鉄火の銘   作:属物

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第五話【フェイト・リバース・ライク・ザ・ワープ】#4

【フェイト・リバース・ライク・ザ・ワープ】#4

 

ワタナベの大きな堅く大きな手が涙の滴を受け止める。「コワイ思いをさせてゴメンよ、エミちゃん」「オジチャン」エミの目から流れる涙は喜びと安堵の色合いだった。小さな両手を一杯に広げて巨木めいて太い腰を抱きしめる。涙と洟まみれの顔がすり付けられ、汚れたテックコートに新しいシミが増えた。

 

「ナンデ」その光景を白煙の向こうでウォーロックが呆然と見つめる。偽りの記憶で隠していた真実を突きつけた。拠り所とする人々の目前で残虐な過去を暴いた。特別なジツの苦痛と快楽で思考を縛った。慕う幼子を手に掛けようとするほど追いつめた。もう立ち直れる筈など無かった。なのに「ナンデ!?」

 

ワタナベは立ち上がった。幼いエミの絶叫は確かにワタナベの魂に火を点けたのだ。「ウォーロック=サン。あんたの言うとおり、俺は……俺はオハギに酔った殺人嗜好者だ」胸に走る痛みを堪えてワタナベは本来の自分を認めた。背中にエミを庇い、覚悟を目に宿して振り返る。

 

否応なしに血生臭い写真が目に入る。それは愛した一家の残骸であり、殺した家族の記録だ。「同情を求め、子供に慰められ、殺した相手すら忘れて逃げ続けた。本当にダメな、情けない男だ」オハナの、その母の、その父の記憶を思い返す。どう出会い、どう愛して、どう殺したのか。もう忘れはしない。

 

耳の奥でオハナの最期の声はまだ響いている。自分が死ぬ時まで止むことはないだろう。永劫に受けるべき罰だ。「そんな俺をキャンプの皆は受け入れてくれた。だから俺はヨージンボーになった」それでも数え切れない眼差しを背中で受け止める。必要としてくれた、信頼してくれた人々がそこに居る。

 

「俺はもう逃げん。ヨージンボーは逃げない。俺はヨージンボーだ」そして背中にはもう一人を背負っている。エノモト・エミ。最後まで自分を信じてくれた。最後まで自分を救ってくれた。だが約束の一つは破ってしまった。もう守れない。だから守る。もう一つの約束を、彼女を守る。自分を救った全てに誓う。

 

「俺はトモノミ・ストリート浮浪者キャンプのヨージンボー、『サカキ・ワタナベ』だ!」ワタナベは吼えた。地下空間が咆哮で震える。それは其処に居る全ての人間を奮わせた。響く余韻は人々の口からざわめきとなって漏れる。そしてざわめきはどよめきへと変わり、どよめきは雄叫びへと転じた。

 

「「「オオオォォォッ!!」」」誰もが叫ばずには居られなかった。ここの誰もが敗北の苦渋を味わってきた。ヤクザ、大企業、差別、そしてニンジャ。多くの者は叶わぬと諦めに顔を伏せ、心に蓋をして過去から目を背けた。現状から抜け出す気力もなく、日々の小さな幸福に満足して緩やかに死を待つ人生。

 

だがワタナベは立った。過去を突きつけられ罪を暴かれ、疑いと怖れに信頼を踏みにじられて崩れ落ちた。それでも彼はもう一度奮い立った。敗北を受け止め間違いを認めて、再び雄々しく立ち上がった。故にワタナベの獅子吼は住人たち全ての魂を震わせて奮い立たせた! ゴウランガ! 

 

「ワタナベ=サン!」「おお、おお!」声はシンヤとフジキドの魂にも響きわたった。ニンジャ性に抗い人間性を守らんとする二人にとって『インターラプター』はあり得た自分の姿であった。しかし『ワタナベ』は過去を受け止めて立ち上がった。人間性はニンジャ性に勝てるのだと、今ここに示されたのだ! 

