あるいは語られたかもしれない、彼と彼女の青春ラブコメ。   作:きよきば

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2話になります。

見落としている誤字脱字がけっこうあるようです。申し訳ありません。
自分でもチェックはしておりますがもし見つかったら報告よろしくお願いします。


不器用ながらも、彼らはがんばっている。

From ☆★ゆい★☆ 9:47

 

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ヒッキー、今日から登校じゃなかったっけ?まだ来てないみたいだけど(・・?)

 

来る時、車気をつけてね?

ほんとに気をつけてね?>_<

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

From 八幡 10:16

 

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悪い、寝てた。

車に気をつけてゆっくりゆっくり行くわ

 

 

 

 

国語教師の平塚静は、腕を組んで俺を睨みつけた。その威圧感と言うと金剛力士像を軽く上回るレベル。運慶快慶もここまでのものは作れないだろう。

蛇に睨まれた蛙のごとく萎縮した俺は反論を用意することすらできない。だいたい寝坊しといて反論も何もあったもんじゃない。

 

「比企谷。何か言うことは?」

 

「……おはようございます」

 

「比企谷。今は何時だ?」

 

「…12時5分です」

 

「何か言うことは?」

 

「…こ、こんにちは?」

 

「誰があいさつのやり直しをしろと言った。登校初日から午前中の授業を全てサボるとはいい度胸だ比企谷」

 

「いや、違うんですよ。予定より睡眠が長引いただけで…」

 

「ふっ!」

 

「ぐえっ……」

 

腹にとんでもないパンチをくらって俺は倒れた。ちくしょうこの馬鹿力女教師め…なに生徒殴ってスッキリした表情してんだよ。体罰とか最近うるさいって知らねえのかよ。

 

「午後からはきちんと受けたまえ」

 

それだけ言うと平塚先生は教室から出て行った。いきなり入ってきて殴られたあいつ誰?みたいな視線も気になったため立ち上がり自分の席に…俺自分の席知らねえよ。どこだよ俺の席。

仕方ない。ロッカーに全部突っ込んで5限ギリギリに誰も座ってない席に着くしかないだろう。

となるとどこかで時間をつぶさないといけないわけだが。

 

「ッキー、ヒッキー!」

 

タイミングのいいことに、由比ヶ浜が教室の外から手招きをしていた。

教室にくるまでに既に制服を着崩した女子もチラホラ見たが、由比ヶ浜は比較的きちんと着ているようだ。別に着崩すのが悪いとは言わないが、黒髪童顔の由比ヶ浜の場合はこっちの方がいいと俺は思う。どうでもいいな。

 

「ヒッキー、初日から寝坊?」

 

「ああ、夜更かししすぎてな」

 

だからってみぞおちに拳を入れられるとは思っていなかったが。あの先生絶対ちっさい頃男子と喧嘩しまくって勝ちまくってたタイプだ。

まあ、夜更かしっていうか寝られなかっただけなんだけどな。

 

「あ、もしかしてさ、楽しみで寝られなかったとか?」

 

由比ヶ浜はからかうように笑った。

だが残念だな、そっちじゃない。

 

「…逆だ。なにあいつ、死ねば?みたいな歓迎を受けたらどうしようかと考えてた」

 

「なんで初日から!?ていうか嫌われてるの前提!?ひ、ヒッキーもうちょっと高校生活に希望持とうよ…」

 

「いや、希望とかねえだろ。世の中希望だけじゃ出来てないんだから」

 

「うーん、なんかよくわかんないけど、ご飯食べよ?」

 

「…お前本当にわかってないだろ」

 

間違いなくわかってない。ほら、なんかハミングとかしながら歩き出しちゃってるし。だいたいどこに歩いてんだよ。

 

「おい、どこ行くんだよ」

 

「え?あ、そっか。購買の近くにいいとこあるから、そこ!」

 

とだけ言うと由比ヶ浜はさっさと歩き出してしまった。まあ、いいけど。

俺はコンビニの袋をバッグから出して後を追った。

ていうか、由比ヶ浜。お前クラスの女子と食えよ。

 

