬ。鳥撃ち散弾連射のダメージは浅い。だがカラテ攻撃と弾丸装填を組み合わせた全く新しいピストルカラテには一切の隙がない。このまま赤黒のニンジャは散弾で削り殺されてしまうのか? 否。狂気と凶気に赤々と燃える両目はそう告げる! 

 

「ニンジャスレイヤーは死なない……イヤーッ!」傷も苦痛も無視した突貫を再び! 「鳥頭め! イヤーッ!」「ヌゥッ!」赤熱する銃身打撃! 赤黒の突進を止める! 「イヤーッ!」「グワーッ!」元折れ銃身を解放し鉄拳突き! 同時に排莢! 「「イヤーッ!」」四連実包スピードローダー! サミング兼弾込め! 

 

……弾込め、できてない! 「ナニーッ!?」スピードローダーごと赤黒の手に包まれている! 鉄拳突きを敢えて顔面で受け止め、ガードに使う両手を自由にしたのだ! 傷を省みぬ自滅的カラテでバードショットのヌンチャクワークス兼ファイヤワークスが止まった! 緋色に光る目は当然それを見逃さぬ!

 

「ニンジャスレイヤーは退かない……! イヤーッ!」赤黒の腕から紅蓮の炎が吹き上がった。炎は二つの手を焼き焦がしながら蛇めいて絡みつく。するとどうなる? 「「グワーッ!」」BLAM! 当然、焚き火に投げ込まれたアマグリと同じだ! スピードローダーを包む二忍の手が吹き飛ぶ! 

 

「グワーッ! グワーッ!」スピードローダーを直に掴んでいたバードショットの手は悲惨の一言に尽きる。残ったのは掌の三割だけ。残りは散弾炸裂で全てケジメだ。「ヌゥーッ!」その上から握っていた赤黒の手も只では済まぬ。ケジメこそ無いが、全ての指はあらぬ方向を向き、関節は倍に増えている。

 

「フーッ! フーッ!」その指を正拳に無理矢理折り曲げる。骨が折れる水っぽい音が響く。吹き出した血が焼け焦げた指を濡らす。「ニンジャ、スレイヤーは、怯ま、ない……! イヤーッ!」「グワーッ!」殴り飛ばされた顔面は混ざり合った血で染まった。堅く握れぬ拳だ。さほどのダメージではない。

 

確かに肉体はそうだろう。だが精神は? バードショットはひきつった声で答えた。「何だ、何なんだ、お前は!?」ヒッチコックの動物パニック映画めいて、一切を省みぬ自殺的カラテがその心に深々と突き刺さったのだ。傷口を押さえて後ずさる姿は猟師でも猛禽でもない。それは狩り殺される獲物の姿だ。

 

そして目の前の影は名乗った。ニンジャスレイヤー(ニンジャ殺す者)と名乗った! 「ニンジャスレイヤーは負けない……イヤーッ!」「グワーッ!」無事な拳で殴る! 「イヤーッ!」「グワーッ!」無事でない拳で殴る! 「イヤーッ!」「グワーッ!」無事な拳で殴る! 「イヤーッ!」「グワーッ!」無事でない拳で殴る! 

 

「グワーッ! グワーッ! ヤメロー! グワーッ! ヤメロー!」精神と肉体を散々に打ちのめされ、バードショットはアワレにも命乞いを始めた。だが狂人に乞い願っても得られるのは狂気だけだ。「オタスケ!」「ニンジャスレイヤーは助けない!」「アバーッ!」両腕の紅蓮が燃え移り全身を焼き苛む!

 

BLAM! BLAM! BLAM! 「アバーッ! アババーッ!」全身に仕込んだ実包が次々に点火炸裂! 今やバードショットが火中のアマグリだ! BLAM! BLAM! BLAM! 「アババーッ! アバーッ!」炸薬の爆轟が打ち据え、赤熱する鉛粒が引き裂く! 実包と装束、肉と骨が微塵と吹き飛ぶ! 

 

BLAM! BLAM! BLAM! 当然、赤黒のニンジャをも爆轟が打ち据え鉛粒が引き裂く! 「イヤーッ!」しかし狂乱の火炎に一切の躊躇なし! 殺意の業火が一切を焼き尽くしていく! 「ナンデ!?」泣き叫ぶように理不尽と不条理に問いかける。だがモブの生死を問うた時と同様に、応えるのは狂気だけだ。

 

「ニンジャスレイヤーは許さない! ニンジャスレイヤーは生かさない! ニンジャスレイヤーは! ニンジャスレイヤーだ! ニンジャスレイヤーよ! ニンジャスレイヤー! ニンジャ!! スレイヤァァーーッッ!!」「アィェバーッ!? サヨナラ!」バードショットは理不尽な恐怖と不条理な絶望の中で爆発四散した。

 

肉体が爆発四散する音が響き、衝撃がジンギを生き延びた神棚から落とした。「ア……ア?」ジンギはモブの額にぶつかって夢と現の境界線から彼の意識を引き上げた。それはかつてドラゴンをカバヤキにして食らったムカデ大妖怪の気まぐれな慈悲か。或いは思いつきの悪意か。

