戦国†恋姫~水野の荒武者~   作:玄猫

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19話 家族の為、己の為【夕霧】

「ふぅ、確かにいい湯だな」

 

 夕霧から案内された湯につかり、ご満悦の藤十郎。

 

「しかし、こんなにいい湯ならば葵と来たかったな」

「すまんでやがりますなぁ。相手が夕霧で」

 

 突然岩の裏側から夕霧の声が聞こえる。

 

「おぉ、夕霧か。お前が相手をしてくれるのであれば嬉しい限りだが?」

「はは、抜かしやがりますな。あんなに素晴らしい嫁を持っておきながらまだ足りないのでやがりますか。さすがは天下に二人しかいない蕩らし人でやがるな」

「そちらこそ抜かすな。……っと言いたいところだが、なかなかに否定できんのも事実だからな」

「懐が大きくなったというか、なれたというか。それでいいでやがりますか?」

「……まぁ、葵の考えもあるからな。まぁ、いささか変わり者が多い気がするがな」

「……それは仕方がないとおもいやがりますが」

 

 苦笑いを浮かべているのが伝わってきて藤十郎も苦笑いになる。

 

「で、だ。……ふん、まだこの辺りにもいるのか」

「何がでやがります?」

「あっちの世界に行ってから鼻がよくなってな。桐琴には羨ましがられたが、少し散歩と行くか」

「……っ!」

 

 恐ろしい勢いで迫ってくる気配。

 

「鬼……でやがりますか!」

 

 ザバリと湯から上がると身体を拭くこともなく着物を羽織る。手元に得物を手繰り寄せるのと同時に大猿のような鬼が数匹飛び出してくる。

 

「人の風呂を邪魔した罪は重いぞ、ケダモノども!!」

 

 その鬼にそれ以上の速度で突撃する影。勿論、藤十郎だ。彼の手には普段の槍は握られていない。が、それをみた夕霧は驚く。その左半身が鬼のようになっていたからだ。

 

「消えろ。人を邪魔してんじゃねぇ」

 

 目の前で鬼が怯むのが見える。明らかに恐れているのだ、藤十郎を。

 

「まぁ」

 

 ぶれるように掻き消える藤十郎。

 

「にがさねぇけどな」

 

 巨大になった鬼の手で叩き潰す。ものの数秒。一呼吸の間に鬼をたたき伏せたのだ。

 

「あ、ありえない力でやがりますな……」

「ふぅー……だが、これを使うと疲れるんだ」

「……疲れるって……!?」

 

 振り返った藤十郎を見て固まる夕霧。ふわりと吹き抜けた風が藤十郎の腰に巻いていた布を飛ばしたからだ。

 

「む」

「~~~!!」

 

 言葉にならない悲鳴を上げて顔を真っ赤にする夕霧。

 

「……あー、すまん」

 

 

「全く、嫁入り前の娘になんてものを見せてやがりますか……」

「はっはっは、すまんすまん。としか言えんが」

 

 ため息をついて半ばあきらめ気味の夕霧。馬たちはなにやら嬉しそうにしているのが不思議なのだが。

 

「葵どのは一体どんな教育をしてやがりますか」

「おいおい、俺は別に葵に教育されてないぞ」

 

 

「と、いうことがありやがりまして。姉上も何とか言いやがってくだされ!」

「……そう」

「あ、あはは……」

「……藤十郎」

「な、なんだ葵」

 

 家族会議。知らない人が見たらそう言う風に見えるだろう。男が藤十郎一人で明らかに劣勢に追いやられていた。厳密には葵一人によって。

 

「しっかりと謝罪しなさい」

「いや、あれは不可抗力でな。それに一応謝罪は……」

「藤十郎」

「も、申し訳ない」

 

 頭を下げた藤十郎の頭をさらにたたきつけるような勢いで葵が押さえつける。

 

「あ、葵、ちょっと痛いんだが……」

「反省しなさい。貴方のしたことは謝罪だけですむ問題じゃないのよ」

「あ、葵ちゃん、そこまでしなくても……」

「いいえ。薫さんの優しさに甘えるわけにはいきません」

 