 

 

 

由比ヶ浜に連れられてきた場所は確かにいい場所だった。近くに人はおらず、がらんとしたテニスコートにもやはり人はいない。今後昼飯はここで食うことにするか。

 

「お前、いつもここで食ってんの?」

 

「いやー、普段は同じクラスの子とだけど、ここで食べてみたいなって思ってたからさ」

 

由比ヶ浜は弁当を広げ美味そうに食べ始めた。

俺もそれにならいパンを口に運ぶ。

ある程度食べた頃、由比ヶ浜が口を開いた。

 

「あ、そだ。ヒッキー?」

 

「なんだ?」

 

「授業のノートとか困るでしょ?あたしの貸したげよっか?」

 

そういえばまるまる3週間ぶんノートないんだったな。もちろん見せてもらえるのは助かる。クラスに知り合いなどいないし。ただ気になるのは、

 

「お前、ちゃんとノート取ってんの?」

 

そこが1番の問題だ。パラパラ漫画とか書いてありそうだし。

 

「失礼だな!?ちゃんととってるから!」

 

「いや、パラパラ漫画とか書いてたり耳に残った単語だけテキトーに並べてありそうなんだけど」

 

「パラパラ漫画とか…数学のノートにしかないもん…」

 

やっぱあるんじゃねえか。

数学ならいいけど。だって関係ないし。

 

「ま、ありがたく借りるわ」

 

「えっ…いいの?」

 

「え、ダメなの?」

 

何その掌返し。やられる方不憫すぎるだろ。

 

「あ、いや全然だいじょぶだよ?じゃあ放課後持ってくね!」

 

「あ、おう…」

 

嬉しそうに笑う由比ヶ浜にそれ以上何も言えず、とりあえず頷いておいた。

こいつのノート、大丈夫かなぁ…

 

 

授業に関してはぼちぼちといったところだろうか。国語なんかは途中からだとわかりにくいから由比ヶ浜のノートが頼りなんだが、心配だ。

ていうか俺あいつのことほとんど何も知らないんだよな…部活とか、趣味とか。

まあ、まだ知り合って2日だというのにそう焦る必要も無いだろう。ノート借りたら今日のところはさっさと帰ろう。

 

ホームルームが終わり、部活に行く者や友達との会話に精を出す者、それぞれがそれぞれに慌ただしく動き始め、教室が騒がしくなった。

このまま教室にいるとどうなるか。

 

由比ヶ浜到着→教室、騒がしい→でかい声で「ヒッキー!」→注目の的に→由比ヶ浜、下衆の勘繰りタイム

こんなところだろうか。よし、外で待っていよう。

俺は教室を出てすぐの壁にもたれてポケットに手を突っ込んだ。

自意識過剰なのかもしれない。由比ヶ浜が来たとしても注目されるのは由比ヶ浜であって俺ではない。だいたい友達と会うのになんで隠れる必要があるんだよ。我ながら卑屈だ。

自らの卑屈さに呆れていると、横から軽くぽすんと肩を叩かれた。

 

「なんで待っててくれないし…」

 

「いや、ちゃんと待ってるだろ…」

 

あとその語尾のしってなんだよ。女子言葉なのん?おそらくは周りが使うから流れで使ってるんだろうけど。

 

「むぅ…あ、そうだ、ノートノート…」

 

天然で頬を膨らませながら由比ヶ浜はバッグから次々とノートを出し始めた。

見た感じ全教科のノートがあるが、いったいこいつは明日どうするつもりなんだろう。

 

「お前、明日の教科のは」

 

「へ?…あ、そうじゃん!」

 

俺は確信した。こいつアホだ。

成績の良い悪い以前のところでアホだ。将来詐欺とかにあいそうで八幡超心配。

由比ヶ浜は明日のぶんであろうノートを抜くと残りを俺に差し出した。

 

「はい、ヒッキー」

 

「おお、ありがとな」

 

大量のノートを受け取り、カバンにしまう。超重い。もうさっさと帰ろう…

 

