鉄火の銘   作:属物

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第一話【レイズマニー・フォー・オン・アイドル】#4

【レイズマニー・フォー・オン・アイドル】#4

 

かつて日本にはツクモ神というモッタイナイ信仰があった。長らく使われた器物には魂が宿り、粗雑に扱えばタタリをなす。人々はそう信じて物品一つ一つを大切に扱ったという。しかし持ち物への愛情を意味していた筈の名は、人命すら使い捨てのネオサイタマにおいて殺戮機械を動かすソフトに残るばかり。

 

「イ・ヤーッ」BLATATATA! 「イヤーッ!」「ピガガーッ!」「イヤーッ!」「ピガガーッ!」「イヤーッ!」「ピガガーッ!」ならばこれは罰であり慈悲なのだろう。テックによって産み出された汚れたツクモ神は今、怒れる死神の手で葬られようとしていた。

 

「ゼンメツ・アクション・モード移行承認申請……アラート! データ外状況な!」バイオニューロンが泣き叫ぶような承認申請を繰り返しては、哀れにも黒錆色の拘束衣に強制停止させられる。「ゼンメツ・アクション・モード移行承認申請……アラート! データ外状況「イヤーッ!」「ピガガーッ!」

 

「高カラテニンジャ近接。手持ち武装使用推薦な! 推薦「イヤーッ!」ピガガーッ!」半手動モードでは操縦者を失えば握った武器すら使えない。できるのは唯一コントロール下にある可動ガンとガトリングを使っての無意味な絶望的抵抗のみ。だがニンジャスレイヤーのカラテには風の前の塵に同じ! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」BLAM! BLAM! BLAM! 加えてブラックスミに自動迎撃を強制され可動銃すら実質使用不可能! 暴風雨めいた天災並の兵器を備える殺戮機械は殺戮者のカラテ台風を叩きつけられ、今やロウソク・ビフォア・ザ・ウインドの運命にあった!

 

「ナン、デ?」「喋らないでください! 傷が広がります!」一方、同じく誕生日ケーキのキャンドルめいた状況にあったシャイロックは、数奇な偶然により予想とは異なる最期を迎えようとしていた。「止まれ! 止まれ! 止まってくれ!」精悍な顔立ちを絶望に歪ませて必死に止血を試みるタケウチ。

 

だが、死神の手刀はシャイロックの魂を刺し貫いていた。幾らハンケチを押しつけようと血と共に流れ出る命を止められない。寧ろまだ息がある事を喜ぶ程の傷だ。「チドリ=サン、目を開けてください!」散大した瞳孔を重い瞼が覆っていく。デス・オムカエは既に彼女の手を引いていた。

 

「しっかりしてください、チドリ=サン! ……いえ、セセラギ=サン!」「ナン、デ?」驚愕が死の眠りに閉じゆく目を開かせた。もう誰もが忘れた筈の名前だった。だからあの日、自分は致死量の薬物を呷ったのだ。「私はアナタが歌う姿に憧れてこの仕事に就いたんです! 忘れるはずがありません!」

 

「わたしのこと、覚えていた人、いたんだ」溢れた涙が頬を伝う。『セセラギ』の名が記憶の蓋を開いた。……かつてチドリは新鋭気鋭の新人アイドルだった。オーディションの狭き門をくぐり抜け、幼い頃から抱いていた夢の階段に足をかけた。必ずトップアイドルになると信じていた。

 

ネコネコカワイイという巨大ハンマーが夢の階段を打ち砕くまでは。それでも諦めなかった。諦めたくなかった。諦められなかった。喉が嗄れるまで歌って、靴がすり切れるまで踊って、頬が痛くなるまで笑顔を浮かべて。孤独の底でもがいて、自尊心も捨ててあがいて、自分を切り売りしてのた打ち回って。

 

気づけば鏡の中には、安アパートの家賃すら払えない場末のオイランヘンタイビデオ女優が居た。最後の最期に残ったのは汚れて壊れた体と醜く歪んだ心だけ。それでも捨てられない夢の残骸と一緒に全部を終わらせようと、死ねるだけのZBRを呷った。そこにニンジャソウルが、力だけが降ってきた。

 

「チドリ=サン! 目を閉じないでください! ブッダ! 闇医者はまだなのか!?」この人と出会ったのはいつだったか。記憶は朧で視界が霞む。この人に汚れて欲しかった。汚れないで欲しかった。同じ処に堕ちて欲しかった。遠い場所で輝いていて欲しかった。そしてなにより、側にいて欲しかった。

 

