鉄火の銘   作:属物

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第五話【ザ・レッド・スピード・トゥ・ジゴク】#2

【ザ・レッド・スピード・トゥ・ジゴク】#2

 

「アイェー!」「ザッケ「イヤーッ!」グワーッ!」「スンマセン! ホントスンマセン!」常ならば精悍なカラテシャウトが響くデント・カラテドージョーに、野太い悲鳴と命乞いがコダマする。声の主はドージョーに似つかわしくないアロハシャツと金糸スーツの二人。どう見てもカタギではない。ヤクザだ。

 

しかし、常ならば我ら肉食獣でございとふんぞり返るヤクザが、カラテを前に怯え竦んで縮こまるのみ。肉食獣どころか獅子に蹴り転がされる小動物と変わらない。「事情をお判りいただけましたか? ではお帰りください」ヤクザをデント・カラテで蹴り転がすのはドージョーを統べるヤングセンセイだ。

 

「これで勝ったと思うなよ! 覚えてろ!」「マッテ! マッテ!」ザンシンを取るヤングセンセイへと、トラディショナルな捨て台詞を吐き捨てて、四足歩行で逃げ出したヤクザ達。デント・カラテの圧倒的説得力でジアゲヤクザは納得してもらえたようだ。だが、近い内にまた来るだろう。

 

何度殴り飛ばしても状況は変わらなかった。それどころか悪化の一途をたどっている。残る生徒を数えれば両手の指より少ない。「もうダイジョブですよ、皆さん」「あの、センセイ。ちょっといいですか」「ママから、その……」そしてまた二人減った。ああ、またか。歪む表情を作り笑顔に固定する。

 

「今までアリガトゴザイマシタ」「スイマセン」「こちらこそありがとうございました。ドージョーはいつでも開いています。また機会があればいずれドーゾ」二度と戻らないだろう生徒達の家路を見送る。その影が夕闇に消えると同時に、ヤングセンセイの顔からも張り付けた笑顔が消えた。

 

「……どうすれば良かったって言うんだ」血を吐くように呟き、拳を震わせて肩を落としたヤングセンセイはドージョーへと戻った。

 

―――

 

オブツダンにライスを供え、全ての照明を消し、戸締まりを確認する。日課を終えたコート姿のヤングセンセイは、いつものように夜の町に繰り出した。ご意見番であったオールドセンセイ亡き後、彼はほぼ毎日に歓楽街に足を運んでいる。ストレス性の現実を忘れようとネオンの海で快楽に耽溺しているのか?

 

否、彼のポケットにはオイランホステスの名刺も猥褻バーのマッチ箱も入っていない。代わりに入っているのは一枚の写真だけだ。「チョット、オニイサン。いい身体してるねえ! サケ飲みねえ!」「いいえ、結構です。それより、この少年を見かけませんでしたか?」それを見せて客引きに問う。

 

映るのは浅黒く精悍な顔をしたカラテ着の少年。「知らないねえ。でも店に知っている人がいるかもしれないねえ。酒飲んでかねえ?」「ご存じ在りませんか。ではオタッシャデー」「ケッ、客じゃないなら聞くんじゃねえ」侮蔑の舌打ちを背後に残し、ヤングセンセイは再び歩き出す。

 

「モシモシ、この少年を見かけませんでしたか?」探す当てもないまま、路地裏を通り、店々を巡り、夜に生きる人々に尋ね歩く。時に猥褻店に連れ込まれかけて押し問答。時に酔漢に絡まれて足早に立ち去る。

 

ビビッドな灰色に煌めくストリートから、場違いな部外者へと無数の視線が突き刺さる。それはコンクリートジャングルに降りた迷鳥か。或いは潮に流されてさまよう死滅回遊魚か。気づけば公園の無個性時計は12時を指していた。

 

今日も成果はなかった。寝不足と徒労感が両肩にずしりとめり込む。探偵にも興信所にも依頼した。数を減らしたドージョーの門下生にも聞いて回った。その上、毎晩こうして街々を歩き、手がかり探している。

