鉄火の銘   作:属物

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第五話【シャープン・フェイス・オン・イクサ】#3

【シャープン・フェイス・オン・イクサ】#3

 

そこは、常ならばトモダチ園の子供たちの声が聞こえる、平和なユウジンビルの玄関のはずだった。だが今、そこはクナイ・ピルムの乱立する墨絵竹林めいたキルゾーンとなっている。さらにその中央近く、カラテによって空けられた小さなドヒョーリングで二体のニンジャが決死のイクサの最中にいた。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」カラテパンチが鼻骨を叩き潰す! 「イヤーッ!」「グワーッ!」三首フレイルが肋骨をへし折る! 「イヤーッ!」「グワーッ!」チョップを残った目に突き込む! 「イヤーッ!」「グワーッ!」カマで骨から肉をこそぎとる! 互いに引かぬ、血まみれのゴジュッポヒャッポだ! 

 

「ハァーッ、ハァーッ」「ハァーッ、ハァーッ」荒い呼吸音の二重奏が、墨絵竹林に空いた小さなドヒョーリングに響く。何本となく突き立ったクナイ・ピルムもあり、受けた傷は格段にフラグメントが大きい。だが、ワンインチ距離のカラテ実力差でブラックスミスのダメージ合計値は急上昇している。

 

このまま密着格闘戦を続ければ、ブラックスミスが押し切られる可能性がある。それ故に右腕に刺さったカマをフラグメントが手放すことはない。「イヤーッ!」更なるワンインチ距離カラテを狙ってか、フラグメントがカマを引き込む。それにあえてブラックスミスは乗った。

 

「イヤーッ!」腕に突き立つカマを巻き込んでクナイ骨格を生成、それをフラグメントの腕ごとスリケン鎖で固定する。更に右腕でフラグメントの腕を握りつぶす勢いで掴む。お互いの位置関係は右腕を通して完全に固定された。バック転、ブリッジ動作、パルクール。どの手段でも逃れようはない。

 

「イヤーッ!」そして放つは全身全霊の左カラテストレート! 右腕同様のガントレットで覆った拳は容易くフラグメントの頭蓋を砕くだろう。「ヌゥゥゥッッッ!」だが……ALAS! 残った目を犠牲にしながらも、フラグメントは致命傷を回避してみせたのだ。なんたる覚悟か! 

 

お互いの位置関係は右腕を通して完全に固定された。光を失おうとフラグメントのカラテなら十分すぎる条件だ。「イヤーッ!」「グワーッ!」流れるようなイポン背負いでブラックスミスが床に叩きつけられる。繋がれた右腕のお陰で受け身がとれない! フラグメントは膝で左肩を踏みマウント体勢を作る。

 

「待ってたぜぇ、この瞬間をよぉーっ! イヤーッ!」「グワーッ!」最後のフレイルを抜き放つと、殺意と狂喜を乗せて三首フレイルを振り抜いた。「ヒッヒッヒッ、見えなくても判る、サイッコーの感触だ!」ブラックスミスは咄嗟に即席ニンジャへルムで防御するが、連続フレイル殴打は止まらない。

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」(((反撃の手段は!?)))「イヤーッ!」「グワーッ!」(((何か無いのか?)))「イヤーッ!」「グワーッ!」(((家族を守るんだ)))「イヤーッ!」「グワーッ!」(((ダメだ、意識が)))「イヤーッ!」「グワーッ!」(((クソッタレ……)))

 

繰り返されるフレイル殴打の中でブラックスミスの痛みはいつしか消え失せ、ぬるま湯に浸かったようなヤスラギが全身を包んでいた。痛みとは肉体の警告であり悲鳴だ。それが失われた非常に危険な状態である。目に見える光景も、耳に入る音も、全てが酩酊じみて薄ぼんやりと頼りない。

 

壊れたビデオテープめいて繰り返されるフレイル殴打の映像に、不意に引きちぎれ飛ぶ何かが追加された。連続脳震盪で輪郭を失ったブラックスミスの視界にも唯一くっきりと映ったそれは、「約束」と刺繍された長方形の小さな布袋。その刺繍の通り、中にキヨミとの約束が納められている。

 

