戦国†恋姫~水野の荒武者~   作:玄猫

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22話 長尾の宿老、長尾の鬼【沙綾&貞子】

「……」

 

 シャキン、シャキン。

 

「……」

 

 シャキン、シャキン。

 

「……あー、何か用か?貞子どの?」

「い、いえっ!」

 

 何故か朝からずっと背後に気配を感じていた藤十郎はたまりかねて付いてきていた気配に声を掛ける。顔を出した貞子は若干挙動不審である。

 

「あの、いつからお気づきに?」

「いや、気付くも何もずっと刀を抜き差ししていれば分かるだろう?」

「す、すみません!癖でして……」

「ふむ……」

 

 朝から葵は美空と話があるということでまたまた一人にされた藤十郎は暇をもてあましていたりする。

 

「貞子どの。暇なら俺の相手をしてくれんか。やることがなくてなぁ」

「ふふ、水野どのほどの方が……」

「水野どの、か。実はあまり言われなれておらんでな。よかったら藤十郎と呼んでくれ」

「し、しかしっ!」

「いいじゃろう、貞子よ。それとも照れておるのか?」

 

 そう言って現れたのは沙綾だ。

 

「おぉ、うさどの。暇ならば相手をしてくれんか?」

「相変わらず面白い奴じゃな。長尾の宿老である儂をつかまえて暇とは!」

「はははっ、違ったか?もうそろそろ引退だと思ったのだが?」

「ぬかしおるわ。儂の引退は我儘姫やその娘たちが儂の手から離れるときになったら、じゃろうな」

「一体いつまで現役でいるのやら」

 

 

「たまには昼から酒というのも悪くないな」

「じゃろう?」

「うささま。またこのような場所で酒盛りなどしていては美空さまに小言を言われるのでは?」

「俺の相手をさせられた、といえばいいだろう。事実だし、小言は俺に来るだろう」

 

 酒をくっと飲み干す。

 

「ほら、貞子どのも飲め飲め!」

「と、藤十郎どの!?よいのですか、葵さまに怒られるのでは?」

 

 貞子の言葉に一瞬藤十郎が固まる。

 

「くくくっ、鬼日向と呼ばれておっても妻には敵わぬか」

「……俺は葵に勝てたためしがないからなぁ」

「よく言うわ。……ただそこまで想われて葵どのは幸せじゃの」

「うさどのにはおらんのか?」

「ほほぅ、儂にそのような質問をするか、孺子?」

 

 すっと目を細めて沙綾は藤十郎を見る。

 

「あぁ、すまんな。剣丞いわく、俺にはでりかしぃとやらがないらしくてな」

「言葉の意味は分からんが言いたいことは分かるのぉ。まぁ答えてやろう、少なくとも今はおらぬよ」

「そうなのか。少し意外だな」

「ほぉ、藤十郎には大人の魅力が分かるようじゃな」

 

 かかかっ、と笑い酒を飲み干す沙綾。

 

「で、だ。藤十郎は儂を口説いておるのか?」

「うさどのを?……はははっ、面白いことを。俺のような小童、うさどのからすればまだまだ餓鬼だろう?」

「ふむ、人のことは分かっていても自分のことはあまり分かっていない。そんな感じかの?」

 

 そういって沙綾は貞子を見る。

 

「えぇっ!?こ、ここで私、ですか、うささま!?」

「儂は意見を聞いとるだけじゃよ?」

「と、藤十郎どのは……」

 

 

「……」

「……くくくっ、相変わらずじゃな、貞子よ」

 

 唖然とする藤十郎と楽しそうに笑う沙綾。それは貞子の口から放たれた藤十郎という人物についてだった。そこまで深く関わっていたわけではないのに細かな仕草や癖などを全て言った上に、藤十郎という人物の評価が異常に高いのだ。

 

