鉄火の銘   作:属物

53 / 110
第二話【リヴェンジ・ザ・アイアンクロス3~エイリアン・オブ・ニンジャ~】#2

【リヴェンジ・ザ・アイアンクロス3~エイリアン・オブ・ニンジャ~】#2

 

パンダは竹を食べる。それはバイオパンダでも変わらない。彼らはミュータント草食獣同様に偏在するバイオバンブーを食べることで飢餓を遠ざけている。だが彼らには巨大な爪と牙がある。その理由をバイオパンダに問えばきっとこう返すだろう。「パンダは主食(バンブー)のみに生きるにあらず。おかず(人肉)も必要だ」と。

 

「ウウー!」「オー!」それだけに久方ぶりに見つけた人間の臭いはバイオパンダたちを大いに興奮させた。エキサイトの理由はそれだけではない。最近、大量にいた人間は急に数を減らし、入れ替わるようにバイオパンダとは似て非なる妙な生き物が闊歩しだした。

 

そいつは彼らに理解できない理由でバイオパンダを狩り殺す。恐ろしい怪物に追い回され、道中で僅かなバイオバンブーを胃に詰め込むだけの日々。だから彼らの小さな脳味噌は想像上の血の香りと肉の味わいで一杯だった。だから彼らは背後から近づくバイオパンダによく似た影法師に気づけなかった。

 

「ウオオー!」そしてバイオバンブーの隙間から飢餓に狂ったバイオパンダは飛び出した! 弾力あるモンゴロイド牡肉のゴチソウを期待しているのかアルカリ性の涎がまき散らされる! 「イヤーッ!」「アバーッ!」だが口に入ったのは文字通り頭が切れるほど鋭いスリケンだった。

 

「ウオオー!」続けてバイオバンブーの合間から腹を減らしたバイオパンダが飛び出した! 柔らかなコーカソイド牝肉のゴチソウを想像しているのかアルカリ性の唾液がまき散らされる! BLAM! 「グワーッ!」だが口に入ったのは文字通り歯が砕けるほど硬い鉛玉だった。

 

「グワ「イヤーッ!」アバーッ!」ブラックスミスは一粒弾で抜歯されてのたうち回るバイオパンダにカワラ割りパンチで永久的な麻酔を打ち込んだ。もう一匹にカイシャクはいらない。延髄を分断されて既に苦痛のない場所にいる。「ホントにバイオパンダが多いですね。今回の件もこいつらが原因では?」

 

黒錆色ウェスでブレーサーの汚れを拭い、ブラックスミスはバイオパンダの死体を道端に蹴り転がした。既に二人は10頭近いバイオパンダを殺している。それだけの数がいれば村一つ夕飯にしてもおかしくない。「それなら神隠しなんて表現は使わないわ。むしろその原因がこれを引き起こしているのかも」

 

ナンシーの推論に確証はないが確信はある。目的地に近づくほどバイオパンダとの遭遇頻度は跳ね上がっている。しかもその全てが異常に興奮して飢え、恐怖の色すら見える。間違いなく追われているのだ。神隠しと深く関わる『何か』に。論理を確認して頷き、ナンシーは最初の散弾を薬室に送る。

 

その次の瞬間! 「ウォォォーーー!!」突如バイオバンブーをなぎ倒し、純白の毛皮を血に染めたドサンコ・グリズリーが現れた! 二人分の人肉を無視するほど興奮しているのか、強アルカリ性の涎がまき散らされる! BLAM! 「グワーッ!」口一杯に熱々の大粒散弾を味わいグリズリーが苦痛の声を上げる! 

 

「ウォー!」「DAMMIT!」しかし致命打にはほど遠い! 苦痛を怒りに変えてドサンコ・グリズリーが襲いかかる! 重武装のベテランハンターが複数人で狩ろうとも、死者が当たり前に出るほどに危険生物なのだ! だが、それ以上に危険な生き物がネオサイタマには居る! それが……ニンジャなのだ! 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」ナンシーを食らおうと開いた顎をブラックスミスのショートアッパーが強制閉口させる! 「イヤーッ!」「グワーッ!」持ち上がった喉笛にクナイ・パンチダガーが突き立つ! 「イィィィヤァァァーーーッ!!」「アバーッ!」無防備の鳩尾に無音のカラテパンチが打ち込まれる! 

