鉄火の銘   作:属物

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第三話【ザ・ハンドミキサー・マーダー・イン・ザ・ニチョーム】

【ザ・ハンドミキサー・マーダー・イン・ザ・ニチョーム】

 

 

“プロセッサー“が捕らえられた。

 

そのニュースはビル風の如くにニチョーム・ストリートを吹き抜けた。そして後に続くのは長い安堵の吐息だ。もう邪悪なる連続ハンドミキサー殺人鬼を恐れることはないのだと、誰もが胸を撫で下ろした。

 

緊張が緩めば口も緩む。プロセッサーとは誰だったのか。何故凶悪犯罪に手を染めたのか。出所不明支離滅裂な噂は瞬く間に広まっていく。やれカチグミ良家御曹司の隠れた残酷趣味だ、やれ純潔カルティストが浄化を気取った。酷いものになるとニンジャがニンポの練習台にしただなんて言い出す始末。

 

“ボクト”もそんな噂に引き寄せられた一人だ。噂が気になって仕方なくて、夜も眠れず昼寝が酷くなった。だから当然、新しい噂を耳にした途端に彼は居ても立っても居られなくなった。

 

新しい噂はこうだ。捕らえられた犯人……『プロセッサー(仮)』は犯行を否認し続けている。そして犯人はこう言った。真犯人を、本物のプロセッサーを知っていると。

 

これは確かめねばなるまい。すぐさまボクトはゲイバー『絵馴染』に足を運んだ。ドアを開ければ同じ考えをお持ちの面々が既にひしめいている。「アータたちねぇ! 見せ物じゃないのよ! まったく……!」ニチョーム顔役である“ザクロ”が長い息と気炎を吐いていた。

 

「だがねぇ、ザクロ=サン。ワシらも身内を殺されてるんだ」「そうだよ! せめて犯人の顔くらいは……」「それにそいつは他に犯人がいるなんて言ってるそうじゃないか! 詳しく聞かせてほしい!」集まった人々はそれでもと食い下がる。

 

無理もない。プロセッサーの被害者はどれも目を覆わんばかり有様だった。目撃者は誰も彼もネギトロがしばらく食べられなくなったほどだ。『捕まりました。もう安心です』とだけ言われても納得しがたいだろう。

 

よくわかるとボクトも深く頷く。捕まった『プロセッサー(仮)』の詳細と、口走った本当のプロセッサーとやらについて知るまでとてもじゃないが帰れない。

 

何故ならば、連続ハンドミキサー殺人鬼「プロセッサー」の正体は……ソウカイニンジャであるボクトなのだから。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

コツ、コツ、コツ「これは重要なミッションだ」神経質に机を叩く音、神経質に掠れた声。目線すら神経質に張り詰めている。「ネオカブキチョに比べればチンケな歓楽街の制圧に過ぎない。だがショーギの一手目めいて後々に大きな意味と価値を持つ」余程失敗がイヤなのか、この話も既に三回目だ。

 

付き合わさせる身にもなってみろと言いたい。だがボクトは言えない。テルテル・ボンズめいた目の前の“ハイド”が、どれほど恐ろしいニンジャなのか知っているからだ。日照り乞いのおぞましき生贄儀式に相応しく、一度敵対すれば慈悲なく容赦なく命もない。

 

カツ、カツ、カツ「ゲイトキーパー=サンのお考えは俺にも把握しきれん。お前もわかるまい」ボクトの苛立ちと恐怖を無視して、光学迷彩ポンチョ姿のハイドは机を指打つ。「だが間違いなくラオモト=サンの助けとなる。ゲイトキーパー=サンは間違えないからだ」

 

(((そのシックスゲイツ名誉構成員は大いに間違えて帝王の不興を買ったが?)))ボクトは胸中で鼻を鳴らした。ハイドの目が細まる。「何か不満でも?」ハイドの殺意は感じられない。気配も感じられない。感じられるのは、手の届く距離にいながら映像にすら思える非存在感だけだ。

 

「……何も、ありません」殺意に気づくのは自分が死んだ後だろう。虚無に似た恐怖をボクトは必死に飲み下す。「なら続ける。ミッションはニチョームを崩すことだ」渡された資料を思い返す。チンケなモータルの、そのまたチンケなマイノリティの寄せ集め。だが連中には危機感がある。

 

「唯一のニンジャを中心に、惰弱な非ニンジャが結束する。ニチョームは正しい戦術を取っている」コレを制圧するのは骨が折れるだろう。下手を打てば費用対効果が下回りかねない。義侠心で動く理解不能なニンジャを相手取るなら尚更だ。

