鉄火の銘   作:属物

57 / 110
第三話【イグナイト・ミクスチャー・オブ・マッドネス・アンド・オブセッション】#3

【イグナイト・ミクスチャー・オブ・マッドネス・アンド・オブセッション】#3

 

火が灯った。血よりも赤い、ロータスの紅色。紅蓮の炎。破れたフスマを通して真っ暗な海が見える。アノヨだろうか。(((死ぬのか? 僕は)))アノヨなら当然、死ぬだろう。ぼんやりとそう思う。セイジは不意に気づいた。自分が低い天井の下で倒れていると。そして目の前の火炎が抽象的な人型をしていると。

 

「ニンジャスレイヤー=サン……?」何故そう呟いたのか、セイジ自身も判らなかった。(((ニンジャ……スレイヤー)))潰れた心がシルエットに理想像(ヒーロー)を投影したのだろうか。セイジの言葉に答えて不定形の輪郭が詳細を得ていく。ぼろ切れのスカーフ、両腕のブレーサー。

 

そして二文字が『描かれた』メンポ。それは逆光の中で立つ、赤黒のセンシの姿。脳裏に焼き付いたあの日の記憶「ニンジャスレイヤー=サン……!」紅蓮と赤黒。色こそ違えども、それはセイジの思い描くニンジャスレイヤーそのものであった。砕けた心が深紅の理想像(ヒーロー)へと手を伸ばす。

 

縋るように差し出した手へ、応じるように紅蓮の手が差し出される。鏡写しに二つの手が近づいていく。そして重なる瞬間、セイジは紅蓮となり、紅蓮はセイジとなった。全てが燃え上がり、真っ赤な濁流となってセイジに流れ込む。赤く、朱く、赫く、紅く……。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

フリントは有能なるアデプト・ニンジャだ。周囲は兎も角、当人はそう自認している。「イヤーッ!」確かに危機管理能力とニンジャ第六感に関しては間違いなく有能であろう。察知した危険から条件反射めいた早さのバックフリップで跳びすさる。その鼻先を致命速度ウィンドミルの踵が掠めた。

 

「イヤーッ!」ブレイクダンスめいた回転蹴りをテンプルめがけ振り抜いたのは、足下で絶望に潰れていた筈のモータルだった。否、最早彼は脆弱なる人間ではない。幾多の神話に語られた、未来永劫を生きる超人。数多の文明を食らった、暴虐非道を行く怪人。それすなわち、ニンジャなのだ!

 

「チャースイテンジャネッコラーッ! アイサツドシタオラーッ!」意識外からのアンブッシュをかわし、フリントは連続バック転で距離をとる。吐き捨てる言葉は粗雑だが、構えるカラテは丁寧かつ慎重だ。交わしたカラテから憑依直後に見合わぬ実力を感じたためだ。

 

「ドーモ、『僕』は……『俺』は、ニンジャスレイヤーです!」「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、フリントです」ニンジャネームすら殺戮者の威を借るサンシタ・ニュービー。だがニンジャに一撃を当てる程のカラテがニンジャ身体能力で爆発的に増強されている。決して侮れぬ。

 

対するフリントの武器は『常人の三倍の瞬発力』、そしてくぐり抜けたイクサの経験値。故に得意とする当て逃げ戦術に徹底し、ニュービーの焦りとウカツを引きずり出す。重ねた経験に基づくなんと冷静なる判断か! 有能の自認もあながち誤りとは言えぬ。だが、フリントは一つ過ちを犯した。

 

「イヤーッ!」「ナニィーッ!?」想定外速度で目前に迫る赤黒の影! 「イヤーッ!」「ヌゥーッ!」反射的迎撃スリケンも覚悟の被弾で決断的に突破! アンブッシュをかわされた以上、体勢を整え間合いを計るのがイクサの常識。だが、常識の埒外にあるのが狂人なのだ。狂人の妄執を見誤ったか! ウカツ!