 

だが未だに写真の”ヒノ・セイジ”は影も形も見つからないままだ。何が始まりだったのか。祖父の、オールドセンセイの急病だろうか。いや、それ以前の”カナコ・シンヤ”の退会がきっかけか。何にせよ、センセイである筈の自分はヒノ=サンをドージョーに引き留める理由になれなかった。

 

(((私がヒノ=サンのセンセイ?)))苦い自嘲の笑みが、疲れた顔に浮かぶ。彼のセンセイはシンヤ=サンと同じく祖父だ。自分はセンセイになれなかった。何処まで行ってもドージョー経営者にすぎなかったのだ。そしてジアゲ圧力と生徒減少の前にドージョー経営者としても終わろうとしている。

 

「……どうすれば良かったって言うんだ」喀血めいた言葉がこぼれ落ちる。NSPDへの賄賂は支払った。あえて門下生の前でヤクザを撃退し力強さをアッピールした。できる限りの対策はしたつもりだ。だが、ジアゲヤクザは飽きずに嫌がらせを繰り返し、怯える門下生は次々に退会していく。

 

何が悪かったのか? 誰が悪かったのか? 俺が悪かったのか? 「ブッダミット」口を突くのは運命とブッダを呪う言葉。何の意味もない。ヒノ=サンを探して出したところで意味はない。何一つ解決はしない。生徒が減ったのはジアゲと嫌がらせのせいだ。祖父が死んだのは公害病と老齢のせいだ。

 

それでも探すのを止められない。ヒノ=サンを見つけてドージョーに連れ戻せば、全てが元に戻るとでも思っているのか? 「ハハ」ヤングセンセイは自分の無能を嗤う。「アハハ」無才を嗤う。「アハハハッ!」無力を嗤う。「ハハハッ……」頭上のドクロ月のように自分を嗤った。

 

―――

 

「ザッケンナコラー! ルッセーゾコラー!」唐突で耳障りなヤクザスラングが、ヤングセンセイの重い頭に響いた。「アアン!? オッラ誰と思ってるワケ?」「アイェー!?」音源を目を向ければヤンク達が不健全交遊中の学生アベックに絡んでいる。振り乱す原色の軽い頭が酷く目障りだ。

 

「チョッ、チョット! チョットチョット!」「アンダッテコラー!? ジャマダッテコラー!」「グワーッ!」勇気を絞り出した彼氏が押しのけようとするが、即座に火花を散らす違法スタンジュッテで殴り飛ばされた。「ダイジョブ!? ねえ! ねえってば!」「ダイジョブだって! だからアソボ!」

 

「ヤメテ! タスケテ! ンアーッ!」「アバッ、アババッ」彼女はヤンクに引きずられて物陰に連れ込まれようとしている。だが危険な痙攣をしている彼氏には、暴行寸前の彼女を守れなさそうだ。チャメシ・インシデントの暴力とありふれた犯罪。通報する者も反応する者もない、ネオサイタマの日常光景だ。

 

「ちょっとやめないか」「ダッテメッコラーッ!?」その全てがヤングセンセイのカンに障った。「ナニッテンダコラーッ! スッゾコラーッ!」威圧的に光る蛍光タトゥーも、LED鼻ピアスを明滅させて凄む顔も、血が滴るジュッテも、何もかもが腹立たしい。激情のままに拳を構える。

 

「ニサマダッテンダコラーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」スタンジュッテを振りかざす青髪ヤンクへ、カラテパンチで青タンを刻む! 「ザッケンナコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」メリケンサックで殴りかかる白髪ヤンクへ、裏拳で意識を白く塗りつぶす!

 

「スッゾコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」ジャックナイフで切りかかる赤髪ヤンクを、チョップで打ち据え更に赤く染める! 「シネッコラー!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」スパイクシューズで蹴りかかる黄髪ヤンクを、ハイキックで蹴り飛ばして黄色い歯が飛び散る!

