鉄火の銘   作:属物

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第六話【リファインド・マレイス・ロブ・トライアムス】#2

【リファインド・マレイス・ロブ・トライアムス】#2

 

「コココーッ!」狂った声をまき散らし、片足のガルスはブラックスミスの上を跳び越える。脱出を阻止するはずのニンジャスレイヤーは何をやっているのか!? 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ! グワーッ! グワーッ!」彼はしがみつくスクローファを大急ぎでミンチに挽いている真っ最中だ。

 

何故こうなったかを知るには幾らか時を遡る必要がある。ワタナベがニューロンを灼く激痛に絶叫した瞬間、紅白ニンジャは致命的状況から脱出を試みた。走り出したスクローファと跳び立ったガルスをしとめるべく、ニンジャスレイヤーはカラテを構える。その姿に向けてガルスは視線の標準を合わせた。

 

「一!」「イヤーッ!」突如白く輝くガルスの両目と額! ニンジャスレイヤーは咄嗟に目線を避けるべくブリッジ回避した。だが、ガルスはニンジャスレイヤーの目から目を離さない。執拗に目線を合わせようとするその行動には覚えがあった。ニューロンの奥底で記憶と光景が合致する。

 

(((ビホルダー、フドウカナシバリ・ジツの使い手。目を合わせた相手を支配する。背面歩行からのスリケンで殺す)))ニンジャスレイヤーはイクサの記憶に従い、ロンダートめいた跳躍で前後を入れ替ると、ムーンウォークと共にスリケンでガルスの撃墜を狙う。

 

「グワーッ!」極度の集中を要するその一瞬にスクローファが突進をしかけた! ムーンウォーク中は目の無い背中を前面とし、視覚をニンジャ感覚で補いつつの戦闘となる。しかもスリケンで狙い撃つのは遙か上空を跳ぶガルス。 その上、顎と喉のないスクローファは物理的にシャウトがないのだ。

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ! グワーッ! グワーッ!」シャウトの無いカラテは高が知れている。即座に応じたニンジャスレイヤーは容赦なきカラテを叩き込む。しかし半身を豚肉タルタルステーキに変えられてもスクローファは抵抗を止めない!

 

一秒でも早く敵を殺さんとする重傷のニンジャスレイヤーと一秒でも長く敵を足止めようとする重体のスクローファ。顎ごとグラトン・ジツを失おうと、ビッグ・ニンジャクランのニンジャ耐久力は健在だ。如何なる傷も恐れぬスクローファの狂信もあり、イクサは自然と泥仕合の体をなした。故に、ニンジャスレイヤーはガルスをスリケン殺できず現状へと至ってしまったのだ。

 

それでも一歩たりとも退くことなくイクサを続け、ニンジャスレイヤーはスリケンを掴む。狙うは片足背面飛翔するガルスの顔面だ。「二!」だがガルスの両目と額の「目」が、白けた輝きを帯びる! ニンジャスレイヤーは反射的に防御で視線を遮った。その合間に再度血塗れのスクローファがしがみつく。

 

これでは単なる繰り返しだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」即座にチョップでスクローファの折れた腕に更なる間接を増やすが、その間にもガルスとニンジャスレイヤーの距離は遠ざかり、堡塁とガルスの距離は縮まる。この傷さえなければ、ウォーロックがいなければ、ナラクの力があれば。

 

(((何を迷う、最終的に全員殺せればよい!)))都合のいいIFを振り払い、ニンジャスレイヤーは殺意をカラテに込めてスクローファのカイシャクにかかる。しかし時間は常に敵の味方であり、残された猶予は余りにも少ない。「三!」既に着地に入ったガルスは、堡塁に向けて三度目のカウントを告げた。

 

BLATATATA! 「グワーッ!」堡塁の防衛隊員たちが無数の銃火を放ち、ガルスに鉛玉の熱いシャワーを浴びせる。片足を失いエアロ・カラテ不可能のガルスは銃弾の飛沫を浴びるがままだ。両目と額だけは庇うが着地も墜落と変わらない。だがその目は二重の意味で爛々と光っている。