 

どちらにせよ、これよりモブが知る正気無き恐怖の味わいと比べれば、極々些細な違いにすぎないだろう。彼は寝起きの顔で不可思議そうに元は部屋だった解放空間を見渡した。「ハーッ、ハーッ、ハーッ」「あ」目が合った。赤く光る目が、有った。

 

ーーー

 

「あ」赤黒い死と視線が交錯する。記憶が舞い戻り、現実が突きつけられる。「ア、アッ、アィェーッ!」NRSフラッシュバックにのたうち回るモブ。しかし膀胱の中は空っぽだ。キョート風錦絵プリントの鯉は乾いた染みの中で不満げに泳ぐ。抜けた腰のまま必死で後ろへ、後ろへと這いずる。

 

「え」手が空を掻いた。振り返ればミラービルに己の姿が写る。地上にはテールライトの川が流れ、天空には陰鬱な重金属酸性雲が蓋する。「エッ?」後ろはない。何もない。壁は全て吹き飛んだ。後はない。何処にもない。「アィェッ!?」そして目の前には、血溜まりの赤と闇夜の黒を重ねた死神がいる。

 

「俺何も知らないよ! 何も見てないよ!」目を瞑り首を振り、二重の意味で目の前を否定する。「そういうことにするから! だから!」それでも足らぬならとメッカ向けサラートめいたドゲザで、必死にアッピールするモブ。「ニンジャスレイヤーは見逃さない……!」だが見逃してはくれないそうだ。

 

「イヤーッ!」「アィェーッ!?」CRASH! それを示すように背後でミラービルの鏡面ガラスが割れ砕ける! 「イヤーッ!」「アィェーッ!?」CRASH! 更に背後でミラービルの鏡面ガラスが割れ砕ける! ニンジャ動体視力無きモブには何が起きているか理解できない。

 

「アィェーッ!? アィェーッ!」「……?」赤黒の腕が振るわれる度、飛んだ血がスリケンに転じていることも、何故か赤黒いニンジャが狙いを外していることも。モブに判るのは自分がマナイタの上にいる事だけだ。しかもマナイタの前でサシミ包丁を握るのは赤黒の殺人シェフなのだ。

 

「ヤメテヤメテヤメテ!」「ニンジャスレイヤーは止めない……!」血の滴るチョップを掲げて、ゆっくりと歩みよる赤黒の包丁忍。プラカードと妄言を掲げた動物利権団体でも、その顔を見た途端に回れ右するだろう。ましてやネオサイタマの人権は動物利権よりも安いのだ。

 

「ナンデ!? ナンデ!? ア”ーッ! ア”ーッ!」鼻水と一緒に汚い高音をたれ流し、モブは理不尽を世界に問う。だが天も地も黙して語らず。幾千幾万の悲嘆と絶望を飲み干して尚、この街は声一つ上げてはくれない。どれだけ泣いても縋っても叫んでも意味はない。先のバードショットの末路を見れば判る。

 

 

だから、その偶然にも何の意味はなかったのだろう。

 

 

FLASH! 下の道路を電飾デコトラが通り過ぎた一瞬。光害級のイルミネーションが闇夜に紛れる全てを照らし出した。爆音に怯えてゴミボックスの影で膝を抱える浮浪者。明滅するネオンを頼りに静脈を探る重度ZBR中毒者。そして……不運なモータルを理由無くカラテ殺そうとするニンジャ。

 

ミラービルに写る鏡像が目の前に突きつけられる。邪悪で、不条理で、理不尽な、『ただのニンジャ』の姿。それに向けて泣き叫ぶモブが問う。「ナ”ン”デ!!?」(((貴……何の為……ラテを……)))その耳にいつかの問いが微かに響いた。

 

友になる前の友から始めての負けを知り、オールドセンセイに指導を乞うた。教えの通りにカワラ割りからやり直し、後の親友同様にショートカットなしで一年間をやり通した。その最中、何度と無くオールドセンセイは問いかけた。

 

(((貴方は何の為にカラテを学びますか?)))何度と無く口ごもった。(((貴方は何の為にカラテを鍛えますか?)))何度と無く答えあぐねた。(((貴方は何の為にカラテを振るいますか?)))何度と無く言葉を探した。真っ正面から返せたのは、一年間をやり通したその日が初めてだった。

 

(((僕は……)))その時に自分が何を口にしたのかを覚えている。その時にセンセイが何と返したかを覚えている。その時にセンセイが浮かべていた表情を覚えている。その時に自分を見つめる眼差しを覚えている。その時のセンセイの顔を覚えている。深い人生が刻まれた顔。その全てを糧にした顔。

 

年を得たならこうなりたいと思った、その顔が目の前にあった。ミラービルの鏡面ガラスのその向こう。闇の奥に、あの日のままに立っている。だが同じなのは顔形だけだった。浮かべる表情は真逆の寒色で、失望と諦念を明確に現している。深く柔らかだった眼差しは、哀しみで突き刺すように堅く鋭い。