 

「故にまずは結束を乱す。偏って血を流せ。縋るべきニンジャの無能を見せつけろ」特定の人間だけが死ねば不和の種になる。そこに恐怖の水を注ぐ。唯一のヨージンボが頼れなければ自力救済しかない。それは内乱の芽になる。そこでソウカイヤが救いの手を差し伸べて、ニチョームを総取りするのだ。

 

「やり方はお前にも任せる。プロセッサーの名を広めろ。ただし正体は見せるな」ハイドの輪郭がぼやける。色は消え、影が透けていく。「知れば恐れは薄まる。怒れば怖れは塗り潰される。抵抗不能の未知にこそ、真に人は畏れるからだ」コッ、コッ、コッ。指打つ音は遠のき、声は囁きより小さい。

 

コッ……「これは重要なミッションだ」そのセリフを最後にハイドは消えた。机の向こうには無人の椅子だけが残っている。ボクトは恐怖混じりの息を、長く長く吐いた。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

ボクトがたどり着いた時点でストリップ雑居ビル「ゼン・トランス」はものものしいアトモスフィアに包まれていた。ここの旧サイバー海鮮ストリップ劇場「大きい烏賊」跡地に『プロセッサー(仮)』が捕らえられたとの情報は既にニチョームに出回っていたらしい。

 

『人食いマグロの目』『やりすぎてしまう』『殺しに現実感がない』サイバーサングラスに流れる恐ろしいコトダマで、警備員が野次馬を牽制する。幸い自治会員で()()のタケモト=サンが取りなしてくれたおかげで、黒錆色の門番はすんなりと通してくれた。

 

自治会の会議場でもある「大きい烏賊」跡地に足を踏み入れると、既に自治会の主要メンバーは出揃っていた。「ボクト=サン? ナンデ?」自治会員でもないボクトの登場に周囲は首を傾げるが、()()のヒコロク=サンがすぐさま説得にかかった。

 

その間、ボクトは壇上の主役へと視線を向ける。安っぽいパイプ椅子に座った姿勢で後ろ手に縛り上げられた人物。黒錆色の目隠しで顔上半分はようと知れないが、僅かに見える整った歯並びと均一な日焼け肌が出身のカチグミっぷりを告げている。

 

()()の説得で自治会メンバーも一応は納得したらしい。視線はボクトから舞台の『プロセッサー(仮)』へと映った。「それで、アータはプロセッサーの正体を知ってるそうね? それもアータじゃなくて」ザクロがニチョームを代表して問いかける。

 

「ああ、知ってる。僕は詳しいんだ」合成マイコ音声でもドラッグ焼けでもない、よく通るオーガニックの声だ。カチグミとのボクトの見立ては間違いあるまい。「で、誰なの?」ザクロが圧を強めた。空気が張り詰める。

 

「プロセッサーは……ニンジャだ」緊張しきったアトモスフィアが一瞬で弛緩した。フィクションの悪影響だ。自治会の殆どが呆れた顔を浮かべている。ボクトの顔だけが僅かに引き攣っていた。

 

―――

 

「ニンジャだって? コイツはとんだイディオットだ!」誰かが嗤った。ボクトは上手く笑えなかった。ザクロが嘲笑を視線で制し、続きを促した。「ニンジャはいる。それはいいね?」「よくはないけど、そうしないと話が進まなそうね」ザクロの溜息に『プロセッサー(仮)』は大きく頷く。

 

「そうだ。ニンジャはいる。そして真犯人はニンジャだ」「それで一体、どこをどうやってそういう答えになったのかしら?」周囲の自治会員も同じ疑問を抱いている。トノサマの死体を前に、ビヨンボの虎が殺したと訴えるようなものだ。理解不能である。

 

「まず五番目と六番目の殺人を思い出してほしい」それは白昼堂々街中での犯行であった。まず路地裏で客待ちをしてるオイランの心臓がハンドミキサーで撹拌された。その僅か数分後、十数キロ先の街角で客引きしてるポンビキの顔面がハンドミキサーで撹拌された。

 

「整理しよう。問題は速度だ」死亡時刻と位置関係からして犯人の移動速度は100km/hを超える。それでいながら目撃者は皆無。不可能犯罪である。「だがニンジャ運動能力なら可能だ。僕は詳しいからわかる」確かにフィクションの住人なら不可能ではない。存在しないという点を除けば、だが。

 

「犯人が二人いればニンジャを出さなくても理屈が通るぞ?」ヒコロクが当然の疑念を示した。推理小説の十戒にはこうある。『登場人物に超能力者(ニンジャ)を出すな』パルプフィクションにすら否定される屁理屈だ。自治会の面々を納得させるには無理がある。

