鉄火の銘   作:属物

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※ 注意しなさい ※

本作はアイドルマスターシンデレラガールズとは無関係です。
本作はオマージュ的要素を含みますが特定のキャラクターを貶める意図は一切ありません。

※ 注意しなさい ※



第一話【レイズマニー・フォー・オン・アイドル】#1

【レイズマニー・フォー・オン・アイドル】#1

 

「今日はアリガト。これ、少ないけど」「スミマセン。依頼料金は口座振り込みでお願いします」「いや、これは個人的なお礼で」「スミマセン。依頼料以外は社則で禁じられています」「これは金銭でもワイロでも無いので、そこを何とか」「スミマセン」「そこを何とか」「スミマセン」「そこを何とか……

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「そういう訳で押し切られまして。まあ金銭でないならダイジョブかなと……その、スミマセン」事情を説明し終え、安っぽいスチール机に向けてシンヤは申し訳なさそうに頭を下げた。だが秘書兼事務員の氷めいた視線はシンヤの後頭部を刺し貫く。「社則で贈り物の授受についても禁じられていますが?」

 

冷たく凍る瞳に突き刺され、冬場のカメめいて首を竦めて身を縮こまらせるシンヤ。実際悪いのは自分である。言い訳のしようもない。「まあ、その辺りにしてくれ。シンヤ=クンも反省しているようだし、次から気をつければヨロシイ」助けの手は『社長』の札が立てられた隣の机から差し込まれた。

 

「ホントにスミマセン」「なので次はしないように」「ハイ、判りました」シンヤの謝罪に気にするなと軽く手を振り応えるのは社長のタジモである。元トモノミストリート浮浪者キャンプ村長である彼は、シンヤと亡きワタナベが交わした約束を実現し、キャンプ住民たちに新しい職と居場所を与えたのだ。

 

今こうしてシンヤ達がいる『オキナ重厚ビル』三階もその一つであり、ネットワーク主体のコネ・コムで唯一の物理事務所である。スチール机、パイプ椅子、UNIX、CRTディスプレイ、書棚、神棚、ダルマ、マネキネコ。このテンプレートな事務所は顧客会談や新人面接、書類整理の為に借りている。

 

なので常駐している人間もタジモ社長と、自我持ちオイランドロイドと噂される秘書兼事務員のみである。「悪しき前例になりかねませんが?」「それは私の方から連絡しておくよ。長いツキアイが望みなら尚更キッチリしておく必要がある」秘書兼事務員の冷然たる声音にも体型同様な安定感は崩れない。

 

「それで、これはどうしますか?」話の終わりを見計らいシンヤは頂き物の封筒をつまみ上げた。合成パルプ紙の封筒には厚みがなく、ペラペラとはためく外観からは何かが入っているようには見えない。「それはシンヤ=クンが処理してくれ。一度受け取ったものを売ったり捨てたりしないようにな」

 

「ハイ、判りました」素直に頷きながらシンヤは無地の封筒から中身を取り出す。出てきたのはラメとビビッドカラーで豪勢に彩られた目に眩しいチケットが二枚。中央にはそこらのゴスやパンクが青ざめて道を譲るほどに豪勢に着飾った美少女三人がポーズを取っていた。

 

『人気ウナギライズ! サンドリヨン企画、期待の新星”シュンセダイ”!』幻想めいて現実離れした写真の上には装飾過多なカリグラフィーが中身を示している。『オニタマゴスタジアム特設ライブB席』「興味ないんだけどなぁ」年上趣味であるシンヤの呟きは誰の耳に届くことなく空調の音にかき消された。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「誰かアイドルとか興味ある?」「急に何?」帰宅直後の兄から出てきた唐突で珍妙な台詞にエミは首を傾げた。「アイドルライブのチケット貰っちゃってさ」「もしかしてネコネコカワイイ!? スゴイ!」「ホント!? スッゲー!」ネコネコカワイイのライブチケット入手ともなればこれはもう一大事である。

 

オムラ・メディック社のテック偏愛とピグマリオン・コシモト兄弟カンパニーの神秘的AIが産んだ機械仕掛けのミューズは、既にアイドルという単語と同義だ。NSTVヒットチャート1位を恒久的に占め続ける彼女らのライブチケットとなればNERDZどころかダフ屋間での殺人も頻発する超稀少品。

 

「スゴイ! スゴイ! ヤッター!」「ウォーッ!」歓喜の余りネコネコカワイイジャンプで飛び跳ねるエミと、ネコネコカワイイと聞いて途端に興奮しだすウキチ。テンションMAXな弟妹の姿に一抹の罪悪感を感じながらもシンヤは真実を告げた。「いや、生身だぞ」「……そーなんだ」「じゃあいいや」

