戦国†恋姫~水野の荒武者~   作:玄猫

50 / 60
16話 京の街、歌と杯と【幽】

 翌日。昨晩の出来事を藤十郎が笑いながら葵に話していた。

 

「……それで、話は終わったの?」

「うむ。いつもしてやられてばかりだったからな。虚を突いてやったわ」

 

 そう言いながら笑う藤十郎に軽くため息をつく葵。

 

「……今日の予定は変更するわ。私は一葉さまとの話を先倒しにすることになるわ」

「ならば俺も……」

「藤十郎は京を見て回っていて。たまには貴方も休みなさい」

「むぅ……」

 

 葵に言われてはあまり強く拒否できない藤十郎であった。

 

 

「……で、それで話は終わったのか?」

「はい。いやはや、私としたことがまさか藤十郎どのにやり返されるとは思いませんでしたなぁ」

 

 笑いながら言う幽に一葉が珍しくため息をつき、双葉は口元を隠して上品にクスクスと笑う。

 

「今日の予定は全て返上せい。葵との会談を先にすることにする」

「はて、それは構いませぬが……それを葵どのに相談せずとも大丈夫なのですかな?」

「ふふ、きっと大丈夫よ、幽。それと、幽もたまにはゆっくりと休んで京でも見て回ったらどうかしら?」

「うむ。余もそう思うぞ。ゆっくりしてこい」

「……どのような風の吹き回しで?」

「気にせんでもよい。余に任せておけば安心なことは幽も知っておろう?」

「……そこはかとなく不安があるのですが」

「ふふ、私も一緒にいますから……ね、幽?」

 

 一葉と双葉にそこまで言われては強く否定は出来ない幽。全く同じような出来事が同時に起こっていたことは葵、一葉、双葉の三人には分かっていたという。

 

 

「ふーむ。しかし休め、と言われては逆に困るものだな」

「休みと言われましても……普段ならば書などを読むところなのですがなぁ……」

 

 ブツブツと呟きながら門へと向かう二つの影。互いに何をするか考えているのか、珍しく前方に不注意な状態となっていた。

 

「「む?」」

 

 ぶつかる寸前に互いに気付き立ち止まる。

 

「幽どのか」

「おやおや、藤十郎どの。まさか」

「幽どのもか」

 

 追い払われたもの同士、直ぐに状況に気付く。……厳密には気付いていないのだが。

 

「ならば共に京を見て回らんか?酒ではないが、一人よりは楽しかろう」

「そうですなぁ。それがしも、何をして良いやら悩んでおりまして」

 

 そんな言葉を交わしながら共に歩き出す二人。それを見送る影が三つあった。

 

「……一葉さま、藤十郎がすみません」

「いや、あ奴であれば余は心配しておらん。後は本人たちの問題であろう、のう双葉?」

「はい、お姉様。私も藤十郎さまであれば信用に値すると思っております。旦那様からも……実は以前に言われていたんです」

「む?それは余も知らんぞ」

「幽とは……その、夫婦にならぬのですか、と剣丞さまにお尋ねしたことがあって。そのときに『ははは、たぶん幽は俺なんかじゃなくて……そうだな、藤十郎とかのほうが合うんじゃない?』と」

「……一葉さま、あの方は一体何者なんですか?」

「……不明、だな」

 

 

「それで、藤十郎どのは一体どのような予定だったので?」

「正直何も考えておらんかったが……そうだな、藤千代への土産になるものを見繕いたいな」

「ふむ、でしたら衣類などが売っている通りを見て回りますかな?」

「だな。で、場所分かるのか?」

「ははは、流石に京を治める将軍家に仕えているのですぞ。ささ、こちらです」

 

 

「……うーむ」

「ふふふ、藤十郎どのは藤千代どのを溺愛している、というのは風の噂では聞きましたがいやはや本当だとは……」

「はっはっはっ!子はよいぞ、幽どの。……うーむ、だがこれを買うとなると葵に怒られるやもしれん……」

「……正直、意外ではありましたが」

 

 真剣に陳列された着物や小物を見ている藤十郎を微笑みながら見る幽。

 

「お子様にですか?」

 

 店員らしき女性が声を掛けてくる。

 

「あぁ。女の子なのだが……京の流行などはあるのか?」

「そうですね……髪などは、お父様とお母様、どちらに近いかにもよりますが」

 

