鉄火の銘   作:属物

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第四話【サプライジング・ウェフト・パス・スルー・イマジネーション】#1

【サプライズジング・ウェフト・パス・スルー・イマジネーション】#1

 

DING-A-LING! DING-A-LING!「アーッ! ヨージン! ヨージン! アーッ!」トモノミ・ストリート浮浪者キャンプの中央広場。ヤグラに掛けられたハンショウは小槌で繰り返し打たれて金切り声で危機を叫ぶ。小槌を振るうキャンプ防衛隊員もまた鬼気迫る顔で必死に警告を訴えている。

 

「アイェッ!?」「ナンダナンダ!?」響きわたる鐘の音に思い思いの宵を過ごしていた浮浪者達が、テントから飛び出してはヤグラを見て呆けている。大半は避難訓練で何度も聴かされたその音色と、それが今鳴り響いている意味がまだ一致していない。だが一部は現状を理解して顔を青く染めていた。

 

「まさか、そんな」「ホントだったのか!?」防衛計画でシンヤが訴える度、抜き打ち避難訓練が行われる度、ほとんどのキャンプ住民達は無駄なことと内心呆れかえっていた。今の今まで上手く行っていたのだ。大きなミスをしたのでもないのに、何故そんな危機が起こるというのか。

 

だがそれは安全学的に見ても大きな間違いだ。一つの大事故の背景には十の小事故と百のヒヤリ・ハットがあるという。大事故が起きてからでは遅すぎる。ヒヤリ・ハットを統計し、小事故から教訓を得て、大事故が起きないように先んじて対策を打つのが安全担当の役割なのだ。

 

「急いでください!」「急かさないで! 判ってますよ!」そして安全担当の防衛隊員は己の役割を全うしていた。取り決め通りハンショウが響くや否や、テント中の住民を叩き起こして手荷物を纏めさせ、中央広場へと追い立てる。広場では混乱する住民を隊員が地区毎に並ばせて点呼している。

 

「代わりのテントはキャンプから支給します!」「安全なんですか!?」「自分のブロックの列に並んでください!」「押さない! 駆けない! 喋らない!」「H地区全員確認!」「R地区のノリタ=サンが居ません!」「スゴイ高かったのに!」「第三ナリコ反応あり! このペースだとあと30分です!」

 

シンヤとワタナベが駆けつけた時点で、既に中央広場はケオスの中にあった。集められた住民達は不安に駆られるままに騒ぎ立て、メガホンとLED指示棒を握った防衛隊員が怯え惑う彼らを必死で指揮し声を張り上げている。反射的に家族を探すシンヤの目に大きく手を振るキヨミの姿が写った。

 

「キヨ姉! ダイジョブ!? 他の子達は!?」「ダイジョブよ、エミちゃん以外はコーゾ=センセイと一緒に皆居るわ。エミちゃんは?」キヨミの顔は緊張で堅いが恐怖の色はない。とにかく無事だと聞いて胸をなで下ろしたシンヤは、ワタナベに抱えられたエミを指し示した。

 

「ドーモ、キヨミ=サン。エミちゃんはここにいますよ」「ドーモ、ワタナベ=サン! アリガトゴザイマス」頭を下げるキヨミの元へワタナベは抱えたエミを降ろそうとするが、当のエミはワタナベにしがみついて離れようとしない。キヨミの細い眉がしかめられる。

 

「ヤダ! アタシ、オジチャンと一緒にいる!」「エミちゃん、こんな時はワガママを言うもんじゃないよ」文句も言うまもなくエミは床に降ろされた。ワタナベの腕力の前には文字通りベイビーサブミッションだ。すぐさま足にしがみつこうとするエミを押しとどめ、ワタナベはしゃがみ込んで視線を合わせた。

 

「エミちゃん、オジチャンはこれからワルモノをやっつけてキャンプを守らなきゃいけないんだ。エミちゃんも必ず守るから、今は離れていてくれないかい?」真っ直ぐなワタナベの視線に、涙目のエミは膨れっ面のまま頷いた。よしと頷いて見せたワタナベは、立ち上がってキヨミへと深々とオジギする。