 

天にも昇る心地から地にたたき落とされた様で落ち込むエミと、瞬間的に興味が揮発したウキチの姿に、シンヤは長い溜息を吐いた。「イーヒコは?」「行く気はないけど、ナンデ僕に聞くの?」街頭TVに流れるネコネコカワイイのMVぐらいしかイーヒコとアイドルに関わりは無いし、関わる気もない。

 

「いや、お前がアイドルマニアだったら面白いかなーと……痛いから蹴るなよ」無言のイーヒコはローキックをシンヤのスネに打ち込み始めた。これでトモダチ園の残りは四人だが、コーゾはソバ武者修行中で出向中だし、幼いオタロウは熱狂する人混みの中に連れて行ったら泣き出すだろう。

 

片足でイーヒコのキック連打をいなしつつ、シンヤは後二人へ振り返る。「キヨ姉は?」「私は余り興味ないかな」「じゃあアキコ」「アタ……! アー、別に」微妙な間を伴ったがアキコにも断られた。チケットを貰った関係上シンヤは行かなければならないから一枚は消費できるとしてももう一枚が余る。

 

さてどうしたものかと首を捻るシンヤへ意外な人物が手を挙げた。「ならワシが行こうかの」「住職さんが?」声を上げたのは珍しくトモダチ園のスペースに顔を見せたダイトク・テンプルの住職である。「昨今は法事にも演出がいるので参考にな」実際ネオサイタマではテクノ法要が大いに流行っているのだ。

 

「有り難いネンブツでも聞いて貰えねばサイバー馬に唱えるのと変わらんよ」金儲け目的も多いが、マジメにブディズムの入口として新しい法事を始めるボンズもいる。テクノ法要もあるボンズがクラブハウスで悟ったのが始まりだ。ならばアイドルライブから新たなアイディアをダイゴしてもおかしく無い。

 

「何よりスカートが短いのがよい」「そういうのやめてください」子供の教育に悪い! マジメを口にした次には生臭が口から飛び出る。中道がブディズムの本道かもしれないがこんなことでバランスを取る必要は無いだろうに。呆れたシンヤの白い目にも住職は呵々と笑うばかりで一向に堪える様子はない。

 

「じゃ、取りあえず住職さんで「アタッ……! アー……! エー……!」「どーした急に」シンヤは背後からの甲高い大声に僅かに眉をしかめる。出所のアキコは口ごもりつつも必死の様相で釈明を試みる。「ほ、他の人にも聞いた方がいいと思うの! ほら檀家さんにも行きたい人いるかもしれないし!」

 

話の中身はそう間違ってはいないが、視線を左右上下にクローリングさせつつでは何の説得力もない。住職とシンヤの合間で一瞬のアイコンタクトが交わされる。「ナラ、ワシハ様子見デー」「ソーデスネー」実に適当で三文芝居臭いやりとりだったが、安堵の息を吐くアキコの目には入らなかったようだ。

 

目に見えて安心した妹に肩を竦めるシンヤ。甘苦い笑みを浮かべるキヨミ。アルカティックな笑顔で爆笑を押さえ込む住職。知らぬがブッダと言う通り、アキコが理解したらきっとセプクを望むだろう。幸いにもツゲグチしそうな子供達は首を傾げるばかりで、真実を知る三人は奥ゆかしく沈黙を保っていた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「オジャマシマス……」「ドーゾ」ウシミツアワーにはまだ早い夜半過ぎ頃、三人が三人とも予想していたとおりにアキコはシンヤの部屋を訪ねた。真夜中の来訪だが猥褻な意味はない。もしもそうならシンヤは無理矢理にでもアキコを部屋に帰した後、キヨミとコーゾを叩き起こして家族会議を開くだろう。

 

「で、お目当てはこれか?」「ナンデ!?」「そりゃ兄貴だからな」「ウゥーッ!」呆れと苦笑の入り交じった複雑な表情を浮かべながらシンヤはチケットを旗めかせる。あれだけ好い加減な演技に気づかなかっただけあって、知られているとも気づいていなかったらしい。

 

「どーして……どーしよ……」胸中を知られたアキコの顔は着色タコウィンナーめいて真っ赤だ。住職もキヨミも了解済みと知ったら、顔から火炎放射するに違いない。「どーしよもこーしよもないだろ」例えシンヤが知らなかったとしても、チケットを得るためにはそれを伝えざるを得ないのだ。

 