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」子供達にカラテ道徳を教えている自分が、犯罪者とはいえ無関係の他人を殴って笑っている。「アハハ」何てザマだ。笑える。「ハハハッ!」笑うしかない。

 

「アア? ドシタよ、お前等」重サイバネ腕を引きずり、オヤダマと思わしきスモトリが現れた。チャンコ072の風船体型と、柱じみた工業用テッコ。シルエットは人類より類人猿が近い。銀杏頭の中身も近いだろう。

 

「センパイ、オナシャス!」「あいつが俺ら嘗めたンス!」「ヤッチマッテください!」「アダウチしてよ! ボスでしょ!?」「アアッ?」口々に他力本願の復讐を希うヤンク達。それが業務用ズバリ缶を煽るボスモトリの神経を逆撫でした。

 

「ルッセーゾ!」「アバーッ!?」火薬式テッポウが青ヤンクの胸を砕く! 「ナメッテンノカ!」「アババーッ!」鋼鉄ハリテが赤ヤンクの首を折る! 「ドッソイ!」「アッバーッ!」油圧サバオリで黄ヤンクの胴が潰れる! 「ダマレコラーッ!」「アバッ!」モーター下手投げで白髪ヤンクの内臓が飛び散る!

 

「アーアー……テメーのせいで俺の可愛い手下が死んだじゃねーか! ドシテクレンダオラーッ!」返り血で斑に染めて、独り者になったボスモトリが脅しをかける。なんたる自分が殺した配下の責任を求める滅茶苦茶で無茶苦茶な怒りか! ヒドイ!

 

「……」「オ、やっちゃうの? やっちゃうのか? アアン!?」返答の代わりにヤングセンセイはデントカラテを構えた。違法薬物で腐った乱杭歯からバリキ臭が鼻を刺す。「イヤーッ!」「グワーッ!?」肉弾めいた弾道跳びカラテパンチ! デントカラテの基礎にして奥義がボスモトリの顔面にめり込む!

 

だが、しかし! チャンコ072で異常肥大化した肉体はその一撃に耐える! 「テメッコラーッ!」ウカツ! ここはヒットアンドウェイに徹するべきであった! ドージョーで鍛えたヤングセンセイのカラテは確かであったが、実戦経験の不足は大きかったのだ。

 

「ドッソイ!」「グワーッ!?」BLAM! 反撃のテッポウが文字通り火を噴いた! 反射的な防御で致命傷は避けたものの、代償として片腕は前衛芸術めいてねじくれている。「グワーッ!」「ハッキョーホー……」複雑骨折の腕を抱え激痛にもだえ苦しむヤングセンセイ。目前にボスモトリが立ちはだかる。

 

CLANK! オートマチック拳銃めいた機構が前後する。KILLIN! 寒風に湯気立つ空薬莢が両腕から落ちた。CLIK! 撃鉄が引き起こされ、テッポウを構える。標準を定めるその目はバリキとアドレナリンで真っ赤に染まっていた。

 

(((結局このザマだ)))苦痛に焼かれるニューロンの奥、装填された死を目の前にして冷めた自分が嗤う。自分の無才はご存じの筈だろうに、カラテを過信した結果がこのブザマだ。まあ、才能があったと思いこんでたドージョー経営もあのザマだ。「ハハ」なんと笑えない終わりだろう。

 

そして神経接続の論理トリガーが引かれた。「ドッソ「イヤーッ!」グワーッ!?」だが、ハリテの砲弾は直角ベクトルを加えられ、ひしゃげながら地面を潰すだけに終わった。何故? 何が? 何で? その回答は黒錆色のコートを翻し、カラテパンチのザンシンを取った。

 

「ドーモ、ゴブサタしてます。カナコ・シンヤです……それで、いったい何やってるんですか、ヤングセンセイ?」

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「何をやってんですか、ヤングセンセイ」呆れたような白けたような声音でシンヤは問う。残業を終えて急ぎ帰ろうと近道を選んでみれば、見覚えのある顔が殺されかけているのだ。しかも形式上だけとは言え、師と呼んだ御仁がヨタモノとの喧嘩で死にかけていれば、呆れ声の一つ二つ漏れ出るだろう。

