鉄火の銘   作:属物

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第二話【ピッグアイアン・ヒーテッドバイ・ヘイテッド】#1

【ピッグアイアン・ヒーテッドバイ・ヘイテッド】#1

 

(((これは何だ?)))重金属酸性雨が降りしきる中コーバから帰宅したシンヤは、トモダチ園の入っているユウジンビル玄関の元ドアを見つめていた。無惨に砕け散った入り口のガラスドアは前衛芸術と化し、もはや役割を果たすことはできない。その周囲には泥まみれの靴跡が転々と続いている。

 

泥まみれの靴でユウジンビルに立ち入り、キヨミあたりに子供達が叱られるのはままあることだ。だが、ドアを前衛芸術にするような人間はトモダチ園には一人もいない。では誰が? 何のために? 混乱しながら、シンヤは足を玄関に踏み入れる。とたんに雨の音に紛れて聞こえなかったコーゾの声が耳に届いた。

 

話の内容は聞こえないが、声の調子からみてどう考えても好意的な状態にないことは確かだ。心臓が恐怖で高鳴る。シンヤは息を潜めながらユウジンビル内の階段を上がる。上階のトモダチ園スペースへと歩を進めながら、汗ばんだ拳を何度も握り直す。

 

近づくにつれて耳に入ってくる声が理解できるようになってきた。「ザッケンナコラー! ゼニカエセッテンダッコラー!!」しかし、ヤクザスラングの正しい意味は理解できない。ヤクザスラングは一般市民を脅し、同族へ威嚇するための言葉であるだ。そこにニュアンス以上の意味はない。

 

だが、それ故にヤクザスラングは強烈な精神圧力を伴う。リアルヤクザから直にヤクザスラングを叩き込まれたならば、一般市民なら失禁しかねないほどだ。ヤクザスラングを日常的に使うのはヤクザ以外にいない。

 

でもナンデ? シンヤのニューロンに昨日の光景がフラッシュバックする。「滞るビルメンテナンス」「やせ細ったコーゾ」「エガオローン」(((……ヤクザ借金取り!)))シンヤは直感した。そいつがトモダチ園に借金回収にきたのだ。

 

その事実を認識した途端、シンヤの足は鉛めいて重さを増し、歯が唐突に踊り出しそうになる。カラテタコだらけの拳すら頼りなく感じる。相手はヤクザ、こちらは一般市民。当たり前に考えて勝ち目はない。すぐさま逃げだし、近くのネオサイタマ市警交番へ駆け込むのが最善手だ。

 

「フゥーッ!」だが、シンヤは強く息を吐くと拳を握りなおした。泣きついたところでNSPDは民事不介入が原則だ。それに逃げたとしても何処へ行く。ここが唯一の帰る場所なのだ。「アイェェェ……」そしてコーゾの悲鳴をきっかけに、開いた扉からシンヤはトモダチ園スペースへと飛び込んだ。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

シンヤの目に飛び込んだのは、談話室中央のコーゾのドゲザだった。枯れ木めいて細い体を折り曲げてパンチパーマのヤクザにドゲザしている。その向こうでは怯える子供たちを、震えるキヨミが必死に宥めている。その姿を嗜虐的な表情を浮かべながら、好色な目で見つめるスモトリめいた巨漢ヤクザ。

 

「スイマセン! あと少しだけ待ってください!」「アッコラー! ザッケテンカテメッコラー!」コーゾの懇願にパンチパーマヤクザが蹴り飛ばす。その光景がシンヤの暗黒なエネルギに着火した。いつもなら全力で押さえ込む所だが、シンヤは寧ろ暴力衝動にニトロめいた怒りを注ぎ込む。

 

「イヤーッ!」「グワーッ?」弾丸めいて飛び込んだシンヤの低空弾道跳びカラテパンチが、パンチパーマヤクザの腹部にめり込んだ! そのまま倒れたパンチパーマヤクザのマウントを取ると胸倉を掴んで頭部を浮かせ、全力のカワラ割りパンチを叩き込む! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ? グワーッ!? グワーッ!!」1発! 2発! 3発! カワラ割りパンチと床衝突の連続ダブル打撃に、パンチパーマヤクザ失神! 即座にシンヤはマウントを解き、巨漢ヤクザの襲来に備える。

 

「ザッケンナコラー!」恐ろしげなヤクザスラングを叫びながら、拳を振り上げた巨漢ヤクザが襲いかかった! シンヤはデント・カラテ基本の構えを取り、カラテパンチで迎撃を試みる! 

