鉄火の銘   作:属物

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第四話【カタナ・フォーリン・トゥ・アビス】#5

【カタナ・フォーリン・トゥ・アビス】#5

 

CRASH! 「アィッ!?」突如響いた破壊音に彼女は首を竦めた。思わず取り落としたポリバケツから中身が散らばった。「アーァ……」一面の生ゴミに、気分は陰鬱に落ち込んだ。また店長から怒られる。ミスを逐一あげつらい、何かある度に怒鳴り散らし、低賃金と過剰勤務を強要する最低の店長だ。

 

俺はヤクザと繋がりがあるとか豪語していて怖くて堪らない。最近は大学の勉強にも支障が出ている始末。だが他にバイト先は見つからなかった。実家に入学金以上の無理も言えない。ため息を押し殺し、彼女は箒とチリトリを手に取る。「……ャーッ!」「イャ……!」また何か聞こえた。人の声のようだ。

 

ヨタモノの喧嘩か? だが、あの声はまるで……「イヤーッ!」「イヤーッ!」目前でモノトーンの風が吹き下りた。黒い烈風と白の旋風が絡み、弾き、交差する。ZING! ZING! ZING! 白黒のチャンバラに火花と流血の赤が彩りを添える。彼女は遺伝子に刻まれた恐怖に絶叫を上げようとした。

 

「アィェ……?」だが喉から声が漏れるより速く、単色の風は流れ去った。「ナンバサットシテンコラー!」呆然と虚空を見る彼女の背中に店長の喚き声がぶつかった。いつもなら声だけで身を竦ませる。だが、不思議と恐ろしくはなかった。彼女は箒を2・3度両手で素振りすると、構えたまま振り返った。

 

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その上空、20m上の屋上。「「イヤーッ!」」SNAP! シャウトと重なるようにハガネが断末魔を上げた。コレクターは真っ二つに折れたカタナを投げ捨てる。「フフフ、これで3本目か。二束三文の安物ではその名刀にはまるで足りぬな」「お前のカタナを全部叩き折った後、背骨と首を叩き折ってやる」

 

「コワイ、コワイ。ウフフ……」4本目を抜き放つコレクターの顔には愉悦と嘲笑がべったりと張り付いている。再び蜻蛉を取るブラックスミスの表情は憎悪と憤怒が焼き付く様。全身の傷口からもニンジャアドレナリンが殺意と共に揮発している。一方、コレクターの白装束には汚れ一つ無い。

 

これはイアイドーの実力差が色濃く現れた結果だ。イクサの経験値はともかく、カタナの経験はブラックスミスが大きく劣る。故にソウルの伝えるツジギリ試斬法に、前世記憶の薬丸示顕流を組み合わせて、一太刀でカタを付けるつもりだった。だが結果はこれだ。ならばどうする?

 

(((学ぶまで、だ)))如何にかわすか、如何に斬るか、如何に返すか、如何に受けるか。コレクターの一挙動一刀足全てをニューロンに焼き付ける。相手が上ならそれを呑み尽くして更なる上にいく。「楽しませておくれよ、フフ」「なら、楽しんで死ね!」せせら笑うコレクターめがけブラックスミスが跳んだ!

 

「イヤーッ!」大上段で振り下ろす! 「イヤーッ!」絡めて真下へ受け流す! 「イヤーッ!」そのまま小手を刻みにかかる! 「ヌゥーッ!」重心を落として跳ね上げる! 「イヤーッ!」タックルめいて石突き打ち! 「イヤーッ!」かわし際の抜き胴! 「ヌゥーッ!」SNAP! 皮一枚を引き替えに4本目を折る!

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「ヌゥーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「ヌゥーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」SNAP! 5本目! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「ヌゥーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」SNAP! 6本目!