 

「すると共犯者が野放しってことよね?」「……」だがザクロの台詞にヒコロクは詰まった。「それに事件の日は帯域が全部潰れてたわ」その日、どこぞのテクノギャングにLAN汚染され、ニチョームは大騒動になっていた。だから事件を目撃者はなく、通信も出来なかった。

 

そして連絡を取り合えない状況でどうやって同期殺人をしでかすというのか。「……先に死体を用意しておけばいい。死亡時刻はゴマカシが効く」ヒコロクが理屈を絞り出す。確かに事前に死亡時刻を調整した死体があれば同期殺人に見せかけられるだろう。確かに筋は通る。

 

だがそれは理屈を通す為の理屈、トリックの為のトリックだ。「理由は?」ヒコロクの理屈に納得しかかっていた自治会員たちは、『プロセッサー(仮)』の一言で止まった。連続ハンドミキサー殺人鬼は小細工なしで司法と私刑の手を逃れ続けたのだ。アリバイ工作は不要である。

 

「…………チッ」やりとりを見ながらボクトは腹の底で舌打ちを零した。確かにニンジャの力で五番目と六番目の殺人を犯した。だがそれはニンジャ運動能力による不可能連続殺人ではない。

 

……真相はこうだ。ボクトは無関係の二人に、グレーター・ゼゲンジツでハンドミキサー殺人を行うよう命じた。無論殺し方から後始末まで命じておいたのだが、両殺人時間の調整だけは失念していたのだ。ウッカリ! 

 

その結果、偶然にもニンジャ運動能力必須な超常的殺人事件となってしまった。幸いプロセッサーの異常性を示す結果でもあったためボクトは放置していたが、そこからニンジャを導き出す狂人が出てこようとは。しかもその独演会を聞く羽目になるとはブッダも知るまい。

 

「いっそ拷問……いや、確かに理屈は通らん」ヒコロクは叫ぼうとする自分を制した。感情的な否定は逆効果だからだ。「だが、それだけだ。一つの異常値からフィクションに飛びつくのはナンセンスだ」論理と常識で納得させる方が確実だ。ニンジャを肯定させるよりよほど容易い。

 

「なら、次は十二番目の殺人を例に挙げようか」しかし意気消沈した様子もなく『プロセッサー(仮)』は新しい説を謳い始めた。「整理しよう。あれは密室殺人だった」出入口一つの地下室で、粗挽きネギトロになった被害者。吸気口は掌大で窓も無い。当然、出入口は施錠済みだ。

 

「だが、ニンジャのジツなら殺せる。僕は詳しいんだ」「テレポ・ニンポでも使ったとでもいうのか?」ヒコロクの問いには呆れすら含まれていた。しかし『プロセッサー(仮)』の声は真剣だった。「いや、ドトン・ジツだ。地面を透過して侵入、攪拌、退避する。セキュリティは無意味だ」

 

「吸気口からハンドミキサーを打ち込めばニンジャは要らないが?」ヒコロクが当たり前の道理を語る。神学者のコトワザにはこうある。『必須でないなら半神(ニンジャ)を説明に入れるな』既存の道具で説明可能なら隙間埋めの神は不要。哲学者の剃刀で切り落とすべきだ。

 

逆を言えば必要なら付けるべきと言える。「血と傷は?」「…………」ヒコロクは『プロセッサー(仮)』の言葉に再び押し黙る。ハンドミキサーをカタパルトで打ち込めば周囲に血が飛び散る。それに打ち込んだ傷と攪拌された傷は異なる。ヒコロクの説ではどちらも説明し難い。

 

「生分解性の弾で事前に仕留めてから、傷口ごと攪拌したらどうかしら?」意外なことに反論はザクロからであった。「吸気口は近かったし、棒に付けて押し付ければ攪拌できるわ」訝しむヒコロクの視線に彼女は肩をすくめて見せる。ザクロが求めるのはニチョームの平穏だ。ニンジャの登場ではない。

 

「…………フン」二転三転する推理劇を前にボクトは胸の内で嗤った。確かにボクトはニンジャのジツで十二番目の被害者を死に追いやった。だがドトン・ジツによる超常殺人ではない。

 

……真実はこうだ。ゼゲン・ジツをかけられた被害者は、自ら出入り口を施錠し、自らハンドミキサーを手にして、自ら心臓をミキシングしたのだ。つまり正しくは殺人事件ではなく自殺強要と言えよう。ビックリ! 