思い返せば、顔を合わせる度、言葉を交わす度、自覚もできないジレンマに潰れていく自分がいた。胸の内を引き裂くジレンマの握り手は、いつもかつての自分たちだ。解雇通知を握りしめ、呆然と重金属酸性雨に打たれていた幼い自分。ひび割れた鏡に写る夢の末路を、泣きながら嗤っていた壊れた自分。

 

もしもこの人があの日の自分の隣にいてくれたなら、別の人生があったのかもしれない。叶わなかった夢に縋って溺れるのではなく、終わった夢を礎にして夢見る誰かを支えるような、新たな夢を見ることが出来たのかもしれない。だが、それは『IF』の夢物語だ。

 

「チドリ=サン! 目を開けてください! 目を開けてくれ!」青い鳥は全てが終わってからやってきた。全部オシマイな自分が得られた物は幕引きの違いだけだ。それだけでも過ぎたものだろう。「タケ、ウチ=サ、ン」恋した人に向けて最後の力で微笑みを浮かべ、目を閉じる。

 

瞼の裏にソーマトリコールめいた夢を見た。ランキング一位をもぎ取って涙を流しながら抱き合うアイドルたち。それを優しく見つめるあの人と、その隣で微笑む自分。「……サヨ、ナラ」きっと叶うだろう白昼夢と、決して叶わない夢想を抱いて、『チドリ』は静かに呼吸を止めた。

 

「ピガッ! ピガッ! ピガガー!」他方、安らかな終わりを迎えた女ニンジャとは対照的に、アビ・インフェルノめいたイクサの中でモータードクロお試しの命数も尽きようとしていた。半壊したドクロ面からビープ音の悲鳴が木霊する! 引き千切れたケーブルが火花を散らし、異常過熱した潤滑油が燃え上がる! 

 

苦痛のパルスに焼き切れるバイオニューロンが最期に浮かべたのは、自らを産み出したテックへの憎悪か、或いは兵器をも超えるニンジャへの恐怖か。破損ジェネレーター内部で爆発的エナジーが制御と行き場を失って暴れ回り、多重装甲を内側から突き破った! 「サヨナラ!」KABOOOOOM! 

 

「チドリ=サン! グワーッ!」爆発四散の衝撃に苦痛の声を上げつつも、タケウチはもう動かないチドリを庇った。飛び来る散弾めいた破片は黒錆色の楯が防いだが、回り込んだ衝撃波に意識が暗転する。だが、タケウチは薄れる意識の中で必死にチドリの遺骸を抱きしめ続けていた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「ウウッ」気を失っていたのはどのくらいだろうか。タケウチは髪に付いたシャリとタマゴを払い落とす。吹き上がった煙は既に晴れ、元モーター兵器のスクラップも疾うに最後の痙攣を止めていた。「「「ブルーバード! いつも君の側で~」」」くぐもって聞こえる歌声は最後の曲のサビに達していた。

 

ライブ会場から響く軽やかで明るい歌声と、対照的な暗い大道具置き場に刻まれた破壊の痕跡。まるで悪い夢のようだ。全て悪夢ならばどれだけよかったか。だが腕に抱く冷たい感触は否応なしに冷たい現実を突きつける。アイドル売買、シャイロック、闇カネモチ。そして『セセラギ』の最期。

 

「私がもっと早く伝えられていたなら……!」凍える真実に膝を突き肩を震わせるタケウチ。脳裏に思い描く光景はチドリが最期に抱いたのと同じ、ありもしない『IF』の話だ。それでも『もしも』と願わずには居られない。気づかぬ内に失ったモノは余りに大きく、取り返しようもないものばかりだった。

 

『寿退社』したアイドル達の人生、憧れを抱き続けたアイドルの末路、そして想いをかけたパートナーの死。悔やんでも悔やみ切れぬと男泣くその姿を、頭上のキャットウォークから見下ろす者達がいた。赤黒の影は無感情な目線で、黒錆色のシルエットは複雑な視線で、声無き嗚咽に震える背中を見つめる。

 

シンヤは赤錆めいたメンポの下で運命の皮肉に唇を歪めた。先の恩義と悪しきニンジャを打ち倒す助力をしたのはいい。しかしそれがアキコに生きる力を与えてくれた美しい思い出の成れの果てとは。ここから月は見えないが、重金属酸性雲の向こう側でショッギョ・ムッジョと嘲笑っているに違いない。

 

全ては沈黙の底に隠すべし。シンヤはそう決めた。アイドルは夢を魅せる者であって、現実を見せつける者ではない。ホテルに入る姿を写して喜ぶのはパパラッチとその読者だけだ。妹の思い出の中にいるのは色鮮やかな『セセラギ』であり、斃れているのは女ニンジャ『シャイロック』なのだ。それでいい。