 

次々にカタナを使い潰しながら剣戟を交わす二人。「これは困った、全部折られたか」「次は、ハァーッ、お前の、ハァーッ、首だ、ハァーッ」遂にコレクターの手持ちは尽きた。代償としてブラックスミスの傷は多く深い。だがムクイには刃こぼれ一つ無い。コレクターは陶然と無傷のカタナを見つめる。

 

「フフ、こんなステキなカタナを創ってくれるなら、マガネ=サンの前で孫を刻む方が良かったかな?」「代わりに、ハァーッ、お前を刻んでやる」「おおコワイ、コワイ。ならとっておきを出すしかなかろう」抜きはなったのは闇夜を削りだしたかの如き漆黒の一刀だった。刀身に映る光すら呑まれるようだ。

 

「これの銘は『ムラサマ』、エド・トクガワを恨む刀鍛冶が打ったワザモノだ」恍惚の表情で鎬を撫でさするコレクター。「ウフフ、お前のムクイと俺のムラサマ、なんとステキなコントラストだろう」「お前の血で塗り潰してやる」漆黒の妖刀を地擦り構える白装束、純白の魔剣を曇天に突き立てる黒錆色。

 

CLAP! 彼方で遠雷が鳴った。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ZING! 稲妻が重金属雲を走る音を合図に、鏡写しの殺意が爆ぜる。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ZING! 白黒の二人が黒白のカタナを振るった。「イヤーッ!」「イヤーッ!」ZING! 火花が咲き、血華が舞う。

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ZING! ZING! ZING! ZING! ZING! ZING! モノクロームの殺陣を火花と流血が赤く染める。モノトーンの大気の底で泳ぐように、踊るように刃を振るった。

 

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いつ終わるとも知れぬ斬り合いの最中、いつしか空気は粘性を帯び、時間は質量をまとっていた。二振りのカタナが薄皮一枚を裂き、ネオン光を弾き、酸性雨を跳ね上げ、イオン風を巻き上げる。振るう一刀に応じて差し出す一刀。右に踏み出せば左へ歩を進め、前に踏み込めば後ろに足を引く。

 

ヒサツワザの初動に応じ、0コンマで次の手その次の手を積み重ねる。次々に組み立てられては片端から投げ捨てられる、無数のイマジナリカラテの戦略図。限界まで酷使された脳髄が脈動し、過働するニューロンが発火する。鼻血を散らしながら火花を散らす。意識すらも置き去りにしてイクサは加速する。

 

ニンジャ動体視力ですら視認できぬ速度域で、ニンジャ第六感とカラテ条件反射だけが自ら肉体を動かす。互いのカラテが紡ぎ合い絡み合い、イクサという名のタペストリーを織り上げる。空っぽの五体が鐘めいてワザマエを谺する。トランスの極みの中、武闘を越えた舞踏を続ける。

 

その光景をブラックスミスの精神が遠くから見ていた。何も感じず、何も考えず、夢見るように茫洋とイクサを眺める。その心は枯山水めいて透き通り凪いでいた。これこそブディズムの謳うサトリの境地であろうか。否、ただの魔境に過ぎぬ。ダイトクテンプルの住職ならばそう答えるだろう。

 

それを示すように水鏡に波紋が生じる。波紋は音紋を描いていた。どこからか響く鉄打つ鐘めいた音の紋様を。……カィン……音に合わせて枯山水が濁っていく……カィン……血の赤と炭の黒が無色透明を汚していく……カィン……マガネの恨み言がシンヤを染めていく……カィン……

 

……カィン……許せぬ……カィン……許さぬ……カィン……よくも愛娘を……カィン……よくも愛弟子を……カィン……よくも愛孫を……カィン……殺す……カィン……必ず殺す……カィン……殺すべし……カィン……

 

そうだ、(ワシ)は復讐を果たさなければならない……カィン……ワシ()の家族の仇を討たねばならない……カィン……許しはしない。慈悲はない……カィン……犯忍を殺す、ワシのカタナで殺す、必ず殺す、殺す、殺すべし! ニンジャ殺すべし!