 

「イヤーッ!」「グワーッ?」正確なカラテパンチが巨漢ヤクザの鼻を潰す! だが、巨漢ヤクザの突進は止まらない! アブナイ! 「イヤーッ!」シンヤはバレエめいたターンで紙一重にかわす! 

 

巨漢ヤクザは突進をかわされタタラを踏むも、シンヤも紙一重にかわして構えが崩れた。お互いに憎悪を込めた視線をぶつけ合いながら体勢を整える。折れた鼻を無理矢理戻しながら巨漢ヤクザがヤクザスラングを放つ。

 

「ダッテメッコラー!? スッゾコラー!!」シンヤの返答はない。代わりに歯を剥いて獣めいた威嚇の表情を浮かべる。シンヤに怯えは一切無い。シンヤの強烈な怒りと暗黒なエネルギが、ヤクザスラングの精神圧力を凌駕しているのだ! 

 

ヤクザスラングと野獣めいた威嚇に、二人の合間の空気が歪む。張りつめたアトモスフィアと次々に襲いかかる恐怖体験に、トモダチ園の子供たちが泣き声をあげた。「ウワァァァン!」「ダイジョブよ! ダイジョブだから!」子供たちの元に這いずって移動したコーゾがキヨミと一緒に必死に宥める。

 

泣き声を聞いたシンヤが、僅かに横の子供たちとキヨミに気をかける。それに気づいた巨漢ヤクザが下卑た笑みを浮かべた。「スッゾコラー!」「ウワァァァン!!」拳を振りかざし巨漢ヤクザは子供たちへ一歩を踏み出した。子供たちを人質に取る気か!? 怯えた子供たちの泣き声が一段と大きくなる。

 

そうはさせじとシンヤは低空弾道跳びカラテパンチを仕掛けた! 「イヤーッ!」「バカメ!」だが巨漢ヤクザはあえて一歩引き、迎撃の体制を整える! シンヤのリズムを崩す目的だ! 実戦経験の差がここで現れた。「イヤーッ!」「ヌゥーッ!」低空弾道跳びカラテパンチがヒット! 

 

だが、ガード越しでは巨漢ヤクザに十分なダメージを与えられない! 「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」巨漢ヤクザはガード越しにシンヤの腕を掴みアメフトタックル! シンヤは壁に叩きつけられる! 倍近い体重の全力タックルで、流石にシンヤも一瞬怯んだ。

 

「シネッコラー!」「グワーッ!」続いて巨漢ヤクザのジュドーめいた投げ技によりシンヤは床に叩きつけられる! そのまま流れるように巨漢ヤクザはシンヤのマウントを取った。

 

「スッゾコラー!」「グワーッ!」巨漢ヤクザのハンマーめいた拳がシンヤの顔面に叩きつけられる! ハンマーパンチと床衝突のダブル打撃に、シンヤの意識が遠のく! 

 

「ザッケンナコラー!」「グワーッ!」巨漢ヤクザのハンマーめいた拳がシンヤの顔面に叩きつけられる! ハンマーパンチと床衝突の2連続ダブル打撃に、シンヤの意識がさらに遠のく! 

 

「シネッコラー!」「グワーッ!」巨漢ヤクザのハンマーめいた拳がシンヤの顔面に叩きつけられる! ハンマーパンチと床衝突の3連続ダブル打撃に、シンヤの意識が一層遠のく! 