「じゃ、俺帰るわ」

 

「あ、あたしも帰る!」

 

俺が歩き始めると、由比ヶ浜はさも当然のようについてきた。

なんというか、ノートのことといいこういう流れといい、いかにも友達っぽい感じで、どう反応していいのかまるでわからない。

 

「どしたのヒッキー?帰ろ?」

 

気づかないうちに足が止まっていたらしい。

由比ヶ浜は不思議そうに俺を見ている。

まあ、手を伸ばしてみるって決めたし。教室では避けたが一緒に帰ってみるか。幸い同じ中学の人間はいないからまだ登校初日の俺と一緒に帰ってるところを見られたからってまだあいつ誰?くらいで済むだろう。

だからこれは、踏み出す二歩目。誰が見てるかわかんねえぞ、と言おうとした口を閉じて、由比ヶ浜の隣に立つ。

 

「…帰るか」

 

「うん、帰ろうっ!」

 

 

 

 

 

帰宅して、自室。

俺は由比ヶ浜から借りたノートを開き、休んでる間の内容を確認していた。

由比ヶ浜のノートは板書を写しただけという予想通りのものだった。あと出された問題の回答が半分くらいまちがってる。そして理系科目には睡眠の痕跡が見られた。ついでにパラパラ漫画上手い。

 

「…間違い多すぎだろ…」

 

ひとりごちて、まちがっている場所を訂正しつつ写していく。

丸っこい字は由比ヶ浜の顔のイメージそのまま。決して綺麗にまとめられているわけではない。お世辞にも、勉強ができるやつのノートとは言い難い。

それでも、必死にノートをとる由比ヶ浜の姿を思うと軽く頬が緩んだ。パラパラ漫画でも書いて返してやろうかしらん。

 

 

 

 

翌日の放課後、数冊のノートを抱えた俺は教室を出て、由比ヶ浜のクラスへと歩いていた。

当然、借りたノートを返すためである。

俺から行くことになった理由は昨晩の小町との会話にある。

 

 

 

 

それは夜遅い時間のことである。

 

ノートを写し終えた俺が風呂に入り、リビングへと戻ると小町がソファでダラダラしていた。

俺が風呂に入っている間に俺の部屋に入ったのだろう。机に広げてあるノートのことを訪ねてきた。

 

「ねえお兄ちゃん。あのノートってこの前の人のやつ?」

 

「ん?ああ、由比ヶ浜から借りたやつだ」

 

「へー」

 

どうも小町は由比ヶ浜関係の話題をしたいらしいが、特に質問も思いつかないまま見切り発車をしてしまったらしい。ぶつぶつと小さな声で呟いているが俺には聞こえない。むしろ面倒くさそうだから聞きたくない。

 

「でもお兄ちゃん、良かったじゃん。骨折したおかげで由比ヶ浜さん?みたいな可愛い人と知り合えて。下の名前なんていうの?」

 

「まあ、由比ヶ浜にとってどうかはわからんけどな。あと名前は由比ヶ浜結衣だ」

 

わざわざフルネームで言ったことに特に意味はない。

ほんとだよ?名前だけ言うのが恥ずかしかったとか、そんなんじゃないよ?

 

「ん?どゆこと?」

 

何気なく話した前半部分が小町としては気になったようである。

ああ、これは言わない方が良かったかもしれない。俺の中でもまだせめぎあっているのだ。

由比ヶ浜に対しては友達として踏み込むと決めた、あの時の気持ちと、俺と一緒にいるせいで由比ヶ浜に何か不利益をもたらしてしまうんじゃないかとビビっている気持ちが。

おそらくは高い確率で不利益はもたらされる。俺が何か言われる分には構わない。けれど由比ヶ浜自身への悪口が始まったり、根も葉もない噂が、例えば俺なんぞと付き合っているなどという噂が流れてしまうことだって考えられる。