 

「では、エミちゃんをオネガイします」「判りました。ワタナベ=サンもキャンプの安全をオネガイします」立場は逆ではあるが、エミの手を握ったキヨミもまた深いオジギを返した。その横で涙を拭ったエミは片手でメガホンを作り、精一杯に声を張り上げる。

 

「約束だからね! オジチャン!」「ああ、約束するよ。必ず守る」太く笑うワタナベは幼い声援に応えて太い腕を曲げ、力こぶを盛り上げて筋力と頼もしさを見せつける。「シンちゃんもカラダニキヲツケテネ!」その隣のシンヤに向けてキヨミがエールを送る。シンヤも力強い笑いと固めた拳で応えた。

 

別れのアイサツをすませ、二人は広場中心であるヤグラの元へと急ぐ。「慌てなくても時間はある! 心配はいらないぞ!」「資材追加を急げ! 出入り口の封鎖で10分は稼げる!」そこではタジモ村長とナンブ防衛隊長の対照的な二人が、キャンプのケオスを鎮めんと声高に指揮を執っていた。

 

不安を招かないためにタジモ村長はあえていつも通りの姿で危険が少ない事をアッピールしている。一方のナンブ隊長は戦闘を前提とするように、古びた軍用グンバイを握り湾岸警備隊の軍服をまとっている。戦争でもするのかと聞かれそうだが、その通りと喜んで答えるだろう。彼の気分はもう戦争なのだ! 

 

「タジモ=サン! ナンブ=サン!」シンヤの呼びかけに、タジモ村長は安堵の形に顔を緩め、ナンブ隊長は獰猛に顔を歪めた。「外れて欲しかった予想が大当たりだな。二人ともナンブ=サンの指示に従ってくれ」「こっちでブリーフィングをする。オヌシ達は遊撃班として働いて貰うぞ」

 

二人が案内されたヤグラ裏では張りつめた表情の防衛隊員達が必死で自分の仕事をしていた。ある者はナリコ反応からヒョットコの規模を演算し、ある者はキャンプ住民票と点呼の結果を照らし合わせている。中央には人の背丈大のキャンプ地図がコンクリの床に広げられ、数種類の凸型コマが乗せられている。

 

「防衛隊はこの前線で連中を受け止める。オヌシ達は連中を乱し圧力を減らす。その隙に住民は脱出、連中はガランドウで右往左往よ」手短に行くと前置きし、ナンブ隊長は『カラテ』と書かれたコマ2つを無骨なグンバイで指し示した。続いて幾つかのブロックをグンバイのレーザーポインタでつなぐ。

 

「後はバクチクでキャンプごとガンモにする予定だったが、タジモ村長に反対されたし爆薬が手に入らんでの」ザンネンと危険な笑いをこぼし、ナンブは手の中でグンバイを弄んだ。立案では脱出前に大量の爆薬にタイマー点火し、トモノミストリートの崩落でヒョットコを圧殺する作戦であった。危険人物! 

 

しかし平時の危険人物は有事の重要人物である。実際、ナンブ隊長の実戦に即した作戦がなければ、右往左往したままバラバラのガンモになるのは住民の方だ。故に両人とも彼の指示に従うことに不満はない。優れたカラテ持つニンジャであろうとも、必ずしも優れた軍師ではないことを知っているのだ。

 

「ではカラテ遊撃隊は直ちに取りかかれ!」「「ハイ、ヨロコンデー!」」敬礼代わりにオジギをして、二人はニンジャの速度で配置へと走り出す。だが、その背中に届いた声が二人の足を強制的に停止させた。「ナンブ隊長、大変です! 避難先にヒョットコが!」「何だと!?」

 

「このままでは避難できません!」「こいつは拙いぞ」驚愕の表情で振り返った二人の視線の先で、傷だらけの隊員が誰もが否定を望む事実を叫ぶ。だがどれほど間違いを願っても、血まみれで足を引きずるその姿は確かな真実を物語っている。想像を超えた事態に二人の顔もナンブ隊長同様の焦燥に焼ける。

