鉄火の銘   作:属物

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第七話【プロミス・イズ・ブリーチッド・トゥー・イディオット】#1

【プロミス・イズ・ブリーチッド・トゥー・イディオット】#1

 

TNTバクチクの衝撃波とタタミ・シュリケンのソニックウェーブで、台風一過の空めいてぽっかりと空いた空間の中心。対ヒョットコ堡塁とキャンプ出入り口の中間地点。幾多の視線のスポットライトに照らされて今、『ワタナベ』であったはずの狂気がゆっくりと身を起こした。

 

「アァァァーーーッ!」弾ける凶気が誰もの背筋を震わせて、溢れる鬼気が皆の心臓を握りつぶす。洟と鼻血、涙と血涙、唾液にリンパ液に汗。ありとあらゆる体液を垂れ流すその顔は、見る者全てを怯えさせずにいられない。冒涜的なまでの表情を浮かべて『インターラプター』が顔を上げる。

 

「おお、ブッダ!」「ワタナベ=サン……」「もう、ワタナベ=サンじゃない」まだ生きている防衛隊員も銃端を握りしめるナンブ隊長も、それどころかブラックスミスすらも、顔から血の気が失せている。息を止めて見つめる全ての目から色濃い絶望が滲み出てた。

 

「アー」真っ直ぐ歩くことも難しいのか、振り子めいてふらつきながらインターラプターは歩き出した。向かう先は無人となった堡塁と、その向こうで怯え竦む人々がごった返す避難所だ。そこに狂乱ニンジャが踏み込めばどうなるか。血みどろの光景を想像するまでもない。

 

「テーッ!」BLATATA! それを阻止せんと『ワタナベ』を守る円陣を逆利用し、ナンブ隊長と精鋭防衛隊員が『インターラプター』へ銃弾の豪雨を叩き込む。だがドラム缶一杯の重機関銃弾を耐えるほどの肉体強度の前には、数少ない小銃と拳銃の掃射など吹き付ける雨粒よりも無意味だった。

 

BLATATA! BLATATA! 「ブッダ!」インターラプターの歩みは遅々としていながら決して止まらない。四方から飛び来る鉛玉など存在しないかのように足を進める。「ワタナベ=サン、案ずるな。直ぐにカイシャクをしよう」ならばそれ以上の脅威を叩きつける他に方法はない。

 

赤黒の停止信号を前にその足が止まった。スクローファと向かい合うニンジャスレイヤーは、『インターラプター』めがけカタナめいて研上げられた殺意を放つ。残虐なるニンジャ性を幼子を思う人間性で越えた『ワタナベ』の雄叫びは、フジキドにとって救いだった。

 

故に『インターラプター』に塗り潰された『ワタナベ』の今の姿は、ナラク・ニンジャに呑み込まれかけたフジキドの悪夢でもあった。だからこそ一刻も早く『インターラプター』を殺し『ワタナベ』の絶望を終わらせる。そこには躊躇も、容赦も、敵意もない。「ニンジャ殺すべし」ただ、それだけだ。

 

「させると思うか!? イヤーッ!」しかし対峙しているスクローファはそれを許さない。暴風と共に襲い来る横薙ぎの鉄柱腕に、ニンジャスレイヤーは一枚の羽毛となって応えた。「イヤーッ!」「グワーッ!」狂風纏う豪腕ラリアットをかわし、乱気流に乗るかの如く流れるチョップが両目を上下に分断する! 

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」しかし、硝子体と血のカクテルをこぼしながらも、暴走特急めいたスクローファは止まらぬ! 人肉色の巨獣と赤黒の死神がカラテ火花を飛ばしながら踊り狂う。平安時代のニンジャ知識を持つ者ならば、ブル・ヘイケとゲンペ・ニンジャの決闘を思い返さずにはいられないだろう。

 

二色の赤が目まぐるしく攻守を入れ替える、恐るべきイクサの舞闘。ゲンペ伝説を再現するかの如き驚異的イクサを前に、選抜防衛隊員達は銃を構えた姿勢のまま脂汗を流すばかり。「注目!」銅像めいて固まる彼らに寂声の命令が飛んだ。湾岸警備隊員の本能とも言える単語に、防衛隊員の全員が反応する。

 

