鉄火の銘   作:属物

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邦題:総統の野望3~未確認ニンジャ襲来~

2018年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。


第二話【リヴェンジ・ザ・アイアンクロス3~エイリアン・オブ・ニンジャ~】#1

【リヴェンジ・ザ・アイアンクロス3~エイリアン・オブ・ニンジャ~】#1

 

『これが偉大なる祖国の遺産か』古びた軍服の男が蒼く脈打つ宝玉を手に取る。『WW2は我々が勝った。だが奴らは滅びていない』壁に掛けられたセピア色の戦争写真には1944/6/6と記されている。『鉤十字だと!?』南米の海底遺跡に残されていた亡国の国章。忘れられた悪夢は海底から現れた。

 

『イルカがせめてきたぞ!』ヒレで器用にStG44を構えた揚陸イルカ軍団が町を襲う! ダダーン! 『トルネード・サメだ!』空泳ぐサメに跨がったゲルマン空中騎士団が竜巻に乗り戦闘機に迫る! ダダーン! 『全米が熱狂! アイアンボトム・オーシャン! 今夜0時より放映開始!』タダオーン!! 

 

『南緯47.9、西経126.43。奴らは今、目を覚ブツン! 「ハイ、ここまで」「「「エー! ナンデー!?」」」土曜キネマ劇場のCMはキヨミの手でTVの電源と共に切断された。ダイトク・テンプルの談話室に子供たちの嘆く声が響く。深夜放送する自称超大作のB級映画を見る気満々だったのだ。

 

「明日は日曜日だからいいじゃん」「だからって夜更かししたらいけません」イーヒコからすれば土曜日深夜まで起きてたって何の問題もない。明日二度寝して寝坊すればいいだけだ。しかし母親代わりのキヨミには子供たちの健康と生活を守る義務がある。健康的生活には規則正しい起床睡眠が必須なのだ。

 

「明日、サメとイルカが襲ってくるかもしれないから予習! ロードショーで予習する!」「それならシンちゃんが何とかしてくれます」ウキチは理屈になってないワガママで反論するが、キヨミは決断的に切って捨てた。反論が見あたらないエミは机に頬杖ついてポップソバを摘むシンヤに縋る。

 

「シン兄ちゃんも予習要るよね!」「そうだな。襲ってきたらサメはフカヒレ・スープとカマボコ・テリーヌ、イルカはステーキと鯨カツにするか」話を振られたシンヤは空とぼけて冗談で返した。前者は中華料理専門店で可能だが、後者は実行したらイルカの代わりに動物利権保護団体が攻めてくるだろう。

 

「そもそも映画を現実の言い訳にするなよ。フィクションの悪影響だぞ」「「「ウ~」」」「イルカは攻めてこないし、サメは飛びません。続きは夢で見なさい」「「「……ハーイ」」」保護者代理の二人に反対されては折れるしかない。ぶーたれた子供たちはベッドに向かうべく談話室を後にした。

 

(((まあネオサイタマじゃサメやイルカが襲ってこない保証はないけどな)))しぶしぶという言葉を体言する背中を眺めつつ、胸中で一人心地るシンヤ。殺人マグロが泳ぎ、マグロ爆弾が船を沈め、知性マグロが兵器を作るマッポーの世だ。サメやイルカのニンジャアニマルがいてもなにもおかしくはない。

 

ぼんやりと意味のない思考を回していると、気づけば摘んでいたポップソバは最後の一つになっていた。塩味のそれを口に放り込み、シンヤは皿をシンクに片づけるべく部屋を出た。「あら、シンちゃんも今日は早いの?」「ああ、急な依頼があって明日も仕事なんだ。埋め合わせはするからご心配なく」

 

「そうだったの。シンちゃん、今日も一日お疲れさま。オヤスミ」「うん、キヨ姉もオヤスミ」キヨミの声に振り返りもせず片手で後ろ手を振って答える。事務仕事に引越しの手伝い、ローカル・オスモウリーグのハッケ・プーリスト代理、シュラバ・インシデント漫画家の臨時アシスタント。

 

今日も一日平和だった。明日もそうであると願いたい。しかし、空のドクロ月が嘲り笑うように人の願いは叶わぬものだ。翌日にシンヤはそれを思い知ることとなった。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「エー、アー、その、ボク、がんばります!」シンヤは意味のない相づちを連呼して、返答になっていない回答を返した。理由は一目で判る。赤い顔はデレデレとだらしなく緩み、視線は豊満と太股に引き寄せられてはフライバイする。目の前の金髪豊満なナンシー・リーに鼻の下が伸びきっているのだ! 