 

ブラックスミスの目はマガネの殺意と狂気に染まった。粘り付く風を引き裂き、重苦しい一瞬をかき分ける。腰車狙いのムーンシャドウ。踏み込みながら鍔で絡めてカチ上げる。膝抜きで大上段から振り下ろされた。ヒラキに成る前に転げかわす。振り向きざまの地摺り上げ。相手も同型の地摺り上げで臨む。

 

ジンとヤイバが鳴り、血が飛沫く。紐の切れたオマモリ・タリズマンが飛ぶ。宙を舞う白黒のカタナ。黒白の二忍は完全同期のカラテ演舞に入った。「「イィィィヤァァァッッッ!!」」イアイドー奥義『マキアゲ』。双方の手にカタナが収まる。演舞により極限まで加圧されたカラテが推進力に転じた。

 

引き延ばされた一瞬の中、必殺のカタナが迫る。タタミ5枚の距離。回避など無い。ここで殺す。タタミ4枚。必ず殺す。殺されても殺す。タタミ3枚。この憎しみ、この恨み、晴らさでおくべきか。タタミ2枚。落ちる小さな影。オマモリ・タリズマン。タタミ1枚。『約束』の刺繍。キヨミとの約束。

 

『必ず帰ってきて。家族の前に元気な姿で帰ってきて。約束よ』

 

タタミ0枚「……ッッッ!!」切っ先が突き刺さる0コンマ直前。シンヤはムクイを手放した。同時に身を沈め、迫るムラサマをガントレットで跳ね上げる。赤銅色に火花が走り、冷たい灼熱感が胸を裂く。「ヌゥッ!」だが深くはない。傷もそのままにバックフリップで間合いを取った。コレクターはどこに?

 

いた。片手に黒のカタナを握り、深々と突き立った白のツルギを引き抜く……自分の肺から。「オボッ」吐き出す血と吹き出す血で白装束は鮮やかに染まっていた。「ナンデ、投げ捨てた、あんなステキなカタナ、を、ナンデ?」「家族に言われたんだよ、そんなのいいから『帰ってきて』ってな」

 

「そんな、くだらぬ、ことで、カタナ、を、ケ! ガ! ス! ナ! イヤーッ!」二度目のバッファローめいた刺殺突進。二振りのカタナを手にして殺戮力は二倍だ。だがカラテ演舞なしで推進力は半減している。加えて呼吸器損傷によりシャウトも僅少。「イヤーッ!」「グワーッ!」結果はイクサの公式に従った。

 

双刀をくぐり抜けたセイケン・ツキに顔面を打ち抜かれ仰け反るコレクター。「イヤーッ!」その心臓に二つ目のカラテパンチが打ち込まれた。ドドォンッ! 「アバーッ!」二重カラテ振動波が体内に響く。水芸めいて致死量の血液をまき散らし、コレクターは踊るように崩れ落ちた。

 

真っ赤に塗りつぶされた断末魔が響く。「サヨナラ!」白黒の二刀は墓標めいて爆発四散跡に突き立った。コレクターの死を確かめたブラックスミス……シンヤはその場に膝を突いた。

 

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「ハァーッ、ハァーッ」荒い呼吸を繰り返し、息も絶え絶えとメンポを引き剥がす。頭巾とメンポの下はカタナの刻み跡だらけだった。それは装束の下も同じ。無数の切り傷が全身至る所に刻まれている。タイトロープを歩くようなギリギリのイクサだった。

 

「ハァーッ、ハァーッ…………オボッ」膝を突いたシンヤの口から昼食のソバが漏れた。「オボーッ! オボボーッ!!」カキアゲ、エビテン、オニオンリング。瞬く間に昼食のメニューすべてが逆流する。

 

呑まれていた。自分の命も、果たすべき仕事も、愛する家族すら、マガネ・クロイの憎悪に呑まれて脳裏から消えていた。暴力の快楽も、邪悪な感情も知っているつもりだった。なのに抵えなかった。

 

