鉄火の銘   作:属物

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副題「〜マケグミの僕がカミサマに願ったらチートを貰って雌犬を飼うことになりました〜」


第五話【アンダードッグス・ノクターン】#1

【アンダードッグス・ノクターン】#1

 

 

オジギが2回

手を叩いて2回

オジギをもう1回

 

モージョーめいた作法を終えて、“キミト”はなけなしのトークンを放る。投げたトークン2枚は放物線を描いて洗濯板めいた格子をすり抜けた。CLINK! CLINK! 昼過ぎの寂れたジンジャ・カテドラルに甲高い音が響いた。手のひらを合わせてキミトは希う。5円に10円。ご縁が十分ありますように。

 

放電ネオンめいて暗黒日常生活と眩しい美顔が脳裏に明滅する。『マケグミ! それ捨てとけよ!』『いつもこの時間に通られるんですね』『お客様の前に出てこないでください。ビルの評判が下がります』『毎日お掃除ごありがとうございます』『オベンキョしないとあんな風になりますよ?』『道を綺麗にするのは私も好きです。大事なお仕事ですね』

 

(((“キヨミ”=サン……!)))久方ぶりの休日を潰してまでご縁を願うのは、愛しく恋しいパステルの仏花。早朝にダイトク・テンプルの門前を掃く姿が脳裏に浮かぶ。不意に花咲く笑顔が、十連夜勤に疲れた脳を違法オハギめいて蕩けさせる。バリキよりもタノシイよりも遥かにいい。

 

だがキミトはマケグミである。マケグミに使えるカネはなく、叶う恋もなく、手に入るチャンスもない。嫌というほど知っている。だから寂れたジンジャ・カテドラルで必死に神頼むのだ。ブッダ、オーディン、あの男、なんでもいいから叶えてくれ。

 

『賽銭トハ感心ダ。クレテヤル』「え?」必死の祈りと絞り出した賽銭に『何か』が応えた。CLINK! オサイセン・ボックスの上にトークンめいた何かが落ちる。いやトークンにしては大きい。手のひら大はある円盤だ。歴史の教科書で見た覚えがある。

 

「銅鏡?」『他人ニ翳セ。命ジレバ好キニデキル』「これを? 好きにって? それに貴方は一体?」『フッフッフッ……』意味深な笑い声は答えることなく去っていった。残ったのは何も変わらぬ寂れたジンジャと、何もわからぬ奇妙な銅鏡だけだ。「なんだコレ」キミトはお試しにと覗き込む。

 

……目が有った。自分のモノとはまるで違う。カタログで見たミハル・オプティ社の最新鋭美容サイバネめいた碧眼。ゾッとするほど蒼い目が鏡の中から覗いている。

 

「なんだコレ……」奇っ怪な感覚に思わず目を逸らす。視界の端で病んだ夕日がビルの影に消えていく。「え」今は昼過ぎだった筈。なのに夕方? ナンデ? 目の前の光景は認め難いが、丸太めいて疲れ切った足は数時間の経過を告げている。

 

「なんだコレ……!?」ごた混ぜになった恐怖と不安と興奮が満ちていく。この銅鏡がこのタイムスキップめいたフシギを引き起こした。それは確かだ。そしてその間、自分は銅像めいて停止していた。ならばコレを他人に翳せば同じことが起きる筈だ。

 

それだけではない。声は『命じれば好きにできる』って言っていた。停止中に命令すれば何が起きるか。恐らくは受けた命令の通りに従うのだろう。かざして命令すればカチグミでも美女でもヨタモノでも従う。それもマケグミの自分に従うのだ。

 

「なら、キヨミ=サンも……」背徳感と罪悪感に背筋が震える。実際非合法で邪悪な脱法行為に違いない。だが法と倫理を無視すれば叶わぬ恋に手が届く。ラブメンテナンス重点どころかラブ&ボディをオーバーホールできてしまう! 

 

「ヤバイヤバイヤバイヤバイよ!」血走った目のキミトは銅鏡を懐に捩じ込んだ。その様は分厚い財布を拾ったマケグミそのもの。周囲全てが懐を狙うヨタモノに見えて来る。チーズを咥えたバイオドブネズミめいた早足でジンジャ・カテドラルを後にする。

 

その背中に嘲るような嗤うような視線が突き刺さる。だがキミトは気づきもしない。祭神がいる筈の本殿から、『何か』がじっと見てたことに気づかない。それは真っ青な、人ならざる碧眼で見つめていた。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

(((オーガニックの目を狙う、効果は一度に一人、使用出来るのは3回以内)))受けた説明を反芻しながらキミトは手中の銅鏡を握りしめる。ガチガチに固まったキミトの様を『カミヘイ』の先輩が笑った。「緊張してんなぁ。ダイジョブ、ダイジョブ! ヤれはデキるって!」

 

