翌日、漸くといって良いのか分からないが、藤十郎と葵は二人で京観光をして回っていた。
「葵、どうだ!これならば藤千代に似合うとは思わんか!」
「はいはい。でも、藤十郎はホントに南蛮物がお気に入りよね」
京にも少しずつではあるが流れてくるようになった店で葵が苦笑いで藤十郎が手に取った服を見る。
「いやぁ、剣丞から見せられてな。葵と同じ綺麗な髪をしているのだ。似合うだろう?」
「……もぅ。そんなこと言って貴方仕事やどこかに行く度に藤千代に何か買ってくるじゃない」
「む、し、しかしだなぁ」
「駄目とは言わないけど買いすぎないこと。藤千代は何れ私たちの後を継いで日の本を守っていくのよ?」
「……う、うむ」
そんな会話を交わす二人を店員の女性たちはクスクスと楽しそうに見守っている。
「でも、これはいいわね」
「だろう!?」
「もう。……どちらにせよお土産は買っていくつもりだったからいいわよ」
「うむ!……ん」
チラッと何かを見た藤十郎が反応する。
「どうかしたの?」
「いや、なんでもない。じゃあコレを買ってくるから少し待っていてくれ」
「ええ」
「久遠姉さまから聞いてはいたけれど、美味しいわね」
「だな。俺も南蛮菓子といわれどんな珍妙なものが出るかと思ったが」
「ふふ、久遠姉さまから金平糖を頂いたときは驚いたわ」
「あぁ、アレか。俺も少し驚いたな。しかしこのかすていらとやらも美味しいな。うーむ」
「藤千代はまだ食べられないわよ?」
「さすがに分かっている。だが、綾那や歌夜、悠季辺りにも食べさせたいとは思わんか」
「……そうね。さすがに私たちのところまではあまり南蛮のものは流れてきていないから」
「そういえば、剣丞が商売を始めたといっておったな」
「あぁ、久遠姉さまが言っていた……飛脚さぁびす、とかいうやつかしら?」
「うむ。実験的に京や三河などの間を行き来しているそうではないか」
「特別な手形のようなものを交付して関所を通ることが出来るようにしているからね」
「それに頼めば運んでくれるのだろう?」
「そうね、さすがに時間がかかるんじゃないかしら」
「飛脚便のほうをお求めですか?それでしたら少し費用はかかりますが……」
「二、三日ほどで届くのね」
「夜通し走るらしいな。交代するとはいえ見上げたものだ」
「でも良かったの?藤十郎のお金なのだから私からとやかく言うつもりはないのだけど」
「ん、仕立てで頼んだことか?いいだろう。質はそこまで落ちぬとは言っていたが、新鮮な状態に越したことはあるまい」
常人であれば目が飛び出るような値段の配達を頼んだ藤十郎であった。
「しかし、剣丞も面白いものを考える」
「そうね。私たちも負けずに発展させていかなければね」
「っと、休みなのについ仕事の話をしてしまったな」
「ふふ、そうね」
そっと葵が藤十郎の手を取る。ちらと藤十郎は葵を見ると微笑み握り返す。
「どうした?」
「たまにはいいじゃない?」
「だな。幼い頃を思い出すな」
「そうね……」
そんな二人を道行く人たちは羨ましそうに時折男も女も見ほれたように立ち止まったりとしていた。そんな中でも空気を読めないものというのはいるものだ。
「おう、姉ちゃん!よかったらそんな男より俺たちとあそばねぇか!」
「……」
三人の男。チビ、デブ、ノッポと剣丞ならば「うわぁ……テンプレ」といったであろう三人組だ。
「おいおい、アニキが声かけてんのに無視すんじゃねぇよ、あぁ!?」
「……ひっ!?」
はじめに声を掛けたノッポ、絡むように威嚇するチビ、そして何かに気付き震え上がるデブ。
「どうしたって……ん……だ」
ノッポも顔を真っ青にして後ずさる。
「どうした、貴様ら。俺の女になにか用があるのではないのか」
藤十郎が三人組をにらみ付ける。
「ひ、あ、アニキ!?」
「ちっ、こっちは三人居るんだ、一気に……」
そこまで言ってゾクリと背筋が凍る感覚とともにまるで刀を首筋に当てられているような錯覚を覚える。
「今日は機嫌がいい。今立ち去れば許してやらんこともないが?」
「ず、ずらがるぞ!」
「ま、待って下さいアニキ!」
「ひぃぃぃ!!」
醜態を晒しながら走り去る三人組をため息混じりに見送る藤十郎。
「藤十郎ったら。あそこまで威嚇することなかったでしょう?」
「……ふん。あれだけで許してやったんだからむしろ感謝されるべきだと思うがな。……ん、どうした葵?」
「なんでもないわ」
手を繋ぐ形から腕を組むような形になり少し不思議そうな表情をしたが特に葵が何かを言うことはなかった。少し嬉しそうにも見えるのは気のせいだろうか?
