鉄火の銘   作:属物

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第四話【クエンチッド・ソウル・バイ・タービュランス】#3

【クエンチッド・ソウル・バイ・タービュランス】#3

 

「……俺は、シンヤだ! トモダチ園のカナコ・シンヤなんだ!」シンヤの決意が、安アパートのローカルコトダマ空間に響きわたった。狙いを外されて期待を裏切られたクレーシャの顔から、記号の表情が剥がれ落ちていく。「……『蛇』になるかと目をかけてやった結果がこれか。期待外れもいいところだ!」

 

残ったのは今までのシンボリックな顔つきとは決定的に違う、血の通った憤怒の顔。放つ声も無感情な合成音擬きから、大地が唸るような憎悪の滲む声音へと変わっている。道化めいた仮面を外したクレーシャが発するアトモスフィアは、間違いなく暴虐なニンジャそのものであった。

 

オマモリ・タリズマンを握りしめ、涙を拭った顔を上げ、シンヤは拳を握りながら立ち上がる。揺るぎない視線で見つめるのは、怒りを表すかのように01が煮えたぎる三眼の魔人。噴煙めいて立ち上るデジタルの蒸気が、安アパートの光景を別の景色に塗り替えてゆく。

 

デジタルなメッキで描かれたのは、大都会ネオサイタマのとは真逆の景色だった。赤く焼けた空に、吹き荒れる砂塵。見渡す限りが岩と砂で出来た生命無きセキバハラめいた荒野だ。否、中央にそびえ立つシメナワを巻かれた石碑は、ここがセキバハラの、それも以中心部ヘルボンチであることを示している。

 

「愚か者は自我を砕いてジョルリ人形としてやろう! イヤーッ!」荒れ野の光景に驚く暇すらなく、クレーシャの三眼から緑の閃光が放たれた。「グワーッ!」直撃を受けたシンヤの全身は、流水に晒された砂人形の如くに01粒子へと分解され形を崩していく。シンヤは死を覚悟した。だが、その瞬間! 

 

胸のオマモリ・タリズマンが暖かな輝きを灯した。その光は崩れつつあるシンヤの体中を広がり、逆再生めいて01粒子を肉体へと再構成する。シンヤはここが自分のローカルコトダマ空間である事に気づいた。クレーシャと条件は対等だ。強く想えるならば戦える、それが誰であろうとも! 

 

「イヤーッ!」デント・カラテ基本の構えをとるのももどかしく、シンヤは強襲の弾道跳びケリ・キックで襲いかかる。だが、顔面にめり込むはずのケリ・キックは、靄めいて01分解したクレーシャをすり抜けた。「イヤーッ!」即座に反撃の閃光が実体化したクレーシャから放たれる。

 

「イヤーッ!」着地をねらった閃光をローリング・ウケミで回避したシンヤは、ゴムマリめいて跳躍し裏拳をクレーシャめがけ振り抜いた。「ヌゥーッ!」手応えあり! シンヤは閃光を発するクレーシャが必ず実体化することに気づいた。攻撃中のクレーシャに01分解回避は出来ない! 

 

モータルの精神を持つシンヤに傷つけられた事が、よほど腹に据えかねたのか、クレーシャの全身が激しく沸騰し01の泡を立てる。「私がニンジャのパワだけを与えたのだ! オマエは非ニンジャのクズに過ぎない! イヤーッ!」クレーシャは再びの閃光を発した。だが、今までと比べて範囲が広い。

 

拡散型光線がかわしきれなかったシンヤの右半身を崩す。「グワーッ!」閃光の直撃よりもダメージは小さいが、片足を崩されて身動きが取れない。「グワーッ!」そのまま光線は胸の中心へとすぼまり、光量と密度を急速に上げてゆく。収束型光線でオマモリ・タリズマンごとカイシャクを狙っているのだ。

 

「イヤーッ!」残っている左足を地面に叩きつけて、シンヤは無理矢理自分の体勢を崩した。カイシャクを狙って閃光の範囲が狭まっていたのが幸いし、オマモリ・タリズマンが照射から外れた。「イヤーッ!」「イヤーッ!」当然クレーシャは焦点を移動させるものの、シンヤのロールウケミが一瞬早かった。

 

