【モス・ベイル・トゥ・ネオン】#3
WHIIIZ!! 風防の風切り音とモーターの回転音が無数に重なる。悲鳴めいた音響に包まれながら夕闇のハイウェイを残光が駆け抜ける。それはネオンに光るゴーストライダーの軍団だ。
『ネオンサイタマ』……かつては敬意と憧憬をもってそう呼ばれていた。今は狂気と恐怖をもってそう名乗っている。そして彼らを率いるリーダーはまさしく狂気と恐怖の具現であった。いや、リーダーの狂気と恐怖がネオンの輝きめいてネオンサイタマを染め上げたのだ。
狂った目の狂った男に連れられて狂った集団が狂ったようにバイクを走らせる。その行く先も狂気に彩られていることだろう。
事実、その目的は敵対企業墳墓への強襲なのだ。リターン皆無、リスク極大のカチコミ行為。得られるモノは怒髪天を突く愛社戦士の憎悪だけである。狂気以外の何物でもない。
だがリーダーはそれを命じた。逆らう者はいない。皆死んだ。故にスポンサー企業の意向に従い、ネオンサイタマは敵対企業墳墓への強襲へと湾岸道路をひた走る。『10Q社葬場前JC』看板がドブ色の水平線上を流れ去った。次のジャンクションを越えれば目的地までは後少し。
突然、暴走が止まった。
長城めいた不可視の圧力がブレーキを引かせたのだ。圧力の出所は巨獣めいた軍用モーターサイクル。その乗り手からだった。呼応したように同質の圧力がリーダーからあふれ出す。
みしり。超常の存在感で空間が歪む幻聴が響く。人外の圧をぶつけ合い、二人のライダーが対峙する。余波を浴びたネオサイタマメンバー複数人がしめやかに失禁した。
雄弁なる無音の中、先に動いたのは軍用重二輪のライダーだ。軍用らしく無骨で分厚いヘルメットを脱ぐ。その下には無字のメンポが、そしてニンジャ頭巾があった。つまり彼は……!
「ドーモ、ネオンサイタマの皆さん。はじめまして。”インディペンデント”です」
そう、ニンジャである! インディペンデントのオジギに対し、リーダーは無言で両の拳を打ち合わせ返礼する。アイサツをされれば返さねばならぬ。古事記にも書かれている。ただし、それはニンジャならばの話だ。つまり彼も……!
「ドーモ、インディペンデント=サン。ネオンサイタマの”ノクターナル”です。10Q社の企業ニンジャが首を届けにきたか」
そう、ニンジャである! ネオンサイタマリーダーは大事故を経てニンジャとなっていたのだ! 「「「アィェェェ……!」」」目を逸らし続けていた真実を目の当たりにして、ネオンサイタマメンバー複数人が
「僕は企業ニンジャじゃない。タノシイ夢物語はそろそろエンディングだ。スポンサーの食い物にされるぞ?」インディペンデントからリーダーへとA4の冊子が投げ渡される。表紙にはこうあった。『ネオンサイタマリフレッシュ企画(仮)』吹き付ける海風にページが流れる。
『完全な企業広告集団……より従順なリーダーへ交換し……生殺人事与奪の確保……』リーダーはニンジャ動体視力でその内容を読みとった。反社会広告活動を指示していたスポンサー企業は約束を守るつもりなどなかった。『コウモリの国』に必要なカネと土地は夢と消えたのだ。
だが、細字のネオンメンポから覗くリーダーの表情に変化はない。「ご存じだった?」「予想はできた」「なら夢物語をやめたら?」「やめない」「一人で『コウモリの国』は作れるの?」「作る」そりゃあご立派と肩を竦めるインディペンデント。
「一人で国は作れても、一人じゃ国にはならないだろ? 国民予定のメンバーから、貴重なご意見のお伺いを勧めるね」インディペンデントが指差す方へとゆっくりと振り向く。メンバーの中から進み出てくるのはリン・マーガレットだった。
「リーダー、アリガト。でも、もういいんだよ」リーダーに沢山新しい世界を見せてもらった。夢を見せてもらった。ネオンをまとい、ネオンになって、ネオンを走った。排斥と差別ばかりの人生でネオンサインめいて鮮やかに輝いた時間。「今があるのはリーダーのおかげ。本当にありがとう。これで終わりにしよう。新しいものを見に行こうよ」
「……終わりには、できない」メンポから漏れるその声は震えていた。仄見える目も揺れていた。脳裏に浮かぶのはカラテ殺したネオンサイタマメンバーのデスマスク。自分に逆らった。それだけなら許せた。夢に逆らった。殺すしかなかった。なのに夢を止めていいはずがない。
「俺は逝く。最期まで行く。今のまま、終わりたい奴だけ付いてこい」かつて口にした台詞と似て非なる言葉。メンポ越しの目を見てリンはようやく理解した。もうリーダーは止まれないのだと。「リーダー……サヨナラ……!」涙のように微笑みが零れた。微笑みのような涙が溢れた。
「リン、みんな、サヨナラ……サヨナラ! イヤーッ!」リンとメンバーを後に残し、ツカハラめいた跳躍で電動二輪に飛び乗る。そこにもうネオンサイタマのリーダーはいない。そこにいるのはネオンめいたニンジャ装束をまとう、ノクターナルであった!