「そんなに恥ずかしいなら来なかったことにするか?」そうなれば当然チケットは手に入らない。それでは恥を忍んで訪ねた意味もない。湯気を出しそうな顔色のアキコは俯いた頭を小さく横に振った。「まあ、お前さんにコイツを渡すのは構わない」「ホント!?」「家族にウソは言わんよ……が」「が?」

 

シンヤは単音で区切りを入れてアキコの旋毛を指さした。「これが欲しいなら住職さんに事情を話して謝罪してくること。それとお前が言った通り檀家さんにも行くかどうか聞くからな。わかったか」アキコの行いはオーテ・ツミを認めた後にマッタをかけるのと変わりない。反則負けもいいところだ。

 

「……ヤダ」「じゃあライブは諦めろ」「ウゥーッ!」「じゃあ住職さんに謝りに行け」「ウゥーッ!」「それと檀家さんに行くか聞け」「ウゥゥーッ!!」唸りを上げハンニャめいて髪を振るうアキコ。秘密の趣味を家族に知られるだけでセプクものなのに、赤の他人に笑われたら思春期少女は立ち直れない。

 

「幾ら唸っても無駄だぞ」「ウゥーッ! ……ウゥー……ウゥッ……ヒッ」ハチめいてブンブン唸るアキコだったがシンヤは一歩も譲らない。鉄柱めいて揺るがぬシンヤを前に、アキコの唸り声は徐々にすすり上げる音へと変わっていった。しかし妹の涙を目にしてもニンジャらしくシンヤは眉一つ動かさない。

 

「泣き落としも聞かんぞ」「ヒック……ヒッ……ウゥッ……」弟妹達の様に暴力が通る相手でも、コーゾの様に勢いで通れる相手でも、キヨミの様に同情が通じる相手でもないのだ。折れも揺るぎもしない鉄柱相手に無闇にチョップを繰り返せば先に折れるのは打ち手の骨だ。当然折れたのはアキコの方だった。

 

「ちゃんと、ちゃんと言うから、だから……」「わかった」泣きべそ混じりで絞り出す声にようやくシンヤは頷いた。黒錆色のハンカチーフを手渡しチケットを握らせる。「ライブの後でもいいからきっちり事情は住職さんに話せよ」「うん」「檀家さんで行きたい人がいたら俺のを譲るから」「うん」

 

「しかしお前が欲しがるとは意外だったよ。実を言うとイーヒコが一番ありえると思っていたんだがな」重くなった空気を払うように冗談めかしてシンヤが笑う。口先と態度を斜め構えに格好付けておきながら、最年少のオタロウよりも子供っぽいのがイーヒコなので面白半分可能性半分で問いかけたのだ。

 

「……勇気を、貰ったから」「勇気?」豆鉄砲で狙撃された鳩の顔でオウム返すシンヤ。あくまで空気を軽くするための軽口で答えが返ってくるとは思ってもいなかったのだ。「最初にトモダチ園に来たとき、アタシ家出したでしょ」「確か三人総出で探したな」あれは珍しく重金属酸性雨のない夕方だった。

 

「前の家に戻ってたのよ」アキコは捨てられた子供だった。産みの親を事故で失い、保険金目当ての親戚に拾われて、遺産を吸い尽くされダシガラめいて捨てられた。それでもマイコセンターに売らないあたりネオサイタマでは有情な部類だが、そんなナサケが捨てられた子供に理解できるはずもない。

 

「前の家族にはもうお前はイラナイって言われて、どこに行けばいいのかもう判らなくて」今までの家族は見知らぬ他人になり、これからの家族も見知らぬ他人。新しい家だとトモダチ園へ連れられても、信じるよりも捨てられる恐怖が先に立つ。「それで親が居たときと同じコケシマートに行ったの」

 

店内改装済みで一つも記憶と一致しないコケシマートを彷徨い、屋上遊園地で遊んだ記憶に縋ってエレベーターに乗った。リフトを降りて見ればミニ遊園地は跡形もなく、イベントステージだけが残っていた。何もなかった。けどアイドルはそこにいた。「『セセラギ』ってアイドルがたった一人で踊ってた」

 

「誰も見てないステージで誰も聞いてない歌を歌ってたわ」モノクロームで描かれた曇天の無人ステージ。「それなのに、あのアイドルはちっとも気にしてなかった」ただ彼女だけが鮮やかに色づいていた。「『世界に独りでも関係ない、私は私の夢を叶えるんだ』って。そんなこと言われた気がしたの」

 

「気づいたら沢山人が集まっていて、自分もみんなも声を上げて応援してたのよ」耳に瞼はない。意識していなくても常に音は聞こえている。だから誰もが思いを込めた歌に気づく。鼓膜を、骨身を、内蔵を揺さぶる歌声に耳を傾け出す。「『アタシも一人でやってみる』って、そんなつもりで叫んでた」

