短めですが……。
いつものいちゃいちゃと……?
京を離れ、藤十郎と葵は一気に離れた武田家を目指していた。
「しかし、かなりの距離を移動したな」
「そうね。藤十郎は疲れてない?」
「はは、俺の心配よりは白石や自分の心配をしたらどうだ?」
優しく白石を撫でると嬉しそうに嘶く。
「白石は元気そうね。でも、武田には初めて行くわ」
「少しずつ寒くなってきている。大丈夫か?」
「ふふ、藤十郎がいるから大丈夫よ」
「ならいいが。無理はするなよ?」
躑躅ヶ崎館。
「思ったよりも早い到着でやがりますな」
門番に名を伝えて中から出てきたのは武田三姉妹の次女の武田信繁……夕霧であった。
「夕霧か。直接見えるのは」
「戦場以来……でやがりますな。あの時はしてやられましたぞ」
「はっはっはっ!何処へ行っても似たような苦言を言われるわ」
「もう、藤十郎。……此度はお招きありがとうございます、夕霧どの」
「こちらこそ感謝してやがりますぞ、葵どの。徳川からの支援のおかげでかなりこちらも助かってやがります」
藤十郎とは違い、既に何度か顔を合わせていたのだろう、葵は夕霧と打ち解けた様子で言葉を交わす。
「まぁ、武田家で根に持っている奴はいやがらないと思いやがりますから」
そう言って屋敷の中へと案内する夕霧。その先導に従い藤十郎と葵は歩を進める。
「む!貴様は……水野藤十郎なのら!」
ずさっ!と藤十郎たちの前に飛び出てきたのは兎々である。
「……なのら?」
「兎々、落ち着きやがるのです」
「れ、れも典厩さま!」
「兎々」
夕霧の言葉に何か言おうとした兎々を静かな声が再度制する。
「お、お屋形様!」
「姉上。ここまで来てやがりましたか」
「……葵、藤十郎」
音もなく静かに近づいてくるのは夕霧と兎々の言葉の通り光璃であった。
「光璃どの、お久しぶりです」
「ん」
葵の言葉に一言で返す光璃。だが、その視線は藤十郎にじっと向けられている。
「……」
「……」
「……だから止めた」
「む」
まるで用は済んだとばかりに背を向けて歩き出す光璃。その言葉に藤十郎以外の全員が首を傾げる。
「どういうこと、藤十郎?」
「はは、戦のときの話だな。……否定できんのが悲しいな」
その日の夜。
「水野勝成どのだな。噂は聞いておりますぞ」
「ん、お前は……」
「申し遅れました。拙は馬場信房と申す者。通称は春日ですので気軽に春日とお呼びくだされ」
「ほう、不死身の鬼美濃か!」
「おぉ、拙をご存知とは!鬼日向どのに知られておるとはいやはや」
「……もう鬼日向という名は流れているのか」
歓談する藤十郎と春日。それを不満そうに見る兎々。
「兎々、どうしたんだぜ?」
「む~、お屋形さまを攻撃した奴なのら!なんれ春日さまはあんなに打ち解けているのら!」
「もう、兎々ちゃんもいい加減に機嫌を直したら?」
唸っている兎々に声を掛けた粉雪と心。
「そうだぜ。あたいだってここに手出したこと許してやるんだぜ?」
「納得いかないの……ら!?」
なにやら春日が藤十郎に耳打ちし、藤十郎が手に取ったのは。
「「あ」」
粉雪と心の声が重なる。兎々がふらふらと藤十郎に近づいていく。
「ほれ、食うか」
「な、な、何のつもりなのら!」
「いや、好物と聞いてな。ならばどうかと思ったのだが」
桃をすっと切り分けると兎々の目前で右へ左へ動かす。それにつられて兎々も右へ左へと揺れる。
「……」
「あ……」
藤十郎が自分の口へと桃を運ぼうとすると兎々の口から寂しそうな声が漏こぼれる。それを見て藤十郎は笑いを堪えている。
「……こ、ここ、あいつ鬼なんだぜ」
「あ、あはは。剣丞さまも同じようなことをやってたよね」
粉雪が震えながら心にしがみつく。心は苦笑いである。
「……全く、藤十郎ったら」
「……気持ち、分かる」
「姉上、それ聞いたら兎々が泣きやがりますよ」
「あはは……」
そんな藤十郎を見て葵が頭を抑えながら呟く。それに答えたのは光璃、夕霧、薫だ。
「ですが、お三方は剣丞どのの奥方、でしたか?」
「……それは私」
「わ、私もお兄ちゃんのお嫁さんに立候補してるよ?」
「夕霧は違うでやがります。姉上たちを支えなければダメでやがりますからな」
「そう、ですか。……光璃どの?」
「……自由」
「ふふ、分かりました」