俺にとってそれは避けたい事態ではあるのだが、そのための手段としては俺が由比ヶ浜と一切関わらない、というものしかない。

しかしそれをすることは俺自身も、何より踏み込んできた由比ヶ浜を裏切ることになる。

それは知らない誰かが由比ヶ浜へ悪意を向けること以上に俺にとって避けたいことだ。

我ながら面倒な思考回路を持っていると思う。考えすぎなのかもしれない。だいたい知り合って3日程度の関係でしかないというのに。

 

けれど、まあ。

たった3日の付き合いしかない由比ヶ浜を裏切りたくない、傷つけたくないと思えるくらいには、俺はたぶん嬉しかったのだと思う。

携帯を遠慮がちに差し出しながら友達になろうと言った由比ヶ浜の姿は、鮮明に焼きついている。それは嫌そうな顔で仕方なくアドレスを交換した中学の時の女子とか、ヒキガエルだのと言っては嘲笑した男子とか、そんなものとは全然違う姿で。

きっと、俺はそれがどうしようもなく嬉しかったのだ。

だから俺は今日、教室で待たなかったくせに一緒には帰るという訳のわからない行動を取ったのだろう。本当に何してんだ俺。

 

もしも。もしも、高校に入って丸1年ぼっちだったら由比ヶ浜と言えど警戒して、すぐに手を伸ばそうとは思えなかったかもしれない。もっと時間がかかったかもしれない。

しかし、幸いなことに由比ヶ浜はまだ俺が高校生活に期待を持っているタイミングで家まで来てくれた。

そして、友達になろうと言ってくれた。

 

ならば。できることなら、応えたい。

拒否することだって出来た。けれど俺は頷いたのだ。だから、応えたい。

 

 

 

 

そんなことをぽつぽつと小町に話した。

別に追求されたわけではないのだが、聞かれてもないことまで言っちゃうあたり、妹に心を開きすぎである。超恥ずかしい。

小町はというと話し始めると止まらなくなってしまった俺に困りつつも最後までふむふむと聞いていた。中2にしては見上げた集中力だ。

 

「そっか…まあ、お兄ちゃんの中学での悲惨ぶりは小町も知ってるけど…」

 

返す言葉もない。悲惨だったからなぁ…

 

「要は、お兄ちゃんがそのー…結衣さんと一緒にいても誰も何も言わないくらい自然になればいいじゃん」

 

「…は?」

 

「何その池の鯉が餌もらう時みたいな顔。あげないよ?」

 

「いらんわ…」

 

冗談かと思えば真面目に言っていたらしい。

ごめんなさい、お兄ちゃんも真面目に考えます。

 

俺と由比ヶ浜が一緒にいても誰も何も言わないくらい自然になればいい……うん、わからん。

だって俺だよ?ブサイクじゃないどころか目以外は割と整ってる顔なのにヒキガエルとか、最終的にカエルとか言われちゃってたよ?泣きてえ…

 

「いい、お兄ちゃん。お兄ちゃんは目以外はそこそこなんだからその目をなんとかするの」

 

「え、これなんとかなんの?」

 

「知らないよ小町の目腐ってないもん」

 

知らないのかよ。ちょっと期待しただろ。返して!俺の淡い期待を返して!

 

「あとお兄ちゃんからも結衣さんに会いに行くこと!」

 

「…は?」

 

「は?じゃないよこのゴミぃちゃん。およm…友達が友達に会いに行くなんて普通だし結衣さんがお兄ちゃんのとこ来るだけなんておかしいでしょうに」

 

ちょっと待ちなさい小町ちゃん。いま何言いかけたの。お兄ちゃんそういう冗談は嫌いよ?