 

呆れ果てたシンヤの問いかけに目前のサイバネスモトリの方が先に応えた。「アアッ? ダレッテメッコラーッ!?」ひん曲がった鉄腕が景気よく火花をとばしているというのに元気なことだ。フィードバックもない違法改造の工事用テッコなのが幸いしたのだろう。

 

「アー、通りすがりです」「ザッケンナコラーッ! スッゾコラー!」「ハイハイ、コワイコワイ」冷め切った態度で軽くあしらうが、危険察知して引く知性は無かろう。異常巨体はチャンコ072由来の遺伝子異常を、溶け崩れた乱杭歯は違法薬物の中毒症状を告げている。ぶん殴って退散させる他にはない。

 

「ドッソイ!」予想通りに怒り狂ったスモトリは屑鉄と化した両腕を振り回す。壊れた腕でテッポウを点火しない程度の知性はあるようだ。だが、それでは勝てない。武器も無し、策も無し、カラテも無しでニンジャに勝てるはずがない。そう、カナコ・シンヤはニンジャ”ブラックスミス”でもあるのだ!

 

「イヤーッ!」「グワーッ!?」左腕のサイバネ接合部に狙撃めいて正確なカラテパンチを一発! 「イヤーッ!」「グワーッ!?」右腕のサイバネ接合部に狙撃めいて正確なカラテパンチをもう一発! 「グワーッ!」BLAM! ニンジャのカラテを弱所に叩き込まれ、総金属の義手は火を噴いて吹き飛んだ。

 

無腕のスモトリは尻餅をついて転げる。チャンコ072で膨らんだ巨体はまるで肉ダンゴだ。「まだやるかい?」「アイェーッ!? アイェェェーッ!」シンヤがニンジャ圧力を込めて睨みつける。文字通り打つ手のないスモトリは立ち上がれず、言葉通りに転げ回って逃げだした。

 

猫用オモチャめいて逃げ去るスモトリから、背後のヤングセンセイへと振り返る。その目は頭上のドクロ月めいて冷たく白けていた。「ドージョーの名前に傷が付きますから、負けるようなケンカはやめてください」問いかける声も先と同様に無関心と軽蔑で冷めている。

 

仮にもセンセイだった人間に取るべき態度ではない。だが、ヤングセンセイに対してシンヤはいい記憶も感情もない。ドージョーの銘に傷が付きかねないから助けただけだ。殺人技術を教えるデント・カラテドージョーの師範が、ストリートの喧嘩でヨタモノに殴り殺された。笑い話にもならない。

 

「……ありがとうございます。少しどうかしていました」「どうかしないでください」仮にもオールドセンセイのドージョーを継いだのだ。ショースポーツに方向転換したとは言え、デントカラテの看板を汚されては困る。「ではオタッシャデー」そしてこれで案件は済んだ。もう居る理由はない。

 

「マッテ! ちょっとマッテください!」「なんですか、そんなにヒマでもないんですが」なにせこれからダイトク・テンプルに帰って家族で食事をとり、トモダチ園の一家団欒を過ごすという極めて重要な案件があるのだ。好いてもいない相手のために時間を浪費したくはない。

 

「シンヤ=サン、貴方はヒノ・セイジ=サンと仲良しでしたね?」「自分はそう認識してますが」「では、今何処にいるかご存じありませんか?」「ヤングセンセイの方が詳しいでしょうに」毎日会っているだろうヤングセンセイが知らぬ筈もない。ドージョーを離れて久しいシンヤに聞く必要もない。

 

なら、何故聞いた? 「カラテ王子、いや、セイジ=サンに何かあったので?」「ここ数ヶ月、ドージョーに顔を出していません。連絡も取れないままです」チアマイコ・ハニービーとのデートをすっぽかしても、デント・カラテの稽古を休むことはなかった。そんなセイジがドージョーを月単位で休んでいる。

 