 

「そしたらコーゾ先生に見つかって、トモダチ園に帰ることになって……後は知ってるでしょ?」「ああ、帰ってきて第一声が『お腹空いたからご飯チョーダイ』だったな。お陰で自分がかなり我慢強いほうだと判ったよ」散々探し回った相手からこの台詞。ぶん殴らずに居られた自制心に感謝した記憶がある。

 

「……そんだけご執心なら他の相手に渡すよりアイドルも喜ぶだろ。楽しんできな」予想以上に重い妹の思いを受け止めながらシンヤはそう締めくくった。しんみりと染み渡る沈黙が部屋に満ちる。「そうだ! シン兄ちゃんの分も準備しなきゃ!」しめやかなアトモスフィアを打ち破ったのは当のアキコだった。

 

「なんの?」「ライブの! 取りあえずコレ全部覚えて!」目を白黒させながら手渡された分厚いツルカメ算数テキストをめくる。中身は別物らしくLED指示棒を縦横に振るう写真がずらりと並んでいた。「ナニコレ」「振り付けと合いの手一覧! ウチワとサイリウムは予備あるけどハッピの寸法どうしよう?」

 

「どうしようって言わ「今から発注したら猶予ないけど、予備じゃサイズ合わないし……」早口でまくし立てる妹をカルティスト・ヨタモノのブードゥー儀式を見せられた顔で眺めるシンヤ。「なあ、ライブで何するんだ?」「応援に決まってるじゃない!」ニンジャ読解力を以ってしても理解は難しかった。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「つらい」オニタマゴスタジアムグラウンド中央に設置されたサンドリヨン企画のアイドル『シュンセダイ』ライブ会場は、熱狂的サポーターの濃縮された熱気と湿気と臭気でジゴクめいた空間と化していた。ただ一人、場違いなアトモスフィアをまとったシンヤはライブ前から疲れ切った顔で長い息を吐く。

 

「とてもつらい」ニンジャ耐久力を以てしてもこの疲労感。湿度は疾うに飽和して不快指数がウナギライズしている。新品のハッピは密着する周囲の汗が染み入って早くも斑に色を変えた。深呼吸一つすれば肺の中が汗でグッショリ濡れるだろう。早い段階で嗅覚が麻痺したのはブッダの慈悲か。

 

(((リアルアイドルがナンデこんなに人気あるんだよ……)))完璧なる偶像(アイドル)であるネコネコカワイイのショウビズ支配は最早絶対だ。事実、デビューから十年間に渡りランキングのトップは動いたことがない。彼女らの登場で数十万の少女たちが夢を諦め、オイラン専門学校に進路を変えたと聞く。

 

だからアキコのような奇特な人間を除けば閑散とした風景が待っていると考えていた。しかし待っていたのは熱意と欲望を煮詰めたアンコ鍋の底。この狂気じみた興奮を見れば、元アイドル候補生の半数は進路を再変更するだろう。そして残り半分は夢の残滓を捨ててショウビズから足を洗うだろうが。

 

……シンヤは忘れているが『原作』にも「シャムナンコ」「ユメミコ」など血の通ったアイドルも存在している。永世女王ネコネコカワイイが君臨し続けているとはいえ、イーヒコの様に全ての人間がファンではない。パイは小さいがまだあるのだ。とは言え、スタジアム貸し切りライブは異常な規模だが。

 

「すごくつらい」そんな『原作』芸能界事情などつゆ知らず、過湿な空気に更に湿っぽい溜息を吐くシンヤ。対して隣のアキコは熱い気炎を吐いて暑い空間を加熱する。「シン兄ちゃん、ツライツライ言わないで! アイドルにはね、応援する側もされる側も笑顔が不可欠なのよ! ワカル!?」「判らん」

 

「判って!」「努力する」「寿退社も近いって言うんだから、尚更笑顔で送ってあげなきゃ!」妹の熱気も周囲の狂気も自分の正気も何もかもが理解できない。意気をあげる妹から目をそらしたシンヤは頭痛が痛そうな表情で、ブードゥーめいた執拗さで織り込まれたハッピのアイドル文様を眺める。

 

そんな心境を余所に唐突に照明が消え、眩い脚光がステージを照らし出す。祭典の準備が整った合図だ。「シン兄ちゃんそろそろよ! 笑顔よ笑顔! スマイルいい!?」「……がんばる」「ガンバレ!」客席の暗黒を映す濁りきった目の兄に、光り輝くステージを反射する澄んだ目で答えるアキコ。

 