 

「だからお兄ちゃんからも結衣さんとこ行くの。わかった?」

 

こいつなんもわかってねえ!これだから童貞は…みたいな呆れ顔の小町が念をおしてくる。

 

「…わかったよ」

 

まあよく考えれば小町の言う通りだ。毎度毎度由比ヶ浜が俺のクラスまで来るなんておかしいしその方が不審だし。

さしあたっては明日、借りたノートを返すのくらいは俺から行ってみることにするか。

 

 

 

 

 

ということがあって、俺は今由比ヶ浜のクラスへ向かっている。

しばらく感じていなかった胸が締めつけられるような緊張が俺を襲い、呼吸が浅くなる。ノート返す程度でこれって俺今後の人生大丈夫かしら…

クラスが10個もある総武と言えど、教室の位置が極端に離れているわけではない。すぐに着いてしまう。

ホームルームは既に終わったようで、教室の中には20人弱しか生徒は残っていない。由比ヶ浜は自分の席でなにやら携帯をいじっていた。

俺は開きっぱなしのドアから教室に入る。今のところ誰も俺の存在には気づいていないようである。俺はこの存在感の無さをステルスヒッキーと名づけた。発動はオート。あら便利。

 

「由比ヶ浜」

 

「わわっ!……あれ、ヒッキー?」

 

「ああ、ノート返そうと思ってな」

 

「え、早くない?」

 

「そっちの授業もあるだろうし早めの方がいいだろ。ほれ」

 

由比ヶ浜のノートを机の上に置いていく。どうしても周りが気になってしまうのは仕方ない。俺と由比ヶ浜が一緒にいた所でいちいち噂されないようにしたいがそんな方法は思いついてないし。

 

ところで、用事が済めば後は何したらいいのかしらん?さっさと帰ったほうがいいの?

由比ヶ浜はというと「こんだけ一晩でやったんだ…」とか言いながらパラパラとページをめくっている。今1人にしないでどうしていいかわかんないから。

 

「…あれ?あたしこんなの書いたっけ?」

 

どうやら俺が訂正した箇所に気づいたらしい。それよりも解答が間違ってることを気にした方がいいと思います。

 

「…間違ってたから訂正しといた」

 

「へ?…あ、そ、そっか……あれ?ここも…こっちも?…あれ?」

 

「お前、半分くらい間違ってたぞ」

 

「うう…」

 

そんなに間違ってたかなあ…と呟きながらパラパラとノートを眺めていた由比ヶ浜ははっ、と顔を上げた。

 

「ね、ねえヒッキー」

 

「あ?」

 

「べ、勉強教えてくれない?」

 

由比ヶ浜は座ったままノートをきゅっと握り上目遣いで俺を見た。

うわー…なに今の。並の男子なら今の一撃で好きになってるレベル。自分の可愛さを自覚してやってる女子は怖いが本当に怖いのは無自覚な女子である。数多の男子を死地に送り込むのは圧倒的にこちらが多い。

俺?大丈夫だ、既に経験済みだから2度同じミスはしない。

それはさておき、勉強ねえ…勉強って1人でやるもんじゃないの?とは思う。

ただ、昨日あんな事を思っての今日だからなんとなく断りにくいというかなんというか。要するに勉強会ってやつ?ちょっとそれは経験値がゼロなのでどうしたものか全くわからん。

 

「え、いや…」

 

「ほ、ほらこう…友達になった記念?てことで、どう、かな…」

 

だから上目遣いやめなさいって。

俺だからいいけどそのままじゃお前女子に超嫌われるタイプになるぞ。男子からも女子からももれなく嫌われた俺が言うんだから間違いない。

まあ、なんだ。断る理由が特に無いし、せっかくだし。

 

「じゃあ、行くか」

 

「うんっ!行こうっ!」

 

 

腐った目で見つめるには眩しすぎるほどの笑顔を見せる由比ヶ浜の隣を自転車を押して歩く。

 

どうして俺なんかとそこまで仲良くしようとするのかはわからない。

わからないが、由比ヶ浜が俺に対して近づこうとしてくれているというのが事実だ。それなら俺も有言実行するべきだ。これでダメならもう仕方ない。だから由比ヶ浜に対しては俺からも近づこう。亀のように遅いペースかもしれない。人間のくせにずいぶんと小さな1歩しか刻めないかもしれないけれど。

踏み込んだ先に俺が求めた眩しい何かがきっとあるはずだと、そう思うから。

 

 

 