 

「スッゾコラー!」「イヤーッ!」巨漢ヤクザのハンマーめいた拳がシンヤの顔面に迫る! だが、シンヤは遠のいた意識を憎悪を原動力に無理矢理引き寄せると、頭突きでパンチ迎撃を試みた! 

 

「グワーッ!」ハンマーパンチ迎撃の反動に、シンヤの意識が消えかかる! だが、迎撃の効果ありだ! 「グワーッ!?」想像もしていなかった反撃に、巨漢ヤクザは拳を押さえて仰け反った。マウント体勢が緩む! シンヤは素早く腕を引き抜き、巨漢ヤクザの鳩尾にカラテパンチを連打する! 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ! スッゾコラー!」だが、ダメージが不十分! デント・カラテは地面を踏みしめるのが基本のカラテだ。マウントを取られ、寝そべった体勢のカラテパンチは必要な打撃力を持ち得ない! 

 

「イヤーッ!」「グワザッケンナコラー!!」「グワーッ!」ダメージを覚悟した巨漢ヤクザの反撃ハンマーパンチに再び、シンヤの意識が遠のく! 巨漢ヤクザはその隙を見逃すことなく、シンヤの右腕を掴んだ。

 

「シネッコラー!」「グワーッ!」シンヤの右腕が折れる! 強烈な激痛にシンヤの意識が遠のく! 巨漢ヤクザはその隙を見逃すことなく、シンヤの左腕を掴んだ。

 

「スッゾコラー!」「グワーッ!」シンヤの左腕が折れる! 凶悪な激痛にシンヤの意識が遠のく! 巨漢ヤクザはその隙を見逃すことなく、シンヤのマウントを取り直した。

 

「ザッケンナコラー! シネッコラー! スッゾコラー!」「グワーッ! グワーッ! グワーッ!」巨漢ヤクザのマウントハンマーパンチ連打にシンヤの意識が繰り返し瞬く! 衝撃に遠のいては意識を叩き起こされるシンヤはグロッキー状態だ。

 

「もうヤメテください! ヤメテください! お願いです!」あまりの惨状にキヨミが巨漢ヤクザにすがりついた。シンヤの反撃がないことを確認すると、巨漢ヤクザはマウントを解いた。下品で下劣な表情を浮かべながら巨漢ヤクザは、すがりつくキヨミを上から下まで観察する。

 

何らかの合格点に達したのか、巨漢ヤクザは下品で下劣な表情を深める。「服を脱いでドゲザだ。そしたらファックしてやる」屈辱の極みであるドゲザにさらなる恥辱を加えようと言うのか!? なんたる破廉恥行為か! 

 

「エッ」当然キヨミは躊躇う。というより言葉の衝撃が大きすぎて理解が追いついていない。苛ついた表情を浮かべた巨漢ヤクザは、倒れたままのシンヤを蹴り飛ばした。「ワッドルナッコラー!」「グワーッ!」

 

サッカーボールめいてシンヤが吹き飛び壁に激突する。そのままシンヤを追いかけて、巨漢ヤクザは慈悲のないストンピング攻撃に移った。「ザッケンナコラー! シネッコラー! スッゾコラー!」「グワーッ! グワーッ! オボボーッ!」容赦ない踏みつけに、シンヤは胃液を吐き悶える! 

 

「もうヤメテください! 解りました! ドケザします!」キヨミの叫び声を聞いてストンピングはピタリと止まった。「さっさとしろ」「ハイ」親の借金でソープオイランにならざるを得なかった女学生めいた絶望と覚悟の表情で、キヨミはブラウスのボタンを震える手で外していく。

 

その光景がグロッキー状態のシンヤにカツを入れた! 「イヤーッ!」両足をウインドミルめいて振り回した反動で立ち上がると、跳びカラテパンチめいた低空タックルを仕掛けた! 「イヤーッ!」「グワーッ?」想定外の衝撃に巨漢ヤクザはバランスを崩す。シンヤは腕に胃液まみれの顎で噛みつく! 

