「次は長尾、か」
「えぇ。そういえば美空どのとは久々ね」
「だな。……ふぅむ、葵。恐らく手荒い歓迎をされるような気がする」
藤十郎の言葉に苦笑いを浮かべる葵。どうやら思い当たる節があるようだ。
「でも、藤十郎のせいでしょ?美空どのが貴方に対して攻撃的なのは」
「はっはっはっ!あれは俺のせいではないだろう」
笑いながら馬を進める二人だったが、その道をふさぐように現れる影が二つ。
「さて、俺の仕事だな」
「藤十郎、怪我させちゃ駄目よ?」
「分かっている」
馬から舞い降りた藤十郎が何処からともなく槍を取り出す。
「藤十郎ーっ!きたっすね!!」
「……遅い」
槍を構えた柘榴と傘を構えた松葉が藤十郎を迎える。
「遅くはない……と思うのだがな。まぁいい、少し手合わせしたい感じか?」
「今度こそ柘榴が勝つっすよ!」
「……守りは任せる」
「ははっ、葵も待たせているんだ。あまり時間はかけんぞ」
「そう、なら……やってみなさいっ!!」
突如、横から飛び出してきた美空の太刀を軽く受け流す。
「もう少し殺気は消したほうがいいぞ、美空」
「五月蝿いっ!」
「あぁ……もう御大将ったら……」
オロオロしている秋子を遠目に見て笑う藤十郎だったが、目の前の美空たちを見て槍を構える。
「いいぞ、来い」
ニヤリと笑うと魚十郎に襲い掛かる三人。周囲を吹き飛ばす爆音と爆風に目を瞑る葵。いくばくかの時間。響く剣戟と吹き荒れる風の中、目を閉じていると。
「葵、もういいぞ」
やさしい藤十郎の声が聞こえる。
「ちっ……相変わらず化け物じみた力ね……」
「うぅ~……負けたっす」
「……強い」
「あぁ、もう。御大将、お出迎えに行くといいながらこのような……」
「五月蝿いわよ秋子!だから行き遅れるのよ!」
「い、今それは関係ありませんよねっ!?」
明らかに不貞腐れた美空たちに先導されて春日山城へと向かう。
「はっはっはっ!いい加減に機嫌を直せ、美空」
「五月蝿いわよ!大体アンタ、何で私にだけそんなに馴れ馴れしいのよ!?」
「ん、構わんだろう?同盟相手だし剣丞の妻なのだろう?」
「だ・か・ら!何で私だけなのよ!?」
まるでじゃれ合うように歩いていく藤十郎と美空を見て微笑んでいる葵。
「も、申し訳ありません、葵さま。うちの御大将が……」
「いえ、構いません。……あんなに楽しそうな藤十郎、なかなか見られないですよ」
ぺこぺこと頭を下げてくる秋子に微笑んで返す葵。
「しっかし、御大将もなんだかんだ言いながら楽しそうっすよねぇ」
「……御大将は、ツンデレ」
「柘榴、松葉!!聞こえてるわよっ!」
指を差しながら吼える美空。
「まぁ、落ち着け。そんなことで剣丞の妻が務まる……ふむ、務まるな」
「……喧嘩売ってるなら買うけど!?」
頭をポンポンと撫でてくる藤十郎の手を弾き睨み付ける美空。そんな態度にも藤十郎は何処吹く風だ。
「そうカリカリするな。老けるぞ?」
「だ、誰のせいだと思ってるのよ!?」
「……一応、歓迎はしてあげるわ。葵、ようこそ春日山へ」
「おい、美空。俺を省いているのはわざとだろう?」
「当たり前でしょ!葵は歓迎してあげるって言ってるんだから満足しなさいよ!」
「まぁ、俺は構わんが」
「あーもう!!いいわよアンタも歓迎してやるわよ!!」
顔を背けながらそう言う美空。
「ホント素直じゃないっすねぇ」
「御大将だから仕方ない」
「柘榴!松葉!」
「はっはっはっ、相変わらず仲のよい主従だな」
「あー、もう!調子が狂うわ!秋子は二人を部屋に案内しなさい!夜は宴を開くから」
「ありがとう、美空どの」
「呼び捨てでいいわよ」
「それではお二人をご案内しますね」
「ほう、美空なのにいい部屋に通してくれたな」
「もう、藤十郎。あまりからかっては駄目よ?剣丞どのの奥方なのよ?」
「分かっているさ。……だが、あ奴を見ているとどうしてもなぁ」
「……藤十郎?」
「わ、分かっている」
そんな会話をしていたときだ。外が少し騒がしく……いや、騒がしい足音が向かってくる。
「ん?」
「どーん!!」
そんな言葉と同時に部屋の襖を開けて入ってきた少女を見て葵と藤十郎は表情を緩める。既に顔見知りの相手であったからだ。
「おう、愛菜か」
「藤十郎さま、葵さまお久しぶりでございますぞ!どーん!」
「ははっ!相変わらず元気だな、愛菜」
「空さま一の忠臣として当然ですぞ!どーん!」
「ふふ、可愛い」
「あ、あの、お久しぶりです」
「おお、空も健在か」
「は、はい。藤十郎さまも、葵さまもお元気そうで」
空は愛菜と反して丁寧な挨拶と物腰で接してくる。それに優しく微笑むと頭を撫でる。
「で、どうしたのだ?」