 

「ドーゾ、粗茶ですが」「あら、アリガト」僅かに眉根を寄せたナンシーは差し出された熱いソバチャを啜る。香ばしい味わいとオソバの香りが口中に広がる。茶外茶のソバチャに覚醒成分はない。逆にそれが有効なリラックス効果を発揮し、ナンシーから熱っぽい息が漏れた。ゴクリとシンヤの喉が鳴る。

 

「改めて依頼内容を確認してもいい?」「アッハイ! ボク、ダイジョブです!」(((彼、本当にダイジョブなのかしら?)))全く持って大丈夫ではない。ニンジャスレイヤーからは『ニンジャらしくないニンジャ』との評価を聞いてはいたが、モノには限度がある。これではただの思春期少年だ。

 

ナンシーはハチミツめいた罠で情報収集をよくやるが、今回はあくまで依頼に来たのだ。漏れ出る色香だけで骨抜きになるような相手では困る。こうも頭と下半身に血が上りきってはまともな交渉は難しい。しかし幸いなことに、この場には上った血を下げてくれる第三者がいた。

 

「 シ ン ち ゃ ん ? 」脊椎に氷柱を差し込まれるような優しげな声音を聞いた瞬間、真っ赤なシンヤの顔は真っ青に色を変えた。錆付いた廃棄ロボットめいてぎこちなく声の方へ顔を向ける。キヨミの笑顔は自主的に喉を締め上げて息を止めたくなるほど綺麗だった。シンヤは反射的にセプクを考慮した。

 

「アッ! イェッ! その……ゴメンナサイ!」赤・青・白・土気色と百面相を一瞬で演じたシンヤは、ドゲサめいた深さでキヨミに頭を下げた。情けない大黒柱を重度汚染タマ・リバーを思わせるジト目で睨みつけた後、キヨミは長い息を一つ吐いた。「お客様に迷惑かけちゃだめよ」「ハイ! ゴメンナサイ!」

 

「そろそろ話を戻してもいいかしら?」「ハイ! ゴメンナサイ!」「それと、フスマの外のご家族には席を外してもらえる?」「ハイ! ゴメンナサイ!」ナンシーとシンヤの遣り取りで気づいたキヨミは応接間のフスマを勢いよく開ける。そこにはトモダチ園の子供達が縦一列に並んで聞き耳を立てていた。

 

「……皆、何してるの?」「「「ハイ! ゴメンナサイ!」」」蜘蛛の子を散らすが如く逃げ去る子供達に追加のため息を吐くキヨミ。ナンシーに酷く複雑な視線を向けるが一礼して彼女も応接間を去った。部屋を包む妙なアトモスフィアを吹き飛ばすように、気を取り直してナンシーが声を上げる。

 

「じゃあ、改めて。今回貴方に依頼したいのはタマチャン・ジャングル51地区での調査補助と護衛。日当と条件は書類の通りよ」「スミマセン。それなら事務所で済ませるべきでは?」これはコネ・コムへのシンヤの正式な派遣依頼であり、オキナ重厚ビル物理事務所で交渉するのが筋である。

 

「貴方と直に話してみたかったのよ」しかしナンシーは敢えてほとんど違法行為してまでしてシンヤの住居であるダイトク・テンプルへと赴いた。あのニンジャスレイヤーが殺さない処か、人間性を認めて協力を許すニンジャ。他に理由はあれど、何よりジャーナリストの好奇心がナンシーを動かしたのだ。

 

「……そもそも、どうやってここを?」「ご近所さんに貴方のことを聞いて、それから依頼したのよ」コネ・コムの社員名簿は非公開だ。となればナンシーの裏の顔を知るシンヤがハッキングを疑うのは当然である。ナンシーを疑うわけではないが、ソウカイヤに情報が漏れる可能性は最小限にしておきたい。

 

(((一応、理屈は合うな)))トモダチ園は近所付き合いを怠ってないし、有閑マダムの主食はご近所の噂話だ。そこから聞いたなら辻褄はあう。それに彼女はスゴイ級ハッカーとは言えあくまでモータル。アイドルライブで一度顔を合わせてはいるとはいえ、護衛に値する人品か調べるのは当然だろう。

 

そうとなると先程の醜態が随分と評価に響くのだが。「そ、それで調査補助といっても何をすればいいんですか? その手の経験はないんですが」「そうね、荷物運び以外はこちらの指示に従ってくれれば良いわ」ひきつり気味の表情で目と話題を逸らすシンヤ。ナンシーは奥ゆかしく気づかない振りで流した。

 

「他に質問はある?」「いえ、それだけです」納得したシンヤは個人認証用の三文ハンコを捺す。「コラ! まだやってるの!?」「「「ハイ! ゴメンナサイ!」」」フスマの向こうがにわかに五月蠅くなってきた。また子供達が耳をそばだてていたようだ。トモダチ園は相も変わらず平和に騒がしい。

 

「ステキな家族ね」「……ええ、本当に、そう思います」(((ホントにニンジャらしくないのね)))静かに頷くシンヤの目は慈父めいて優しかった。家族を愛する姿はナンシーの知るニンジャとは余りに異なる。それはどこかニンジャスレイヤーを思い起こさせた。だからこそ、彼は殺さなかったのだろう。

 

ナンシーはもう一口ソバチャのユノミを傾ける。口にしたそれは程良く温く、心地よく暖かかった。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