胸のオマモリ・タリズマンが再び輝き、崩れかかった半身と地面との擦り傷を癒していく。だが、回復の速度が僅かに遅れている。何事にも限界は存在する。脳が有限のサイズである以上、思いや気持ちにも限りがある。輝きの源であるオマモリ・タリズマンに納めた約束と決意もまた。

 

閃光を浴び続ければ実際死ぬ。十分な攻撃もできていない。このままではジリープア(徐々に不利)だ。(((何か、何か手はないのか!?)))一時反撃を捨て、牽制と回避に専念しながら必死で思考を回す。突破の糸口を探し記憶を漁るシンヤのニューロンに、先ほどのクレーシャの言葉が浮かび上がった。

 

(((私がニンジャのパワだけを与えたのだ! オマエは非ニンジャのクズに過ぎない!)))前世の記憶にあるリー先生の論文が正しいならば、ニンジャソウルの憑依はソウル同士の融合となるはず。だが、クレーシャの言葉はそれを否定している。ニンジャソウルの憑依の瞬間、クレーシャは何をした? 

 

……頭部を吹き飛ばして吹き上がる暗黒なエネルギは、額から延びる01ラインに絡まりながら黄金立方体へと近づいていく。暗黒なエネルギは黄金立方体に触れ、影がラインを伝い暗黒なエネルギの源へと流れる。それは『蛍光色の人影にフィルタリングされ』、『何か』を除いてシンヤへと注ぎ込まれた。

 

ロールウケミとステップを繰り返し、次々に放たれる閃光をくぐり抜けるシンヤ。その脳裏には、始めにクレーシャと契約した瞬間であり、ニンジャソウルの憑依の瞬間が浮かんでいた。『何』が取り除かれたのかは判らないがクレーシャが濾し取ったことは判る。ならば、それはクレーシャの中にあるはず! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」オマモリ・タリズマンを握りしめ決意を固めたシンヤは、牽制も取りやめ徹底的に閃光を回避する。失敗を繰り返すとき、人は成功例に頼ろうとするものだ。それはクレーシャも同じだった。「チョコザイ!」シンヤが誘ったとおり、クレーシャは拡散閃光を放った。

 

「今だ! イヤーッ!」ニューロンを焼く自我分解の苦痛に耐えながら、シンヤはデント・カラテ防御の構えでクレーシャ目がけ突撃する。拡散された光線はシンヤを捉えつつも、殺しきるには至らない。「イヤーッ!」「ヌゥーッ!」クレーシャは閃光を収束させてシンヤを消し飛ばそうとする。

 

閃光を受け止める腕が、半身が01の塵となって崩れてゆく。だが、その瞬間、既にシンヤはクレーシャに肉薄していた。(((カラテパンチは脊髄で打ちます)))一年間のカワラ割りを終えた日、オールド・センセイから受けたインストラクションは、デント・カラテ基本にして奥義のカラテパンチだった。

 

カラテオーガと呼ばれたオールド・センセイ直伝のカラテパンチを、シンヤは全身全霊をもって叩き込んだ。「イィィィヤァァァーーーッ!」「グワーッ!?」閃光を引き裂きながら突き出された正拳突きは、蛍光色の肉体へと深々と突き立った。手首まで突き刺さった拳の中に『何か』の感触がある。

 

シンヤはザンシンとともに『何か』をクレーシャの内側から掴み出した。「イヤーッ!」「ヌゥーッ! 役立たずの期待外れが、よくも!」『何か』を引きずり出され激痛を堪えるクレーシャの三眼が、致命的な輝きを帯びる。アブナイ! ザンシン中のシンヤは咄嗟に回避のステップを踏もうとする。

 

だが、ザンシン中と言えど、半身を失い片腕を消し飛ばされたシンヤにそれはあまりに難しかった。「イヤーッ!」「グワーッ!」脚部消失! 「イヤーッ!」「グワーッ!」胸部半壊! 「イヤーッ!」「グワーッ!」片腕分解! 『何か』は手の内から転げ落ち、次々に放たれる閃光の照り返しの中に消える。

 

絶え間なく速射される収束閃光に、シンヤはスイスチーズと成り果てつつあった。オマモリ・タリズマンが繰り返し輝くが、再構成が間に合わない。ジリープア(徐々に不利)どころではない。死は目前に迫っている。(((死ねない、死なない、生きる、生きてやる!)))だが、ここで終わるつもりなどない! 