「マジックモンキー石像の真似はタノシイか!? 避難所の防衛に移れ!」「「「ハイヨロコンデー!」」」再起動した隊員達はナンブ隊長のグンバイの先へと駆け出す。ニンジャのイクサを前に防衛隊は単なるお荷物だ。だがイクサの援護のみが仕事ではない。ナンブ隊長は自らの役割を正しく認識している。

 

今は引いて避難所で最終防衛線を引き直すべきだ。それが……自分たちが守りきれなかった『ワタナベ』を置いていく選択だとしても。「すまんな、ワタナベ=サン。本当にすまん」自分にすら聞こえない詫びをこぼして、ナンブ隊長は防衛隊員と共に避難所へと駆けだした。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」走る防衛隊の背景で二忍のカラテが交差し、血で描かれる残像を残してまた離れる。粗雑なスクローファのビック・カラテでは、流れる風と化したニンジャスレイヤーを捕らえきれぬ。だが、ニンジャスレイヤーもまた強化グラトン・ジツの異常再生力を前に攻めきれない。

 

「ちょこまかと! イヤーッ!」焦れたスクローファは両腕を交差し、鋏めいたクロスチョップで一撃を狙う。だが、それを狙っていたのはニンジャスレイヤーの方だ! マイ・オイランめいた流れる動作で全身が円を描いた。「イヤーッ!」「グワーッ!」豪腕を振るった筈のスクローファが天井を舐める! 

 

これはアイキドーに隠されたニンジャテコ原理を応用した超常的投げ技である! コンクリートを腐葉土めいて容易く耕すスクローファの腕力がそのまま運動エネルギへと転化されたのだ。天井を全身で味わったスクローファは、磁気嵐に絡め取られた宇宙ロケットめいて垂直に落下する。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ!」血を吹き出す傷を堪えて、ニンジャスレイヤーは跳ぶ! スクローファは丸太より太い両腕を振り回すが、タスキめいてまとわりつくニンジャスレイヤーは柔らかくその両腕をからめ取った。その動きは薫風に流れる古代ギリシア彫像のトーガを思わせる。

 

だが春の微風が不意に暴風へと姿を変えるように、艶やかなニンジャスレイヤーの体裁きは恐るべき殺意を顕した。「Wasshoi!」スクローファを羽交い締めるニンジャスレイヤーは血の旋風を纏って高速回転! そのまま宙対地衛星兵器の速度でコンクリ床めがけてスクローファを叩きつけにかかる! 

 

おお、この技は! テキサス独立戦争の折に幾多のメキシコ兵士の脳天をジゴクへと叩きつけた「アラバマオトシ」に他ならない! 10m!……7m!……4m! ニンジャアドレナリン効果で遅延する世界の中、身動き一つとれないスクローファの脳天がコンクリートへと迫る! だが、スクローファは嗤った。

 

「アァーッ!」「「グワーッ!」」痛打の声が二重に響く! ニンジャスレイヤーがアバラマオトシに失敗したのか? 違う、落下地点を見よ! そこにはタタミ・ケンを振り抜いたインターラプターの姿がある! 与えられた『原作知識』から先を読んだウォーロックがタタミ・ケンを構えさせておいたのだ! 

 

「何をやっているのだ、ウォーロック=サン!?」「アー」ジゴクにホトケか、タタミ・ケンの直撃を受けたのはスクローファであり、ニンジャスレイヤーが食らったのはそれを介した衝撃波のみだった。しかし、その威力は甚大極まりない。「オボボーッ!」それ一つで盛大に血を吐く程だ。

 

最早体を支えることも困難と膝を突き、視界は白黒と総天然色を繰り返す。不意に意識の電源が切れては再起動の衝撃が脳を揺さぶる。ダークニンジャからのカタナ重傷に足すことの無理を押しての強烈なカラテアクションとヒサツワザ。止めにタタミ・ケンのショックウェーブで遂に限界が姿を見せたのだ。

 

「アア」「話を聞いてるのか! これは偉大なる計画の一部なのだぞ!」一方、タタミ・ケンの直撃を受けたスクローファは、平然と内蔵混じりの血と文句を吐き散らしている。強化グラトン・ジツの効果で、弾けた腸が蛇めいて踊りながら腹腔に巻き戻り、砕けた四肢がうねりながら元の形状を思い出した。

 

ビデオ高速逆再生めいて数秒とかからず姿を取り戻したスクローファは、膝を突いたニンジャスレイヤーへと向き直る。「まあよい。主人公死亡でハッピーエンド、これで連載終了よ! イヤーッ!」身動き一つとれぬほどに重篤な怨敵の様に、喜悦に歪めた唇を舐めながら砲丸めいて組んだ両拳を振り下ろす! 