「アイツが? センセイ……オールドセンセイからは何か聞いていませんか?」シンヤとセイジが師事しているオールドセンセイなら、何かしら知っていてもおかしくはない。「そうですね、貴方が離れてからでしたか」訪ねるシンヤに向けられたヤングセンセイの表情は暗く淀んでいた。

 

「何の話です?」「祖父は半年ほど前に他界しました」「……今、なんと」シンヤは聞き直した。ニンジャ聴力があるのに聞こえないはずはない。理解したくなかったのだ。「オールドセンセイは五ヶ月前に亡くなっています」だが、続くヤングセンセイのコトダマは薄っぺらな現実逃避を容易く打ち砕いた。

 

「………………嘘だろ……!?」

 

足下の底が抜けた。深淵に突き落とされたかのような墜落感。ヘイキンテキどころか自分の立ち位置すら見失う。シンヤは問いになってない問いをヤングセンセイへとぶつけた。「ナンデ……ナンデ!?」「公害病と老衰です」いつかは訪れると判っていた。だが、もう少し先だと思っていた。

 

否、それは言い訳に過ぎない。新しい日々の忙しさ、襲い来るニンジャとのイクサ、隠れ潜むソウカイヤの危険、なによりも守るべき家族。理由は山ほどある。だが結局は『会いに行かなかった』、それだけだ。だから危機を知ることも、危篤に駆けつけることもできなかった。

 

カラテを教えて貰った、人生を教えて貰った、在り方を教えて貰った。貰いっぱなしで、何も返せていない。なのに言葉一つ返せずにセンセイは逝ってしまった。最期に立ち会うことすらできなかった。「…………ッ!」歯を食いしばり、曇天を仰ぎ、流れ落ちるものを堪える。

 

字の如くに後で悔いればいい。今はすべきことがある。「ヒノ=サンが顔を見せなくなった辺りで何かありましたか?」行方を眩ました親友(バカヤロウ)を捜すのだ。考えて姿を消したというなら退会手続きくらいは済ます筈だ。それも無しに失踪したならば、そうさせた『何か』がある。

 

だが、ヤングセンセイは力なく首を振った。「思い当たる節はありません」今の今までセイジを探し回っていたのだ。手がかりがあるなら当たっている。「祖父の永眠がきっかけでしょうが、ヒノ=サンは徐々にドージョーに来なくなりました」理由を問いただしても『成すべきをしている』と返すだけだった。

 

「ただ、ケイコの出席回数が減ってもヒノ=サンのカラテは確かでした」それどころか間を空けて尚、カラテのキレは増していたそうだ。ドージョーから離れても一人稽古は続けているのだろう。シンヤの記憶にあるセイジらしい話だ。ドージョーから離れてる点を除けば、だが。

 

「シンヤ=サンは何かヒノ=サンについて存じませんか?」話せるネタが尽きたのだろう。ヤングセンセイが問いかける。「ヒノ=サンが話さないことは、意図的に避けていましたので……」今度はシンヤが力なく首を振る番だった。セイジの背景については知らなかったし、知る気もなかった。

 

下らない噂話が耳の端に引っかかることはあった。だが、全て無視した。知って欲しいなら自分から話すだろう。自分だって話したくないことも、話せないこともあった。それにお互いに本気だった。本気でカラテを学び、鍛え、交わしていた。それだけで十分だった。十分だと思っていた。

 

お互いに出せる情報は出尽くした。何も判らないとしか判らなかった。「所属してるカイシャに探偵業者がいるので頼んでみます」「ヨロシクお願いします。私も当たれるツテを当たってみます」互いに半ば無意味と思いながらも、しないよりはマシな提案を挙げる。

 

「では、オタッシャデー」「オタッシャデー」ヤングセンセイと別れ、木枯らしの中シンヤは一人帰路に就いた。「いったいどうしたっていうんだよ、カラテ王子……」シンヤはただ一人の親友へと問いかける。だが吹きすさぶ冬の風にかき消され、自身の耳にすら声は届かなかった。

 

【ザ・レッド・スピード・トゥ・ジゴク】#2おわり。#3へ続く。


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