千葉の聖地、サイゼリヤ。

ここに誰かと来たのは何ヶ月ぶり、いや何年ぶりだろう。記憶がないということは初めてかもしれん。店員に人数を聞かれた時反射的に1人です、と言いそうになったことを考えれば、俺もぼっちとしてのレベルが高くなったものだ。

いつも通りミラドリとドリンクバーを注文し、由比ヶ浜が注文するのを待つ。こんな時間も初めてだったりする。悲しくなってきたなぁ…

しばらくして店員が消えたところでバッグから教科書とノート、そしてイヤホンを取り出した。

 

「すとーーっぷ!なんでイヤホン出してんの!?」

 

「え、勉強するんだけど…」

 

「一緒にする気ゼロじゃん!それにいきなり勉強とか味気ないし…」

 

「いや、勉強に味気とかいらんでしょ…」

 

だいたい勉強しに来たはずだったんだけど。

…わかったよミラドリ食うまではしないからそんな顔すんな。

 

「わかったよ…食ったら勉強するぞ」

 

「うん!」

 

ああ、しそうにないなぁ…

小町と同じタイプだよこの子…

 

 

 

 

案の定である。

イヤホンは諦めて勉強しつつ由比ヶ浜の様子を見れば、早々に集中力を失ってしまい、ぼけーっとしている。数学の授業の時の俺みたいになってる。だからわかる。勉強しようとはしてみたもののわからなくて飽きちゃったパターン。

 

「おい、由比ヶ浜。勉強しろ」

 

「…わかんないもん」

 

「開き直って堂々とサボんな。何がわからないんだよ」

 

「えっと、問題解けないし何からやったらいいかもわかんない…」

 

ああ、勉強できないやつの典型だ…お兄ちゃん疲れてきたよ…

本当に小町に勉強教えてる時と同じ気分だよ…

 

「まあ、そのへんもそのうちな」

 

「…うん、お願い」

 

勉強しないと後々大変なことは一応わかっているらしく、由比ヶ浜は軽く頭を下げた。

 

「今日はもういいか」

 

「うん、終わり!なに話そっか!?」

 

前言を撤回する。

全然わかってねえ。まあ今日のところはそれでいいや…

 

「…お前、部活は?」

 

「してないよ?」

 

「そうか」

 

「うん…」

 

「……」

 

「……」

 

やべえつい癖で終わらせてしまった。超気まずい。由比ヶ浜もうまく話題が出ないようであっちこっちと視線を流して困ったような顔をしている。

 

「なんか、すまん。話題がなくてな」

 

「あ、いや全然!無理しなくていいよ!」

 

そうは言うものの気まずいだろう。

よし、落ち着け俺。会話の始まりは質問からというパターンが多いはず。ならば俺が疑問に思っていることを聞いてみるのがいい、はず。たぶん。

 

「なあ、由比ヶ浜。お前、なんで俺なんかと友達になろうと思ったんだ?」

 

「え……」

 

質問間違えたああ!!気まずい!気まずいよおおお!

 

「あ、いや別に深い意味はねえよ。なんとなく聞いてみただけだ」

 

意味はないとわかりながらも、一応取り繕っておく。

気まずさのあまり由比ヶ浜から視線を外してしまったが、由比ヶ浜が喋り始めたことで戻さざるを得なくなった。

 

「えっと…なんかね、あたしもよくわかんないんだけど、なんか、こう…ごめん、やっぱわかんないや」

 

「すまん。無かったことにしてくれ。質問変えるから」

 

由比ヶ浜はたはは…と困り顔をしながら笑った。まあ、今のは俺が悪いな。質問が突然すぎる上に重い。超重い。あと気まずい。

いかんいかん、もっとカジュアルな質問をしなければ。

 

「……俺のこの目、どう思う?」

 

しまったああああ!重い!重いよおおお!どのへんがカジュアルなんだよおお!だいたいカジュアルな質問ってなんだよおおお!