 

「イヤーッ!」「ヌゥーッ!」得た間合いを即座に奪い返され、飛び退く暇もなく弾道跳びカラテパンチを受けるフリント。バッファロー轢殺新幹線めいて重い! 辛くも受け止めた両腕が軋むような音を立てる。しかも受けた体勢が弓なりと良くない。このままではジリープア(徐々に不利)だ。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」即座にニンジャ背筋力、ニンジャ腕力、ニンジャ脚力を総動員して圧力に抗するフリント。二忍は両手で四つに組み合った。互いの殺意が火花を散らし、空間が音を立てて軋む! 「ヌゥーッ!」「ヌゥーッ!」イクサはサウザンド・デイズ・ショーギめいた膠着状態に入った。

 

カラテに然程の差はない。憑依直後のニンジャ・ニュービーと言う点を鑑みれば、狂人は恐るべきカラテと才能の持ち主と言えよう。だがしかし、イクサの経験値ではフリントの圧倒的有利だ。BLAM! 「グワーッ!?」例えば、手首に仕込んだ火薬式飛び出しナイフのような小細工がその一つ。

 

掴み合った両手から弾丸の速度で飛び出した危険ナイフが狂人の腕を抉る。フリントのカラテは縦横無尽の機動力が要であり、拘束と膠着は避けるべき事態。それ故にこのような対策が取られているのだ。そして怯んだ隙に腕を外し、膠着から脱出する算段となっている。

 

「ヌゥーッ!」「ナニィーッ!?」だが、苦痛に喘ぎながらも狂人は手に更なる力を籠めた。またも狂人の執念を見誤ったか! ウカツ! 「死ね! フリント=サン! 死ね!」傷口から流れ出した血が煮え滾り、更なる赤を帯びる。衣装と同じ赤黒から鮮やかなる紅蓮へ転ずる。それは殺意が点火した焼け付く炎!

 

組み合った両腕にカトンの炎が這いまわり纏わりつく! 「グワーッ!」更に籠手内部の火薬射出機構に引火! KABOOM! 「グワーッ!?」「ニンジャの屑め! 殺す! 殺すべし!」堪らず体勢を崩すフリントを狂人が押し切りにかかる。このままマウントを取られてタコ殴り焼きの後、爆発四散の運命か!? 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!?」そうはならぬ! 無我夢中のフリントは狂人の推進力と自身の体勢を逆利用してトモエ投げで投げ飛ばした! イクサの経験がフリントを救ったのだ。「グワーッ!」SPARK! 狂人はジャンク電子機器に突っ込み感電! ギャバリオワー! 半壊UNIXが狂ったジングルを鳴らす!

 

「ハァー、ハァー」一方、辛くも脱出を果たしたフリントだが爆発と炎熱で両腕は無残に焼けただれている。モータル相手ならば兎も角、ニンジャ相手に有効打は望めまい。苦痛に霞む視界の先で火花を散らし赤黒の影が立ち上がった。両目には流血より紅い殺意が明滅し、両腕には衣装より紅い業火が燃える。

 

超常のカラテが交差する様を目の当たりにして、NRSのハッカー達は仏の国へと旅立った。DNAすら記憶する恐怖に耐えられる筈もない。神話に例えるべきニンジャのイクサを見ているのは、打ち捨てられたワータヌキとフクスケだけか。驚愕に見開かれたワータヌキの両目に、揺らめく紅蓮の火が映る。

 

「イヤーッ!」紅蓮をたなびかせて両腕が弧を描いた。曳光弾めいて紅い弾道を描き、燃えさかるスリケンが空を裂く! 「イヤーッ!」着弾の瞬間、玉髄の装束はスリケンをすり抜けて消えた! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャ第六感に従い、背面に向けて紅蓮の裏拳を振り抜く! 

 

だが、そこにフリントはいない! その1m上だ! 「イヤーッ!」「グワーッ!」側面回転する縞文様が赤黒の背中を二連続で蹴り飛ばす! これはジュー・ジツの高難度アーツ『カマキリケン』だ! 「イヤーッ!」カラテ反動力でさらなる高空へ飛ぶフリント! 赤黒の脳天めがけ揃えた足裏が撃ち落とされた!

 

「ヌゥーッ!」衝撃に歩測を乱しながらも狂人は交差させた両腕で受け止める。同時に両腕にまとう紅蓮の炎が鎌首をもたげ噴き上がる! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」だが紅蓮の炎蛇が食らいついたのはブンシンめいた残像! 縞瑪瑙の影だけを残してはフリントはそこを去っていた。ゴジュッポ・ヒャッポ!