 幽をちらっと見て言う店員。

 

「い、いやいやそれがしは……」

「そうだな、藤千代は母親似の美人だな」

「ふふ、そうですか。でしたら……」

 

 否定しようとしていた幽に気付きもせずに真剣に店員の話を聞く藤十郎。幽が苦笑いを浮かべてそれを見る。

 

 

「いやぁ、すまんな。下調べと思っていたのだが」

「いえいえ、楽しんでいただけているようで何よりですよ」

 

 店を後にした藤十郎たちは軽く茶を嗜んだ後、目的もなく街を散策していた。

 

「しかし……よくここまで復興したものだな」

「人の力とは凄いものですな」

「ん、ここは……」

「渡月橋ですな」

「と、いうと虚空蔵法輪寺か。折角ここまで来たのだ、詣っていくか」

 

 

「そういえば、剣丞どのにお伺いしたのですが」

 

 詣りが終わり、橋へと差し掛かった辺りで幽が思い出したように言う。

 

「この橋はかっぷる……所謂恋人同士で渡ると別れるといううわさがあるそうで」

「ほぅ?確か十三詣りの折には振り返ってはならぬという話は知っているが」

「藤十郎どのが葵どのと来られる際にはご注意をば」

「はっはっは!俺と葵が別れることはない。死が分かとうとも……いや、俺は何があろうと葵よりも一秒でも長く生きるからな」

「それと別れるとは別では?」

「同じことさ。俺は自分の想いが変わらなければ良いと思っているからな。もし、葵が俺と居るのが辛いのであれば離れる。が、それでも俺が葵を愛しておることは変わらぬだろう。それ以前に、橋に呪いがかっていようと、必ず俺たちは元に戻るさ。……瀬を早み 岩にせかるる 滝川(たきがは)の われても(すゑ)に 逢はむとぞ思ふ、という奴だよ」

 

 藤十郎の言葉に納得したように幽が頷く。

 

「しかし、藤十郎どのがそこまで歌などにも通じているとは知りませんでしたぞ」

「悠季の相手もしているのだぞ?そのくらいは常識であろうて。まぁ、必要なければ振り返る必要もない。行くぞ、幽どの」

「はい」

「折角出逢った縁だ。俺と幽どのの縁も切れぬように振り返らぬように、な?」

「面白いことを仰る。やはり藤十郎どのも蕩らしの君でしたか」

「む、最近よく言われるのだがどういう意味だ。俺はあ奴みたいに誰でも彼でも声を掛けて回っているわけではないぞ?」

「……無自覚とは、時に罪ですぞ」

 

 そんな言葉を交わしつつ橋を渡る。

 

「特に問題はなかったな」

「ですな。まぁ分かっておりましたが。……というかそれがしと藤十郎どのは夫婦ではありませぬ故」

「ははは、確かにな。では、夫婦ではない男女が渡ればどうなるのだ?」

「さて?そのような話は聞いておりませぬな」

「逆に結ばれるのか?……ならばそれはそれで面白い話ではあるが。……そういえば」

「なんです?」

「幽どのは古今伝授の受け継いでいるとか」

「稚拙なれど一応は。興味がおありで?」

「ないといえば嘘になるな。まだ時間はある、折角此処まで来たのだ。何処かで話でもしていこうか」

「ふふ、よいですぞ」

 

 

「……で、帰ってきたと?」

「うむ。偶然ではあったが面白い時間だった」

 

 帰ってきた藤十郎から話を聞いた葵が頭を抱える。

 

「……藤十郎、貴方が昨日と今日やっていることの意味、分かっている?」

「む?……俺が何かしたか?」

「……はぁ。もういいわ。私と一葉さまたちとの間である程度話はついているから」

「何を言っておる?」

 

 

「幽、お前は馬鹿か?」

「な、何ですと!?一葉さまにそのように言われてはそれがしはなんと返してよいか……」

「お姉様、幽は自分の気持ちにしっかりと気付いていないのでは?もしくは……気付いていない振りをしているか」

 

 双葉の言葉に幽が口を閉ざす。

 

「……葵と話はつけておる。幽、好きにせい」

「と、いいますと?」

「藤十郎と結婚したいのならばせいと言っている。余にここまで言わせるな」

「……は?」

 

 一葉の言葉に驚く幽。

 