「細かな癖を見抜かれておるぞ、藤十郎?」

「むぅ、しかしその目は凄いな。戦場でも活かせるものだ」

「藤十郎、そなたはまるで剣丞と同じであるな」

「……最近、よくそう言われるんだが」

 

 腑に落ちないといった顔をした藤十郎を見て顔を真っ赤にする貞子。

 

「こ、これはあくまで私が感じた感想ですので!」

「褒められて嫌な奴はおらんだろう。そこまでの評価に足る人物かどうかは分からんが」

「藤十郎どのはご立派です!それに個人の戦果や……」

 

 またスラスラと藤十郎の挙げてきた武功を次々に言っていく。

 

「よく知っているな」

「藤十郎どののことですから!」

 

 次は自信ありげな様子で胸を張る貞子。

 

「藤十郎、気に入られたのぉ」

「そう、なのか?」

「うむ。貞子は気に入ったものを観察する癖があるからじゃ。これだけよう観察されてるということはかなりの気に入りようじゃな。いつの間に口説いたのじゃ?」

「だから口説いてはいないと……」

「あ、あの、藤十郎どの?」

「ん、何だ?」

「わ、私などではご不満ということでしょうか……」

 

 貞子の言葉を理解できずに首を傾げる。

 

「ど、どのような身分であっても藤十郎どのと結婚することは出来ると……で、でもでも、藤十郎どのが嫌ということでしたら大丈夫です。そのときは……」

 

 後半がごにょごにょと言っていてよく聞こえなかった藤十郎だが。

 

「何故そうなる。後半は聞こえなかったが貞子どのも美しい女性だと思うぞ?もっと自信をだな……」

「う、美しい……っ!」

「あー、やってしもうたのぉ」

 

 楽しそうに沙綾が笑う。ごにょごにょと何かを言っている貞子が若干恐ろしくもあるが一旦おいておくことにした。

 

「やってしまった、とはどういう意味だ」

「貞子に本気で気に入られてしまったということじゃよ。気に入った相手を観察する癖があるといったじゃろう?」

「あ、あぁ。だが、貞子どのほどの女子であれば引く手数多だろう?」

「……そうか、無意識なのじゃったな。やはり剣丞と同じ……いや、剣丞よりも性質が悪いかもしれんの。考えてもみよ、まぁ儂も貞子の見目は悪くはないと思うのじゃが……まだ生娘だということを知れば、なにやら理由がありそうとは思わんか?」

「……」

 

 まだ、何処か別の場所にいるかのようにブツブツ呟いている貞子を見てなんとなく理解する。

 

「……葵に害が及ぶようなら容赦はせんぞ?」

「大丈夫じゃろうて。……多分じゃが。害するならお前を殺して私も死ぬ、とかいうような奴じゃからな」

「……あー、まぁ葵が大丈夫ならいいか」

「ほう?自らの危険は大丈夫と?」

「自分の身は自分で守るさ。それに俺は鬼日向だぞ?そうやすやすとはやられんさ」

「その自信やよし!儂から御大将には伝えておくから安心せよ」

「伝えるとは?」

「あぁ、貞子と儂を貰ってくれるのじゃろう?」

 

 

「……古兎、今なんて言ったの?」

「じゃから、儂と貞子は藤十郎の嫁に行くぞ、と」

 

 しれっとした顔で重大なことを言う沙綾にさすがの美空も固まる。

 

「……な、な、な」

「み、美空どの?」

 

 まだ部屋で話をしていた葵も表情を引き攣らせているが震える美空を気にかける。

 

「何でアンタが藤十郎に蕩らされてんのよ!?そんな兆候なかったでしょ!?」

「いい男に惹かれるのは仕方のないことじゃ。のぉ、葵どの?」

「え、そ、そうです……ね?」

「頭痛くなってきたわ……」

 

 ため息をつきながら眉間の辺りを押さえる美空。

 