…泣きたい…

 

「ど、どうって…ヒッキー、どうかした?」

 

さっきから俺が妙な質問を連発したせいで本気で心配された。こんな俺でごめんなさい。

 

「いや、悪い。何か話題をって思ったんだがうまくいってないだけだ」

 

「ほ、ほんとに無理しなくていいよ?」

 

「…すまん」

 

結論。慣れないことはするべきじゃない。

穴があったら入りたいとはこのことだ。むしろ俺が先頭に立って積極的に穴を掘るまである。

 

「目…ヒッキー、目のことで何かあった?」

 

まあそう来るよなぁ…

どこから話したらいいんだろうなぁ…

 

「いや、俺の目腐ってるだろ。今のところ引かなかったのは由比ヶ浜だけだしな」

 

嘘はつかず、けれど全ては話さず。

何も目が腐った自慢を聞かせる必要もなかろう。

 

「……ほんとに、それだけ?」

 

「……」

 

そう思ったのに、由比ヶ浜は納得しなかった。

少なくとも今までの短い時間では見たことのない目つきで俺を見ている。優しいだけじゃない、鋭い目つきで。

 

「ヒッキーが良かったら、聞かせてくれない、かな…教室とかで会う時ヒッキーがすっごく周り気にしてたの、気になってたし…」

 

そんなところまで気づかれていたら、もう逃げ場はない。

由比ヶ浜は聞きたいと言う。

 

「…話せば長いぞ」

 

「…いいよ。聞きたい。言いたくないことは言わなくていいからさ、聞かせて?」

 

ファミレスにいるというのに他の誰かの話し声も聞こえず、俺と由比ヶ浜しかいないような錯覚にとらわれる。

自分の感情を素直に吐露することは怖い。だから人は躊躇する。告白をする時など最たるものだ。そしてそれがトラウマになればその恐怖はさらに増す。また言いふらされたら、それをネタに笑われたら。乗り越えたつもりになって、傷ついていないふりをして、ポーカーフェイスを気取ってみても怖いものは怖い。

怖いけれど、聞いて欲しいと思った。目の前の、初めて顔を合わせて3日しか経ってない女の子に、聞いて欲しいと思った。

また同じ思いをするのかもしれないという恐怖はある。

けれど、引き攣った俺の顔を見て大丈夫だよ、と笑った由比ヶ浜を見ると、決壊したダムのごとく言葉が溢れ出した。

 

 

 

 

……………

 

…………

 

………

 

……

 

 

「そっか、それであたしが困るかもしんないから周り、気にしてたんだ」

 

結局、全てを話した。小さい頃のことから、昨日の小町との会話まで。勉強の時はあんなにあっさり集中力を手放して由比ヶ浜は最後まで真剣な顔で俺の話を聞いていた。

 

「たぶんさ、あたしが気にしないって言ってもヒッキーは気にするんだよね。あたしだってどんだけヒッキーが事故のこともう終わりって言ってもずっと気にしてるし…」

 

「…そうだな」

 

ああなるほど、そりゃあ無理だ。

人が1度抱いた感情はそうそう変わるものじゃない。特に罪悪感はそう簡単に消えることはなく、結果として上手くいっても心に残り続けるのだ。

 

「でも、だからってあたしと一切関わらないとかは嫌だよ…」

 

「そりゃ俺もそんなことはしたくねえよ。けど、誰かが由比ヶ浜にあいつと付き合ってんの?とか聞いてくるのは時間の問題だろ」

 

「そうかもしんないけど…」

 

あの質問のたちの悪いところは、否定すればするほど「みんな」が盛り上がっていくことにある。そうなれば一緒にいようがいまいがネタにされるだけだ。そうしてさんざん面白がって、飽きれば話題にしなくなるだけ。

 

 

やはり目の話をしたのはミスだった。

俺は気まずいし由比ヶ浜は俯いてうーうー言ってるし。

今日はもう帰った方がいい。そう提案しようとすると、むん、と気合を入れた由比ヶ浜が顔を上げた。

 

「ヒッキーはキモくない!」

 

「……は?」

 

予想だにしなかった言葉に、間抜けな音が口の端から漏れるが、由比ヶ浜は気にしている様子もない。

 

「ヒッキーはキモくなんてない!だからカッコよくなろう!」

 