そして三柱のイコンは姿を現した。「皆、ライブに来てくれてドーモアリガトーッ!」LEDフリルと蛍光ラメで物理的に眩しいほど飾りたてたシュンセダイの美少女たち。「今日は思い切り楽しんでくださいね!」全力で聞き流した妹の説明によればミヅ・ウヅ・リヅの三人だとか。「じゃあ一曲目行くよ!」

 

「聞いてください、「「「『君気味ギブミー』!」」」「「「ワオーッ!」」」「わおー」ぎらつく目で吠える周囲にあわせマグロ目で応援の真似事をするシンヤ。熱心なファンが物陰で物理的な研修を試みそうな様だったが、幸運にもやる気も何もないシンヤの声はそれ故に爆発的なファンの歓声にかき消された。

 

「今日も隅っこで俯いている」「視線の先には笑顔の君」「ほんのちょっとの勇気がほしい」円弧、直線、扇形、螺旋。歌に併せてサイリウムの残像が跳ねる。神の視点ならケミカル光の大海原がうねり舞う幻想的光景が見えただろう。だがそれを見ることを許されるのは、ステージで歌い踊る三人だけ。

 

何故ならライブとはファンの神事であり祭礼であり、そして偶像神(アイドル)に捧げる神楽なのだ。その中で只一人、場違いな無神論者がマグロ目でサイリウムを振るっている。動きこそ周囲の芸を越えるキレがあるが、その顔に張り付いているのは笑顔というには余りに虚ろで乾いた表情。

 

ライブにあるまじき顔に気づいたアキコは笑顔のまま器用に声だけでシンヤを叱り飛ばす。「シン兄ちゃん、変に恥ずかしがってたらダメよ! ほらちゃんと笑って!」「恥ずかしがって泣いてたお前が言うと違うな」行くと決めたのは自分だが、こんなジゴクとは知らなかった。愚痴と皮肉も多少は出よう。

 

「ハイハイ! ハイハイ! ハイハイハイ!」「聞けよ」だがそんな兄の情けない泣き言など聞く耳持たずに、アキコは周囲と併せて合いの手を入れる。「「「君のホントの気持ち聞きたいの。だから~」」」曲もサビに入ったのか、袖口から次々にバックダンサーが姿を現す。

 

しかしシンヤの想像より踊り子は厳つくて、逆間接の鳥足だった。成人男性より大きい電飾サスマタとパステルカラーな多連装機関砲。シンヤは一度も目にしたことはない。だが『原作』から知っている。「オムラ!?」それはオムラ重工の暴虐と愛嬌を体現するロボニンジャ『モーターヤブ』に他ならない! 

 

「「「君の本音ちょうだい。私の気持ちをあげる」」」「「「ミヅ! リヅ! ウヅ!! ミヅ! リヅ! ウヅ!!」」」天井に向けた砲身から極彩色の火が吹き上がる。完全同期制御されたロボットダンスと共に光るサスマタがリズミカルに振り回される。光輝と熱気、歌声と歓声。今、全ての人が夢の中にいる。

 

只一人、シンヤだけを除いて。(((金の出所はオムラ絡みか?)))周囲と同じ笑顔を張り付けて、周囲と同期してサイリウムを振るうが、脳内を走る思考は冷たく覚めている。オニタマゴスタジアムという大舞台には予算が必要だ。ファンの熱狂具合から合法と考えていたが、モーターヤブがいるとなれば話は別。

 

オムラのロボがいるなら薄ら暗い裏事情があっても可笑しくない。無意識に張りつめるカラテを排気し、戦闘態勢に入る肉体を押さえ込む。(((第一はアキコの安全確保だ)))ファンが単なる金蔓なら無闇な危険はない。一介のファンとしてライブを立ち去れば済む。ただし、それはライブ中に何事もない前提だ。

 

集中と焦燥で狭まる収束する視界の中で、舞台の袖口に見えたのは見覚えのある人影だった。ニンジャ視力でも輪郭を捕らえるのがやっとの暗がりの中で、モーターヤブを見つめる『原作』主人公の姿。「モリタ=サン!?」少なくともシンヤの目からはそう見えた。彼がいるならニンジャがいる。

 

作り笑顔に焦りを押し隠し、一挙一動たりとも見逃してなるものかと袖口を注視する。彼が、フジキド・ケンジが潜入している以上ニンジャの存在はほぼ確実。そしてそのニンジャがソウカイヤに属している可能性は十分以上にあり得るのだ。「ブッダム……」見えないクロスカタナが首筋に触れた気がした。

 

【レイズマニー・フォー・オン・アイドル】#1終わり。#2に続く


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