すがるように先輩へキミトが視線を向ける。彼が羽織っているのはAAHMR+++の重層レインコート、それと合成繊維の作業員ジャンプスーツとわかりやすく安物だ。顔には外仕事で浴びた重金属酸性雨の痕がアバタめいて散らばる。自分と同じマケグミの典型的な姿だ。

 

「アアン……アタシ、体温、何度……?」だがマケグミの肩に枝垂れかかる美女は典型的とは言い難い。カチグミワナビーが低層労働者相手に頬を擦り寄せる光景はオーガニック絶滅危惧種より希少だ。キミトに見せつけるように二人は口づける。

 

「羨ましいか? ならうまくヤれよ!」瞳孔が開いたカチグミワナビーと睦み合う先輩の手にはキミトと同じ銅鏡が握られている。先輩は『カミヘイ』の一人だ。そして今はキミトもその一人だ。

 

……いったいどうやって知ったのか。キミトが銅鏡を手に入れた翌日にはカミヘイを名乗る集団から誘いがあった。曰く『カミサマ』から特別な力(チート)を授かった者たちだと言う。誘われるままにカミヘイに加わったキミトは、こうして悪行のOJT(オンザジョブトレーニング)を受けていた。

 

標的は変色したガードレールに腰掛けるゲイシャパンクス。銅鏡で洗脳してアジトに連れて帰れば研修完了だ。(((ホントにヤルのか!? ヤっちゃってイイのか!? ヤっちゃうのか!?)))緊張と興奮で呼吸が荒ぶる。血走った目で背後から近づく姿はまるで変質者だ。実際催眠して誘拐して前後する狙いなのだから正しく変質者と言えよう。

 

(((ええぃ! ヤっちゃえ!)))「あ「待った!?」「うん、待った!」迷いに迷った声が喉から飛び出すより早く、ゲイシャパンクスの待ち人が飛び出した。ノースリーブ改造灰色スーツのマッチョなサラリパンクス。腕はキミトより格段に太い。ケンカも格段に強いだろう。

 

「ウッ」「それでさ……」「だからね……」思わず怯むキミトを尻目に、二人は連れ添って歩き去った。もう鏡を見せるチャンスはない。キミトは悄然の顔で見送るだけだ。

 

「ハハハ! まぁ最初はこんなもんだよ」「ハイ」「来週もツき合ってやるから気をオトすなよ」「ハイ」「じゃ、俺はちょっとシテくるから後は適当にヤッとけよ」「ハイ、オタッシャデー」ヒラヒラと手を振って先輩は洗脳カチグミワナビーと雑踏に消える。その背中も悄然の顔で見送る。

 

「はぁ〜」長いため息が溢れ出た。ブッダデーモンが彫られた銅鏡裏を眺める。特別(チカラ)を得た筈だ。何でも思い通りの筈だ。なのに何でか上手くいかない。そもそも何で研修しなきゃならんのだ。カミヘイの先輩も気に食わない。初めから最強で自分一人だけがいい思いするからズル(チート)なんだろ。

 

「ブッダム、ブッダミット、ブッダ」「ワン!」ブツブツと垂れ流される文句が止まった。音源を辿れば小汚い野良犬が一匹、物欲しそうにキミトを見ている。バイオ皮膚病か、重金属酸性雨焼けか。剥げた毛皮が痛々しい。傷だらけでわかりにくいが多分シバイヌだろう。

 

「餌はないぞ」「ワン!」キミトは手を振って追い払おうとするが、犬は千切れた尻尾をふりふり寄ってくる。ネオサイタマ育ちの野犬にしては無警戒過ぎやしないか。明日にはヨタモノに犬鍋にされてそうだ。或いはヨロシサンの都市浄化チームに捕まって実験動物か。

 

だったら自分が使ってやったっていいだろう。「ほれ」「ワ……ン」不用心に近寄った犬の眼前にキミトは銅鏡をかざす。途端に犬の顔が力を失った。試しておいて何だが犬でも効くんだな。益体もない感想が浮かぶ。それで、どうしようか。

 

「……お手」「ワ……ン」「おかわり」「ワン」「お座り」「ワン!」「待て」「ワン!!」「三回まわってワンと言え」「ワンワン!!」「チンチ……なんだメスか」「ワンワンワン!!」

 

思いの外、素直に命令は通った。命令を理解できる辺り、ちゃんと躾けられた上流の飼い犬だったのだろう。キミトは想像する。きっとマケグミの自分よりオーガニックな飯を食って、我が家の万年床より清潔なベッドで寝ていたに違いない。

 

そう、マケグミはカチグミのペットより実際安いのだ。「ブッダム」「ワン?」キミトの顔が歪む。だがそんなカチグミの飼い犬は、「元」の字を頭に付けて、不衛生な重金属酸性雨を存分に浴びている。首輪をしてない辺り、逃げ出したのではなく捨てられたか。