 

「ヌゥーッ! イヤーッ!」直撃すれば装束と同じ色のミンチになる鉄槌打ちから、ニンジャスレイヤーは弾かれたビー玉めいて転がりかわす。弾けたコンクリ片が全身に突き刺さるが、痛みも衝撃もどこか遠い。危険な兆候である。体感覚が死にかけているのだ。だが、妻子の仇を討つまで死ぬわけには行かぬ! 

 

「俎上のバイオウナギめいての精々たうつがいい! 貴様の死は時間の問題にすぎぬ! イヤーッ!」「イヤーッ!」生まれたての子鹿めいて震えながらもカラテを構える姿を嘲笑い、スクローファは更なるビックカラテを振るった。死力を振り絞り、ニンジャスレイヤーも燃え尽きんばかりのカラテで応えた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「「イヤーッ!」」抉られた人肉の緋色と、凝った血の赤黒。異なる赤が交わすカラテを背後に、インターラプターは堡塁に向けてゆらゆらと歩き出す。ウォーロックの憑依が完全でないのか、あるいはフラッシュバック・ジツの副作用か。涎と洟と涙を垂れ流して歩く姿には一片の正気も見られない。

 

体に合わせて揺れる視線と共にインターラプターは焼け焦げた堡塁へと足を踏み入れる。ヒツケ・ナパームで中からローストされても、防衛隊員が意志を込めて積み上げた土嚢の盾は未だに形状を保っていた。そしてキャンプの守りとしての役割もまだ保っている。

 

今の右へ左へとふらつくインターラプターの足取りではこれを越えるのも一手間だろう。そして魚鱗めいて立ち並ぶ堡塁は無駄な手間を繰り返させて僅かながらの時間を稼いでくれるに違いない。だからインターラプターは一歩を踏み出すと同時に拳を固めて上体を捻った。物理的に手間を省くのだ。

 

「アー」ラジコンめいて遠隔刺激されたニューロンが、血肉に刻まれたカラテを呼び起こす。踏み込みを利用して存分に撓められた巨体に、弦を絞られたバリスタめいて恐るべきカラテが番えられる。簡易型タタミ・ケンは破城鎚めいた、いやそれ以上の破壊を発揮した。

 

CRAAASH!! 「アァーッ!」その一振りでヒョットコ自殺攻撃にも耐えた堡塁が、壁に叩きつけられたトーフめいて爆ぜ砕けた。土嚢の破片が辺り一面に降り注ぐ文字通りの土砂降りだ。「「「アイェーッ!」」」戦艦の対地砲撃すら思わせる破滅的光景は、まだ安全な避難所すら恐怖に包んだ。

 

これですらタタミ・ケンより遙かに弱い。もしも本来のタタミ・ケンがモータルに振るわれれば? 指の一関節分でも原型が残るなら、ブッダに感謝の念を捧げねばなるまい。ザムラ・カラテの爪痕を見た人全ての脳裏に恐怖のヴィジョンが浮かぶ。人体の破片が浮かぶ血の海の中で狂った巨人が立ち竦む光景。

 

インターラプターがいる限りそれはまもなく現実となるのだ……そう、インターラプターを殺さない限りは! 「イヤーッ!」首に、手に、足に、黒錆色のロープが絡みつく。端部はクナイ・ペグでコンクリートに打ち込まれ、ロクシャクベルトは腕に絡めて固定済み。

 

持ち手は勿論、ブラックスミスだ! 「ワタナベ=サン、カイシャクします! オカクゴ!」「アバーッ!」足下で断末魔を上げるガルスの首をカイシャク代わりに踏み砕くと、ブラックスミスは縄めいた筋肉を浮かび上がらせて黒錆色のロープを全力で引いた。

 

「イヤーッ!」まさに命がけのタグ・オブ・ウォー! 賭けるは自分の命、配当は守るべき家族と住人の未来! ブラックスミスの噛み締めた奥歯に亀裂の音が響き、腕に絡めたロクシャクベルトが肉に食い込む。「アアア」「ヌゥーッ!」だがインターラプターは止まらない。