 

「なら一度対象を変えよう。二十番目の殺人を「いい加減にしたまえ」苛立ちの篭ったヒコロクの声が叩きつけられる。「幾つかの被害者に不審点があることは判った。しかし荒唐無稽な猿芝居で煙に撒こうとしても君の疑いが晴れるわけではない!」

 

「そもそも君が真犯人を知っていると言い出したのが始まりだろう! ならそいつは何処にいる!? 「目の前だよ」ニンポで消えた……と……で……」SIZZLE! 突如、黒錆色の目隠しが紅蓮に燃え上がった。その放射熱で炙られたかのように、ヒコロクの威勢が見る見る溶けていく。

 

猛火の奥から放たれるのは焼き殺さんばかりの熱視線。放射熱という単語の通り、燃える視線の矛先はヒコロクではない。「…………ッ!?」ボクトだ。反射的に辺りを見渡す。「動くな!」「「グワーッ!?」」ヒコロクとタケモトが……ゼゲン・ジツの内通者が他の自治会員に制圧されていた。

 

CRACKLE! 焼け付く音に視線を戻せば、黒錆の拘束を焼き切り立ち上がる影。手のひらを合わせて首を垂れる。「ドーモ、ボクト=サン。いやプロセッサー=サン。僕は“インディペンデント”です」アイサツは神聖不可侵の礼儀作法。古事記にも書かれている。

 

アイサツをされたなら返さねばならない……そう、ニンジャならば! 「……ドーモ、インディペンデント=サン。俺は“クイジナート”です」歯を軋ませてボクト、すなわちクイジナートは合掌した。

 

―――

 

「ドーモ、クイジナート=サン。ご存知の通りアタシは“ネザークイーン”です。ニチョームナメッテンジャネッゾオラァーッ!!」ザクロ、すなわちネザークイーンが獰猛に凄む。『ご存知の通り』。そう、全てはインディペンデントとネザークイーンの作戦であった。

 

……真意はこうだ。ニンジャでも追跡不能な連続殺人にネザークイーンはニンジャの影を見出した。対ソウカイヤにおける後背地を求めたインディペンデントらと協議して共謀し、犯忍を引き摺り出し自治会内通者を炙り出す大芝居を仕組んだのだ。ドッキリ!

 

「ニンジャでも追えない時点でネザークイーン=サンを警戒してるのは明らか。だからニンジャの単語をちらつかせればモスキートめいて飛び込んで来るのは簡単に予想できたよ」何故、悪党が陰謀の種明かしを好むかよくわかる。いいように踊らされたのだと理解した顔は、実に愉快で痛快だ。

 

「茶番劇に乗り込んできた時点で犯忍は確定。内通者を見つける方がよっぽど難しかったな」インディペンデントの喉がクツクツと鳴る。クイジナートの歯がキリキリと鳴る。ネザークイーンの拳がボキボキと鳴る。

 

「マッタ! マッタ! 俺の所属を知らないのか!? 俺はソ「イヤーッ!」グワーッ!?」クイジナートが言葉を発する前に、ネザークイーンの重々しいカラテパンチが顔面にめり込んだ! 「シッカコラーッ! テメェは腐れ殺人鬼だ! 腐れ殺人鬼として死ね! イヤーッ!」「グワーッ!」

 

ネザークイーンのそれはニチョーム住民としての正当な怒りであり、またニチョーム顔役としての老獪な判断であった。クイジナートを正体不明の殺人鬼の正体として爆発四散させる。それにより、背後にいるであろうソウカイヤへ敵対しない関係をアッピールするのだ。

 

冷徹に憤激するネザークイーンの流れるようなマウントポジション連打がクイジナートを襲う! 「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」「グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ!」得物のブレンダーを抜くこともできず、クイジナートはモチめいてパウンドされる一方だ! 

 

イクサというには一方的な光景に肩をすくめるインディペンデント。自治会員は避難済みで、やることもない。「こりゃ手伝いは不要かな……っと!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」苦痛の声を発したのはネザークイーンの方だった。カジバ・フォースのたまものか、クイジナートが投げ飛ばしたのだ。

 

だが所詮はピュロスめいた一瞬の優勢に過ぎない。「アリガト」「ドーモ」宙を舞ったネザークイーンは、インディペンデントに受け止められほぼ無傷。「ア、バ……」一方、クイジナートの顔面はマウントポジションからの容赦なき連打で荒々しく攪拌されている。

 

徐々に不利(ジリープア)どころではない。数秒先に死が見える有様だ。その前には内臓を抉り出すようなインタビューも待っていよう。「イヤーッ!」「「!?」」そして数秒後に最期は訪れる……誰の予想もしない形で。

