鉄火の銘   作:属物

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第八話【ハート・キャント・ダイド・ブラック】#2

【ハート・キャント・ダイド・ブラック】#2

 

時間は『ワタナベ』がその魂を燃やし尽くした瞬間まで遡る。「ハィィィーーーッ!!」ニンジャ視力を持つスクローファは『インターラプター』を打ち倒す『ワタナベ』の姿を目の当たりにしていた。トライハームと偉大なる方が立てた完全なる勝利のプロットが、人間性の灯火に焼き尽くされるその瞬間を。

 

その光景を受け入れることも、その現実を認めることもできず、ただ呆然と白痴の表情で眺めることしかできなかった。それは奇しくもスリーステップ・ジツをかけられた被害者達の忘我の顔に酷似していた。名前と記憶と人間性を奪っていた者達が、人間性の発露に目と心を奪われるとは何たる皮肉か! 

 

「スゥーッ! ハァーッ!」茫漠のスクローファを正気に返したのは特徴的なチャドー呼吸音。今、この場でチャドー呼吸を扱えるのはただ一人しかいない。『ワタナベ』の見せた人間の意地に真っ先に反応したのは『彼』ことブラックスミスだ。それに次いで応じたのは……そう、ニンジャスレイヤーである! 

 

「スゥーッ! ハァーッ!」「無駄に引き延ばして何になる! 貴様の死は決まっていると言ったは…………え」ニンジャスレイヤーは限界を超えてカラテを振るい続け、サンズリバーのほとりに足を浸している。チャドー呼吸をした処で、死体相手の延命治療と何も変わりない。

 

だが、見せつけられた光景にスクローファは後ずさった。「なんなんだ、それは!?」チャドーを構えるニンジャスレイヤーから濁った煙が燻っている! ダークニンジャからのカタナ傷に見え隠れするのは、装束より赤黒く燃える不浄の火だ! 憎悪の炎が折れたカタナを打ち直すが如くに傷口を熔接していく! 

 

「そ、そんなの『原作』に書いてない! 設定に反してるぞ! ふざけるな!」ナラクと交感し力を引き出せるようになるのはまだ先の話、ブラックヘイズとのイクサの中だ。今現在はドラゴン・ゲンドーソーの封印によりナラクは封じられ、ウシミツ・アワーにわずかに漏れ出す程度。『原作』にそう書いてある。

 

「原作? 設定? ご都合主義の三文小説(パルプフィクション)をオイランチラシの裏にでも書き殴っているつもりか。ふざけているのはオヌシであろう」だがそんなものをニンジャスレイヤーが知る由もない! ニンジャスレイヤーが知っているのはワタナベが見せた人間性の輝き、感傷が産んだ希望の姿だ。

 

「スゥーッ! ハァーッ!」傷は余りに深く体力はとうに底を突いた。不浄の火で傷を焼き塞ごうと、チャドー奥義を繰り出せばカラテ反作用で死ぬかもしれない。封印を破りその力を用いた以上、目覚めたナラクが肉体を乗っ取るかもしれない。だが! しかし! 

 

(((それがどうした)))ここで臆してトチノキの仇を討てようか! ここで死んでフユコの敵を取れようか! 自らの死を越えてなお目的を果たしたワタナベの姿は、フジキドの魂を蹴り上げた。チャドーの構えが絞り上げられ、決殺のカラテが練り上げられていく。

 

「ナンデ!? 勝てた筈なのに! 勝ってた筈なのに! ナンデ!?」装填されていく死を目の前に襲いかかることも忘れて怯え竦むスクローファ。ジツで肥らせたニンジャ筋肉とともに、全身に張り付けた大物ぶったメッキは剥がれ落ちた。ニンジャ以前の貧相な地金が姿を見せる。

 

……ヤンク達に踏みにじられ続ける自分を認められず、全てを踏みにじり返す姿を妄想し続けた。鍛えることも逃げることもできず、靴をしゃぶり土を舐めながら無双の力を夢想していた。だから夢の中で偉大なる方に名前を貢ぎ、天命の使徒たる天使ニンジャとなった。

 