「あ、はい。ご到着されたと美空お姉さまにお伺いしたので……」
「わざわざ出向いてくれたということか。ありがとう」
「い、いえ……」
藤十郎に頭を撫でられ少しくすぐったそうにする空。
「失礼致しますの」
もう一人、小柄な少女が入ってくる。
「あら、空さまと愛菜さんお先に来られてたですのね」
「愛菜は空さま一の忠臣!このくらい当たり前のことでございますぞ!どやっ!」
「ふふ、名月さんも元気そうですね」
「はい、葵さま!次期後継者の空さまの支えとなれるよう日々勉強ですの!」
「長尾もお前たちがいれば安泰だな。どうだ、少し俺たちの話し相手になってもらえるか?」
「は、はい!私たちも葵さまと藤十郎さまに、色々とお伺いしたいこともありますし」
「あら、私たちが答えられることなら何でも聞いて?」
そして夜の宴の席。
「……藤十郎」
「おう、どうした」
「空たちの相手をしてくれたみたいね。一応感謝しておくわ」
「俺たちも楽しませてもらったさ」
「……アンタ、なんだかんだいいながら面倒見良いわよね」
「そうか?」
「戦で負けたことも、あの後の手紙も癪には障ったけど……まぁ剣丞も認めたことだし特別に許してあげるわ」
「はは、そうか」
ポンポンと頭をたたく藤十郎を睨み付ける美空。
「だから!アンタは何で私にはそんなに気軽なのよ!」
「何でだろうなぁ。俺にもわからん」
はぁ、とため息をついて葵の元へと立ち去っていく。
「藤十郎ー!一緒に飲むっすかー!」
どん、と背後から頭を抱きしめるように絡んでくる柘榴。
「柘榴か。って、おい。何で抱きしめる。胸があたっているぞ」
「当ててるんすよ-!スケベさんは喜んでたっすよ?」
「……藤十郎は嬉しくない?」
「う~む。嬉しくないといえば嘘になるかもしれんが……俺には葵がいるからな」
「はー。スケベさんとは違うんすねー」
「その割には奥さんは増えてる」
松葉の的確な突っ込みに藤十郎は苦笑いを浮かべる。
「俺はそんなつもりはないのだがなぁ」
「スケベさんと同じようなこと言うんすね」
「……褒め言葉と受け取っておこう」
「柘榴は藤十郎のこと嫌いじゃないっすよ?」
「ははっ、俺も柘榴のこと嫌いではないさ」
「強い男は嫌いじゃない」
「松葉もか。お前らは剣丞の嫁じゃないのか?」
「違うっすよ?スケベさんのことも嫌いじゃないっすけどね」
「同じく」
「まぁ、あせることもないだろう。お前たちならば貰い手は幾らでもいるだろう」
「そんな軽く言って。もしものときは責任とってくれるっすか?」
「そんな心配は無用だろう」
笑いながら二人の頭を先ほどの美空のように撫でる。
「む……松葉、なかなかの難敵っすよ」
「……スケベといい勝負」
そんな言葉を交わしながら立ち去る二人を不思議そうに見送る藤十郎。
「ん、藤十郎。一人かの?」
「うさどの」
「ご無沙汰しております、水野どの」
「貞子どのも、久しいな。さっきまで柘榴たちが居たのだが何処かに行ってしまった」
「ほほっ、振られたか?」
「さぁな。しかし、いつ飲んでも越後の地酒はいいな」
「であろう?」
そういった沙綾の杯が空になっているのを見た藤十郎が酒を手に取る。
「さすがは気が利くのぉ。蕩らしの君とは良く言ったものじゃ」
「それは俺ではなく剣丞だろう?」
「ふふ、同じことだと思いますよ?」
「あいつと一緒は困るな」
笑いながら互いの杯に酒を注ぎ合う。
「おぉ、そうだった。ほれ、土産だ」
「む?……これは梅干か?」
「あぁ。俺の知る限り最高級の味だ。よかったら食ってみろ」
「……ふむ。確かに旨いの」
「本当に。……どうして美空さまではなく私たちに?」
「はは、あ奴に直接俺が渡しても素直に受けとらんだろう。この席で楽しんであまったらあいつにも渡してやってくれ」
「全く、気が利くのか利かんのか。分からんのぅ」
「ふふ、素直じゃないですね」
「素直じゃないのは美空の特権だろ?」
「藤十郎も結構飲んだんじゃない?」
「あぁ。流石に効くな。越後の地酒は。まぁ俺は大丈夫だが葵は大丈夫なのか?」
酒を呑んで火照った葵の身体を優しく抱き寄せる藤十郎。
「そうね。いつもに比べると少し飲みすぎたかしら?」
「大事な身体なんだ。無理はするなよ?」
「ふふ、ありがと。でも大事なのは貴方も同じよ?」
「気をつける。……しかし、旅行に出て結構立つな。……う~む、藤千代は」
「元気よ。定期的に報告してもらってるじゃない」
「だが、気になるものは気になる。仕方あるまい?」
「ふふ、私もそうだから否定はしないけど。でも、帰ったら他の子たちもちゃんと相手してあげなさい」
「分かっている」
「でも、今は……」
静かに夜は更けていく。