鉄火の銘   作:属物

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第五話【アンダードッグス・ノクターン】#3

【アンダードッグス・ノクターン】#3

 

 

「辞めます」「……なにを?」ドゲザは母親とのファックを強要され、それを記憶素子に収められるに等しい精神的苦痛をもたらすという。だがキミトには床に頭を擦り付けることに躊躇はなかった。それ以上の脳破壊を味わったばかりだからだ。

 

「カミヘイを辞めます」「…………ナンデ?」違法行為に縋るしかない現実を叩きつけられ、自暴自棄な欲望に身を任せようとし、安いペットのぬくもりに目が眩み、ラストチャンスを失った後悔を噛み締めている。めくるめくドンデン返しの連発はキミトの許容量を遥かに越えていた。

 

「ファックエンドサヨナラできません。違法行為できません。カミヘイ続けられません。カミヘイ辞めます。サヨナラします」「………………」だから全部投げ出すことにした。だからこうして頭を床に擦り付けている。ただし、その行いは少々軽率に過ぎたようだ。

 

カミヘイのメンバーはゆっくりと互いの顔を見、ゆっくりと水揚げマグロめいた顔をキミトへ向ける。「「「……………………ケンナ……」」「えっ?」無表情の群れがノウ・オーメンめいて転じた。「「「ザッッッケンナコラァァァーーーッッッ!!!」」」「アイェッ!?」ハンニャ・オーメンに転じた! 

 

「スッゾコラーッ!」「アッコラーッ!」「シャレジャマネッコラーッ!」「ナッコラーッ!」「テメッコラーッ!」「ワメッコラーッ!」「ナマッコラーッ!」「チャースイテッコラーッ!」「チェラッコラーッ!」「ソマシャッテコラーッ!」ヤクザスラングの大合唱だ! コワイ! 

 

「アィェェェッ!?」突然の恐怖に煽られて後ずさるキミト。だが無数の手が引き摺り込む! 「スッゾコラーッ!」「グワーッ!」「アッコラーッ!」「グワーッ!?」「コラーッ!」「グワーッ!!」スクラムめいてケリ・キックの嵐! フットボールの残虐なる起源を思い出さずにはいられない! 

 

……カミヘイの構成員とキミトにそう変わりはない。犯罪する勇気がない程度に善良で、周りの目に従う程度に慈悲がある。だから簡単に与えられた特別(チート)に酔っ払い、違法行為に耽溺する。そんな彼らがヨタモノに成り下がった現実に耐えられる筈もない。故に現実を否定する。現実を見せつけるキミトを否定する。

 

「お前の家族とお前のオンナとお前のペットとお前をヤってヤる!」「ファックエンドサヨナラエンドファック懲罰!」「惚れた相手の目の前で洗脳して前後して洗脳解いて前後してもっぺん洗脳して脳破壊だ!」なんたる下半身後部に極めて危険を感じる陵辱的発想か! 臀部が危い! 

 

「ヤメロー! ヤメロー!」泣き叫ぶキミトの顔が無数の腕に無理矢理固定される。その目の前に突きつけられた銅鏡が怪しくひかった。鏡面に映る青い目がキミトを見つめ、全ての感覚が失せ、サイバーボーイ以上の白痴的静寂に……「イヤーッ!」……ならない! 「アイェッ!?」SNAP! 分断された青い目が宙を舞う! 

 

ッターン! 更に本殿のショウジ戸が音を立てて開いた。ハーフサイズにカットされた銅鏡が逆光に滲む黒錆の影を映す。その影はブラックベルトを締めていた。黒錆色の装束を纏っていた。赤錆めいたメンポを着けていた。

 

つまりそれは、紛れもなく、間違いなく、正しく…………「「「ニンジャ! ニンジャナンデ!?」」」ニンジャであったのだ! 

 

「ドーモ、はじめまして。“ブラックスミス”です」合わせた掌を離して鼻を鳴らす。その目は見えないが蔑みと呆れを映しているに違いない。「モータルの後ろに隠れてもアイサツ一つできないのか? 名乗れよ、臆病者のシツレイ者」吐き捨てる言葉と語調がそう告げている。

 

アイサツにはアイサツを返さなければならない。古事記にもそう書かれている。だがそれはモータルのルールではない。「……ドーモ、“ファミリア”デス」故にルールに従いアイサツを返す御神体は、偶像でもモータルでもなく……ニンジャであったのだ! 

 

「死ネ! ブラックスミス=サン! 死ネ!」叫び声と共に幾つもの銅鏡が天井からぶら下がる! その全てに青い瞳が映っている! 「「「アババーッ!?」」」カミヘイたちはゼゲン・ジツ亜種に操られるままに喉を掻き切った! 「ヒサツ・ワザ! 自ラせぷくスルガイイ、バカ者ノ惰弱者ガ!」無事はブラックスミスの影になったキミト一人だけか!? 

 

否! 「ナニィーッ!?」ブラックスミスは無事である! その目は初めから黒錆色のロクシャク・ベルトで覆われている! そう、目隠しをしていれば目は見えない! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」SNAP! SNAP! SNAP! 更に銅鏡の群れにスリケンが次々と突き立ち分断! なんたる視覚を塞がれようとも標的一つ外さぬニンジャ四感の合わせ技か! 