 

ドォン! 「アババーッ!」セイケン・ツキで叩き込まれたカラテ衝撃波が猛獣の体内で荒れ狂い、逃げ場を求めて喉から血を吹き出させた! 自分の血のシャワーを浴びて故ドサンコ・グリズリーは仰向けに崩れ落ちた。「よし!」血の雨をかわしザンシンを決めるブラックスミスは一撃の手応えに声を上げる。

 

「『ドサンコ』・グリズリーがタマチャン・ジャングルに居るなんて聞いたこともないわ」タフな女傑には猛獣に襲われたショックなど微塵もない。ナンシーはすぐさま場違いな肉食獣の検分に取りかかる。その名の通りドサンコ・グリズリーはドサンコ近辺に群で生息するバイオ生物だ。中国地方にはいない。

 

「侵略的外来種の可能性もなさそうですね」「人間が持ち込んだのは確かよ」ブラックスミス、つまりシンヤが持ち上げた脇の下にはバーコードと管理番号が焼き付けられている。人為の証拠だ。しかし危険極まりない猛獣を何故タマチャン・ジャングルに輸送して放逐したのか? 謎は深まるばかりだ。

 

「ドサンコ以外の生息地は?」「居るには居るけど海外よ。北欧やロシア、アラスカとか北極圏。これとは無関係ね」「……ドイツには居ないんですか?」「居ないはずだけど、どうしたの?」シンヤが親指でバーコードと逆の脇を示す。汚れた白い毛皮の合間に、彼らの出所を示す烙印が捺されていた。

 

「JESUS! そんな!」それはブッダの和合を示す吉兆の鏡文字。太陽十字から生じたその印はWW2を超えて邪悪のシンボルと化した。そう、捺された焼き印は鉤十字(ハーケンクロイツ)を象っていたのだ! 「判ったわ! これはナチス残党のバイオ生物兵器よ!」NRS(ナチスリアリティショック)に打ちのめされたナンシーが口元を押さえて後ずさる。

 

「早計では?」しかし日本人にはNRS(ニンジャリアリティショック)はあってもNRS(ナチスリアリティショック)はないわけで、シンヤはナンシーの恐怖と衝撃が今一理解できない。「いいえ、全ての謎はナチスを示していたのよ! ナチス残党の行動と考えれば何もおかしくない!」困惑したシンヤの前で瞳孔の開いたナンシーは超常的推論を早口で語り出した。

 

「いい!? 水牛誘拐は食用ソーセージ材料確保! 村落誘拐は低級カースト労働力確保! 誘拐に使ったのはエイリアン由来の円盤兵器! 全ての辻褄が合う! 私は詳しいから判るのよ!」「ナンシー=サン、少し疲れているんですよ。コーヒーはまだ残ってますし、休憩にしましょう?」シンヤの目は優しかった。

 

「いいえ直ぐに出発よ! 一刻も早くナチス残党の戦争犯罪を暴いて国際社会へ警鐘を鳴らさなくては!」しかし興奮しきったナンシーは聞く耳持たず! 特派員バスに飛び乗ると即座にアクセルを踏み込む! 「落ち着いて! というかマッテ! マッテ!」取り残されたシンヤはニンジャ脚力で必死に追い縋った。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

ザッ! ザッ! ザッ! ザッ! 『劣等人種は浄化され……ザリザリ……支配する楽園が……』Kar98kを構えた鉤十字の兵士が完全同期のガチョウ行進で目の前を行き過ぎる。バイオバンブー藪に隠れたシンヤは眉に唾を付けた。しかし古式のノロイ返しをしてもB級映画めいた光景は消えない。

 

(((コトワザでも『現実は常識よりヤバイ』と言うけれど)))老人が詰め込まれた灰色のバスが窓のないコンクリ立方体へと入っていく。遠くの発掘現場にはMP43を構えたSS兵士監視の元、死んだマグロの目でスコップを振るう村人が見える。頭上からはアダムスキー型円盤が反重力的に舞い降りてきた。

 