 

「コーッ!? 虫けらめいたモブが偉大なる計画を止めた!? 不可能だ!」チキンレース真っ最中のガルスも、青あざに覆われた目を見開いて現実否認の言葉を吐き捨てる。『原作知識』の元で立てられた、偉大なる計画のための完璧なる行程だった。それが実際安いモブの言葉一つで頓挫するなどあり得ない。

 

ならば計画を妨害した根本がいる。「夾雑物め、貴様の差し金か! イヤーッ!」ガルスが思いつく原因は一つしかなかった。偉大なる方に一度は選ばれながらも、計画の敵となった『原作知識』を持つ裏切り者だ。反逆者を始末すべく、羽スリケンの豪雨をまとったガルスが高速縦回転の蹴爪で切りつける! 

 

「イヤーッ!」殴り合いで切れた血を吐き捨てて、ブラックスミスは即席生成タンモノ・シートで羽スリケンを受け止める。だが、布一枚ではカマキリケンめいた回転蹴りを防ぐ強度はない。布ごと真っ二つか? 「ナンダ!?」そうはならぬ! 引き裂かれたタンモノ・シートの途中で蹴爪が止まる! 

 

その断面からは黒錆色の金属光沢が見えた。編み込みスリケン鎖である! これが切断を防いだのだ。反射的に跳び退ろうとするガルスだが、スリケン鎖は踏み込みを柔らかく吸収した。「虫けら? モブ? ザッケンナコラーッ!」その一瞬を突き、ニンジャ器用さを以てスリケン鎖をガルスの片足に縛りつける。

 

ブラックスミスの腰が落とされイポン背負いの筋肉が隆起した。「俺の家族の! エノモト・エミだ! イヤーッ!」「グワーッ!」投石機の砲弾めいてガルスは宙を舞う。だが空中戦はエアロカラテの専門だ。鳥めいて四肢を動かし瞬時に体勢を立て直……せない! スリケン鎖が結びついている! 逃げられぬ! 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」放物線は強制的に垂直落下軌道へと変更され、ガルスはコンクリートと熱烈な抱擁を交わす。骨の髄まで痺れる床の堅さに、脳髄を揺さぶられたガルスは夢心地だ。「エミちゃん!」そのタイミングを見計らったように意を決したキヨミが戦場の中へと飛び込んだ! 

 

一瞬、エミに向かって駆けるキヨミとブラックスミスの視線が交錯する。互いに言葉は無かった。だが考えていることは全て伝わった。必要なのは安全圏に移動させるだけの時間だ。「イヤーッ!」ブラックスミスは意識朦朧で膝を突いたガルスへと鎖付きクナイを次から次へと投げつける! 

 

ボーラめいた投擲物群に気づいたガルスは、ぼやける意識にむち打って跳躍で回避を試みる。だが、エアロカラテには繊細なるニンジャバランス感覚が必要不可欠だ。椀中のトーフめいて揺れ動く三半規管では機能不十分! 「ヌワーッ!?」避けきれない鎖付きクナイが遠心力に従い体中に絡みつく! 

 

「グワーッ!?」足を縛るロクシャクベルトと失われた平衡感覚に加えることの全身拘束で、ガルスはもう一度コンクリートと愛し合う羽目になった。「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」再度の脳震盪で痙攣するガルスめがけ、ブラックスミスは鎖付きクナイを追加で乱射する。チャンスは今しかない! 