 

諦めなど一片も見せず、四肢を再形成したシンヤは歯を食いしばり立ち上がる。それを見つめるクレーシャは吹き上がる01の蒸気に包まれ、最早人の形から外れつつあった。「死ね! 非ニンジャのクズめ! 死ね!」怒り狂うクレーシャの三眼へと光と共に01粒子が収束していく。

 

「イヤーッ!」収束され蓄積されたエネルギは、ダム決壊めいた光線の奔流として放たれた。「アバーッ!」膨れ上がった閃光に全身を包まれ、全てが緑の怒濤に塗り潰されていく。重なり続けた光は白へと変わり、シンヤの目の前が真っ黒になった…………黒? 緑でも白でもなく? 

 

そう、黒だ。正しくは『黒錆色』だった。シンヤの視線の先にあるのは、巨大な黒錆色の壁で吹き荒れる緑の閃光を防ぐ、同じく黒錆色の人影。壁はクナイ・フレームワークで形作られ、ニンジャ装束とスリケン・チェーンクロスの多層構造から成っている。振り返った人影は、シンヤへ深く深くオジギした。

 

「ドーモ、シンヤ=サン。タンゾ・ニンジャです」死の閃光が襲い来る最中でありながら、それは山奥の清流めいた静謐なアイサツだった。シンヤはクレーシャが漉し取った『何か』の正体に気づいた。それは自分を明示するものだった。それは自己を規定するものだった。それは自身を記述するものだった。

 

それは……名前だった。クレーシャはニンジャソウルの名前を奪い取り、そのパワだけをシンヤへと注ぎ込んだ。今、それは奪い返され、相応しい者が名乗りを上げている。「ドーモ、タンゾ・ニンジャ=サン。カナコ・シンヤです」全身を再構成したシンヤは再び立ち上がり、自らの意志で名乗り返した。

 

その行いが意味することをシンヤは理解していた。自分はこれでニンジャになる。恐るべきカラテ持つ、老いること無き半神的存在(イモータル)になるのだ。しかし、それはカイジュウめいた暴虐な人外の怪物となることではない。ソウルに呑まれてはならない。手綱を握るのは己自身だ。

 

暴力を恐れ、家族を厭い、末世を呪い、誘惑に苦しんだ。だが、もう迷いはない。(((俺はニンジャになる。だが、家族を守るニンジャとなる!)))決意も、意志も、約束も、霊魂も、全てが01の流れとなって、二つのソウルがトモエ回転と共にタイキョク・ポイントへと収束していく。

 

黒錆色の壁の中でインフレーションを思わせるソウルの光が広がっていく。それはビッグバンめいた新たなるカラテ小宇宙の誕生を意味していた。だが、クレーシャにとっては与えられたパワを咄嗟に使った姿しか見えない。単なる標的の悪足掻きに過ぎないと結論づけ、さらなる閃光を壁に叩きつける。

 

「与えられたチートにすがるだけのゴミが! パワの残滓ごと消えるがいい、イヤーッ!」閃光の濁流に押し流され、黒錆色の壁が藁の盾めいて崩れ去った。しかし、閃光の瀑布を貫いて黒い影がクレーシャの肩口に突き刺さる。精神と肉体の二重衝撃にクレーシャの放つ閃光がかき消えた。

 

「グワーッ!?」モータルが光線を耐えられるはずもなく、ましてや反撃など出来るはずもない。だが、ならばこの肩に突き立ったスリケンは何だ!? それを放ったのは何だ!? 驚愕に顔をゆがめ、クレーシャは黒錆色の壁があった地点を見つめる。そこにあるのは……否、そこにいるのは黒錆色の人影だ。

 

影は両手を合わせ、全身にカラテが張りつめた力強いオジギをする。「ドーモ、クレーシャ=サン。ブラックスミスです」自らに相応しい名を付けたニンジャ、ブラックスミスはクレーシャへと雄々しくアイサツした。

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

「ドーモ、クレーシャ=サン。ブラックスミスです」シンヤであり、タンゾ・ニンジャであったソウルは、今一人のニンジャとなってクレーシャへとオジギをした。(((名前を取り戻してディセンションを完遂しただと!?)))クレーシャはさらなる驚きに打ちのめされつつも、気高くアイサツを返した。