「よく分からん」
「ふふ、それでいいのよ。藤十郎は」
夫婦であるから当たり前なのだが、藤十郎の口から自然と出た俺の女という言葉に葵が少なからず喜びを覚えていることに藤十郎は気付かないのであった。
二条館へと戻り、二人の部屋へと戻る。
「京の復興もかなり進んだな」
「えぇ。剣丞隊の方々がとてもがんばってくれたと聞いているわ」
「ほぅ?……人というのは強いものだな」
「そうね」
藤十郎が胡坐をかくと、それを見て何を思ったのか葵がそこへと座る。
「っと。どうした?今日はやけに甘えてくるじゃないか」
「嫌かしら?」
藤十郎を見上げるように葵が顔をのぞく。藤十郎は微笑むと葵を抱きしめる。
「そんなことがある分けなかろう?」
「ふふ」
「……あー……入ってよいか?」
珍しく困った表情を浮かべた一葉が襖を開けていた。
「ん、構わんぞ」
「……動じぬのだな」
苦笑いのまま入って来て藤十郎たちの前へと座る。
「ちょ、ちょっと藤十郎!」
「何だ?」
「離しなさい。一葉さまの前で失礼でしょう」
「構わんだろう。堅苦しいのは好かんと言っておっただろう?」
「……藤十郎、貴様わざと言っておるだろう?」
「ふふふ、バレたか」
葵を解放すると葵は藤十郎の隣に座り直す。
「葵、すまなかったな。余も主様とそういうことをしているときに入ってこられては正直気分は良くなかろう」
「い、いえ!お気になさらず」
「はっはっはっ!剣丞ならば甘えさせてもくれるだろう?」
「そうなのだ!聞いてくれ藤十郎!最近主様は余の相手をしてくれんのだ!何だ余の何が悪いというのだ!大体あ奴は……」
「……一葉さま、そのようなことを話しにきたので?」
背後から声を掛けられる。双葉とともに幽も着たようだ。
「あ、違った。こほん、藤十郎よ」
改まった様子の一葉を見て藤十郎は少し驚き居住まいを正す。
「余から頼みがある」
「頼み?」
「うむ。……葵とは既に話済みではるが……」
そういって葵へと視線を移す一葉。双葉がすっと一葉の隣へと座り二人で頭を下げる。
「不束者ではあるが、幽のことを頼む」
「……は?」
「か、一葉さま!?双葉さまも頭をおあげくだされ!」
藤十郎以上に驚いているのは幽だ。
「何故貴様が止める」
「いやいや、むしろこちらの質問です。どうして一葉さまと双葉さまがそれがしのために頭を下げるのです!」
「幽、私とお姉様にとって幽は家族も同然。その幸せを任せられる相手を見つけたのなら、私たちが頭を下げるに値するとは思わない?」
「い、いやいや、流石にそれは……」
「藤十郎、幽はこんな奴だ。自分の本音を見せぬし、口を開けばのらりくらりと避けるような奴だ」
「か、一葉さま?」
「だが」
真剣な表情でまっすぐに藤十郎を見る一葉。
「それでも、余と双葉にとってはかけがえのない存在だ。だからこの通りだ」
二人が再び頭を下げる。
「幽を幸せにしてやってくれ」
「……」
「……一葉さま、双葉さま……」
無言でそれを見る藤十郎と言葉をなくす幽。
「藤十郎」
「葵」
「……」
じっと葵から見つめられ藤十郎は暫しの間目を閉じる。
「顔をあげてくれ、一葉どの、双葉どの」
「……」
「俺は幽どののことを嫌いではないし、まぁ好ましい相手だと思っている」
「藤十郎どの!?」
「こちらこそ、よろしく頼む」
「ちょ、ちょっと待ってくだされ!それがしの意見は聞かないのです!?」
「「必要か(ですか)?」」
一葉と双葉が声を重ねて言う。
「い、いえ。流石に必要でしょう?それに藤十郎どのもさらっと何を……」
「直接的な語らいは少ない。が、幽どのの深い知識や昨晩語ってくれた歌。俺の胸にはしっかりと刻み込まれた。どうだ、難しく考えずともいい。一葉どのたちと離れずともいい。俺とも歌を交わしていかんか」
「……藤十郎どの。よいのですかな?それがしは柳のようでございますぞ?」
「俺も風のようだといわれる。ちょうど良いのではないか」
「藤十郎は嵐のようだけどね」
「葵」
「はいはい」
「……ふふ、それがしの負け、ですなぁ。藤十郎どの、不束者ではございますがよろしくお願いいたしまする」
「ふふふ」
「葵、改めて感謝するぞ。余の宝、頼む」
「はい。ですが、藤十郎の言ったとおり一葉さま方から引き離すつもりはありません。今後の徳川の動きからしても堺や京付近を拠点とすることも増えると思います。ですから、その時には私に気兼ねなく藤十郎に甘えてください」
「あ、葵どのまで」
「ふふ、その辺りは一葉さまや双葉さまにお伺いしてくださいね」
「むぅ……」
「はっはっはっ!たまには皆にいじられるのも悪くなかろう!」
一葉が嬉しそうに笑う。隣の双葉もクスクスと笑っている。
昨晩に続き、楽しい夜になりそうだった。
書いてて思いましたが藤十郎は絶対に親ばかになりますね。
しかも「俺よりも強い奴にしか嫁に行かせん!」とか言いそう。
……この世界に藤十郎よりも強い男はどれだけいるのだろう(ぉぃ