鉄火の銘   作:属物

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第五話【フェイト・リバース・ライク・ザ・ワープ】#6

【フェイト・リバース・ライク・ザ・ワープ】#6

 

ウォーロックの憑依したキングを消滅させ、ザンシンを決めるワタナベ。「そ、そんな! これでは偉大なる方を失望させてしまう!」その視線の先でスクローファは想定外に慌てふためき狼狽えている。その口から一番に飛び出したのは崇め奉る『偉大なる方』への心配であった。

 

「この期に及んで信奉先が最優先とは実に信心深い事だ」ニンジャスレイヤーは呆れ果てた声と共に構えを整える。血を吹き熱すら帯びるカタナ傷に苦しみながらも放つ殺意に衰えはない。焦熱を帯びた視線で脱出先を探るスクローファを睨みつけ、チャドー呼吸を繰り返し必殺のカラテを練り上げていく。

 

「イカン! 引くぞ、ガルス=サ「イヤーッ!」グワーッ!?」「イクサを楽しもうと言ったな、スクローファ=サン。ならば存分に負けイクサを楽しむがいい!」スクローファの撤退の声をニンジャスレイヤーのチョップ突きが遮った。声帯と喉仏を抉り抜く一撃は、物理的に台詞を阻害する。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」それだけではない! 鋭利極まりないチョップがドリルめいてねじ込まれ、スクローファの下顎骨を内側から鉤めいて掴む。顎を握る腕の筋肉が縄めいて盛り上がり、傷口から新たな血潮が吹き出す。砕けんばかりに歯を食いしばり、ニンジャスレイヤーの腕が引き抜かれた! 

 

「イィィィヤァァァーーーッ!」「グワーッ!」大口から引き手の残像めいた赤が迸る。子供が振り回したケモビール缶めいて盛大に泡混じりの血が吹き上がった。心拍に合わせたリズミカルな噴血がニンジャスレイヤーの装束をより濃厚な紅に染め上げていく。手には引き千切られた下顎が握られていた。

 

「口が無ければ暴飲暴食もせずに済むだろう。これで健康的だな」血塗れの顎骨を投げ捨てたニンジャスレイヤーは荒い呼吸を整え、殺意で仕立てたジュー・ジツを構える。皮肉に答える余裕もなく、必死のスクローファは無くした顎から吹き出す血潮を両手で抑える。だが止まらない、止められない。

 

グラトン・ジツには人肉食が必須だが、食事には健康な顎と歯が必要だ。致命的な傷を負いながらもグラトン・ジツによる回復は望めない。同胞の危機に思わずガルスは声を張り上げる。「スクローファ=「イヤーッ!」グワーッ!」現れたコンマ一瞬の隙をブラックスミスのクナイ・ダートが刺し貫く! 

 

クナイ・ダートは跳躍に必須な膝の皿に突き立った。「イヤーッ!」大きくバランスを崩したたらを踏むガルスへと黒金の雨霰が降り注ぐ。膝の激痛は繊細な跳躍回避が不可能であることを明言していた。深手を負った脚を振り回し、一心不乱にクナイとスリケンの豪雨を蹴り飛ばす。

 

土砂降りの鉄雨に黒錆色の影が混じった。「仕舞いだ! イヤーッ!」「その程度! イヤーッ!」ガルスのお株を奪うブラックスミスの跳躍強襲カワラ割りパンチだ! ガルスは残った健常な脚一本で真上へと跳び上がり、頭上から迫るブラックスミスを蹴爪で引き裂きにかかる。ブラックスミスの狙い通りだった。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!?」日々の鍛錬の中、何千何万と繰り返したカワラ割りパンチは見誤る事無く標的へと打ちつけられた。正確無比に打ち抜くのは『膝に突き立った』クナイである! ハンマーで打ち込まれたノミめいて、クナイは膝蓋皿を割り砕き靱帯を引き裂いて向こう側へと突き抜ける! 

 

「グワーッ!」余りのダメージに着地すら満足にできない。冷たいコンクリートに打ち付けられてガルスは床との逢瀬を重ねる。這いずって振り返り見つめる先は、皮膚一枚でやっと繋がっている様の膝であった。痛みどころか感覚もない。サイバネ処置でもしなければ二度とエアロカラテは振るえまい。

 

ガルスは跳べず、スクローファは回復が不能。そしてワタナベは火に焼かれたが健在、ブラックスミスも重傷無く壮健、ニンジャスレイヤーも深手あれど意気軒昂だ。カマを構えたデス・オムカエは二人の首を掻き切る瞬間を今や遅しと待ち望んでいるだろう。希望を絶たれたガルスの口から絶叫が迸る。