 

「グワーッ!」鋭い激痛に巨漢ヤクザは悶える! が、致命打にはほど遠い。噛みつくシンヤにハンマーパンチ連打! 「ザッケンナコラー! シネッコラー! スッゾコラー!」「グワーッ! グワーッ! オボボーッ!」だが、胃液をまき散らしながらもシンヤは食いついたまま離れない! 

 

シンヤは消えかかる意識を暗黒なエネルギと殺意で無理矢理現実に縛り付ける。重篤なダメージによるアドレナリン過剰分泌効果もあり、シンヤは一切の打撃を無視する。それが可能ならば首を切り落とされても噛みつき続ける覚悟だ! しかし、現実にそれは不可能! 

 

「ザッケンナコラー! シネッコラー! スッゾコラー!」「グワーッ! グワーッ! グワーッ!」BREEAK! シンヤの意志力より先に、下顎骨と歯が限界を迎えた。顎と歯が砕け散り、シンヤは床に投げ出された。巨漢ヤクザは自由になった片手を押さえる。その隙間から血が流れ落ちた。

 

巨漢ヤクザの表情がブッダエンゼルめいた憤怒の色に染まる。「ザッケンナコラー!」「アバーッ!」巨漢ヤクザは殺意全開のストンピング連打! 痛めつける気など最早無い! 殺すつもりで踏みつけ続ける! 「シネッコラー!」「アバーッ!」右足骨折! 「スッゾコラー!」「アバーッ!」左足骨折! 

 

「ヤメテください!」キヨミの声に、巨漢ヤクザの顔に更なる苛つきの色が混じる。が、何かに気づいたように表情を変える。断末魔めいて悶えるシンヤに顔を近づけると、シンヤだけに聞こえるように声を潜めた。その表情は嗜虐的な喜悦に染まっている。

 

「ア、アバッ」「あの女を死ぬまでファックしてやるから、よーく見るんだぞ!」ファックフォーサヨナラ! なんたる残虐非道行為か! シンヤは怒りと憎しみを暗黒なエネルギにくべるものの、最早指一本動かすことができない! 

 

「さっさとしろ! ドゲザの後はたっぷり可愛がってやる」「ハイ」震える手でボタンを外し終え、恥辱と絶望の表情でキヨミはブラウスを脱ぐ。青いナイロンブラに包まれた豊満がまろび出る。キヨミの豊満を眺め、巨漢ヤクザは満足げに頷いた。

 

彼の一番の楽しみは、借金滞納者の目の前で娘や妻をファックしてやることだ。抵抗すらできない相手の目の前で、最も愛する者を汚す喜びは応えられない。散々手こずらせたシンヤの憎悪に燃える視線に、ニタついた笑顔を返す。抵抗どころか身じろぎすらできない。実にいい。

 

(((ブッダファック! ブッダミット! ブッダム!)))悪態と罵声を胸の内で叫び散らし、シンヤは必死で全身に力を入れようとする。だが、手も足も舌先すら出ない! 度重なるカラテダメージで、シンヤの肉体は既に限界を突破しているのだ。

 

奥底から吹き上がり脳内に吹き出し続ける暗黒なエネルギは、動けないシンヤを砲口をふさがれた大砲めいて内側から責め立てる。だが、どれだけ憎しみをくべても、どれほど怒りを注いでも体は全く動かない。目の前の絶望に触れることすらできない! 

 

(((クソッタレ! クソッタレ! クソッタレ!)))最早、シンヤの悪態は哀願と同一のものとなっていた。おお、ブッダよ貴方はまだ寝ているのですか!? それでもブッダが目を開ける様子はない。そして……ブッダ以外が寝ているとも限らない! 

 

(((アナタが求めれば今すぐにでも!)))待ちわびていたように、あるいは狙いすましたようにシンヤのニューロンに聞き覚えのある合成音めいた声が響いた。

 

【ピッグアイアン・ヒーテッドバイ・ヘイテッド】#1終わり。#2に続く


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