(((オマモリ・タリズマン!)))それを認識した瞬間、視界がコントラストを取り戻した。途端に血涙をこぼし喜悦の表情で三首フレイルを振り上げるフラグメントの姿が目に入る。「グワーッ!」更に三点打撃が頭蓋にヒビを増やし、激痛のパルスがニューロンを駆け抜ける。だが、その痛みがありがたい。

 

ブラックスミスは痛みを軸に全身の感覚を取り戻す。更に痛みの集中力でブーストしてジツを発動する。「イヤーッ!」「無駄なぁ! イヤーッ!」両手を拘束されマウントをとられた状態で何ができるのか。衰弱死寸前に調整して当初の予定を実行だ。嘲笑を浮かべたフラグメントはフレイルを振り下ろす。

 

だが、フラグメントは突如として前のめりにマウント体勢を崩した。更に既に失った両目の中で火花が飛び散る。「グワーッ!? ナンダ!?」真横から平面が叩きつけられ、世界が回転する。視力を失ったフラグメントには、何が起きているのか理解できない。狂気の隙間から恐怖が鎌首をもたげる。

 

だが、実行犯であるブラックスミスには何が起きたのか当然判っている。首に回したロクシャクベルトをニンジャ咬筋力とニンジャ頸筋力で引き寄せ頭突きを叩き込んだのだ。加えて全身の回転で横に投げてマウントを奪い取る。フラグメントの目が見えていたならば容易く外してカイシャクを加えただろう。

 

だが、必殺の一撃をかわし戦況をひっくり返すために支払った犠牲が、今のフラグメントを追いつめていた。一瞬前の最善手が次の瞬間の致命傷と化す、なんたるイクサの皮肉か! ニンジャのイクサとは、無慈悲で移り気な形無き怪物である。その怪物をしとめるためにはイクサ前の準備こそが肝要だ。

 

『沢山準備した方が勝つ』平安時代末期の伝説的ウォーロードである武田信玄も兵法書にこう残している。そして幾多の準備を重ね、敵を想定して作戦を練り、フーリンカザンを構築し、幸運すら手に入れ、チャンスをものにしたのはブラックスミスだった。勝敗はイクサの前に決していたのかもしれない。

 

先と上下の入れ替わった体勢で、ブラックスミスは左の拳を突き上げる。「スッゾコラーッ! ドケッテンダコラーッ!」ようやく状況を理解して、膝の下でフラグメントがもがく。怒りと虚勢で誤魔化そうとしても、その声は夕闇に取り残された子供めいて上擦っている。

 

恐怖を滲ませたフラグメントの声を無視し、ブラックスミスは遠くなる意識を歯を食いしばって無理矢理つなぎ止める。カマで抉られた右腕の深手に、徹底的な頭部フレイル殴打の傷。加えてワンインチカラテ乱打戦のダメージも深刻だ。この一撃でアウトオブアモー、最早打てる手はない。

 

(((それがどうした?)))ならばこの一撃で殺せばいい。家族を守る、そう決めたのだ。ブラックスミスはクレーシャを打ち倒した時と同様に、鋼鉄めいて堅く左拳を握りしめた。込められた意志が、覚悟が、カラテがエネルギとなり、拳から血の蒸気が立ち上る。左腕と背中の筋肉が縄めいて浮かび上がった。

 

皮肉にもフラグメントの鋭敏なニンジャ感覚は、確実な死が迫る光景を見えない両目に映し出した。ブラックスミスの拳に込められたカラテを理解し、フラグメントの顔から血の気が引いてく。マウントをとられ、両目は見えず、アドレナリンで誤魔化してもダメージは重大。この一撃を食らえば最期は確実だ。

 

フラグメントの首にデス・オムカエのカマが当てられた。目前に迫る逃げようのない死に、狂気と憎悪で押さえ込んだ恐怖が一気に吹き出す。「ヤ、ヤメロー!」「ダメだ」だが、ブラックスミスは哀願の声を一言で切って捨てる。家族の敵に慈悲はない。

 

「イィィィィヤァァァーーーッ!」「アバーッ!」全てのカラテを込めたカワラ割りパンチがフラグメントの顔面に突き立った! 自らの名前の通りに頭蓋骨が粉砕され、脳味噌と混じり合いながら床にぶちまけられる。残った首から下が絶命の叫びをあげた。「サヨナラ!」フラグメントの肉体が爆発四散! 