 

「俺たちは選ばれたのに、選民なのに! ナンデ!?」モニタだけが光る部屋の中、全てを忘れてフィクションに溺れ続けた。自ら動くことはなく、けれど誰かが選んでくれると信じていた。そしてそれは来た。無価値な名前を捨てて偉大なる方とクレーシャに天の使いと、天使ニンジャとして選ばれた。

 

だが、選ばれた筈の自分達は裏切り者と怨敵の手で死にかけている。「確かに選ばれたんだろうよ、使い捨ての道具としてな」裏切り者ブラックスミスが僅かな憐憫ごと言葉を吐き捨てる。「そうまで拘るなら選者とジゴクで人選について語らうがよい」怨敵ニンジャスレイヤーの慈悲無き罵倒が突き刺さる。

 

「自分の人生を選ぶのは自分だ。選ばずに流された果てが今だ。俺も、お前達もな」ワタナベが静かに最後を締めた。三忍が同時に踏み出す。吹き出す血で装束を赤く染めたスクローファが後ずさり、装束より顔色を白くしたガルスが床を掻き毟る。これで全て終わる。そう誰もが思った、一人を除いて。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「残りは?」「これで最後です」後方地帯の仮設医療テントの中、唯一の医師であるロウ先生は大きく息を吐いた。応急処置の知識のある住民を片端から臨時看護士に仕立てて手伝わせたが、人手は完全に足りなかった。それでも戦闘が終わって怪我人の追加がなくなり、やっと負傷者を処理し終えたのだ。

 

「イタイ! イタイ!」「ヒョットコはどうなった!?」「杖を貸してくれ! 前線に戻るんだ!」仮設医療テントの床は雑魚寝する重傷者で一杯だ。痛みに呻く者、戦線を心配する者、深手を無視して戦場に戻ろうとする者。思い思いに張り上げる声で外の戦闘音すら聞き取りづらい。

 

「ザゼンを飲んで!」「敵は全滅です!」「ここで休んでください、キャンプが勝ちました!」だがワタナベの放ったタタミ・ヒョットコ・シュリケンの轟音は、後方地帯のテントをも揺らした。傲岸に映し出されていた巨大ヒョットコ・オメーンが消え去った姿は、どんな言葉より明確に勝利を示していた。

 

怪我人と臨時看護士の合間を足早に巡り、ロン先生は患者達の容態を観察する。不意に一人の浮浪者に視線が止まった。「気がついたかね?」「ああ、ああ」それはR地区で倒れていた新入りのノリタであった。危機を知らせるハンショウに驚いて頭でも打ったのか、防衛隊員に担がれてテントに連れてこられたのだ。

 

「私の言葉が判るか? 何処か痛い? 気分は?」「はああ、ああ」ヒョットコの心配はもうしなくていいが、負傷者の容態はまだ心配が多い。痙攣、麻痺、言語障害の傾向が見える。外傷は見えなかったが脳傷害かもしれない。「どうしたものか」しかしテントに脳治療の道具はない。そもそもキャンプにない。

 

危険を覚悟で古代アステカ式開頭治療を行うべきか。思案するロン先生の背後でノリタが上体を起こした。項垂れて下を向く顔から表情を読み取とれない。ノリタはロン先生に助けを求めるかのように手を伸ばした。「おお、起きたのか!」そして喜びの声を上げるロン先生を殴りつけるかのように拳を握った。

 

「グ、グワーッ!?」突如喉を抑えてもがき出すロン先生! 息が詰まり霧のかかる意識の中、必死で爪を立てて引き剥がそうとするが喉に触れる手には何の感触もない! もしもこの光景を第三者が見ていたならば、ロン先生の喉を握り潰そうとする手の痕だけが見えただろう。コワイ! 

 

「ウウッ!」テントを満たす騒音にかき消されて、掠れた叫びは誰にも届かない。ロン先生が倒れると同時にノリタは顔を上げた。霞み消える視界の中でロン先生が目にしたのは、人間離れした鋭さと人間とは思えない憤怒を帯びたノリタの顔だった。それは人間の浮かべていい表情ではない。

 

「やってくれましたね? ええ、ええ! やってやりますとも!」そう、既にノリタの精神は人間のものではない! その体を操るのは、遙か彼方のゼン・キューブの中で同じ憎悪の顔を張り付けたウォーロックである! フドウノリウツリ・ジツで塗りつぶされた元ノリタは立ち上がり、ワタナベのいる方角へと憎しみに染まった視線を向けた。

 

【フェイト・リバース・ライク・ザ・ワープ】終わり

 


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