 

(((このままこの腐れニュービ―を殺してやる!)))四方八方からのヒット&ウェイを繰り返せば被弾なく削り殺せるだろう。モータルだった時とはいえ、先の成功例もある。勝機は十二分にある筈だ。焼け焦げた両腕の苦痛にニューロンを炙られながら、フリントはそう考えた。正しくは、そう『信じた』。

 

まだ狂人はカラテの底を見せていないのに、フリントは保険もかけず結論付けてしまっていた。苦痛と火傷で狭まった思考が、都合よい想像を正解と思い込ませたのだ。ALAS! それはフリントが狙った、焦りとウカツを狙う戦術に彼自身が嵌まったことを意味していた!

 

それを示すように狂人は構えを変えた。架空の壁に触れるように両掌を差し出し、不可視の壁を押し出す前準備めいて腰を引く。デント・カラテに受け継がれた防御の構え。開祖は江戸戦争の最中、降り注ぐ矢の雨を打ち払い編み出した。そう、ドージョーでは語り継がれている。伝説は所詮、伝説に過ぎない。

 

だが今、伝承は現実となった。「イヤーッ!」「イヤーッ!」メイアールア・コンパジッソを裏拳が! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」フォーリャ・セッカをポムポムパンチが! 「イヤーッ!」「イヤーッ!」アルマーダ・マテーロを二連チョップが! 鉄壁の構えは、吹き荒れる両の足を打ち払い切り落とす!

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」フリントが放つ電光石火の猛連撃は、狂人の両掌が描く仮想の壁を越えられぬ! 更に両腕と打ち合う度に紅蓮が両足を焦がす! 攻撃は最大の防御だが、防御もまた一つの攻撃。イクサの火花が散る毎に僅かずつなダメージは積み重なる。

 

「ヌゥゥゥッ!」一体どれだけのダメージを奴に与えた? どれだけ体力を削れた? 先の組み合い膠着と何も変わらないのでは? 逆に自分が削られているのでは? 焼かれた両腕がニューロンを炙り、焼かれる両足が思考を煮詰める。現状はジリープア(徐々に不利)だ。今、このタイミングで賭けるしかない。

 

焦れるフリントはバクチに出た。「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「オボボーッ!」「グワーッ!」「アバーッ!」ドゲザ体勢で崩れていた気絶ハッカーを、フットボールめいて次々に蹴り飛ばす! 吐瀉物をまき散らしながら、質量弾となった人間がスリケンめいて狂人へと次々に飛び来る!

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「アバーッ!」「グワーッ!」「オボボーッ!」だが、ニンジャの猛撃を弾くデント・カラテの防御が人体如きを弾き飛ばせぬ道理はなし。当然、防がれる。「イヤーッ!」そう、視界もまた同時に。弾かれる一人の影より玉髄の影が出現した!

 

フリントは蹴り飛ばしたモータルの影に潜み、それを弾き飛ばす一瞬の隙を狙ったのだ! だが、足りない。モータル重爆を自然に見せる準備が、狂人の察知を確かめる警戒が、賭けに負けた場合の対策が足りない。「!?」不意を突いた筈のフリントへと、正確に標準を合わせる深紅の瞳がそれを告げていた。

 

そして賭事に於いて負けは即座に取り立てられるものだ。「イヤ「イヤーッ!」グワーッ!」足刀が赤黒の首を刎ねるより早く、正拳が玉髄の顔面を潰した。燃える拳にピン留めされた頭蓋以外が衝撃で跳ねる。「死ね! 死ねぇ!」喜悦に濁った目の狂人はマウント体勢から紅蓮の拳を無慈悲に振り上げた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」フリントは有能なるザイバツ・ニンジャだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」スカウトから瞬く間にアプレンディスを飛び越え、無才なメンターを後目にアデプトに至った。「イヤーッ!」「グワーッ!」野蛮なネオサイタマに送られたのも、無能な同輩の嫉妬を避ける一時処分。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」対ソウカイヤIRC情報網確立の任務はほぼ果たした。「イヤーッ!」「グワーッ!」キョート凱旋の暁にはマスター位階への昇進が待っている。「イヤーッ!」「グワーッ!」そしていつか新たなるグランドマスターとして、偉大なるロードにニンジャ千年王国を捧げるのだ。