そんな甘いものではなかったのだ。全てを奪われ、全てを捧げ、全てを費やし、全てに報いる。極限の憎悪と、究極の殺意と、至高の快楽が、寄せては返すツナミめいて”カナコ・シンヤ”を押し流した。シンヤが味わったのはたった一人の狂気と絶望だ。だがそれですら耐えられなかった。

 

正気に戻れたのは単なる幸運だ。もしもキヨミとの約束を思い出せなければ、ブラックスミスはコレクターと相討ちし相殺しただろう。そして家族の顔すら思い出すことなく、復讐成就の悦楽に酔いしれながら死んでいた筈だ。

 

もし、もしも、あと一歩でもあの感情の渦に足を踏み入れていたならば、自分は戻れはしなかっただろう。自分以外とて変わりはすまい。ましてやギンカクに湛えられたモータルの記憶の渦となれば尚のこと。

 

ナラク・ニンジャの憑依者は皆「これ」を浴びた。それも無数のモータルが断末魔と共に絞り出した、無念と怨念の濁流を。自我はその圧倒的な記憶の大波に容易く飲み込まれ、不浄の火にくべられた薪となる。ニンジャを殺し続ける殺戮機械となり果てる。誰であろうとそれに曝されれば快楽殺忍鬼に墜ちる。

 

その僅かな例外こそがフジキド・ケンジ……ニンジャスレイヤーだ。それは衝動と快楽に突き動かされ、人間性の分水嶺を踏み越えてしまったニンジャ殺人鬼(ニンジャキラー)ではない。冷徹に慈悲無く、しかし同時にしめやかに奥ゆかしく、自らの意志とエゴでニンジャを殺すニンジャ。

 

それこそがニンジャ殺す者(ニンジャスレイヤー)、それこそがフジキド・ケンジ。深淵(ナラク)からの呼び声を時に受け入れ、時に拒絶し、自我を見失うことなく己で在り続ける。感傷の極点たる復讐心と、意志の極地たる殺意。真逆の狂気を両輪に、ヘイキンテキと人間性を保ち続ける。

 

フジキドの有り様にシンヤは畏怖と恐怖を覚えた。ああは成れまい、ああは成るまい。オマモリ・タリズマンに誓う。俺はニンジャ”ブラックスミス”、トモダチ園の大黒柱、キャンプのヨージンボ、コネコム特殊案件対応要員、そして何より”カナコ・シンヤ”なのだから。

 

「ゲホッ」全ての感情と昼飯を吐き出し終え、シンヤはメンポを付け直した。そして二振りのカタナの前で両掌を合わせる。「マガネ・クロイ=サン……アダウチ代行、ここに完遂しました」そして二刀を引き抜き、歩き出した。帰るべき場所、家族の元へと向かって。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

……ザリザリ……ザリ……ザリ……。足下に01の水が凪いでいる。これは夢だろうか。たぶん夢だろう。きっと夢だ。無数の二進数が重なり合った水はコールタールめいた黒。揺れ動くことなく凪めいて、或いは鏡めいている。ここはどこだろう。どうにもわからない。顔を上げれば星一つ無い新月の暗黒。

 

視線を下ろせば湖面の望月めいて光る白銀の立方体。知っている。六面に記憶が映る。岩礁に突き立った我が子入りのタワラを呆然と見つめる夫婦。知っている。取り押さえられたまま無意味な処刑を眺めるしかない兵士。知っている。瓦礫に埋もれながら息子を抱きしめる母。知っている。

 

そして、水面に一滴分の波紋が走る。愛した家族を炉にくべる祖父が映った。知っている。焼けた刃金を臓腑で焼き入れる老人が映った。知っている。燃えさかる炭と化しながらカタナを研ぎ続ける刀匠が映った。知っている。安らぎを捨て、慈悲を捨て、復讐に全てを捧げたマガネ・クロイ。

 

今、一人の男がナラクへと墜ちた。

 

【カタナ・フォーリン・トゥ・アビス】#5おわり。


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