(((よりによって全部ブルズアイかよ……)))フヨヨヨ! フヨヨヨ! テルミンめいた駆動音を響かせ、鉄十字の識別マークをつけた円盤飛行機はオーガニック水牛をキャトル光線で積み降ろしている。一通り降ろしたのかオレンジ光を纏い、第三帝国の旗が翻る高射砲台めいた要塞を飛び越え鋭角に飛び去った。

 

ニンジャ装束に着替えたシンヤ、つまりブラックスミスは頬を引っ張り、もう一度現実と正気を確認した。先日、トモダチ園の子供たちが見たがった自称超大作の方が幾分か現実味がある。しかし事実は認めねばなるまい。マグロ目の奴隷化村人、飛び交う鉤十字UFO、WW2時代そのままの親衛隊。

 

全ては……ナチスだったのだ! コワイ! 「なんてこと! 月面・地底・南米に続く第三のナチス秘密拠点が日本の山奥にあったなんて! このままでは世界侵略は時間の問題だわ!」未だNRS(ナチスリアリティショック)の衝撃覚めやらぬ隣のナンシーはナチス残党による世界征服計画を脳内で進めている。

 

恐ろしいのはそれが妄想でなく現実の可能性があるという点だ。しかし対処するのは自分たちの仕事ではない。そう考えるブラックスミスは優しくナンシーを諭す。「侵略計画はともかく、これからについて考えましょう」「そうね! まずはあの『鷲の巣』をどうやって攻め落すかよ!」

 

だが、高射砲台要塞を見つめるナンシーは自分たちで何とかする気が満々であった。「なんでそう好戦的なんですか!?」「世界の危機なのよ!?」「その前に自分たちの危機ですよ! あと声を抑えてください!」今にも駆け出しそうなナンシーを引きずり、シンヤは器用にも小声で怒鳴りつつ退避を試みる。

 

しかしその努力は無駄に終わった。「何か聞こえましたね」「ハイ、聞こえましたね」ライフルを担いだ兵士二人がナンシーの声に反応してしまったのだ。鏡像めいた完全同期の動きで頷きあうと、初弾を装填したライフル銃を構えて片方が慎重に竹藪に分け入った。

 

「確認に行ってきます」「ハイ、お願いしまグワーッ!」その背後で突如断末魔が上がる! 反射的に振り返った兵士の視界には側頭部からトマホークめいた異形のスリケンを生やして崩れ落ちる同僚の姿があった! 兵士は即座に竹藪の中の姿見せぬ敵へと銃口を向けてライフル弾を放とうとする! 

 

「ザッケンナコラ劣等「イヤーッ!」グワーッ!」だがそれよりニンジャは速い! ナチスヤクザスラングを発するより速く、現れた黒錆色の影は小銃を捻り上げ、音もなく喉笛を掻き切った! 物音一つ立てずに竹藪より現れ、瞬く間に命を刈り取るその動きは、正に墨絵竹林のブラックタイガーだ! ワザマエ! 

 

「だから声を潜めてくださいよ」「ゴメンナサイ。興奮しすぎていたみたい」目の前で流れる血という現実がNRS(ナチスリアリティショック)を取り払ったのか、シャカリキめいたナンシーの狂奔はようやく鎮まった。大人しくなったナンシーの様子に安堵しつつ、ブラックスミスは黒錆色の死体袋に中身を詰めて笹藪に隠す。

 

「それで、結局どうするんですか? この光景を国際社会に広めても嘲笑以外返ってこなさそうですけど」ナチス残党の日本侵略計画を公表した処で、荒唐無稽すぎて自我科行きの黄色い救急車を呼ばれるのがオチだ。「でも、このまま見過ごす訳には行かないわ。奴隷化された村人だけでも助け出さないと」

 

「そうなると流石に契約範囲外ですよ」ジャーナリストの好奇心と義侠心に奮い立つナンシーに対し、護衛役のブラックスミスは随分と気のない素振りだった。ニンジャらしくないニンジャと言われる彼でも精神は人間から多少は外れている。ご近所や同僚なら兎も角、無関係の村人にまで振り撒く同情はない。

 