「……悪いわね、葵。多分だけどさっきまでの予定変更ね」

「ふふ、分かりました」

「む?既に何か話しておる最中じゃったか?」

「そうよ!っていうかアンタも分かってるでしょ」

「ふむ、同盟の為か?」

「そうよ。……まぁ、そう言う意味では予定通りなんだけど……」

「まさか、儂ら以外にもあの男は蕩らしておるのか」

「本人たちに自覚があるかは知らないけど、少なくとも好意は抱いてるっぽいからその辺りを葵と詰めてたのよ」

「それはそれは……すまなかったのお」

「思ってもないこと言わないで。……でも、貞子って……あいつ大丈夫なの?」

「大丈夫じゃろ。……まぁ、もしものことも考えて儂も行くことにしたのじゃからな」

「そんな軽い感じで嫁に行くとか言うのね、あんた……」

 

 

「はぁっ!!」

 

 鋭い呼気と共に刀を振る貞子。向かい合っている藤十郎は軽く身体を捻ってその一撃を避ける。その動作で流れるように刀を抜き放つ。その藤十郎の一振りを鞘を巧みに使い弾く。弾かれた刀を藤十郎が引き戻すよりも早く、貞子が次の一手を打つ。瞬時に鞘を元の位置に戻すと藤十郎の腕を掴み背負い投げの要領で投げる。

 

「いい動きだっ!」

 

 にやりと笑った藤十郎が言う。腕を放した貞子の腕を空中でそのまま藤十郎が掴むと、思い切り腕を引く。

 

「え……!?」

 

 恐ろしいほどの勢いで宙高くに投げ飛ばされる。

 

「耐えろよ」

 

 ドン、という鈍い地響きの後、貞子をめがけて藤十郎が一直線に突撃する。勿論、空中でだ。二人の刀がぶつかり、刃と刃が交差する音が周囲に響き。

 

 

「流石は藤十郎どのですね。手も足も出ませんでした」

「いや、いい戦いだった。咄嗟の判断素晴らしかったぞ」

 

 模擬戦の後、互いの評価を語り合う藤十郎と貞子。

 

「ふむ。今後の作戦にも力を貸して欲しい人員を選ばないといけない状況だったからな。お前も候補だな」

「私が、ですか!?と、藤十郎どのにそこまで想われるなんて……感激です!」

「……何故か文字が違うような気がしたが、まぁいいか」

「でも、もし裏切ったら……」

 

 その後に貞子が何かを言っていたがよく聞こえずにそのままにした。

 

 

「藤十郎、また増やしたのね?」

「……あー、そ、そうだな?」

「何で疑問系?」

 

 クスクスと笑う葵。

 

「……いいのよ。さすがにもう藤十郎も気付いてるでしょ?この旅行の目的の一つ」

「……まぁ、薄々は、な。……ただ、まさかとも思うが……他家との繋がりを持つ……それも強い、婚姻という形で」

「概ね正解ね。……ただし、無理強いはしない。政略的な側面はあるにせよ、互いに思いあってのものがいい。剣丞どのがいたという平和な世界の話を聞いて、私たちの目指す形の一つになったもの」

「剣丞の奴。……あいつらしいな」

 

 何処か嬉しそうに頬を緩める藤十郎。

 

「本当に。……でも、それが理想だってことは否定できないわ」

 

 そっと藤十郎に葵が寄り添う。

 

「だって……私たちはそうでしょう?」

「……だな」

 

 葵の肩を抱き寄せる藤十郎。葵も嬉しそうに微笑む。

 

「とはいえ、まだ私たちのような結婚は少ないわ」

「聞くところによると民草は自由に婚姻を結ぶことも少なくないそうだがな」

「えぇ。……いつか、本当に平和な世の中になれば」

「皆が望む結婚が出来るように、か」

「藤十郎、私は幸せよ。だから、他の子たちにも幸せを与えてあげて?」

「剣丞ならいざ知らず、俺にもそれが出来るか?」

「出来るわ。だって、何度も言ってるでしょ?私は幸せだもの」


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