鉄火の銘   作:属物

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第四話【モス・ベイル・トゥ・ネオン】#1

【モス・ベイル・トゥ・ネオン】#1

 

ドクロの月が天頂に触れた。

 

時刻は深夜数分前。眠らない都市ネオサイタマにとっては真昼に等しい時間帯だ。ハイウェイの入り口に特徴のない黒バイクが一台、二台、三台。どんどん増えていく。

 

地味で無個性なモーターサイクルの群は、まるでネオサイタマを抉る透かし彫りだ。灰色の原色に満ちたこの街では、数が集まれば空隙の闇めいてことさらに目立つ。

 

だから誰かしらは気づいたかもしれない。アイドリングするエンジン音が録音であることに。絡みつくケーブルが車体に描く紋様に。

 

日が変わるまであと数十秒。統一的なまでに抑制的なバイカー達がカウントを始める。行軍前の兵士めいて時計を合わせ、リズムを同期させていく。

 

残り10、9、8、7、6……

 

それはスターターピストル直前の陸上選手めいた撓められた緊張感。弾け飛ぶ瞬間を待ちわびて引き絞られた弓に似る。

 

……5、4、3、2、1。日が変わる。

 

 

瞬間、反転

 

 

透かし彫りから浮き彫りに、爆音から無音に、空隙の闇から満ちたるネオンに。全てがひっくり返った。電動モーターバイクの群が蛍光色の輪郭を得る。ヒィィィィン……ネオンサインを纏い、無音の暴走が始まった。

 

雷神紋、ダルマ、アゲハチョウ、マネキネコ、フクスケ、福禄寿、ホタル。モーターバイクを無数のモチーフネオンが彩る。それを駆るライダースーツは光の骨格めいたインプラントを内包し、漏れ見える肌にもネオンタトゥーが企業ロゴを描く。

 

ハイウェイを駆ける姿は生きるネオン流体そのもの。「ワォ! マジか!」「ウォ! マジだ!」併走する若者達は蛍光色に輝く姿に目を輝かせる。キィィィンッ! 歓声をも置き去りにしてネオン光の魚群は高速道路を泳ぎゆく。

 

後の世ならば「ネオンズ」の名で呼ばれるだろう電飾暴走集団……『ネオンサイタマ』は今、ネオサイタマの若者間で最も涼しく熱いイルミネーション・バイカークランだ。

 

────

 

フィィィィン……電気モーターが浮遊音めいた口笛を鳴らし、耳元を吹き抜ける風切り音が伴奏を響かせる。夜景、街灯、ネオン、イルミネーション。無数の電灯が光の線となって流れ去っていく。きっと走り去る自分たちも同じように見えているのだろう。

 

虹めいた流星群がいつか見た古いSF映画のワープシーンと重なる。まるでくだらない現実を離れ、ネオンの純粋な輝きに満ちた別次元にいるようだ。今、自分はネオンの流体となって都市の脈動を感じている。ああ、この瞬間が永遠ならいいのに……

 

……当然だが永遠などない。夢物語はあっさり覚めてファッキンな現実がやってくる。「朝……かぁ……」”リン・マーガレット”がベッドから這いずりだした。寝不足で頭も重いし、これから登校で気分も重い。それでも学校に行かないわけにはいかない。

 

母親が用意したアンコトーストを脱脂豆乳で流し込む。アンコも嫌いだし豆乳も嫌いだ。日本人は何故そんなに豆が好きなのか。それよりバターと牛乳にすべきだ。そっちの方が断然旨い。文句を朝食と一緒に無理矢理ねじ込む。

 

顔を洗いつつアイロンで爆発四散した赤髪を整える。青みのかかった目は充血で蜘蛛の巣が張り、色素の無い肌はニキビにまみれている。鏡に映るのは日本人離れしたバタ臭い、でもコーカソイドと言うには薄っぺらい顔。ハーフ・ガイジン。日本人でもガイジンでもない、中途半端などっちつかずの顔だ。

 

鏡に映る中途半端な顔を睨みつけ、その向こうの母に恨みを込める。ナンデこの国に来た? ナンデこの国で産んだ? 鏡は答えず、にらみ返すだけ。いつもの二分間憎悪を終えたリンは登校という名の苦行に移る。

 

「オハヨ、マーガリンちゃん!」「今日もバタ臭いわねぇ」「……」コミュニケーション気取りの揶揄に殺意を込めた視線で返し、タトゥーイスト資格テキストに視線を沈める。

 

赤い髪、白い肌、青い目。電子戦争前ならいざ知らず、今のネオサイタマなら地味とすら言えるだろう外観だ。だが人間は違いを探したがるもの。そして違いを排したがるものだ。周囲は異なる出自を持つ彼女(ハーフガイジン)を積極的にあげつらう。

 

……電子戦争と磁気嵐で取り残された在日外国人の多くは、帰国をあきらめ鎖国日本に根を下ろした。そうして異境で生まれた二世達の多くは根無し草の浮き草ばかり。故郷を知らず日本に馴染めず、ハーフガイジンの拠り所はどこにもない。あるのは差別と排斥ばかりだ。