 

だが、同時に思う。「死んだニンジャは何処に行くんですかね」ニンジャとは平安時代の日本をカラテで支配した半神的存在だ。ならば、そのソウルがあの男の語る天国に入れる筈もない。天国はか弱き人間(モータル)の為にこそあるのだから。もし自分が死んだなら家族は冥福を祈るだろう。ならば、その祈りは何処に行くのか。

 

「ジゴクだ。俺が送る」「ソーデスネー」カタナめいて切れ味鋭いニンジャスレイヤーの言葉は決断的にブラックスミスのセンチメントを切り捨てた。全忍抹殺へと突き進むニンジャスレイヤーに迷いはない。全てのニンジャをジゴクに叩き落とし、最後に自分も向かうその日まで。

 

ブラックスミスが長々とため息を吐いて下を見直すと、プロデューサーはマネージャーの屍にフートンめいて上着をかけていた。上からは表情は見えないが、纏う空気は彼の絶望を明確に伝えていた。「放っておいてダイジョブですかね」後追いでセプクをしかねない様子についお節介の言葉が飛び出る。

 

「知らぬ。俺は無関係だ」「ソーデスネー」だがニンジャスレイヤーはあっさりと断じた。彼はスーパーヒーローではない。妻子を無惨に殺された復讐鬼であり、総忍尽殺を実行し続ける狂人でしかないのだ。故に関わっただけのモータルになど何の感傷もない……わけではない。

 

「全てあのプロデューサー次第だ。それにやるべき事は残っている。ならば、いずれ立ち上がるだろう」「……そうですね」その感傷こそが殺戮者を人間足らしめる最後の一線だ。それを踏み越え只のニンジャとなるとき、フジキドは自らのスレイを、セプクを選ぶだろう。

 

「「「ミヅ! リヅ! ウヅ!!」」」「「「ブルーバード! いつか離れても~」」」涙に暮れるタケウチの耳にシュンセダイの歌声が聞こえた。まだ彼女たちは歌っている。夢に向けて歌い続けている。そして自分は……プロデューサーなのだ。チドリの遺骸を抱き上げ、タケウチは立ち上がった。

 

愛する者を失う痛みはフジキドもまたよく知っている。タケウチの背中から僅かに憐憫を帯びた視線を外し、赤黒の影は闇に溶けた。シンヤはその痛みをまだ知らない。知らないままでいられるのだろうか。黒錆色のシルエットはプロデューサーが去るまで見つめていたが、同様にその姿を消した。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

『本日のゲストはシュンセダイの三人です!』『『『ワースゴーイ!』』』仕事帰りに聞き覚えのある名前を耳にした。シンヤが振り返れば街頭TVに見覚えあるアイドルが映っている。思い返せば、最後まで帰ってこなかったと妹から散々に文句を言われた挙げ句、遠征費まで自分持ちにさせられたものだ。

 

『ドーモドーモ!』『今日はきっと永遠になるね!』『夢みたいです!』使うあてもない貯金ばかり貯まっていたから別段痛くはないが、それに味を占めたのかアイドル沼に沈めようとしてくるアキコが面倒くさい。しかし目を輝かせて推してくる妹を邪険にするのも心苦しい。どうしたものかとため息が出る。

 

『そう言えばシュンセダイのいるサンドリヨン企画は大変革があったとか?』初めて聞く話だ。原因はあの日の事件だろう。『悪い事ばかり起こってしまって』『それでプロデューサーを中心に再出発することになったの』『でも、だからこそ、生まれ変わった私たちを見て、皆さんに安心して欲しいんです!』

 

『ナルホド! では早速ですが、サンドリヨン企画改め「グラス・シュー」所属のシュンセダイ、新曲お願いします! 曲名は……』硝子の靴(グラス・シュー)、サンドリヨンの落とし物、12時を超えて残った魔法の欠片。童話と異なり、それを履いて彼女たちはもう一度舞踏会へと赴くのだろう。

 

『『『夢の彼方に』』』その後ろで彼女たちとその夢を支えるのは彼だ。今もTVに映らない舞台裏で彼女たちを見つめているのだろう。シンヤは街頭TVから我が家に向けて歩き出した。ネコネコカワイイを映す頭上のマグロツェペリンが影を落とす。それでもシュンセダイの歌声は人々の耳に届いていた。

 

【レイズマニー・フォー・オン・アイドル】おわり

 


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