 

先手を打とうとブラックスミスがクナイ・ジャベリンを構える。「グワーッ!」だが、横合いからワタナベの脳髄に差し込まれるフラッシュバック・ジツに、クナイの標的をウォーロック憑依体へ変えざるを得ない。それで最後のチャンスは過ぎた。

 

「Ah-Ho!」「「「グワーッ!?」」」奇妙なシャウトと共にガルスの三つ「目」が閃光を発した! 輝く「目」を目にしてしまった防衛隊員たちが、苦痛の絶叫と共に一斉に崩れ落ちる。悪夢は更なる加速を見せ、止める方法はどこにも見あたらなかった。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「Ah-Ho!」「「「グワーッ!?」」」輝く視線に貫かれ、苦痛の声を上げて堡塁の防衛隊員が片端から倒れた。下手人であるガルスは力なく崩れた防衛隊員へ攻撃することはなく、効果を確認するように観察の目を向けるだけ。そこに隣の堡塁から駆ける人影が一つ。

 

BLAM! BLAM! BLAM! 「ブッダミット! 死んじまえ!」「イヤーッ!」ガルスへと走る防衛隊員から何発もの弾丸が放たれる。ブリッジで銃弾を回避すると、一本足の器用なパルクールでガルスはその場を離れた。モータルを相手にしながら反撃もない。しかし顔には残虐な期待を浮かべている。

 

「おい、ニシ=サン! 俺だ、クリタだ! ダイジョブか!?」「あ、ああ、ダイジョブ、ダイジョブ」離れるガルスを無視し、堡塁に飛び込んだクリタは友人を揺すり起こす。友人のニシは揺すられるままにガクガクと首を上下に振る。酷くふらつき視線も定まらないが、幸い友人の身体に怪我はない。

 

だが受けたのはニンジャのジツだ。どんな異常が起きても不思議ではない。「倒れた奴らと一緒に後方に下がってくれ!」予備の拳銃をニシに押しつけながら、クリタは拳銃をガルスへと構える。「きやがれ、チキン野郎!」ニタついた笑みを浮かべる嫌らしい顔に防衛隊員は銃口を向けた。

 

銃口を突きつけられながらもガルスはスリケン一つ構えない。その顔に浮かべるのは、悪戯の成果を期待する悪童めいた嗤いだ。無関係の人間が最低の被害に遭う瞬間を今か今かと待ち望んでいる。「なあ!」彼の後ろから届くうわずった声にガルスの笑みがより卑しく深まる。

 

「なあ、アンタ! これどうやって使うんだ!?」何を言っていると視線だけ向けるつもりだった。だが視界の端に写ったのは、異常という言葉では足りない友人の行動だった。銃把を前に銃身を握り、銃口をスリコギめいて土嚢に擦り付ける。銃器の使い方を知らないという水準ではない。

 

「なあ、俺はどうすればいいんだ!?」銃器の概念を知らない原始人でも弾の出る鈍器としてなら使えるだろう。だが元警官で拳銃技術のレクチャーをしてくれたニシは、銃火器としてどころか鈍器としてすら使えていなかった。これでは原始人に拳銃を与えた方がまだマシだ。

 

「どうしたんだ、ニシ=サン!?」「ニシ!? アンタはニシなのか!?」防衛隊員は狂った友人を覚まそうと肩を揺さぶる。だが逆に肩を捕まれて、自分の正気を覚まされる程に揺さぶられる。肌から冷たい汗が吹き出し背筋を流れ落ちた。

 

「なあ、アンタは誰だ!? 教えてくれよ! 俺は誰なんだ!?」「ヤメロ!」恐怖に駆られて掴みかかる友人を思わず突き飛ばした。突き放した拍子に周りが見えた。周りなど見えなければと本気で思った。

 

「アーッ! アーッ! ワカラナイ!」「ここには誰!? 私は何処!?」ある者は何をすればいいのかと土嚢を持ち上げては下ろし、ある者は何処にいればいいのかとその場をグルグル回り出す。目を閉じれば悪夢は消えると両手で顔を覆う者もいれば、奇声を頭を満たそうと耳を塞いで叫ぶ者もいる。