 

いにしえの詩人は言った。『人は蝶、蝶は人、夜の夢が本物』だから彼女は今日もノートにネオンの刺青を描き、ネオンの暴走を夢に見る。電飾の夢だけがリン・マーガレットの居場所なのだ。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

リン・マーガレットはネオサイタマの今をときめく『ネオンサイタマ』のメンバーだ。彼女がそれを誰かに告げることはない。だがそれは常に心の真ん中に鎮座している。繰り返される差別と侮蔑の中で、彼女にまっすぐ歩き続けるガッツを与えてくれているのだ。

 

しかし、それが常にすばらしい結果を与えてくれるとは限らない。例えば、昼なお薄暗い路地裏へ踏みいる無謀さを彼女に与えてしまうことだってある。

 

「ヤメテ……ヤメテ……!」「君は溶かしたマーガリンだ、エヒヒヒ。切って塗って炙ったトーストを前後するんだよ、オハハハ」そして女と肉に飢えたヨタモノにその両方を一緒に得る機会を与えてしまうことだってある。

 

FRIZZLE……! 改造バーナーに炙られて、赤毛のくせっ毛が音を立てて丸まる。

STROKE……! 改造チェンソーが冷え切った刃でメラニンの少ない肌を撫でさする。

「アイェェェ……!」「イヘヘヘ」ハーフサイズにカットされたロースト・ガイジンができあがるまであと少しだ。

 

気高く名高き『ネオンサイタマ』の一員としては余りに相応しくない死に方だろう。しかし排斥されたハーフガイジンの一人としては余りにありふれた死に様だ。そしてデス・オムカエはどちらとして終わらせるか迷った挙げ句……結局連れていかないことにしたらしい。

 

「アバーッ!?」「えっ」BANG! ハーフサイズにカットされたロースト・ヨタモノが宙を舞った。何をしたのか彼女にはまるで判らない。紅蓮の風が吹いた次の瞬間には、真っ二つのヨタモノが燃え上がりながら吹き飛んでいたのだ。

 

「ドーモ、はじめまして。ここはアブナイよ」「あ……ド、ドーモ」そしてヨタモノの代わりに彼女の肩を抱いているのは、一目で判るほどにカチグミな男だった。こんがりと太陽灯でローストされた肌に、バリバリにカットされた両腕の筋肉。金と健康の臭いが漂ってくるようだ。

 

「心配しないで。安全な場所まで案内して上げよう」「……助けてくれてありがとうございます。サヨナラ」そしてリンはその臭いが大嫌いだ。ハーフガイジンに生涯手に入らないものを、当然と享受する上級国民を好きになるはずもない。肩に回す手をどけるとそのまま足早に立ち去る。去ろうとする。

 

「女ぁ!」「肉ぅ!」向こう側から新たなヨタモノが出て来てそれは不可能になった。後方のカチグミ、前方のヨタモノ。前者の方が幾らかマシだ。顔を歪めて振り返る。「アブナイっていったろう? こういうことさ」「……」今度は腰に回される手。幾らかマシだと思いたい。

 

「こういう淀んだ場所は君に似合わない、よっと!」「…………っ!?」抱き上げられると同時に風景が霞んだ。「ほら、風が吹き抜ける所なら、なおのこと君はステキだ」「!!?」ネオサイタマの曇天がリンの視界一杯に広がっている。

 

「女ぁ!?」「肉ぅ!?」遙か下で獲物を見失ったヨタモノが首を傾げている。リンもやっとわかった。ここはビルの上だ。だが、人一人を抱えて一瞬で? 軍用サイバネでもしているのか。だとしても生身にしか見えない外観でその出力を出せるのか。

 

「ここの三階からつながる空中回廊に、人気のクレープ屋台があるんだ。奢るよ?」確かなのはこのカチグミ男が本気なら逃げようはないということだ。それに救われたのも確かである。観念したリンは長い息を吐いた。「……アタシはマーガレット」「薫り高い名前だね。僕は”セイジ”。どうぞよろしく」

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

ドルルル! ドルルル! 低いエンジン音が小さなガレージに響く。うなり声を上げる巨体のビーグルに空間の大半を占められて、狭いガレージがなおのこと狭く感じる。その下で整備に精を出す人影は、まるで機械の巨獣の下でもがく獲物のよう。

 

「よう、久しぶり」だがその人影は食われる側ではなく食う側の存在だ。セイジはそれをよく知っている。自分も()()だからよくわかる。「おう、久方ぶり」巨獣のハラワタから機械油で真っ黒な顔が飛び出した。ナチュラル太陽灯で焼けたセイジより油黒い顔の”カナコ・シンヤ”が白い歯を見せて笑う。

 

「元気そうじゃないか。童話よろしくカラテ王子は泣いて暮らしてると思ってたぜ」「お前こそ僕がいなくて寂しかったんじゃないのか、カワラマン?」あだ名で呼び合い茶化しあう。いつものルーティン、いつものやりとり。ずいぶんとしばらくぶりだ。

