鉄火の銘   作:属物

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第一話【レイズマニー・フォー・オン・アイドル】#3

【レイズマニー・フォー・オン・アイドル】#3

 

頭髪が奇妙なサラリマンめいた男が札束入りアタッシュケースを抱えて会議室へと入ってきた。「ドーモ、オジャマシマス。今日はお日柄もよく」「ドーモ、本日も良い天気で」先んじていたシャイロックは立ち上がってオジギしながら、カネモチ・エージェントとモージョーと化した定型文アイサツを交わす。

 

スダレめいた髪の男は部屋を見渡し僅かに表情を変えた。「おや、今日はもう一人居るとの話でしたが?」「……その、事情がありまして」暗い目を伏せてシャイロックは奥ゆかしく言葉を濁す。常ならば慇懃無礼そのものな女ニンジャの大人しい態度に、バーコード頭の中でデジタルソロバンを高速で弾く。

 

「となると贈り物は不用でしたかね?」「スミマセン」持ち上げた高級店の紙袋をこれ見よがしに見せつけるエージェント。押しつけがましく善意を強調して罪悪感を強める交渉テクニックだ。なお、中身は大トロ粉末である。「致し方ありませんね。では、シュンセダイの『寿退社』についてお話を……」

 

KNOCK! KNOCK! 唐突にドアを叩く音が響いた。バーコードエージェントは訓練由来の滑らかな手つきでショックジュッテを抜き放ち、シャイロックは指の間に投擲用のトークンを構える。この貸し会議室が今日使われると知る者はいない。そして今日使われたと知る者が居てはならない。

 

殺意に張りつめた空気を無視するように扉が開いた。「タケウチ=サン!?」「お知り合いで?」扉の向こうにあったのは見覚えあるスーツ。想像を超えた衝撃に固まったシャイロックを酷薄なまでの視線で一瞥すると、彼は懐から一枚の名刺を取り出し、ビジネス教本めいた切れのあるオジギをしてみせた。

 

「ドーモ、初めまして。これからお世話になります」「これは、これは。ドーモ、ご丁寧に」アイドルを食い物にする闇カネモチの代理人に向けて、さも当然の体で彼は名刺を差し出した。それはシャイロックの望んでいた光景の筈だった。それを狙って真実を打ち明けた筈だった。

 

(((タケウチ=サン……綺麗事、止めたんだ……)))だが彼女の胸に去来したのは目も眩む程の強烈な感情だった。墜落するかの如き失望感と汚れきった安堵がシャイロックの呼吸を止めた。だから気づくのが遅れた。ニンジャ身体能力で痛めつけられたモータルがこの短時間で自由に動ける筈がないことに。

 

カネモチ・エージェントが名刺を受け取ることもなく、青い顔で後ずさったことに。その名刺が白地に黒字ではなく、黒地に赤字であることに。名刺に『サンドリヨン企画プロデューサー”タケウチ”』の文字がないことに。代わりに焼き付けられた『ニンジャスレイヤー』のジゴクめいた文字に! 

 

「ドーモ、初めまして。ニンジャスレイヤーです。薄汚いカネモチの薄汚いマニー、薄汚いニンジャの薄汚い血で雪いでやろう!」気づけば頭は赤黒のニンジャ頭巾に包まれ、顔は不吉なる『忍』『殺』メンポに覆われていた! オジギから上げた顔を照明が照らし、刻まれた二文字が死を予告して不気味に輝く! 

 

反射的バックフリップで距離をとり、シャイロックはアイサツを返す。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。サンドリヨン企画のシャイロックです。何故アナタがここに!?」「ショウビズ業者がオムラ製殺戮兵器を大量導入して目立たぬと思ったか? オヌシは電飾ロボニンジャ同様にオメデタイようだな」

 

死神対策が殺戮者を呼ぶとは何たる皮肉か! シャイロックは表情を歪めて反論を投げつける。「アイドルとアナタに関係はないでしょう。ニンジャが自警団(ヴィジランテ)の真似事ですか?」確かにアイドルの『売り出し』先はソウカイヤでない。それに奴隷オイラン人身売買などネオサイタマではチャメシ・インシデントだ。

 

「なるほど、無関係だ。だが殺す」「くっ!」しかしニンジャスレイヤーにとっては邪悪なるニンジャの横暴とその鏖殺こそがチャメシ・インシデントなのだ! 高級スーツのジャケットを脱ぎ捨て黒錆色のズボンが繊維片と散る。その下より表れたのは幾多のニンジャの血で赤黒に染め上げた殺戮者の姿! 