 そういってチラッと夕霧に視線を向けた後に光璃へと向き直る。

 

「この度は我が夫、藤十郎が失礼をしました」

「……ん」

「あ、葵。少し力を抜いてくれんか」

「……葵」

「……はぁ」

 

 葵の手が離れると藤十郎が頭を上げる。その額には赤い跡が付いていた。あの鬼との圧倒的な戦いが想像できない間抜けな姿に夕霧がつい噴き出してしまう。

 

「ふ、ふふ」

「……夕霧?」

「い、いえ、姉上すまんでやがります。ふ、ふふ……」

「……おい、人の顔を見て笑うのは失礼だろう」

「と・う・じゅ・う・ろ・う?」

「……」

 

 この場に来てから藤十郎に対してほとんど名前を呼んでいるだけで制している葵である。

 

「……夕霧、楽しい?」

「楽しい?……ふふ、そうかも知れないでやがりますね」

「……そう」

 

 

 そんな藤十郎の反省会のようなものが終わった後。

 

「……夕霧」

「姉上、どうしやがりました?」

「……したいようにしていい」

「……と、いいやがりますと?」

「ふふ、夕霧ちゃんもそろそろ身を固めたらってことじゃないかな?」

「……はっ!?」

 

 

「藤十郎」

「ん、なんだ」

 

 先ほどとは打って変わって葵に膝枕された状態で藤十郎が答える。

 

「夕霧どののことどう思う?」

「ん、そうだな……」

 

 今日のことを思い出しているのだろうか、少し思案して。

 

「己よりも家族を第一に、という風に感じるな。ある意味昔の葵のような……」

「私と似てる?」

「いや、全然。だが夕霧がいれば武田は安泰だろうと感じた」

「ふ~ん。結構高評価なのね」

 

 そんなことを言いながら優しく頭を撫でる葵。

 

「いい子だと思うぞ。まともな戦であれば戦いたくはない相手になるな」

「藤十郎より強い?」

「それはない」

「ふふ、自信満々ね。日の本で今藤十郎に勝てる人ってどれくらいいるのかしら」

「……う~む、御家流も全て込みで考えればどうだろうな、綾那……くらいしか知らんが、西国にも綾那と似たような奴がいるというしな」

「早く天下を治めないとね。この付近に出た鬼というのも気になるわ」

「うむ。駿府へ向かったときに……思い出すだけでもいやだがあのときの鬼猿に似た奴だった。まぁそういう固体だったというだけなのかもしれんが」

「難しいことは後にしましょう。……藤十郎、ここまで話したのだから何が言いたいのかは分かるわね?」

 

 葵の言葉に眉間にしわを寄せる。

 

「むぅ……」

「最後は貴方が決めることだけれど。……そうね、いやかもしれないけれど、これは徳川の為でもあるのよ」

「徳川の?」

「えぇ。打算的でいやかも知れないけど、武田、上杉、今川は徳川と共に東を治めている。これはいいわね」

「あぁ」

「でも……正直に言うと、徳川というよりは剣丞どのを中心としたつながりが強いの。だから」

「だから、徳川の側にも……か」

「恐らくだけれど、こちらからそれを理由に持ちかければ話はすぐに進むでしょう。でも」

「ふ~む。今回の旅行にはそういった意味もこめられていたのか」

「そうね。悠季には聞いていなかった?」

「あぁ。『楽しんできてくださいね、色々と』と意味深なことは言われたが」

「ふふ、でも私のことを放置しちゃだめよ?」

「当たり前だ。葵も藤千代も。俺の愛する家族だからな」

 

 

「全く、姉上たちは一体何をいいやがる……」

 

 ブツブツと独り言を言いながら夕霧は歩いていた。

 

「突然婚姻の話など……」

「おや、典厩さま。何やらお悩みですか?」

「一二三に湖衣でやがりますか」

「す、すみません!少しお声が聞こえてしまいまして……典厩さま、どなたかと……?」

 

 ため息をつきながら軽くことの経緯を話す夕霧。それを興味深そうに聞く一二三。

 