 

「……ドーモ、ブラックスミス=サン。クレーシャです」ニンジャのイクサにおいて、アイサツは実際大事。クレーシャは主からそう習った。そしてアイサツ以降の礼儀は不要とも習った。「イヤーッ!」クレーシャの目が光り、空間に閃光のラインが描かれる。

 

「イヤーッ!」光量を減らして早打ちに特化させた牽制の一射を、ブラックスミスは連続側転で回避する。「イヤーッ!」さらに、スリケン・トマホーク、チャクラム、ブーメランを散弾めいて打ち込んだ。しかも、各種スリケンのサイズや角度は微調整され、個別固有の軌道でクレーシャを襲う。

 

「イヤーッ!」クレーシャは速射収束閃光で迎撃しつつ、ブリッジ動作と連続タイドーバックフリップで回避を試みる。だが打ち落とすべきべきスリケンは多過ぎ、動ける空間は少な過ぎた。「グワーッ!」かわしきれなかったスリケンが、クレーシャの肉体を切り裂く。01ドットで描かれた血が滴り落ちた。

 

「主を裏切った腐れ鉄打ちの同類が、偉大なる計画の邪魔をするか! イヤーッ!」憎悪に燃えるデジタルの三眼から輝きが漏れる。先ほどはあれほどまでに危険だった光も、ブラックスミスとなった今は冷静に観察可能だった。クレーシャの打つ手一つ一つが予想範囲に収まっている。

 

「イヤーッ!」ロンダート跳躍で拡散光線をかわし、反撃のクナイ・ダートを打ち放つ。モータル相手にあれだけの被弾を許したクレーシャのカラテは弱い。「グワーッ!」ブラックスミスの推測を証明するかのように、膝を貫かれたクレーシャはドゲザめいて前のめりに崩れ落ちた。

 

油断なく防御の構えを取りつつ、ブラックスミスはクレーシャへと歩を進める。クレーシャの口にした計画、自分をネオサイタマに連れてきた理由、第四の壁を越えた方法。徹底的なインタビューで全てを聞き出すつもりだ。「舐めるな! イヤーッ!」だが、クレーシャはまだ諦めてなどいなかった。

 

靄めいて01分解したクレーシャが、ブラックスミスを取り囲む。ブラックスミスは警戒レベルを上げ、両手に各種スリケンを二枚ずつ、計八枚生成。防御の構えで光線を回避しながら、実体化したクレーシャへ全弾叩き込むつもりだ。「イヤーッ!」「イヤーッ!」シャウトと共に閃光が宙を走った。

 

回転ステップで射線から身を外すと同時に、八枚のスリケンが空間を切り裂く。「イヤーッ!」しかし、そこにクレーシャはいない! 光線発射とほぼ同時に再び01分解して身を隠したのだ。「イヤーッ!」さらに後方から再びのシャウト! ブラックスミスは反撃を捨てたロールウケミでこれを回避する。

 

実体化と01分解がブラックスミスの想定より格段に速い。クレーシャのカラテ全てを予測可能と断じたのはウカツだった。「イヤーッ!」「イヤーッ!」反省を胸に秘め、クレーシャの閃光速射を避けつつカラクリを探るブラックスミス。それは思いの外あっさりと判明した。

 

光線の発射点はクレーシャの三眼である。そしてクレーシャの攻撃は閃光に一本化されている。つまり、イクサにおいて必要なのはクレーシャの頭部だけなのだ。クレーシャは頭部のみを実体化させて光線を発射。すぐさま頭部を01分解して反撃を回避。これが速さの仕組みであった。

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」気づいたことに気づかれたのか、実体化・閃光発射・01分解を高速で繰り返し、クレーシャは光線の弾幕を張る。「イヤーッ! イヤーッ! グワーッ!」ブラックスミスはパルクールめいた高速立体移動で回避するものの、弾幕を避けきれず片足に被弾する。

 

オマモリ・タリズマンからの輝きが01の傷を癒すが、クレーシャがそんな隙を見逃すはずもなかった。「バカメ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」実体化・閃光発射・01分解の三段攻撃プロセスをさらに加速させ、360度全方位からのクロスファイアが放たれた。