 

……セイジとシンヤ、二人はニンジャだ。そして彼らはネオサイタマを闇から支配する巨大ヤクザ組織『ソウカイヤ』と敵対している。二人は強大なるソウカイ・ニンジャたちを恐れはしない。恐れるのは後背地への攻撃、すなわち守るべき者達への直接干渉だ。

 

故に安全地帯となり得るニチョームとのご縁作りのため、先日は推理ごっこを通してソウカイヤの陰謀を暴き立てた。だがやはりソウカイヤは侮れぬ。名前どころか顔すら見れぬソウカイヤの影は推理劇のさなかに潜み、セイジの顔を見てニンジャネームを聞いてみせた。

 

「まさか。けど”ヨシノ”はな」「……あの娘には手紙でも送るよ」だからセイジは跡を辿られぬようシンヤとのコンタクトを最小に抑えた。シンヤの家族が住まうトモダチ園を守るためであり、そこに移り住んだ妹分のヨシノの安全のためだ。だがそれは同時にヨシノを寂しがらせることになった。

 

守りたい人を守るために、その心を傷つける皮肉。苦い笑みがセイジの整った顔に浮かぶ。察したシンヤは話題を変えた。「それで……急に顔見せるなんてどうした? やっぱり恋しくなったか?」「別件さ。僕にそっちの気はないんでね。恋するならカワイイ娘にかぎるさ」

 

「そんなことばっか言ってるとまた庭でドゲザだぞ」「……まぁなんとかするよ」脂汗がセイジの整った顔に浮かぶ。察したシンヤは表情を変えた。「まーた女の子ひっかけたのかよ。今度はなんだ、カラテ王子? お嬢様か? 高級オイランか?」

 

「ハーフガイジンの娘でね。カネモチ相手だからって簡単に靡かないあたりがくすぐるんだ」「お前そのうち刺されるぞ?」シンヤの呆れ顔に肩を竦めて答えるセイジ。「ニンジャだからダイジョブさ。そういうカワラマンは変わらず独り身かい?」「いーや、今はこっちのセクシーな娘を手懐けてる処さ」

 

そういってシンヤが叩いたのはどっしりと太いオフロードタイヤだ。ざらついたAHMAR+++塗装の骨太シャーシが性的で、ほの見える雷神紋のエンジンが眩しい。オムラ自動車(モーター)が誇る軍用重二輪(ヘビィモーター)の傑作『馬動力(モーターウマ)』。「ワォ……性的に過ぎる……!!」男の子であるセイジの鼻息が荒いのも当然だろう。

 

……後に予定されるソウカイヤ相手のオオイクサ。『原作』通りならトコロザワ・ピラーへの高速強襲作戦が待ち受けている。それに求められる機動力を得るため、シンヤはコーバ・フェデラルのコネを用いて、モーター整備職人の手伝いをしつつモーター技術を学んでいるのだ。

 

「ブッダム! カワラマンのくせに随分な美人を捕まえやがって!」「ハハハ! 悔しかったらこの娘の改造(おめかし)でも考えてみやがれ!」オートバイという言葉では物足りない巨体をとっくりと眺めるセイジ。新鋭映画女優と高級モーテルにしけ込んだ夜よりも目が輝いている。

 

「そうだね、僕なら……エンジンは浪漫的(ロマンティック)にカリッカリのチューン。そして折り畳み翼とロケットを仕込んで、アルティメット・ヘンケイからの弾道飛行をさせるね!」「飛ぶのか?」「飛ぶのさ!」目を丸くした親友へ悪ガキの笑みを向ける。シンヤの喉から同じ色の笑みが漏れ出す。

 

「ハハハ、俺には出ない発想だな! 女のケツとアニメの追っかけには一日の長ありか!」「ケツは余計だよ。それで、この鉄色ハチミツダンゴちゃんにはどんな素敵機構を仕込んだんだい? なぁ聞かせろよ!?」「カラテ王子のご想像どおり特定回転特化(カリカリ)のフルチューンは当然よ!」

 

「ホウホウホウ!」「それに加えてニトロ、それもダブル・ニトロを搭載!」「ダブル!?」「ダブル!! さらに加えて空力制御のオート・ヘンケイ外装! エンジンも二気筒マックス・ヘンケイ! トドメに浪漫機構シークレット・ヘンケイを投入だァッ!!」

 

「オゥ! WASSHOI!!」「WASSHOI!!」「「WASSHOI!! WASSHOI!! WASSHOI!!」」体の大きなガキンチョ二人がオーボンの夜めいて踊り狂う。護摩の火代わりにオートバイを回る姿を家族が見たら、笑うだろうか呆れるだろうか。

 

たぶん呆れ顔の苦笑いに間違いあるまい。何せガレージ前で突っ立っているモーター整備士もその通りの顔をしているのだ。「「WASSHO………………ドーモ」」「ドーモ。入っていいか?」「「アッハイ、ドーゾ」」

 

【モス・ベイル・トゥ・ネオン】#1終わり。#2に続く。


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