 

「アバ?」無い。心臓が無い。いや、有る。目の前に有る。抉り出された心臓が有る。「ナン、デ?」「()()()()()()()()()()()()、そう言ったぞ」背中を貫通した手から心臓が滑り落ちる。思わず手を伸ばし、クイジナートはそのまま死んだ。「サヨナラ!」

 

「イヤーッ!」カトン・スリケンが爆発四散するクイジナートの背後に叩きつけられる。だが手応えはない。有るのは微かな気配とノイズめいた半透明の影のみ。正体どころか下手忍の顔すら不明だ。

 

「イヤーッ!」ネザークイーンの手から鉄の四錐星が飛ぶ。だが幻より朧げな影が相手。走り去るそのまた影を捉えるのがやっとだ。「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」それでも不慣れながら次々にスリケンを打ち込み、回避機動に制限をかける。

 

「イヤーッ!!」キゴーン! そこにインディペンデントの弾道飛びカラテが襲い掛かった! 爆発めいた粉塵の中、ブロックノイズが放射線めいた亀裂にめり込む! 手応えは……やはりない。「ブッダム!」拳の下には偽装に使っていた光学迷彩ポンチョだけが残されていた。ワザマエ! 

 

「何処に!?」カラテ警戒をかけるネザークイーンに問うが首は横に振られた。敵の位置は不明。存在すら不明瞭だ。どうやってアンブッシュを防ぐのか。神経を炙られるような焦燥感に焼かれながら、二人はカラテ警戒を張り巡らせる。

 

一分、二分、三分。「逃げられたか……?」「……みたいね」十分、二十分、三十分。反応はない。カラテ警戒に引っかかるものもない。二人はゆっくりと警戒を解いていく。

 

「……アイサツ無しとは随分なシツレイマンだ」インディペンデントは不愉快を皮肉で笑い飛ばす。緊張をほぐすようにネザークイーンも乾いた笑みを浮かべた。「……ええ、長居しておきながら一言も無しなんてとんだ不作法よ」

 

狙い通りに目的は果たした。連続ハンドミキサー殺人鬼誘き出しと排除、殺人鬼に操られた内通者炙り出しと排除、殺人鬼の背後にいるソウカイヤ干渉の排除。これらを通したニチョームとの反ソウカイヤ連携。

 

だがシャリに砂利が混じったような不快感が残る。クイジナートの心臓を抜き取った未知の敵がいた。恐らくは推理劇の前から潜み、アイサツを交わす暇も与えずに逃げおおせた。

 

これは局地戦が一つ終わっただけなのだ。未だ大きなイクサの渦中にあると言う事実を、二人は苦々しく噛み締めた。

 

 

【鉄火の銘】

 

【鉄火の銘】

 

 

一時間、二時間、三時間。偽装推理劇の後始末も終わり、「ゼン・トランス」は普段の平静を取り戻した。かつてのサイバー海鮮ストリップ劇場「大きい烏賊」も常と変わらない静けさだ。その埃っぽい静寂が僅かに揺らいだ。

 

天井から現れたのはノイズめいた影だ。蜃気楼めいた揺らぎが無人の劇場を駆ける。足音はない。足跡もない。痕跡一つ残さず、影は建物を後にする。

 

ニチョームを離れ、ネオカブキチョの路地裏に入り、ようやく影は迷彩を解いた。表通りから漏れるネオンに照らされて、テルテル・ボンズめいたシルエットがあらわになる。

 

「ドーモ、ゲイトキーパー=サン。ハイドです……この度は誠に申し訳ございません」直角のオジギと後悔が滲む声で、ハイドはIRC端末向こうへ謝罪した。「ドーモ、ハイド=サン。ゲイトキーパーです。謝罪は要らぬ、報告せよ」「ハッ! この度のミッションに於きまして……

 

……の結果、クイジナートを処分いたしました」「つまりはニチョーム完全支配は失敗に終わったか」「ゴメンナサイ」「……まぁいい。予定通り、真綿を口に詰め込んでいくとしよう」ゲイトキーパーの声が潜められた。「それで、()()はどの程度果たせた?」

 

それはゲイトキーパーの望む真のミッション。ハイドの心身が引き締まる。「ハイ、推定ニンジャキラーのニンジャネームと外観情報を得ております」そう、全てはソウカイヤに仇なす『敵』を明らかにする秘匿作戦なのだ。「詳細についてはフロッピーで直接手渡せ。それで、奴は何と名乗った?」

 

 

「『インディペンデント』です」

 

 

【ザ・ハンドミキサー・マーダー・イン・ザ・ニチョーム】おわり


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