「ねぇねぇ、お姉ちゃんたちなんの話してるの?」
「……秘密」
「ふふ、秘密です」
次の日。
「武田の飯はうまいな」
「全て心どのが作っているそうよ」
「ほぅ。武将でありながら料理もこなすか。……うむ、葵の飯といい勝負だな」
「あら、勝てない?」
「難しいところだな。で、葵はどう思う?」
「正直、勝てないわね。私も料理教わってみようかしら」
そんな言葉を交わしながら藤十郎と葵は食事を続ける。
「そうだったわ。今日は私は光璃どのと話があるから」
「あぁ。ならば俺は……」
「夕霧どのが遠乗りに連れて行ってくれるそうよ」
「きやがったでやがりますな」
既に馬を二頭準備していた夕霧が笑顔で声をかけてくる。
「おう。……いい馬だな」
用意されていた馬を見て藤十郎が感心した声を上げる。
「分かりやがりますか?」
「勿論だ。俺だって武士の端くれだ」
「端くれ、でやがりますか?日の本を救った英雄が」
笑いながら馬に跨る夕霧。藤十郎はまずは馬の正面に立つとそのままなにやら語りかける。
「……よし、今日は頼むぞ?」
軽く微笑むと最後に鼻先を撫でる。その後、首筋や背中を撫でると嬉しそうに嘶くと、藤十郎へと身体を摺り寄せる。そして服を優しく噛むような動作をする。
「はは、気に入ってもらえたか?」
「まさか、そこまで懐かせやがりますか」
「この子は女の子のようだな」
「……馬も蕩らしやがりますか?」
「どういう意味だ、それ」
苦笑いで馬に跨る藤十郎。
「遠乗りと聞いたが……少し飛ばしていいか?」
「別に構わんでやがりますよ。……武田騎馬を置いていくのは簡単じゃないでやがりますよ」
「よし、いい子だ」
結構な距離を移動した後、二人は馬を休ませていた。
「驚いたでやがります。まさかはじめての馬であれだけの速度で走りやがるとは」
「はっはっはっ!三河者もなかなかのものだろう?」
「三河者というよりは藤十郎どのが、だと思うのでやがりますが」
まさか自分以上の速度を出されると思っていなかった夕霧は素直に賞賛する。
「それで、かなり走ったが目的地は何処なんだ」
「今更でやがりますな。近くにある湯治場でやがります」
「ほう」
「既に貸切にしてやがりますから、ゆっくり出来やがりますよ」
「いいな」
そういいながら馬の手入れをする藤十郎。
「藤十郎どのは馬が好きなのでやがります?」
「ん、そうだな。武田騎馬もそうだろうが、人馬一体というのか。共に駆けるのはよいものだと思う」
「しかし、初めての馬にもそこまで懐かれるのはもはや才能でやがりますな」
「いい子だぞ?入れるものなら共に風呂に入れてやりたいくらいだな」
藤十郎に擦り寄る馬を見て夕霧は苦笑いを浮かべる。あそこまで懐かれてしまっては他の者が乗るときに支障が出るのではと思うほどであった。
「だが、そういう夕霧も馬に懐かれているじゃないか」
「当たり前でやがりますよ。この子は生まれたときから夕霧が育てたでやがりますからな」
「ほう……」
藤十郎が夕霧の馬へと近づく。
「藤十郎どの、その子は気性が荒くて夕霧たち姉妹しか……」
そこまで言った夕霧が言葉を失う。
「そうか、お前が戦場で夕霧を守ってきたのだな」
藤十郎の言葉に答えるように馬が嘶く姿を見たからだ。
「はは、戦場で俺と向かい合ったときにも武田の馬は退かぬ猛者だったからな」
「当たり前でやがりますよ」
そういいながら夕霧は真剣な顔で藤十郎を見る。
「ほぅ、しかしいい馬じゃないか」
「葵どのと乗ってきた馬、かなりの名馬だと聞いてやがりますよ?」
「白石か。あ奴もいい子だからな。葵をずっと守ってきたんだからな」
「馬を友としてみているのでやがりますね」
「それこそ当たり前だろう?」
夕霧の馬が藤十郎に対して頭を下げる。
「お、撫でていいのか?」
「え……」
撫でてもらえて満足そうに鼻を鳴らす愛馬を見て夕霧は再び言葉を失う。家中でも三人以外には触れさせもしないほどの警戒心を持った馬がはじめてあった藤十郎に対して従順な姿を見せているのだ。藤十郎に貸し出した馬はもとより人になれた馬であったのだが、夕霧の馬については全くの別物だったからだ。
作中で剣丞との絡みの少なかった?夕霧も可愛いですよね!
新婚旅行中に馬まで蕩らす藤十郎。