 

「確かにソウカイヤに連なる者ではないようだが所詮同じ穴のラクーン。さほども変わらぬ外道存在よ。オヌシの暴虐を見逃す理由などなし」死神がジゴクめいた声でシャイロックの死を宣告する! 「ニンジャ殺すべし、慈悲はない。イヤーッ!」跳躍と同時に放たれる心臓摘出を狙う必殺のチョップ突き! 

 

「イヤーッ!」ハートキャッチ寸前の手刀刺突を回転ジャンプで辛うじて回避! 「イヤーッ!」空中のシャイロックは一息に20のトークンを投げ撃つ! 江戸時代、ショーグン・オーバーロードの軍勢より逃れたニンジャは市勢に紛れ、スリケンの代わりにトークンを用いたという。

 

かつて荒ぶる神に等しく語られた半神がモータルから逃げ隠れるアワレでいじましい努力。しかしその威力はスリケンに次ぐ程だ。「アババーッ!」流れ弾で頭蓋を打ち抜かれ、少ない髪を脳漿で染色したカネモチ・エージェントの死に様がそれを証明している。ではニンジャスレイヤーも? 

 

そんな筈はない! シャイロックの目の前にいるのはニンジャを殺すニンジャなのだ! 「イヤーッ!」SNAP! 散弾めいて打ち込まれた十数枚のトークンを悉く受け止めて一瞬で握り砕く! 砕けた破片は滲んだ血と混じり合いながら、特徴的な四錐星の鉄片へと姿を変える。スリケンである! 

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは投げ銭の代価にスリケン4枚を投擲! シャイロックはおつりにトークンを10枚投擲! スリケンとトークンが交差する! 結果は……「ンアーッ!」苦痛の声はシャイロックの口から漏れた! スリケンはトークンを容易く分断して彼女の肩に突き立ったのだ! 

 

「ンッ……!」肩に突き刺さるスリケンを表情を歪めて抜き取るシャイロック。僅か数秒の変則スリケンラリーで実力差は決定的なまでに明らかとなった。カラテ強者のニンジャスレイヤーには役不足で相手に不足! アイドル売買にかまけたシャイロックではカラテ不足で役者が不足だ!

 

ならば他で補うまで! 「イヤーッ!」会議室の壁を蹴り飛ばすと薄闇の中にはずらりと並んだモーターヤブ! 微かに聞こえる歌声はここが舞台裏の大道具置き場であることを示していた。シャイロックは懐から引き抜いたIRC端末で指令コマンドを送信。モーターヤブを次々に起動させる。

 

「「「スタートザマシーン。ドーモ、モーターヤブです」」」電飾サスマタとカメラアイが輝き、逆間接が蒸気を噴いた。標的に焦点を合わせたモノアイが頭部回転を停止し、パステル色ガトリングが高速回転を始める。キュィィィン! 甲高く唸る砲身がニンジャスレイヤーめがけて突き出された。

 

「「「投降呼び掛けは現在省略されてます。ご迷惑おかけします」」」もはや慈悲を騙ることすらやめた殺戮機械から、原色の曳光を伴った重金属弾のシャワーが吹き荒れる! BLATATATA! 「「「これはアイドルライブの演出の一環であり、違法性は全くない」」」欺瞞! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはブリッジ回避からの連続タイドー・バックフリップに加えてスリケン連射! 鳥足がスリケンの葉を生やしてモーターヤブが擱坐する! 「ピガーッ!?」「「「反撃を検知。ファンの武装は許されておりません。ライブは安全で平和です」」」冗句! 

 

その間に接近したモーターヤブがカクテル光をまとった電飾サスマタを振り回す! 背部からゴシック体でホロ投影されたシュンセダイ三人の名前が後光めいて嘲笑的だ。「我々はアイドルを暴徒から守りま「イヤーッ!」ピガガーッ!」ニンジャスレイヤーのローキックで逆間接が正常間接に! 

 

その間に接近したモーターヤブがパステルカラーに塗られたガトリングを振り下ろす! 背部からセピア色でホロ投影されたシュンセダイ三人の笑顔が遺影めいて嘲笑的だ。「我々はアイドルを危険から守りま「イヤーッ!」ピガガーッ!」ニンジャスレイヤーの対空ポムポムパンチで両腕が隻腕に! 