「待て待て、接続詞の前後の内容がつながってねえぞ」

 

「あたしはそう思ってないけど、ヒッキーは自分がキモいから一緒にいたらあたしにふ、ふりえき?があるって思ったんでしょ?だったらカッコよくなればいいよ!」

 

すげえ、言ってることが全然わかんねえ。

後で小町に通訳してもらおう。

 

「ほらヒッキー、行くよ!」

 

「おい待て、それがなんの解決に…待て引っ張るな、だいたいどこ行くんだよ?」

 

由比ヶ浜は善は急げとばかりにリュックを背負い、伝票を手に立ち上がった。

手を掴まれ、引っ張られるように立ち上がってしまった俺はあとに続かざるをえない。

 

「へっ?わ、わかんないけど行くったら行くの!」

 

 

聞かん坊かお前は。行き先くらい決めてからにしなさい。

 

 

 

…と、反抗はしたものの。

由比ヶ浜に引っ張られるまま、支払いを済ませてサイゼを出るとそのまま駅へと向かった。

 

男と女だ。力比べをしたら俺が勝つに決まってる。手を振りほどいて帰ることだってできる。

けれどされるがままになっているということはつまりそういうことなのだ。

 

俺は、嬉しいのだ。

 

初めて、自分の過去を、俺自身でも半ば諦めていた目のことを、否定せずに一緒に考えてくれたことが。

出した結論はだったらカッコよくなろうなんてめちゃくちゃなものだけど。

めちゃくちゃだってことに気づきもしないで、「とりあえずららぽ行こうっ!」なんて大真面目に言っちゃってるけど。

また1歩、前に進めた気がした。

 

 

「…ありがとな」

 

その声は聞こえたのだろうか。俺の手を握り、暴走列車のような勢いで駅のホームへと走る由比ヶ浜は全く周りが見えていないように見える。

だから、いったん落ち着けという意味も込めて。

何よりも、この温かな感情を少しでも伝えたくて。

握られていただけの右手で、由比ヶ浜の手を握り返した。

 

 

 

 

ー由比ヶ浜結衣ー

 

なんで、友達になろうって思ったのか。

そんなのわかんない。でも、近くにいたいって思ったから。

 

サブレを助けてくれたからとかじゃない。

3週間も入院して、友達いないからでもない。

 

まだヒッキーの好きなものとか、ふだん何してるのかとか、知らないことばっかりで、でも知りたいって思ったから。

 

他の男子とヒッキーって何か違うんだ。初めてちゃんと会ったとき、顔を見た瞬間から、何か違った。

話をしてみたらやっぱり違くて。

男子と、初めて仲良くなりたいって、思った。

 

やっぱりまとまんない。

だから、なんで、って聞かれても困る。

 

 

なんでかはわかんないけど、ヒッキーが考えた方法があたしと一切関わらないっていうのしかなかったのが悔しかったし、悲しかった。

ただ仲良くしたい、知りたいってだけなのになんで、って。

 

小町ちゃんの言うことを信じるなら、ヒッキーがカッコよくなっちゃえばいい。

あたしはそのままでもカッコいいと思うけど…

と、とにかく目だっけ?

目…眼鏡とかかなぁ…

 

そう思ったら、座ってなんかられなくて、手を引っ張ってサイゼを出てた。

あたしは他の誰かじゃなくてヒッキーと一緒にいたいんだ。

2人とも自然に話せるようになったら、もっと仲良くなれるようにがんばろう。

 

気合いを入れながら階段を上がってたら、後ろから声が聞こえた。「ありがとな」って。

すっごく小さい声だったけどちゃんと届いて。

そのあとヒッキーが手、握り返してくれて。

ちょっと前に進めたかなって嬉しくて、あったかい気持ちになりながら、ちょうど来てた電車に2人で乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけでここまでです。

原作開始時点のヒッキーより1年前のヒッキーなので、原作ほどニヒルのニヒルさは出していません。
え、別にニヒルじゃない?いえそんな。

今回もここまで読んで頂き、ありがとうございました!

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