「ふむ。それで典厩さまは如何なさるおつもりで?」

「……家の為を考えれば夕霧が嫁ぐのも悪くはないでやがりますからな。後は向こうの意志次第でやがります」

「だ、だから男性は……」

「あはは、湖衣は剣丞どのと接しても男性嫌いは直らなかったねぇ。それはそうと……典厩さま、お嫌であればお断りしても大丈夫かと思われますよ?」

「そ、そうですね。お屋形様も最後は典厩さまの御意志を尊重されるかと」

「でも……ふふ、剣丞くん以来に興味沸くねぇ」

「ちょ、ちょっと一二三ちゃん!?」

 

 そんな会話をしていたときだった。

 

「ん、おお夕霧」

「と、藤十郎どの」

 

 会話の内容を聞かれてしまったかと少し珍しく動揺してしまった夕霧だったが、藤十郎の様子を見るにその心配はなさそうだった。

 

「すまんな、歓談中だったか?」

「いや、たいしたことないでやがりますよ。紹介するでやがります」

「武藤昌幸、山本晴幸……だな」

「ほぅ、私のことをご存知なのですか」

「わ、私のことも……?」

「ははは、同盟国の強者のことは知っているのは当たり前だろう。お前たちも俺のことは知っているだろう?武田の諜報部のお二人ならば」

 

 すっと目を細め一二三がニヤリと笑う。

 

「いやぁ、湖衣。私たちのことはばれてるみたいだよ」

「ひ、一二三ちゃん?」

「それで、藤十郎どの?典厩どのを口説きに参られたのですかな?」

 

 直球な質問に全員が唖然とする。

 

「違いましたか?はてさて、そういうことかと思ったのですが」

「……そうか、誰かに似ていると思ったら悠季に似ているのか」

「悠季、というと徳川の?」

「あぁ。腹黒狐だ」

「それでは私が腹黒のように聞こえるじゃないですか」

「幽とも似ているな」

「次々と女性の名前が出てきて……さすがは天下の女蕩らしといったところですかな?」

「……」

 

 苦笑いで肩をすくめる藤十郎。

 

「まぁ、その話はまた今度しよう。夕霧、少し時間いいか」

「だ、大丈夫でやがります」

 

 

「ふーん……」

「ちょっと一二三ちゃん!幾ら同盟相手だからってあの態度は怒られるよ!」

「大丈夫だって。あの程度でどうこうなることはありえないよ。……ふふ、あれは剣丞くん並な気がするねぇ。もしかすると典厩さまは……」

 

 

「なぁ、夕霧」

「なんでやがります」

「お前は家族が大事なんだろう」

「突然何をいいやがりますか。当たり前でやがる……」

「当たり前じゃないのがこの世の中だ。主君を裏切るも、親兄弟を殺すも。そんな中で家族を大事に出来るお前の心意気、俺は気に入った」

「は……?」

「互いに家の為という利害の一致、俺はお前を気に入っている。お前はどうだ?嫌われているのならば無理にとは言わんが」

「……」

 

 一瞬の沈黙。

 

「夕霧には、選択肢はないでやがりますよ」

「ある」

「え……?」

「それがたとえ家の為だろうと、政略だろうと。最後にそれに従うか否かを決めるのは自身だ」

「……ずるいでやがりますぞ」

「知っている。互いにある意味では選択肢がないのだ。だが……馬をあれほど大事に出来る女だ。いい女に決まっている」

 

 藤十郎の言葉に夕霧が一瞬ぽかんとした顔をする。

 

「……ん、今のは決め台詞のつもりだったんだが」

「……はははっ!!夕霧を笑わせるためかと思ったでやがります」

「剣丞のようにはいかんなぁ」

「兄上はもっと自然に蕩らすでやがりますよ」

「そうか?まぁ、俺は俺らしくだ。夕霧」

「は、はい」

「……また、遠乗りしよう」

「……はいでやがります!」

「まだまだ俺たちは互いを知らん。もっと知ってからでも遅くはあるまい。で、納得してもらおう。互いの家族に、な」


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