なのに今、自分たちは全てを失おうとしている。何故!? どうして!? ナンデ!? 理由は一つしか思いつかない。「全部、全部! お前のせいだ!」計画に挟まった夾雑物、慈悲を拒んだ忍非人。それはインターラプターの前に立ち塞がる、同胞になり得なかった転生者。

 

「目をかけられていたくせに! 目を付けて頂いていたくせに!」家族を背にして襲いかかる邪悪に相対する姿は、まさに主人公(ヒーロー)。「チートに縋る裏切り者! オリ主を気取る大罪人! メアリー・スー擬きの背信者!」世界の主人公(ヒーロー)は、偉大なる方に選ばれた自分たちの筈だったのに。

 

「トライハーム完全であれば、ミウツワが揃ってさえいれば!」喉よ裂けんと現実逃避の八つ当たりを叫び散らすスクローファ。「偉大なる方とやらに祈らぬのか? 信心も底を見せたようだな」「……っ!」ニンジャスレイヤーの鋭利なる舌鋒がその口を縫い止め、毒舌が声帯を麻痺させる。

 

いや、その喉を止めたのは毒舌ではない。「アッ、アィ」すぼまった瞳孔の赤く突き刺す視線が、牙めいて変形したメンポから溢れる硫黄の吐息が、恐怖という五寸釘でスクローファの全身を縫い止めていた。「ハイクを読め、スクローファ=サン」そしてデス・オムカエの化身が死刑執行書にハンコを捺した。

 

「ぼ、僕らは選ばれたんだ! 偉大なる方の天使だ! 原作キャラなら僕らを誉め称えて持ち上げてればいいんだ!」最後に叫ぶのもフィクションの悪影響。ハイクなど思いつきもしなかった。この地に足を付けたシンヤと違い、彼らはどこまでも異邦人でどこまでも他人事に過ぎなかった。

 

「なるほど、オヌシ等は妄信と妄想に生きておるようだな。だが、これから受ける傷も流す血も振るわれるカラテもすべて現実よ!」ジゴクから響く声が名もない転生者の泣き言を一刀両断する。「水に落ちねば犬も叩けぬ腐肉食らいのサンシタが、貰い物のジツ一つで天使気取りとは片腹痛いわ!」

 

血の気の引いたスクローファは何も返せずに歯の根を鳴らすだけ。「所詮、貴様等はカラテの足らぬ外道ニンジャに過ぎぬ! 真のニンジャのカラテ、血肉最後の一片まで味わうがいい!」13階段を登り切り、その首は処刑台に据えられた。振り下ろされるギロチンの名はチャドー奥義「タツマキ・ケン」! 

 

「 ニ ン ジ ャ 殺 す べ し ! ! 」

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ!」

 

颶風に等しいタツマキ・ケンの大旋風は、留まることなく無限に加速する! スクローファは生きながらにして精肉装置に詰め込まれた子豚の有様だ! だが、強化グラトン・ジツの再生力はそれにすら耐える! これでも死なない! これでも死ねない! これでも死なせてくれない! 

 

((ヤメテ! ヤメテ! ヤメテ! ヤメテ! ヤメテ! ヤメテ! ヤメテ! ヤメテ! ヤメテ! ヤメテ! もうヤメテ!)))もはやこれは破壊のための再生、苦痛のための回復である! 何たる皮肉か、使い手を一秒でも長く生かす筈の超常的回復能力は、使い手に一秒でも長く超常的ジゴクを味わせる拷問能力と化した! 

 

「イィィィヤヤヤヤヤヤァァァーーーッ!!」「アッババババババァァァーーーッ!!」加速は極限に達し、無数のシャウトも打撃音も単音にしか聞こえない! 超音速赤黒ミンチマシーンはついに異常再生能力を超えた! 両足が砕ける! 股間が潰れる! 内蔵が弾ぜる! 両腕が飛び散る! 首が……千切れる! 

 

「ヌゥゥゥッ……!」全てのカラテを出し尽くしたニンジャスレイヤーは血の海の中で崩れ落ちた。その頭上で千切れ飛んだ頸が竜巻の気流に乗って舞っている。その下はない。スクローファの全身は血霞の中に消えた。恐るべきチャドー天変地異は肉片一つたりとも残りはしなかったのだ! ナムアミダブツ! 