 

その間に接近したモーターヤブが『シュンセダイ』の名前が彫られた鳥足を振り上げる! 背部から動画でホロ投影されたシュンセダイ三人のウキヨエが戯画めいて嘲笑的だ。「我々はアイドルを脅威から守りま「イヤーッ!」ピガガーッ!」ニンジャスレイヤーのカラテチョップで二本足が一本足に! 

 

瞬く間に三体のモーターヤブを半スクラップに変えたニンジャスレイヤー。しかし標的であるシャイロックはそれに目もくれずにモーターヤブより一回り小さいマシンの起動作業に没頭する。『ハローワールド、プロジェクト99。制御モードをご自由に選んでください』雷神紋を背景にした表示板に光が灯る。

 

LED光に下から照らされて非人間的なシャイロックの表情が闇に浮かぶ。『手で動かす:全部』『手で動かす:半分』『自主的に働く』三つの制御モードからシャイロックは迷うことなく『手で動かす:半分』を瞬時に選択した。嗤う月めいたドクロ顔の中、紅い目が輝く! 破壊と殺戮が今、目を覚ます! 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

胸に描かれた雷神紋が光り、四腕四脚にスパークをまとった起動電流が流れる! 「半手動モードで動きます。暴走の危険がありますが下級エンジニアはそのまま作業をしてください。指示に従わないと遺族年金は支払われません」マニーと人月で命を数える暗黒メガコーポの合成音声が周囲に響く! 

 

ブッタエンジェルめいた異形は見るもの全てに宗教的畏怖を抱かせずにはいられない。巨腕に握られた歪なアミューズメント用兵器と、内蔵された奇怪なエンターテイメント用兵装たちは、破壊と殺戮を今や遅しと待ち望んでいる。それはオムラの無邪気な悪意とラオモト・カンの無慈悲な邪悪の落とし子! 

 

「スタートザマシーン。ドーモ、モータードクロお試しです。私は試験用であり不具合は製品版で全て解決されます」そう、これこそニンジャ絶滅の意志を体現する悪魔の殺戮機械『モータードクロ』機能試験機体である! 廃棄予定のそれをシャイロックはマニーの力でオムラから横流しさせたのだ! 

 

「貴方の鍛錬と実戦で積み重ねた本物のカラテ。私程度ではベイビーサブミッションでしかないでしょう」モータードクロお試しの肩に立ったシャイロックは、傲岸と腕を組んでニンジャスレイヤーを見下ろす。「でもそんな貴方のカラテを超える暴力が、マニーとテックでこんなにも容易く手に入る」

 

「マニーとテックの前には貴方でも無力です。モーターヤブとモータードクロお試しの暴威に擦り潰されて、それを思い知りなさ「イヤーッ!」「ピガーッ!?」シャイロックの演説を遮るように、無視するようにモーターヤブにチョップが突き込まれた。潤滑油の血がまき散らされて電子音の断末魔が響く。

 

「少々のカラテで容易く鉄屑になる、これがマニーとテックの力とやらか?」AIチップを引きずり出され痙攣するモーターヤブがオイルの海に沈んでいく。「全て出せ。悉く目の前で擦り潰してその無力を思い知らせてやろう」「よくも増上慢をぬけぬけと!」致死級の猛毒舌がシャイロックの顔を歪ませる! 

 

SNAP! 潤滑油まみれのAIチップがシャイロックに投げつけられる。BLAM! モータードクロお試しが投擲物を口内可動銃で自動迎撃する。SPARK! 粉砕されたAIチップが無数の火の粉となって輝きと共に散る。「イヤーッ!」「ホノオッ!」それがイクサの火蓋を切った! 

 

「イ・ヤーッ」BLATATATA! BLAM! BLAM! BLAM! モータードクロお試しの腹部ガトリングが砲火の網を放ち、口部可動銃がニンジャスレイヤーを精密射撃で弾幕へと追い込む! なんたる制御AIと操作ニンジャの二人羽織めいた職人芸的タクティクスか! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」BLAM! BLAM! BLAM! しかしニンジャスレイヤーもさるもの! スリケン連射で自動迎撃を強制させ精密射撃を妨害! 弾丸の嵐をすり抜け、一路モータードクロお試しに迫る! 『手持ち使う』そうはさせじとシャイロックは四碗の格闘武器使用の指示を出した! 

 

「イ・ヤーッ」赤熱の残像を残しながらヒートサイリウムが振り下ろされる! 「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは紙一重で回避! 装束の端が焦げて燃える! 「イ・ヤーッ」電弧の残像を残しながら電飾サスマタが振り下ろされる! 「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは紙一重で回避! 装束の端が燃えて焦げる! 