 

「グワーッ!」満身創痍のブラックスミスにはニンジャソウルの爆発から逃れるだけの体力も残っていない。爆発四散に巻き込まれ、クナイ・ピルムの墨絵竹林をなぎ倒しながら吹き飛んだ。赤錆めいたメンポも黒錆色の頭巾も吹き飛び、素のままのシンヤとなって壁にぶち当たった。

 

折れた無数のクナイ・ピルムに埋まりながら、シンヤは最後の力を振り絞り目を凝らす。視線の先には、クナイ・ピルムに引っかかったフラグメントの生首がある。(((これで、家族は、ダイジョブだ……)))家族のいる上階を仰いだブラックスミスは、安堵の息と共に意識を手放した。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「シンちゃん! シンちゃん!」「ウウッ」揺さぶられる動作に、シンヤの意識は気絶の暗闇から急速に浮かび上がった。休息が足りないと痛みで文句を付ける全身が、逆に意識を無理矢理な覚醒に導く。痛みをこらえて薄く目を開ければ、いつもの家族の顔が目に入る。どうやら床に横たわっているようだ。

 

「キヨ姉、オハヨ」「シンちゃん、ダイジョブなの!?」涙を浮かべるキヨミを安心させようと、シンヤは冗談めかして笑って見せた。「ちょっと、ダイジョブじゃないかな」「こんなに、無茶して」冗談は逆効果だったらしい。涙の玉はサイズを増して、キヨミの頬を伝いこぼれ落ちた。

 

シンヤは笑いをしまい込み、真摯な顔つきで謝罪を返す。「ゴメン。でも、やらなきゃならないことだったんだ」「判ってる。でもこんなに傷だらけになって、死にそうになって……」

床に座り込んで優しく触れるキヨミの指先にすら、完膚無く傷ついたシンヤの肉体は痛みを訴える。

 

痛みに顔をゆがめるシンヤに気づいたのか、キヨミは更に眉を寄せて手を離した。とにかくキヨミを安心させねば。酷使したニューロンにむち打って、シンヤは案はないかと脳味噌を回す。「キヨ姉ちゃん、薬箱と担架を持ってきたわよ!」その耳に甲高い子供たちの声が響いた。

 

痛む体にカツを入れて上体を起こせば、トモダチ園の子供たちが墨絵竹林の隙間を走ってくる様子が見えた。先頭に立つのは得意満面に薬箱を高々と掲げたアキコ。その後ろで不承不承と書かれた顔で、イーヒコとウキチが担架を担いでいる。多分、アキコに命じられたのだろう。

 

その後ろに着いてくるのはエミとオタロウだ。興味深そうな顔でクナイ・ピルムをいじろうとするオタロウの手を、おっかなびっくりと歩くエミが引っ張っている。最後に青ざめた顔で、園長のコーゾが階段の壁に手を突いて体を支えている。

 

NRSと心労のダブルパンチで寝込んでいたが、トモダチ園の緊急事態に歯を食いしばってここまで来たのだ。絶好調とは到底言えないが、トモダチ園の全員が五体満足であることに違いはない。「……良かった、みんな無事だ」皆を見つめるシンヤの目には、優しみに満ちた暖かい光が宿っていた。

 

シンヤの目を見て、ようやくキヨミの表情から緊張が消えた。「ええ、皆ダイジョブよ」返答と共にキヨミはシンヤの頭を膝に乗せる。人肌の暖かさが後頭部に広がり、居心地悪そうにシンヤは視線を泳がせた。「その、キヨ姉、恥ずかしいからそれヤメテ」「家出するような悪い子のワガママは聞きません」

 

幼い子供に言い聞かせるような、はたまた幼い子供が拗ねたような声音でキヨミは弟の要求を却下する。ツンと唇を尖らせた姉の顔を、憮然とした表情で下から眺めるシンヤ。ふと何かを思い出した顔で、シンヤはキヨミに呼びかけた。「キヨ姉、ただいま」「シンちゃん、お帰りなさい」家族が皆、笑った。

 

【シャープン・フェイス・オン・イクサ】終わり


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