ガァー! ガァー! 押し潰すような重金属酸性雲海の下、廃墟の窓向こうで三つ足ミュータントカラスが肉食性バイオスズメに追われて飛び去っていく。汚染廃液を啜るバイオパインとバイオバンブーが繁茂し、異態進化したミュータントが闊歩する。タマチャン・ジャングルは中国地方に位置する日本の魔境だ。

 

だがそこでも人間は生きている。「つまり、貴方は犯人を見なかったと」「ああ。逆光で見えなかった。見えたのは吸い込まれるハナコだけだ……ウゥッ! ハナコ! 愛してたのに! 救えなかった! ウゥーッ!」埼都新聞ナンシー特派員のインタビューを受けていた農民が廃液焼けした顔を覆って泣き出した。

 

『光るUFO? ハナコ(オーガニック水牛)をキャトる』特派員助手のシンヤも録音機で重点モード記録し、速記でメモを取る。人間性を擦り潰す社会から逃れた農民達にとって、オーガニック水牛は欠くことができない。食料、労働力、収入源、家族。人によっては恋人。それを失った悲しみは余りある。

 

嘆き続ける農民を宥めてクレジット素子の謝礼を渡し、車に戻った二人は苦みばかり強いヤスイ社のコーヒーで一息をついた。高濃度の合成カフェインとケモ砂糖が疲れた脳味噌を蹴り上げる。朝からインタビューと記録と移動の繰り返し。流石に疲れたのかナンシー特派員が全身を伸ばす。

 

地味な特派員ジャケットをナンシーの豊満が持ち上げた。先日の醜態が記憶にあるシンヤ助手は、無言で目を逸らして脳内カラテパンチを千回打ち込み、ヘイキンテキを維持する。それでも誘引される視線は窓の外に無理矢理逸らした。濁った太陽に照らされてなお深い竹林ジャングル。そこに『何か』がいる。

 

……事の始まりはタマチャン・ジャングル51地区で頻発した神隠し現象だった。水牛や子供が竹林に迷い込み行方知れずとなる事件はままある話だ。しかし二桁の人間が村ごと消えるとなれば話が違う。そこにジャーナリストの直感を刺激されたナンシーは、埼都新聞の特派員に偽装して調査に入ったのだ。

 

タフな彼女だが野生ジャングルは勝手が異なる。チュパカブラ案件ではニンジャスレイヤーの手を借りれたが、今回の調査理由はジャーナリストの好奇心のみ。一応、後で合流すると約束をもらえたが初期調査は一人でやらねばならない。そこでアイドル売買事件で知りあったブラックスミスを思い出したのだ。

 

斯くして二人はタマチャン・ジャングル51地区を埼都新聞エージェントと護衛という肩書きで調査中である。しかし一向に神隠しの正体は尻尾を見せない。「ナンシー=サン。この案件、ニンジャの可能性は?」「早計よ」足踏み的状況の連続に焦れたシンヤの意見をナンシーは決断的に切って捨てた。

 

「51地区は電子戦争以前の兵器実験場だったの。秘密兵器を入手した反ブッダ主義者、遺棄兵器のAI暴走、それらを隠れ蓑にしたメガコーポ。幾らでも可能性はある。まだ情報を集める必要があるわ」「でも、かき集めた情報で判ったのはキャトルミューティレイション被害とオレンジの発光体だけですよ」

 

ハンコめいて繰り返される調査結果に気疲れしたシンヤとしては、UFOかニンジャを容疑者として話を進めた方がまだ早いと思えた。しかしナンシーには確信があった。「あら、ニンジャなのに鈍いわね?」「これは……!?」ナンシーの軽口に不承不承のシンヤは投影地図に目をやり、その目を見張った。

 

漆塗りプロジェクターで映し出された地図上には無数の被害箇所と目撃地点。日時別に色分けされた幾多のポイントは、油膜めいた虹色で道筋を描いていた。「徐々に移動しながら誘拐しているのか」「そう! でもそれだけじゃない」『重点』マークが点滅する幾つかの箇所は虹色ラインから大きく外れている。

 

それだけならノイズデータとして意識外に置いてしまうだろう。しかし切っ掛けを与えられたシンヤは気づいた。「逆走? いや、帰還しているんだ」「それにさっきのハナコ誘拐を合わせてラインを引けば……」ナンシーがレーザーポインターで直線を描く。それは地図上の一点で虹色ラインと交差した。

 

「さて、そこに誰がいて何があるのかしら? 遺棄された秘密兵工場、エイリアンの侵略前線基地、古代文明のオーパーツ遺産、それとも……ニンジャ?」好奇心に目を輝かせ、チェシャ猫めいた笑顔のナンシーは地図の交差点にポインターで残像の円を刻む。そこには『ドグウ村』という文字が瞬いていた。

 

【リヴェンジ・ザ・アイアンクロス3~エイリアン・オブ・ニンジャ~】#1おわり。#2に続く。


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