過電流の火花を散らし、ノクターナルが駆る
電光をまとい、白煙をたなびかせ、二頭の鉄騎がハイウェイを駆け抜ける!
────
ZOOOM! 燐光めいた雷光を瞬かせながら
ノクターナルの狙いは10Q社屋。元より標的、奪うべきカネと証券の在処は調査済みである。企業中枢に強襲をかけて財貨を奪い、それを元手に夢をもう一度走らせる。
計画というにはあまりに杜撰な、マケグミの夢想めいた夢物語だ。それでよかった。夢以外の全ては置き去りにしてきた。あとは夢に向かって突っ走り、夢を見たまま一夜の夢となるだけだ。
だがインディペンデントはそれを許さぬ。デント・カラテで捕らえて、リン・マーガレットの前に連れて行く。それが約束だ。カッコつけた死に様などくれてやるものか。ブザマな生き恥を晒すがいい。
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」小手調べに機体に直立したインディペンデントから紅の流星群めいたスリケンが次々に放たれる! カトンを帯びた超常の四錐星は容易くエレキバイクをできたてホヤホヤのスクラップに変えるだろう。
WHIZZ! 「イヤーッ!」WHIZZ! 「イヤーッ!」WHIZZ! 「イヤーッ!」WHIZZ! だがそれは直撃すればの話だ! 鋭角を繰り返しながらネオンの二輪はスリケンを避ける! 避ける! 避ける! 被弾なし!
なんたるニンジャバランス感覚とニンジャ器用さの両立による反重力UFOめいたバイク操縦か! だが如何に卓越したバイクテクニックと言えども速度低下は免れない。接近されれば至近のカラテに長けるインディペンデントの圧倒的有利だ。
だがこのリスキーな一撃離脱こそが最適解。インディペンデントが駆る
このままならば『負けを待っての犬死』のコトワザどおりに
「イヤーッ!」インディペンデントが『危い』ボタンを力強く押し込む! KABOOM! 亜酸化窒素が吹き込まれたピストンが爆発的上下運動を開始! 「イヤーッ!」インディペンデントが『更に危い』ボタンを力強く押し込む! KABOOM! 羽めいてヘンケイした外装がニトログリセリンを噴霧点火!
KARA−TOOM! 爆音ともにダブルニトロ推進の鉄馬が電気二輪を置き去りに加速する!
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」インディペンデントから火山爆発めいたスリケン速射が襲いかかる! ノクターナルは恐るべき操車で襲い来るスリケンを避ける! WHIZZ! 「イヤーッ!」避ける! WHIZZ! 「イヤーッ!」避け切れぬ! WHIZZ! 「イ「イヤーッ!」グワーッ!」被弾!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」紅蓮のスリケン群に打ち抜かれノクターナルが赤く染まった。意図的に急所を外されてはいるが
それで夢物語が終わる。終わり。一巻の終わり。
否、終わらせない。死ぬまで。死んでも!
「イィィィヤァァァッッッ!!」噴き出す血にアークの稲妻が走った! 電孤の鎖がノクターナルと夜行蝶を繋げる。SCREEEEEECH! 瞬間、過聴音域の悲鳴を上げて夜行蝶が異常加速した! 過剰電圧に機械寿命をすり減らし、夜行蝶はカタログスペックを凌駕した速度をひねり出す!
二輪の稲妻と化した
「イヤーッ!」ZZZTTT! 「グワーッ!」「イヤーッ!」ZZZTTT! 「グワーッ!」「イヤーッ!」ZZZTTT! 「グワーッ!」「イヤーッ!」ZZZTTT! 「グワーッ!」このままでは
ならばさらなる速度をもってノクターナルを再びお祭り屋台のスリケン的にすべし! 「イヤーッ!」直立したインディペンデントがハンドルをニンジャ脚力で無理矢理押し込む。BAM! 装甲も、シートも、ダブルニトロ機構までもが爆発ボルトで吹き飛んだ。
後に残ったのは二輪車というより、車輪とハンドルをポン付けした黒錆色の葉巻形。インディペンデントは鉄の筒にまたがりカトンジツの具足を纏う。ノーズコーンを突き出した円筒へ紅蓮を注ぎ込みタービンを回す!