「追加料金で何とかならない?」「なら一度カイシャに話を通してもらわないと困ります」(((これは困ったわね)))一向にやる気ないブラックスミスに表情を歪めるナンシー。確かに当初の契約から外れているのは事実である。しかも低速な無線LANでコネ・コムと契約を取っている時間はどこにもない。

 

いっそ色で仕掛けるか。しかしブラックスミスはらしくないがニンジャだ。その上思春期少年であり万一がコワイ過ぎる。ナンシーはリスクとリターンを天秤にかけるが、現状リスクに傾くばかり。人助けたいナンシーと帰りたいシンヤ。「オイ、こっちだ」膠着状態に陥った二人の耳に潜めた呼び声が届いた。

 

「誰だ?」「アイッ!?」声の主が姿を現すより早く後ろに回ったブラックスミスは、アンキ・スリケンを喉笛に突きつけて誰何する。逃れようの無い死を首筋に突きつけられて、恐怖が彼の股間を黄色く濡らしていく。「お、俺はナチス兵士じゃない! 殺さないでくれ!」「武器を降ろして」

 

ナンシーの呼びかけに応え、ブラックスミスはスリケンを分解して声の主から距離を置いた。安堵に腰を抜かした声の主は自作した湯気の立つ水たまりに崩れ落ちた。「私たちは埼都新聞の特派員とその護衛よ。少なくとも貴方の敵じゃない」倒れた彼にナンシーは汚れも厭わず手を差し伸べる。

 

「お、俺は抵抗組織『戦う村人』のマキだ」「ドーモ」「初めまして」ニンジャの恐怖に声音は震え視線はブラックスミスに固定されたままだが、それでも差し出された手を取って恐る恐る立ち上がるマキ。「なあ、あんた達。抵抗活動に参加してもらえないか?」唐突な台詞に二人は目を丸くする。

 

「無論、戦えって言うつもりはない。でも特派員ならこの現状を外に知らせられるだろう?」「当然出来るわ。願ったり叶ったりよ」マキの言葉にヒョウタンからオハギと喜び勇んで頷くナンシーはブラックスミスへと振り返る。「レジスタンスの取材なら契約範囲内でしょ?」「……まあ確かに」

 

不承不承と視線で語ってはいたが、ブラックスミスも首を縦に振った。「なら決まりだ。ついてきてくれ」冷たく濡れた股間を気にしてかぎこちなく歩くマキ。ナンシーとブラックスミスミスは奥ゆかしく何も言わずにその後を追った。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

高射砲塔めいた要塞の奥深く。オブシディアンの大鏡を背にした金髪の影は、苛つきに眉をしかめた。「私はアーリア優性人種遺伝子を提供した筈だが?」コンクリ玉座に腰掛けたシルエットは茶色の装束に包まれ、その口元は逆卍の刻まれたメンポに覆われている。この影の正体は……ニンジャなのだ! 

 

「アィーッ! スミマセン!」玉座から発される怒気にドゲザしながら失禁する白衣のヨロシサン上級研究員。その目の前にある高台には碧眼カラーコンタクトと金髪ブリーチ薬液が山と積まれている。周囲の儀仗親衛隊員を見れば、彼らの顔立ちがクローンヤクザのそれと瓜二つであることが判るだろう。

 

それもその筈、金髪碧眼アーリア改善クローンヤクザSS兵は髪を脱色して色付きコンタクトを付けたフェイク改善だったのだ! 「でもクローンは能力が下がるんです! 判ってくださいよ!」ニンジャをも退け総理大臣を殺したレジェンドヤクザのDNAだからこそ、クローンヤクザは相応の性能を保てる。

 

実際、アーリア人種クローン兵士お試しは歩くことすら覚束なかった。「ダマラッシェー劣等民族!」「アバーッ!」ポワワ! しかし差し出されたレポートを床に叩きつけ、アーリアニンジャはスペースオペラめいた光線銃の引き金を引いた! 放射線めいた青光を浴び、研究員は黄色い水溜まりごと蒸発した。

 

「フゥー……ワインを寄越せ」「ハイヨロコンデー」ZBR入りドイツ風ワインを呷るアーリアニンジャもクローンの性能低下は理解している。しかし劣等種のヤクザにアーリア人種が劣ると認めることはできない。彼は自分の思想が現実に優越すると信じているのだ。