 

喉を、肉を、骨を引き絞るロープすら無視して、『ワタナベ』が愛した人々を殺すために狂った行進を続ける。地面に打ち込んだクナイ・ペグが次々にへし折れ、二人をつなぐ黒錆色の直線から繊維が千切れる悲鳴があがる。肉に食い込んだロクシャクベルトから血が滴り、吐き捨てる血に歯の欠片が混じる。

 

最早これはバッファロー殺戮鉄道と力比べを試みるTV番組が如き無謀! だが引くわけにはいかぬ。この先には守るべき家族が、ワタナベが守ろうとした人々がいるのだ! 「イヤーッ!」勝ち目がないならルールを変えるまで! ブラックスミスは決断的に全てのロープを分解し、異形のスリケンを幾つも構える。

 

前進を縛るロープが突如消え失せて、インターラプターは大きくタタラを踏んだ。「イヤーッ!」ブラックスミスは無数のスリケン群を放った。アイサツ代わりのジャブめいた速射。僅か一息で放たれた霰弾めいたスリケンがインターラプターの狂相へと迫る。

 

「アー」インターラプターは防御もせずにその全てを顔面で受け止める。眼球の真横をスリケンが刻んでも瞬き一つしない。「アァーッ!」視界を覆う流血を無視して、大きく踏み込むインターラプター。踏み込みを利用して上体が捻り上げられ、脅威の弾性力をその内に蓄える。

 

「アァーッ!」「イヤーッ!」空間を叩き潰しながら必殺の簡易型タタミ・ケンが振るわれた。ドオム! 断熱圧縮のプラズマ光を幻視する速度で空気が轟く。黒錆色のシルエットが微塵に砕けた。間違いなく即死だろう……それが人体ならば! 

 

「ア?」拳に返るのは人体からほど遠い軽く脆い感触。影法師は無数の破片に変わり虚空へと溶けた。代わりに同色の影が振り抜いた腕をからめ取る。影の主は言うまでもなくブラックスミスだ! スリケン群で目を眩まし、その一瞬でスケープゴート・カカシを形作って簡易タタミ・ケンを誘ったのだ! 

 

「イヤーッ!」バイオローチめいて足下を這い回るブラックスミスは、インターラプターが腕を戻すより速くロクシャクベルトとスリケン鎖で手足を結びつける。すぐさま剛力で引き千切ろうとするが、雁字搦めの布紐とスリケン鎖は軋む音を立てるだけ。拳を振り抜いた無理な姿勢の為に十分な力が入らない! 

 

「イヤーッ!」身動きのとれない巨体を駆け上がりブラックスミスは全力で跳躍した。さらに空中でクナイ分銅付きの布紐を放ち、跳躍力で首を締め上げる。極まった首を支点にブラックスミスのベクトルが180度反転する。重力加速度に跳躍加速を加えた必殺のカワラ割りパンチを空中で構える! 

 

「イィィィヤァァァーーーッ!!」「アーッ!」ソニックブームを纏いながらニンジャの頭蓋骨を貫通する圧倒的カラテが脳天めがけ叩き込まれた! 幾千幾万と打ち込み鍛え上げたデント・カラテ必殺のフィニッシュムーブ。例え鋼鉄で頭蓋が出来ていようと刺し貫いて肘まで埋まる一撃だ。

 

だが、インターラプターの肉体強度と比べるならば鋼鉄などトーフと変わらぬ。「ヌゥーッ!?」殴った側のブラックスミスの方が苦痛の声を上げた。オイラン肌の柔らかみと免震積層ゴムの弾性を併せ持つニンジャ筋肉が打ち込まれたカラテを余さず受け止め、その全てを叩き返したのだ。

 

「アァーッ!」反動に喘ぐブラックスミスを振り落とそうとインタラプターが全身を震わせ、その度に紐と鎖が弾け飛ぶ。カラテの足りないインスタントでは長くは持たない。神経を走り抜ける電撃感を無視してブラックスミスは固めた拳を振り上げる。一撃で足りないなら百でも千でも打ち込むまで! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「アーッ! アーッ! アーッ!」二、三、四度と杭打ち機めいて日々の鍛錬で鍛えたカワラ割りパンチが脳天に叩き込まれる。皮膚が抉れ肉が弾け、振り上げる拳から血が滴る。神経パルスが拳から感覚を奪い、関節から苦痛の絶叫があがる。それでも打つ! 打つ! 打つ! 