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ! グワーッ! グワーッ!」(((なのに、ナンデ?)))何故、カビ臭い廃墟の片隅で死にかけている? 何故、狂人を真似た狂人に殺されなければならない? 床と拳の間で跳ねる度にシャボン玉めいて記憶が弾ける。一瞬のソーマト・リコールが明滅しては消えていく。

 

それは、フォーマットの瞬間に廃棄UNIXに流れるパルスと同じ。物理的に消えゆく記憶が上げる断末魔だ。「イヤーッ!」「アバーッ!」一撃ごとに脳細胞が崩れてニューロンが千切れる。「イヤーッ!」「アバーッ!」一打ごとに思い出が掠れて昨日が霞む。死の虚無が前菜代わりに過去を貪っている。

 

「アッ、アッ、アッ」何を間違えた? 何処で間違えた? 何時、間違えた? もう、何一つ判らない。精神も肉体もネギトロめいて擦り潰されている。歪んだ視界と意識の中、赤黒い影が高らかに拳を突き上げる。噴き上がる紅蓮は勝利の宣言であり、死刑の宣告だった。だが最早、それすら理解できない。

 

かつて『フリント』であった悉くは脳漿と共に流れ去った。半壊した脳髄に残るのは……恐怖。衝動のままに目前の理不尽へ問う。「おまえは、何だ? 何、なんだ?」「イィィィヤァァァッ!!」返答は鉄槌めいて振り下ろされる拳であった。理不尽なる死は、納得一つも与えずにフリントを全て終わらせた。

 

「サヨナラ!」首から上のミンチだけを残して、フリントは爆発四散した。焦げた粗挽き肉から引き抜く腕に返り血が滴る。「ハァーッ、ハァーッ」戦いは終わった。だが、吐いた息は激しいイクサの残り火で燃えるように熱い。ハイクめいた最期の言葉もまだ自分の中でリフレインしている。

 

(((おまえは、何だ?)))「何だ、と? 『俺』は……『僕』は……何だと?」血にまみれた拳を握り、開き、また握る。バウッ! バウッ! 握りしめる度、拳の周囲に火の粉が爆ぜて、一瞬の火花を散らす。イクサの余波で割れたブラウン管に影が映る。赤黒の装束をまとったニンジャの姿。否、それ以上の存在。

 

(((僕は、何だ?)))脳裏に響く声が答えた。(((ニンジャ……スレイヤー)))「そうだ……そうだ、そうだ!」そう、己は『ニンジャスレイヤー』。そう名乗り、アイサツを交わした。厳然たる定義だ。理想像(ヒーロー)は未だに現れない? 否、初めから己の中にいた。理想像(ヒーロー)を胸の内に宿していたのだ。そして今、自分自身と一つになった。

 

ガラスに映るのは逆光に滲むシルエット。これこそ正にニンジャ殺戮存在。だが足りない。明滅するナトリウムボンボリが、残骸と死体で描かれたイクサの通り道を照らす。その片隅に吹き飛んだメンポは落ちていた。拾い上げたメンポは歪み、ペイントは掠れて剥がれている。そのままに身につけた。まだ足りない。

 

血に染まった指先を筆代わりに、足りない二文字をメンポに描き、赤熱する両掌で焼き付ける。『忍』! 『殺』! これで完璧だ。記憶イメージとCRTに映る鏡像が重なる。己こそが、理想像(ヒーロー)。己こそが……「俺こそが!ニンジャスレイヤーだ! ニンジャスレイヤーなんだ!!」

 

「ククク……クッハハハ!」両腕から吹き上がる紅蓮が、全てを深紅のモノクロームに染める。火花を散らすUNIX、砕けたワータヌキとフクスケ、虐殺されたモータル。そして、ニンジャの死体。台風一過のツキジめいた破壊と殺戮の荒野で、『ニンジャスレイヤー』の哄笑が響きわたる。

 

「ハーハッハッハッ!」そして、その全てをガラスの虚像は嘲笑していた。ドクロ月めいて嗤っていた。

 

【イグナイト・ミクスチャー・オブ・マッドネス・アンド・オブセッション】おわり。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。