 

「そんな」脱出経路は塞がれた。「どうしよう」逃げ出す先はない。「何処に行けば」トモノミストリートの浮浪者達の救いたるキャンプは、今や口を塞いだ巨大なバックへと姿を変えたのだ。そしてバックへと放り込まれたラットである住民達は、現状を正しく理解して顔色を絶望に染めあげていた。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

シンヤが立案し、タジモ村長が精査し、ナンブ隊長が実行している防衛計画は有効なものだった。防衛隊員の尽力はパニックと混乱を抑え、繰り返された避難訓練はスムースな脱出を可能にした。そのままならば当初の想定通り、もぬけの殻となったキャンプにヒョットコがやってくることとなっていただろう。

 

だが、想定外は起きた。避難先は使用できない。そして予備の避難先はコストと時間で計画しかできなかった。「ヒョットコの数は!? 他の隊員はどうした!?」「数は不明ですが非常に多数! 奇襲で私以外は全員オタッシャしました!」掴みかかる勢いで詰め寄るナンブ隊長に、涙混じりの声で隊員が答える。

 

広場の全員の脳裏にバックに詰め込まれて火を付けられたラットの姿が浮かぶ。それが今の自分たちなのだ。「ナムアミダ・ブッダ!」「オタスケ! オシマイだ!」「安全な場所はないのか!?」「そんなの嘘だ! 俺は避難するぞ!」パニックは一瞬で感染し、爆発めいて燃え上がった。

 

「ヒョットコ・オメーンを被れば仲間扱いしてくれるって聞いたぞ!」「オカメ・オメーンは代わりにならないのか!?」混乱の中で都合のいいデマゴギーが飛び交い、煽られるままに叫び散らす。都合のいい妄言は瞬く間に広まり、正確な事実を上書きして現実を侵していく。

 

「アンタ、オマツリでオメーン屋やってたって言ったよな!? ヒョットコ・オメーンを出せ!」「アイーッ!?」焦燥で常識が焼き付いた住民が、元オメーン屋を掴んで揺さぶり倒す。彼は何年も前にオメーン屋を廃業しているし、皆にもそう伝えてある。だが、相手は聞く耳持たずだ! なんたる理不尽! 

 

「そうだ! 出せ!」「ヨコセ! 俺は逃げるんだ!」デマを信じ込んだ他の住民が次々に横入りで掴みかかる。それを引き剥がそうとする住民に暴力が振るわれる。「オメーンは俺のだ!」「俺が先グワーッ!?」ブッダ説話のスパイダー・スレッドめいた醜い争いが周り中で沸き起こる。ここはジゴクか!? 

 

「逃げろ!」「タスケテ!」「誰か!」広場は煮えたぎるアンコシチューめいた混沌に支配されている。互いに奥ゆかしく思いやりあった暖かなキャンプの姿は何処にもない。自分だけ生き延びようと醜くお互いを罵りあい奪い合う焦げ付いた混沌が有るばかり。これも古事記に記されたマッポーの一側面か! 

 

『飯と服がないと人間になれない』ミヤモトマサシはそうコトワザを詠んだが、安全と安心もまた人間の必要条件なのだろう。「並んでください! 落ち着いてください! ダイジョブです! 危険はありません!」それを取り戻すべく防衛隊員に混じって、広場に戻ったシンヤも声を張り上げる。

 

「そもそもアンタがヒョットコが来るなんて言い出すから!」「そーだ! そーだ!」「アンタが悪い!」その呼びかけがカンに障ったのか、行き場のない非難の矛先はシンヤへと向けられた。自身の心すら不安定な混乱の中では、自分は悪くないと誰かに責任を負わせなければ安心を得られないのだ。

 

「それは」「ドゲザだ! ドゲザれ!」「ヒョットコに詫びて許して貰うんだ!」確かにシンヤは危険を訴えたが、呼び寄せた覚えは……ないわけではない。少なくともウォーロックの行動を想定せず、危険を看過したのは事実だった。苦く表情を歪め口ごもるシンヤに、狂奔する住人は嵩に掛かって責め立てる。