「……もしかして、幽は本当に自分の気持ちに気付いていないのかしら?」

「やれやれ、余や双葉にあれこれ言う割には未通女であるからな」

「な、なんという物言いをされるのです、一葉さま!」

「事実であろうて。全く、藤十郎も頼りがいがあるのかないのか……」

「ふふ、そう言うところも旦那様と何処か似ていると私は思いますが」

「日の本が誇る二大蕩らしであるからな。……幽、藤十郎が滞在するのは長くはない。しかと話をせい」

 

 

 昨晩と同じ場所で全く同じように一人で酒を呑む藤十郎。その傍らには同じように二つの杯が置かれていた。

 

「おやおや、連日一人酒ですかな?」

「はは、これはこれで風流であろう?幽どのが来なければ月と語っていたさ。そのための杯だ」

 

 既に注がれていたもう片方の杯を笑いながら幽に差し出す。

 

「どうだ、一献」

「……頂きまする」

 

 

 言葉もなく静かに月を見る藤十郎と幽。だが、間に流れる空気は心地よいと感じるものであった。

 

「葵から何故か怒られたよ」

「ほぅ?それはそれは。それがしも一葉さまと双葉さまに怒られましてな」

「奇遇だな」

「ですな」

 

 再び沈黙が包む。

 

「……幽どの。気持ちというのはよく分からぬと思わぬか?」

「気持ち、ですか?」

「うむ。自分の心であるのに自分の思ったようにならなかったり、予想しているのとは違う方向へと進んだり。……それこそ柳ではないか?」

「心が柳、ですか。……そうかも知れませぬな。私も自分の気持ちが分からないことがありますれば」

「皆、そうなのだろうな。だからこそそのときの気持ちを歌にする」

「……そう、ですな」

 

 言葉を切ると共に二人の間を優しく風が吹き抜ける。それと同時に幽の口から自然と歌が紡がれる。

 

「いにしへも 今もかはらぬ 世の中に こころの種を 残す言の葉」

「……ん、知らぬ歌だな。……まるで、辞世の句ではないか」

「そのように聞こえましたかな?」

「うむ。……が、俺は嫌いではないな」

「私の道はまだまだ多難ですゆえ。誰か一人にでもこの歌を聞いておいて貰わねばと」

「ははっ!俺は長生きするからな。相手は間違いではないな」

 

 笑いながら酒を飲み干した藤十郎。

 

「まぁ、その歌の必要はあるまいて。いや、伝えるべき相手に伝えろ。俺はまだまだ修羅の道を行かねば成らぬだろうからな」

「……そうですな」

「どうだ、共に怒られたもの同士。部屋でもう少し話でもしていくか?」

「……ふふ、それも良いかも知れませぬな」

 

 

「……えぇい!何をやっておるあ奴ら!余が行って……」

「ちょ、ちょっと一葉さま!?落ち着いてください!」

「お姉様!あれが藤十郎さまと幽の距離感なのではないですか?小夜叉さんと旦那様のような」

「むぅ……はっきりせん奴らだ」

「……あら、二人で部屋に……?」

「よし、ゆくぞ」

「「えっ!?」」

 

 部屋へと近づこうとする一葉を双葉と葵が止める。

 

「ちょ、ちょっと一葉さま!流石にそれはいけません!」

「そうです!お姉様は少し落ち着いてください!」

「えぇい!余の幽を傷つけるようであればたたききってくれる!」

「ちょっと一葉さま!?話し合いを忘れてません!?」

「はーなーせー!!!」

 

 

「……」

「……」

「……ふふふ」

「……申し訳ございませぬ、藤十郎どの。ウチの暴れん坊公方が」

「ははは!いいのではないか。愛されておるではないか」

「……はぁ、一葉さま。邪魔をするのか応援するのか、どちらかにしてくだされ……」

 

 苦笑いを浮かべながらも何処か嬉しそうな表情の幽を満足げに眺めながら藤十郎は酒を呑む。そして、笑いをこらえきれずに大笑いをし、そこに一葉が乱入し。

 

 京の夜は楽しく過ぎていく。




某映画で有名になっちゃった(?)ものが出てきてますがお気になさらず(ぉぃ

幽が最後に歌ったものは実際に辞世の句として残っているものです。
厳密には死んでいないのですが。

興味のある方はまた調べてみてくださいね!

戦国きっての凄腕だったりします、幽は。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。