 

「アァーッ!」だが、インターラプターに十分なダメージは見られない。身じろぎの度に拘束が一つまた一つと弾け飛ぶ。しかもその数は加速度的に増している。速度を上げる危機的状況にブラックスミスは思わず視線を避難所に向けていた。そこに守るべき家族がいる。決して行かせるわけには行かない。

 

((今ここで殺す!)))堅く握りしめた拳を高々と突き上げ、全身のカラテを一点に収束させる。拳から流れる血が蒸気となって立ち上り、スリケン鎖と布紐が腕を覆って殺人的ガントレットを形作った。「イィィィ……」気息を整え気力を込めて今、全身全霊のカワラ割りパンチが打ち込まれる! 

 

……焦りはウカツを呼び込み、ウカツは敗北を招き入れる。徹底的に打ち据えたとはいえ、インターラプターを討たんとする余りブラックスミスはガルスのサヨナラを聞かなかった。そしてまた今も、高々十数発のカワラ割りパンチで効かぬと判断を焦り一発の力で対抗しようとしていた。

 

ブラックスミス、すなわちカナコ・シンヤは『原作』を知る転生者だ。知っていた筈だった。なのにそれを忘れていた。『インストラクション・ワン』、ドラゴン・ゲンドーソーがニンジャスレイヤーに授けたカラテの真理。それを守り彼はアースクェイクから勝利をもぎ取った。ならばそれを破ったなら? 

 

「ヤァァァッ……ッ!?」拳を振り下ろす寸前、不意の光がブラックスミスの目に飛び込んだ。光の出所は床に横たわる白い影。それは殺した筈の紅白ニンジャのガルスに他ならない。ただし白という言葉を使うにはその姿は余りにも血みどろで、名前に「故」か「元」を頭文字につけるか迷う有様だった。

 

両手両足のない胴体には複数の風穴が空き、120度曲がった首から上は肉片と骨片を血で練り混ぜた混沌と化している。片方の眼孔は文字通りに見る目のない節穴で、眼窩からこぼれ落ちた逆の目は萎びて視神経で繋がっている状態。だが両の眼球を潰されてもまだ額の「目」は、眼球文様は輝いている!

 

(((まだ息がっ!?)))危機的状況に吹き出すニンジャアドレナリンで時間感覚が急減速する。ガルスは殺した筈だった。残りの三肢を折り取って肺に大穴を空け、顔面ごと両目を殴り潰してトドメに首を踏み砕いた。サヨナラを聞き忘れたとは言え、尚も息があるとは想像もしていなかったのだ。

 

しかし想定外であろうが責任が無かろうが、因果は容赦なく結果を返す。善因には善果が報い、悪因には悪果が応える。そしてウカツという原因には、敗北という結果が贈られるのだ。「アッ、Ah−Ho!」戦慄するブラックスミスが目を覆うより早く奇っ怪なシャウトが響いた!

 

「グワーッ!?」白けた輝きがブラックスミスの両目を刺し貫く! 人生を描いた記憶のキャンパスに白痴のペンキがぶちまけられた。思考も記憶も名前すらも、何もかもが真っ白に塗りつぶされていく。忘我の衝撃に打ちのめされるままに巨体の上から力なく崩れ落ちた。

 

「ああ、あ」ブラックスミス、すなわちカナコ・シンヤ……であった『彼』の顔に浮かぶのは、夕闇に取り残された迷い子めいた困惑と恐怖だけ。『彼』の目に映る場所全てが見知らぬ風景に、映る人々全員が見知らぬ群衆になり果てた。

 

自らが依って立つ理由を全て奪われて一体何ができようか。『彼』には怯え竦むままに両手で顔を覆うことしか出来ない。「アアアーッ!」ならばインターラプターを押し止める者はもういない。身を縛る鎖から解き放たれた猛獣は、再び獲物を求めて一路避難所へと歩き出した。

 

【プロミス・イズ・ブリーチッド・トゥー・イディオット】#1終わり。#2へ続く

 


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