 

「イヤーッ!」コンマ1秒で回避不能と判断したブラックスミスを中心に、ディセンションの瞬間と同様の巨大な黒錆色の壁が四方にそそり立った。全方位から襲い来る閃光の集中砲火を、ジツ由来の多層障壁がくい止めクナイ・フレームワークが支える。だが、長くは持たない! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」絶え間なく降り注ぐ閃光の雨に、たき火で炙られたスイスチーズめいて、穴だらけの黒錆色の即席要塞が溶け崩れていく。「怯え竦んで死ね! 泣き叫んで死ね! イヤーッ!」トドメを狙うクレーシャは、三段攻撃プロセスを限界まで加速する! 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」ニンジャ動体視力を持ってしても、今のクレーシャは無数に分身して見えるだろう。光線の着弾より速く次弾を放つその姿を上空から見れば、緑光で描かれた円盤めいた光景が瞳に写るに違いない。「イヤーッ!」だが、蛍光色の円を黒錆色が切り裂いた! 

 

黒錆色の正体は、壁の中から放たれた巨大クナイ・ボルトである。即席ニンジャバリスタから打ち出された巨大クナイ・ボルトは、霧めいて01分解したクレーシャを吹き飛ばし、緑光の円盤に切り欠きを作る。こじ開けられたキルゾーンの隙間をもう一つの黒錆色が駆け抜けた。当然、ブラックスミスだ! 

 

「逃がすか! イヤーッ! イヤーッ!」その背中めがけ、数え切れないクレーシャの顔が殺意を閃光として放つ。01ドットで描かれた三眼の魔神が、黒い背景の中で心霊写真めいて無数に映し出される! コワイ! 「ナニィーッ?」だが、その表情は驚愕に染まった。黒い背景の影がクレーシャを包んだからだ。

 

背景の黒。それはセキバハラの荒野には存在しない色合いだった。この場に存在する色彩は、荒れ野の赤茶色、雲一つない空の青、クレーシャの生み出す蛍光の緑、そして……ブラックスミスが生成する黒錆色。そう、黒い背景はブラックスミスがニンジャ装束で作り上げた巨大暗幕に他ならない! 

 

クレーシャが自分の背中を狙うと予想したブラックスミスは、バリスタと同時生成しておいた巨大暗幕を、脱出と同時にオショガツのカイトフェスタめいて展開したのだ。「イヤーッ!」振り返ったブラックスミスがシャウトと共に、展開にも使った巨大暗幕四隅のロクシャクベルトを引き寄せる。

 

その姿は冬の日本海でトロール底引き網を引く漁師集団そのものだ。当然、網にかかったアワレな魚群はクレーシャに他ならない。「グワーッ!?」クレーシャは霧めいて01分解し透過を試みるも、ニンジャ装束製の緻密な巨大暗幕はその実体を正確に漉し取ってみせる。

 

「イヤーッ!」さらにブラックスミスがロクシャクベルトに捻りを加えると、巨大暗幕はキンチャクめいてクレーシャを閉じこめにかかった。01分解での脱出は不可能。このままではラットインザバックは確定。閃光で暗幕を切り裂く他はない! 判断を下したクレーシャは実体化と同時に三眼へ輝きを集める。

 

だが、それもまたブラックスミスの予想内であった。実体化しているということはスリケンが刺さると言うことだ。「イヤーッ!」「グワーッ!」実体化を予想していたブラックスミスのスリケンは、閃光を放つ直前の三眼へと深々と突き刺さった。逆流した光線がクレーシャの内側を焼く。何も見えない! 

 

それが致命的な隙を生んだ。四隅を捻り上げられ暗幕は口を絞ったキンチャクとなる。最早逃げ場がない! 「イヤーッ!」「グワーッ!」ブラックスミスはキンチャクをイポン背負いで荒野へと叩きつける。01分解しようともダメージを逃がす場所もない。クレーシャは粒子一つ一つで衝撃を味わった。

 

身動き一つ取れずキンチャクに拘束されたクレーシャへ、跳躍からの急降下カワラ割りパンチが突き立つ! 「イヤーッ!」「グワーッ!」マウントからさらにカワラ割りパンチを叩き込むブラックスミス。「イヤーッ!」「グワーッ!」容赦ないカワラ割りパンチの嵐がクレーシャに襲いかかった! 