 

(((生かしておいた劣等種をそろそろ潰すか)))今の研究員といい、反抗的な者がここの処多い。どうやら支配者の慈悲を甘さと受け取った劣等種がつけあがっているらしい。ミュータント水牛を下回る劣等人種の記憶力では力の差すら覚えられないようだ。今一度、恐怖で支配のタガを締め直す必要がある。

 

「出陣する」「ハイヨロコンデー」アーリアニンジャは鉤十字ヘリポートに向けて歩き出す。迫るエジプト軍団ごとチョップで紅海を叩き割るニンジャ。熱狂的に熱弁を振るうちょび髭の小男を、舞台裏からジョルリめいて操るニンジャ。邪悪な真実を織り込まれた冒涜的歴史タペストリーが廊下に連なる。

 

常人ならば廊下を歩くだけで二度と正気には返れないだろう。だがこれこそアーリアニンジャが思い描く正しき世界の姿なのだ。優性種ニンジャに失敗は二度とない。(((必ずや世界を正当なる者の手に!)))キャトル光線でナチスUFOに乗り込みながら彼は強く拳を握りしめた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

『クワを捨て銃を取れ』『負けると死ぬ』『自由なくして村人なし』『村長死すとも村は死せず』隙間風に勇ましいプロパガンダがショドーされた藁のノボリがはためく。神棚に並べられた英霊たちのポータブル・オハカへとしめやかに手を合わせると、若き村長代理はナンシーとブラックスミスに向き直った。

 

「ようこそ、『戦う村人』本部へ。まあ、本部とは言っても支部は一つもないがね」かつてニューク実験場の退避壕であったこのベトン小屋こそがアンタイ・ナチス抵抗組織『戦う村人』の本拠地だった。「ドーモ、村長代理さん。埼都新聞特派員のナンシーです」「護衛のブラックスミスです」

 

「あれは」「まさか」「ヤツと同じ?」ブラックスミスのアイサツに『戦う村人』構成員がざわつく。ブラックスミスは頭巾越しに睨みつけて彼らを黙らせるともう一度アイサツを繰り返した。「護衛のブラックスミスです。いいね?」「「「アッハイ」」」静かなニンジャ圧力に全員が青い顔を上下させた。

 

「護衛のお方、余り皆を怯えさせないでくれ」年若くも威厳ある声で村長代理はブラックスミスを宥める。ブラックスミスも話が進まないとあっさり従った。場を読んだナンシーが絶妙の間で口を挟む。「そろそろ経緯を話して頂きたいのですが宜しいですか」「ああ。もう何ヶ月前になるのか」

 

……ドグウ村は名前の通り、ドグウの盗掘で生計を立てている村落だ。その日、村は久方ぶりの大発見でオマツリ騒ぎだった。採掘し尽くした石室から隠し部屋に向かう秘密階段が発見されたのだ。その部屋には無数のドグウがお札と注連縄で封じられた棺めいた箱を囲んで整然と並んでいた。

 

オバケから死者を守る為に作られた人形の軍団は、信心深い者ならジンジャ・カテドラルを建てて崇め奉る程の神聖さを帯びていた。しかしオバケをも恐れぬ罰当たりな盗掘者にとっては単なる宝の山でしかない。だから『内向き』のドグウ達も、箱の厳重な神秘的封印も、気にする者は居なかった。

 

ドグウを箱詰めして売り払い、朽ちた封印を引き剥がし、躊躇なく箱をこじ開ける。そこには反射が全く無い異様な黒曜石の大鏡があった。幾らで売れるかとだけ考えて村人は無警戒に鏡面に触れた。その時、ようやく別の一人が裏面のレリーフに、ハニワと注連縄の意味に気づいた。それはもはや遅かったが。

 

「我々は愚かだったんだ」息つく間もなく勢い込んで話し続けた村長代理は、顔を伏せて長い息を吐いた。音もなく部屋の空気が張りつめる。「裏側には何が彫られていたのですか?」「それは……」質問を拒否するアトモスフィアを敢えて無視し、ナンシーは禁断の問いを投げかける。

 