 

「止 め る ん だ」終わらせたのはさほど大きくもないワタナベのただ一声だった。それで全ての住民は口をつぐんだ。それどころか、ワタナベの言葉は広場全てを静寂に包んだ。鍛え上げた巨体の迫力、尋常ならざるニンジャの威圧、そして何より積み重ねたソンケイが場を一瞬で鎮めたのだ。

 

「皆、落ち着きなさい。今は責任や原因を問うときではないぞ」もう一言で大半が視線を逸らした。目を合わせる者はいない。俯いて床へと反らした目線を泳がせている。住民は弱い人間だが悪党ではない。正気に返った今、自らの言動に恥入っているのだ。

 

言葉の効果を確認したワタナベは渦中にいたシンヤへと深くオジギをした。「すまなかった。人間はこう言ったとき驚くほど弱くなってしまうものなんだ。どうか憎まないでやってくれ」「俺は憎みませんよ。約束しましたからね」シンヤは胸のオマモリ・タリズマンに拳を当てダイジョブだと笑ってみせる。

 

シンヤに問題はないと理解したワタナベは笑い返し、ナンブ隊長へと向き直る。「ナンブ=サン、避難無しで迎撃前提の防衛計画が合った筈です。それを使えますか?」「心配いらん、当然準備済みよ」先の焦燥など一片も見せずナンブ隊長は堂々たる態度で太く笑った。

 

「オサル共! センタ試験から逃げたタマ無し共を、鉛玉でたっぷりと教育してやろうぞ!」「「「エイ! エイ! オー!」」」力強く突き上げられたグンバイに併せて、防衛隊員も得物を突き上げ湾岸警備隊のスラングで応えた。戦場を知り尽くした荒っぽいパフォーマンスに、広場を包んだ恐怖が薄れていく。

 

最後に視線を向けられたタジモ村長はワタナベに肯いて返すと、住民に向けて朗々を声を響かせた。「では、一時待機場を避難所とし、整列の後にそちらへと移動する! それと戦う覚悟のある者はナンブ隊長の元に行ってくれ!」「「「ハイ、ヨロコンデー!」」」混乱の晴れた住民から明朗な返事が返る。

 

その後を追うようにナンブ隊長の錆声が防衛隊全体に投げかけられた。「避難誘導の防衛隊員は急ぎ避難通路を土嚢で閉鎖! しかる後に武装を受け取って避難所防衛の配置に付け! 他の者は指示通りに配置に付け!」「「「ハイ、ヨロコンデー!」」」すべき作業を示されて隊員から明確な返事が返る。

 

「では改めて、カラテ遊撃隊は直ちに配置に付け!」「「ハイ、ヨロコンデー!」」整然と動き始める住民と防衛隊を背景に、カラテ遊撃隊は再び二色の風となった。駆けるシンヤは無意識に胸のオマモリ・タリズマンを握りしめている。

 

よりによって計画の要である避難先を潰されるとは想像していなかった。今までの作戦や計画は『原作』知識を元にしたものがほとんどだ。ウォーロックがこちらに応じて動いたことで前提は大きく崩れた。そう、まるで『こちらが何を前提にしているかを知っていた』かのように手を打たれて。

 

(((まさか?……いや、それこそまさかだ)))一瞬、脳裏に浮かんだ不穏な違和感をシンヤは振り落とす。おそらくはフドウノリウツリ・ジツで自覚無き背信者を潜ませているのだろう。それに対策の打てない最悪を心配した処で無駄に気力を減ずるだけだ。なおのこと意気を保たねばならない。

 

最悪は想定しなければならないが、最悪に捕らわれてはいけない。息吹を吐き気息を整えると、シンヤは更に加速した。ニンジャ聴覚に不揃いな足音と身勝手な快楽に狂った笑い声が微かに届く。決戦の時は近い。

 

【サプライジング・ウェフト・パス・スルー・イマジネーション】#1終わり。#2へ続く


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