 

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 

それは、かつてやり場のない暗黒なエネルギに突き動かされるままに、ソフトカワラへとカワラ割りパンチを叩き込み続けたあの夜にどこか似ていた。だが今、ブラックスミスが握り拳に込めるのは、コールタールめいた憎悪ではない。家族を守るという明確な意志が、その拳を鋼めいて堅く握らせているのだ。

 

「イィィィ……」鋼鉄の意志を帯びた右腕が、蒼穹へ高々と突き上げられた。その腕に虚空より現れた無数のスリケン鎖とロクシャクベルトが瞬く間に絡みつく。右腕は込められた意地を体現するかのごとき、荒々しく猛々しいガントレットに覆われていた。右腕と背中の筋肉が縄めいて浮かび上がる。

 

「……ヤァァァーーーッ!」身動き一つ取れずキンチャクに拘束されたクレーシャへ、ブラックスミスの全身全霊を込めたカワラ割りパンチが突き刺さる! 「アバーッ!」貫通した拳がクレーシャと地面を縫いつけた。パンチが空けた穴から01の飛沫が吹き上がる。

 

「フゥゥゥ」立ち上がったブラックスミスは全身に満ちた、カラテ廃熱を深い呼吸で吐き出す。熱を帯びた吐息がセキバハラの荒野に解けて消えた。手応えはあった。致命傷は確実だ。クレーシャを捕らえたキンチャクを一瞥すると、黒錆色の糸屑と01の塵に変わって虚空へと消えていく。

 

残ったのは腹に大穴を合け、血潮めいた蛍光色の01をこぼす、死に体のクレーシャ。勝敗は決し、イクサは終わった。後はインタビューの時間だ。「俺を連れてきた理由、キサマの言う計画、全て話せ! クレーシャ=サン!」カワラ割りパンチで開いた腹の大穴を踏みつけ、ブラックスミスが問い糺す。

 

当然、生かすつもりはない。だが01の血と共にクレーシャの口から漏れ出た言葉は、ブラックスミスの想像を超えていた。「よく、も……駒ごと、きが。だが他の、アバッ……『私』が必ず、計画を……アババッ、果たす」「他の『私』だと!?」目を丸くし、掴みかかるように問いかけるブラックスミス。

 

その様子に口走った言葉の意味を理解したクレーシャは、三眼に刺さるスリケンを両手で握りしめる。「喋り……アバーッ……過ぎたか。『物語ル/糸織リ直シ/君帰ル』……サヨナラ!」謎めいたハイクと共に、脳髄の裏側までスリケンを押し込み、クレーシャはセプクを果した。

 

「イヤーッ!」危険を察知したブラックスミスは即座に回転ジャンプでその場から離脱する。KABOOM! クレーシャは爆発四散。その破片は共に粉々に崩れ、頭蓋ごと01の塵と消え去った。セキバハラ荒野もまた爆発四散と共にひび割れ、二進数の欠片を振りまいてステンドグラスめいて崩壊してゆく。

 

再び現れた安アパートの中、ブラックスミスは一人立ちすくむ。第四の壁を越えた手段、シンヤへと誘惑を繰り返した理由、他の『私』という言葉、末期のハイク、そしてクレーシャの口にした『計画』の正体。僅かなヒントを残して、無数の問いもまた虚空へと溶けていく。

 

抱いた疑問は解けないままに終わった。だが、クレーシャの残した言葉は、まだ何も終わっていないと暗喩しているように思える。何が起きるのか、想像もつかず打つ手も見いだせない。それに、今は他にすべき事がある。クレーシャの爆発四散跡と幾多の謎に背を向け、ブラックスミスは静かに目を閉じた。

 

ここは自分のローカルコトダマ空間だ。強く想えるならば戦える、それが誰であろうとも。ブラックスミスは安アパートの一室に明確なイメージを描きだす。想像は血肉を伴い、遂には一つの人影を形作った。影は袖口を合わせてオジギをする。その拍子に、分銅鎖がジャラリと鳴った。

 

【クエンチッド・ソウル・バイ・タービュランス】#3終わり。#4へ続く


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