 

「イ・ヤーッ」高周波ノイズを響かせてウチワ形振動斧が横薙ぎに迫る! 「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは紙一重で回避! 装束の端が切れて千切れる! 「イ・ヤーッ」風切り音を響かせてミラーボール鉄球が横薙ぎに迫る! 「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは紙一重で回避! 装束の端が千切れて切れる! 

 

超常のカラテアクションを前に全ての武器が空を切った! 「高危険ニンジャ感知、高危険ニンジャ感知」バイオニューロンが業を煮やしたのか内蔵兵器が次々に展開される! 対ニンジャ飽和攻撃ゼンメツ・アクション・モードだ! だが距離が近い! 跳弾が危険だがオムラAIはコラテラルダメージ無視が基本! 

 

「ゼンメツ・アクション・モード移行承『ヤメテ』やめます」シャイロックは強制中止コマンドを入力し、ゼンメツアクションモードを強制停止する。「イヤーッ!」その隙を狙いニンジャスレイヤーが跳躍回転蹴りで首を落としにかかる! BLATATATA! 生存モーターヤブのガトリングガンが妨害! 

 

「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはツカハラ級の空中機動で辛くも弾幕の隙間をくぐり抜ける。無数の裂傷は瞬く間に超自然の繊維が埋めた。鋼鉄の機械軍団を押し進めようとも赤黒の殺戮者は倒れない! だがモーター軍団の機械的連携に死神も攻めきれない! ゴジュッポ・ヒャッポ! 

 

「ウウウマーイ!」シャイロックはモータードクロお試しの口内に補給タマゴ・スシをねじ込む。その頬を一筋の汗が伝った。マニーが集めた物量とテックが産んだ火力。そこにニンジャの軍略を加えれば、湾岸警備隊一個大隊すら消滅する圧倒的戦力だ。だが、それにただ一人のニンジャが対抗している! 

 

想像の埒外にある圧倒的カラテに、シャイロックの口から震える息が漏れた。「この戦力と拮抗するだなんて」「彼我のカラテ差も判らぬか。足下のカメラアイと取り替えたらどうだ」「……幾ら貴方が張り合おうとも所詮は単身生身。疲れも痛みも知らない機械を前には苦しみが長引くだけです」

 

実感と確信の籠もった人生の結論をシャイロックは朗々と唱う。「そう、テックとマニーの前にはどんな努力も足掻きも無意味! その現実を理解しなさい!」「俺はそう思いませんがね?」居るはずのない第三者がそれに異を唱えた。

 

「イヤーッ!」BLAM! BLAM! 異論と同時に放たれた飛来物に自動迎撃システムが即応する! 可動銃の重金属弾頭が狙い過つことなく黒錆色の紡錘形を射抜く。オムラAIの認識力は使用者に致命的だが、AIM力は相手に致命的だ。だが、時としてそれが徒となる。

 

「これは!?」打ち抜かれたスピンドルは分解しながら大量の繊維片を噴出する! 大道具室は黒錆色の煙幕に包まれた。それを狙っていたのか、鼻先すら見えない闇の中で次々にモーターヤブの絶命の声が響く! 「ピガーッ?」「ピガガーッ!」「ピガーッ!!」

 

シャイロックのモーター戦力と死神のカラテはほぼ等しい。モーターヤブを失えばイクサの天秤は殺戮者に傾く。ならば危険を冒してでもモータードクロお試しで妨害に動くべきだ。だがそれはできない。何故? その答えは煙幕に霞むLED表示板に映し出されていた。

 

「ゼンメツ・アクショ『ヤメテ』やめます……ゼンメツ・アク『ヤメテ』やめます……ゼンメツ・ア『ヤメテ』やめます」「これだからオムラ製品は!」鬼気迫る表情で強制中止コマンドを連打するシャイロックだが、悲鳴めいた承認プロトコルの絶叫が溢れかえり打ち込みを止めるに止められない! 

 

周囲の繊維片全てからニンジャソウルを検知したモータードクロお試しは全方位がニンジャに包囲されたと誤認した。それ故、恐怖に駆られたバイオニューロンは標的も見えぬままに連続承認申請しているのだ! 目隠しされたままモード移行すればアウトオブアモーは確実! そうなれば勝ち目一切なし! 