 

「そう変わらない、か」一時は持て囃されても、カワイイが薄れればダシガラめいて棄てられる。一瞬でも自分の日がある方か。それとも栄光との落差がない方か。どっちがマシか。どっちもクソだ。

 

「お前もマケグミなんだな」「ワン!」無責任な同情心とちっぽけなやさしみがキミトの手を伸ばした。

 

「なぁ、ウチ来るか?」「ワン!」「飯は不味いぞ?」「ワン!」「寝床は臭いぞ?」「ワン!」「それでもいいか?」「ワンワンワン!」

 

顔を撫でられて楽しげに半分取れた耳をパタつかせる。理解してるのかしてないのか。自分のエゴだ。どちらでもいい。「なら行くか」「ワン!!」予備の使い捨てレインコートを被せると、一人と一匹は自宅に向けて歩き出した。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

買ったばかりのワイシャツはゴワゴワと肌に馴染まず、奮発した流行りのチノパンはサイズを間違えたのかギッチギチ。それでも普段のバイオ汚物に染まった作業着よりは百倍マシの筈だ。

 

「ワン! ワン! ワン!」「マテ! マテだぞ!」先へ先へと行こうとする元野良の同居犬……“イルカ”を引き止めつつ、キミトはガードレールの鏡で身だしなみを整える。

 

「ヨシ! ヨシだ!」「ワン!」息も整え覚悟も決めてダイトクテンプルの角を曲がった。「あら、キミト=サン。ドーモ、オハヨございます。今日も早いですね」パステルカラーの菊がふんわりと花開いた。

 

「あ、ど、ドーモ、キヨミ=サン。本日もお日柄がよく」「あらあら、冗談がお上手ですね」空は重苦しい曇天に覆われて、今日も今日とてネオサイマタは重金属酸性雨模様だ。お日柄が良かったのはいつの話か。

 

「ワン!」「あらあらあら?」「おい! 待て! 待てって言ってるだろ!」ヘタレな飼い主の躊躇なぞ飼い犬が知る由もなし。イルカは嬉しげに吠えて短い尻尾をふりふりキヨミへ駆け寄っていく。

 

「カワイイワンちゃんですね」「へへへ、スミマセン。イルカって言います。最近飼い始めまして」二本足ウィリーで進もうとするイルカを引き留めつつ、下手くそな愛想笑いを浮かべるキミト。幸いキヨミは犬嫌いではないようだ。

 

「カワイイ、カワイイ」「ワン! ワン! ワン!」わしゃわしゃと耳後ろや顎下を撫で回すキヨミ。返礼にイルカは胸に手を掛けて顔を舐め回す。顔中が涎にまみれ、ふんわりと豊満が歪む。キミトの目は血走っている。そこを代われ、今すぐ代われ。俺にもやらせろ。俺にヤらせろ。

 

……それはできる。無意識にポケットへ突っ込んだ指が冷たい金属円盤に触れる。この銅鏡(チート)を使えば今すぐにできる。イルカがやってる畜生なヘンタイ・プレイだって思いのままだ。ヤろうと思えばいつだってヤレる。そう、今すぐにでも。

 

(((……なら今でなくてもいいだろ)))ゆっくりとポケットから手を引き抜く。いつでもずる(チート)は出来る。だから今しか出来ないことをするのだ。

 

「ス、スミマセン。ウチのイルカが迷惑をかけまして」「いえいえ、ダイジョブです。私も犬が好きなんです」今しか出来ないこと、すなわちテヌギーで顔を拭うキヨミの美姿をとっくり眺めるキミト。初めて見る姿もいい。とてもイイ。はるかにイイ。

 

「ワン!」キミトを見上げて尾っぽをフリフリ。イルカのおかげでしょ! とでも言いたいのだろうか。概ね事実である。「……今日はカリカリじゃなくてデジプロティンの缶詰を開けてやる」「ワンワン!」因みにキミトのパックスシ一食分より高い。御馳走の予感に尻尾の往復が加速する。

 

不意にキヨミが振り返った。「あらあらあらあら、もうこんな時間。ゴメンナサイ、そろそろ行かなくちゃ」「いえいえ、オジャマしました」どうやら時間切れのようだ。もっととジャレたいとねだるイルカを押し留め、キミトは頭を下げる。

 

もっと話していたいが仕方ない。それに銅鏡を使えばいつでも永遠にできるのだ。だから今はしなくてもいい。キヨミに近づけた幸福感と、敢えて銅鏡を使わない全能感。「ワン! ワン!」悦楽に浸りながらキミトはイルカを連れ歩く。

 

今日は最高だった。明日はもっと良い日だろう。

 

 

【アンダードッグス・ノクターン】#1終わり。#2に続く。

 




執筆が遅れましたが恥ずかしながら帰って参りました

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