 

両目を失ったガルスにはその光景は見えなかった。だが、苦痛の最中に死にゆくスクローファの断末魔は耳に届いた。同胞は死んだ。自分も助からない。墓標に刻まれる名はない。死を悼む者もいない。全て偉大なる方に捧げてしまった。ただの無として消えゆくのみ。おお、なんたるショッギョ・ムッジョ! 

 

計画の完遂の望みを失い、同胞の勝利の希望を絶たれ、ガルスを生かしていた力が消え失せた。崩れ落ちたガルスの死体と、宙を飛ぶスクローファの首。両方から最後の叫びが溢れ出る。「「サヨナラ!」」これだけはこの世界に則っていた。トライハームの二人は爆発四散し、全てが終1わ01った。

 

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鉄0101火の01銘】

 

「っ!?」爆発四散の次の瞬間! 飛ぶスクローファの最期を見つめていたブラックスミスは反射的にカラテを構えていた。しかし……何も起こらない? 困惑のままカラテ警戒を続けるが異常らしい異常はない。そう、何も起きていないのだ。トライハームの二人が絶命しただけだ。それは当然の結果に過ぎない。

 

「何、だったんだ?」ならば何故自分はカラテを構えているのだろうか。何も無かった筈で、実際何もないのだ。しかしブラックスミスはデント・カラテを解かない。何もないならこの強烈な違和感は何だ? 何も可笑しくないのに何かが可笑しい。目の前全てが間違い探しの一枚絵に変わったかのよう。

 

シンヤは不意に気づいた。(((首が、無い!?)))状況にも依るが死んだニンジャの肉体はソウルの暴走により爆発四散する。だが爆発四散しても首は残る、爆発四散しなければ死体が残る。しかしどちらもない。吹っ飛んでいたスクローファの首は消えて失せた。ガルスの屍も同じ。異常である。

 

「シンちゃん? まだ何かあるの?」「……いや、何もないよ」目を皿にして周囲を睨みつけるブラックスミス、すなわちシンヤへと、しゃくりあげるエミを抱きしめたまま心配げな目を向けるキヨミ。ニンジャであるシンヤにしか判らない危機がまだ残っているのだろうか。

 

「連中は全員死んだよ。もうダイジョブだ」不安と疑惑に苛まれながらも、家族を安心させようと言葉を捻り出す。これ以上、家族の不安を煽る訳にはいかない。「シンちゃんとモリタ=サンと……ワタナベ=サン達のお陰ね」エミの背中を撫でるキヨミの視線の先には、もう動かないヨージンボーの姿。

 

「おおシンヤ=クン! 終わったのか!?」「タジモ=サン! ええ、終わりました。終わりは、しました」全てのイクサ音が止んで恐る恐るとタジモ村長が顔を出した。避難口付近で誘導整理をしていたが、運の良いことにタタミ・ケンにまとめて土嚢材料にされる事なく気を失うだけですんでいたのだ。

 

「そうか、ワタナベ=サンは……おお、ブッダ!」シンヤの言葉から事情を察したタジモ村長はワタナベの亡骸から痛ましく顔を覆う。シンヤはハンケチ程の布を生成するとワタナベの死に顔にそっとかけた。

 

「ワタナベ=サンは最後の最期までヨージンボーでした」「そうだろう。彼は仕事を全うしたんだ」キャンプの防人を悼む目は悲嘆と慈悲に溢れていた。キャンプは守られた、だが多くを失った。防衛隊はナンブただ一人を残して全滅し、ブラックスミスもまた胸骨を砕かれ指はあらぬ方角を向いている。

 

血だまりに倒れるニンジャスレイヤーは消耗のあまり自力で動くこともできない。そしてキャンプの守護神であったワタナベは、もう目を開くこともない。勝利と言うには余りにも苦く辛い。誰もが払った犠牲の大きさに声もなく下を向いている。

 

「皆聞いてくれ! まずは点呼だ! 外に脱出できた者も集めてくれ! 傷のある者はリー先生の元に運ぶように!」沈痛なアトモスフィアを張り飛ばすべくタジモ村長が声を張り上げた。「それが終わったらソウシキをしよう。防衛隊の、ワタナベ=サンの魂を弔おう」返る声はなかった。だが皆頷き、動き始めた。

 

【ハート・キャント・ダイド・ブラック】終わり


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