 

そして口がゆっくりと動いた。『ナンデ?』何故、貴方は進むべき道を間違えたのか。『ナンデ?』何故、貴方は他人のモノマネに縋って逃げ続けるのか。「違う……違う、違う! 俺は間違ってない! 正しい事をしているんだ!」幻の問いは投石めいて赤黒いニンジャの頭蓋を打ち、彼の現実を揺るがした。

 

声がもう一つ重なる。『ナンデ?』何故、お前はセンセイの教えを汚したのか。聞き覚えのある声。親友の声。影から現れた声の主もまた、声以外の全てが違っていた。憤怒と軽蔑が焼け付く表情で、両目は吹き出す憎悪に黒々と燃えている。見飽きるほどに見慣れた顔が、見たこともない顔でそこにいた。

 

『ナンデ?』友が問う。『ナンデ?』師が問う。『『ナンデ?』』何時かの問いが意味を変えて響く。何故、貴方/お前は殺すべき邪悪なニンジャになり果てたのか、と。「黙れ! 黙れ! 黙れ! 違う! 違う! 違う!」赤黒のニンジャ……否、”ヒノ・セイジ”は怯えるように後ずさる。

 

「俺はニンジャスレイヤーだ! ニンジャじゃない! ニンジャなんかじゃない!」セイジは幻の問いをひたすらに否定する。問いには答えない、答えられない、答えられる筈もない。自身を直視できぬまま、己から目を逸らし暴走を続けた。何故と問う声に返す言葉などありはしなかった。

 

「『俺』はニンジャなんかじゃない! ニンジャスレイヤーだ! だから見るな! そんな目で見るな! 見るなよ! 『僕』を見るな……見るな……見ないで……」喉よ枯れよと否定を叫ぶ声は、何時しか掠れた哀願へと変わっていた。すすり泣く幼子めいて、ワガママに強請る童子めいて、頭を振って顔を覆う。

 

望みの通りに幻影は応えた。諦めと軽蔑の目を逸らし、闇の底へと去っていく。「あ」呼びかける。振り返りもしない。「ああ」手を差し出す。憎しみすら向けてはくれない。幻にすら見捨てられ、迷子の子供は遂に帰る家を喪った。

 

「ウウ……ウッ……ヒッ」寄る辺なき孤児はコンクリートの荒野の中で呆然と膝を突き、顔を伏せる。もはやそこには赤黒のニンジャはいなかった。子供がいた。ごっこ遊びに逃げ込んだ果てに、慕う友達と先生を見失った、孤独な子供がいた。

 

「ェアー」その耳に白痴の声が届いた。声の主は一人だけ。モブだ。度重なるNRSにニューロンは完全に焼き切れた。彼に悪運が有れば、自我科病院の鉄格子のついた病室で拘束服に包まりながら一生を終えるだろう。不運なら死ぬだけだ。幸運ならば? そもそもここにいない。

 

伏せた顔が上がる。赤光の物理的な視線がモブを指した。「ァアィッ!?」人格が焼き消えても、ニンジャの恐怖だけは消えなかった。遺伝子レベルの恐怖に、僅かに残った脳髄がドゲザ条件反射を出力した。その背を見る両目の光は、目まぐるしく色合いを変えていく。

 

忿怒、恥辱、憎悪、諦念、狂気、悲嘆、殺意。幾多の赤を映したその果てに映る色は……無い。両目は赤光を消した。それは超自然の光など無いただの目、人間の目。子供の目だ。「……行けよ、行っちまえ!」その目でセイジは叫んだ。掠れた弱々しい声で叫んだ。

 

「アィェーッ!」お許しをいただいたモブは振り返ることなく一目散に退出した。セイジはそれを見ることなく、雷に怯える子供の様で膝を抱いて丸まる。だがどれほど泣いて縋っても、助けに来る誰かはいない。家族は殺され、親友は離れ、先生は死んだ。その幻覚にすら見放された。

 

「ニンジャスレイヤーだ……ニンジャスレイヤーなんだ……ニンジャスレイヤー……=サン……僕を導いてください……ニンジャスレイヤー=サン……どうか教えてください……」鏡面に映る孤独な現実から目を背け、脳裏に響く嘲りの幻聴から耳を塞ぐ。セイジはただ一つ残った理想像(ヒーロー)に乞い願う。

 

「……どうすればいいんですか……ニンジャスレイヤー=サン……どうか……道を示してください……どうか……お願いします……ニンジャスレイヤー=サン……」だが、過去は黙して語らず。逆光に滲むシルエットは見つめるのみ。記憶の理想像(ニンジャスレイヤー)が答えを返すことは無い。

 

TELLLL! TELLLL! TELLLL! 「どうか……おしえて……ニンジャスレイヤー=サン……おしえてよ……やだよ……もうやだ……」ただ、メガロポリスの雑踏と懐のIRC端末が、ノイズめいた背景音を鳴らしていた。いつまでも、いつまでも鳴らしていた。

 

【キャッチアップ・イフ・ユーキャン?】#1おわり。#2へ続く。


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