 

「キヨ姉!」ブラックスミスは声を張り上げた。声を上げる時間も惜しいとキヨミは小さく頷いてワタナベの元へと駆け込む。「エミちゃん! 早く逃げて!」「でも、オジチャンが!」渋るエミの肩をワタナベが押した。顔を上げた先のワタナベは目線を合わせ、静かに力強く頷いて見せる。

 

「オジチャンはもうダイジョブさ。エミちゃんのお陰だよ」顔の高さを合わせてワタナベは優しくエミを抱きしめる。両手の中にすっぽりと収まる小さな体だ。柔らく暖かで、そして脆い命。それが自分を救ってくれた。「約束を、エミちゃんを必ず守るよ。だから皆の所に行きなさい」「うん!」

 

「エミちゃん、行くわよ!」カジバフォースめいてエミを抱き上げるキヨミは急ぎ戦場を離れる。抱き抱えられたエミはワタナベへと振り返り、全身全霊でエールを叫んだ。「オジチャン、カラダニキヲツケテネ!」「応!」背中で幼い声援を受け取り、熱い笑みを浮かべたワタナベの全身に燃える血が巡る。

 

走る家族の姿を視界に納めながら、紅白ニンジャとヒョットコへのカラテ警戒を取るブラックスミス。(((エミもキヨ姉も本当になぁ……)))赤錆めいたメンポの下には安堵を帯びた苦い笑みが浮かんでいる。家族を守るために戦っているというのに、当の家族がイクサの最中へと次々に身を踊らせるのだ。

 

そうする理由は判るとはいえ、エミとキヨミの向こう見ずに正直頭を抱えたくなる。だが、そのエミのお陰で一番の憂慮は取り払われた。ワタナベは『真実』を受け止め、自分の罪を背負って立ち上がったのだ。そしてエミもキヨミもイクサから離れ安全地帯へと移動した。

 

あとは紅白ニンジャとヒョットコを始末すれば終わりだ。改めて殺意を固め直したブラックスミスは、古代オリンピア選手めいた力強く滑らかな動作で生成大型クナイ・ジャベリンを構える。「イヤーッ!」スマキになったガルスをチキンケバブにすべく、全身をカタパルトとして巨大な投げヤリが放たれた! 

 

流麗な放物線を描いてジャベリンが着弾! コンクリートに放射状の亀裂を刻む! 「イヤーッ!」だが、そこにガルスは居ない。ニンジャ回復力で脳震盪から復帰したガルスは、ワームムーブメントで着弾点から逃れたのだ。さらに蛇めいて床上を這いずり回り四肢を縛り上げる鎖付きクナイを外していく。

 

ここで仕留めるとブラックスミスから無数のスリケンが放たれた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」それを妨害するのはスクローファが投げる大型スリケンだ。当然ブラックスミスは回避するが、その分スリケンの精度と連射数が犠牲となった。数を減じたスリケンを連続バックフリップでガルスが何とか避ける。

 

ツカハラ跳躍めいた大ジャンプで距離を取り直したガルスを確認し、苦々しい表情でスクローファはブラックスミスを睨みつけた。「完璧なる計画がこんな下らぬことで狂うとは!」「子供の声一つで狂う計画とは笑える完璧さだ。実に下らぬことよ」意図せず漏らした愚痴に鋭い舌鋒が容赦なく突き刺さる。

 

「グググ……」毒舌を発したニンジャスレイヤーを睨むスクローファだが、返す言葉はなく牙めいた歯を軋ませる。カラテを受け止め続けた両腕は、グラトン・ジツの回復も間に合わず歪に変形して青黒く変色している。傷ついたニンジャスレイヤー相手のカラテも舌戦も適わずに圧される一方だった。

 

腹立たしいがニンジャスレイヤーとの実力差を認めざるを得ない。以前の襲撃でも逃げおおせたのは幸運ではなく確かなカラテ故なのだ。それだけにジュー・ジツを構えるニンジャスレイヤーを前にウカツには動けない。同じ天使ニンジャのガルスも、背徳者ブラックスミスと対峙しながら身動きがとれない。

 

裏切り者の安い同情を使った汚らわしき小細工で、偉大なる計画は大幅変更を余儀なくされた。ならば唯一自由な協力者は全身全霊で計画再編に尽くすべきだ。「何を惚けている、ウォーロック=サン!? 仕事をしろ!」スクローファは猪めいて濁った声で早急な行動を督促した。

 

【フェイト・リバース・ライク・ザ・ワープ】#4終わり。#5に続く。


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