「イヤーッ!」KARA−VROOOM!! 圧縮空気をカトンで燃やし、紅蓮の火の玉と化した
「イヤーッ!」ZZZAAAPPP!! 生命をすり減らし、ネオンの稲妻と化した
ハイウェイを二色の流星が絶叫し、加速し、交差し、衝突し、飛翔し、炸裂する!
「「イィィィヤァァァッッッ!!!」」
そして双方の二輪から、二色の影が飛翔し、絶叫し、交差し、衝突し、カラテする!
交錯は一瞬、決着も一瞬。コンクリートに降り立ったのは……インディペンデントである! 「アバッ」そして地に倒れ伏したのがノクターナルであった。これで夢は終わり。「ア……バ……」そして命も終わろうとしていた。
……ノクターナルはデッドヒートの最中、カデン・ジツを注ぎ続けた。故に血中カラテは消費し尽されており、最後のカラテ衝突は致命的となった。それを理解していたインディペンデントは捕縛のカラテを振るった。だがノクターナルは拒否のカラテで応じた。それが死をもたらすと知っていながら。
「そんなに死にたかったのかい」割れ砕けたネオン電球が火花を散らして明滅する。最早助かりようはない。「夢と、共に、逝く、つもり、だった」だから約束は守れない。表情を歪め、インディペンデントは拳を引き絞る。
「……待ってくれる人がいてもか」「託、して、置い、て……きた。もう……戻ら、ない……もど……れ……ない」脳裏に浮かぶのはリンの涙、そして微笑み。「ハイクは?」返答の代わりに砕けたバイクの破片を指し示す。『ネオンサイタマ』のロゴ。ネオンサイン。
「イヤーッ!」「サヨナラ!」
爆発四散の光が墨より黒い海面に照り返す。応えるようにバイオ夜光虫がざわめき、夜の底が青白く輝いた。それは十を数えるより早く消え、後にはただ闇夜だけが残っていた。
【鉄火の銘】
【鉄火の銘】
WHIRRR……! 滑らかすぎて微かなモーター音が狭い屋台に広がる。蓄光ダルマ、夜光フクスケ、そしてネオンサインに彩られ、テキ屋に夜景を閉じ込めたようだ。「ハイ、おしまい」「ワー! スゴーイ!」そして客である女子高生の肩にもまた夜景が閉じ込めてある。
遅咲きのネオンタトゥーイストであるリン・マーガレットの人気は上々だ。彼女が描くモチーフはレトロみがあってクールと評判を呼んでいる。ちょっと前までは古臭いと嗤われていたのにひどい違いだ。「アリガトゴザイマス!」「ハイ、アリガト」苦笑を浮かべながらリンは客を見送る。
客がめくったノーレンから夕日が覗いた。落日より眩しいネオンサインが徐々に街を満たしていく。そしてネオンを纏った若者たちが夜に繰り出していく。水着と見間違う夜光ハッピや蓄光浴衣で最新モードのネオンタトゥーを見せびらかしてる。
ネオンズ。もしもネオンサイタマが今に居たら、彼ら同様にそう呼ばれていただろう。そしてリーダーに率いられて最先端を突っ走っていたに違いない。リンの苦笑に切ないほろ苦さが混じる。もしもの話だ。ネオンサイタマは解散した。リーダーは死んだ。
あの日、ドゲザしたインディペンデント、つまりセイジからそう告げられた。約束は守ってもらえなかった。なのに何故か怒りはなかった。代わりに冬めいた寂しさがあった。理由もわからない涙と微笑みと共に流れていた。
今ならわかる。リーダーはネオンに溶けて消えたのだ。ネオサイタマをコウモリの国に、せめてコウモリの居れる国にするために。ネオサイタマの血流であるネオンの流れと一つになったのだ。
無論、妄想だ。事実には程遠い。けれども信じる。リーダーは無意味に死んだのではない。この街を変えるために死んだのだ。それが自分にとっての真実だ。
それを信じて生きてきた。生きている。生きていく。胸を張って生きていく。ハーフガイジンとして、コウモリとして。
気づけば日は落ち切って、月光が力強く微笑むリンを優しく照らす。
インヤンの月が摩天楼に触れた。時刻は暮れ六つ。電飾に輝くメガロシティにとっては夜明けに等しい時間だ。
夜の街はネオンに満ちて星空のよう。誰もがネオンを浴びてネオンと共に流れている。鳥も、獣も、日本人も、ガイジンも、コウモリも、ハーフも。誰もが居て、誰もが生きてる。
ここはネオサイタマ、ケオスの地だ。
【モス・ベイル・トゥ・ネオン】終わり