 

それでも止まらぬ申請の嵐に、いっそ弾幕でスモークを吹き飛ばすべきかとシャイロックの脳が煮詰まっていく。だがその必要はなかった。急速に黒錆色の闇が晴れていく。怯えきったバイオニューロンの承認連打も徐々に収まる。そこには予想通りにスクラップ置き場めいて幾つも転がる撲殺ロボニンジャの残骸。

 

その中央、モーターヤブを床に縫いつけた巨大クナイジャベリンの上で両掌を合わせる黒錆色の影が一つ。「ドーモ、シャイロック=サン。ブラックスミスです」「ドーモ、ブラックスミス=サン。シャイロックです。何者かは知りませんが、モーターヤブの代金は血肉で支払っていただきましょう。ホノオ!」

 

「イ・ヤーッ」BLATATATA! BLAM! BLAM! BLAM! 機関砲が金切り声をあげ、可動銃が重低音のアクセントを加える! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ブリッジ! バック転! ツカハラ! 当たらぬ! 「くっ!」新規ニンジャは殺戮者に次ぐ水準だ。二忍相手となれば益々勝ちは遠のく。

 

どちらかを一刻も早く落とさねばオタッシャは確実。しかしブラックスミスは容易くスイスチーズにできない。だからといってニンジャスレイヤーを簡単に倒せる筈もなし。どちらを落とせば!? 「イヤーッ!」シャイロックの迷いを見抜いたのか、血塗られた矢めいて赤黒の影が真っ直ぐに跳んだ! 

 

「ゼンメツ『ヤッテ』ゼンメツだ!」モータードクロお試しが反応するとほぼ同時にシャイロックは強制実行コマンドでゼンメツ・アクション・モードへ最優先移行! 内蔵殺戮兵器の全砲門が開……かない!? 「アラート! データ外状況な!」「ナンデ!?」悲鳴を上げる彼女に赤黒の死神が迫る! 

 

『非常に明るいボンボリの真ん前は却って見にくい』。平安時代の哲学剣士ミヤモト・マサシはこう記した。外部の第三者ならば見える筈、ブッダエンジェルめいた全身を縛り上げる黒錆色のロクシャクベルトが! だが常にモータードクロお試しの上で指揮を執っていたシャイロックにそれは見えない! 

 

……『原作』からバイオニューロンの決定的欠陥を知るブラックスミスは、煙幕散布でモータードクロお試しを錯乱させ、その隙に武装内蔵部をタタラ・ジツで拘束して閉鎖。その後ニンジャスレイヤーが破壊したモーターヤブの一体にクナイジャベリンを突き立て、上に飛び乗ってから煙幕を解除したのだ。

 

モーターヤブに突き立った巨大クナイを見せつけ破壊者を誤認させる、人間心理に基づいた何たる巧妙なる心理誘導テクニックか! これにより煙幕中でブラックスミスはモーターヤブを壊していたとシャイロックは思いこみ、罠に気づかずゼンメツ・アクション・モードへ移行。致死的な空白を産んでしまった! 

 

そして空白の合間に殺戮者はワン・インチ距離に迫っていた! 最早逃れられぬ! 「イィィィヤァァァッ!!」「アバーッ!」吹き上がる恐怖のままに全身を捻ったシャイロックは『不幸にも』即死を免れた。何故なら上半身半分を抉られた彼女は、これから時間をかけて人生を後悔しながら死ぬしかないのだ。

 

「ハイクを詠め、シャイロック=サン」「アバッ」何を間違えたのだろう。死神に怯えてモーター戦力を整えたことか。それともアイドル売買ばかりでカラテを鍛えなかったことか。それとも諦められなかった夢の復讐をしたことか。それとも……。ソーマトリコールめいて千々に乱れる思考が現れては消える。

 

「……リ=サン!」血の海に沈む彼女の耳に、聞こえる筈のない声が届いた。死の闇に薄らいでいた意識が焦点を取り戻す。ニンジャ腕力で散々に打ち据えた。浅くない傷を幾つも負わせた。それに大怪我したモータルが動ける筈もない。そもそも自分を痛めつけた恐ろしい怪物の元に来る訳がない。

 

なのにねじ曲がった足を引きずって、数を減らした歯を食いしばり、彼はイクサの最中のこの部屋までやって来た。そして骨折の痛みに荒い呼吸をこぼしながらも、掠れた声でおぞましいニンジャの、否、『自分』の名前を呼んだのだ。「タケ、ウチ=サン?」何故だろうか。涙が滲んだ。

 

【レイズマニー・フォー・オン・アイドル】#3おわり。#4に続く


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