 

「一体どうなっているんだ……」三目人の国に迷い込んだ二目人めいて居場所をなくした彼は呆然と呟いた。狂気の世界では正気こそが狂気なのだ。種々の狂気に満ち溢れた堡塁の有様に、彼もまた白痴めいた茫漠に取り残される。

 

「コーッ! バカ! バカ!」その姿を笑うのは被害者を三目の国に投げ込んだドッキリの仕掛け人だけ。右往左往の様を眺めてガルスは楽しげに両手を打ち合わせては、抱腹絶倒と腹を抱えて嘲う。流れる鼻血と血涙も、ニューロンを灼く激痛も、自我喪失者のバカ踊りが笑いと共に癒してくれる。

 

「イヤーッ!」「イヤーッ! コココーッ!」ブラックスミスが投げつけたスリケンを転げるようにかわすブザマも気にならない。羽と脚を折られた鳥めいて這いずり転がり、気狂いに満ちた堡塁の中に逃げ込む。それでも笑みは絶えない。

 

サイバネ技術が奇形的に発達し、外観がファッション以外の意味を失いつつあるネオサイタマ。このマッポーの世で一人の人間をその人物たらしめるものは何か。諸説あれどその一つに「記憶」があることは言うまでもない。

 

その自我を形作る「記憶」を奪い取るのが、ガルスの使う汚らわしきユニーク・ジツ『スリーステップ・ジツ』なのだ。しかし自我の根幹をなす記憶をかき消すには、強烈極まりない反動が伴う。その上、偉大なる方の『眼差し』を受け強化されたスリーステップ・ジツには特別な役割がある。

 

それ故に、ガルスは今の今までジツの行使を避けていた。だが最早出し惜しみは無しだ。盟友であり同じ天使ニンジャのスクローファが命を惜しまず戦っている。自分もまた偉大なる方のため如何なる犠牲も惜しまず尽くすのだ。そしてこれからが真骨頂! 偉大なる方よ、我が献身をご笑覧あれ! 

 

「イヤーッ!」危険域まで高まった血圧で毛細血管が破裂し、鼻・口・目から血が吹き出す。脈打って痛むこめかみから脳味噌がキリタンポにされる幻覚と、頭蓋の内からグリルされる錯覚を覚える。血涙を垂れ流す両目と激痛が吹き出す額に自我を塗りつぶすホワイトの輝きが灯る。

 

「させるか!」ブラックスミスがスリケンを構える。だが、BLAM! 横合いからの銃火が構えを崩す。視線を向ければ片手でワタナベの脳髄を引っ掻き、逆の手で拳銃の引き金を引く憑依者の姿。「イヤーッ!」「グワーッ!」片手で銃弾をカラテで弾き飛ばし、逆の手のスリケンでアノヨに送る。

 

それだけあればジツが発揮されるには十分以上だった。「「「アッ、アッ、アッ、アッ」」」白けた光に再び曝されて、堡塁の隊員たちが痙攣する。正気故に目を覆えた一人を除き、全員が撲殺直後のマグロめいて白目を剥いてビクついている。

 

ガルスは目を剥いて嗤い、大きく息を吸った。「お前たちは、ヒョットコだ!!」「「「ヒョットコ?……ヒョットコ……ヒョットコ!」」」白痴にベタ塗りされた顔に色彩が浮かび上がる。まず驚愕、そして理解、続けて狂喜。最後は……表情で形作るヒョットコ・オメーン。

 

「「「やっちゃうぜ! ヒャッハーッ!」」」「やめグワーッ!」火の代わりに狂気を吹き出しながら、『名付け』られた臨時ヒョットコは各々の得物を握り締める。「目」を見ずにすんだ唯一の防衛隊員を囲んで棒で叩き殺すと、死体を踏みつけ次々に堡塁から飛び出した。

 

【リファインド・マレイス・ロブ・トライアムス】#2終わり。#3へ続く


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