「……鉤十字だった」「アィェェェ……」ナチスの……遺産! (((元ネタのスワスチカでは?)))ブラックスミスは胸中でツッコミを入れた。口には出さない。ナンシーの狂態を思い出せば何の意味も無いのが判る。実際、思い思いにナチスの恐怖を全身で表現している村人に東洋起源説を唱えても無駄だろう。

 

荒い呼吸を落ち着け、部屋の空気が落ち着いたのを見計らいナンシーは再び質問を投じた。「アーネンベルゲに属する物ということは判りました。それで何が起きたんですか?」「それは……」それもまた禁忌の質問だったのか、真空めいて息苦しい空気が部屋を覆う。それでも村長代理は震える声で答えた。

 

「……ニンジャだった」「アイェーッ!」ナチスの……ニンジャ! 「ナンデ!? ニンジャナンデ!?」「ダイジョブか!? しっかりしろ!」絶叫と共に村人の一人が崩れ落ちる。NRS(ニンジャリアリティショック)のフラッシュバック症状だ! 限界ギリギリで保たれていた精神がニンジャ存在の想起によって平衡を失ったのだ! 

 

「鏡からニンジャが現れたのですね」「そうだ」抱き抱えられて退出するNRS患者を後目にナンシーは質問を続ける。泥棒がバレたら火を付けろ。最早後戻りは出来ない。「現れたニンジャはカラテで村人を斬殺し、ノイエ・ドイッチュランド設立を宣言した。その日から村の恐怖支配が始まったんだ」

 

……幸運に恵まれた僅かな村人を除きほぼ全ての村民がニンジャの頸木に囚われ、奴隷労働力として食糧増産と遺跡発掘に駆り出された。逆らう者は恐るべきカラテとイアイドで惨殺され、労働力にならない老人達と病人は窓のないコンクリ立方体の中でオーガニック肥料に変えられた。

 

さらに付近のヨロシサン秘密工場もユージェニックの手に落ちた。武装サラリマン上司を目の前でゴア死体にされて、研究員達は容易く暴力に屈したのだ。金髪碧眼アーリア改善クローンヤクザ親衛隊が量産され、さらに研究中のカイジュウ化ドサンコ・グリズリーも提供させられた。

 

かくして圧倒的戦力と決定的暴力に希望は潰えたかに見えた。しかし僅かに逃げ延びた村人たちはイチミ・ウォーターに誓いを立て『戦う村人』を組織。彼らは絶望の中で未だ必死に抵抗を続けているのだ! 「……だが、戦いの中で備蓄も戦力も減る一方。情報提供者も裏切り者の密告で次々摘発されている」

 

現状はジリープア(徐々に不利)で改善の見込みなし。時を待って飢え死にと、負けを待って犬死にの二択しかない。全てを話し終えた村長代理は椅子から降りると深く深くドゲザした。「だから、このジゴクを新聞でネオサイタマに広めて欲しい。どうか村人を一人でも救ってくれと伝えてください……!」

 

地に伏せた村長代理の顔から涙が滴った。「オネガイシマス」「タスケテ」「どうか……!」ドゲザは母親との前後を強要されて記録されるほどの屈辱だと言う。だが村人達は村長代理に続いて次々に床に額をすり付ける。最早、自分達では重ねた犠牲に報いる事も出来ないと涙を流す程に理解しているのだ。

 

「必ず助けると約束します」「おお!」手を取り力強く肯定するナンシーに村長代理の目から熱い涙が落ちる。「さあ、囚われの村人と支配者気取りのニンジャに突撃インタビューよ!」「ハイ、ヨロコンデー」ここまで知って見捨てたら家族に顔向け出来ない。苦く笑うブラックスミスもまた応えて頷く。

 

しかし、その時だった! DING! LING! DING! LING! 「アーッ! ヨージン! ヨージン! アーッ!」隠匿されたヤグラから危機を知らせるハンショウの乱打音が響く! 「まさか!」「ブッダミット!」ベトン小屋の窓から覗く村人の目に鋭角軌道で迫る複数のオレンジの閃光が映った。

 

【リヴェンジ・ザ・アイアンクロス3~エイリアン・オブ・ニンジャ~】#2おわり。#3へ続く


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。