 

「ヌゥーッ! 覚エテオレ!」トラディショナルな捨て台詞を残して脱出を図るファミリア。目隠しを投げ捨てたブラックスミスはそれを追うでもなく、懐から奇妙なクナイ・ダートを抜き放った。いや、その柄は短剣(ダート)ではなく長剣(ソード)のものだ。対して刀身は作業用ナイフめいて短い。

 

その短い刃に刻まれたルーンカタカナとエンシェントの銘が妖しく光る。「お前ごときにはモッタイナイ道具だが特別にお披露目してやる」ブラックスミスは握る手と逆の掌にゆっくりと突き立てた。「人様のセリフ……じゃないが、生で拝んで死にやがれ」突き立てた刃を腰だめに構えた姿はイアイドーのそれか。

 

「……ッ!?」地下通路を走るファミリアのニンジャ第六感と生存本能が大音量で警鐘を鳴らす。だがもう遅い。「斬ル(キル)……! 伐ル(キル)……! 切ル(キル)……!」弟に手渡したテッカイナに次ぐ、最新鋭の手製レリックは既にファミリアを射程に収めている。ニンジャの血を啜り、今『キル・ザ・クナイブレイド』が超自然の力を現す! 

 

 

KILL(キル) YOU(ユー)!!」

 

 

瞬間、キレた。

 

 

部屋が、建物が、空間が、大地が……そしてファミリアが! 真一文字に切れたのだ! そして苦無(クナイ)の名のとおりそこに苦痛の声はない。 「サヨナラ!」ただ断末魔だけが響いた。

 

これ自体がジツと呼んでも差し支えない、エピックに値する自作ニンジャレリック。それだけに支払うべき代償は高い。CLAP! CLAP! CLASH! 「ッッッ!」振り抜いたキル・ザ・クナイブレイドは瞬く間にひび割れ、亀裂は握る腕にまで走る。

 

「フゥゥゥ〜〜〜ッ!」血を噴く腕を抱えてブラックスミスは長く長く息を吐く。ただ一振りで一帯を真っ二つにしたレリックは、ただ一振りで塵へと返った。残ったのはオープントップに改装された社殿、殺戮を終えた黒錆色、そしてもう一人。

 

偶然か必然か、キミトは生き延びた。ただ一人の生き残りへ、殺人マグロめいた両目が向けられる。「アイェェェ……」キミトは空っぽの膀胱を更に搾った。尿が僅かに漏れた。黒錆の影がキミトへと近づく。そして……

 

「貴方を尊敬する。オタッシャデー」「え」傍らを通り過ぎる黒錆の手が肩を叩いた。驚愕のまま肩と影を二度見するキミト。二度目の視線を向ける頃にはもう黒錆の影も形もなかった。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

今日は良くはなかった。別に悪くもなかった。明日もきっと似たような日だろう。「ただいま〜」新職場で当たり前の過労働日を終え、疲れた身体を引きずり安アパートの扉を開ける。

 

「ワン! ワン!」返事してくれるのは、これまた当たり前の毛むくじゃら。尻尾をふりふり下手くそな二足歩行で愛犬イルカがお出迎えだ。

 

『おかえりなさい、キミト=サン』耳の奥に幻聴が響く。犬っころの吠え声だけではなく、あの涼やかな美声を聞きたい。だが聞けない。あの日からダイトクテンプルには行ったことがない。操ろうとしたのだ……それもファック狙いで。合わせる顔も無い。

 

けれど思い出すのは淡い菊花めいた美姿。そして自分にはけして見せてくれなかったあの笑顔だった。(((もしもあの日、キヨミ=サンにチートを使ってれば……)))何度も考える。何度でも後悔する。

 

だが同時に思う。(((もしそれをしたなら、あのニンジャは俺を生かしたか?)))喉をぱっくりと開けた故カミヘイたち。土地ごと真っ二つの廃ジンジャ・テンプル。おそらくは一緒に両断された御神体ニンジャ。

 

ぬくもりに目が眩んでチャンスをふいにした。チャンスをふいにしたから生き延びた。フォーチュンロープに引かれるサイオーホース。死んでも望みが叶う方がマシか、望みが叶わぬとも死なない方がマシか。

 

キミトにはわからない。わかるのは一つだけ。もうチャンスは来ない。チートは捨てたのだ。捨ててしまった。そして命を拾った。自分と愛犬、二つの命を。

 

「お前のせいなんだぞ」「ワン?」責任を押し付けた愛犬は首を傾げるばかり。「お前のせいなんだからな」「ワン!」抱きしめると加速した尻尾がパタパタ当たる。

 

どれほど『もしも』を願おうと、あるものしかない。だから今はただ、選んだこの温もりを味わっていよう。「ワン! ワン! ワン!」「臭いぞお前」ドッグフード臭い舌に舐め回されながら、キミトは静かに目を閉じた。

 

 

【アンダードッグス・ノクターン】終わり。


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